2008年01月02日

●年頭論説「2008年日本はどうなる」

明けましておめでとうございます。

2008年、今年はどのような年になるのでしょうか。
年頭にあたり、社会や経済の情勢も踏まえて今年の予測を・・・。
(のっけから小難しい話題ですみません。いろいろと危機感を募らせているので・・・)

まず、今年最大のキーワードは「環境」になると思われます。
日本が議長国をつとめた京都議定書の第一約束期間が今年から始まります。1990年を基準として、今後5年間で温暖化ガスの排出量を日本は6%削減する義務を履行することになります。
ところが、日本はEU諸国などに比べると温暖化対策に及び腰の感が否めません。温暖化対策は成長を阻害するという経済界の反対が強いためです。
ただ、温暖化対策=環境対策が成長を阻害すると考えているのは先進国ではアメリカと日本だけ。世界の趨勢は、環境が今後、最大のビジネスチャンスをもたらすと考える方向にあります。
世界一の環境技術をもつ日本が本気で温暖化対策に取り組むならば、国際社会の尊敬を集め外交面で非常に有利になるとともに、さまざまな点で行き詰まりを見せている経済面でも活性化の道が開けてきます。
国策として、温暖化対策への抜本的取り組みは避けて通れないところです。
その意味では、今年からの政策決定いかんでわが国の将来が決まると言っても過言ではないと思われます。

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さて、経済面ですが、原油価格は当分、高止まり状態が続くと思われます。投機マネーの行き先が他にない現状、化石燃料に頼るわが国のエネルギー政策を大幅に変更しなければなりません。
低迷する株価ですが、日本企業の業績は好調です。にもかかわらず株価が低迷しているのは、外国人投資家が、日本という国の経済力を基本的に低く評価しているために他なりません。
外国でちょっとした問題が起こるだけであたふたと動揺する政府が信用されていないのです。
先に述べた温暖化問題への取り組みやエネルギー政策で現在のような腰の定まらない状態が続くならば、日本の信用はいっそう低下します。
肥大化する長期債務問題も信用力低下に拍車をかけています。思い切った歳出削減が必要なのですが、今もなお公共事業に頼ろうとする体質を根本から改めなければ歳出削減は不可能です。
温暖化対策の項でも述べたわが国の経済界のどうしようもない考え方の古さ、そして戦前の軍部のような古めかしく因習にとらわれた経済界と利権で密接に結びついている政治をなんとかしなければ、近い将来、国債の暴落、あるいは大幅な格付け低下という、戦慄すべき結果を招来する可能性があります。

格差問題についても、貧富格差、地域格差双方ともに、短期的な解決は無理でしょう。
なぜなら現在の格差問題を生み出したのは、戦後60余年にわたる政策の結果であり、それほど長期にわたった政策のツケを数年で解消することは困難と思われるからです。
国民を享楽という麻薬で痴呆化させ、政権安定と経済振興につとめてきたツケが回ってきたのです。
もちろん、選挙という民主的制度が確立したわが国で、そうした政策を行ってきた政治家を選んできた国民がその責を負うことは言うまでもありません。

幸いというべきか、今年は衆議院の解散総選挙が(たぶん)行なわれるでしょう。
民主党は頼りにならないだとか、自民党も民主党も政策に変わりはないなどとうそぶく人もたくさんいますが、自民党が頼りにならないのは、上述したような、現在のわが国が置かれた危機的状況をみても明らかですし、イデオロギー論をいまさら持ち出すような時代を超越した方はともかく、自由主義の国際社会・経済社会において、それほど毛色の変わった政策など打ち出せるはずはありません。
要諦は「澱んだ水は腐る」ということです。
2大政党が切磋琢磨することで緊張感が生まれます。経団連などの圧力団体との癒着構造もある程度は打破できます。
私は民主党支持ではありませんが、硬直化したわが国の政策と利権構造に楔を打ち込み、先に述べたような刷新的な政策を打ち出さなければ、ありていにいってこの国の将来はないと思えるのです。
抜本的革新のために現在とれる手法は政権交代しかなく、受け皿は民主党しかありません。
私は、総選挙の結果、民主党が政権を取ることを強く望みます。逆説的ですが、そうして初めて、自民党も本来持っているポテンシャルを発揮できるようになるはずです。

