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2008年04月07日

●児童文学「赤い電車に乗って」その1

 駅には、今日も何人かのお年寄りが集まっていました。山に囲まれた終着駅です。
プラットホームに、赤い小さな電車が一両、冬晴れの日を浴びて、ぽつんととまっていました。お年寄りたちは、そんな電車の座席に思い思いに腰かけて、おしゃべりをしたり、窓の外を眺めたりしています。
冬の日ざしがいっぱいに差しこむ電車の中は暖かでした。こうして電車の座席に腰かけて何時間かを過ごすのが、ここ何年間か、お年寄りたちの日課になっているのでした。

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「四十年間、ずっとこの電車で岐阜まで通ったもんやったなあ」
 窓の外を眺めていたおじいさんが、呟きました。
「そうやなあ。健ちゃんは岐阜の繊維会社に勤めとったもんなあ」
 となりに座っていたおじいさんがうなずきます。
「わしも、商品の買いつけによう岐阜まで出かけたもんじゃ。帰りはリュックいっぱいの荷物で歩くのも大変やった」
「作どんもわしも、お互い、よう仕事をしたなあ」
 二人は小さく笑いました。
 ふと何かを思いついたのでしょう。作どんと呼ばれたおじいさんが、いたずらっぽい目で、通路をはさんだ座席で居眠りしているおばあさんを見つめました。
「そういえば、咲ちゃんも長いことあんたと同じ電車で通っとったな」
「そ、そうやったか」
 健ちゃん・・・健吾さんは、窓の外を見つめたままでしたが、その耳がかすかに赤く染まったのを作どんは見逃しませんでした。
「健ちゃんだけやないで安心しや。他にも咲ちゃん目当てで七時の電車に乗っとったヤツを何人も知っとるで。それにもう時効や。紀美子さんも、咲ちゃんの旦那さんも亡くなったでな」
 作どんが、からからと笑いました。紀美子さんというのは健吾さんの奥さんです。いつも元気で明るかった紀美子さんが亡くなってからもう十年が過ぎていました。
 その声で目がさめたのでしょう、咲ちゃんと呼ばれたおばあさんが、不思議そうな顔で二人を見つめます。髪はまっ白ですが、若いころはさぞ美人だったことをうかがわせる顔立ちです。
 にやにや笑って顔を覗きこむ作どんの腕を、窓の外に顔を向けたまま健吾さんは叩きました。健吾さんが、若いころからずっと咲ちゃん・・・咲江さんのことを好きだったのは、当の咲江さん以外は誰もが知っていることでした。
「昔のことじゃ。もう言うな」
 健吾さんの横顔は真っ赤です。
 もちろん作どんも、それ以上、言うつもりはありません。健吾さんも咲江さんも、今では高校生や大学生の孫がいる幸せな身の上です。
「それにしても、今でも信じられんね。もうすぐチンチンって合図が鳴って、動き出しそうな気がするもの」
 もうすっかり目がさめたらしく、さっと立ち上がってこちらの座席に移ってきた咲江さんが言いました。
 軽い身のこなしと都会的な話し方は、年をとっても少しも変わりません。忠節の会社で事務員をしていた咲江さんは、結婚してから長いこと東京で暮らしていたのです。
 作どんが、またにやにやと笑っています。咲江さんが腰をおろしたのは、健吾さんのすぐとなりだったからです。
「みんなこの電車にお世話になったんやね。もう二度と動かないなんてウソみたい」
 咲江さんの言葉に、お年寄りたちはしんとなりました。
 そうです。西国三十三霊場結願のお寺があるこの駅と岐阜駅を結んでいた赤い電車は、しばらく前に廃線になってしまったのでした。保存会の熱心な運動で、この終着駅と赤い電車は残されましたが、長い間、たくさんの人を運んだ線路を電車が走ることは二度とありません。健吾さんたちお年寄りは、畑仕事や山仕事の合間に駅に集まって、昔話をするのが楽しみになっていたのでした。
 お年寄りたちは、電車の運転席から見えるレールを見つめます。何年か前までは、電車に乗るだけでみんなを岐阜の街へ、そしてもっと遠くまで運んでくれた二本のレールは、ホームの先でぽつりと途切れていました。レールを剥ぎ取る作業が進んでいるのです。赤い電車は、咲江さんの言うとおり、もう二度とこの駅から動くことはないのでした。
 黙りこんだお年寄りたちの影を通路に映して、冬の日ざしはゆっくりと動いていきます。
 学生を、通勤の人たちを、買い物の奥さんたちを乗せて、雨の日も雪の日も休むことなく何十年も走り続けた電車。
(わしらも電車も同じかもしれんな。仕事して仕事して、今は暇にまかせてこうして日向ぼっこをしてい
る・・・)
 それでいいのかもしれない。健吾さんは思いました。これまでさんざん働いてきたのだから。
 でも。わしも作どんもまだ元気だ。電車もまだまだ働きたいんじゃないかな。美濃の里を、風を切って走り続けていたいのじゃないかな。
 ふと気づくと、咲江さんが運転席のすぐ後ろに立っていました。小柄ながら、背すじのしゃんと伸びた咲江さんの後ろ姿が日ざしに滲んで、健吾さんは目をしばたきました。乗り切れないほど満員だった毎朝の電車。窓を流れる見慣れた景色。そして、いつもいちばん前に立っていた咲江さんの後ろ姿。
 健吾さんは目を閉じました。何もかも変わってしまったような、そして何も変わっていないような不思議な気持ちで、窓越しの日ざしの暖かさを感じていました。

*平成19年度岐阜県文芸祭の入賞作品です。
 「児童文学」部門で受賞しましたが、子供は一人も出てこず、登場人物はお年寄りばかり。ヘンな童話です。
 星とは関係ありませんが、揖斐川町谷汲のお話ですので読んでやってくださいませ。しばらく連載します。

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