2010年07月31日

●この夏最初の流星観測

しばらく前の記事にもちょこっと書きましたが、7月24日夜明け前、今夏初めての流星眼視観測を行いました。
毎年、この頃から、南天のみずがめδ群、やぎ群、東北からのペルセウス群が出現を始めます。
透明度はあまりよくありませんでしたが、明け方2時半に起床、最微星5.1等の空の下で夜明けまで観測をしました。
観測できた時間は40分間、それ以上は薄明が進んでしまいます。
観測地は職場の駐車場。
ここは目に入るあかりがなく、視界も広い、しかもトイレも完備という最高の場所です。
天の川も見える空の下、じっくりと空を見上げましたが、見えたのは、みずがめδ群の-1等を最高に、ペルセウス群の3等級、散在の3等級のみでした。
それでもこの夏はじめて、毎夏恒例の流星群を見ることができ、幸先の良いスタートを切ることができました。
これから流星の数は日増しに増えていきます。
月明もなくなりますので、8月初旬で1時間あたり15個前後、ペルセウス群の極大時であるお盆の頃には1時間当たり快晴で空の条件が良ければ、100個近い流星を見ることができるでしょう。
ぜひ皆さんも、ただぼんやりと眺めるだけでなく流星の数を数える計数観測程度は行ってみて下さい。
やぎ群など、数は少ないながら、マイナス数等級の大火球を見せてくれますよ。

2010年07月30日

●古民家の調査を行いました

先日、県の依頼で、揖斐川町内の古民家を調査に行きました。
古い城下町で空襲を受けなかった揖斐川町には、築100年ほどの古民家がたくさんあります。

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それらのうち、今回は大昔にお城があった清水という地区を調べに行きました。
地域の郷土史に詳しい方数名とおうちの方に案内してもらい、揖斐川歴史民俗資料館長と学芸員の私とで、一軒ずつ、外観と内部を見せていただきました。
昔懐かしい箱階段が現役で使われていたり、現代の家屋では見られない太い梁や柱、また装飾を施した欄間などの造作に感心すると同時に、歳月を経た木の家だけが醸し出す落ち着きと安らぎに、心が満たされる思いでした。

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どの家もすばらしいのですが、共通した問題は当主が高齢化し、跡を継ぐ子孫が都会に出てしまっていることです。
広大な庭の管理もままならず、家屋も傷んでいる箇所が散見され、今後が危惧されるところです。
私は、もともと日本家屋が好きですが、歳を重ねるにつれ、ますます古い日本家屋が好きになりつつあります。
でも、美しさと清楚さを維持するのは大変な努力。
観光客的に、ただ「素晴らしいね、きれいだね」と言っているだけではなく、今後、そうした民家をどのように管理したら良いのか、町や県と相談しながら検討を始めようと思っています。

写真:庭の造作・丸窓

2010年07月28日

●慣れているはずの新幹線なんだけど・・・

何年か前、「ほしぞらの街・あおぞらの街」で全国協議会長賞を受賞することになり、岩手県二戸市まで出張しました。
空路も不便な場所なので、名古屋市から東海道新幹線、東京から東北新幹線を乗り継いで行き、ふたつの新幹線の乗り心地や速さの違いを実感することができました。

東海道新幹線は、東京出身の私にとって通勤電車と同じぐらい乗り慣れている路線です。
車窓の景色も速度感も我が家のように慣れている東海道新幹線に対して、東北新幹線の方は、東京在住中こそ割合頻繁に乗ったものの、岐阜に転居してからはほとんど乗る機会がありませんでした。
ましてや、当時とは違って東北新幹線は最高時速275km運転です。
東海道も270km運転をしてはいますが、カーブが多いために最高速度を出せる区間はほんの僅かで、多くの区間では比較的ゆったりと運転しています。
それに対して東北新幹線は、設計が新しく直線区間が多いため、最高速度が出せる区間が長く、久しぶりに乗ることから、スピード感が堪能できるだろうと楽しみにしていました。

ところがところがです。
東京在住中はそれなりに乗り慣れていた東北新幹線は、当時よりもさらにスピードアップし、車両も最新鋭のものに変わっていました。
東海道新幹線に乗り慣れているので、車窓のスピード感にも慣れているつもりでいましたが、さすがに275km運転でぶっとばす東北新幹線、窓外を見ていると次々に後ろに飛び去っていく景色を見ているうち、頭がくらくらしてきました。
ビルや建物に囲まれた東海道新幹線よりも車窓が雄大で景色が広いにもかかわらず、あまりの速度感のために目と頭がついていかないのです。
車体の端近くの席ということもありましたが、揺れも東海道よりも大きく、二戸までの道のりは、列車に乗り慣れている私にとってもかなり疲れるものでした。

で、東北新幹線は、青森開業を機に300km以上の運転を行うそうです。
275km運転でも目が回るのですから、300km以上になったらどうなっちゃうんでしょう。
ましてや500km/h運転のリニアモーターカーなんて考えるだに恐ろしい・・・。

2010年07月26日

●流星軌道を求めていた80年代

夏の流星シーズンがやってきました。
お盆前後のペルセウス座流星群、7月後半のみずがめ座流星群、出現数は少ないけれど大火球を飛ばすことがあるやぎ座流星群、稀に突発出現する、はくちょう座流星群などのほか、散在流星も多く、ペルセウス座流星群の極大時以外でも、1時間に20個前後の流星を見ることが珍しくありません。

