2007年04月03日

●ねむり猫

暖かな昼下がり、ビビさんが窓辺で寝ていました。
猫の寝ている姿というものは本当に可愛いものです。

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猫は、狩猟によって食物を得る獰猛な肉食獣なのですが、その割には仕草や姿態が愛らしい不思議な動物です。
寝姿などは愛らしさの最たるもので、どうしてこれほど無邪気に眠れるのかと思ってしまいます。
とはいえ、こうした無邪気な姿は飼い猫ならではのもの。
野良猫は常に警戒を怠らず、無防備な寝姿を人に見せたりはしません。
厳しい生存競争におかれている野良猫に比べれば、ビビさんは本当に幸せだと思います。

2007年04月04日

●若き日の詩集

少々古い話ですが、ある女性にホワイトデーの贈り物をした際に、おまけとして、私が昔、出版した詩集をいっしょに贈ったところ非常に喜んでくれました。
「僕といるかのいる海辺」というその詩集は、20代の半ばに出版したもので、お洒落な装丁も手伝って、当時は本屋等でかなり売れました。

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とはいえ、あれから20年が過ぎ、自分でもほとんど忘れていたのですが、詩が好きだとその女性が以前に話していたことから、ふと思い出してホワイトデーのおまけに贈ったのです。
今から見れば若書きで拙い作品が多いのですが、懐かしく、そして少し切ない思いもこみ上げます。
その頃に書いた詩を発展させて賞をいただいた小説もあり、あの頃、一生懸命に詩を書いて、それなりに得るものはあったのだなあと思っています。

2007年04月09日

●「喋れない解説者」その後

体調不良ですが、その後、だいぶ通院したり薬を飲んだりしているものの、はかばかしい回復はしていません。咳の回数は減ってきましたが、それでも突然、噎せるような激しい咳が出ますし、声もうまく出ません。。あまり咳をした影響で、左右脇の下の肋骨を骨折し(疲労骨折でかなり多い症例だそうです)咳をしても何をしても痛いことこの上ありません。また、炎症の影響で全身にひどい倦怠感があります。
レントゲンでは、肺はだいぶきれいになってきたとのことですので、あとは安静にするしかないとのこと。
プラネタリウムは、同僚のKさんが投影してくれています。土日は、一日、5回の生解説がありますので、Kさんにも相当の負担をかけてしまっています。それでも、Kさんは「お互いさま」と快く投影をしてくれており、感謝の極みです。
二人しかいない職員のどちらかに、今回のような健康上の問題、また慶弔など休みを取らなければならない事情が発生する可能性を考え、職員増員を町当局に強く働きかけていますが、まったく顧慮してもらえず、困っています。
動揺の事情は全国の天文施設で起こっており、行政当局が天文施設に向ける視線の軽さを示しているといえます。
以前、3K業種、などということが言われましたが、恵まれている大型施設以外、今や、天文施設はそれ以上に厳しい状況にあります。
組織よりもマンパワーで運営されているこの業界の特殊性を、もっと理解して欲しいものです。

2007年04月10日

●湿地公園

自宅から車で数分の場所に、湿地公園ができました。
山裾にあるこのあたりは、以前から水が湧いて湿原になっていたのですが、隣接した場所に斎場が作られた関係で造成が進められ、環境の保全に危機感を抱いていた場所でした。
昨年、大野町から、この場所に湿地公園を作る計画があるが、住民にも応分の負担をしてもらうかもしれない、それについて意見を聞かせてほしいというアンケートがあり、ウチではもちろん賛成の旨を書きました。そのアンケート結果に沿って工事が進められたものと思います。

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湿地公園を作るとはいえ、工事自体にはそれなりの環境改変を伴ないます。生態系への負荷も小さくはありません。
それでも、このまま放置しておけば、もっと大きな自然破壊を伴なう土地利用をされる可能性もありましたので、今回の公園化はプラスの選択ではなかったかと思っています。
あちこちで書いたり話したりしていますが、生態系保全における湿地の重要性が提起されているにもかかわらず、全国的に見れば湿地の埋め立てや排水・干拓の流れは変わっていません。
カエルが鳴き蛍が飛び交う身近な湿地の価値を、もっと見直す必要があるのではないかと思います。
体調が良くなったら、この公園をフィールドにして、いろいろな観察を始めようと考えています。

2007年04月12日

●桜が満開

藤橋城と天文台周辺は、桜がちょうど満開です。

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ここ数年は、4月のはじめに満開になることが多かったのですが、今年は、冬が暖かかったにもかかわらず、この時期の満開となりました。やはり桜は入学式・始業式のこの時期が似合いますね。
見ごろはこの週末、と言いたいところですが、土日までもつかどうか、微妙なところです。
明日、金曜日は、雨模様の荒れた天候になるそうなので・・・。

