2007年09月04日

●天文ドームハンター?

趣味が嵩じてというべきか、列車に乗っていたり街を歩いていると、ドーム状の建築物にすぐ目が行ってしまいます。
発見率もけっこう高いと自分では思っているのですが、もちろん、ドームを見つけてもすべてが必ずしも天文関係(天文台やプラネタリウム)であるとは限りません。
おっ、あんなところに白いドームが!と思っても、ガスタンクだったりすることもしばしばです。
それでも、天文関係、それも個人天文台というものは実のところ、かなり存在しているようで、特に高架を走る鉄道に乗っているとけっこうな高率で見つかります。
そうしたドームを見つけたときは、まず「おお、こんな街中でもがんばっているなあ」(なぜか繁華な街中のビルの上に発見することが多いのです)とまず思い、次いで、「個人天文台を持っているなんて金持ちなんだなあ」というヒガミが頭を去来します。

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まあ、降るような星空に恵まれた田舎に自宅兼個人天文台をかまえることができれば最高なんでしょうが、逆に、都会に住んでいるからこそ「せめて」自宅に天文台を作りたい、と考えるのが人情なんでしょうね。
写真は、つい先日、東京の実家近くで発見した個人天文台。
東大和市の狭山公民館近くです。
ちゃりで走っていて発見しました。
ドーム内にどんな機材が入っているのか、見てみたいですね。

2007年09月06日

●幼児投影は難しい!

昨日は、近くの保育園の子どもたちがプラネタリウムを見にきました。
以前に、幼児相手の観望会は難しいということを書いたことがありますが、幼児相手のプラネタリウムもまた、相手の顔が見えない、また、基本的には解説者がしゃべるだけというプラネタリウムの性格上、観望会以上に難しいものがあります。
プラネタリウムを見てもらうには、まず東西南北、方角を確認してもらうのですが、小さい子には方角という概念がありません。
また、当然、数字による説明はタブーですし、「惑星」とか「星雲・星団」なんていう言葉も理解されません。
というわけで、インタラクティブな演出が難しいプラネタリウムでも、特に幼児相手の時は、できるだけ問いかけをしたり興味を引く映像を出しながら、対話形式で投影するようにしています。
今回も、事前に星座絵を身近な動物に一部入れかえたり、いろいろと工夫をしながら投影を行なったのですが、どうも反応が思わしくない。
どうやら、先生方から、投影中は静かにしているようにと強く因果を含められているようで、とにかく静か。
一般の投影の場合は静かな方がありがたいのですが、方角や数字を使えない幼児投影なので、対話形式で面白く進めようという思惑がもろくも崩れ去り、30分間、ちょっと困りながらの投影となりました。
とはいっても、格段の破綻もなく、できるだけ平易かつ無難に投影を終えましたが、せっかく時間枠をとっての団体投影なので、静粛を厳命するのではなく、もう少しラフな見方をしてもらった方が良かったなあと思ってしまいました。
昔、私の娘が幼い頃、たまたま私の投影を見ていて、星座絵を出すたびに「あ、おじちゃんだ」とか「くまちゃんが出た」などと大声で反応してくれたときには、笑い出しそうで困りましたが。

2007年09月08日

●今年も茅屋根葺き替え中

プラネタリウムに隣接した藤橋歴史民俗資料館には、萱葺きの民家が5棟建っており、内部は山村の歴史と民俗に関する展示がされています。
この資料館も、私たち天文担当職員が管理を行なっているのですが、ここ数年、老朽化した萱葺き屋根の葺き替えを行なっています。

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今年は、最後に残った5号棟の葺き替えを行なっており、9月中には完了する見込みです。
毎年、工事を行なっているので、萱葺き屋根について、多少は知識がつきました。
以前は、古臭くて耐久性が低い過去のもの、という意識が正直言ってありましたが、少し勉強してみると、地元産の自然材料を使い、夏は涼しく冬の耐寒性も思ったより悪くなく、しかも葺き替えにあたっては、自然材料ばかりなので建築産廃がまったく出ず、それどころか田圃や畑の肥料として再利用されて循環利用されるという素晴らしい工法であることがわかりました。
本や資料をかじってみると、ススキ茅だけでなくヨシや稲わらなど、地域によってさまざまな材料を使用しており、屋根に石を載せたり、さらには棟にわざわざ草を生やしたりと、さまざまな葺き方があることがわかりました。
生活の何もかもが急速にアメリカナイズされ、日本人の本質を誰もが失いつつある昨今ですが、萱葺き屋根をはじめ、本当にこの国の風土に適した伝統文化を復活させる必要があるのではないか、そうしなければ日本人を日本人たらしめている何かを、私たちは永遠に失ってしまうのではないかと思います。

