2006年08月03日

●8月1日~7日はスター・ウィーク!

皆さんは「スター・ウィーク」ってご存知ですか。
「バード・ウィーク」と同じように、8月の第一週を「星空に親しむ週間」として、全国で夏の夜空を見上げようというキャンペーンです。

swposter1.jpg

この間は、全国の天文台やプラネタリウム、科学館を中心として、さまざまな行事や観望会が実施されます。光害や大気汚染により全国で星空が失われつつある現在ですが、これを機会にぜひ、お近くの天文関係施設を利用したり、星空に親しんでいただければと思います。


http://www.starweek.jp/index.shtml

実はこのスター・ウィーク、西美濃天文台が発祥の地なんですよ。
1995年、西美濃天文台で開催された「第4回全国の天体観測施設の会」で提唱され、その年から始まったキャンペーンなのです。
以来、毎年8月第一週に実施されており、年々、参加団体や関連する行事も増加してきました。
私は、初年度以来ずっと実行委員として、微力ながらキャンペーンの推進を行っていますが、今年は、「星空を歌う音楽ユニット」として知られる「アクアマリン」に協力を願い、キャンペーンのテーマソングである「COSMOS」の特別アレンジ版を含んだミニアルバム制作を担当しました。
アクアマリンのホームページで販売していますので、入手ご希望の方は下記を御覧下さい。枚数限定版ですので、ご希望の方はお早めに。

http://www.aqumari.com/

写真:スター・ウィーク2006のポスター

2006年08月05日

●保育園での観望会

先日、町内の保育園での観望会に呼ばれました。
5才児10名と親御さん、先生が対象だったのですが、夕方まで快晴だった天候が突然、曇ってしまい、仕方なくお話ということになりました。
自作の絵本と天体写真のスライドを用意してありましたので、「絵本と星の写真、どっちがいい?」とまず聞いたところ、「写真が見たい」というのでスライドを始めました。ところが、月ぐらいはわかるものの、他の天体を5歳の子に説明するのは非常に難しいということが、話し始めてからわかってきました。
もちろん、専門用語は使わず、できるだけ易しい言葉でお話しをしたのですが、星の話をしようとすれば、どうしても天体名などの用語は使わなければなりません。
地球が太陽を回っていることや、惑星の名前もまだ知らない子どもたちですから、たとえ話を交えながら用語を選ぶのに実に苦労しました。俺もまだまだ修行が足らないなあと実感させられた次第です。
やっぱり持参した絵本を使って読み聞かせをすればよかったなあと、ちょっと後悔しながら
帰路につきました。
それでも、子どもたちが作ったというカレーも美味しく、お化けごっこのお手伝いもできましたので(?)、普通とはちょっと違う楽しい観望会ではありました。

2006年08月07日

●70年代の記憶「1978年月食観望会観測記」

昔昔の観測日誌から抜書きしました。
東大和天文同好会が近くの小学校校庭で行なった月食観測の様子です。
東大和天文同好会会員のみならず、今と違って趣味としての天文が盛んだった当時、気合が入っていた雰囲気を味わっていただければ・・・。
それにしても当時は若かったなあ。高校生の頃でした。

続きを読む "70年代の記憶「1978年月食観望会観測記」"

2006年08月08日

●きらめく水面を見つめて

毎年、夏になると、揖斐川町久瀬の、とある川へ行きます。揖斐川に注ぐ小河川ですが、何段にも連続する淵に樹木が鬱蒼と覆い被さり、光と影の躍る水面はあくまで澄んで、非常に内省的な気分にさせてくれる場所です。

hisaka2.jpg

昨日は家族でその川に行き、夕方まで泳いだり、石を拾ったりして過ごしました。写真の箇所は深い淵になっていて、トンボやカゲロウが飛び交い、魚が跳ね、昼間はカジカガエルが、夕方にはヒグラシの大合唱となる私のお気に入りの場所です。
そんな場所で、時に泳ぎ、あるいはきらめく水面を見つめて過ごす無為の時間は、何ものにも替えがたい至福のひとときに思えます。
そう、一人で満天の星空を見上げているときの幸福感と似ているかもしれません。わずらわしい他人との関わりから遮断され、自然に抱かれる安らぎ・・・。

