2007年12月01日

●随筆「北海産・痺れる珍味」

いよいよ師走。寒くなってきます。
 星にはぜんぜん関係ありませんが、数年前にある本に書いた「旅の味」に関する随筆を掲載。
 冬になると北海道に行きたくなります。

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「ここまで盛り上がっちまったんだから、とっておきのあれを出しちまおうかねえ」
 厨房の奥に引っ込んだ宿の主人は、やがて小ぶりな壷を持って現れた。
 二月の北海道、中標津の安宿。泊り合わせた道路工事の男たち、そして宿の主人まで加わった酒盛りの最中だった。

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「滅多に出さないんだけどね。今夜は気分がいいから出しちゃうよ」
 壷の中身を、小皿にあける。
「ウチの秘蔵品だあ。最高の肴だけんど、いわくつきの品だけんね、気いつけて食ってく
れよ」
 真っ黒な粘液の中に、やはり真っ黒な塊が転がっている。
「イカの墨肝だあ。これにはな、フグと同じ中毒成分が入ってる。くれぐれも食いすぎねえようにな」
 主人の言葉に、豪放な工事の男たちも、すぐには手を出しかねる様子である。意を決したように親分格の男が箸をつけ、しばし、微妙な表情を浮かべたあとで言った。
「こったらうめえもんは滅多にねえ。ほれ、おめえたちも食ってみろ」
 恐る恐る、僕も口に入れてみた。生臭い塩辛さ。濃厚な北の海の匂いがいっぱいに広がる。思わず、熱燗に手が出た。つまむほどに酒が進む。酒が進むほどに気分が良くなる。
 何個かつまんで、ふと気づいた。舌が痺れて、口がうまく回らない。酔いに任せて大声で喋っている男たちも同様で、話の内容がまったく聞き取れない。宿の主人だけが泰然として黒い塊をつまんでいる。
「そろそろやべえみてえだな」
 テーブルを見回した主人が壷に蓋をする。
「珍味っしょ? 命に別状はねえけんど、口と頭が痺れてしまうのよ。しばらくすれば治るから心配はいらねえけど」
 いたずらっぽい目で笑う主人の顔がぼやけてくる。
 小用に立った。食堂のドアを閉めたとたん、呂律の回らない声で騒ぐ男たちの声が途切れ、冷たい静けさが満ちた。
 トイレの窓は、真っ白に雪がこびりついて外の様子は伺えない。耳を澄ませば、ひどく遠くから聞こえてくるような酒宴のざわめきに混じって、さらさら、さらさら、窓を打つ粉雪の音が遠く近く聞こえてくる。

小田豊四郎記念基金刊「忘れられない北のあの味」掲載
写真:オホーツク海の流氷(釧網本線北浜駅前で撮影)

2007年12月02日

●最近のHolmes彗星

このところあまり話題にならなくなったHolmes彗星ですが・・・。

昨夜、雲が多いながら久しぶりに晴れたので、口径6㎝焦点距離400mmの屈折望遠鏡(ファミスコ60)を持ち出して、自宅から同彗星を見てみました。
だいぶ暗くなっているかな、と思ったのですが、まだ4等台で大きく拡散した姿がすぐとらえられました。
視直径は50′近くと満月の1.5倍ほどもあります。
アンドロメダ大星雲M31と見比べましたが、明るさは彗星の方がやや優っているようでした。
肉眼では、空があまり良くなかったため、ごくかすかに映じただけでした。
淡いので形状は判然としませんが、基本的には「お化けのQ太郎」型で、コマの太陽側は相変わらずくっきりとし、尾のある側はぼんやりと吹き流されている感じです。
核はわかりませんでした。
バーストから1ヶ月が過ぎましたが、まだまだ明るいHolmes彗星。
暗い夜空の下で観測したいものです。イオンの尾はどうなったのでしょうか。

2007年12月05日

●観望会の本当の主役は?