2007年09月10日

●白い朝顔

岐阜に越してきた年から朝顔を植えています。
藤橋時代から現在の大野町の家まで、毎年採取した種を撒いているのですが、年々、花の色が白くなり、数年前からはどの種を撒いてもまっ白な花しか咲かなくなってしまいました。以前は、たしかに青い花が咲いていたのに。

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カミさんとは「先祖がえりなんじゃないかな」と話しています。
もともと朝顔は、白い花だったのではないでしょうか。それに手を加えて現在のようなさまざまな色の花が咲くようになったのではないかなあと想像しています。
あまり綺麗でないといえばそのとおりですが、まっ白な朝顔ばかりが庭に咲いているのも清楚で幽玄な感じで悪くありません。
草木の品種改良に詳しい方がいらっしゃいましたら、原因を教えていただければありがたく思います。

2007年09月13日

●庭のイチジク

晴れないので、天文関係の記事がなかなか書けません。
なので、前回の「アサガオ」に続いて我が家の庭のことなど・・・。

ウチの庭には、イチジクが植わっています。
さほど大きな木ではないのですが、たわわに実をつけています。次から次へと実が熟し、毎日、3~4個ずつ収穫できます。
これがまた非常に美味しい!
なにしろ本当に採りたてです。もちろん無農薬。
スーパーなどで売っているイチジクは、たぶん、かなり青いうちに収穫するのでしょう、味がぜんぜん違います。

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このように、我が家に貴重な食料を提供してくれているイチジクの木ですが、庭の剪定に来た植木屋さんによると、イチジクは根が張るために家の土台を壊してしまうそうです。
こまめに剪定して伸びすぎないようにすれば大丈夫とのこと。
そういえば、ふつうの家にはイチジクなんて植わっていませんね。せいぜいまめに剪定しなければ。

2007年09月16日

●小説「粉雪の舞う星で」

一年中、青空と日ざしだけには事欠かないといわれてきた街だった。いつの頃からかはわからない。多分、海を見下ろす台地にあるこの街に、人が住みついた遥かな昔からそう言われてきたのだろう。

 でも。
「ねえちゃん。雪だ」
 弟のルツの声に、空を見あげる。
 いつのまにか、黄土色の雲に覆われた空から、ちらちらと白いものが舞い降りてきていた。手をつないだルツの指に、ぎゅっと力が入る。私を見上げる不安げな目。
 風が止まっていた。ついさっきまでこぼれていた日ざしはどこにもない。そのかわりに街を包みこむ、埃のように乾いた粉雪。
 知らず知らず早足になる。手をつないだ小さなルツが、小走りでついてくる。市政庁から続く大通り。三千年も前からこの街のメインストリートだった石畳の道。
いつの頃からだろう。青空をほとんど見なくなったのは。ましてや、真夏のこの季節に雪が降るようになったのは。つい何年か前までは、海で泳ぐこともできたのに。
「動物園もね、今年いっぱいで終わりなんだって」
 ルツが言う。
「寒くてみんな死んじゃったんだ。サエラがそう言ってた。サエラのお父さん、動物園の研究員だから」
 ルツの目は、通りの並木を見つめている。あれほど見事だった青双樹の並木が、一本残らず枯れていた。どれも樹齢千年以上の木だ。

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 ルツに限らず、どんな小さな子でも知っている。この十年足らずの間に急激に進んだ寒冷化で、この星・・・メサイを緑に彩っていた植物のほとんどが枯れ、大半の動物が絶滅したことを。
 しだいに密度を増してくる雪のカーテンを透かして、市政庁を振り返る。三千年間ずっとメサイの首都だったこの街を圧して聳える壮麗な市庁舎。
「私がルツぐらいの歳にはね、いつもこの通りいっぱいに人と車が溢れていたのよ。政庁には駅があってね、長いトレインが大勢の人を乗せてひっきりなしに発車していったわ」
「ねえちゃんも乗ったことあるんでしょ」
「うん。お出かけや学校の遠足で何度も」
 ルツにとっては、暗記するほど聞かされた話のはずだった。それでもこうして相槌を打ってくれる。優しい子。
 今、政庁通りに、私たち以外、人影は見えない。トレインの軌道も、今は取り払われてしまっている。人々のほとんどが、もっと暖かい街に去っていった。寒冷化が進み始めた当初には、人口の流出を躍起になって食い止めようとしていた市も、今では移住を奨励するようになっている。
「長靴、はいてきて良かったね」
 わずかな間に降り積もった雪に、私とルツの足跡だけが続いていた。舞い落ちる雪は、私とルツを包みこみ、日ざしと緑の絶えることがなかったこの街を、無機の静けさで覆っていく。
 雪。ほんの十年前まで、極地方以外、誰も見たことのなかった気象現象が、メサイを白い惑星に変えつつあった。
 いつか、ルツも私も、ただ無言で歩いている。自分たちの足音すら聞こえない。すべての音を吸い取ってしまう白い沈黙。