私は、宗教や神様を信じませんが、そんなひととき、たしかに自然には何らかの思惟が宿っている気がします。人格を有する思惟ではありません。地球という惑星が持つ生命のエネルギーの総体が放つ思惟です。
そんな超人格的な存在とひそやかな会話を楽しみたくて、私は山野を歩いたり、星空を見上げるのだと思っています。

2006年08月10日

●夜の散歩

夜の散歩が好きです。一人で、家族で、気ままに近所を歩きます。
運動不足解消はもちろん、晴れた晩には季節の星空を楽しむことができるという一石二鳥の散歩です。

家族で歩けば、星座を探しながらさまざまな話ができますし、一人であれば、季節の夜気に身を浸し、時に星を見上げ、時にカエルの声に耳を澄ませ、自らの心と、昼間はできない会話をすることができます。

自己との対話。
内省、と言い換えてもいいでしょう。
これこそ、忙しい現代にあって、もっとも必要とされているものだと思います。
さまざまな情報が氾濫し、家庭に戻ってもテレビが声高なおしゃべりを続け、ゲームやネットの仮想世界が子どもの心を容赦なく浸食する時代にあって、夜の風に吹かれながら遙かな時空をわたってきた星の光に身を委ね、静寂のさなかで自らの心の奥底を見つめることの大切さ。
あやふやな情報やプロパガンダに迎合することなく、いたずらに他人と群れることなく、心静かに自らの道を歩くこと。
ちょっと大げさですが、私にとって夜の散歩は、自らの心を覗くとても大切な時間なのです。

2006年08月12日

●満月の宿直

9日の晩は宿直でした。
私の職場では、おおむね1ヶ月に2回程度の割で宿直が回ってきます。昼間の仕事が終わってから翌朝まで宿直室に泊まりこむわけです。仮眠はできますが、熟睡できるはずもなく、翌日は眠気をこらえて仕事をしなければなりません。

また、運悪く晴れた新月の晩に当たってしまうと、欲求不満の憂き目を見ることになります。宿直も仕事ですから、晴れているのをいいことに外に望遠鏡を引っ張り出して・・・、なんてことはできません。満天の星が輝いているのを知りながら、宿直室でじっとしていなければならないのは結構な苦行です。

full moon.jpg

9日は、ちょうど満月でした。何度か職場内を巡回し、仮眠についたのですが、午前2時頃、ふと目が覚め、ほんの少しだけ外へ出てみると、夕方空を覆っていた薄雲はすっかりなくなり、すばらしい快晴です。
静まりかえった夜気の中に、したたるような満月の光だけが降り注ぎ、遠い山なみが波のように浮かび上がって、非常に幻想的な雰囲気を創り出していました。
人工の灯りが少ない藤橋では、満月は本当に明るく、青く透き通った光が夜のすみずみまで満ちて、「月明り」という言葉を実感できます。

月明りをたっぷり浴びてから宿直室に戻ると、窓ガラスに大きなカブトムシが張りついていました。
何とはなしに落ち着いた気持ちになって、再び布団に入りました。

2006年08月15日

●天文ファン2030

2030年。進行する地球温暖化と飽和状態に達した光害のため、天文趣味は壊滅に瀕していた。
そんな絶望的な状況の中でも、軌道上に打ち上げられたアマチュア衛星を使って新天体発見を夢見る俺。
必ず到来する暗黒の未来を描いた衝撃の近未来天文小説!
星屋さんは、身につまされること間違いなし! 必読です!