天体観望会といえば、主役は子どもたち、というのが一般的な通念のように思います。
実際、出張観望会の依頼元は、学校や子ども会、あるいは行政の主催する「親子星見会」的な企画が圧倒的に多いのです。
そうした場で、もちろん子どもたちは、天体の姿を見て喜んだり驚いたりしてくれます。
でも、観望会で子どもたち以上に喜んでいる客層?があるのです。
それは、子どもを引率してきたお母さんや学校の先生。
快晴で月や土星といった「見ておもしろい」天体が見える晩でしたら、子どもたちの興味関心は観望会の実施時間中継続されます。
しかし、雲が出たりめぼしい天体がない場合、どんなに上手にお話しをしても、子どもたちはすぐに飽きてしまい、ふざけたり走り回ったりし始めます。
これはある程度、仕方のないことです。子どもは抽象的な概念を思い描く能力が未発達ですから、目に見えるモノ、手で触れるモノでなければ、興味を持続できないのです。

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これに対して、引率のお母さんや先生方は実に興味津々です。
たとえ曇っていようがめぼしい天体がなかろうが、さまざまな質問をぶつけてきます。
宇宙に関する基本的な知識が子どもよりも豊富なこと、手で触れることができず抽象的にとらえざるを得ない宇宙や天体の構造に関する把握能力が高いこと、またお母さん方の場合は「宇宙=ロマンチック」という概念が関心の高さに結びついているような気がします。

観望会というと、どうしても望遠鏡で天体を拡大して見る、という方法が主体になりますが、大人の参加者がいちばん喜ぶのが、意外なことに星座の解説です。
レーザーポインターで夜空の星を結んで星座を説明すると、大人の方は「これまでいくら探してもわからなかった星座が、こうして説明して貰えるとすごくよくわかる」とたいへん好評を博します。
星座を結んで人やモノの形を描くという作業は、かなり頭の中で想像を逞しくしなければ困難であり、抽象概念にうとい子どもたちよりも大人の方がそうした能力に長けているということのほか、特にお母さん方にとっては「星座=ロマンチック」という図式があり、余計に星座への関心が高いのではないかと私は考えています。

子どもを含めず「お母さんのための天体観望会」を企画すれば、案外と多くの需用が開拓できるのかもしれません。

写真:プレアデス星団(すばる)は老若男女問わず人気の天体

2007年12月08日

●1年ぶりの国立科学博物館

上野で無形民俗文化財関係の研究会に参加したついでに、1年ぶりに国立科学博物館を観覧してきました。
昨年、訪れた際には、本館が工事中で新館だけしか見ることができなかったのです。
きれいで明るく、展示も今風に垢抜けた新館と違って、古い西洋建築の本館は、重厚で懐かしい雰囲気にあふれていました。新館に比べると観覧者も少なく、磨り減った廊下や階段を歩くたび、静寂のなかにこつこつと足音だけが響きます。

あまり時間が無かったので、とりあえず私の専門である地学・生物学関係の展示を足早に観覧しました。
天文展示では、子供のころから何度も見たトロートンの屈折望遠鏡や江戸時代の観測機器などを懐かしく見学、また国内に落ちた隕石の展示も久々に見ました。
フーコーの振り子は昔ながらの位置にあって、これも懐かしく見学しました。

新しい展示物としては、万博で目玉となった360度立体映像を8分ほどの番組で見ることができました。
押すな押すなだったらしい万博と違い、見学者は10名ほど。
球形の部屋の中央にかけられた橋の上から、宇宙や海中、恐竜の映像を見る趣向は大迫力ではありましたが、いかんせん映像の鮮鋭度が低く、ぼやけた映像を全体の迫力で補っているという感じだったのが残念でした。
まあ、あれで映像が鮮鋭だったら、見学者の多くはめまいを起こしてしまうかもしれませんが・・・。

短い時間でしたが、久々の科博本館を堪能したひとときでした。
展示手法についても日進月歩で、学芸員の私にとっては大いに勉強になりました。

2007年12月10日

●スター・ウィーク実行委員会

今日は、国立天文台で開催された「スター・ウィーク実行委員会」に参加してきました。
「スター・ウィーク」は、毎年8月1日から7日を「星空に親しむ週間」として、さまざまな場所・さまざまな手段で星空を見上げてもらおうという趣旨で1995年から始まったキャンペーンです。
このキャンペーンが始まったのが、私の勤務する揖斐川町(当時は藤橋村)の西美濃天文台が主宰した「全国の天体観測施設の会」の席上だったこともあり、以来、実行委員としてキャンペーンの推進を手伝いさせていただいています。

