2006年05月02日

●カエルの季節

寒い日が続いていた岐阜県内ですが、昨日から急に暖かく、というより暑くなりました。
今日は休みで、家の庭を眺めてぼんやりしていたところ、いきなりすぐ近くでカエルの声が聞こえてきました。
ああ、もうそんな季節かあ、と思いながら撮影したのがこの写真です。アマガエルは背景に合わせて自在に色を変えますから、鳴き声がしない限り、なかなか見つけることは困難です。
これからの季節、ウチの庭にはカエルが盛んに鳴くようになります。近所の田んぼではすでに水を張ったところもあり、これから梅雨時期にかけてはカエルの声がうるさいぐらいになります。
それでも、最近は田んぼをやめてしまう農家も多く、あちこちの湿地もどんどん埋め立てられていて、カエルだけではなく多くの水棲生物の生息が脅かされています。
水がなければ子孫を残せない水棲生物や両生類は、もっとも人間の活動の影響を受けやすい生き物です。

kaeru1.jpg
日本は瑞穂の国。田んぼのもつ環境保全機能と身近な水環境保全を、もっともっと真剣に考えていくべきではないでしょうか。この国に暮らしているのは人間だけではないのです。




2006年05月05日

●シュワスマン・ワハマン第3彗星

分裂彗星として話題の彗星ですが、黄砂やら悪天候やらに妨げられて、ようやく2日の晩に見ることができました。旧谷汲村の横蔵というところで15センチ25倍の双眼鏡を使って見たのですが、C核が7等台、B核は8等と、予報よりも暗く、ちょっとがっかりでした。尾は、C核、B核どちらも1度弱、視直径はどちらも5分ほど、扇状のイメージは「彗星らしい」のですが、地球に近い割には小さくしょぼい姿でした。
現地は、藤橋ほど空が暗くありませんので(それでも天の川は見えます)、もっと暗い場所で見ればもう少し見え味は違ったでしょうが、予報より暗いことは確かですね。
ただ、C核、B核ともにかなり光度の変動があるらしく(恐らく分裂が続いていることによるものです)、観測者と観測日、というより観測時刻によってかなり光度が異なっています。コマの形状も逐次変化しているらしく、派手に明るく見える期待よりは、分裂という事態が彗星にどのような変化をもたらすのかをつぶさに観測できる絶好の機会という意味合いの方が魅力がありそうです。
また、今月下旬には彗星起源の流星雨出現の可能性が指摘されており、そちらも興味深いですね。月明りもない頃なので、個人的には彗星そのものよりも流星出現の可能性に期待をもっています。ただ地球との距離は微妙に遠いですが・・・。

2006年05月08日

●長い連休が終わりました

長い連休がようやく終わりました。
え? とうとう終わってしまった、つまらないなあ、じゃないのかって? 
とんでもありません。公開天文施設の職員にとって、5月の連休と8月のお盆はまさに書き入れ時。年間で最もお客さんが多い時期です。いつ体力と気力の限界がくるかと思いながら、毎年この時期を過ごしています。
西美濃プラネタリウムは、30分間の番組全編が生解説プラス手動操作。連休期間中は、二人の職員で1日に5回、投影を行ないます。
投影時間以外は、カウンターでチケットの販売、屋外と館内への案内放送、併設している歴史民俗資料館との連絡等に追われ、うっかりすると食事もとれません。運良く食事ができたとしても、食事時間は5分から10分程度、事務室の片隅で味わう余裕もなく手早く済ませます。
このように分刻みのスケジュールで動きながら、投影中はあくまでゆったりと、ロマンチックな雰囲気を崩さずに解説を進めます。
そうそう、プラネタリウムの解説ですが、ウチの館はシナリオがまったくありません。日々変化する夜空を、30分間の持ち時間の中、解説者のアドリブのみで説明していきます。体調のいい時は問題ありませんが、風邪を引いていたりするともう大変。鼻水を啜ることもできないし、咳をすることもできません。どんなに苦しくてもお客さんには悟られないように、あくまでクールかつジェントルに解説をしなければならないのです。
そんなわけで、体力と気力をすり減らしながら過ごしたこの連休、まさに「ようやく終わった」というのが偽らざる実感なのです。
公開天文施設の仕事は、社会教育だの天文普及だの言っても、基本は接客業。お客様にいかに星空を楽しんでいただけるか、そしてできればほんの少しでも宇宙に関する知識と認識を増やしていただけるかが目的だと思います。業界人の一部には、大上段に振りかぶって、天文学を「教えてやっている」的な考え方のヒトもいるようですが、はっきり言って愚かなことです。
満天の星空を満喫した結果として、宇宙の中に浮かんだオアシスである地球について、正しい認識をもっていただくことができれば何よりと、私は考えています。

