2007年02月01日

●アルネ君の病気

うさぎのアルネ君、このところ白い目やにがたくさん出るので、カミさんが医者に連れて行ったところ、
「たぶん結膜炎じゃないかなあ」
とのことで、目薬を貰ってきました。

arune3.jpg

だんだん治ってきているようですが、考えてみれば、うさぎって土を掘るのが大好きですよね。それでいて、大きな目を保護するような機構はもっていないし、眼病に罹る例も多そうです。
うさぎでも猫でも目薬をつけるのはなかなか苦労します。カミさんはなぜか動物に薬を投与するのが上手で、目薬でも飲み薬でも、さりげなく押さえつけて一瞬のうちに投薬を終えてしまいます。私や娘は思い切りが悪いのか、すぐに逃げられてしまいます。
カミさん、動物病院の助手でもやればけっこう才能を発揮しそうなのですが、本人曰く、
「動物なんて嫌いだもん」
そうは言いながら、私や娘の見ていないところで、けっこうアルネ君や猫たちのことを可愛がっているようです。

写真:アルネ君の目って青いんです。

2007年02月03日

●随筆「沖縄が呼んでいる」

 我が家ではいま、「沖縄」がブームである。というより、沖縄に呼ばれていると言った方が正しいかもしれない。
 以前、このブログにNHKの朝ドラ、「ちゅらさん」についてのエッセイを書いた。あれこれ書いたが、つきつめれば、我が家では全員が「ちゅらさん」というドラマの大ファンだという内容である。
 ウチの家族はもともと寒さが苦手だ。夏になると元気になり、冬はひたすら耐え忍んで過ごす。カミさんなどは「岐阜なんかじゃなくてもっと南の島に移住したかった」と半ば本気で言うほどだ。娘は純日本料理が好みだが、私とカミさんは南方系の料理が好きで、タイに行った際も辛いといわれる現地の料理に何の抵抗もなかったし、チャモロ料理も好きである。沖縄そばは大好物のひとつであり、ゴーヤーチャンプルーも今のようにメジャーになる前から愛好していた。
「ちゅらさん」のファンであるのもそうした我が家の気風が根底にあるためだろうが、実のところ、カミさんと娘は沖縄へ行ったことがない。それが、今年に入って沖縄へ行きたいというムードが俄然、盛り上がってきた。

okinawabike1.jpg

 きっかけはもちろん「ちゅらさん」総集編の再放送と「ちゅらさん4」の放送である。放送を見て「やっぱり沖縄はいいなあ」と思っていたら、たまたま「ちゅらさん」のドラマ中に小道具として登場する本の実売版を見つけてしまった。残部一冊とのことで、もちろんすぐに買い求めた。
 また、ある本で「東京の沖縄料理店」なる特集を見ていたら、何と私が以前、勤めていた会社のすぐ近くにある沖縄料理店がでかでかと紹介されていた。もう20年近く前になるが、その頃から沖縄料理を愛好していた私は、頻繁に会社から徒歩5分ほどのその店に通っていたのである。懐かしかったというより、運命的な何かを感じる再会であった。
 さらに昨夜のことである。仕事の付き合いでちょっとした宴会に参加し、隣りの人と旅行の話になった。その人曰く、
「松本さんは星が好きだそうですが、昨年は娘と一緒に西表島に行ったんですよ。星が目茶苦茶きれいだったなあ。いや、ここ数年、沖縄にとりつかれてましてね。毎年、娘とあちこちの島に行ってるんです」
 このように、偶然とはいえ、今年に入って沖縄がらみの出会いがあまりに多いのだ。
「神様が沖縄に行くようにって言ってるんじゃない? 絶対そうだよ」
 娘は、当たり前のような顔をしてそう言う。
「そういうもんだよ。神様の言うことには従うもんだよ。小説を書くときもそうでしょ」
 そうなのだろうな、と思う。
 私は時折、小説を書く。うんうん苦労して書いた小説に限って文学賞に通らない。賞を貰えるのは、私流に言えば「天の啓示があった」作品である。そうした小説は、何の苦労もなくさらさら書けてしまう。
 というわけで、春休みは久々に沖縄へ行くつもりである。神様が行くように言っているのだとすれば、私や家族にとって何かしら得るものがあるに違いない。

