2007年07月02日

●アルネ君が不調

うさぎのアルネ君が不調です。
2週間ぐらい前から食が細くなり、糞の量が減りました。
うさぎは、自分の体を舐めてきれいにしますが、その際、飲み込んだ毛がうまく排泄されないと、お腹の中でかたまって「毛球症」になってしまいます。
ひどい場合は、お腹いっぱいに毛が溜まって死んでしまうこともあります。
たぶん、アルネ君の場合もそうだろうと医者に連れて行ったところ、毛球症であることは確かですが、それ以上の原因として「もう年ですからねえ」とのことでした。

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アルネ君は、今、7歳です。
うさぎは、最長で13歳ぐらいまでは生きるといわれていますが、それはあくまで記録上の話。通常は、5年以上生きることは珍しいそうです。
アルネ君は、食事も、運動も、十分以上に気を使ってきたため、これまで病気とは無縁でした。
毛球症にしても、乾し草を毎日たっぷり与えてきましたので、これまで問題なかったのです。

医者からは、毛球症の薬を2種類、貰いました。
ひとつは注射器で飲ませるシロップ、もうひとつは、どろりとしたペースト状の薬です。
これを飲ませるのが一苦労。
体を押えていないと飲みませんから、一人がしっかりと補定し、もう一人が素早く薬を飲ませます。

投薬を始めてからしばらくが過ぎ、食事も普通にするようになってきました。ただ、糞の量はあまり多くありません。
年齢的なものは仕方ありませんが、何とか元気になってくれるといいなあと思いながら、毎日世話をしています。

写真:ボールで遊ぶアルネ君

2007年07月04日

●懐かしの103aE

昨日、古い写真を整理していたら、昔に撮ったモノクロ天体写真が出てきました。
オールドファンなら写真を見てピンときますね。
そう、なんと一世を風靡したあの103aEでの写真なのです。
ピントがイマイチですが、はくちょう座のH-Ⅱ領域が独特の描写で写っています。

cygnus103aE1.jpg

このフィルムを知らない方のために一応、説明を・・・。
103aシリーズは、コダック社が天体撮影専用に開発した感材で、時間経過とともに実効感度が低下する「相反則不軌」を極力抑えているのが特徴です。
乾板からシートフィルム、35mmフィルムまで各サイズが揃っており、専用の現像液もありました。
このフィルムが流行ったのは1970年代の中盤から後半だったでしょうか。
それまでの高感度フィルムは赤の感度が非常に低く、アマチュア天文ファンは、なんとか赤い星雲を写し取ろうとさまざまな試行錯誤を繰り返していました。
私の所属する東大和天文同好会でも、当時、一般に入手可能なフィルムのうちではもっとも赤の感度が高かった「レコーディング2475」なるフィルムを使用して、赤い星雲に挑んだものです。
(そういえば、このフィルムのこともそのうち書きたいなあ)

そこへ登場したのが103aシリーズ。とはいえ、新発売されたわけではなく、それまで高嶺の花だったのが輸入ルートの開拓でアマチュアに手が届くようになったのです。
103aシリーズには、赤に感度の高いE、青に感度の高いO、フラットな感光域を持つFの3タイプがありました。
Eタイプ使用時には、レンズの前にR64、あるいはR60という濃赤色のフィルターを置いて撮影します。微妙にピントが赤外側にずれるので、自分のカメラのピント位置を勘で知っておく必要がありました。
一時は天文雑誌の写真コンテストで、モノクロページのほとんどがこのフィルムによる写真で埋まっていました。
こうした103aブームは、ガス増感によるTP2415フィルムが普及するまで続きます。

思えば、現在のデジカメによる天体写真は、昔に較べれば本当にお気楽になったものです。
昔は、一枚一枚が真剣勝負。理論や理屈ではない職人芸がすべてでした。
(プリント時の「おおい焼き」なんて職人芸の極致だったなあ=理屈から言えば、現代の画像処理の「トーンカーブ修正」のアナログ版ですが・・・)

