2007年05月01日

●4月30日の太陽面

西美濃天文台の太陽望遠鏡がとらえた4月30日の太陽面です。

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久しぶりに大きな黒点が出現しており、黒点周辺には白く大きな活動領域が見えています。
光球面全体では、この他にも大きなダークフィラメントやプロミネンスも見えていて、このまま少しずつでも太陽活動が活発になればいいなあと思います。

2007年05月03日

●ピアノを聴く夕べ

こうしてパソコンに向っている傍らで、娘がドビュッシーの「月の光」を弾いています。
リクエストをすると私の好きな曲を弾いてくれるので、なかなか優れものの娘ではあります。
私は、ドビュッシーやラヴェルのピアノ曲が好きでよく聴いています。
以前にもラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が好きだと書きましたが(プラネタリウムのBGMにも使っています)、もうラヴェル独特の世界といった感じの「水の戯れ」なんかもかなり好きです。
ロマンチックな香りのする「亡き王女・・・」に比べれば技巧派バリバリ、どうだ、こんなわけのわからん難しい曲をオレは作れるんだぞ、とラヴェルがほくそえんでいそうな「水の戯れ」、不協和音だらけの中にラヴェルならではの詩を感じてしまいます。
「月の光」も、プラネタリウムのBGMで使ったことがあります。
静寂の中に月光の淡い影がきらめいているイメージが、プラネタリウムにぴったりです。
本当を言えば、解説などせずに、ドームの中で一人きり、満天の星を映して好きな曲のメドレーを聴いていたいのですが、そこはお仕事、なかなかそういう機会に恵まれません。

2007年05月06日

●屋外照明は、今、見直すべきだ

 環境省による夜空の「明るさ」調べによれば、調査を始めた88年以来、今年1月が最も明るかった、と7日の本紙が報じていた。
 その主要原因とされる屋外照明の増加は、歯止めがかかりにくいという点で、公共事業によく似ている。
 多くの公共事業が住民の安全確保のためという名目を掲げているのと同様に、夜間の治安確保と称して次々に新設される照明は、一度設置されれば二度と撤去されることがない。誰も通らない山間部の道路や、夜間は閉館している公共施設の駐車場に設置されているものでも、である。
 夜毎点灯される照明用のエネルギーは膨大で、地球温暖化にも大きな影響を及ぼしているはずだ。また、設置主体の国や地方自治体が支払う電気代は、当然、税金で賄われている。
 その意味で、屋外照明についても、公共事業と同じく費用対効果を考えた適正なチェックが必要であると考える。

(2002年7月 朝日新聞掲載)

2007年05月08日

●快晴の観望会

昨日は、関が原青少年自然の家での観望会でした。
前日までの雨も上がり快晴の空の下、宿泊研修中のふたつの小学校を対象に行ないました。
望遠鏡は、20センチ反射が2台と15センチ双眼鏡。
まずは、半月状の金星にみんな「すごく明るい!」「切ったスイカみたい」とびっくり。
次はメインディッシュの土星。これは覗いた瞬間、「すげーっ!」「絵みたい!」「感動!」と大騒ぎ。
暗くなると星座の説明。

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その他、M44(プレセペ星団)、アークトゥールス、さらに「これは見えないかもしれないよ」と断っておいてからM81・M82。「よくわかんなーい!」という子もいましたが、それでも3分の2ほどの子は見えたようでした。
天文好きの先生も二人いて「昔は鏡を研磨して反射望遠鏡を自作したもんですよ」と嬉しそうに話してくれました。
こうして喜んでいただけるとありがたいですし、これを機に少しでも自然科学に興味を持ってくれるといいなあと思います。
やっぱり子供も大人も生の体験がいちばんですね。

2007年05月09日

●藤の花がきれいです

揖斐川の上流でも山藤が咲きはじめました。
写真は、藤橋振興事務所前の橋から見たようすです。

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今はコンクリート製となっているこの橋ですが、昔は、山から藤の蔓を取ってきて、村総出で架け替えをしていました。
山深い揖斐川上流にかかる藤の吊り橋は、美濃の名所として有名だったそうで、旧藤橋村の名前はそのことに由来しています。
公園などで藤棚として作られている藤も見事ですが、緑したたる山のあちこちに、うす紫のインクをたらしたように咲く山藤にも、清楚で生命力に溢れた美しさがあります。
連休の喧騒が終わり静寂の戻った旧藤橋村へ、新緑と藤の花を眺めにいらしてはいかがでしょう。