続きを読む "天文ファン2030"

2006年08月19日

●保育園での観望会ふたたび

8月初旬に町内の保育園での観望会を実施し、スライドを映写したものの5歳児相手の説明が想像以上に困難だったことを以前に書きました。
以来、幼児対象の観望会の実施内容について考えてはいたのですが、昨日、やはり町内の保育園から依頼があり、5歳児29人を対象に観望会を行ないました。
前回に続いて今回も天候が悪かったため、室内でのお話ということになり、相棒がパソコンとプロジェクターを使用しての天体画像解説、私は、反射と屈折、2台の望遠鏡を持ちこんで、実際に望遠鏡を見、触れてもらいながら話をすることにしました。

teegal60.jpg

まずは、反射と屈折、2台の望遠鏡を並べて筒先から順番に覗いてもらい、何が見えたかを答えてもらいました。屈折はいまいちでしたが、反射望遠鏡を覗いたとたん、「顔が見える」「大きく見える」「鏡が入ってる」と大騒ぎ。
続いて、屈折望遠鏡を廊下に出し、廊下の端に掲示されている園児が描いた絵を見てもらいました。
「あんなに遠くにあるのに目の前に見える」「細かい部分がはっきり見える」「逆さまに見える」
意外なほど的確な反応に、こちらが驚くほどでした。
小学生以上の場合は、続いて光学系の説明をするのですが、今回はそこまでは行なわず、初めて天体望遠鏡に接し、覗いた驚きを記憶にとどめてもらうだけにしました。

そのあとに行なった相棒の画像解説も、テンションが高まっていたためか、まったく飽きることなく、興味津々でまたたくまに1時間の持ち時間が終了となり、園児にも先生方にも大いに喜んでもらえた観望会となりました。

子供対象の観望会では、とにかく体を動かして体験してもらうことが一番です。
そこから興味の対象が広がっていけば、それで十分に目的を達したといえるのでしょう。

写真:今回使用した「ティーガル60」。久々に使用しました。いい光学系です。

2006年08月21日

●公開天文施設の現状と意義に関する私的考察

五島プラネタリウムの閉館前後から、各地でプラネタリウムや天文台の休止がアナウンスされ、公開天文施設の今後に大きな翳りが見え始めています。大きく報道されるのは大型館ばかりですが、マスコミ等で報道されないまま、全国で多くの施設が存亡の危機にさらされています。

私が勤務する西美濃プラネタリウム・西美濃天文台は、開館以来50万人の方に利用していただき、小規模なりに地域に貢献してきたと自負していますが、オープンしてから十余年が過ぎた今、当初は五人いた職員は二人に減らされ、予算の大幅削減はもとより、開館日数も半減されてしまいました。かつて暗かった施設周辺は、徳山ダム工事によってさまざまな灯りが林立し、ダム完成までの一時的なこととはいえ、以前とは比べものにならないほど明るくなってしまっています。職員は集客とコストダウンに必死に取り組んでいるものの、努力は限界に近づいています。

当館に限らず、バブル期、全国に雨後の筍のように生まれた天文施設の多くが運営に行き詰まっており、特に小規模館ほどその傾向は顕著です。予算もなく休みも取れず、もちろん事業も行えず、こんな状態ならば思い切って閉館になってしまった方が楽、小規模館の担当者からはこんな声も聞かれるほどです。

それでも、最近になってようやく、公開天文施設が連携してこうした危機に対処してゆこうといいう気運も生まれてきました。ただ、そうした運動を推進しているのは、実のところ危機にはほど遠い恵まれた大型館ばかりであり、小規模館は連携のための会合に参加することもままならず、意見や提案を述べる時間的余裕すらないまま、日々の業務に追いまくられているのが現実です。本当に追いつめられている施設は蚊帳の外に置かれ、余裕のある大型館だけが大所高所からの議論を楽しんでいるように思えてなりません。

私は、自らの施設の存亡に汲々としてはいないつもりです。税金を投入した施設維持が困難であれば、費用対効果の面から閉館という選択肢もあり得るでしょう。ただ、天文施設に期待されている本来の役割を、社会も、施設で働く職員自身も忘れているのではないかと感じます。