「なんだかまっちゃんらしくないことを書いてるなあ」と思われるかもしれませんね。
でも、実は私は経済学部出身なのです。
小泉さんの唱えた「改革」はまやかしに近いものでしたが、今年は本当の改革を、政府・政党・国民一人一人が行わなければ、この国は滅びます。
私も、公私共に「改革」を心に秘めながら今年の歩みを進めていこうと思っています。

天文のことも書こうと思ったんですが・・・。
それはまた近いうちに。

あー、長い文章だ。正月からこんなの読む人いるんだろうか・・・。

写真:日本最大の徳山ダム。莫大な公共事業費を投入したダムの得失は?

2008年01月03日

●雪の新春

昨夜は正月早々、宿直でした。
夕方、藤橋に着くと一面の雪で車を停める場所もありません。
積雪は25cm程度でしょうか。
お正月ということもあって、一本の電話もなく、テレビでウィーンフィルの新春公演を見ながら、読書をして過ごしました。

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翌朝(つまり今日)は、天文台やプラネタリウムのある鶴見まで足を延ばして施設点検。
とはいえ、雪が深くて天文台まで上ることは断念、道路から見ただけでした。
鶴見の積雪は40~50cm。これだけ雪があると、長靴で歩くのもいちいち踏み固めながら進まなければならないのでちょっとした距離を進むのも一苦労です。

人影はなく・・・と思っていたら数台の車が。
どうやらハンターのようです。
「正月から殺生かよ」と思ってしまいました。

ハンターたちが去ってしまえば、辺りはあくまで静寂。
曇り空の雪景色が墨絵のようでした。

写真:揖斐川雪景

2008年01月04日

●夕空の彗星ふたつ

夕方から久しぶりに晴れたので、折から明るくなっているTuttle彗星と「まだ見えている」Holmes彗星を、仕事帰りに観測してきました。

当初は職場のある揖斐川町藤橋で見ようと思っていたのですが、急に霧が湧いてきましたので、揖斐川町谷汲まで山を下り、田んぼの中で15cm双眼鏡を組み立てました。

低空にモヤがあるものの、まあ快晴。
最初にTuttle彗星を見たところ、光度5等、視直径10分以上と、明るく大きな姿が視野に飛びこんできました。尾はなく大きく拡散したイメージです。中央集光はそこそこ。以前の回帰の際にも、同じような姿を見たことを思い出しました。
どうやら、彗星という天体は、回帰のたび、彗星ごとに毎回、固有の姿を見せる傾向があるようです。今回、Holmes彗星がバーストしましたが、バースト時のイメージが発見時の大増光の際とまったく同じでした。何度も回帰を観測したことのあるEncke彗星なども、いつも非常に拡散した独特のイメージです。
彗星が増光した際のイメージは、その彗星固有の物理組成と密接な関係があるような気がします。

次に、Holmes彗星にレンズを向けました。
いやはや、とにかく大きい。そして拡散しています。
視直径は45分、東西に伸びた、核はおろか中央集光もほとんどない霧のようなイメージ。
透明度の悪い空で見たM33という感じでした。
それでも、全光度は5等台だと思います。比較星をいくつ選んでも、大きすぎて光度目測ができません。
1月初旬に再バーストという噂もありますので、まだまだ油断のならないHolmes彗星です。

2008年01月05日

●年末年始に読んだ本から

今日は、年末年始に読んだ本をご紹介。
相変わらずジャンルがバラバラですが・・・。

1.「うみのふた」 よしもとばなな
故郷の海辺でかき氷屋を始めた「私」と、ふとした縁でかき氷屋を手伝うことになった少女の交流を描く。
作者独特の、諦観の上に未来へとつながる切なさをさりげなくまとめた佳作。

2.「森を守れ」が森を殺す  田中淳夫
林学を学んだ著者が、巷間で流布されている森林保護や環境政策に関する学問的裏づけを検証し、本当の自然保護とはどうあるべきかを語る。現在はフリーのライターだが、緻密な取材に基づいた文章は浮ついた箇所がない。

3.「野仏の見方」  外山晴彦
地蔵や庚申等、道祖神といった路傍の仏の系統を明らかにし、そうした石像物にこめられた日本人の心の襞に触れる。写真主体で気軽に読める本。