写真:バイクで沖縄本島を回りました。

2007年02月05日

●宿直の晩

昨夜は宿直でした。
宿直ではいつもあまり眠れないので、晴れた晩には何度も外に出て夜空を見上げます。
とはいってもあまり長い間は無理なので、ほんの数分ですが。
昨夜は満月過ぎの月が明るく、一晩中、快晴でしたが、藤橋でも見える星の数は少なく、ちょっと残念でした。
それでも、暗くなってすぐの時刻には冬の星座が月明りにも負けずに瞬いていましたし、真夜中に見たときには、しし座に土星が、明け方には南天に木星とアンタレスが並んで煌々と輝いていました。月がなかったらどんなにきれいだろうかと、何とももったいないような透明度の晩でした。
過去には何度か、15cm双眼鏡を持ちこんで、東側の階段の踊り場から明け方の空を流したこともありますし、星空継続観察の写真撮影をしたこともあります。
たとえ宿直の晩でも、きれいに晴れた晩は星を見ずにはいられないものです。

2007年02月06日

●冬期休館中の重要任務

冬期休館中の天文台・プラネタリウムですが、担当職員は、ほぼ毎日、現地へ赴きます。
機器の調整や施設の見まわりはもちろん、もうひとつ、大切な仕事があります。それは何と「鴨と鯉に餌をやる」ことなのです。

kamo1.jpg

プラネタリウムと共通入場券で入ることができる「藤橋歴史民俗資料館」は、萱葺き民家5棟を移築した民俗博物館です。資料館の敷地中心には池が設えてあり、鴨と鯉はその池の住人というわけです。
何しろ生き物ですから、冬期休館中だからと言って放っておくわけにはいきません。
いつもの冬ならば池には氷が張り、鯉も氷の下で眠っているのですが、今年は異常な暖冬、鯉もしっかり元気です。長靴をはいて餌を与えている姿は、どう見ても飼育係のおじさんです。およそ「天文台の職員」には見えません。
とはいえ、もともと生き物は好きなので、けっこう楽しんで鴨や鯉のようすを観察しています。
鴨と鯉と自分以外、誰もいない冬の資料館もいいものです。

2007年02月08日

●冬の星雲・星団を撮影

昨夜はよく晴れていましたので、天文台で星雲・星団の撮影を行いました。
例年であれば深い雪に閉ざされているこの時期に天文台で撮影ができることはありがたいのですが、明らかに異常事態です。昨年はこの時期、2メートル以上の雪に覆われていた天文台周辺に、今年はまったく雪がないのです。
月が昇るまでに、60センチ反射と20センチ屈折、10センチF4屈折でいくつかの星雲・星団を撮影しました。

IMG_6023a.jpg

昔は、銀塩フィルムで長時間露光を行いましたが、今は基本的に短時間露光の画像を複数枚、撮影して画像処理をします。その場で結果が確認できるのでピントや構図のミスを修正でき、ありがたい時代になったものと思う反面、フィルムを現像に出し(あるいは自分で現像し)、どきどきしながら現像があがるのを待つ楽しみはなくなってしまった気がします。
撮影の合間に60センチで見たM42は、酸素の輝線が出す光が非常に複雑な構造に見え、圧巻の一言でした。昔は、よくスケッチをしたものですが、こんな複雑なM42は、とても紙の上に描写することはできないだろうなと思いました。
撮影中はさほど寒さを感じませんでしたが、車の窓はしっかりと凍っていました。

写真:60センチで撮影したM42。処理前の一枚画像です。ISO800 露光1分

2007年02月10日

●スリットから見上げる星空

天文台で観測するときは、当り前のことですが、狭いスリットから星空を見上げることになります。
私は、基本的には満天の星空に身をさらして星を見ることが好きで、もし自宅に天文台を作るとすれば、スライディングルーフがいいなあと常々、思っています。