2007年05月12日

●野尻抱介さんの本

最近読んで「こりゃ、すごいなあ」と思った本、というか作家について。
少し前の「星ナビ」でも紹介されていましたが、野尻抱介さんという作家がいます。
「星ナビ」で紹介されていたのは、富士見ファンタジア文庫から出ている「ロケットガール」シリーズでした。
富士見ファンタジア文庫といえば、ちょっと40代の男性が手に取るのはためらわれるアニメ調表紙のシリーズですから、著者の他の作品を知らなければ、なかなか読む機会はなかったでしょうが、幸いというべきか、星ナビで紹介される直前に、同じ著者の「沈黙のフライバイ」というハードSF作品を読んで久々に感動してしまったので、さっそく「ロケットガール」シリーズも本屋さんに注文して入手しました。

読んでびっくり、アニメ調の表紙とは打って変って、内容は実のところ、バリバリのハードSF。女子高生が宇宙飛行士として活躍する話なのですが、科学的な裏づけももちろんながら、ワープやワームホールなど技術的には実現不可能な方法ではなく、現代のテクノロジーで、宇宙飛行をお気楽に、そして精緻に実現してゆくストーリーテリングにいたく感銘を受けてしまいました。
これは「沈黙のフライバイ」も同じです。

無理のない既存技術の集積で、しかもまことに安価かつ精密な日本的手法で宇宙を目指すストーリーを書き続けるこの作家の作品を読んでいると、日本の技術力が、実のところ、世界に冠たるものであることを再認識させられます。
昨年は世界最小・最安価な小惑星探査機「はやぶさ」の成功に世界中が沸きましたが、それと同種の感動を味わわせてくれるこの著者の作品、ぜひ読んでみて下さいね。
(ロケットガールシリーズ、本屋さんで買うのが恥ずかしいヒトは、奥さんか彼女か娘さんに頼みましょう)

2007年05月15日

●若者に未来の選択権を与えたい

新聞報道によれば、地球温暖化は加速しており、ここ数十年のうちにも大規模な気候変動、食料危機など深刻な被害が予想されるとのことである。遠い未来のことだと考えていた温暖化の被害が現実味を帯びてくるにつれ、人類の歴史は、私たちの子供、孫の世代で絶えてしまうのではないかと考えてしまう。
 温暖化を進行させた責任は、環境や生態系への負荷を無視して営利や効率のみを追求してきた私たち大人にあることはもちろんだが、営利効率主義から脱け出せない大人だけが議論していても、環境適応型の社会制度を創り上げていくことは難しい。
私は、今こそ、古い価値観や利害にとらわれない若者や子供の世代が、社会を変える力を発揮する時だと思う。被選挙年齢の引き下げや、政府の各種諮問機関へ子供を含めた若い世代を積極的に参加させるなど、若者が直接的に環境政策に関わることのできる社会制度を整えたい。直接に温暖化の被害を受ける彼らに自分たちの未来を自ら変えてゆく機会を与えたい。そうしなければ、今の大人は、彼らから恨まれることになるだろう。

(2007年5月 朝日新聞掲載)

2007年05月16日

●オレは本当に天文担当なのか

昨日は、一日、事務仕事をしていました。
いくつか決済書類を作ったのですが、いずれも工事関係の書類です。
ひとつは2,000万円弱の建築工事、あとは設備の修繕工事。いずれも私が勤務する博物館施設がらみの書類ですが、直接、天文には関係ない工事です。
東京の会社から旧藤橋村役場(現揖斐川町役場)へ移住・転職して十数年。なんだか年々、天文の仕事が減ってきて、工事やら契約やら上役との折衝やら、事務仕事ばかりが増加していく気がします。
オレは本当に天文担当職員なのかと日々、疑問を抱きつつ、工事の設計書とにらめっこをしています。

2007年05月19日

●実は難しいドーム内の撮影

雑誌やテレビの取材で、よく「投映中のプラネタリウムの中を撮影したい」という依頼があります。
カメラマンやテレビ屋さんは、機材の性能にかなり自信を持っており、簡単に撮影できると思っているようなのですが、実はこれがかなり難しいのです。

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プラネタリウムに投映される映像は、想像以上に暗く、テレビカメラならハープ管が、スチルカメラならISO400以上の高感度で数秒以上の露光が必要となります。ですから、普通のテレビ屋さんがお持ちのテレビカメラでは撮影することができません。
先日も、ある雑誌の方がスチル撮影に来たのですが、結局うまく写せず、その方のカメラで、私がかわりに撮影するハメになりました。
数枚、写してあげると、えらく喜んでくれて「さすが天体写真を撮影される方は違いますね」などと妙に持ち上げられてしまいました。
まあ、暗い対象を撮影するという意味では天体もドーム内も同じには違いないのですが・・・。

写真:その際に撮影したドーム内の画像(その方がメールで送ってくれました)

2007年05月20日

●ふたご座で月と金星が接近

今日は、夕方の西空に、月と金星、水星、土星が集合する見物がありました。
よく晴れていましたので、揖斐川町深坂の某所へ見に行きました。
3惑星の集合とはいっても、水星はさすがに低く、また土星は高すぎて、同じ写野に納めることはできませんでしたので、水星と土星はオミットしてふたご座で接近した月と金星を主に撮影しました。