現像タンクから定着液のしたたるフィルムを取り出す、あのワクワクドキドキ感。
デジタル写真で感じることは難しいですね。

で、たしかこの写真を撮影したのは、当時の東京在住天文ファンの聖地?だった、あの御岳山長尾平です。今でも撮影や観測に行く人はいるのかなあ。

2007年07月06日

●随筆「Bright Comet Memorial」

 彗星という天体が、これほどまでに天文ファンの関心を集めるのはなぜだろうか。
 百武彗星、ヘール・ボップ彗星と立て続けに明るい彗星が現れ、天文ファンが狂奔したことはつい先ごろのことだが、もしこれが彗星以外の天体だったら、はたしてこれほどの関心を集めただろうかと考えると、改めて彗星という天体の持つ魅力について考察せざるをえなくなってしまう。
 こう書くと、いかにも私が斜にかまえ、両彗星の観望に奔走した天文ファンを軽侮しているようにもとれるかもしれない。が、私にしても、百武彗星は1週間徹夜で、ヘール・ボップ彗星は1年近くもの間、追い続けた。
 今回、編集部から過去に見た大彗星についてのコメントを依頼されたが、それでは百武彗星、ヘール・ボップ彗星のいずれが上位かと問われれば、どちらの彗星にも違った個性があり、私としては彗星にランキングをつけることは困難である。この文章ではランキングにはとらわれず、彗星という天体が持つ独特の魅力について考えてみたい。

 まず、第一の魅力として、個々の彗星が持つ個性の強さがあげられるだろう。深夜の空に、サーチライトのごとき長大な尾をなびかせた百武彗星、都心からでも肉眼で見えたヘール・ボップ彗星、どちらも強烈な個性である。
 また、彗星は、その形状、明るさが著しく変化することが多い。百武彗星を例に取れば、近日点通過前
と通過後では、まったく異なった彗星のようである。
 さらに、早い時期から計算によってその現象が予報され、シミュレート可能な日食等の現象と異なり、まさに「彗星の如く」忽然と発見されることが多いのも魅力である。観測デバイスの進歩により、最近ではかなりの距離で発見され、相当のスパンで観測可能な彗星が増えてはきたものの、百武彗星は発見からわずか1ヶ月で驚くべき大彗星に変貌を遂げた。
 その発見に、非常に人間臭い「ドラマ」がつきまとうことも、大きな魅力のひとつだろう。眼視発見のみの時代はことさらだったし、写真やCCDによる発見でも、それなりのドラマが語られる。
 最近は徐々に合理化(?)の方向に向っているようだが、発見者の名前がつくことも魅力だ。小惑星にも発見者に命名権が与えられるが、発見者本人の名前がつくことはないし、彗星に比べるとやはり地味
な印象は否めない。(ただし天文学的には、彗星と小惑星は同一と言ってもいい天体である。近日点距離の遠近、揮発性物質の多寡によって小惑星に分類された「彗星」は、まさに気の毒というほかない。)
 もっとも、こうした彗星の魅力については、これまで多くの人によって語られてきた。列挙してみても新鮮味を感じられない方も多いかもしれない。
 そこで、拙稿では視点を変えて、これまであまり語られることのなかったもうひとつの魅力を挙げてみたい。

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「大彗星は、人生のメモリアルである」
 こう言うと、大袈裟に過ぎるだろうか。
 自分の見た彗星の魅力を語るとき、その人は必ず、当時の情景を心に思い描きながら話すだろう。
 ある人にとっては、ハレー彗星が輝く南半球の美しい島で挙げた結婚式のシーンがオーバーラップするかもしれないし、またある人にとっては、長く困難な山行の果てにたどりついた氷雪の山頂で見た、明け方のヘール・ボップ彗星が脳裏に浮かぶかもしれない。
 大彗星はなぜか3月、卒業の季節に現れることが多いから、実らずに終わった淡い初恋の思い出を重ねる人もいるだろう。多くの友と語らいながら見つめた彗星の姿を想起する人もいるだろうし、初めてカメラにおさめた彗星の写真を、思い出の一枚として大切にしている人もいるかもしれない。
 
 彗星はいつ出現するかわからない。これは人生も同じである。人は成長し、学校や職場でさまざまな経験をし、予期せぬ出会いと別れがある。そして、星が好きな人にとって、大彗星は必ず、そうした人生の一時期とオーバーラップして記憶される。
 もちろん、大彗星の出現は、必ずしも人生の輝ける時と一致するとは限らない。失意のなかで見上げた
彗星の姿は、その人が年老いてもなお、ある翳りと虚ろさを投影させて思い起こされるだろう。
 初めて見た彗星は、その人にとって宝物だ。たとえそれが暗く小さな彗星でも、初めて肉眼で見つけた彗星の記憶は、後に見た大彗星に優るものかもしれない。
 星好きな人にとって、彗星の記憶は、その人が刻んできた人生の時々刻々である。
 もっと長いスパンで見れば、人類の歴史と大彗星の記憶は相対して語られる性格をもっている。だから
こそ人類は、彗星という天体に太古の昔から、限りない魅力と畏れを抱いてきたのではなかったか。