このキャンペーンも、いつのまにか15年が過ぎました。
それなりに知名度も高まり、天文普及に少しは寄与をしてきたかなと思っています。

「天文」というと、ロマンチックな印象がありながら、実のところはかなり難しくマニアックな趣味です。
ごく一部の超ハイレベルの天文ファンが、高価な機材とプロの学者顔負けの知識でさまざまな成果を挙げているのがわが国の天文趣味世界であり、そうしたハイアマチュアの成果はすばらしいものではありますが、反面、非常に偏狭な側面があり、一般の方や初心者にとっては「高尚で難しくとっつきづらい」趣味分野でした。
天文という趣味はまさに「オタク趣味」であり、宇宙や星に興味関心を抱く人は決して少なくないにもかかわらず、そうした「小難しい」印象が強いため、なかなか裾野が広がらなかったのが現状だったのです。

「スター・ウィーク」でも、当初は全国に沢山ある公開天文台やプラネタリウムといった施設を対象にしたキャンペーンが多かったのですが、ここ数年は、一般の方が気軽に参加できるキャンペーンを徐々に増やしています。
一般の方が楽しく、しかも全国の仲間と同じ星空を見上げているんだという一体感のもとに夜空に親しんでいただければという趣旨です。

「スター・ウィーク」を通じて星空に親しんだ方々の中から、これまでの天文趣味分野にとらわれない広い視野を持った「天文ファン」が出てきてくれればいいなあ。
私はそんなことを思います。
晴れた晩には、家族で、友達同士で、ごく当たり前に星空を見上げ、語り合うことができれば楽しいですね。
そうそう、そのためには、日本の夜を侵食している「光害」も何とか減らさなくては・・・。

2007年12月12日

●女の子天文ファンが増加?

昨夜は、関ヶ原青少年自然の家に出向いての出張観望会でした。
呼んでくださったのは、岐阜県輪之内町の小学校3校合同の宿泊研修。
5年生が128人と先生数名で、会場となった研修室は熱気でムンムン。
残念ながら曇り空で、室内でのお話となりました。
私がスライドを使用して太陽系天体の説明、同僚のKさんが、会場に組み立てた望遠鏡を使用して、望遠鏡の仕組み+太陽や惑星の大きさの話と分担しました。
128人もいると、なかには詳しい子もいて、こちらが説明する前に「この星は○○星!」と言ってくれます。
また、今回、特に感じたのが「天文に興味を持つ女の子が多いなあ」ということでした。
天文という趣味は、以前は確実に「男の子の趣味」だったのですが、ここ10年ほど、星が好きな女の子が増えたような気がします。
今回は人数が多かったせいもありますが、熱心に質問をしてくれる女の子が多く、だいぶ天文趣味の世界も変わってきたのかなと感じさせられました。
そういえば、天文台にいらっしゃるお客さんでも、女性の比率が高いような気がします。
これはもちろん喜ばしいことではありますが、科学に興味をもつ男性が相対的に少なくなったと考えれば、喜んでばかりもいられないのかもしれません。

2007年12月14日

●雪道は恐ろしい!

私の勤務する揖斐川町藤橋地区は、日本海側気候に支配されることが多く、冬は時に2m以上の積雪があります。
そのため、冬場に星が見えることは少ないのですが、稀には良く晴れて、それこそ満天の星空が広がります。
ある冬、よく晴れた晩に、当時住んでいた村営住宅からほんの2kmほど離れた場所へ、冬山と星空の星景写真を撮りに行きました。
除雪されているとはいえ、道路は雪と氷で真っ白です。路肩には除雪された雪が1m以上の高さに積み上げられています。
天狗岳という形の良い山にカシオペア座が沈むのを見計らって写真を撮りました。

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気温は零下5度。雪山に囲まれた藤橋地区は、いわば天然の冷凍庫となり、恐ろしく寒いのです。
撮影を終わって車のエンジンをかけ走り始めたとき、異変に気づきました。
ほんの100mほど走行するだけで冷却水の温度がレッドゾーンに達してしまいます。
原因はひとつしかありません。ガチガチに凍った道を走行するうち、岩石のように固まった氷塊を巻きこんで冷却水のタンクを破損したのです。
こんなこともあるんだなあと思いましたが、とにかく帰らねばなりません。
100m走ると水温が上がってしまうので(というよりほとんど空冷状態です)、100m走っては止まって水温が下がるのを待ち、また走ってはエンジンを冷やす繰り返しで、たった2kmほどの距離を帰るのに1時間以上かかりました。
やはり雪道というのは恐ろしいものです。
冬場の星見は、藤橋のような雪深い場所では命がけだなあと思い知らされたエピソードでした。
写真は、そのとき撮ったものです。
命がけで撮ったとは思えない写真でしょ。

