2007年11月01日

●大きく成長したHolmes彗星

先ほどまで、西美濃天文台で17P/Holmesの撮影をしていました。
ここ2日ほどお天気が悪かったので気になっていたのですが、暗くなるのを待ちかねて見たペルセウス座は・・・。

60Holmes31a1.jpg

いやはや、何ともすごいことになっています。
彗星はぐんと成長していました。
光度はここ数日とほとんど変わらず、視直径は15′以上、肉眼でもぼんやりとした姿がドドーンとわかります。
いや、視直径が大きくなった分、全光度は明るくなっているかもしれません。
60cm反射望遠鏡で見る姿は、核から渦巻状にダストが噴出し、何ともすさまじい形状となっています。
まず思い浮かべたのは、ちょっと古いですが、「宇宙戦艦ヤマト」に出てきた「彗星帝国」。
あれって、中心核があってぐるぐる渦を巻いてましたよね。ちょうどあんな感じです。
視直径が増大すれば、単位面積あたりの光量は減少するのが通常なのですが、この彗星の場合は、なぜかちっとも暗くならない。
ということは、核からの物質供給が継続されているということではないかと思います。
どのようなメカニズムでそのようなことが起こるのか、今後の研究を待つ必要がありますが、何にしてもこれまでになかったタイプの彗星です。
もしかして、本当に「彗星帝国」だったりして・・・。

写真:10月31日 20時16分 60cmF7RC反射直焦点 EOS20Da ISO800 露出40秒

2007年11月03日

●謎の大三角

昨夜は宿直でした。
夕方から快晴となり「なんでこんな日に宿直なんだよお」とぼやきつつ、ときおり夜空を見上げては、絶好の透明度にため息をついていました。

Holmes彗星ですが、相変わらず肉眼でバンバンに見えます。
ペルセウス座の星と彗星が形づくる三角形を、私はひそかに「謎の大三角」と名づけています。
彗星が、地球から2天文単位以上(地球~太陽間距離の2倍以上)と遠くにあり、かつ彗星が衝の位置(真夜中に南中する位置)にあるために動きが遅いために「謎の大三角」は、ここ数日、ほとんど形がかわっていません。
昨夜の彗星は、いっそう大きく拡散し、肉眼でも巨大な球状星団様の姿がくっきり見えました。
明るさは衰えたようには見えません。肉眼では、ペルセウス座αよりは若干暗いかな、という程度で、望遠鏡を使って恒星をぼかして測定すれば、さほど変わらないようにも思えます。
こんなに遠くにある彗星が、なぜ何日間も明るさを維持できているのか、本当に不思議です。

でも、この彗星、一般の方には人気がないようです。
尾がないだけでこれほど不人気になるとは、明るく、そして天文学的には非常に興味深い彗星なだけに、ちょっとかわいそうですね。
遠くにあるので、流星雨の可能性もないし。

2007年11月04日

●望遠鏡って高い買い物?

昨夜は、岐阜県池田町の家庭教育学級主宰の星見会でした。
小学校1年生と4年生の親子60名を相手に、快晴の空の下、望遠鏡5台(15cm双眼鏡2台、20cm反射2台、15cm屈折1台)で、夏から秋の天体とHolmes彗星を見てもらいました。
こうして望遠鏡が集まると、なぜか必ず出るのが「この望遠鏡、いくらするんですか」という質問。
昨夜の機材は、15cm双眼鏡が2台あったこともあって、総額にすると360万円ほどになります。
15cm双眼鏡一台で170万円と答えると、皆さん、びっくりされていました。
考えてみると、望遠鏡って高い買い物かもしれません。同じような価格でも、車であれば使用頻度も高いし・・・。
加えて、カメラやパソコン、各種アダプター類など、下手をすると望遠鏡本体よりも高価な周辺機器をそろえなければ観測や撮影ができない昨今です。そうそう、車がなければ移動もできないしね。
ともあれ、夏から秋の定番の天体を見、Holmes彗星を見ると、すぐに1時間半が過ぎてしまいました。
彗星は、若干、暗くなった感じです。
コマの明るさが均一でなくなり、一部分が暗くなっていました。