 私にとって、たとえばスイフト・タットル彗星は、東京を離れ、慣れない岐阜の地で夢と不安との葛藤の中で観測した彗星であったし、百武彗星やヘール・ボップ彗星は、私の観測活動や勤務先に関する評価と方向性がある程度、固まってきた時期に出現した。
 もっと過去の彗星に目を向ければ、小学生の頃、東大和天文同好会の創立メンバーたちと、近くの学校の非常階段で毎夕、追いかけたのがコホーテク彗星だったし、山梨県小淵沢町に建設した北巨摩観測所が開所してすぐに明るくなったハレー彗星は、観測所開設に向けて奔走したあの頃の記憶と重なっている。
 
 そして、あえて私にとってナンバーワンランキングの彗星といえば、やはりウェスト彗星をおいて他にない。壮観という意味では百武彗星に、明るさという意味ではヘール・ボップ彗星に比肩する彗星だったが、何よりも10台の半ばという最も感受性の鋭い時期に出現したことが、私にとって同彗星をイチ押しに
させる大きな要因となっている。
 真っ赤に燃えた地平線に、雄大な尾をたなびかせた3月の明け方の情景は、今でも青く透明な記憶として私の脳裏を離れずにいる。

東大和天文同好会会誌「ほしぞら」140号(1997年9月発行)掲載
写真:近日点通過後の百武彗星(400mmF4屈折)

2007年07月08日

●初めて撮った彗星写真

先日、昔の同好会誌に書いた原稿を多少手直しして「Bright Comet Memorial」なるエッセイを掲載しました。
原稿を打ちながら、考えてみれば実にさまざまな彗星を見てきたものだと、改めて感慨を深くした次第です。

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で、今回は、私が初めて撮影した彗星の写真を公開。
えらく露出不足なこのモノクロ写真、かの「コホーテク彗星」です。
50mm標準レンズにフィルムはネオパンSS。カメラは、親父から借りた一眼レフじゃない、でも、コンパクトカメラでもないというものでした。
撮影地は東京都東大和市の自宅前。本当は、画面の下のほうに家並みや街灯が写っていて写野は広いのですが、フルフレームだとあまりに彗星がみすぼらしくてわかりづらいのでトリミングしました。

この彗星、20世紀最大になるといわれ、当時、小学生だった私は大いに期待したのですが、最大でも3等級程度で終わってしまいました。
それでも、まだ彗星などという天体は一度も見たことがありませんでしたから、やはりこの彗星は、インパクトのある記憶として残っています。

それにしてもしょぼい写真だな。
まあ、東京都内で小学生の撮影だから仕方ないですね。
今の小学生はデジカメもパソコンも使いこなしますが、当時の小学生ときたら、半ズボンにランニングという姿で野山を走り回っていただけでしたから。

2007年07月10日

●アジサイが盛りです

揖斐川町藤橋地区では、アジサイが盛りです。
写真は、藤橋歴史民俗資料館のアジサイ。

ajisai2.jpg

やはりこの花には、梅雨空が似合います。
梅雨といえば、今日は一日中、雨でした。それも、時には豪雨という表現がぴったりするような降り方。
しばらく前までは、夏の水不足を心配していましたが、今は災害の心配をしています。
山間地では、少しまとまった雨が降ると、いとも簡単に災害が起こってしまうのです。
九州では、豪雨被害が続いていますが、他人事ではありません。
昨年、藤橋地区で揖斐川沿いの山腹が大崩落したのは、記憶に新しいことです。
都会だって、これからはどうなるかわかりませんヨ。
たとえば東京では、いつ大地震が起こっても不思議がないのです。
田舎では、家が数軒潰れる程度の(といっても悲惨極まりないですが)地震であっても、東京で同程度の地震が起こった場合、下手をすれば数千人規模の死者が出ることでしょう。
「災害なんてテレビで見るものだヨ」なんて思っているあなた。
明日はわが身ですぜ。