2007年04月15日

●久々のプラネタリウム投影

昨年12月からの冬期休館、そして4月早々からの肺炎のために、ずっとプラネタリウムの投影を行なっていませんでしたが、今日、久々に、そして何とか投影を行なうことができました。
とはいえ、今日も、朝から咳は出る、胸は痛い、全身倦怠感があるという最悪の体調でした。
それでも、いつまでも甘えてもいられず、途中で咳が出ても仕方ないや、そのときはそのときと思い切って11時の投影に。

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解説中、何度か危ない感じもありましたが、何とか30分の投影を乗り切ることができ、その後も一日5回の投影を、無事に終了することができました。
発作的な咳が何の予兆もなしに出る上に、咳をすると肋骨の折れた箇所が、しばらくうずくまっていなければならないほど痛むので、投影中は本当に綱渡りという感じでした。
今日は家族連れが多く、完璧とはいえない投影にもかかわらず、子供たちも親さんも、みんな喜んでくれて、嬉しいような申し訳ないような思いでした。
明日は休みなので、少しでも回復につなげたいと思ってます。

2007年04月16日

●菜の花と娘の名

揖斐川沿いでは、どこも菜の花が盛りです。
河原から道端、田んぼの畦、いたるところに咲いている黄色い花を見ると幸せな気持ちになります。

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なぜか私は菜の花が好きで、ひとり娘にまで星と菜の花を合成した名前をつけてしまったほどです。
どこにでもある花ですし、一輪ずつを見れば格段に美しいわけでもありません。
それでも、一面に咲いた菜の花は、生命力に溢れていながらどことなく清らかで涼やかな印象を感じさせます。
娘が小さな頃は、春先になると揖斐川の河原へ連れてゆき、一面の菜の花の中で一日を過ごしたものでした。
そんな娘も、もう高校生。
「星と菜の花」を冠した自分の名前を好きだと言ってくれます。
実のところ、私とカミさんの好きなものを合成しただけの名前なのですが・・・。

2007年04月18日

●傾いた冬の星座

いつのまにか4月も半ば。
3月末から病に倒れているため、ずっと星も見ていないのですが、先日、ふと空を見上げたら、オリオン座やおおいぬ座が、早い時刻にずいぶんと西に傾いていました。

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北東の空には北斗七星が高く昇り、南東の空には、土星をアクセントにした、しし座が駆け上って、春本番を感じました。
冬の星座というものは、真冬、凍てつく寒さと透明な大気の下で見上げるときには、心の底まで染み透るほどの凄まじいほどの迫力で映じますが、暖かくなってくると、なぜ急激にパワーがなくなってしまうのでしょう。
夏の終わり、うす青く変わりつつある東天に上るオリオン座は、やはりこの星座独特の透明感と迫力を持っているのに、どうしてこの時期、西に傾きつつあるオリオン座は、これほどに弱々しい印象しか与えないのでしょうか。
もちろん、見上げる人の心にその要因があるのですが、星座というものは本当に不思議です。
季節の移ろいとともに、ひとつの星座にさまざまな表情を感じるのも、星を見る楽しみのひとつですね。

写真:甲斐駒ケ岳に沈む「おおいぬ座」

2007年04月20日

●4月19日の太陽面

西美濃天文台の太陽望遠鏡がとらえた4月19日の太陽面です。
前日の雨が急に晴れたためにシーイングは良くありませんでしたが、小さな(とはいっても地球の何倍かはあります)プロミネンスがいくつか見えていました。

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掲載した画像は拡大像ですが、全体像では、ダークフィラメントもいくつか見えており、極小期の割には、まあまあにぎやかな太陽でした。
とはいっても、黒点は最近ほとんど現れず、たまにはF型の大きな黒点群を期待したいところです。
この日は、たまたま揖斐川町の姉妹都市である北海道芽室町の町長さんが視察にお見えになっており、ちょうど快晴だったので、昼間の恒星やリアルタイム(正確には8分前ですが)の太陽面に非常に感心されていました。

2007年04月23日

●猫夜叉くん

「猫夜叉くん」は、我が家に8匹いる猫の一匹です。マンガの主人公の名をもじって娘が名づけました。
猫夜叉くん、以前にも紹介した元野良猫「マーブル」の息子、ということになっていますが、実はなかなか数奇な運命の子なのです。
猫夜叉くんは、ウチがまだ藤橋に住んでいた頃、近所の納屋にただ一匹で捨てられていました。
生まれたばかりで目も見えず歩くこともできない、てのひらに乗るぐらいの雄猫でした。
カミさんと娘が育て始めましたが、人間の赤ん坊と同じく、3時間に一度ほどはミルクを与え排泄を促す作業が必要で、すぐに疲れきってしまいました。