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透明度が良かったため、薄明の残る空にかかる明るい天体のショーはなかなかいい感じでした。
星の数を増やすために、月が露光オーバーになるのは承知で15秒の露出を与えています。
観望・撮影の帰路、道端でもぞもぞうごめくびしょ濡れの動物が。
「溺れたタヌキ?」と思いましたが、ヌートリアでした。けっこうたくさん生息しているとは聞いていたものの、初めて実物を見ました。

2007年05月21日

●初夏の湿原で

今日は、家から車で5分ほどの場所にある湿原を訪ねました。
旧谷汲村深坂にあるこの湿原一帯は、縄文時代には大きな湖だったところで、泥の中から丸木舟も出土しています。

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今では陸化と干拓が進み、沼地は少なくなっていますが、水生生物や水鳥の楽園となっていて、今後も保全していかなくてはならない貴重な場所です。
昨年冬、この湿地で工事が始まり、どうなることかと気を揉んでいましたが、湿原の一部を公園化する工事でした。
この湿原は、民有地が複雑に入り組んでいて一体的な管理が難しいのですが、できれば一帯すべてを公有地化して欲しいと私は思っています。そうしないと、産廃用地や資材置き場にされてしまう可能性があるからです。
地域一帯を湿地公園として公有地化し、最小限の散策路やビジターハウスを設ければ、気軽に自然と触れ合える場所として、揖斐川町の新しい名所となるのではないかと思っています。
機会があれば、町執行部にそうした提案をしてみたいと考えています。

2007年05月23日

●隕石の展示

西美濃プラネタリウムの人気展示の一つに「隕石」があります。
隕石は、そのできたプロセスによって大まかに「石質隕石」「石鉄隕石」「隕鉄」の3種類に分けることができますが、いずれの種類も収集してあります。
特に「隕鉄」のうちのひとつは、台に固定して触れるようになっており、これが一番の人気となっています。

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さまざまな人に撫で回されている触れる隕鉄。
そのうち、あちこちにある「安産のお地蔵さん」みたいに表面が磨かれてつるつるになるかもしれません。
こんな隕鉄、触ればたちどころに病気が治る、的に霊験があればいいのですが、残念ながらそんなことはなさそうです。
でも、目の前の小さな鉄の塊が、数億年から数十億年もの間、暗い宇宙を彷徨ってきた「天体」であると考えれば、おのずと不思議な感じがしてきますね。

2007年05月25日

●随筆「いも虫男の惨劇」

 天文という趣味は、ごくロマンチックなようでいて、実のところそうではない。
「眠い、寒い、貧乏」
 恐らく、この3語に天文という趣味の真実は凝縮されているように思われる。肉体的にも精神的にも辛く厳しいこの趣味を今後も続けていけば、遠くない将来に廃人状態になることは避けられないのではないかと危惧する日々である。
 かくの如く悲惨な天文趣味であるが、上述した三つのキーワードにもうひとつ、「痛い」という言葉を加えたい。

 あれは忘れもしない、みずがめ座η流星群観測明けの朝であった。
 私の他十数名のHASメンバーは、夜が明けてもまだシュラフにくるまったまま、ウダウダ、ゴロゴロと無為の時間を過ごしていたのであるが、やがて私はおもしろい遊びを発明した。
 おもしろいとは言っても、幼児性を多分に有している私がそう思っただけで、健全な精神の持ち主から見れば児戯に等しい、というよりも知能指数を疑われそうな遊びである。
「いも虫ごっこ」なるその遊びは、シュラフにすっぽりくるまったままピョンピョン跳びはねて周囲の会員を追い回すという、ただそれだけのものであり、これだけ書くと大抵の方は「なんだ、つまらない」と思われるに違いない。
 しかしながら、実際にこの跳ねるシュラフに追いかけられてみると、これが何ともいえず不気味である。さながら、いも虫が直立した姿で無言のまま迫ってくるそのさまは、手足がなく顔もほとんどみえないために、異様なほどの恐怖をかき立てられる。
 逃げ回る会員のようすに歓喜を覚えつつピョンピョン跳びはねていた私だったが、突然、グオシャッ、という音とともに眼前にHR10,000の大流星雨が出現した。
 一瞬、何が起こったのかわからなかったが、気がつくと私はアスファルトの上にうつぶせに横たわっており、他の会員たちがバラバラと駆け寄ってくるところであった。
 茫然自失の思いでのろのろと立ち上がった。世界が半分だけ妙にぼやけている。私は眼鏡のに手をやった。砕けたレンズがぱらぱらと地面に落ちた。
 右目の瞼の上がひどく痛い。そっと手をやると、ベットリとした血糊で指が染まった。
 この時になって、私はようやく事態を悟った。どうやらシュラフの裾に足を引っかけて、一瞬のうちに地球と激突したらしいのだ。
「へ、へへ・・・」
 照れ笑いを浮かべようとした。が、顔が引きつってうまく笑えぬ。いぶかしく思って顔を撫でてみると、右目の上が大きく腫れ上がっている。
 蹌踉として帰宅した私は、鏡を見て愕然とした。そこには、右目だけでなく、全体が腫れ上がった、ほとんどゾンビの如き二目とは見られぬ顔が映っているのであった。
 私は、慌てて顔中に赤チンを塗りたくった。結果、かえって出血多量のゾンビのようになり、その後1週間ほどは外出することもできない状態に陥った。
 