2007年11月05日

●一人の天文台

一人で星を見るのが好きです。
もちろん、親しい星仲間たちとワイワイやりながら見るのも良いのですが、星見の基本はやはり一人だといつも思っています。
とはいえ、別に人嫌いというわけではありません。ただ、心を研ぎ澄ませて星のきらめきと対峙するには、どうしても孤独でなければならないと思うのです。

domeHolmes31a.jpg

天文台でも、観望会で大勢のお客さんといっしょに星を見るのは楽しいものです。
そういう時には心をハイモードに切り替えて、高揚した気持ちで対応しています。
そして、お客さんが全員帰った後には、心はローモード、というべきか、孤独モードにチェンジします。
一人きりで60㎝望遠鏡を操り、観測・撮影プログラムをこなしていくひととき、聞こえるのはパソコンや望遠鏡の制御システムがたてるわずかなノイズだけ。
時折、日周運動に合わせてドームが回転する音だけが時の経過を告げてくれます。
静まりかえったドームの中で過ごす時間は、思いのほか早く過ぎてしまいます。

一晩中、星空の下で過ごせれば良いのですが、そこは私もそれなりに忙しい現代人。
翌日の仕事を考えると、ある程度の時間でドームを閉めざるを得ません。
仕事や種々の雑事を気にせず、心ゆくまで星を見ることができるのはいつのことでしょうか。

写真:60㎝望遠鏡とHolmes彗星

2007年11月07日

●田舎暮らしは高くつく?

「田舎暮らし」は、相変わらずのブームのようです。
テレビ、新聞、雑誌、さまざまなメディアで取り上げられもてはやされています。
曰く「田舎には都会で失われた温かさがある」「自然に囲まれた生活ができる」「生活費が安い」・・・。
このブログでは、都会の人が抱いているそんな田舎暮らしのイメージを、東京から岐阜県の山奥の村へ移住した私の視点からさまざまに検証してきました。
で、今回取り上げるのは「田舎暮らしは生活費が安く済む」というトピックです。

yokoyamasnow1.jpg

なぜそのようなことが巷間に流布され始めたのかわかりませんが、結論から書きましょう。

「田舎暮らしは高くつく」

そんなはずないじゃん。都会のマンションに較べたら、あるいは東京で一戸建てを買うことを考えたら住居費は安いし、野菜は自家菜園で栽培できるし(それに近所から貰えるらしいし)、交際費もかからないだろうし、なんて反論がきそうです。

1.住居費について
田舎には、いわゆる賃貸物件がほとんどありません。あったとしても、ニーズが少ないので、東京近郊と変わらない家賃であることが多いのです。
一戸建て住宅も同様です。田舎の人は、先祖代々の土地や家を売りたがりません。
物件を探すのが非常に困難です。たとえ土地が見つかっても、上物を建てるには都会と同じ金額がかかります。
いちばん安いのは、山間部の過疎の町村が提供する公営住宅でしょう。これならば、庭付き一戸建てが2万円以内で借りられます。ただ、物件数としては少ないですよ。

2.食料費
田舎でも、食糧はスーパーで購入するのが当たり前の時代です。スーパーで売っている品物の値段は、田舎も都会も変わりません。かえって競争が激しい分、都会の方が安いこともあります。
「畑で栽培すれば」と思われる方。食べられる野菜を栽培するのにどれほどの肥料代、農薬代、手間がかかると思いますか。スーパーで買った方がよほど安く済みます。
「近所で貰えるんじゃないの」という方。たしかに仲良くなれば貰えます。でも、ご近所も豊作で自分で食べきれないから人に配るわけで、あちこちから同じ種類の野菜ばかり頂戴して閉口することになります。そうした野菜は市場でも流通量が多いですから、スーパーでもごく安価に購入できます。
「鳥でも飼えば卵ぐらい自給できるのでは」という方。野菜栽培以上に生き物を飼うにはコストと手間がかかります。