60RC-orimini.jpg

星を見るという行為は、単に学術的なデータや画像を取得することだけではなく、その晩の季節感や風の匂いを感じ取りながら、5感のすべてを使って自然との対話をすることにあると思うからです。
その意味では、天文台での観測は直接風に身をさらすこともなく、周囲の木や草や土の匂いからも遠く、感性を刺激する要素には乏しいのですが、スリット越しの星空には、なぜか心をとらえる何かを感じます。
宇宙の覗き窓、とでも言えばいいかもしれません。
巨大な望遠鏡やコンピューターが構成する、ある意味では実用一点張りのドーム内部と、スリットの向うに広がる世俗的な実利や目的論とは無縁の果て遠き宇宙空間。
ドーム越しの星空を魅力的に見せているのは、両者が醸し出す冷たく無機的なギャップです。季節感や風の匂いと物理的に遮断された空間であるだけに、ことさら宇宙への距離感や憧憬を感じてしまうのです。

2007年02月12日

●猫の日向ぼっこ

ウチには、いちばん古顔で自由に家の中を歩き回っている「ビビさん」を合わせて、8匹の猫がいます。「ビビさん」以外は、いちばん日当たりの良い一室を「猫部屋」としてあてがわれ、基本的にそこから外に出ないで暮らしています。
どうしてビビさんばかり贔屓するのさ、といわれそうですが、自分を人間だと思っているビビさんは、他の猫とどうしても仲良くできません。そのために離してあるわけなのです。

nekobeya1.jpg

今日は天気がいいので、猫部屋の猫たちが窓ぎわで日向ぼっこをしていました。
「猫部屋」とする際にリフォームしたため、窓に格子がはまっていてちょっと見づらいですが、4匹の猫が写っています。
左端から「くろ」(文字通り黒猫)「くし」(白黒模様)「マーブル」(茶色のサビ)「猫夜叉」(茶色)です。
マーブルがお母さんで、他の3匹はその子供ですが、猫夜叉だけはマーブルの実の子ではありません。子育てをしているマーブルに、ちょうど拾ってきた赤ちゃん猫を預けてみたところ、お乳をやって我が子と同じように育て上げたのです。赤ちゃんだった猫夜叉は、自分が実の子ではないことなどつゆ知らず、大人になった今でもマーブルに甘えています。

この4匹の他に3匹の猫がおり、狭い猫部屋の中で仲良く暮らしています。
どの猫も捨て猫でした。そのままでは保健所に連れて行かれる運命だったのを保護しました。
保健所で殺される動物は、1年間で60万頭もいるそうです。私も微力ながら、メディアに訴えたりさまざまな手段で、そうした動物を守る活動を行なっています。
人間の身勝手で罪もない生き物の命が奪われている現実を、もっと多くの人が認識しなければならないと思います。

2007年02月13日

●2月に藤橋で観測なんて・・・

昨夜は、透明度はあまり良くないながら、まあまあ晴れていましたので、藤橋まで星を見に行きました。

20070212Ori4.jpg

15センチ双眼鏡で南と西を流しましたが、ちょうど星雲・星団の少ない領域のため、視野に入ってきたのは、天の川の中の散開星団を除けば、うさぎ座の球状星団M79と、ちょうこくぐ座の球状星団NGC1851、そしてアンドロメダ銀河M31のみでした。
それでも、どこもかしこも深い雪に覆われて、空も雪雲が覆っているのが2月の通常ですから、このように藤橋で観測ができるというのはちょっと信じられないことです。
観測終了後、南天から薄雲が広がりました。
真冬らしからぬ晴天と暖かさに恵まれた観測でした。