4.「ママさまは不思議の人」  斎藤茂太
斎藤茂吉の妻であり、世界中を旅する「快妻オバチャマ」としても名高かった斎藤輝子氏の自由闊達かつ奇行に溢れた生涯を、茂吉・輝子の長男が、精神科医としての考察を交えながら綴っている。弟の斎藤宗吉(北 杜夫)や輝子の父の紀一も含めて、斎藤家の才気溢れる躁鬱気質ともいうべき血筋が読み取れる。

5.「ヴェイスの盲点」「アンクスの海賊」  野尻抱介
「ロケットガール」シリーズや「太陽の簒奪者」等、リアリティ溢れるハードSFの旗手である著者の初期SF連作「クレギオンシリーズ」の2作品。
スペースオペラ的要素もふんだんに交え楽しませながらも、作中に出てくるさまざまな技術は現在の科学の延長線上にあるところが天文ファンにはたまらない。

6.「永遠の出口」  森 絵都
児童文学の賞を片端からもぎとってきた著者が、一人の少女の小学生から高校卒業に至るさまざまな事件や人との触れ合いを、時にユーモアを交えて語りつつ、現代に生きる「ふつうの女の子」の揺れ動く心や家族との距離感を鮮やかに描き出す。

7.「永遠の緑色」  片岡義男
片岡義男と聞いて、ただおしゃれな小説を思い浮かべた方は、ちょっと認識不足。
現代の片岡義男は、辛口の環境保護論者として名高い。そんな著者が、絶滅危惧種や世界の環境破壊を危機感と絶望感を込めて論じた恐ろしく真面目な著書である。この本を読むと、かつての「おしゃれな」小説も、その根底には、自然環境への深い造詣と愛情が隠されていることがよくわかる。

8.故郷(ふるさと)の再生の道  野添憲治
急速に過疎化と高齢化、そして荒廃が進行する農山村の実態をレポートしながら、農林業の前途を憂慮し、農山村の復興の道を模索する。
人口450人の旧藤橋村に10年在住し、現在も同地に勤務する私にとって、身につまされる報告事例ばかりであり、歪んだ成長を遂げてきた日本の将来を憂慮したくなる。

この他にもたくさん読んだのですが、長くなるのでこの辺で。
読書は楽しいですよね。
でも、今夜は「のだめカンタービレ」を見ていたので、本を読む時間がありませんでした。むむ。

2008年01月06日

●我が家は変人趣味家族?

今日は午後いっぱい、小説の推敲をして過ごしました。
私には珍しい?200枚ほどの恋愛小説です。
そのかたわらで娘はパソコンに向かいイラストを描き、カミさんは2階で日本画を描いていました。
家族3人がそれぞれの趣味活動に没頭していたわけで、我が家では珍しくない姿です。

このように、ウチの家族は、休日でもあまり遊びに行ったりせず、趣味活動に費やすことがほとんどです。
私がたまさか外へ出るときも、星を見に行くか自宅近くの湿原で虫や植物を観察しに行くなど、やはり趣味活動ばかりで、家族でレジャーや買い物に行くなどといった普通のファミリー的行動はあまりとりません。
我が家はどうも、少しく変わった家庭のような気がします。

こう書くと、我が家はいかにも個人主義でバラバラのようですが、決してそんなことはなく、仲の良い家族です。
ただ、私が星と物書き、読書、自然観察、カミさんが絵画と音楽、娘がやはり絵画と音楽と、いかにも世の中の役に立たない、しかも時間のかかる多くの趣味を愛好しているために、少しでも時間があると趣味活動に専念せざるをえないわけです。

そうそう、猫が7匹、うさぎが1羽いますので、そのお世話もしなければならず、休日もなかなかに忙しい我が家です。

2008年01月08日

●冬の代表的な星座「オリオン座」

 豪華絢爛な冬の星座の中でも、もっとも美しいのはやはりオリオン座だろう。オリオン座は、夕方には東の空に昇り始め、今の時期なら午後9時半ごろにはほぼ真南に昇りつめる。
 全体としては三つ星を真ん中に配した四角形をしており、左上には赤い1等星のベテルギウス、右下には青白い1等星のリゲルが輝きを競うかのようにきらめいている。三つ星の下には縦に並んだ小さな三つ星が見えており、これは小三つ星と呼ばれている。この小三つ星の真ん中の星は、目がいい人ならば、
ぼんやりぼやけて見えるのだが、これは実は星ではない。オリオン座大星雲と呼ばれる星雲(宇宙空間のガスの塊)である。