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1980年代、私の所属していた東大和天文同好会では、流星観測を熱心に行っていました。
年間30夜以上の観測を5年以上も続け、日本流星研究会から表彰されたほどです。
眼視観測の他に力を入れていたのは、写真観測でした。
今のようにデジカメやビデオなどない時代、撮影ツールは専ら銀塩カメラです。
フィルムは当初、トライXなどを使っていましたが、赤外フィルムを使用すると流星の写りが良いことがわかり、ハイスピードインフラレッドという赤外フィルムをよく使用しました。
こうしたフィルムを詰めこんだカメラを、4台から8台も同じ架台にセットし、カメラの前で回転シャッターというものを回します。
回転むらのない羽ですね。
これを回しておくと、流星像がとぎれとぎれに写り、その切断数を数えると、流星の速度と継続時間がわかるのです。
さらに同じ流星が別の地点から撮影されていると、対地軌道(地球大気内のどのあたりを飛翔したか)と日心軌道(地球大気突入前の太陽系内の軌道)を求めることができます。

当時、関東地方一円をネットワークする写真流星のチームがあり、この手法で私たちの撮影した流星写真からたくさんの軌道が求まりました。
今でも、この方法は流星の軌道計算の手法として有効です。
高校や大学の天文部などで取り組んで欲しい観測です。
当時は、回転シャッターの回転ムラをいかに抑えるか腐心しましたが、今では良いモーターも回路もありますし、デジカメが使える現代、当時のように現像とプリントをしなくても良くなった分だけ、あらゆる観測がラクになりました。
でも、苦労を重ねて観測に取り組んだ当時があったからこそ、今の自分があるのだとも思います。

写真:ふたご座流星群。回転シャッターで流星像が途切れている。自作4連流星写真儀で東大和天文同好会撮影。

2010年07月24日

●夕映えの積乱雲と流星観測

昨日の夕方は、ビビさんを病院へ連れて行きました。
その途中、夕空のあちこちに雄大積雲や積乱雲がにょきにょき見えていて、思わずカメラを構えてしまいました。

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昨日は、主に東の低空に積乱雲が見えていました。
夕方の場合、東の低空に積乱雲が見えていると夕陽に照らされていっそう雄大な姿を見ることができます。
堤防道路に車を停めてカメラを構える私を、道行く車の誰もがいぶかしげに眺めてゆきます。
でも私にしてみれば、これだけ素晴らしい空の景色を気に留めない方が不思議です。
積乱雲が見えていたのは岐阜市の方角でした。
もしかすると岐阜市では雷雨があったかもしれません。

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夏は水蒸気が多いために、もともと綺麗な夕焼けが見えることが多いのですが、今年は特に夕焼けが鮮やかです。
アイスランドの火山噴火の影響で、微細な粒子が大気中に多いのかもしれません。

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夕方、雲が多かったので、夜はダメかなと思いましたが、今朝の3時近くに目覚めてみると、透明度はイマイチながらも快晴でした。
車で10分ほどの観測地へ赴き、そろそろ出現し始めるはずの夏の流星群を観測しました。
ペルセウス群を1個、みずがめ群を1個、見ることができました。
みずがめ群はマイナス1等級で、見ごたえのあるものでした。

2010年07月23日

●企画展「ふるさとの戦争と暮らし」開催中

私の勤務する揖斐川歴史民俗資料館では、7月20日(火)から8月29日(日)まで、夏の企画展「ふるさとの戦争と暮らし」を開催しています。

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明治から昭和にかけては、常に私たちの暮らしに戦争が暗い影を落としていた時代でした。
揖斐川町からも多くの兵士が出征し、残された国民も不自由な生活を強いられました。
そんな時代をさまざまな資料や記録写真で振り返り、あらためて平和の貴さを考えていただきたいというのが今回の企画展の趣旨です。

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昨年も同様の企画展を開催しましたが、今年はさらに多くの資料を展示し、見応えのある展示を作ることができたと自負しています。
ぜひ多くの皆さんにご覧いただき、子どもや若い人には物資が不足し、日々、生命の危険にさらされていた当時を学んでいただき、ご年配の方には、展示をご覧になって私たちの知らないさまざまな事実を教えていただくとともに、もしご自宅等に当時の資料がありましたら、寄贈いただいたり借用させていただければ幸いと思っています。

ちょうど夏休み中、並行して企画展「清流揖斐川」も開催していますので、ぜひご家族揃って、またお友だちといっしょにご観覧下さい。

写真:爆撃機と戦闘機のプロペラ・さまざまな軍服

揖斐川歴史民俗資料館
岐阜県揖斐郡揖斐川町上南方901番地5
電話:0585-22-5373
休館日:毎週月曜日
入館料:大人100円 小中学生50円

2010年07月22日

●詩「記念日」

正直言ってさ
恥ずかしかったんだよ
暗順応が遅いのは昔からだけど
漆黒の闇と吹きつのる風のなかで
「こっち」
当たり前のようにつないでくれた小さな手
「見て。さそり座があんなに高い」
やっと目が慣れてきて
はじめに見えたのは君の白い頬
それから凄絶な赤さで輝くアンタレス
水平線から立ち昇る銀河の輝きが
君の頬と同じ白さで
7月とは思えない冷たい風に
つないだてのひらだけが暖かくて

あんなにきれいな星空を見たことがなかったから
あんなに神様を身近に感じたことがなかったから

だから
記念日

ささやかだけど
海風が紡いだ
何よりも大切な