写真:冬の星座と15cm双眼鏡

2007年02月15日

●随筆「この街が伝えてきたもの」

 プラネタリウム解説者という職業柄、望遠鏡を持参しての天体観察会を頼まれることがある。大抵は、学校や公民館が会場となるのだが、その日は、長良川河畔のホテルという珍しい場所が会場だった。夏の宵を星空の下で楽しんでもらおうと、ホテルが企画した宿泊客向けのイベントだ。
 ホテルの屋上に望遠鏡をセットし終えると、浴衣姿のお客さんが上がってくる。市街地ということもあって、さほど星の数は多くない。それでも、夏の大三角が頭上に輝き、南天低くには、さそり座が雄大なカーブを描いている。西の空には傾いた月。ほろ酔い加減のお客さんは、代わる代わる望遠鏡を覗いては、天体の姿に感心することしきりである。
 折しも、見下ろす長良川では鵜飼がたけなわだ。真っ暗な川面に、何艘もの鵜飼船が火を点し、視線を上げれば、ライトアップされた岐阜城が幻想的な輝きを放っている。そんな金華山に向かって明るい星が流れた。ペルセウス座流星群だ。傍らにいた浴衣姿の女性従業員が、少女のような歓声を上げる。
 望遠鏡を覗くお客さんに説明をしながら、僕はいつか、不思議な酩酊感にとらわれていた。川面を渡る夜風は、ビルの屋上にまで水の匂いを運んでくる。頭上に輝く夏の星々、透けるような銀色に輝く岐阜城、真っ暗な川面に光跡を描く鵜飼の篝火。妖しくしどけなく心に染み入るあえかな光のページェント。
 この街が伝えてきたもの、そしてこれからも伝えたいものはこれなのだな。唐突にそう思った。極彩色の派手やかさでもなく、鋭角の未来感覚でもない、柔らかな陰影に満ちた自然と伝統の街。東京のコピーなど目指すことはない。長良川の流れと同じ、緩やかな自然体こそが、この街にはよく似合う。
 天の川が見え始めた。鵜飼もクライマックスを迎えたらしく、静かなどよめきが、夜風に乗ってこの屋上にまで伝わってくる。

*岐阜市が公募している「岐阜観光エッセイ大賞」の2004年度受賞作です。
ホテル屋上で行なわれた珍しい観望会の印象を綴りました。名古屋市に賑わいを奪われている岐阜市ですが、名古屋や東京にはない魅力をいっぱい持っていると私は思っています。
残念なのは、岐阜市当局のエライさん方が、岐阜市の魅力をどれだけ理解しているのかということです。名古屋市や東京の真似をしても仕方ないのに・・・。

2007年02月17日

●小型バイクを物色中

学生の頃からずっとバイクに乗り続けてきました。
ここ2年ほどは忙しくて乗る暇がなく、バイクも友人に貸していたのですが、今年に入ってから久しぶりにバイク熱が復活しはじめています。
今、友人に貸しているスズキのジェベル200は、そのまま友人に譲ることにして、次のバイクを物色中です。

探しているのは、51CC~125CCの小型車。あまりカネもないし、置く場所もないので、これまで乗ったことのないちょっとマニアックなこのクラスを探しています。
新車でもいいかな、と思って久々にバイク雑誌なども見たのですが、昔に比べると各メーカーとも、ラインナップが少なくなりましたね。特に250CC以下の排気量はほぼ壊滅といったところです。スクーターはそれなりに機種が揃っていますが、やっぱりギヤを入れ、クラッチを繋いで走り始めるあの感触こそがバイクの醍醐味だと思っていますので、小さくてもギヤつきのマシンが欲しいなあと思っています。

GF250s1.jpg

それにしても過去20年間、バイクでずいぶんあちこちを回りました。
東京の会社に通っていた頃は、バイクで3年間、ラッシュの青梅街道を通勤しましたし(そのおかげですり抜けは大得意になりました)、シャブ中の暴走車に追突されて足首を複雑骨折、3ヶ月以上入院したこともあります。(今でもその後遺症に悩んでいたりします)
バイクは確かに危険な乗り物ではありますが、車ではぜったいに味わえない風の匂いを感じることができます。バイクのツーリングが「旅」ならば、車でのドライブは単なる「移動」に過ぎません。

さてさて、今では絶滅危惧種となっている小型バイク探し。すぐには見つかりそうにありませんが、どんな結果になるでしょうか。

写真:以前に乗っていたスズキGF250S。250CC4気筒で45馬力。メーター読みで190km/hまで は出ました。


2007年02月19日

●月と金星の接近

今日の夕方は、月齢2の月と金星が夕空で接近していました。
仕事を18時に終えて揖斐川町内の某所へ車を飛ばし、速攻でカメラを準備、とりあえず撮影することはできました。

moonkinsei1.jpg

当初の予定では、それらしい前景を取り入れるはずだったのですが、某所に着いたところなんと敷地内が工事中のため、思うような構図を決めることができませんでした。
くそーっ、失敗したあ!と思いながら、それでもぐんぐん沈んでいく月と金星に、今さら場所の変更もできず、一応の撮影を済ませたという写真です。
星景写真では特にロケハンが大切ですね。