2006年05月09日

●すばる

私の名前は、すばる。
さとるくんといっしょに星を見るのが好き。
ある日、さとるくんが急に遠くへ行くことになってしまい・・・。

星の名前がついた猫の、小さな冒険の物語。

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2006年05月12日

●ふたつのふるさと

このところ、諸々の用事があって、月に一度ペースで帰省しているのですが、東京へ帰るたび、不思議な感覚にとらわれます。
私が岐阜へ移住したのが平成4年ですから、すでに14年間、通勤ラッシュや高層ビルとは縁のない田舎生活をしているにもかかわらず、新幹線が東京駅へ到着し、ひとたび中央線や山手線の乗客になってしまうと、まるで毎日そうして通勤電車に揉まれていたかのように、まったく違和感なく吊り革を握り、片手で文庫本を開いていたりする自分に気がつくのです。
流れる窓外の景色・・・新宿の高層ビル群やお堀端で釣り糸を垂れる釣り人の姿・・・も、やはり毎日眺めている風景そのものに感じられます。
都心の駅で降り、人々が行き交う繁華街を歩くときも同じです。つい数時間前までは、行き交う人もなく、ただ緑の風景が広がる田舎をのんびりと歩いていた私の足は、ごく自然に、かつて電機メーカーの営業として都心を歩き回っていたころの早足に戻っています。

移住して14年も経っているのだから、また、それなりに東京の景観も変化しているのだから、何らかの違和感なり疎外感なりを味わって然るべきと思うのですが、中央線や山手線に乗ったとたん、体も心も瞬時にして「東京モード」へ切り替わってしまうことが実に不思議に思います。なおかつ、そうした「東京モード」が、実に心地よく感じられるのです。満天の星空や山の緑、せせらぎの音を身近に感じられる田舎暮らしが大好きであるにもかかわらず・・・。

もしかするとそれは、地方で生まれ東京で仕事をしている人が、たまさかに故郷へ帰ったときに感じる開放感なり昂揚感なりとと同質のものなのかもしれません。
私にとっては、やはり東京が厳然たる「ふるさと」であり、田舎が好きでそれなりに現在の暮らしに馴染んでいるようでも、実のところ私の本質は、生まれ育った東京から決して脱却できないのかもしれない。そんなことを思います。

とはいえ、ふたたび新幹線に乗り、鉄橋から長良川や揖斐川の流れを見おろすと、「ああ、家に帰ってきた」とも思います。
どうやら私には、いつのまにか「ふるさと」がふたつ、できたようです。東京と岐阜、風景も文化も言葉も全く異なっているにもかかわらず、どちらも安らぎを与えてくれる場所。

田舎暮らしにはさまざまな不便やデメリットもありますが、その一方で、ふたつも「ふるさと」があるなんて、本当に贅沢でありがたいことだとも思います。

2006年05月15日

●これが山体崩落現場!