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 ベテルギウス以外の主要な星は、はるかな過去、この大星雲から生まれた星であると言われている。オリオン座の星々が宇宙空間で描いている運動の方向を逆にたどると、そのほとんどがオリオン座大星雲に集まってしまうことからわかってきたのだが、最近の研究では、大星雲の中では今も、新しい星が次々に産声を上げているらしい。オリオン座大星雲は、星のお母さんというか、とにかくそんな存在らしいのだ。
 ところでオリオン座には、もうひとつ、たいへんに有名な星雲がある。M78星雲、そう、ウルトラマンの星だ。M78星雲は、三つ星のいちばん左側の星のすぐ上に実際に存在する。望遠鏡を向けるとウルトラマンが見える・・・はずはなく、オリオン座に実在するM78星雲とウルトラマンは、本当は何の関係もない。M78もやはりガス星雲である。それもほとんど真空と言ってもいいくらい、希薄なガスの集まりだ。いかにウルトラマンといえども、こんな薄いガスの中では暮らしていけませんよね。

(初出:1992年12月 岐阜新聞連載「岐阜星見人」)
写真:西美濃天文台のドームスリットから見たオリオン座

2008年01月09日

●娘は今日も絵を描く

前々回に「我が家は変人趣味家族?」として、娘がパソコンで絵を描いていることを書きました。
カミさんの血筋なのか、小さな頃から娘は絵が得意でした。
本人に言わせれば「自分は絵しか取り得がないから」とのことですが、親の欲目を差し引いても下手ではない気がします。

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去年、パソコンを買ってやってからは、少し時間ができるとCGに取り組んでいます。
そんな娘の最近の作品を紹介(親バカだね)。
ビジュアル系ロックバンド「ナイトメア」のギター「咲人さん」を描いた絵です。
イラスト投稿サイトでもけっこう人気を博したようです。

http://www.cgillust.com/ja/index.html

「lenn」という名前で投稿しているので絵が好きな人は見てね、とのことです。

2008年01月10日

●夕映えの天狗山

年末年始に降った雪もだいぶ溶けてきました。
とはいえ、揖斐川町山間地の山はまだ深い雪に覆われています。

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写真は、揖斐川町藤橋と坂内にまたがる天狗山。
天文台やプラネタリウムがある揖斐川町鶴見地区へ行く際に、横山ダム湖の対岸に見える姿の良い山です。
標高は1149m。
天狗山に限らず、越美山系の山は、ほとんどが標高1000m内外となっています。
これは、大昔にこのあたりの山が浸食によって削平され、準平原というほぼ同じ標高の大地状地形となった後で再び隆起活動が起こったため、どの山もおおむね同じ程度の標高となっていることによります。

平素から美しい姿の山ですが、こうして雪が積もると、いっそう立派に見えます。
夕日に照らされた山頂付近はさぞかし寒いことでしょう。

2008年01月12日

●温暖化対策こそ国策だ

 今年から京都議定書の第一約束期間が始まる。事実上の環境元年とすべき今年だが、日本政府の対応は鈍く、国際社会の模範になっているとは言い難いのが実情だ。
 日本の温暖化対策が進展しない主要な原因に経済界の反対がある。温暖化対策は成長率の鈍化を招くという主張が政府の足元をふらつかせているのだ。
 だが考えてほしい。日本には世界をリードできる環境技術がある。温暖化をはじめとする環境問題が地球規模で論議される今こそ、良い意味で日本が世界のリーダーシップをとれるまたとない機会だ。のみならず、経済面でも大きなチャンスが訪れようとしている。近い将来、環境ビジネスはますます大きな市場になるだろう。日本が今後も経済立国を目指すのであれば、温暖化対策は大きなビジネスチャンスとなるはずである。
 このように、議長国であり優秀な環境技術を持つ日本が率先して温暖化対策に邁進することは、地球の危機を救うだけでなく、国策としても非常に重要なことである。政府の「迷わない本気の取り組み」を期待したい。