2007年12月16日

●ふたご座流星群悪天候

この土日は、年間で最大の出現数を誇る「ふたご座流星群」の極大日でした。
仕事が休み、しかも夜半前に月が沈むという絶好の条件だったので、おおいに期待していたのですが、冬型が強まって、金曜の晩から日曜日にかけては曇りときどき雨というあいにくの天気。
結局、観測はまったくできませんでした。
晴れたのは関東地方の一部だけだったらしく、全国的にも観測量はごくわずかのようです。

最近でこそ、小惑星と彗星の境界が曖昧となり、小惑星起源の流星群もいくつか候補があげられていますが、ふたご座流星群は、小惑星を母天体とすることが確定した初めての流星群です。
毎年、安定した出現を見せ、月齢や天候に恵まれれば、1時間あたり100個以上の出現を見ることも珍しくありません。
そのかわり、派手さはなく、2等級前後で光度変化が少ない流星が次々に出現します。
輻射点は、日没時にはすでに東天に昇っていますので、一晩中観測が可能です。

学生時代から30代前半までは、年間に30夜以上、流星の眼視観測を行なっていましたが、最近では忙しいのと天候に恵まれず、かなりペースダウンしています。
今回のふたご座流星群で気合を入れようと思っていただけに、悪天候が本当に残念でした。

2007年12月17日

●縄文土器を撮る

今日は、揖斐川歴史民俗資料館で開催していた旧徳山村に関する特別展の撤収作業を行いました。
徳山ダムに沈んだ徳山村は、福井県と岐阜県の県境に位置する山深い村で、縄文時代から人が居住し、多くの遺跡が発見されています。
展示では、縄文時代から近世までの遺物を展示するとともに、旧藤橋村との合併によって弊村となり、さらにダムの湖底に沈むまでを写真と民俗資料で展示してありました。

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私は、そうした資料の片づけとともに展示状況や資料の写真撮影を担当しましたので、じっくりと土器や石器を観察することができました。
「美濃の火焔土器」とも称される独特の形状をした土器など、縄文人の芸術感覚にあらためて感心するとともに、現代人と同じく、毎日、さまざまな思いを抱えながら、そうした道具を使用していた数千年前の日本人に思いを馳せた次第です。

写真:「美濃の火焔土器」とも呼ばれる独特の土器

2007年12月18日

●星空を見上げよう

 星空の美しい季節になった。仕事の帰りなど、つい何分間も夜空を見上げてしまう。そして、星までの距離に思いを巡らす。

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 冬の代表的な星座であるオリオン座の1等星、ベテルギウスまではおよそ500光年。今晩見えるベテルギウスの光は、500年前の姿を見ていることになる。他の星もみな、それぞれ異なった距離にあり、地球はそうした無数の星ぼしのなかにポツンと浮かんでいるのである。
 星は、私たちが見ることのできるもっとも遠い自然だ。しかも、晴れてさえいれば誰でもどこでも無料で、地球を囲む宇宙の姿を思い巡らすことができる。そう思って見れば、夜毎の星空は何と神秘なことだろう。
 テレビやゲームに浸る時間を少しだけ割いて夜空を見上げてほしい。地球の小ささ、そして、そんな地球の恵みを受けて私たちが生かされていることに誰もが気づくに違いない。

写真:オリオン座大星雲M42(60cmF10反射直焦点)
(2007年1月 中日新聞掲載)

2007年12月20日

●小学校の理科専門教員配置

政府の教育再生会議最終案によれば、近年の学力低下対策の一環として、小学校への理科専門教員配置を盛りこむそうです。
学力低下は「ゆとり教育」の弊害であるとも指摘しています。
ようやく理科専門教員を配置する必要性に気づいたのかと呆れると同時に、「ゆとり教育」を提唱・推進した政府自身が「ゆとり教育」こそ学力低下の原因であると決めつける定見のなさにがっくりきました。
結局、学校の先生や親、何よりも子どもたち自身が政府のあやふやな方針に右往左往させられただけです。