3.交際費
「都会では毎晩お付き合いで飲食費がかかって仕方ない」という方は、結局、外で食べるのが好きなわけで、そうした方はたとえ田舎へ移住しても、飲み代・外食代がかさみます。田舎でもお付き合いのためには当然、交際費が必要なので、職種や付き合いの深さ次第では都会と同等の交際費が必要でしょう。
飲食店などひとつもないような過疎地の場合、かえって一人で毎晩、晩酌することになり、やはり飲食費はかさんでしまいます。

4.交通費
公共交通が発達した都会と違って、田舎では車が主要な移動手段となります。
一人に一台の時代ですから、たとえば4人家族では4台の車を購入・維持しなければなりません。購入費、車検代、保険料等に加えて、昨今のガソリン代高騰は家計を直撃しています。
さらに、積雪地では、4駆の車とスタッドレスタイヤが必需品ですので、車1台についてノーマル、スタッドレスと、タイヤを常に2種類、準備しておくことになります。
タイヤ代も馬鹿にならない出費です。

5.燃料費・電気代
暖かい地方では問題ありませんが、寒冷地では灯油やエアコンのための電気代がかさみます。石油製品高騰で、こうした支出もじわじわと家計に影響してきます。

というわけで、どのような根拠で「田舎は生活費が安い」などというウソが流布されているのか、田舎移住者としてはまったく理解できません。
マスコミや田舎暮らしをしたことのないジャーナリストが喧伝する偽りの情報に、どうかくれぐれも騙されないようにご注意下さい。

写真:雪は生活の大敵!(揖斐川町東横山)

2007年11月08日

●まだまだ明るいHolmes彗星

昨夜は快晴だったので、天文台でHolmes彗星他、天体の撮影をしていました。
Holmes彗星は、やや暗くなりましたが、それでも3等台、視直径は20分以上あります。
3日の池田町での観望会の際に気づいたコマの明るさの不均一さは、どうやらごく淡い尾があるようで、露出をかければ尾が写るかもしれないと100SDUFで3分の露出をしてみましたが、はっきりとした尾は写りませんでした。

IMG_6144m1.jpg

写真は、20cmF8ED屈折直焦点、1分露出で撮影したものです。
向って右側が尾のある方向で、コマが全体的に薄く流れたような構造になっています。
いつまで現在の明るさを維持できるかわかりませんが、これから次第にごく淡いイオンテイルが見えるようになる可能性があります。

2007年11月09日

●2重星団を見る

Holmes彗星撮影の合間に、ちょうど彗星がいるペルセウス座の2重星団を観望しました。
明るい星団なので、出張観望会では定番なのですが、天文台での観望会では、どうしても大口径ならではの天体にリクエストが多く、2重星団は案外、観望しないまま終わってしまうことがあります。
久しぶりに天文台の暗い空で見る2重星団は、宝石をちりばめたようで、ため息が出るほどの美しさでした。

071107hxm2.jpg

つぶさに見ると、意外なほど赤い星が多いことに気がつきます。
通常、散開星団は、若い星で形成されており、青白い星がほとんどを占めています。
ですから、2重星団の中に見える赤い星は、たまたま同じ方向にある赤い星が重なって見えているだけなのかもしれません。
それでも、かに座にあるM67という散開星団は、赤い星を多く含んでいることで知られていますから、星間ガスの濃い部分から集中的に星が形成されて、やがてガスが吹き飛ばされた後に残ったのが散開星団、という一般的に考えられている散開星団の形成メカニズムにも、さまざまな例外があるのかもしれません。

