●随筆「Bright Comet Memorial」
彗星という天体が、これほどまでに天文ファンの関心を集めるのはなぜだろうか。
百武彗星、ヘール・ボップ彗星と立て続けに明るい彗星が現れ、天文ファンが狂奔したことはつい先ごろのことだが、もしこれが彗星以外の天体だったら、はたしてこれほどの関心を集めただろうかと考えると、改めて彗星という天体の持つ魅力について考察せざるをえなくなってしまう。
こう書くと、いかにも私が斜にかまえ、両彗星の観望に奔走した天文ファンを軽侮しているようにもとれるかもしれない。が、私にしても、百武彗星は1週間徹夜で、ヘール・ボップ彗星は1年近くもの間、追い続けた。
今回、編集部から過去に見た大彗星についてのコメントを依頼されたが、それでは百武彗星、ヘール・ボップ彗星のいずれが上位かと問われれば、どちらの彗星にも違った個性があり、私としては彗星にランキングをつけることは困難である。この文章ではランキングにはとらわれず、彗星という天体が持つ独特の魅力について考えてみたい。
まず、第一の魅力として、個々の彗星が持つ個性の強さがあげられるだろう。深夜の空に、サーチライトのごとき長大な尾をなびかせた百武彗星、都心からでも肉眼で見えたヘール・ボップ彗星、どちらも強烈な個性である。
また、彗星は、その形状、明るさが著しく変化することが多い。百武彗星を例に取れば、近日点通過前
と通過後では、まったく異なった彗星のようである。
さらに、早い時期から計算によってその現象が予報され、シミュレート可能な日食等の現象と異なり、まさに「彗星の如く」忽然と発見されることが多いのも魅力である。観測デバイスの進歩により、最近ではかなりの距離で発見され、相当のスパンで観測可能な彗星が増えてはきたものの、百武彗星は発見からわずか1ヶ月で驚くべき大彗星に変貌を遂げた。
その発見に、非常に人間臭い「ドラマ」がつきまとうことも、大きな魅力のひとつだろう。眼視発見のみの時代はことさらだったし、写真やCCDによる発見でも、それなりのドラマが語られる。
最近は徐々に合理化(?)の方向に向っているようだが、発見者の名前がつくことも魅力だ。小惑星にも発見者に命名権が与えられるが、発見者本人の名前がつくことはないし、彗星に比べるとやはり地味
な印象は否めない。(ただし天文学的には、彗星と小惑星は同一と言ってもいい天体である。近日点距離の遠近、揮発性物質の多寡によって小惑星に分類された「彗星」は、まさに気の毒というほかない。)
もっとも、こうした彗星の魅力については、これまで多くの人によって語られてきた。列挙してみても新鮮味を感じられない方も多いかもしれない。
そこで、拙稿では視点を変えて、これまであまり語られることのなかったもうひとつの魅力を挙げてみたい。
「大彗星は、人生のメモリアルである」
こう言うと、大袈裟に過ぎるだろうか。
自分の見た彗星の魅力を語るとき、その人は必ず、当時の情景を心に思い描きながら話すだろう。
ある人にとっては、ハレー彗星が輝く南半球の美しい島で挙げた結婚式のシーンがオーバーラップするかもしれないし、またある人にとっては、長く困難な山行の果てにたどりついた氷雪の山頂で見た、明け方のヘール・ボップ彗星が脳裏に浮かぶかもしれない。
大彗星はなぜか3月、卒業の季節に現れることが多いから、実らずに終わった淡い初恋の思い出を重ねる人もいるだろう。多くの友と語らいながら見つめた彗星の姿を想起する人もいるだろうし、初めてカメラにおさめた彗星の写真を、思い出の一枚として大切にしている人もいるかもしれない。
彗星はいつ出現するかわからない。これは人生も同じである。人は成長し、学校や職場でさまざまな経験をし、予期せぬ出会いと別れがある。そして、星が好きな人にとって、大彗星は必ず、そうした人生の一時期とオーバーラップして記憶される。
もちろん、大彗星の出現は、必ずしも人生の輝ける時と一致するとは限らない。失意のなかで見上げた
彗星の姿は、その人が年老いてもなお、ある翳りと虚ろさを投影させて思い起こされるだろう。
初めて見た彗星は、その人にとって宝物だ。たとえそれが暗く小さな彗星でも、初めて肉眼で見つけた彗星の記憶は、後に見た大彗星に優るものかもしれない。
星好きな人にとって、彗星の記憶は、その人が刻んできた人生の時々刻々である。
もっと長いスパンで見れば、人類の歴史と大彗星の記憶は相対して語られる性格をもっている。だから
こそ人類は、彗星という天体に太古の昔から、限りない魅力と畏れを抱いてきたのではなかったか。
私にとって、たとえばスイフト・タットル彗星は、東京を離れ、慣れない岐阜の地で夢と不安との葛藤の中で観測した彗星であったし、百武彗星やヘール・ボップ彗星は、私の観測活動や勤務先に関する評価と方向性がある程度、固まってきた時期に出現した。
もっと過去の彗星に目を向ければ、小学生の頃、東大和天文同好会の創立メンバーたちと、近くの学校の非常階段で毎夕、追いかけたのがコホーテク彗星だったし、山梨県小淵沢町に建設した北巨摩観測所が開所してすぐに明るくなったハレー彗星は、観測所開設に向けて奔走したあの頃の記憶と重なっている。
そして、あえて私にとってナンバーワンランキングの彗星といえば、やはりウェスト彗星をおいて他にない。壮観という意味では百武彗星に、明るさという意味ではヘール・ボップ彗星に比肩する彗星だったが、何よりも10台の半ばという最も感受性の鋭い時期に出現したことが、私にとって同彗星をイチ押しに
させる大きな要因となっている。
真っ赤に燃えた地平線に、雄大な尾をたなびかせた3月の明け方の情景は、今でも青く透明な記憶として私の脳裏を離れずにいる。
東大和天文同好会会誌「ほしぞら」140号(1997年9月発行)掲載
写真:近日点通過後の百武彗星(400mmF4屈折)