理科教育の重要性がようやく見直されたのは嬉しいことですが、たとえば天文学を含む地学関連の授業は、小学校、中学校、高校と、ここ10年間、一貫して削減され続けてきました。
その理由はいくつかありますが「星の観察は夜間なので指導が困難」「天文学に詳しい教師がいない」また「フィールドで実習を伴う地学の授業は時間やフィールドの確保が困難」「詳しい教師がいない」などが主なものです。
理科専門教員が確保され、理科の授業に欠かせない実験やフィールド実習がまともに行われるようになれば大歓迎です。
しかし、夜間には授業が行えない、フィールドに出る時間や場所が確保できない」といった問題は、たとえ専門教員が確保できても解決できず、かえって専門教員の士気を阻喪させる結果に終わるのではないかという危惧を拭いきれません。

また「ゆとり教育」が学力低下の原因という決めつけはあまりに短絡的です。
教育は、ただ詰めこめば良いというものではありません。
身の回りのことに疑問を持ち、自然や人文のシステムを論理や情感に基づいて考察する心の余裕がなければ、単に知識を入力しただけに終わってしまいます。
本来「ゆとり教育」の目的は「考えさせる」ことにあったはずなのですが、やる気のある教師ほど授業以外の雑事に追われ、おざなりに時間を消化するだけで本来の目的に沿った教育ができたとは言い難かったのが「ゆとり教育」の実態でした。
子どもたち、そして教師が「楽しくない・無理矢理やらされている」教育が、血肉となるはずはありません。

私は、公開天文施設に勤務するという仕事柄、星空や宇宙に興味を持つたくさんの方に接しますが、子どもも大人も、天文学に非常に純粋な興味・好奇心を抱いています。
これは天文学だけではなく、他の理科教育分野でも同様です。理科への興味関心は決して低くないのです。

理科教育は、何よりも実物に接しなければ興味関心が喚起されませんし、教育効果も上がりません。
基本的に座学のみで行われてきたわが国の理科教育を、フィールド中心に変革しないことには、たとえ専門教員が採用されても教育効果は得られないと思います。
教育再生会議は、ただ専門教員を採用するという小手先の手法ではなく、わが国の理科教育のポリシーそのものを見直す姿勢を見せなければなりません。
しかし、「ゆとり教育」こそが学力低下の原因だった、などといういかにも表面的な見解を恥ずかしげもなく述べる政府と教育再生会議に、そうしたポリシーが果たして本当にあるのだろうかと疑問を抱かざるを得ないのです。

2007年12月22日

●鳥獣駆除法にふたつの問題点

 農作物を荒らすイノシシ、シカ、サルなどへの対策を進め、自衛隊も協力できる「鳥獣被害防止特措法」が成立した。成果を期待する農村が多く、自衛隊の平和利用と思える法だが、ふたつの大きな問題点を含んでいる。
 一点は、自然保護の視点である。過疎化にともない、鳥獣による被害は確かに拡大している。だが、生息数や生息域を調査しないまま組織的駆除をすれば、生物多様性の維持や生態系保全に大きな影響を与える。
 また、鳥獣駆除の権限が都道府県から市町村に移るが、自然環境や生態系に関する専門知識を持つ職員がいる自治体はほとんどない。結果として、地域の種を絶滅に追い込む可能性が高い。
 もう一点は、鳥獣駆除が自衛隊の本来任務なのかということだ。災害出動ならいざ知らず、鳥獣を捕らえ、あるいは殺す任務に、国防という重要な使命を担う自衛官が誇りをもてるだろうか。
 こう考えると、この法は組織的に生態系を破壊し、自衛官の士気を阻喪させるものと言わざるを得ない。

(2007年12月 朝日新聞掲載)

2007年12月24日

●カマキリの卵のう

自宅近くの湿地を歩いていて、カマキリの卵のうを見つけました。
オオカマキリの卵のうで、この中に数百個の卵が入っています。

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星を好きになる前(小学校4年生頃まで)の私は昆虫少年でした。
そのころは東京でもけっこう空き地があって、背丈よりも高い草が生い茂る原っぱに分け入り、虫を探すのが放課後の楽しみでした。
特に好きだったのがカマキリです。
カマキリというと、他の昆虫を捕らえて食べることや、大きな鎌を持つ独特の形態から、あまり好きじゃないという人が多いのですが、なぜか私は大好きで、原っぱでカマキリを集めてきては庭に放して観察していました。
カマキリのどこが好きなのさ、と言われても確と答えることは難しいのですが、肉食に特化したシャープな体型や、獰猛そうでいながらどこか抜けている顔つき、動作が好きなのかもしれません。