すでにマスコミで報道されているとおり、旧藤橋村東横山地内で大規模な山体崩落が発生、揖斐川本流の半分以上が堰き止められて危険な状況となっています。
写真は、今日の午前10時に撮影した現場の状況です。

houraku1.jpg
旧藤橋村地域では、昨冬以来、降水量が非常に多い状態が続いており、今回崩落した斜面では、上部の割れ目が次第に拡大、いつ大崩落が起こってもおかしくない状態が続いていました。
そのため、崩落前から災害態勢を発動、崩落直前には振興事務所に泊まりこみで徹夜の警戒を行なっていたところ、このような大崩落が発生したわけです。

崩落地点そのものには人家もなく、直接の被害は今のところない状態ですが、再度大規模な崩落が起こると、揖斐川本流が堰き止められ、溢れた水による浸水被害の他、溜まった水が大量の土砂を押し流し、下流域に非常に大規模な土石流を引き起こす恐れがあります。

実は昨夜、私は宿直だったのですが、昨夕方から現場の状態が安定してきたとのことで、徹夜での警戒態勢は一応、解除されました。連日の警戒態勢でかなり疲労していた職員も、まずは小休止というところです。

公務員は楽をして高給を貰っているなどと声高に批判する人もいますが、少なくとも山間地の小規模自治体では、ひとたび災害が起きた場合、真っ先に出動するのは役場職員です。大雨や大雪の中、命がけで災害に対応し、仮に死傷した場合でも、誰を恨むこともできません。
災害対応以外でも、地域の行事にはボランティアとしてほぼ強制参加、消防団やさまざまな地域の役員などに率先して携わらなくてはならないため、公休といえども半分は出勤です。
平野部の大規模自治体では「楽で高給を貰っている」公務員もいるのかもしれませんが、少なくとも狭隘な山間地の集落にあっては、給料にしても国家公務員や大規模市に比べれば3分の2ほど、いわゆる「3K」業種のひとつです。

今回のような災害を機に、山間地の自治体が置かれた厳しい状況にも目を向けていただければと思っています。

2006年05月16日

●14日のシュワスマン・ワハマン第3彗星

14日の晩は宿直でした。
満月過ぎの月が南天に明るく、しかも全天薄曇という悪条件でしたので、まあいいやとばかり寝てしまったのですが、午前2時に目が覚めてみると、とりあえずは3等星ぐらいまでは見えています。
ちょっと見てみようかなと15センチ双眼鏡を速攻で組み立て、アルビレオが見えるか見えないかの夜空に向けてみると・・・。
意外や意外、シュワスマン・ワハマン第3彗星、よく見えるではないですか。

B核はコマの明るさが4.5等、視直径10分弱、尾は1度ほど。
C核はコマの明るさが5等、視直径5分、尾は1度弱。

060515SW3B.jpg
猛烈に明るい月明りと薄雲の悪条件下ですから、好条件下でしたら相当見映えがする姿だったことと思います。特にB核は、分裂(というより崩壊)によるバーストが続いているらしく、今後も目が離せない感じです。とはいえ、宿直中、撮影機材も手元になしというわけで、何年ぶりかでスケッチを取りました。
掲載したのはB核のスケッチです。データは次のとおり。
2006年5月14日 26時30分 T=1/5 S=3/5 25×150双眼鏡(field 2.7°)

それにしても晴れませんね。ひそかに彗星起源の流星出現を期待しているのですが。


2006年05月18日

●夜明けの星

子供の頃から星を見ることが好きだった。最近は、仕事と家庭に忙殺されて、星を見上げる時間もなかなか取れなくなっているが、それでも休みの前日などには、明け方まで星の光を浴びて過ごすことがある。
一晩を星との対話に費やしたあとに見上げる夜明けの星空は美しい。多くの人が夢路をたどっている時刻、家々の窓はまだ暗く、車の通行もほとんどない。星を見る妨げとなる人工の光と大気の汚れが最も少ない時間帯なのだから、当然といえば当然なのだが、実際に夜明け前の清澄な星空の下に身を置いていると、どうもそればかりが理由ではないような気がしてくる。
人間の活動による騒音がなく、あたりが静寂であることも理由のひとつだろう。たとえ満天の星空を見上げていたとしても、周囲がうるさくては星空の魅力は半減する。
あるいは、星を見上げる人の心の方に理由があるのかもしれない。煩瑣な夕方より夜明け前の方が、心は確実に澄んでいる。遙かな時空を越えてきた星のささやかな光は、静かで澄み切った心にこそ焦点を結ぶのではないかとも思う。
季節を先取りできるのも、夜明け前の星空の魅力だ。吐く息も凍りつく真冬の黎明、南東の空には夏の代表的な星座、さそり座が昇っている。その心臓に赤く輝く一等星アンタレスを見つめていると、まだ遠い夏の香りを少しだけ嗅ぐことができるし、ひんやりと青い夏の明け方、斜めに並んだ三ツ星を擁した冬の代表的な星座であるオリオン座が昇ってくるのを見れば、透徹した真冬の大気を予感して心が凛とする。
そんな夜明けの星空を見上げるたび、初めて星を見た幼い日の記憶が鮮やかに甦る。小さな天体望遠鏡の傍らで、ただ無心に星の世界に憧れたあの頃の自分を、少しだけ取り戻せるような気持ちになる。
私にとって、星を見るという行為は、ただ視神経でその輝きをとらえるだけではなく、心の中まで降り注
ぐ光子のシャワーを浴びることだ。煩瑣な日常の中で、知らず知らず心の表面に降り積もった何かを洗い流すために、夜を徹して黎明の星空を見上げるのだ。

