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2006年05月27日

●第1訓「ディレクターも編集者もみんな素人さ!」

「せわしない都会を離れて田舎でのんびり暮らしたいよ」
「都会の人は冷たいけど、田舎には人情が残っている」
「自然に囲まれた暮らしに憧れるなあ」
満員電車に揉まれながら、あるいは残業に追いまくられながら、こんなことを考えている人は多いのではないでしょうか。

いったんそう思い始めると、あちこちで田舎暮らしに関する情報が流れていることに気がつきます。
テレビを見れば、月10万円以下で暮らせる田舎が紹介され、アウトドア雑誌では、髭を生やした脱サラのペンションオーナーが自然の素晴らしさについて得々と話しています。
おお、やはり田舎暮らしは最高だ。コンクリートジャングルの都会なんかじゃなく、青空と緑に囲まれた山村こそが俺の居場なんだあ!

そんな昂ぶる思いを抑えきれずにいるアナタのために、テレビや雑誌が教えてくれない田舎暮らしのノウハウをお教えしたいと思います。

で、いきなり夢を壊すようで恐縮ですが、表題の第1訓です。
「テレビや雑誌が伝える田舎暮らしの半分以上は真実ではない」
このことをまず肝に銘じておいて下さい。
もちろん、メディアの報道が嘘というわけではありません。ただ、視聴率を稼ぎたいし本は売りたいしで、どうしてもメディアは、田舎暮らしの良い面だけを取り上げがちです。

たとえば「一ヶ月10万円以下で豊かな暮らしができる」云々の番組ですが、田舎でなくとも、月10万円以下で生活することはできます。逆に、東京の方がそうした暮らしはしやすいかもしれません。
田舎では、持ち家以外の住居を探すのは非常に困難です。しかし、条件さえ問わなければ、月2万円台の家賃で住めるアパートは東京都内にいくらでもあります。
食料品や服は、田舎でも東京でもほぼ同じ価格ですし(東京の方が競争相手が多いだけ安いかもしれません)、東京では車がなくても暮らせますが、田舎では車は必需品です。それも、普通の暮らしをしようと思えば、一人一台は常識です。ガソリン代や車検、税金だけで、東京暮らしよりよほどかかってしまいます。
自分で畑や田んぼを作っていようが鳥や牛を飼っていようが、そこから得られる食料だけで生きていけるわけではありません。服だって、人並みなものを着ていなければ、それこそ「アブナイ人」と勘ちがいされてしまいます。
「田舎だから10万円以下で暮らせる」わけではなく、人並み以下に生活レベルを抑えれば、場所を問わず「生きていくことはできる」のです。

「でも、テレビを見てると、近所の人から野菜を貰ったりして貧乏でも豊かに暮らしてるよ」と言われるかもしれません。
しかし、近所の人に野菜を貰えるようになるには、目に見えない相応の対価を払っています。いわゆる「ご近所付き合い」というヤツですね。
都会のご近所付き合いは、たまに顔をあわせたときに世間話でもしていれば済みますが、田舎ではそうはいきません。
班の仕事や各種世話役をこなし、さらには消防団への入団や一斉清掃への参加など、地域の団体や行事にそれなりの参加・貢献をしなければ、まともな近所付き合いはできないのです。

どこまでも都会の生活習慣を捨てきれないペンションのオーナーが、やがて地域から排斥されて廃業せざるを得なくなったという、笑えない話もあります。

yokoyama.jpg

テレビや雑誌から情報を収集することが悪いとはいいませんが、そうした企画を考えるディレクターや編集者のほとんどは、視聴者や読者と同じ、田舎に憧れる都会生活者としての視点のみで田舎の実態を捉えているという事実を知っておく必要はあるのではないかと思います。

(写真は、揖斐川町藤橋の集落遠望)