そのころほどの熱意はありませんが、今でもときどき、カマキリを探しに行きます。
どこにでもいるのは、オオカマキリやふつうのカマキリ(チョウセンカマキリともいいます)、コカマキリです。
この3種に対して、ハラビロカマキリは生息数が少なく、見つけると嬉しくなります。
東京から岐阜へ転居して嬉しかったのが、関東には生息していないヒメカマキリが生息していることです。
非常に小型のカマキリで、幼生はちょっと変わった形態をしています。

晩秋にかけて、車を運転していると、ほどよく暖まったアスファルトの道路で駘蕩としているカマキリをよく見かけます。
そのままでは轢かれてしまいますので、安全な場所に車を停めて、カマキリを草むらへ戻してやります。
卵を産むまで無事でいろよ、と心の中で念じつつ、ふたたび車に乗りこむのです。
たかがカマキリごときでアホか、と思うかもしれませんが、虫好きの心理というのはそんなものなのです。

2007年12月26日

●過疎化と消防団

昨夜は、消防団の定例会に出席しました。
都会に住んでいる方にはなじみが薄いでしょうが、地方では消防団という組織が厳然として存在し、適齢期の男子が召集されます。
もちろん、都市部にも消防団はあり、地域の防災に活躍しているのですが、サラリーマン世帯がほとんどの都市では、団員となっているのは役所職員、商工業者などであるため、一般にはなじみが薄いのです。

通常、消防団に召集されるのは20代から30代前半の若者です。
火事場や行方不明者捜索にかり出されるため、足腰の丈夫な若い衆でないとつとまらないためです。
ところが、揖斐川町藤橋消防団では、定年が50歳となっています。
これは若年人口が少なく、消防団員のなり手がいないことによるのですが、実際の現場では、40歳過ぎの高齢者?がどれほど役に立つかは疑問です。
それでも団員として登録しなければならないところに少子高齢化と過疎に悩む田舎の実態が現れているといえるでしょう。

私は、藤橋へ移住してすぐに召集がかかりました。
東京在住中はなじみのなかった組織ですから、正直言って当初は戸惑いました。
仕事がら、土日や夜間に勤務することが多く、活動に出られないことも多いのですが、参加できるときには出るようにしています。

最近は、田舎暮らしブームで、マスコミ等では田舎のすばらしさばかりが喧伝されます。
でも、実際に住んでみれば、消防団始め地域のさまざまな役割を担わねばならず「のんびりした田舎暮らし」とはほど遠いのが実情です。
田舎暮らしを取り上げるテレビ番組や雑誌・新聞等は、お決まりの「自然農法」や「ログハウス」ではなく、もっと生活に密着した話題を扱ってほしいといつも思います。

2007年12月28日

●26日のHolmes彗星

一昨夜、最近では珍しく晴れていましたので、15cm双眼鏡を車に積んで揖斐川町谷汲まで月が昇るまでの間、星を見に行きました。
とはいっても、現地に着いたときには月齢17の月が昇り、空はかなり明るい状態でした。
Holmes彗星はどうなっているかな、と双眼鏡を向けてみると・・・。
いました。
超巨大。超拡散。
月がなければそれなりに良く見えたでしょうが、2.7°の視野半分が彗星です。
細長く伸びた姿はM31を淡くしたようでしたが、どうやらコマの明るい部分だけが見えているらしく(たぶん太陽と反対側のリム)、実際は相変わらず「おばけのQ太郎」的姿をしているのではないかと思いました。
非常に大きいために明るさはわかりづらいのですが、全光度(彗星全体の明るさを一点に集約させた明るさ)では恐らく4等台です。
月がなければ肉眼でも見えたでしょう。
核はなく、淡い雲の塊という状態でした。
8P/Tuttle彗星も見るつもりでしたが、霧が出てきたので撤収しました。
8Pは、全光度で6等台らしいので、今度晴れたら確認してみるつもりです。