                              (「西美濃わが街」2004年3月号)

2006年05月20日

●基本は星像の美しさ

旧藤橋村へ移住したのが平成4年6月。それ以来、教育委員会事務局で勤務していた3年間を除いて、すでに10年以上、プラネタリウムの解説を生業にしていることになります。

藤橋城(西美濃プラネタリウム)は、ドーム径9.2メートル、座席数86席、投映機はミノルタのMS-8です。
といっても、最新鋭の大型機しか見たことのない方にとっては、MS-8という投映機、ご存知ないかもしれません。10メートル以下ドーム用のツアイスタイプ、操作はすべて手動という機械です。
最近は、こうした小型機でもデジタル化が進み、地球から見た星空だけでなく任意の天体から見た星空を投映できたりと、さまざまな機能を持つ機械も増えてきていますが、MS-8は、レンズを使って恒星原版に穿たれた星を映し出す、本当に古典的なフルマニュアル機となっています。

20060519a.jpg

「そんな古めかしい投映機じゃ、もう時代遅れじゃないの」なんて思わないで下さい。
実は、このタイプの投映機が映し出す星像は、デジタル機に比べて何倍も優れているのです。
デジタル機も長足の進歩を遂げてはいますが、大型館用の高価な投映機でも、その星像はぼってりと大きく、本物の星空とは比べるまでもない貧弱さです。
14年前、採用試験に合格し、初めて当館のプラネタリウム投映を見学したとき、私はその星像の臨場感に本当に感激しました。
もちろん、当時、解説を担当されていた小栗さんのすばらしいナレーションや機器操作も感激に一役買っていたことは間違いありませんが、長年星空を見つめてきた私を瞠目させるに足る星像であったことは間違いありません。

以来14年、あちこちのプラネタリウムを見てきましたが、メガスターを除いては、ウチの館に優る星像を映していた館はなかったような気がします。ですから、今でも私は、レンズ式の古典的な投映機が大好きです。
プラネタリウムの基本は、派手な演出でもなく、ましてや人気アニメのキャラを使った人気取り映画でもない、星像の美しさであると信じているからです。

最近でこそ、家庭用プラネタリウムの爆発的なヒットなどによって、プラネタリウムの人気は回復傾向にありますが、基本的にはその入館者数は長期低落傾向をたどってきました。
一部のプラネタリウム関係者は、そうした傾向に危機感を抱き、派手で奇抜な映像と大音響を駆使した番組を作り、入館者をひきつけようとしています。もちろんこうした傾向には、フルマニュアル機を自在に操作できる熟練解説者が非常に少ないこと、大がかりで高価な投映機と番組を売りこみたいというメーカーの戦略も大いに絡んでいるのですが、はたして入館者の皆さんは、ゲームのような派手派手しさをプラネタリウムに望んでいるのでしょうか。
心安らげる静かな時間と空間を望む方が、本当は多いのではないでしょうか。