写真:100mmF4SDUF屈折 EOS KissD exp 3m 

2007年11月12日

●紅葉が見ごろ

プラネタリウム・天文台の周辺では、今年はなぜか紅葉がきれいです。
紅葉はなかなか微妙なもので、夏が暑すぎたり秋が暖かすぎたりすると、てきめんに色が悪くなります。大きな台風が襲来した年もいけません。
極端な暑さや日照り、大雨・大風に見舞われることなく平穏な年であるほど色づきが良くなります。
「急に寒くなった年の方が色づきが良い」ともいいますが、それよりは穏やかに四季が推移することの方が重要な気がします。
揖斐川町藤橋地域では、今が紅葉の盛りです。

071111kouyou1.jpg

職場であるプラネタリウム・天文台へは、人家が一軒もない山間の道を延々と走っていくのですが、ところどころは、まさに錦を重ねたような美しさです。
同じ時間帯に、満員電車に揺られて職場へ向かう人もいるのだな、などと考えると、ひどく贅沢な通勤であるようにも思えます。
もちろん、台風や大雪の日には、同じ道が死と隣り合わせの道程に変わってしまうのは田舎暮らしの宿命です。
都会の暮らしは、季節の変化が感じられないけれど安全で平穏、田舎の暮らしは、日々、自然の綾に彩られているものの災害と隣り合わせ。
どちらを選ぶかはその人の価値観次第です。

2007年11月13日

●初めて撮った天体写真

今日、古い写真を整理していたら、たぶん生まれて初めて撮ったと思われる天体写真が出てきました。
東京都東大和市の自宅の庭から撮影したもので、カメラは祖父からもらった二眼レフ(・・・って知ってる?)、フィルムはネオパンSS(ISO100)、近所の写真屋さんで現像・プリントをしたものです。
星像がグニャッとなっているのは、レリーズなしでシャッターを押したためです。

hajimete1.jpg

そのカメラには、バルブではなくタイム機能がついており、手でシャッターを押せば、ストッパーつきのレリーズがなくてもシャッターは開きっぱなしにできたのです。
木やら電柱やらが入っていますが、小学生が初めて写したにしては、なかなか良い構図かな、なんて思ってしまいました。ヒアデス星団の下に写っている明るい星は、たしか木星だったと思います。
あの頃は、東京でもけっこう空が暗くて、冬になるとプレアデス星団が、目の悪い私にはまっ白な雲のように毎晩、見えていたことを思い出します。
思えばあれから30年以上が過ぎてしまいました。

2007年11月14日

●初めて撮った月面写真

昨日に続いて、昔々の天体写真を・・・。
これ、ダゲールが取った湿板写真、ではなくて、私が初めて撮った月面写真です。
やはり小学校5年生か6年生の頃、小遣いをはたいて買った6㎝屈折経緯台式望遠鏡の接眼レンズ(ハイゲンス20mmだったかな)にカメラのレンズを手持ちで押しつけて撮りました。
いわゆる「コリメート法」という撮影方法です。
カメラは昨日UPの星野写真と同じ祖父譲りの2眼レフ。
現像は近所の写真屋さん(中島写真館といいました)任せです。

hajimete2.jpg

構図や露出は初めてにしては悪くないのですが、とにかくピントが合っていない。
直接ピント面を覗けないコリメート法でのピント合わせにはテクがあって、無限遠に調整
した小望遠鏡(ファインダーなど)を接眼レンズに押しつけてピント合わせをするのですが、当時はそんなことは知らないものですから(天体写真の写し方を解説した本などあまりなかったのです)、何枚撮ってもピントが合わないなあと思いつつ、ひたすらフィルムを無駄にしたものでした。
でも、考えてみれば2眼レフカメラですから、ファインダー部分を接眼レンズに押しつけてピントを合わせればそれなりに良いピント位置がつかめたはずですね。
今と違ってまったく情報もなく、先輩もいなかった当時の小学生のレベルはこんなものでした。
自分で工夫して苦労して少しずつ天文のテクニックを身につけるしかなかった時代の話です。