2007年02月21日

●お母さんたちに人気の観望会

昨夜は、大野町立北小学校へ出張観望会に行きました。
夕方までよく晴れていたのですが、暗くなると薄雲が出はじめ、折から西の空に見えている三日月と金星も、時折かすむようになってしまいました。
それでも、それ以上、天候が悪化することはなく、薄雲が出たりなくなったりする状態の下、午後6時30分から午後8時まで、望遠鏡3台(20㎝反射、15㎝屈折、15㎝双眼鏡)を使って、月、金星、土星、冬の星雲・星団を楽しみました。
こうした観望会の常として、子どもさんよりもお母さん方の方が熱心でした。子どもたちは、夜間に外出できることに興奮してどうしても走り回り、星への興味は途切れがちなのですが、お母さん方は「宇宙人っているんですか」とか「宇宙の果てはどうなってるんですか」などと好奇心いっぱいで質問してきます。
終了時には「すごく楽しかった。また参加したい」という方が何人もいて、嬉しくなりました。
できれば、満天の星空を見て欲しいのですが、夜間の移動はさまざまな制約があり、行政主催の観望会では難しいようです。
バスでも仕立てて藤橋か揖斐高原にでもたくさんの人を連れて行けるといいのですが。

2007年02月23日

●お母さん猫マーブル

ウチにいる猫はぜんぶで8匹。うち4匹が親子です。
お母さん猫の名前はマーブルといいます。写真を見れば一目瞭然なのですが、茶色のサビ模様なんですね。茶色を主体にいろいろな色が混ざり合ったように見えるので、藤橋村在住中に娘の友だちがそう名づけました。

marble2.jpg

まだウチにビビさんしかいない頃、マーブルはときどき庭に遊びに来ていました。
そのうち、しばらく姿が見えないな、と思っていたら、赤ちゃん猫を連れている姿を見かけるようになりました。
娘と「そのうちきっと、マーブルは子供を連れてウチに来るに違いない」と話していたら案の定、子猫を3匹連れて、ウチに転がりこんできたのです。
子猫のうちの1匹は、以前にも書いたとおり、マーブルの本当の子供ではありません。
近所に捨てられていた赤ちゃん猫をマーブルに預けてみたところ、見事、自分の子供として育てたものです。

ウチには、自分を人間だと信じこんでいて他の猫を徹底的に嫌うビビさんがすでに住んでいましたから、新参者のマーブル親子を家の中で飼うわけにはいきません。
親子は、物置で飼われることになりました。物置とはいっても、その気になれば人が普通に住めるほどの本格的な建物です。そんな物置が、マーブル親子の新しい家になったというわけです。

初めてウチに来たころは、やんちゃなヤンママという感じだったマーブルも、最近ではすっかり落ち着いて、奥様然とした雰囲気を漂わせています。
小柄ですが、敏捷で賢く、ケンカも強いマーブルは、猫部屋の猫たちから一目も二目もおかれているようです。

2007年02月25日

●随筆「わが青春のシュラフ」

 文章にとって、タイトルというものは非常に重要である。いわば文章の顔ともいえる。
 にもかかわらず、今、私は、この文章を書き出すにあたって、タイトルの選定にかなり苦労している。
 決まらないのだ。どうにもすっきりしたタイトルが出てこない。
 シュラフについて書こうと思う。それは決まっている。が、『私の愛○』というこの連載企画にそのまま当てはめた『私の愛シュラフ』では語呂が合わないし、かといって日本語で『私の愛袋』では意味不明であり、なにやらいかがわしい感もある。
 ともあれ、考えていても始まらないので、とりあえず、書く。