もう一度、入館者のニーズと投映機の基本性能に立ち返って、プラネタリウムを考え直すことが必要ではないかと思います。

2006年05月21日

●悩み多い出張観望会

昨夜は、揖斐川町の子ども会から依頼された観望会でした。
本当は、4月に予定していたのですが、天候が悪かったために一ヶ月順延し、昨夜、ようやく開催することができたのです。
参加者は、子供たちとお母さん方約40名ほど、中学校のグランドに20cm反射、15cm屈折、15センチ双眼鏡を並べて、土星、木星、プレセペ、ベガ、M81・82などを観望しました。
天気はまあまあだったのですが、雨のあとの急な晴れだったために、年に数回あるかないかというほどシーイングが悪く、はじめのうちは土星の環がはっきり見えないほどでした。
それでも、後半になるとややシーイングも良くなり、初めて見る土星や木星の姿に参加者は歓声をあげていました。

kanboukai.JPG

天文台で行なう観望会の他、こうした出張観望会もかなりの頻度で依頼があります。
その都度、望遠鏡を車に積み込んで依頼先へ伺うのですが、やはり問題は天候です。天候不良の場合はお話を頼まれることが多いのですが、やはり快晴の空の下、満天の星を見ていただくのが、私たち天文担当職員にとってもいちばん嬉しいのです。

また、たとえ快晴でも、昨夜のようにシ-イングが悪くて、満足な像を見ていただけないこともあります。なまじ晴れているだけに、ある意味では雨や曇り以上に悩ましいケースです。

さらに困るのが「見る天体がない」ケース。
月や惑星が見える晩ならば良いのですが、場所が都市部で、お天気はうす曇り、加えて「明るくはっきり見える天体」が地平線上にない場合は実に難しい対応を迫られます。
参加者は、大きな望遠鏡が何台も並んでいるのだから、さぞかしすばらしい天体の姿が見られるだろうとドキドキワクワクしながら望遠鏡を覗く順番を待っている、でも、1等星意外に見える天体はない・・・。
これは悲惨です。といって「今夜は見る天体がないから中止」とは言えません。

悪天候時の対応も含め、こうしたケースへの対処方法については、いずれ詳しく書きたいと思いますが、1時間や2時間程度の観望会であっても、担当職員はけっこう苦慮しながら対応しています。
天候をはじめ、観望場所、参加者の年齢やニーズなど、ファクターが多い出張観望会の悩みは深いのです。

2006年05月22日

●シュワスマン・ワハマン第3彗星関連群

昨夜は、透明度は悪いながらも晴れていたので、73Pシュワスマン・ワハマン第3彗星関連群の観測を行ないました。


 DATE JST TIME aM Spo. SW3 Lm CL Dir
-----------------------------------------------------
2006 May
21/22 21:00-22:00 60 7 7   0 4.8 0   Boo

観測方法:眼視計数観測
観 測 地:岐阜県揖斐川町東津汲

観測地は旧久瀬村です。かみのけ座がぼんやりと見える程度の透明度でした。
残念ながら、同彗星関連群らしい出現は、私の観測している時間中はありませんでした。

今日、22日が予報されている出現日なのですが天候は下り坂。しばらくは星空を見られない日が続きそうです。

2006年05月23日

●新・西美濃天文台安全祈願祭

今日は、新・西美濃天文台の安全祈願祭でした。いわゆる地鎮祭というやつです。
午前9時から、藤橋城(西美濃プラネタリウム)にすぐ隣接した建設予定地に祭壇が組まれ、型どおりのお祓い、そして玉串奉奠等の儀式の後、町長と議長がそれぞれ挨拶を述べて、無事、終了となりました。

60RC.jpg

西美濃天文台は、平成2年8月、当時は岐阜県最大だった口径60センチ反射望遠鏡を備えて竣工、以来15年以上にわたり公開天文台として活発な公開・観測活動を行なってきましたが、観測設備の更新と、より良い観測環境を求めて、高台にある藤橋城(西美濃プラネタリウム)の隣接地へ移転することになったものです。