2007年11月15日

●14日のHolmes彗星

昨夜は、遅くから晴れてきたので、7×40双眼鏡を持ち出して自宅前からHolmes彗星を見ました。
光度は3等、肉眼でも白いシミのような姿がすぐに見つけられます。
透明度があまりよくなかったのですが、双眼鏡で見ると、コマが一方向に流れているようすがよくわかり、好条件の下で見れば、きっと尾が見えるのでしょう。
それにしても、地球から2天文単位(地球~太陽間の2倍)以上も離れているのに、これほど長期間、明るく大きく見えるというのは驚くべきことです。
1892年の出現時には、4等星まで明るくなった後、1週間ほどで暗くなり、その後、ふたたびバーストが起きたとのことですから、今回も再度のバーストが起こる可能性はあります。
いずれにしても今回は、1892年よりも大規模なバーストでした。
彗星という天体は、このように何が起こるかわからないところにおもしろさがありますね。

2007年11月17日

●今朝のHolmes彗星

昨夜は遅くからよく晴れてきたので、日付が変わる頃に出発し、揖斐川町横蔵でHolmes彗星を見てきました。
自宅前からも、ペルセウス座α星のすぐ近くに大きく拡散した姿がよく見えていましたが、空の暗い山間部で改めて見ると、M31よりははるかに明るく、まだ3等台を維持していました。
20cm反射望遠鏡で見ると、視野いっぱいが彗星です。
ただ、明瞭だった核がほとんど見えず、コマの二重構造も判然としなくなって、全体に均一なイメージとなっていました。
尾は淡く、コマが流れているように見えます。

17P071116am2.jpg

長時間露出の写真では、彗星から離れつつあるガスかダストの塊がタコの足状に写るのですが、眼視ではそこまではわかりません。
視直径は、満月大となっています。
ただ、以前と異なり、拡散した周辺部が淡くなってきましたので、光度目測は、観測地の暗さによって大きく左右されそうです。
以前、百武彗星が接近した際、空の暗い場所では夜空の3分の1にわたるサーチライトのように長大な尾が大迫力でしたが、都市部では頭部しか見えず、ひどくしょぼい印象だったことを思い出しました。
写真は、EOS KissDに55mmレンズで4分露出、ステライメージで多少の処理をしてあります。
肉眼で見た印象に近い画像をと思い標準レンズで写しましたが、ちょっと彗星が明るく写りすぎました。
ちょうど、おうし座流星群としし座流星群の活動時期で、撮影中もたくさんの流星を見ました。
流星観測もしたいところでしたが、朝一番から用事があったため、今朝3時に撤収しました。

2007年11月18日

●ダムに沈んだ徳山村の特別展

揖斐川町南方にある揖斐川歴史民俗資料館では、12月9日(日)まで、「土器が語る徳山の歴史」「写真に見るふるさと徳山」として、日本最大のダムとして知られる徳山ダム(揖斐川町徳山地内=旧藤橋村)に沈んだ岐阜・福井県境の集落であった徳山村の歴史と民俗に触れる特別展示を開催しています。

tokuten3.jpg

徳山村では、石器時代から人が住みつき、縄文時代には華やかな文化が花開きました。
ダム建設にあたって岐阜県が発掘調査を行い、多くの遺跡からたくさんの土器や石器が発見され、当時の暮らしを知る大切な資料となっています。
今回の展示では「火炎型土器」とも言われる特殊な装飾を施した土器をはじめ、なかなか見ることのできない貴重な土器や石器が展示されています。
また、徳山村出身で「写真ばあちゃん」としても知られていた増山たづ子さんが撮影された写真も展示され、山深い村の暮らしぶりを知ることができます。
ぜひ多くの方にご観覧いただき、ダムに沈んだ村の歴史と暮らしに触れていただきたいと思います。