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こりゃあ困ったなあ、と思っていたところへやってきたのが、当時、2匹の赤ん坊を育てていたマーブル。
試しにマーブルの前に猫夜叉くんを置いてみたところ、くんくん匂いを嗅ぎ、やがて口に咥えて連れて行ってしまいました。
一抹の不安を抱えながら半月あまり。
以前からウチに目をつけていたのでしょう、それまで別の場所で子育てをしていたマーブルが、子猫を連れてウチに引っ越してきました。
そして、なんとなんと、すっかり子猫らしく成長した猫夜叉くんも、当り前のような顔でマーブルの後をついて歩いてきたのです。
マーブルは、猫夜叉くんを自分の子として育て上げたのでした。
以来、すっかり大人になった今でも、猫夜叉くんはマーブルを実の母と信じて慕っています。
写真でおわかりのように、なかなかの美猫です。

2007年04月25日

●私の感銘を受けた本「百億の昼と千億の夜」

 星を見る趣味が嵩じてプラネタリウムの解説者になってしまったということもあり、宇宙を舞台にしたSFをよく読む。宇宙を舞台にしたSFも、冒険活劇ありファンタジーありとさまざまなのだが、好んで読んできたのは、科学的根拠に裏打ちされた、いわゆるハードSFだった。科学少年だったこともあって、ハードSFでなければ読む価値なしとまで、若い頃は断じていたほどである。
 そんな認識を根底から覆してくれたのが「百億の昼と千億の夜」だった。プラトンやシッダールタ太子=釈迦の幼名、阿修羅王、イエスといった歴史上の人物が主要な登場人物であることも驚きだったが、何よりも私を魅了したのは、ページを開くだけで行間からあふれる時間と空間の実在感であった。
 それまで読んできた欧米のSF作品は、科学的根拠とヒューマニズムという点において優れたものが多かったが、開闢以来、膨張し続けている宇宙がおのずと創出した時間と空間そのものを、実在の「におい」として感じさせてくれる作品に出会うことはなかったのである。
 この作品では、宇宙の始まりと終焉は、何者の意志によるものかと問う。宇宙開闢から終焉に至る永劫ともいえる時の流れの中で、人類が存在する理由と意味を考察する。56億7千万年後に人々を救済
する弥勒とは何者なのか。彼岸とは何か。神は実在するのか。
 こうした問いかけは、一神教文明である欧米では決してなされない。宇宙の膨張による熱的平衡が引き起こす破滅と崩壊。巨大な流れに抗う術を持たないまますべてを喪失し、それでも厳然として寂寥の風の中を歩んでいく人類の克己と悲しみ。輪廻転生、色即是空とも言うべき絶え間のない価値観の変転、そんな無常のほとりに立ちながら、それでも救済を待ちわびる人々の思いと願い。
 初めてこの作品を読んでから幾歳月、仕事で、あるいは趣味で、今も星空に接する機会は多い。体と心に降り注ぐ星の輝きのただ中で、宇宙の構造と同じく、世にある事物や人の想いのすべては相対的であり、絶えず変転し続けるものなのだ。ふとそんなことを思う。そう気づいたからといって何が変わるものでもないが、無用のこだわりを捨て、優しく客観的になれるような気がする。心静かに生きられるような気がする。
 何かを悟ったなどと大それたことをいうつもりはないが、ただの科学少年だった私を本書が変えたことは確かだ。変転しないものなどない。無常であるからこそあらゆる事物に価値が備わる。そんな当然のことを、この作品が放射する時間と空間は認識させてくれる。
 煩雑な日常ではあるが、時の流れは悠久だ。ささいなことに心わずらわせ、大切なことを忘れないように生きてゆきたい。

(2004年度 岐阜県読書感想文コンクール優秀賞受賞作品)

 光瀬 龍 著「百億の昼と千億の夜」の感想文です。県が主宰する同コンクールでは、これまで3回入賞しており、ひとつが紹介した関 勉さんの「未知の星を求めて」、もうひとつが、北 杜夫さんの処女作「幽霊」です。どちらもこのブログ(カテゴリー「旅と文学」)で紹介済みの、私の精神を形作ってきた大切な本なのですが、表彰式の席上で審査員さんに言われました。「私、長年、このコンクールの選者をやってますが、星や宇宙に関する本で2回も受賞されたのは松本さんが初めてですよ。」
 そりゃあ、まあ・・・珍しいでしょうね。いわゆる読書感想文と天文書って、普通は結びつかないもんねえ。
 あ、「幽霊」は立派な純文学ですよ。純文学過ぎて読んだ人の半数は理解できないみたいだけど・・・。
上述の3書、皆さんも読んでみてね。読んだ方がいれば、感想を聞かせてくださいませ。