2007年07月11日

●いつでも一緒? 織姫星と彦星

少々、古い話題になってしまいましたが、7日(土)は七夕でした。
プラネタリウムでは、笹に飾り付けをし、短冊を置いて来館者に自由に願いごとを書いて貰いました。
願いごとの内容は、案外と慎ましいものが多く、家族が健康でありますように、的なものが最も多かった気がします。

tanabata1.jpg

この日は、25名ほどのミニ団体さんが来館され、プラネタリウムを観覧後、別室で30分ほど星の話をしました。
ちょうど七夕でしたので、
「今夜、織り姫星と彦星が実際に夜空を動いて会えると思いますか」
と尋ねてみると、低学年の子どもが多かったにもかかわらず、そう思うという回答はゼロでした。
ふたつの星の間は16光年離れており、お互いが光の速度で歩み寄ったとしても出会うまでに8年かかってしまいます。
それ以前に、七夕はあくまで伝承ですから、実際に両星が動くことはありません。
その意味では、子ども達の反応は的確でした。
ただ、なんだか夢がないようなお話しですので、
「広い宇宙では、16光年なんて目と鼻の先です。そう考えれば、織り姫星と彦星は、いつでもすぐ近くに寄り添っているといってもいいかもしれません」
そう締めくくっておきました。

そう、私たちの住む銀河系だけで10万光年の直径があります。
現在、考えられている宇宙の果ては、130億光年から140億光年の彼方。
そのスケールで考えれば、半径25光年ほどの距離にある織り姫星と彦星、そして太陽やシリウス、プロキオンといった星々は、ひとつの家に住む家族のような存在なのですネ。

2007年07月14日

●天文台の台風対策

超大型の台風4号が来るということで、昨日の夕方は、天文台の台風対策をしました。
天文台のドームは、風船を半分に切ったようなものですし、建物本体から切り離されて回転する構造になっているために、隙間部分から強風が入りこむと簡単に全体が浮いてしまいます。
下手をすれば、そのまま飛ばされてしまうことにもなりかねないので、台風前にはいつも風と雨の対策を行います。

具体的には、ドームが飛ばないよう、ドーム内周に沿って設置されているアンカーボルトを締めることと、万一ドーム天井から漏水しても望遠鏡が濡れないよう、望遠鏡に養生シートをかける作業を行いました。
旧天文台でも、どこからか入りこんできた雨水がドームの床に溜まっていたことがありましたので、台風前には必ず対策を行う必要があります。

台風は今夜、東海地方にもっとも接近とのこと。
何も被害がなければ良いのですが。

2007年07月17日

●徳山ダムの双眼鏡

うさぎのアルネ君、胃腸の調子が思わしくないようなので、今日は、毛球症に効くという「クマザサ」を採りに冠峠まで行ってきました。
冠峠は、揖斐川町の北端、福井県との県境の峠です。
猛烈な霧と寒さの中、クマザサを採取しての帰り、徳山ダム湖畔に建つ「徳山会館」に立ち寄りました。
ここは、旧徳山村民の方が故郷を偲べるように建設された施設で、旧村民のみならず誰でも利用可能なレストラン、宿泊施設(一泊8,000円とのこと)が整備されてます。
敷地内を散策していると、目についたのが写真の双眼鏡。

covac1.jpg

有料かと思いましたが、無料。
もちろん覗いて性能を調べます。
このテの双眼鏡は粗悪品も多いのですが、これはアタリでした。
視野はさほど広くありませんが、球面収差や色収差も比較的よく補正されていて、天体観測にも使えそう。
15倍80mm、視野4度と記載されたプレートにはCOVACなるメーカー名が。
どうせどこかのOEMだろうと思いながらあちこち点検しましたが、レンズメーカー等を示す表示は他になし。
当地は、山奥にしては視界も広いので、機会を見てコイツで観測をしてやろうとひそかに思った次第です。

こうした観光地に設置されている双眼鏡を見つけるたび、仔細に点検してしまうのは困った性分ではあります。
これまで、多くの「観光地双眼鏡」を見てきましたが、敦賀半島の某所にあったものには感激してしまいました。
そこにはバードウォッチング用として、なんとニコンの12センチ双眼鏡が置いてあったのです。
もちろん見え味はバッチリ。
「ああ、もったいない。俺に譲ってくれよお」と呟く私を、カミさんが冷たい目で見てましたっけ。

2007年07月18日

●冷たい水の底で

前回、徳山ダムに触れたので、今回はダムの近況など。
日本一の湛水面積を有する徳山ダムは、昨年、本体工事が完成、現在、湛水試験中です。
写真は、ダム中流部から堰堤を望んでいます。
かなり水が溜まっていることがわかりますね。これでも満水ではなく、7割程度の貯水率と思われます。