2007年11月20日

●テレビの取材

昨夜は、天文台でCBCテレビの取材でした。
土曜日の午後4時30分から放映している天気予報番組で揖斐川町を特集するとのことで、気象に関係の深そうな?天文台へ取材に来たものです。
今回のテーマは「水」とのことで「町の中央を流れている揖斐川が美しい星空にどのような寄与をしているか」と尋ねられましたので「直接の関係はないが、間接的には、揖斐川の水が山を潤し、豊かな森林を作っている。森林は大気中の汚染物質や埃を吸着するので、天体観測に適したきれいな空気を供給するという点で、揖斐川も大きな役割を担っている」と答えておきました。
インタビュー後は60㎝望遠鏡で折から中天にかかっている半月をはじめ、1等星などの撮影。
冬型の割りにはシーイングが良く、ビデオで月を撮ると、まあまあの写りとなりました。
時間の経過につれて寒さが増し、ドーム内の気温は4度。
レポーターの女の子は、ドームのスリットにはガラスが嵌っていると思っていたらしく「寒いと思ったらドームのスリットって素通しなんですね」と驚いていました。
収録を終わり、Holmes彗星を見ようと思ったら一瞬のうちに快曇。
まあ、あの強い冬型で晴れた分だけラッキーでした。
番組は、24日(土)CBCテレビで午後4時30分より放映するそうです。

2007年11月21日

●雲間の出張観望会

昨夜は、関が腹青少年自然の家に呼ばれての出張観望会でした。
小学校5年生85名と人数が多いので、20cm反射を2台、15cm屈折を1台、15センチ双眼鏡を1台と、合計4台を持参しました。
折悪しく冬型の悪天候で藤橋は雨。
現地は、ちょうど曇りと晴れの境目で、雲間からときおり半月が覗く状況でした。
当初は、室内でお話、と打合せをしていましたが、何となく晴れそうな気がしたので、予定通りグランドに機材をセッティング。
幸運なことに、セッティング中からぐんぐん晴れてきて、観望会を開始するころには雲は多いながらも何とか星が見える状態となりました。

071107M31m1a.jpg

月が明るいのと、雲の流れが速いため、観望できたのは、月、M31、カペラ、プレアデス星団だけでしたが、冬型の割にはシーイングが良く、子どもたちは歓声を上げて望遠鏡を覗きこんでいました。
Holmes彗星の方向は、終始雲に覆われていて観望することができませんでした。
20回ほど開催した今年の出張観望会のうち、まったく星が見えなかったのはわずかで、晴天率は非常に良い結果となりました。
お天気に左右されるのが観望会の難点ですが、それだけに快晴に恵まれたときの嬉しさは格別です。

帰宅すると雲が多いながらも晴れていましたので、双眼鏡でHolmes彗星を見てみました。
ペルセウス座α星の近傍に、まるでM33のようなやや細長い形状の彗星がぼんやりと見つかりました。
視直径が大きいのと月明りがあるため明るさの目測が困難でしたが、全光度で4等程度でしょうか。M31よりは明るいと思いました。肉眼でも淡い霧のように見えました。
ただ、10cm以上の大型双眼鏡でも使わない限り、都会できれいに見ることは難しそうです。

写真:M31中心部(20cmF8屈折 EOS Kiss D)

2007年11月23日

●田舎でも星が見えない?

「子どもの頃はそれこそ降るような星空が見えたんやけどねえ」
「このごろは晴れた晩でも星が見えんねえ。空気が汚れたせいかねえ」
私の勤務する揖斐川町在住のお年寄りの言葉です。
町の中心部だけでなく、藤橋や坂内といった山間部でも同様の言葉を聞きます。
「ああ、岐阜の山奥も光害で壊滅か。もう日本全国、星が見える場所はないのかなあ」などと思ってしまいそうですね。
でも、そんな藤橋で私は天体観測を行なっています。いえ、自宅のある大野町(揖斐川町よりもさらに岐阜市寄りです)でも立派に?観測ができています。
もちろん、標高2,000メートル級の高山で見る星空とは比ぶべくもありませんが、それでも藤橋では、天の川は地平線をつないでいますし6等星までは確実に見えます。岐阜の山間部では、まだきれいな星空が見えるのです。
それではどうして、お年寄りたちが異口同音に「星が見えなくなった」と嘆くのでしょう。