宇宙を知ることは、客観的な世界観を養い、地球環境問題への正しい認識やバランスのとれた人格形成にも不可欠です。プラネタリウムは流行のアニメ映画を上映するだけの視覚的遊園地であってはいけませんし、公開天文台は、一部の天文マニアや研究者の自己満足の場であってはいけません。宇宙とは何か、地球とは何か、人類とは何か、生きる意味とは何かといったことを、来館者とともに考えていく哲学を持った場所でなければならないと思います。

観測も研究も大切ですし、いわゆる「天文普及」も大事でしょう。しかし、何のために観測をし、研究をし、普及活動をするのかといった根本を、私たち公開天文施設の職員は、もう一度、考えてみる必要があるのではないかと思うのです。
  

2006年08月28日

●星空の街・あおぞらの街全国大会

25日から27日にかけて、岩手県二戸市で開催された「星空の街・あおぞらの街全国大会」に参加してきました。
同大会では、毎年、2団体2個人に対して表彰を行なっています。今回、私が表彰を受けることになったために、職場の同僚に無理をお願いして仕事のスケジュールをやりくりし、何とか表彰式に出席したというわけです。
表彰式は26日だったので、当初は当日の朝一番で発って現地入りしようと考えていたのですが、午前中にリハーサルを行なうので前泊してほしいとのことで、25日、東海道新幹線と東北新幹線を乗り継ぎ、1,000km余り離れた二戸市へ赴きました。

ninohe1.jpg

大会には、高円宮妃殿下と小池環境大臣も出席され、折から北の高気圧に覆われた気持ちのよい快晴の空の下、滞りなく日程が終了しました。
ただ、表彰式に関しては、司会進行とリハーサルで練習した礼式がうまく噛みあわず、あまり出来の良いものとはいえなかった気がします。もう少し練習の時間が必要だったかもしれません。妃殿下と大臣、岩手県知事さん他関係者の方をハラハラさせたのではないかと思います。

いっしょに個人表彰を受けたもうお一方は、アマチュア天文界の重鎮である大分の船田 工先生でした。親しくお話を伺うのは初めてでしたが、とても気さくで上品な方で、嬉しい出会いの機会となりました。

岩手県は、環境問題に関しては国内都道府県のなかでもっとも先進的な取り組みを行なっている県です。知事さんからそうした取り組みを伺うほど、保守的で環境破壊の先導役だけを担っている岐阜県が情けなくなりました。

ひたすらミニ東京を志向し、箱モノと道路を作り、巨大な官製イベントを行ってきた岐阜県。
昨今の財政危機にもかかわらず、開発一辺倒の思考から未だに脱け出せないでいることがなんとも歯がゆく、そして恥ずかしく、何とかそうした流れを変革してゆく方策がないものか、帰りの新幹線の中ではそればかりを考えていました。

写真:会場となった二戸市浄法寺文化センター

2006年08月30日

●随筆「幽霊・・・少年期の黄昏に」

 北杜夫の処女作、「幽霊」を初めて読んだのは、中学一年生の秋だった。いわゆる「どくとるマンボウ」シリーズには以前から親しんでいたものの、「幽霊」については、その怪談めいたタイトル、そして難解そうな文章に尻込みしてしまい、なかなか手が出なかったのである。思いきって文庫版のそれを購入し、一読してみても、その印象はあまり変わらなかった。というより、より困惑の度を深めさせられたともいえる。

 小説というものは、いわゆる「物語」であり、明確な起承転結のある読み物なのだと、中学一年生の私は思っていた。ところが、この小説に物語的なストーリーはほとんどない。起承転結の基本である時間軸すら曖昧であり、冒頭からして茫漠とした回想シーンから始まる。時間軸だけではない。場面にしても二転三転し、ソフトフォーカスの写真のように曖昧模糊とした語りが続く。戦前から戦後の混乱期、家を去っていった美しく謎めいた母への思慕をベースにして、淡い恋や自然への憧憬を絡めながら、作者の精神が成熟してゆく過程を描いた自伝的小説であることは理解できるものの、淡色の水彩画を何枚も重ねてゆくような描写手法は、小説イコール物語と考えていたその頃の私にとって、およそ小説と呼ぶには値しないものであるように思われた。