 天文は怖い趣味である。
 この文章を読んでいる諸兄も、あまり深みにはまらぬうちに、もっと健全な趣味に転向したほうが良いかもしれぬ。

東大和天文同好会会誌「ほしぞら」116号(1991年4月)掲載

2007年05月27日

●石鉄隕石

先日、プラネタリウムの隕石の展示について書きました。
その際は「隕鉄」をご紹介しましたが、今回は同じく隕石展示コーナーにある「石鉄隕石」をご紹介します。
写真でもお分かりいただけるように、この隕石(エスケル石鉄隕石)は、スライスされた薄片です。大きさは横15cm×縦10cmぐらいでしょうか。
薄くて破損しやすい上に、石鉄隕石は落下数が少なく高価なため、ガラスケースに入っています。

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石鉄隕石は、ある程度大きな微惑星の内部で形成されたもので、文字通り石と金属が混じり合っています。
日本国内で発見された隕石では、石鉄隕石の割合は非常に少なく、四国で見つかった在所隕石ぐらいです。
隕石、というか流星物質は、一日に1,000トンも地球に降り注いでいるとのこと。
藤橋城の前あたりに、ドカンと1トンぐらいの石鉄隕石が落下してくれれば、すごい町おこしになるのですが・・・。
いや、揖斐川町では「隕石饅頭」を売り出すぐらいがせいぜいかも・・・。
そういえば、私は隕石の落下は見たことがありませんが、音は聞いたことがありますヨ。
筑波隕石落下の際、ちょうど東京にいたのですが、衝撃波に近い音響を聞きました。
妹の旦那は、落下の瞬間を見たそうです。ラッキーですね。

2007年05月28日

●金星と木星がきれいです

このところ、夕方の西の空と夜中の南の空がきれいです。
というのは、夕方、真夜中、どちらの時刻にも、明るい惑星が目立つ星座の中に光っているからです。

夕方の空には、素晴らしい光輝を放つ金星が、ふたご座の「カストル」「ポルックス」と近接して輝いています。薄明の残る空に輝く3星の配列は日々、変化して飽きることがありません。
夜中の南天には、これまたどっしりとした光輝を放つ木星が、さそり座のアンタレスと並んでいます。「夜中の明星」とも呼ばれる木星ですから、その輝きは金星に劣らず素晴らしいものです。

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昨夜も透明度がよく、月齢11の月明に照らされて金星と木星がきれいに見えていました。
相変わらず体調が優れないため、観測は再開していませんが、月明りがあっても空の澄んだ晩には、こうして星空を見上げてしまいます。

写真:プラネタリウムのある藤橋城と木星(今年撮影の写真ではありません)

2007年05月30日

●都市と農山村の相互理解を

 東京から岐阜県の山村に移り住んで10年になる。村の人はみな暖かく、趣味を活かした仕事に関わることもでき、実り多い毎日だったが、農山村部住民と都市部住民の意識の差を痛感した10年でもあった。
 田舎はのんびりしていてうらやましいと都市に住む人は言う。ところが田舎暮らしは少しものんびりしていない。人口が少ない分、一人当たりに回ってくる地域の「役」が実に多い。私は現在、PTAやら消防団やら多くの役を兼務しているが、仕事以外には拘束されることのなかった東京時代の方が、時間的にも精神的にもはるかに余裕が持てた。

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「自然が豊かでいいですね」と言われることも多いが、都市近郊のハイキングコースと違い、峻険な自然は容易に人を寄せつけず、時に激しい災害をもたらす。多くの農山村住民にとって、自然や野生動物は生活をおびやかす敵でこそあれ決して友ではない。
 公共事業や選挙制度の改革が問われる中で、都市部と農山村部の対立が取り上げられることも多いが、もっと互いの実情を知り、相互理解を深めることが必要なのではないか。10年間田舎暮らしを続けてきてそう思う。

2001年 朝日新聞掲載
写真:秋の揖斐川上流(旧藤橋村役場前より)