castle Cas1.jpg

その原因は、街灯の急激な増加です。
「やっぱり光害か」と思われた方、少し違うのです。
光害には違いないのですが、都市部と違って、山間部では明るい街灯を手で遮るなどすれば、立派に美しい星空が見えています。
街灯が直接、目に入ってくるために、目が幻惑されて、あるいは暗順応ができずに、星の数が極端に減ってしまっているのです。
都市部では、膨大な人工照明によって空全体が明るくなってしまっていますが、山間部では目の前の街灯さえなくなれば、あるいは街灯の形状を工夫してグレア(不必要なまぶしさ)を抑えれば、まだまだ美しい星空が残っているのです。

わずかな数の、しかもグレアが多く照明効率が悪い街灯のために、空が暗いはずの山間部で星が見えないのは悲劇です。
暗い空を記憶しているお年寄りはまだしも、満天の星空を見て地球が宇宙に浮かんだ小さな星であるという科学的な世界観を養ってほしい子どもたちが、劣悪なデザインの街灯のために星空に関心をなくしてしまうのは人類にとって損失であるといっても過言ではありません。

山間部のみならず、中都市の郊外ならば、天頂付近の天の川程度ならば見える場所がたくさんあります。
照明器具メーカーは、街灯の照明効率やデザインを科学的に検討して「地上は明るく夜空は暗く」を実現
した街灯の開発に邁進してほしいと思いますし、地方自治体や企業は、夜の環境(星空・植物・動物・農業など)に悪影響を与えない街灯を積極的に採用するポリシーと見識を持ってほしいと思います。

写真:西美濃プラネタリウム(藤橋城)と昇るカシオペヤ座

2007年11月24日

●大きなプリン

風邪を引いて喉が痛いので、カミさんに「プリンを買ってきてくれい」と頼みました。
何でプリン?と思われるかもしれませんが、実はプリンやババロアなど、ぷるるん系のスイーツがかなり好きで、特に喉が痛いときなど冷たくてつるんとした喉ごしのモノが食べたくなるのです。
で、カミさんが買ってきたのが、ごく巨大なプリン。
「でっかいねえ」と言いながらふと見ると「Men'sプリン」と書いてある。
嬉しくなりました。
なんか知らないけど「男は甘いもの、特にぷるるん系のモノを食べてはいけない」的な社会常識があるような気がします。
宴会でも、男は酒を飲むものという規定事実があって、そのために会費も高くて、べつにお酒なんかなくてもいい私にとっては、なんか「逆男女差別」をいつも感じます。
でも、実は男性でも「お酒よりも甘いもの」というニーズはかなりあるんですよね。
そのあたりをついた隙間商品?がこのMen'sプリンというわけで(たぶん)、なんだか嬉しかったというわけです。
女性の権利や主張はそれなりに受け入れられる世の中になってきて喜ばしいと思いますが、男性については「男はかくあるべし」というステロタイプな社会像が根強く固定されている気がします。
飲む打つ買う?には興味がないけどプリンやパフェは食べたいぞ、という男性諸氏、偏見にめげずがんばりましょうね。