 こうして書棚に並べたまま忘れていた「幽霊」をもう一度手に取ったのは、それから一年ほども過ぎた頃だった。家庭も学校も何もかもが面白くなく、それでいて毎日を無為に過ごしている自分が嫌でたまらなかった時期である。そんな鬱々とした精神状態が、書棚に並んだたくさんの本のうちからこの怪しげなタイトルに手を伸ばさせたのかもしれなかった。自分の拠って立つ時間も空間も定まらないようなその頃の毎日に、何かしら拠り所を求めたいという気持ちで、私は一年ぶりに「幽霊」の活字を追い始めたのである。

・・・気づいてみると、辺りは夕方だった。ほの暗い部屋の中が奇妙にぼやけて見える。私は、自分が泣いていることを知った。同時に、心の内面が驚くほど澄み切っていることに気づき、はっとする。「幽霊」の小説世界は、透明な黄昏の光に照らし出された心の風景の完全な一部となっていた。私の内部でいつ知らず形づくられつつあった自然への憧憬、異性への思慕、そして、時として自分を支配する理由のない怒りや閉塞感、そうしたものがこの小説を読み進む数時間のうちに見事に整理され、秋の夕暮れに似た静謐感を漂わせながら、心の書棚に収められていたのである。

 静かに部屋を充たしてゆくうす闇のなかで、読んだばかりの小説の一節を私は呟いていた。
『僕は自然から生まれてきた人間だ。僕は決して自然を忘れてはいけない人間なのだ』
 この言葉を、私は今でも時折、呟くことがある。私にとって「幽霊」の印象は、それほどまでに深い。

(平成15年度 岐阜県読書感想文コンクール奨励賞)

2006年08月31日

●徳山ダム試験湛水

徳山ダムの工事がほぼ完成し、試験湛水が9月25日から始まるとのことです。

徳山ダムは国内最大の多機能ダムとして計画され、旧藤橋村よりさらに福井県側にあった旧徳山村の全住民を移住させ、種々の反対運動を巻き起こしながら営々と建設が進められてきました。
総事業費は最終的に約3353億円となる見込みで、わが国の財政状況が悪化し公共事業が次々と廃止・縮小されるなかでも、毎年ほぼ満額の予算が認められてきたのです。

muda1.jpg

このダムは、私の勤める西美濃プラネタリウム・西美濃天文台がある旧藤橋村地内に建設が進んでいることから、旧藤橋村は過去30年の間、ダム工事に翻弄されてきたといっても過言ではありません。
私が旧藤橋村へ移住してきた頃には工事が本格的に進められるようになり、現在でも、プラネタリウムや天文台の周囲はダム工事用の宿舎や事務所でいっぱいです。また、ダム工事に絡んで良きにつけ悪しきにつけさまざまなマスコミが取材に訪れ、そのあおりを受けて西美濃プラネタリウムも「ダム工事の補助金で作られた」とか「旧藤橋村の住民は、一人あたりいくらの交付金を現金で支給された」などといった根も葉もない報道が全国ネットで流されたりもしました。その意味では、ダム建設の是非はともかくとして今回の湛水試験開始の報道は、田舎移住者の私としては、ひとつのエポックとなる出来事には
違いないものです。

ダム工事が本格化する以前には、旧徳山村の風物を調査したり撮影するために足しげく現地を訪れたものですが、湛水試験が始まればそれもできなくなります。
慣れ親しんだ揖斐川上流の美しい景色、そしてそこに住む多くの生き物の生息場所が永遠に失われると思うと、ダムという壮大な自然破壊に対してやはり疑問を感じざるを得ません。

いずれにしても、後戻りはできなくなりました。
湛水が始まる前に、皆さんもぜひ一度、徳山の姿を見てください。国策のために無念の思いで故郷を離れた旧徳山村民の、そして、冷たい水に浸かって死んでゆく木や草、動物や昆虫の無言の声に耳を傾けていただければと思います。

写真:ほぼ完成した徳山ダム(2006年7月撮影)