2008年01月13日

●久しぶりの東大和市立郷土博物館

父の病気の関係で東京へ来ています。

今日の午前中は、実家近くにある東大和市立郷土博物館のプラネタリウムへ行ってきました。
この博物館は、私にとって思い入れの深い施設です。

まだ博物館の計画もない頃、私は民間企業で仕事をしながら学芸員試験の勉強をしていました。
2年間の勉強の結果、資格を取得した私は、それまでの勉強を活かして「となりのトトロ」で知られる狭山丘陵をテーマにした博物館を東大和市に建設する提案書の作成を始めました。

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私の育った東大和市は「となりのトトロ」で知られる狭山丘陵を抱える緑豊かな街です。子供の頃から狭山丘陵の自然の中で遊んできた私は、東京というコンクリート地獄の中の緑のオアシスとも言うべき狭山丘陵を、東大和市が誇る大きな財産にしたい、博物館での研究活動を通して、失われゆく丘陵の自然を保全してゆきたいという夢を描いて、市当局に建築設計と展示設計のモデルプランを提示したのです。
その際、夜空が描く自然の姿として星をとらえ、またドームスクリーンにさまざまな映像展示を映し出せる施設としてプラネタリウムの併設をも提示しました。

その結果、さまざまな紆余曲折もありましたが、市民や議員さんのバックアップもあって、ほぼ私の思い描いたとおりの博物館が建設され、五藤光学製の投影機を備えたプラネタリウムも併設されました。
そうした意味で、東大和市博物館は、私の手がけた初めての大きな仕事であり、人生のモニュメントともいうべき施設となったわけです。

岐阜へ転居してからは、頻繁に顔を出すことはできなくなりましたが、幸い熱心な天文担当のNさんが赴任され、今に至るまでさまざまな活動を行ってくれています。
今日はNさんとも久しぶりに会うことができ、1時間ほど、さまざまな話をすることができました。

Nさんと話しながら、思えばあれから20年近くが過ぎてしまったのだなあと、改めて感慨を新たにした東大和市立郷土博物館訪問でした。

写真:博物館の外観。銀色のドームがプラネタリウム。

2008年01月14日

●メガスターを見てきました

今日は、川崎市青少年科学館へ行ってきました。
ここのプラネタリウムは、メガスターⅡと五藤光学の光学式投映機を併用しています。
メガスターといえば、従来の光学式投映機が肉眼で見える極限等級である6等星程度までしか投映できなかったのに対し、肉眼では見えない10等以下の星まで映し出せる、光学式プラネタリウムの革命と言われた機械です。
実を言えば、これまで私はメガスターを見たことがありませんでしたので、岐阜への帰路、ふと思い立って立ち寄ってみたのです。

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肝心の星像ですが、さすがに星の数は多く、前編の星座解説に使用した五藤光学製の投映機と較べると、像のシャープさを含めてまったく異なる次元の違うものでした。
ただ、星数が多すぎるのと星の輝度が高すぎて、不自然な感じは否めません。
もちろん、従来の投映機とそのあたりを差別化したのがメガスターですから、批判するわけではないのですが、しっとりと穏やかな日本の星空が従来機とすれば、メガスターは光害と湿気のない大陸の砂漠で見上げた星空という印象がありました。
誤解のないように付け加えますが、五藤製の従来機も星像は美しく、決して劣っているわけではありません。開発コンセプトが違うという意味で、次元が異なると書いたわけです。

45分間、生解説をするのは楽ではないのですが、女性解説者のトークはよどみなく温かみがあり、非常に好感が持てるもので、寒い中、足を運んだ甲斐がありました。

写真:科学館の外観。大きなドームがプラネタリウム。小さいドームには天体望遠鏡が納められていますが、曇天のため昼間の天体観察はできませんでした。

2008年01月16日

●真冬の鍾乳石?

