« 夜の散歩 | メイン | 天文ファン2030 »

2006年08月12日

●満月の宿直

9日の晩は宿直でした。
私の職場では、おおむね1ヶ月に2回程度の割で宿直が回ってきます。昼間の仕事が終わってから翌朝まで宿直室に泊まりこむわけです。仮眠はできますが、熟睡できるはずもなく、翌日は眠気をこらえて仕事をしなければなりません。

また、運悪く晴れた新月の晩に当たってしまうと、欲求不満の憂き目を見ることになります。宿直も仕事ですから、晴れているのをいいことに外に望遠鏡を引っ張り出して・・・、なんてことはできません。満天の星が輝いているのを知りながら、宿直室でじっとしていなければならないのは結構な苦行です。

full moon.jpg

9日は、ちょうど満月でした。何度か職場内を巡回し、仮眠についたのですが、午前2時頃、ふと目が覚め、ほんの少しだけ外へ出てみると、夕方空を覆っていた薄雲はすっかりなくなり、すばらしい快晴です。
静まりかえった夜気の中に、したたるような満月の光だけが降り注ぎ、遠い山なみが波のように浮かび上がって、非常に幻想的な雰囲気を創り出していました。
人工の灯りが少ない藤橋では、満月は本当に明るく、青く透き通った光が夜のすみずみまで満ちて、「月明り」という言葉を実感できます。

月明りをたっぷり浴びてから宿直室に戻ると、窓ガラスに大きなカブトムシが張りついていました。
何とはなしに落ち着いた気持ちになって、再び布団に入りました。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://at-h.net/~has/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/68

コメント

こんばんは、松本さん
宿直お疲れ様です。
山の中の満月は、本当にまぶしい限りです
いつもこの時期の満月を見ると、本当に
「お盆」という言葉を感じます。
夜、行き来するのには、お盆のような
月が出ていないとできないなぁと
今は太陽暦ですが、この国は、
旧暦があっているように思います

「この国は旧暦があっている」・・・。いい言葉ですね。そうなんです。暦というものは、もちろん正確に時刻と季節を刻むものでなければなりませんが、同時にその国の、あるいは民族の感性を反映したものでなければならないとも思います。
国立天文台でも「伝統的七夕」キャンペーンをやったりと、一部の目覚めた?人たちは旧暦、というか太陰暦の大切さを啓蒙し始めています。
数値としての暦と感性の具現化としての暦が並立していても一向にかまわないと私は思っています。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)