口径60センチの準リッチ-クレチアンと主望遠鏡のスペックは変わりませんが、ミラーの再メッキ、架台と駆動プログラムのリファイン、CCDカメラ等観測機器の大幅な更新が行なわれる予定となっています。
また、40人程度が利用可能な研修室もできますので、ちょっとした研究会や集会も可能です。
他にも、職員が知恵を絞った新しい観測機器も設備される予定ですので、どうか皆さま、完成を楽しみにしていただきたいと思います。

「人と自然に優しく、誰でも気軽に星空に親しめる天文台」が、新西美濃天文台のコンセプト。
詳しい内容や観測機器のスペックは、追々発表していく予定です。

2006年05月25日

●出張観望会はフェイルセーフが基本!

昨夜は、関が原青少年自然の家での出張観望会だったので、天文台から、20cm反射(バイザック)とフジノン15cm双眼鏡(ED・対空型)を車に積み込んで出かけました。
対象が小学生20人ほど、見る天体は土星と木星、それにプレセペ、ミザールということからそうした機材を選んだのですが、途中、自宅に寄って、私物の20cm反射(VMC-200L)をさらに積み込んでから現地へ向いました。

都合、3台の望遠鏡を積んでいったわけですが、ちょっと望遠鏡を知っている人であれば「どうして同じような仕様の20cm反射望遠鏡を2台も積んでいく必要があるのさ」と疑問に思った方もいるかもしれません。
実は、これも長年の経験による知恵なのです。

天文台で行なう観望会と違って、出張観望会では、機材の不具合や、たったひとつ部品を忘れただけで、望遠鏡が使用できないという事態が起こりえます。
もちろん、そんなことのないように機材は常に手入れをし部品も揃えておくのですが、人間は物忘れや勘違いをしますし、望遠鏡という機械は壊れやすいものです。
万一、持参した望遠鏡が使用できない事態になれば、無駄足というだけでなく、お客さんの期待を裏切ることになってしまいます。

そうした意味で、私はできるだけ「予備の望遠鏡」を持参することにしています。実際、これまでにも何度か予備機材で急場をしのいだことがありました。

幸い今回、私物の20cmは使用しないままでした。
家に帰りつき、ああ、今夜の観望会も無事に終了してよかったなあと思いながら、数時間前に積み込んだばかりの20cm反射望遠鏡一式をおろした次第です。

kanboukai2.jpg

(写真は今回使用したものと同じ20cm反射望遠鏡と15㎝双眼鏡です=撮影日は異なります)







2006年05月27日

●第1訓「ディレクターも編集者もみんな素人さ!」

「せわしない都会を離れて田舎でのんびり暮らしたいよ」
「都会の人は冷たいけど、田舎には人情が残っている」
「自然に囲まれた暮らしに憧れるなあ」
満員電車に揉まれながら、あるいは残業に追いまくられながら、こんなことを考えている人は多いのではないでしょうか。

いったんそう思い始めると、あちこちで田舎暮らしに関する情報が流れていることに気がつきます。
テレビを見れば、月10万円以下で暮らせる田舎が紹介され、アウトドア雑誌では、髭を生やした脱サラのペンションオーナーが自然の素晴らしさについて得々と話しています。
おお、やはり田舎暮らしは最高だ。コンクリートジャングルの都会なんかじゃなく、青空と緑に囲まれた山村こそが俺の居場なんだあ!

そんな昂ぶる思いを抑えきれずにいるアナタのために、テレビや雑誌が教えてくれない田舎暮らしのノウハウをお教えしたいと思います。

で、いきなり夢を壊すようで恐縮ですが、表題の第1訓です。
「テレビや雑誌が伝える田舎暮らしの半分以上は真実ではない」
このことをまず肝に銘じておいて下さい。
もちろん、メディアの報道が嘘というわけではありません。ただ、視聴率を稼ぎたいし本は売りたいしで、どうしてもメディアは、田舎暮らしの良い面だけを取り上げがちです。

