●私の感銘を受けた本「百億の昼と千億の夜」
星を見る趣味が嵩じてプラネタリウムの解説者になってしまったということもあり、宇宙を舞台にしたSFをよく読む。宇宙を舞台にしたSFも、冒険活劇ありファンタジーありとさまざまなのだが、好んで読んできたのは、科学的根拠に裏打ちされた、いわゆるハードSFだった。科学少年だったこともあって、ハードSFでなければ読む価値なしとまで、若い頃は断じていたほどである。
そんな認識を根底から覆してくれたのが「百億の昼と千億の夜」だった。プラトンやシッダールタ太子=釈迦の幼名、阿修羅王、イエスといった歴史上の人物が主要な登場人物であることも驚きだったが、何よりも私を魅了したのは、ページを開くだけで行間からあふれる時間と空間の実在感であった。
それまで読んできた欧米のSF作品は、科学的根拠とヒューマニズムという点において優れたものが多かったが、開闢以来、膨張し続けている宇宙がおのずと創出した時間と空間そのものを、実在の「におい」として感じさせてくれる作品に出会うことはなかったのである。
この作品では、宇宙の始まりと終焉は、何者の意志によるものかと問う。宇宙開闢から終焉に至る永劫ともいえる時の流れの中で、人類が存在する理由と意味を考察する。56億7千万年後に人々を救済
する弥勒とは何者なのか。彼岸とは何か。神は実在するのか。
こうした問いかけは、一神教文明である欧米では決してなされない。宇宙の膨張による熱的平衡が引き起こす破滅と崩壊。巨大な流れに抗う術を持たないまますべてを喪失し、それでも厳然として寂寥の風の中を歩んでいく人類の克己と悲しみ。輪廻転生、色即是空とも言うべき絶え間のない価値観の変転、そんな無常のほとりに立ちながら、それでも救済を待ちわびる人々の思いと願い。
初めてこの作品を読んでから幾歳月、仕事で、あるいは趣味で、今も星空に接する機会は多い。体と心に降り注ぐ星の輝きのただ中で、宇宙の構造と同じく、世にある事物や人の想いのすべては相対的であり、絶えず変転し続けるものなのだ。ふとそんなことを思う。そう気づいたからといって何が変わるものでもないが、無用のこだわりを捨て、優しく客観的になれるような気がする。心静かに生きられるような気がする。
何かを悟ったなどと大それたことをいうつもりはないが、ただの科学少年だった私を本書が変えたことは確かだ。変転しないものなどない。無常であるからこそあらゆる事物に価値が備わる。そんな当然のことを、この作品が放射する時間と空間は認識させてくれる。
煩雑な日常ではあるが、時の流れは悠久だ。ささいなことに心わずらわせ、大切なことを忘れないように生きてゆきたい。
(2004年度 岐阜県読書感想文コンクール優秀賞受賞作品)
光瀬 龍 著「百億の昼と千億の夜」の感想文です。県が主宰する同コンクールでは、これまで3回入賞しており、ひとつが紹介した関 勉さんの「未知の星を求めて」、もうひとつが、北 杜夫さんの処女作「幽霊」です。どちらもこのブログ(カテゴリー「旅と文学」)で紹介済みの、私の精神を形作ってきた大切な本なのですが、表彰式の席上で審査員さんに言われました。「私、長年、このコンクールの選者をやってますが、星や宇宙に関する本で2回も受賞されたのは松本さんが初めてですよ。」
そりゃあ、まあ・・・珍しいでしょうね。いわゆる読書感想文と天文書って、普通は結びつかないもんねえ。
あ、「幽霊」は立派な純文学ですよ。純文学過ぎて読んだ人の半数は理解できないみたいだけど・・・。
上述の3書、皆さんも読んでみてね。読んだ方がいれば、感想を聞かせてくださいませ。

コメント
こんばんは、
良い本を教えていただきました。
早速アマゾンで調べたら200円で
中古がありましたので
注文してしまいました。
天文をされている人とはあまりこういった
会話をする事が無いので
少し驚きです。ほとんどのかたが
無神論者や唯物論の方が多くて・・・
私は明確に唯神論者なので
この手の本が好きですが、
この手の本は、団体色が出てきて
結果、特定の宗教の本になるケースが
多いように感じます。
Posted by: 生川 | 2007年04月26日 23:59
生川さん、こんばんは。
確かに天文屋さんは唯物論者が多いかもしれませんね。でも、優れた研究をされている天文学者と話すと、人格を持った神様が実在するかどうかはまた別の問題として、理論一辺倒の方は少ないですよ。考え方に幅があるというのかな、広い視点で宇宙というものを捉えている方が多いような気がします。
読んでいただくとわかりますが、「百億と千億」は、神の存在を論じたストーリーではありません。日本SFの金字塔と呼ばれている名作であり、膨張宇宙論や宇宙の熱的死をモチーフとして東洋的な無常観を絡めた詩情溢れるハードSFです。宗教とは無縁であり、そのあたりは、天文学を勉強された方であればおわかりいただけるかと思います。ただし、通り一遍の天文知識では理解できないところがミソです。SFとして高く評価している人でも、ストーリーの天文学的背景を理解している人は半数程度ではないかと思います。深い天文学の知識を持ち、かつ哲学に興味のある方にぜひ読んで欲しい本です。
Posted by: まっちゃん | 2007年04月28日 22:05
こんばんは
仰る通りですね。明確な神仏は感じなくても良いと思います。
松下幸之助氏も、我々人を超えたものと表現されていたと思いますが、
それで十分だと思います。
本は来ましたので読んでみます。
Posted by: 生川 | 2007年04月29日 20:06
読みました。
疲れました。哲学というより
まさにSFですね。
それぞれの登場人物がより深く
描写されていれば良かったと
思いますが、それは難しいかなと
思いました。神智学の香りがさらっとする
作品と感じました。
Posted by: 生川 | 2007年05月02日 21:45