2007年11月25日

●新しい猫がやってきた

我が家の猫部屋に、このほど新人?が加わりました。
私の帰宅途中に野良の子猫が足元にすり寄ってきたのです。
ちょうどマーブルと猫夜叉が死んだ直後でした。
それでもまだ5匹の猫がいますので、正直「また猫が増えるのかあ。世話も大変だしなあ」などと思いつつ子猫を抱き上げてみると、なんとまあ、死んだマーブルにほとんど生き写しではありませんか。

tibineko1.jpg

あまり見かけない茶色のサビ、しかも器量がよろしくないところまでそっくり。
運命的なものを感じてしまった私は、子猫を連れ帰りました。
カミさんと娘に見せると「わあ、マーブルが帰ってきた!」と大騒ぎ。
こうして子猫は猫部屋に住まうことになったのでしたが、先住者の猫たちはみんな立派な?大人猫。
子猫は怖いらしく、最初の晩はずっと鳴いたり怒ったり。
先住者たちはといえば「変なちびが来たなあ」と困惑している様子がありありです。
それでも、猫という動物は幼生には寛容なもの。三日後には子猫もだいたい慣れたようでした。
この子猫、実はまだ名前が確定していません。「ちび」とか「ちび猫」とかさまざまに呼ばれています。
器量が悪いので、妙に洒落た名前をつけても似合わないのです。
どうやらこのまま「ちび」あたりに落ち着きそう・・・。

2007年11月26日

●熊と人との共生を

 毎年、秋になると繰り返し報道されるのが、熊の出没である。特に昨年は件数が多く、一説によれば昨年だけで全生息数の三分の二近い熊が駆除されたという。今年も秋が深まれば、また熊騒動が繰り返されるのだろう。
 人と熊との緩衝地帯であった里山の荒廃、人間が放置した生ゴミを求めて熊が人里へ降りてくることなどが熊出没の要因と考えられているが、繰り返される熊騒動に国が何の対策もとらないのは不思議なことだ。人や作物の被害防止と並行して、個体数の急速な減少が危惧されるこの動物を保護する方策を早急に立案しなければならないはずなのに、正確な個体数さえ把握されていないのだ。
 地方への権限委譲が進んでいるが、野生動物保護は国土全体の実情を把握できる国が管轄すべきことがらであろう。国は、熊と人が共生するためのガイドラインを早急に策定してほしい。このまま駆除を続けていけば、数年を経ずして貴重な大型獣がわが国から姿を消すことになってしまう。野生動物と人が共生できる優しい国を作ることこそが、これからのわが国が目指す方向ではないだろうか。

(2007年10月 朝日新聞掲載)

2007年11月28日

●原油高騰と田舎暮らし

原油価格の高騰が続いています。
中国やインドといった成長著しい国の需要が急増していることに加え、投機資金が原油市場を席巻しているためですが、中長期的に見れば原油生産量(埋蔵量)そのものが今後漸減してゆくものと思われますので、今後とも価格が大幅に下がることはないと考えられます。

「おい、ここは経済ブログかよ」と言われそうですが、実は、原油価格の高騰は、田舎暮らしにとって非常に大きな影響があるのです。
公共交通のない田舎では、自家用車が必需品です。一家に一台どころか、一人一台が当たり前となっています。
車は石油で動くもの。これ以上、燃料価格が高騰すれば、田舎の住民は移動の手段を奪われかねませんし、家計にも大きな負担となってきます。

071201situgen1.jpg

また、山間部では雪の多い地域も多く、都会に比べると暖房費がかかります。
さらに農家の場合は、農業機械に使用する燃料費もばかになりません。

都市住民であれば「これ以上、ガソリンが高くなったら車を手放して電車通勤にしよう」と考えますが、公共交通のない田舎では、いくらガソリン価格が上がっても車を手放すわけにはいきませんし、豪雪の中、暖房なしではいられません。
若者がみんな都会に出て行ってしまっている現状では、昔のようにすべて手作業で田んぼや畑の作業を行う労働力もありません。

このまま原油価格高騰が続いた場合、田舎を引き払って都会へ移り住まなければならなくなる可能性もあります。
田舎といえば、経済原則から隔絶された天国のような場所だと思われがちですが、実は都会同様、いえ、都会以上に経済の影響を受けているのです。

写真:自宅近くにある湿原。政治や経済とは無縁のような風景ですが・・・。