« 雲間の出張観望会 | メイン | 大きなプリン »

2007年11月23日

●田舎でも星が見えない?

「子どもの頃はそれこそ降るような星空が見えたんやけどねえ」
「このごろは晴れた晩でも星が見えんねえ。空気が汚れたせいかねえ」
私の勤務する揖斐川町在住のお年寄りの言葉です。
町の中心部だけでなく、藤橋や坂内といった山間部でも同様の言葉を聞きます。
「ああ、岐阜の山奥も光害で壊滅か。もう日本全国、星が見える場所はないのかなあ」などと思ってしまいそうですね。
でも、そんな藤橋で私は天体観測を行なっています。いえ、自宅のある大野町(揖斐川町よりもさらに岐阜市寄りです)でも立派に?観測ができています。
もちろん、標高2,000メートル級の高山で見る星空とは比ぶべくもありませんが、それでも藤橋では、天の川は地平線をつないでいますし6等星までは確実に見えます。岐阜の山間部では、まだきれいな星空が見えるのです。
それではどうして、お年寄りたちが異口同音に「星が見えなくなった」と嘆くのでしょう。

castle Cas1.jpg

その原因は、街灯の急激な増加です。
「やっぱり光害か」と思われた方、少し違うのです。
光害には違いないのですが、都市部と違って、山間部では明るい街灯を手で遮るなどすれば、立派に美しい星空が見えています。
街灯が直接、目に入ってくるために、目が幻惑されて、あるいは暗順応ができずに、星の数が極端に減ってしまっているのです。
都市部では、膨大な人工照明によって空全体が明るくなってしまっていますが、山間部では目の前の街灯さえなくなれば、あるいは街灯の形状を工夫してグレア(不必要なまぶしさ)を抑えれば、まだまだ美しい星空が残っているのです。

わずかな数の、しかもグレアが多く照明効率が悪い街灯のために、空が暗いはずの山間部で星が見えないのは悲劇です。
暗い空を記憶しているお年寄りはまだしも、満天の星空を見て地球が宇宙に浮かんだ小さな星であるという科学的な世界観を養ってほしい子どもたちが、劣悪なデザインの街灯のために星空に関心をなくしてしまうのは人類にとって損失であるといっても過言ではありません。

山間部のみならず、中都市の郊外ならば、天頂付近の天の川程度ならば見える場所がたくさんあります。
照明器具メーカーは、街灯の照明効率やデザインを科学的に検討して「地上は明るく夜空は暗く」を実現
した街灯の開発に邁進してほしいと思いますし、地方自治体や企業は、夜の環境(星空・植物・動物・農業など)に悪影響を与えない街灯を積極的に採用するポリシーと見識を持ってほしいと思います。

写真:西美濃プラネタリウム(藤橋城)と昇るカシオペヤ座

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://at-h.net/~has/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/288

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)