「決まったわ。あなたたちの順番」
 家に帰ると、お母さんが玄関で待っていた。
「青の月、十三周の晩よ」
 良かったわね。お母さんの顔は、本当に嬉しそうだ。その分、私の心は沈んでいく。
「たった今、お父さんから連絡があったの。船は、クシタイプのⅢ型ですって。最新型だから、きっとテラまで無事に着けるって」
 小高い丘の上にある私の家。窓の向こう、降りしきる雪にけぶって、長く裾野をひいたメサイ最大の火山、プサイ・クノーが見える。
私がルツぐらいの歳には、火と煙を絶えず吐いていた山頂を、今は白い雪が覆っている。
「プサイの火が消えたのが原因だって、お父さんは言ってたわ」
 お母さんの言葉に、そうかもしれないと思う。有史以来、消えたことのなかったプサイの火が消えたのと時を同じくして、あちこちの山なみを彩っていた火山群のすべてが噴火を停止し、その頃から急激な寒冷化が始まったのだ。
 太陽から遠いにもかかわらず、メサイが温暖な気候を保ってこられたのは、活発な火山活動によるのだと、だからこそ惑星最大の火山であるプサイ・クノーが、神の山として崇められてきたのだと、学校で習った。
『固まっちまったんだ。要するに。理由はわからない。でも、あらゆるデータは、この星の内部が急速に冷えつつあることを示している。どうしようもない。俺たちにできることは、できるだけ多くの人と生き物を生存可能な他の星に逃がしてやることだけだ』
 肩をすくめながら言ったお父さんの言葉を思い出す。テラ調査隊の隊長を何度も務め、今は市の航宙局長をしている、がっしりと大きな背中。
『結局、テラとは縁が切れなかったな。でもいいさ。これからはずっとメサイで暮らすことができる』
 移住計画を初めて聞かされたとき、笑いながらそう言うお父さんに私は食ってかかった。どうして私とルツだけなの。お父さんとお母さんが行かないのなら、私たちもメサイに残る、と。
 何度も繰り返したやりとりだった。移民船に乗ることができるのは、二十歳以下の市民だけ。市民全員を移住させられる船を建造する資源も時間もすでにない・・・。

 珍しく晴れ渡った晩だった。クラスメートが乗った移民船が飛び立つのをどうしても見たいと言うルツと二人、凍てついた夜空を見上げている。
「ねえちゃん。あれがテラなの?」
 ルツが指さす方向に、アレク神殿の宝玉よりも青い星が輝いていた。
「そうよ。あれがテラ。メサイの隣りの惑星・・・」
 テラ。この太陽系で、メサイよりひとつ内側を回るあの惑星には、メサイよりずっと広く深い海が広がり、大森林が大地を埋めつくしているという。
「青の月になったら、僕たち、あそこに行くんだね」
 ルツの言葉に涙がこぼれそうになる。こんな小さなルツと、十七歳になったばかりの私二人で移民船に乗る・・・。
「船だ」
 午後いっぱい降り続いた雪がやんで、晴れ渡った夜空を切り裂くように、眩しい光のかたまりが駆け上がってゆく。
 行き先はテラだった。
「ちゃんと着けるといいね」
 ルツの小さな手を握る。
「だいじょうぶ。お父さんが指揮してるんだもの」
 移民船がテラにたどりつく確率は三割。友だちが言っていた。
「あの船にね、サエラが乗ってるんだ」
 しばらく黙りこんでいたルツが、小さく呟いた。
「そう、サエラが・・・」
 ルツの目に小さく光るものを見つけた私は、慌てて夜空に視線をそらし、ことさらに明るい調子で話しかけた。
「テラってどんなところかな。雪が降らなければいいね」
 ルツは黙っている。夜空の青さと冷たさが、いつか私とルツの間に侵入する。
 テラにも雪は降るのだろうか。テラにも、プサイ・クノーみたいな火を吐く山があるんだろうか。
 風が渡った。テラの輝きがいっそう冴える。移民船の噴射炎はもう見えない。
 東の地平線に、アイナ・クが、神代の金貨のような鈍い輝きを放っている。テラには、メサイを回る二つの衛星、アイナ・ク、アイナ・カとは桁違いに大きな衛星がひとつ、回っているという。
 テラにはどんな夜空が広がっているのだろう。メサイは何色に見えるのだろう。
 冷たい大気がびりびりと震えた。雷に似た低い音が、凍てついた砂漠を渡ってくる。
 今ほどの移民船の噴射音だった。もうすぐ、私とルツも乗る。お父さんとお母さんをメサイに残して・・・。