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コメント

こんばんは。
まもなく団塊世代の引退が始まり、揖斐川町にも田舎暮しを望みながらちょっと勘違いされた方々が移ってこられるかもしれませんね。そこに住んでいないわたしとしては、関わり浅からぬ揖斐川町の空の暗さと治安の良さが続くことを祈るばかりです。団塊ジュニア直前世代としてはせいぜいメディア・リテラシーを磨いておきましょう。

そうですね。揖斐川町にもそうした移住者があるかもしれません。
ただ、過去の経験から言うと、そのテの田舎憧れ人は、どうやら揖斐川町のような真の田舎よりも、長野や伊豆など、東京に近くてオシャレな田舎(?)を志向するむきが多いようです。
長野の高原にログハウスを建ててパイプをくゆらせて・・・なんて20年ぐらい昔のイメージを膨らませている田舎憧れ人のいかに多いことか・・・。
そういう人は、別荘を買って、その土地に関わりなく自分の世界を大切にした方が幸せだと思うのですが・・・。
おおのさんと同じく、私も揖斐川町の人口が増えることは歓迎なのですが、都会の暮らしをそのまま持ち込んで星空を明るくすることに邁進したり、治安をぶち壊すような人がこないことを祈ります。

初めまして松本さん。
記事に添えられる画像が素敵ですね。
移住の現実を書かれている方がいらっしゃるとは知りませんでした。

私は家(若しくは土地)購入検討から田舎移住を考え始めました。
と言っても私もお隣りの三重県在住、こちらも田舎なのです(笑)
ですから都会の方よりは田舎の現実を知っているつもりでした。
ただ『週末田舎生活、季節生活、リタイヤ悠々自適』
など見ていると
『三重以外の田舎は優雅なんだ』と錯覚してしまう始末。
でも書かれるキャッチコピーに違和感も感じます。
こんな在所なら上下水完備なんか無理だろう、都会の人はその意味を知らないのじゃないかな?毎日の事だよ、些細じゃない。とか余計な事も考えます。
松本さんの書かれていることは全て腑に落ちます。

それで言うと私は女の一人暮らしで(まだリタイヤではないですよ)移住不適合者になりますね~
困った(;´Д`)困った

三重に住めば?と思われるかもですが、三重は言葉がね。私は余所者なので何かと不便、岐阜はちょうど三重と愛知を交ぜた方言ですね。
三重以前は三河にいたので岐阜は不思議でしたね。
そういえば江戸っ子松本さんは、岐阜で言葉の不自由はなかったのかな?

みーやさん、はじめまして。
コメント、ありがとうございます。

おっしゃるとおり、言葉では、岐阜は三重と愛知の中間ですね。
移住当初、戸惑い、というほどのことはありませんでしたが、前後の言葉から意味を類推しなければならない単語はたくさんありました。
三重県に入ると、急に関西弁っぽくなるので、驚きます。
今も基本的に私や私の家族は標準語(というか東京弁)で話していますが、時と場合によって岐阜弁と東京弁を使い分けています。

みーやさんは三重のお生まれではないのですか?
三重でも、津や松坂などけっこう都会ですよね。

女性の一人暮らし、ぜんぜん不適合ではないですよ。
リタイアされた高齢の方が、「これまで都会で苦労してきたんだから、田舎ならのんびり暮らせるだろう」的に考えて移住されると、ご本人も周囲も苦労するだろうと思うのです。
田舎で暮らしてみたいと考える女性の方が増えるのは素晴らしいと思います。

田舎に住んでいる私も、「海の近くに別荘が欲しいなあ」なんてけっこう本気で考えますから、都会暮らしの方が田舎に憧れる気持ちもわからないではないですし、みーやさんのように、三重に住んでいる方が他の地域はもっと素晴らしいんじゃないかと思われる気持ちもよくわかります。
他の場所に憧れるのは誰も同じなんじゃないでしょうか。

三重といえば、つい先日、尾鷲に行きましたよ。山に囲まれた住みやすそうな町でした。

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