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「いやあ、やっとできたのか。良かった良かった」と手放しでは喜べません。
湖面には、まだ沈みきっていない木が何本も見えます。それらの木も、いずれは冷たい水底に沈んで枯れていくのでしょう。
木だけではありません。すぐには移動できない無数の動物や昆虫、植物がダム建設によって死に絶えました。
生息地が沈んだことによって、次の世代が残せない生き物もたくさんいることでしょう。
放射能汚染の危険がある原発や、温暖化ガスを大量に放出する火力発電に比べて「水力発電は環境に優しい」などという人がいますが、ダム建設がもたらす生態系の破壊はとてつもないものです。

ダムは、私たちにそれなりのメリットをもたらします。災害の頻発する田舎に住んでいると、大雨の際など、ダムがなければどうなるだろうと思います。
でも、それはあくまで人間の論理です。
生態系の破壊という観点から見れば、ダム建設は決して容認できないのです。
生態系が壊れれば、人類も生存することができなくなります。
温暖化問題でもわかるように、経済活動による環境破壊は、人類の生存を脅かすまでに進行しています。人類の経済活動は、自然が持つ許容度をまさに越えようとしているのです。
その意味では、これ以上、自然を改変してはいけません。
限られた資源を有効に使い、物質的欲望を際限なく膨らませることをやめ、他の生命に与える影響をできるだけ少なく生きていくしか、人類が存続する道はないのです。

2007年07月19日

●民俗資料移転作業

今日は、谷汲郷土資料館の資料を移転する作業を行ないました。
谷汲郷土資料館は、老朽化が著しく取り壊しが決まっています。そのために、昨年から学芸員資格を持っている私ともう一人の女の子で資料の整理を行なっていたのですが、資料館の取り壊しが本決まりになり、収蔵資料を近くにある文化会館に移転するための仕事を進めていたのです。

tanigumiiten1.jpg

資料数は350点ほどと多くはないのですが、職員作業で行なうことは難しく、引越し業者を頼みました。
移転先の文化会館は、一室を収蔵庫に改装し、あらかじめ資料の分類によって決定した収蔵場所に資料を運びこみました。
とはいえ、すべてを業者任せというわけにはいきません。
私たちも汗だくになって資料の運搬と整理を行なった結果、何とか夕方までに一応の移転を完了することができました。
今後は移転した資料を収蔵展示に耐えるように整理しなおし、説明パネル等を整備する作業が残っています。
郷土資料館の取り壊しも行なわなくてはなりません。

この仕事に取りかかって1年。
小さな資料館とはいえ、すべての資料を分類・整理し、移転させ、さらに収蔵展示を行なうことは、ことほど左様に大変なことなのです。

写真:移転された民俗資料

2007年07月21日

●ウチの猫紹介「キュートでポップなコチャチャさん」

久々にウチの猫を紹介。
ウチに猫が8匹いることは、以前からこのブログを読んでいる方はご存知と思います。
今回、お目見えするのはメスの「コチャチャ」といいます。

kocyacya2.jpg

コチャチャ(ちょっと発音しづらいなあ)も、他の猫と同じく、藤橋で捨て猫だったのを保護しました。
保護した当初は、まったく同じ模様の子猫を連れていて、そちらの方は「ココチャ」と呼んでいましたが(ややこしいなあ)、ココチャは間もなく姿が見えなくなってしまいました。
警戒心が強い猫で、ウチの家族以外にはなかなか心を開きません。それでも心の優しい人はわかるようで、そうした人には甘えてみせます。
体が小さくぽっちゃり型のおしゃまさんですが、他のオス猫がちょっかいを出すと猫パンチを繰り出して怒ります。ちょっとキレやすいところもあるようです。
私たち家族にはデレデレで、猫部屋に私たちが入っていくとすぐにごろんと横になって撫でてほしいと催促します。
声が高く、ぽっちゃりした体型や甘える仕草はまるで子猫。
野良生活でだいぶ怖い思いをしたせいか、猫部屋が大のお気に入りで、外に出たそうなようすをまったく見せません。以前に病院に連れて行ったときには、天井まで駆け上がって暴れたそうです。
娘は「キュートでポップなコチャチャさん」と呼んでいます。

2007年07月24日

●お勧めBOOK「太陽の簒奪者」

以前に、野尻抱介さんという作家について書きました。一昔前だったら、人類が到達し得ない技術や仮説に基づいて描かれるべきテーマや実現不可能そうに思えるプロジェクトを、わが国が現在保有する宇宙科学の最先端を駆使して無理なく描ききってしまう、日本ハードSFの旗手ともいうべき作家です。