たとえば「一ヶ月10万円以下で豊かな暮らしができる」云々の番組ですが、田舎でなくとも、月10万円以下で生活することはできます。逆に、東京の方がそうした暮らしはしやすいかもしれません。
田舎では、持ち家以外の住居を探すのは非常に困難です。しかし、条件さえ問わなければ、月2万円台の家賃で住めるアパートは東京都内にいくらでもあります。
食料品や服は、田舎でも東京でもほぼ同じ価格ですし(東京の方が競争相手が多いだけ安いかもしれません)、東京では車がなくても暮らせますが、田舎では車は必需品です。それも、普通の暮らしをしようと思えば、一人一台は常識です。ガソリン代や車検、税金だけで、東京暮らしよりよほどかかってしまいます。
自分で畑や田んぼを作っていようが鳥や牛を飼っていようが、そこから得られる食料だけで生きていけるわけではありません。服だって、人並みなものを着ていなければ、それこそ「アブナイ人」と勘ちがいされてしまいます。
「田舎だから10万円以下で暮らせる」わけではなく、人並み以下に生活レベルを抑えれば、場所を問わず「生きていくことはできる」のです。

「でも、テレビを見てると、近所の人から野菜を貰ったりして貧乏でも豊かに暮らしてるよ」と言われるかもしれません。
しかし、近所の人に野菜を貰えるようになるには、目に見えない相応の対価を払っています。いわゆる「ご近所付き合い」というヤツですね。
都会のご近所付き合いは、たまに顔をあわせたときに世間話でもしていれば済みますが、田舎ではそうはいきません。
班の仕事や各種世話役をこなし、さらには消防団への入団や一斉清掃への参加など、地域の団体や行事にそれなりの参加・貢献をしなければ、まともな近所付き合いはできないのです。

どこまでも都会の生活習慣を捨てきれないペンションのオーナーが、やがて地域から排斥されて廃業せざるを得なくなったという、笑えない話もあります。

yokoyama.jpg

テレビや雑誌から情報を収集することが悪いとはいいませんが、そうした企画を考えるディレクターや編集者のほとんどは、視聴者や読者と同じ、田舎に憧れる都会生活者としての視点のみで田舎の実態を捉えているという事実を知っておく必要はあるのではないかと思います。

(写真は、揖斐川町藤橋の集落遠望)


2006年05月30日

●プラネタリウムは世相を映す

プラネタリウムというと、何となく世間一般の流れからは切り離された空間であるように思えます。
とはいえ、長年この仕事をしていると、プラネタリウムといえども、実は世相を敏感に反映していることがわかってきました。

私が勤め始めた当時は、バブルが弾けて間もない頃で、ブランド品に身を包んだお姉さんや、何人もの外国人女性を連れた社長さん風のおじさんが頻繁に来館されました。

平成7~8年頃になるとそうしたお客さんは少なくなり、家族連れの姿も減りました。
かわりに増えたのが、若いカップルです。当時は、満席のお客さんのほとんどが二人連れということもありました。

困ったお客さんが増えたのもこの頃です。当時、徳山ダムの工事を攻撃する論調が盛んになり、ダムとはまったく無関係の西美濃プラネタリウムもダムからの補償金で作られたという報道が、一部の企画・取材能力のないマスコミから流れたことから、興味本位のお客さんが激増したのです。
「ダム工事で村は大儲けなんやろ」とか「村民一人あたりいくら貰っとるんや」など、週刊誌やテレビのワイドショーで仕入れたいい加減なネタを元に嫌味を言いに来るこうしたお客さんには本当に困りました。
きちんと説明をし、多くの方は誤解と偏見だったことを納得されてお帰りになるのですが、楽しからざる経験ではありました。

最近は、一時減少した家族連れが最も多い客層です。それも、礼儀正しく睦まじい家族が多く、応対するこちらも気持が良くなります。
また、ある意味では上記と対極なのですが、どう見てもご夫婦とは思えない中年カップルが増えてきました。

バブルに浮かれた時期、経済が縮小し家族の大切さが再認識された時期、そしてさまざまな意味でモラルが流動化しつつある現在。
プラネタリウムは、たしかに世相を映しているようです。

そして、いつの時代も減らないのが若い二人連れ。
デートコースとして、プラネタリウムは、やはり定番なのでしょう。