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2008年03月13日

●天啓に導かれて(「秩父地学旅」追補)

 もう20年も前のことだ。大学を卒業した私は、東京の民間企業に就職し、ごくありきたりのサラリーマン生活を送っていた。仕事は楽しかったし充実感もあったのだが、その一方で、本当の自分はここにはいない、もっと他にやるべきことがあるはずなのではあるまいか、そんな空虚感と焦りを常に感じる日々でもあった。
 そんなある日、私はたまさかに長瀞の地を訪れた。長瀞といえばライン下りが有名だが、関東地方最大の変成帯(大きな地質変動があった所)であり、地学の研究者にとっては何回訪れても興味の尽きない場所である。加えて東京周辺ではとびきりの自然景観に恵まれていたから、子供の頃から地学や生物学が好きだった私には魅力に溢れた場所であった。
 その日も、地学的興味に加え、仕事に疲れた体と心を自然の中で慰めようという思いから、ふらりと長瀞を訪れたのであった。
 結晶片岩の露頭がある河原でしばらく過ごした私は、埼玉県立自然史博物館へと足を向けた。それまで何度も長瀞を訪れてはいたのだが、博物館など入らなくとも書物で得た知識とフィールド調査の経験から、長瀞の自然については熟知しているという自負があったせいか、一度も入館したことがなかったのだった。
 夏休み前だったためか、日曜日にもかかわらず私以外の入館者はいないようであった。
 館内は、地学展示室と生物展示室に分かれている。
地学展示室には長瀞の地形・地質の特徴や変遷が鉱物の標本とあわせて展示され、生物展示室には、見学通路の周囲に森のジオラマがしつらえてあり、さまざまな植物や動物の生態が展示されていた。

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 冷房の効いた館内は静かで清潔だった。相変わらず誰もいない館内を、奇妙に充足した気持ちで歩くうち、私の心はいつか、館内と同じようにしんと静まりはじめていた。それは、たとえばステンドグラスからひとすじ、午後の陽が差しこむ礼拝堂で感じるような法悦に似た心持だった。
 立ち去りがたい思いで生物展示室のジオラマ内を歩む私の心に、突然、何かが囁きかけた。
 いや、囁き、というよりもそれは、やはり何かの啓示だったのだろうと今でも私は思う。暗い山中を歩いていて、不意に眼前が開き、連なる山々と遥かな空の織り成す壮大な景色が眼前に拡がったときのように、あるいは降り続いた雨がようやくやんで、厚い雲の切れ間からひとすじ、差し込む陽光を見たときのように、霊的な何かに打たれて私は展示室の床に立ち尽くした。
(僕のいるべき場所はここなのだ。この静寂で清潔な展示室で僕はこれから仕事をしなければならないのだ)
 天啓、といえば大げさかもしれない。それでもそのとき、私は学芸員の資格を取らなければならないと、どこまでも透徹した思いでそう思ったのだ。
 帰宅した私は、すぐに試験勉強を開始した。社会人が学芸員資格を取得するには、文部省(当時)が年に一回、実施していた国家試験を受験するか、大学の通信課程を履修するしかないのだが、数週間のスクーリングが必要な通信過程は、当時、営業職で多忙だった私にはとても履修できなかったから、合格率の低い国家試験しか資格取得の道は残されていなかった。
 通勤の電車内と会社の昼休みを利用しての勉強が始まった。仕事と勉強を両立させるのは楽ではなかったが楽しかった。静寂の博物館で私に囁きかけたあの声は、試験が終わるまでずっと私の心に響いていた。
 埼玉県立自然史博物館。決して大きな施設ではないし、派手な展示があるわけでもない。そのような博物館がなぜ、私に天啓(あえてそう言おう)をもたらしてくれたのかはわからないが、とにかく私は、その声を頼りに学芸員資格を取り、プラネタリウムと天文台の仕事に就くことになった。
 埼玉県立自然史博物館は、私にとって特別な位置を占めている。あの日、長瀞の地を訪れなかったら、そして博物館に入館しなかったら、その後の私の人生はずいぶんと変わったものになっていただろうと思う。

写真:生物展示室のジオラマ

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