前回は「沈黙のフライバイ」という短編集を紹介しました。
今回、読んだのは「太陽の簒奪者」という長編です。
西暦2006年、太陽を取り巻く謎のリングが形成されつつあることが発見され、日照量不足によって、地球の気候は大きく撹乱されてしまいます。
人類の滅亡が迫る中、リングを創造した異星人が太陽系に接近、リングの破壊に成功した日本人女性科学者は、戦闘を志向する国際世論に対して、異星人とのコンタクトによって事態の収拾をはかろうとするのですが・・・。

太陽を取り巻くリングという構想、原子力推進宇宙戦艦による破壊ミッションなど、まさにSFの世界を描いているにもかかわらず、西暦2006年という当初の年代設定でわかるとおり、すべてが、基本的には現代の宇宙技術で対応可能な内容となっています。
この作家の本領はここにあります。夢物語ではなく、現代日本が有する宇宙テクノロジーによって、すべてのストーリーが展開していくのです。

宇宙技術に関する広汎で膨大な知識がその作風を支えていることはもちろんですが、それ以上に、宇宙への強い憧れがこの作家にこうした作品群を書かせています。
「太陽の簒奪者」、天文が好きな方には、ぜひお勧めしたい一冊です。
もう少し長編にして書きこむと、J.P.ホーガンと並んで世界的な評価を受けるようになるのかな、という気もしますが、それはあくまで欲を言えば、の話。
ぜひぜひお読み下さいませ。
早川書房刊 本体640円 です。

2007年07月26日

●レコーディング2475フィルム

しばらく前に、かつて一世を風靡した103aEフィルムのことを書きました。
その際、103aフィルムが一般的となる前に「赤い星雲が写る」として使用されていたレコーディング2475フィルムについてもちょこっと書きましたので、今回は、かつての超高感度フィルム、レコーディングシリーズについて・・・。

レコーディングフィルムには、ASA1000の2475とASA8000(!)の2485の2種類がありました。(当時は、感度を表すのにISOじゃなくてASAを使っていました。)
2485の方は工業用という意味合いが強く、粒子がめちゃくちゃ粗いうえに相反則不軌が甚だしく、天文用としてはほとんど実用になりませんでした。
これに対し、2475の方は粒状性は粗いものの、それなりに赤い星雲が写り、103aフィルムが出る前は、流星観測用も含めてそこそこユーザーが存在しました。
DK50という専用現像液もありました。

2475lyr.jpg

写真は、2475フィルムを使用して5分露出で撮影したこと座です。
赤い星雲があるエリアの写真を探したのですが、見つかりませんでした。
星雲の写りはわかりませんが、感度が高いこと、粒状性が粗いこと、また、バッキングがないために明るい星にハレーションが出ていることはわかりますね。
画面の濃淡は現像ムラ。ちょっと情けない・・・。

2007年07月31日

●アイドリングの法規制を

 夏場になると目につくのが、路上や駐車場で、長時間アイドリング中の車だ。
すぐに発進するのかと車内を見れば、寝ている人あり、小さな子どもだけが残されて、親の姿はどこにも見えなかったりする。
 エネルギーの過剰消費と地球温暖化、大気汚染が叫ばれる中、こうした無用のアイドリングが一向に減らないのはどうしたことだろうか。アイドリング防止の呼びかけは、たびたび目にするが、実効をともなっているかといえば、甚だ疑問であると言わざるを得ないのではないかと思う。
 ドライバー個々の自覚に委ねることが最も望ましいことは承知しているが、社会的緊急性に鑑み、無用のアイドリングに罰則を科すなど、法的な規制を行なう時期にきているのではあるまいか。
 スピード違反や駐車違反のような安全上の問題でないことから、道路交通関係の法律を適用するのは難しいかもしれない。それならば、環境関係の法律を適用するなどして、早急に対応してほしい。
 たびたび報道される、駐車中の車内での子どもの熱射病死防止にも直結するものと思う。

(2001年5月 朝日新聞掲載)

*地球温暖化が緊急の問題になっているにもかかわらず、そして燃料価格が高騰しているにもかかわらず、一向に減らない無駄なアイドリング。
かなり以前に書いた文章ですが、未だに法的な規制ができていません。アイドリングだけでなく、日本は温暖化対策に関する目標数値を示すこともできずにいます。
これで「美しい国」などと言っているのですから呆れてしまいますね。