 私が使用している種々の天体観測用アイテムの中で、最も古くから使用し、かつ最も活躍しているのがシュラフ・・・寝袋だ。
 意外な感を持たれる方もいるだろう。天体観測のアイテムといえば、やっぱり天体望遠鏡じゃないのか、と。
 確かにそのとおりである。私も、過去に多くの天体望遠鏡を所有してきた。今も自宅には現役のもの、引退したものを含めて数台の望遠鏡が転がっている。
 が、実のところ、天体望遠鏡は、私たち天文屋にとって本当に必須のアイテムなのだろうか、それなしでは天体の観測はできないのだろうかと考えれば、そうではない。星座の観望はもとより、流星観測にしても肉眼で十分である。かえって望遠鏡を使わないほうが広い視界が得られて星空を壇能できることも多い。
世の中は豊かになったが、その分、街あかりの影響も深刻だ。空の暗い場所に自前の天文台を作れるような一部のリッチマンは別として、多くのアマチュア天文家はあちこちに遠征してのジプシー観測を強いられる。
そんなとき頼りになるのは、天体望遠鏡よりもサバイバルグッズである。特に防寒は重要だ。
 山奥に遠征した厳寒の夜、シュラフがなければどうなるか。
「車のヒーターをかけっぱなしにして寝ればいいじゃん」
 そう考えた人は、今のご時勢、人間失格である。地球温暖化、排気ガス公害といった地球環境への負荷に思い至らない人間は、少なくとも「光害で星が見えなくなった」と嘆く資格はない。
「宿に泊まればいいじゃない」
 そう考えた人。これも真の天文家とはいえぬ。宿に泊まる場合、門限を考えれば、観測できる時間はせいぜい午後9時までだ。気合の入った天文家は、夜明け近くまで観測し、寒さをこらえて寝なければならない。
 野宿にしろテント泊にしろ、山で凍死せずに眠るために必要なアイテム。それがシュラフなのである。
望遠鏡がなくても観測はできるし生死にかかわることもない。これが、望遠鏡よりもシュラフを天体観測の必須アイテムとして取り上げた理由である。
 シュラフの重要性をわかっていただけたことと思う。

 私のシュラフは、一見すると何の変哲もない青い綿シュラだ。
(語句説明:綿シュラ→中綿に羽毛や先端化学繊維を使用していないごく普通の綿を使用した安価なシュラフ。当然のことながら、かさばる割に保温性は低い)
 このシュラフを、私はこれまで10数年にわたって使用してきた。が、実はこのシュラフの歴史は更に遡ることができるのだ。
 私に叔父がいる。山岸某なる立派な名を有しているが、仲間うちでは「冒険好きのおじさん」としてつとに高名な人物である。叔父はかつて日本全国を歩き回り、山に眠り、波の音を枕としてきたが、この叔父が、若き日、愛用していたのが、現在、私の使用しているシュラフなのである。このシュラフは、若き日の叔父の夢と旅の記憶をそのままに語り伝えているともいえるのだ。
 叔父からシュラフを譲り受けて10数年、私も旅をした。波のしぶく孤島で、ローカル線のホームのベンチで、時には高山の強風雪の中で、このシュラフは私とともに星空を見上げてきたのである。若き日の叔父も、このシュラフにくるまって、一人、星空を見上げたこともあっただろう。
 叔父、私と二代に渡って酷使されてきたシュラフは、幾多の星霜を経て、決してきれいとは言い難い状態だ。あちこちがほころび、綿はつぶれ、寝心地も快適とは言えぬ。
 それでも、このシュラフにくるまり星空の下に横たわれば、何かしら安心するような心地がする。羽毛やゴアテックスの温かさにはほど遠いが、心の奥がほかほかするような気持ちになる。苦楽を共にしてきたシュラフに、もっとたくさんの星空を見せてあげたい、そんなことを考えながら眠りにつくこともしばしばだ。
 叔父から譲り受けたシュラフは、まさに天体観測における私の愛○グッズなのである。

 ここまで書いてきて、ようやくタイトルが決まった。
 どうだろうか。え? ちょっとカッコ良すぎるって?
 いいではないか。縁の下の力持ちであるシュラフにも、たまには光を当ててあげよう。

東大和天文同好会会誌「ほしぞら」NO.105(1989年2月発行)掲載分を加筆訂正