午前中、遺跡包蔵地の調査で天文台からさらに揖斐川を溯った谷まで行ってきました。
正月に降った雪もだいぶ溶けて地面が見えている場所もあり、仕事はスムーズに進みました。

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写真は鍾乳石?ではなく、林道脇のつららです。
雪は消えつつあるとはいえ、厳しい寒さには違いなく、崖をわき水が滴っている箇所にはこのようなつららがたくさん下がっていました。

地球温暖化が進み、都会暮らしの子どもたちのなかには、つららはおろか、氷や霜柱さえ見たことがない子も増えているようです。
やはり冬はきりっと寒く、夏はからっと暑く、というのがあるべき自然の姿ですね。

2008年01月17日

●車に乗らずに見える景色

 このところ、「歩いて自転車に乗る」ことを心がけている。公共交通のない勤務先へは車で通わざるを得ないが、自宅近くの買い物やちょっとした所用はできるだけ車を使わない。
 徒歩や自転車の利点は、当然ながら環境に優しいことだ。次に健康に良いこと。もうひとつは「景色が良く見えること」である。歩いたり自転車で走っていると、人間に合っているのはこの程度のペースなのだなと改めて気づく。速度が遅いことに加え、気温や湿度を体で感じることで、車に乗っていては見落としてしまう季節の変化や街角のたたずまいを楽しめる。エンジン音にかき消されてしまう鳥の声や虫の鳴き声といった自然の音を聴くこともできる。
 ガソリンが高騰しているこの頃、車べったりの生活を見直してみよう。きっと新しい発見があるはずだ。

(初出:2008年1月 中日新聞)

2008年01月18日

●20歳の詩

先週、東京へ行った連休が、ちょうど成人の日前後だったので、駅でも街でも晴れ着の若者をたくさん見かけました。
オレはハタチの頃、何を考えていたんだろうな、なんて思いながら、そうした若者たちを見ていたのですが、岐阜へ戻ってきて部屋の整理をしていたら、ちょうどその頃に書いた詩のノートが出てきました。
今でこそほとんど詩は書きませんが、若い頃はかなりたくさんの詩を書いていたのです。
青臭い詩を、懐かしい思いで読んでいくうち、タイトルもそのものずばり「20歳」という作品を見つけました。

「20歳」

青春は黄昏れて
僕の眼に
もはや時は見えない

懐かしい日々を彩ったたくさんの残像よ
僕はいつしか
君たちから遠ざかっていたらしい

甘美な追憶でなく
老人の静けさでなく
ただ無言で
僕は時に還ろうと思うのだ


こんな詩です。
老人の静けさでなく、なんて書いてますが、何だか思いきり年寄り臭いですね。
そう、当時、20歳を迎えた私は、これから人生が拓けるとは考えませんでした。
むしろ、20歳を境にすべてのものが遠ざかり失われていくように思っていたのです。
無論、それは年端のゆかぬ若者の感傷が大半だったのでしょうが、それでも当時、痛いほど感じていた、日々、失われてゆく何かの感触は、それからの私という人間を形づくる大切な要素になったような気がしています。
人とは、一日を過ごすごとに、何かを得て何かを喪失してゆく存在であるという認識は、あれから25年が過ぎた今でも変わりません。
そうした青臭いことを考えていられるうちは、自分が自分でいられるのだろうと思っています。

2008年01月20日

●「満天」に行ってきました

この土日も、父の病気の関係で東京へ行っていました。
しょっちゅう東京へ行っているので、新幹線も通勤電車のような感覚となっています。

今回の東京行きでは、久々に池袋の「満天」へ行きました。
「満天」は、コニカミノルタプラネタリウム直営のプラネタリウム館です。
昨年、投映機が「インフィニウムS」にリニューアルされました。

今日見た番組は、冬の星座案内「Winter Sky」と「Passport to the UNIVERSE」というCG番組でした。
インフィニウムSの星像はなかなかのものでしたが、プロジェクターを使用した全天映像は、迫力はあるものの、やはり光学式に比べると星像は甘く、まだまだデジタルは成長途上だなあと思いました。

番組は、星空の下、デートに出かけた二人が星空を見上げて語り合う形式です。
前半が二人の語りによる星座案内、後半は、二人の語り形式はそのままに、地球から飛び出してオリオン座大星雲の中を突き抜け、さらに銀河系を飛び出し、ディープスカイへと旅をするCG番組へと無理なく移行させていました。
CG番組の星像は甘いものの、迫力とコンセプトは素晴らしく、番組終了後の一般のお客さんたちの評価も高かったようでした。