2007年04月27日

●忙しい一日

連休の直前の平日なので、今日はさほど忙しくはないだろうと思っていたらさにあらず。
朝から消防署が消火器など消防施設の点検に来て、ついでにプラネタリウム、天文台を案内。
10時の開館に間に合うよう、急いでプラネタリウムの初期設定と太陽望遠鏡の立ち上げ。
なぜか電話が多く、その対応に追われるうち、11時のプラネタリウムの準備。
お昼は何事もなく弁当を食し、また電話が何度もかかるうち、13時30分のプラネタリウム。
喉の調子が悪いながら何とかこなすと、役場のダム対策室が施設の視察に来訪。
館内の説明等をするうち、15時30分のプラネタリウム準備。
お客さんは、このブログでも常連さんの一人だけだったので、操作体験を交えながら投影を行い、太陽望遠鏡も見学。
そうこうするうちに閉館の時刻。
藤橋振興事務所に戻り、会計業務の後、揖斐川町南方の教育委員会事務局へ。
若干の打合せと書類の受け渡しを終えると、もう19時を回っていました。
喋りすぎで喉はガラガラ、予定では、今日は投影以外は一日、押し黙って書類仕事にいそしみ、養生に努めるつもりだったのですが・・・。

2007年04月29日

●本ばかり読んでいます

体調不良で仕事以外はほとんど外出しないため、本ばかり読んでいます。
本屋や図書館へ行くのもしんどいので、以前に読んだ蔵書を読み返しているのですが、久しぶりに読むと、おっ、こりゃいい本だったなあ、というのがけっこうありました。
そんな中からお勧めの本を何点かご紹介。

1.SFはどこまで実現するか  ロバート.L.フォワード
ブルーバックスの一冊でちょっと古い本ですが、恒星間航行やタイムマシン、さらにはテレパシーなど、SFでおなじみのテーマを現代のテクノロジーで実現できる可能性を論じた好著。

2.雲の墓標  阿川裕之
太平洋戦争間末期、特攻隊員として散華したインテリ学生の日記。戦争文学として有名ですが、あの時代にも高潔で普遍的な精神を失わずにいた学生が多数存在したこと、前途あるそうした人材を死へと追いやった戦争の本質を考えさせられる傑作。

3.砂の女  安部公房
これも戦後日本文学の傑作。突然、不合理な拉致的状況に負いこまれた主人公がたどる肉体と精神の葛藤を通じて、日本人全体に流れる保守的・閉塞的精神の実態を暴く。

4.日本の国境  山田吉彦
北方領土、尖閣諸島など未解決の領土問題のみならず、わが国が有する国境地帯で何が起こっているのか、どのように対応したら良いのかを現実論として考察。

5.古代エジプトうんちく図鑑  柴崎みゆき
考古学者でもエジプト学者でもない「普通の若い女性」が、ただ古代エジプトへの尽きぬ情熱に突き動かされ、古王国時代からローマに滅ぼされるまで、歴代の王朝を活写した「素人の、でも考古学者顔負けの」エジプトうんちく学。内容の高度さに加え、全編、活字でなく著者の手書き+イラストも手書きということで、学会でも話題となった。

6.星座手帖  草下英明
日本から見える星座すべてについて、基本的な知識を学べる教養文庫の一冊。世界中の文学から、その星座が登場する一節を引用しているところが、有象無象の単なる天文学啓蒙書と決定的に異なる特徴。「星座は天文学ではなく文学なのだ」と思わせられてしまう。これ一冊あれば、巷に溢れる孫引きばかりの星座解説書など不要。

7.星とトランペット  竹下文子
現代日本を代表する童話作家の学生時代のデビュー作。みずみずしく甘やかな感性に心が洗われる。私が童話を書くようになったのは、この本を読んでから。絶版なので入手は困難。童話好きな人は「お手伝いねこ」シリーズ、「黒猫サンゴロウ」シリーズも読んでね。

8.歴代天皇のカルテ
「病気」という視点から、歴代の天皇=時代を論じた異色の本。あらゆる疾病に悩み苦しむ歴代天皇に人間味とリアルティを感じるとともに、心身症に悩んでいた天皇が多いことに驚かされる。

他にもたくさんありますが、またそのうちに。
何だって? 分野が支離滅裂だって? いいんです。濫読が楽しいのです。天文の本しか読んでいない人はちょっと怖い・・・です。