☆ ☆ ☆

「ねえちゃん。起きてよ。こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」
 揺り起こされて目を開けた。覗きこんでいる幼い顔。
「ルツ!」
 思わず起き上がる。
「ルツ? 誰のこと?」
 翔太・・・。
 急速に記憶が戻ってくる。そうだ。ふたご座流星群を見ようと、弟の翔太と庭で寝袋にくるまっていた。
「寝ぼけてるの? もう曇っちゃったよ。ねえちゃんが寝てるうちに」
 夜空を見上げる。先ほどまで晴れていた空は、ほとんどが黄土色の雲に覆われていた。いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
 それにしても。
 記憶の全てがかすんでいる。
 ルツと手をつないで歩く雪の政庁通り。長い裾野をひいたプサイ・クノー。雪晴れの夜空を照らす小さな金色のアイナ・ク。眩しいほど青いテラの輝き。夜空を駆け上る移民船の噴射炎。
 何もかも夢だったの?  
 痛む頭を振ったとき、ふと、視野の端がオレンジに染まった。
「メサイ・・・」
 無意識のうちに呟く。
 そこだけ雲が切れて、ちょうど接近中の火星が、濃いオレンジ色の輝きを覗かせていた。
「火星、きれいだね」
 翔太が言う。
 黄土色の雲に、鮮やかな火星の輝きはすぐに消え、頬に冷たいものがひらりと触れた。
「ねえちゃん。雪だ」
 風の凪いだ夜空から舞い落ちる乾いた粉雪。
 見る間に密度を増してくる冷たさが、白いカーテンのように私と翔太を包んでいく・・・。

 挿絵:松本星菜

 久々に小説をUP。
 何年か前にSF関係の公募に応募しましたが通りませんでした。
 イラストは娘が描いてくれました。

2007年09月18日

●月、木星、アンタレスの接近

久々に晴れた今日の夕方、仕事の帰りに、月と木星、アンタレスが南北に並んで接近していることに気がつきました。
今日が開館日であれば、プラネタリウムの初期設定の段階で気づいたのでしょうが、たまたま休館日。空を見上げるまで少しも知りませんでした。
月がもう少し細ければ、撮影しようかなという気になりますが、半月前の月なので、工夫して撮らなければ光度差がありすぎます。
まあ、それほど苦労して撮影するほどでもないかと思い、肉眼で眺めるだけに終わりました。
それでも、透明度が良いので、周囲にはさそり座の星もポツポツ見えて、なかなか美しい光景でした。
そういえば、ちゃんと星が見えたのは、お盆以来です。
8月中旬は、毎日、厭になるぐらい晴れましたが、それ以降はぜんぜんダメ。
暑い暑いと言っているうちに、少し遅い時刻になれば、東天にオリオン座が昇っている時期になりました。
でも、温暖化が進むと、そのうち真冬に汗をかきながらオリオン座を見上げるようになるのでしょうか。
冗談じゃなさそうなのが怖い、昨今の急速な温暖化の進行です。

2007年09月21日

●明るい流れ星を見かけたら

秋は、明るい流れ星が多い季節です。
仕事がら、一般の方から、ときどき「大きな流れ星を見た」という話を聞きますので、以前に藤橋村の広報に掲載した文章を再掲します。
このブログを読まれている方のなかで、もし明るい流れ星を見かけたら、以下の要領でメール等で教えてください。
以下、本文です。 

 夜道を歩いていて、あるいは車を運転していて、ふと流れ星を見かけることがあります。
静かな夜空に一瞬のコントラストを添えてくれる流れ星は深く心に残るものですが、中にはとても明るいものもあり驚かされます。
 流れ星のうちで、特に明るいものを「火球(かきゅう)」と呼んでいます。明るい火球は、たくさんの人に目撃され、マスコミや天文台などに多くの報告が寄せられますが、こうした報告かを集めることによって、さまざまな宇宙の謎がわかってきます。