ただ、星座案内の番組では、日没のシーンはなく、いきなり暗くなって冬の星座の解説が始まり、番組終了時も、日周運動ではなく緯度変化で次第に南天の星座が昇りながら、しかも南天から薄明となるというおさめ方だったのが気になりました。
日没・日の出にこだわるわけではありませんが、南天の星座が緯度変化で昇りながら南の地平線が明るくなるという演出は、何らかのことわりを入れない限り、教育的に問題があると思います。

その他の部分は満足できた番組でした。
投映機の排気音がうるさいなあ、なんて、ちょっとマニアックな見方もしてしまいましたが・・・。

2008年01月22日

●いちばん明るい星、シリウス

 星座を作っている星のうちで最も明るい星を1等星と呼んでいる。以下、2等星、3等星と肉眼では6等星まで見ることができるわけだが、暗い星ほど数が多く、1等星の数は全天でも21個しかない。
 それらの1等星の中でもいちばん明るい星が、冬の星座の一つ、おおいぬ座にあるシリウスだ。おおいぬ座は、今ごろだと午後10時ごろに真南に来るので、シリウスのずば抜けて明るい輝きはいやでも目に留まるだろう。
 シリウスの明るさは、実際、近くにあるオリオン座の1等星リゲルよりも6倍も明るい。シリウスという名には「焼き焦がすもの」という意味があり、中国では古くから「天狼星」と呼んでいた。大陸の広大な平原にギラギラと光る狼の目玉と見立てたのだろうが、実に適切な命名である。

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 シリウスがなぜそれほど明るいのかといえば、距離が大変に近いためだ。地球からの距離は8.7光年、肉眼で見える星の中では二番目に近い星である。もちろん星自体も太陽の40倍という明るさで輝いており、大きさも太陽の1.7倍、表面温度は1万度以上という立派な星である。
 最近は街明かりが非常に増えて、街中では暗い星が見づらくなったが、それでもこのシリウスの輝きだけは、これから先、どんなに環境悪化が進んでも見えなくなることはあるまいと思われる。もしシリウスが見えなくなるほど空気が汚れ、無駄な照明が増えたとすれば、そのときは人類の滅亡も近いといっていいだろう。

(初出:1993年1月 岐阜新聞連載「ぎふ星見人」)
写真:シリウスの輝き(西美濃天文台60cm反射直焦点)

2008年01月24日

●雪の東京

昨日から、またまた東京へ来ています。

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低気圧の接近で東京は雪。
新宿の高層ビルも、上半分は雪雲にすっぽりと隠されていました。
写真は、私の実家のある西武線東大和市駅ホームのようすです。
都心よりは雪が多く、3センチ程度積もっていました。
子供の頃は30センチを越す雪が降ったこともありますが、温暖化の影響か、ここ
10年ほどは10センチも積もれば大雪です。
とはいえ、異常に雪に弱い東京の交通機関は、10センチの積雪でパニックになり
ます。
昨日も、JR中央線と西武線が5分程度遅れていました。

2008年01月26日

●冬の小鳥

まだ東京にいます。
日本全国、一級の寒気がすっぽり覆い、東京も霜柱が立つ寒い毎日です。
そんな寒さにもめげず、東京の実家の庭に、朝夕にはびっくりするほどたくさんの小鳥がやってきます。
庭に餌台が作ってあり、残り物のごはんやパンくずを母が与えているため、特に餌が少なくなる冬にはたくさんの小鳥が集まるのです。
すずめ、シジュウカラ、ヒヨドリ、時にはメジロも来るとのこと。
朝、山盛りに残りご飯を置いても、暗くなる頃にはほとんどなくなってしまいます。

岐阜の自宅の庭も同じような状況です。
餌台こそありませんが、残りごはんを庭石の上などに置いておくと、たくさんの小鳥がついばみにきます。

厳密に言えば鳥も野生動物の仲間、安易な餌付けをしてはいけないのですが、餌の少ない冬場、残りごはんをおやつ程度に与えるぐらいはいいかなと思いながら、東京でも岐阜でも、庭に集まる鳥の姿を朝晩、眺めています。

2008年01月27日

●「葛飾区郷土と天文の博物館」へ行きました

所用で出かけた帰り、葛飾区郷土と天文の博物館へ行ってきました。
同館は、ともすれば星座の見つけ方とギリシャ神話の紹介主体になりがちなわが国のプラネタリウム館のなかでは、サイエンスを主体にした欧米型の番組を制作している意欲的な館です。
昨年、プラネタリウムの投映機を更新し、よりサイエンスを前面に押し出した投映ができるようになりました。