2007年12月29日

●ウチの猫紹介「トトト」

ウチの猫部屋に7匹いる猫のうち、今回は「トトト」をご紹介。

「そんなにたくさん猫を飼っているなんて、ずいぶん猫好きなんですね」
よくそう言われます。
ウチの家族が動物好きなことは確かですが、ウチで飼っている猫はどれも、もともと捨て猫でした。
そのままでは野垂れ死にするか保健所に連れて行かれるかという運命の猫を引き取って育てており、その意味では、愛玩用というよりは保護を目的としている方が正しいかもしれません。

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トトトは、ウチで保護した5匹目の猫です。
藤橋在住中に保護したもので、当初はごく小さく、かわいい子猫に見えました。
で、保護してからわかったのですが、実際は生後数ヶ月は経っていて、体が小さかったのは単に栄養不足で成長が遅れていたためだったのでした。
そんなわけで、餌を食うわ食うわ、しかも野良生活が長かったために性格はひねくれ、毎晩先住の猫たちと大喧嘩。
そんな暴れん坊の期間が1年くらいあったでしょうか。
毎日他の猫の2倍以上餌を食べたこともあって、急速に成長、やがて横にも成長し始め、今では猫部屋いちばんのデブさんになってしまいました。
でも、あれほど荒くれていた性格はなぜか一変、自分から甘えてきたりはしないものの、野良猫的性質は影をひそめ、いつもあまり動かず大人しい猫になりました。

よく見ると目が小さくてお年寄りみたいですが、全体的にはかわいいので、猫部屋を訪れる近所の子供たちには好評です。
次回、ご紹介する「くろ」と仲がよく、どちらもいつも隅っこで大人しくしていることからウチでは「引きこもり仲間」ということになっています。
ちょっと下部尿路疾患っぽい(そうそう、オス猫です)ので餌には気を使いますが、じっと見ていると何となく癒される猫ではあります。

2007年12月30日

●名鉄揖斐線廃止後の現状

 大野町内を通っていた名鉄揖斐線が廃止されて2年になる。営業的には赤字だったものの、過疎地のローカル線とは異なり、通学・通勤以外にも多くの旅客需用を擁する都市型の路線であった。そうした路線を廃止することに当初から危惧の念が持たれていたが、廃止から2年が過ぎ、地元では廃止は早計だったのではないかという声が次第に大きくなってきているように思われる。

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 最も直接的な影響を被ったのが高校生だった。廃線にあたって、地元自治体では岐阜・大垣方面へ直通するバス路線を整備したが、学校へ着く時刻が早すぎる、あるいは渋滞で発着時刻が読めないなど、結局は保護者が車で送迎、あるいは40分以上もかけて自転車通学するといった方法を取らざるをえなくなった例が多い。私の娘もそうである。
 車を運転できない高齢者は移動の手段を失い、岐阜の柳ヶ瀬をはじめ各駅前の商店は寂れてしまった。電車の利用者が車に流れたために道路交通量は増加し、温暖化に拍車をかけている。
 企業の論理から言えば赤字線廃止は有効な選択肢だが、地域インフラの維持、あるいは地球環境保護という視点から考えると、収支だけで安易に鉄道を廃止してはならないはずだ。名鉄揖斐線が廃止された今、地元利用者としてそのことを痛感している。

写真:先に廃止された揖斐線・谷汲線とのジャンクションだった黒野駅
(2007年7月「鉄道ジャーナル」誌掲載)

2007年12月31日

●雪の大晦日

施設点検のため、藤橋城周辺に行ってきました。
旧久瀬村まではほとんど積雪がなかったのですが、藤橋に入ると雪景色となり、横山ダムから北はどんどん雪が増えて、藤橋城周辺は20cmほどの積雪でまっ白でした。

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歴史民俗資料館の鴨と鯉に餌をやり、藤橋城、天文台の外観をぐるりと点検。
誰も訪れた人はいないようで、雪の上に足跡はまったくありませんでした。

大雪という天気予報ですが、今日のところはさほどでもありません。
でも、風向きの関係で、きっと明日には西濃地方でもかなりの降雪があるのではないかという気がしています。
去年みたいに雪が全くないのもどうかと思いますが、やっぱり雪はいやだなあ。