■ 火球の重要性
 火球のうち、特に明るいものは、「隕石」となって地上まで落ちてくることがあります。
星はどれもとても遠いところにあるので、手に取って観察することができません。でも、隕石は別です。宇宙から落ちてきた隕石を調べることで、私たちは地球以外の天体を直接、調べることができるのです。
 隕石が落ちてくることはとても稀なようですが、実はそうでもないようです。ある学者は、毎日千トン近くの物質が、宇宙から降ってきていると言っています。地球上で人間の住む場所はごく限られていて、人の入らない山や砂漠、海に落ちた隕石はほとんどが見つからないのです。

■ 隕石発見の手がかり
 ところが、たくさんの人からの火球の報告を集めてゆくと、隕石の落ちた場所がわかります。大体の場所がわかれば、その辺りを大人数で探すことにより、隕石を見つけられるチャンスが増えてくるのです。

■ こんなことに注意して
 宵の明星よりも明るい火球を見かけたら、落ち着いて次のことをメモしてください。
①時刻 ②方角と高さ ③明るさ(例・金星くらい、半月くらい)
④火球が飛んだあとに白いすじが残ったか ⑤色 ⑥音の有無 ⑦目撃場所 
 以上の内容を、松本まで連絡いただければ、専門の機関に報告し、宇宙の研究に役立たせていただきます。

藤橋村「広報ふじはし」2000年11月号掲載  

2007年09月22日

●変わったキノコ

カミさんと近くの公園を散歩していたら、変わったキノコを見つけました。
公園内の歩道が、流行りの木材チップ敷きとなっているところに、直径50cmほどの菌輪(フェアリーサークル)を作っていたのですが、ひとつひとつのキノコは、高さ・直径ともに1センチ弱しかありません。
成熟したキノコの上部が開いて傘状になっており、中には草の種そっくりな黒い粒が数個、入っています。

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通常、キノコが成熟すると、非常に細かな胞子を撒き散らすのですが、このキノコには胞子らしきものが見当たりません。どう見ても草の種です。
もちろん、キノコが種をつけるはずはなく、きっと黒い種状の内部に胞子が入っている
のだろうと考え、帰宅して調べたところ、どうやら「コチャダイゴケ」というキノコのようでした。想像通り、種状の内部に胞子がはいっているとのこと。
そんな小さなキノコが無数に集まってフェアリーサークルを作っているのは、一見、地味ですが、なかなか珍しいものでした。
ありふれたキノコらしいのですが、小さいので目にとまることが少ないようです。
秋はキノコの季節。
雨上がりなど、キノコ探しをしてみるのも楽しいかもしれません。

2007年09月23日

●幼稚園で観望会

一昨日は、町内の幼稚園での観望会に参加しました。
とはいっても仕事ではなく、ボランティアです。
総勢150人ほどの参加があり、園庭は人、人、人。
同じくボランティアの方が私を含めて9名、望遠鏡持参で参加されましたので、手分けして、月、木星、1等星、星雲・星団などを見て貰いました。
月が明るく、雲もしだいに増えてきて、どうなるかと思いましたが、何とか終了まで晴れ間があり、参加者も満足されたようでした。
仕事ではない趣味としての観望会参加は久しぶりですが、いいものです。
とはいえ、仕事としての観望会が嫌いというわけではなく、趣味としての観望会の方が制約を感じず、楽しく参加できるということです。
望遠鏡を持参された皆さんも経験豊富なベテランばかりで、久しぶりに星仲間と話ができたのも嬉しいことでした。

2007年09月25日

●地球と月の1億分の1モデル

今夜は「中秋の名月」です。
今のところの天候では、なんとか見ることができそうです。

私の勤務するプラネタリウムには、さまざまな天文展示があり、地球と月をテーマにしたものもあります。
今回、ご紹介するものは「地球と月の1億分の1モデル」です。

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地球の直径は、約12,700km、月は3,480kmです。おおむね、地球は月の4倍の大きさがあります。
では、重さはというと、大きさの割には、地球の方がずいぶんと重いのです。
地球も月も、その中心にはコアと呼ばれる金属の核がありますが、地球のコアは、月のそれにくらべると非常に大きいために、大きさの比率の割には地球の方がかなり重いという結果になっているのです。
この展示では、地球と月の縮小モデルを手にとって、大きさと重さの比較を体験できます。
小さな子どもさんでも、地球が非常に重いことが実感できます。