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星座解説に続いて、恒星の進化をテーマにした45分間の番組でしたが、地球から飛び出してオリオン大星雲やプレアデス星団を巡りながら星の進化を平易に解説する、いわゆる宇宙型の番組だったにもかかわらず、全編が生解説でした。
あれだけのスピード感を持つ映像を生解説でフォローするのは、さすがと思いました。

今、プラネタリウムは急激な変革の時期を迎えています。
ロマンチックに星座を解説しながら夢の世界へ、という従来型の番組でなく、ダイナミックでスピード感のある、あくまでサイエンス主体の番組が、ようやく欧米並みに受け入れられつつあるのです。

「日本人はどうしてギリシャ神話がそんなに好きなんだ?」
欧米人は不思議がります。
私も不思議でした。
いろいろな意見があるでしょうが、少なくとも私は、子供の頃から「星座の神話」に全く興味がなかったからです。
日本で、星座イコールギリシャ神話となった経緯についてはいずれ考察するとして、葛飾らしい良い番組でした。
プロジェクターの星像も、光学式に比べれば大きく劣りますが、ここ最近見たプラネタリウム館のなかではかなり良いほうでした。

急速にデジタル化が進むプラネタリウム。
これからどんな方向へ進むのでしょうか。

2008年01月30日

●議論の噛みあう暫定税率論議を

 道路特定財源の暫定税率を巡る論議がいよいよ大詰めとなってきた。暫定税率を廃止した場合、自民党は道路建設に支障が生じると主張し、民主党はガソリン価格が下げられると主張しているが、両者の議論は根本で噛み合っていないように思われる。

 議論すべき本質は、今後とも高い税率を維持したまま道路を造り続けるのか、それとも道路建設を抑制する方向へ国の政策を転換するのかということだ。道路建設に支障が生じるという自民党の主張は、今後も道路を造り続けるということを前提としたものだし、ガソリン価格が下げられるという民主党の主張には、今後の道路造りをどうするのかという政策が見えてこない。どちらも選挙対策として都合の良い近視眼的主張をしているだけで、国民としては何とも歯がゆい。

 暫定税率部分だけの議論にとどまらず、今後も特定財源として存置するのか、それとも一般財源化を含めた多目的な財源に変えてゆくのか、今後の国づくりを踏まえ、道路財源のあり方そのものに踏みこんだ広汎かつ本質的な論戦を期待したい。

2008年01月31日

●田舎暮らしは体に悪い?

このところ、家庭の事情で東京と岐阜の二重生活が続いています。

東京の家には車がないため、移動手段は徒歩と自転車、そして電車・バスといった公共交通機関に限られます。
「それはさぞかし不便でしょう」と思われるかもしれませんが、東京では、車よりも公共交通機関や自転車、徒歩で移動した方が早く時間が正確ですし、私が子供の頃は、車を持っている家庭はさほど多くありませんでした。
誰もが公共交通機関と徒歩、自転車で動いていた環境で育ちましたので、歩いたり自転車を飛ばしたり、電車を乗り継いだりすることはさほど苦にはならないのです。

都内をあちこち回ると、少ない日で1万歩、多い日には2万歩近く歩きます。
運動になることに加え、車での移動では気づかない街のたたずまいに興味をそそられますし、歩くことで心が活性化するような気がします。

そうした東京での生活に対して、ひとたび岐阜へ戻ると、基本的に車主体の生活となります。
できるだけ歩いたり自転車に乗るように気をつけてはいますが、毎日50kmの通勤には、車を利用せざるを得ません。

田舎暮らしに憧れる人の多くが
「田舎ではおいしい空気に恵まれた健康な生活ができる」
と考えているようですが、
「どこへ行くにも狭い車に納まって、道路に満ちる排ガスの匂いを嗅ぎながら運動不足によるメタボ体型へ突進」
というのが、現代の田舎暮らしの実態です。
現在のような車主体の生活を続けていくと、あと10年もしないうちに地方在住者の多くが運動不足による健康被害を抱えることになるのではないかと思います。

便利だと思ってきた車主体の生活ですが、地球温暖化の進行も含め、近い将来、私たちは大きなしっぺ返しを受けそうです。