展示を製作されたOさんは、模型の大きさはもちろん、重さの調整に苦労されていました。
誰にでもわかりやすくシンプルで、製作者の技量と見識をうかがわせる展示です。

2007年09月26日

●中秋の名月

昨日は、中秋の名月でした。
久しぶりに快晴の名月、ようやく秋めいて涼しい夜風に吹かれながら、家族でお月見を楽しみました。

昨夜の名月をご覧になって、おかしいな、ちょっとだけ欠けてるぞ、と思った方もいるかもしれません。
そう、昨夜の名月は月齢13、満月の2日前でした。正しい満月は明日の晩ということになります。
中秋の名月は、旧暦でいう秋(7月から9月)のちょうど真ん中の日である8月15日に見える月のことをいいますが、新月の瞬間から満月の瞬間までが正しく15.0日でないこと、月の軌道が楕円であることなどの要因から、毎年の名月が完全な満月になるとは限りません。月齢にして1日か2日程度ずれることはよくあります。
また「仲秋の名月」と表記されることもありますが、秋の真ん中である旧暦8月15日の月という意味からは「中秋の名月」が正しい表記です。「仲秋」では、旧暦の8月全体を示す表記となってしまいます。

昨夜は、ファミスコと双眼鏡、それに肉眼で眺めていました。
やはり肉眼で見るのがいちばん綺麗で、じっくり見ると、嵐の大洋に白く輝くコペルニクスやケプラー、アリスタルコスといった光条クレーターも確認でき、肉眼も案外高分解能だなあと感心してしまいました。満月はやたらと明るいので、瞳孔が絞られることによりシャープネスが向上するのでしょう。
ファミスコは、さすがに明るい対象の月だと色収差が目立ちました。暗い星を見ている限りではほとんど気にならないのですが。

北東の低空には早くもカペラが昇り、暑い暑いといいながら、季節が確実に動いていることを実感した昨夜の名月でした。

2007年09月28日

●揖斐川町の地誌「ウソ越え峠」

 ウソ越峠という峠道がある。旧徳山村から福井県今庄町へ至る高倉林道にある峠である。
 県境の秀峰、冠山へ続く国道417号線から分岐し、簡易舗装の狭い林道をたどる。
ブナやナラの緑が美しい道は次第に急峻となり、いよいよ登りつめると小広い峠にたどり着く。道はここから下りにかかり、どう見ても県境である。やれ嬉しやと思ったのも束の間、しばらく行くと再び急峻な登りが始まる。

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 騙されたようだが、峠であることは間違いない。ウソ越峠からは、赤谷、釈迦嶺への林道も分岐しており、越前へ下りたつもりが再び徳山へ戻ってしまったということが、昔はたびたびあったという。
 狐につままれたような峠ではあるが、周囲の景観は素晴らしい。はるか遠方に冠山が望め、道谷と赤谷が山肌を深く刻みこんでいる。群生するブナやミズナラの根元を清冽な渓流が洗う。もうここで十分、福井県に下る必要なんてないよ、そんな気持ちにさせてくれる、明るく清澄な峠である。

写真:ウソ越え峠から望む冠山

2007年09月29日

●「はさかけ」

夏がずっと続いているような今年ですが、気がつけば、あちこちで稲刈りが始まっています。
旧藤橋村西横山では、刈り取りした稲を「はさ」にかけて干している光景に出会いました。

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昔は、こうして稲を干すのが当たり前でしたが、今では刈り取りから脱穀まで機械で済ませてしまうことがほとんどですから、こうした光景に出会う機会はなかなかなくなってしまいました。
この田圃では、まだ稲作を行っていますが、周辺の田圃や畑は過疎が進んで、次第に荒地となりつつあります。
訪れる人もない田圃の周囲では、とんぼが舞い、バッタやカマキリが道路を横切り、秋の静寂だけが満ちていました。

山間の田圃は、モリアオガエルやサンショウウオの貴重な生息地となっています。
別の場所ですが、やはり藤橋地内で昨年まで田圃を作っていた場所が、今年は耕作を行なわず、一面の草原となっていました。
その場所でも、毎年たくさんのモリアオガエルが産卵をしていました。産卵場所を失ったモリアオガエルは生息できなくなるでしょう。
過疎化の波は、生物の生息にも大きな影響をもたらしているのです。