2008年05月02日

●小説「Last Planetarium」3

 夜空はしかし、まだ完全に暗くはない。投影の前半はいつもブルーライトを完全には落とさずに、街中で見上げるほの明るい状態の夜空で解説をする。もちろん、光害について知ってもらうためだ。
「最近は街灯やネオンサインが多くなりすぎて、特に街中では暗い星がなかなか見えません。でも今日は、せっかくこうしてプラネタリウムに来ていただきましたから、街を離れてこの村で見える満天の星空をご覧いただくことにしましょう」
 こんな前置きをしてから、ブルーライトをゆっくりと絞ってゆく。ドームが暗くなってゆくのに合わせてBGMをしだいに盛り上げる。
 見る見る暗くなってゆく夜空一面に輝き始める無数の星。マーラーのシンフォニーが、そんな星と星の間の深遠を埋めるように時間と空間を満たしてゆく。
 満席の客席からもれる感嘆のため息、歓声。
 同じ星空をコンソールで見上げながら、僕もまた、心の奥深くまで沁み入ってくる無限と静寂に精神を泳がせていた。洗われたような無数の星の輝きは、いつしか僕の体をも透き通らせ、そのまま永劫の時間と空間へと溶けてしまうような覚醒感のなかで、僕はいつしか夢中で過ぎた8年の歳月を回想している。

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 プラネタリウムと天文台の仕事に就くために、それまでは縁もゆかりもなかったこの村へ家族そろって移住し、2日間、ドームに籠もりきりで投影の練習をした。
 3日目の午後、初めてお客さんを迎えて投影をしたあの日から今日まで、何度こうしてこのコンソールから、ドームに映る星空を見上げてきたことだろう。
 それは、たしかに機械によって映し出される人工の星空ではあったが、「美しい星空を再現する」という、ある意味では極度に純化された目的をもつエンターテイメントであるだけに、本機と補助投影機、音響機器が相まって織りあげる「理想化された夜」は、見方によっては本物の星空を凌ぐとも言えた。完備された空調の中、リクライニングシートに身を沈め、光害の影響をまったく受けることなく、耳触りの良い音楽を聴きながら満天の星空を見上げるという芸当は、実際の夜空ではなかなか難しいことだろう。
 僕は、暑さ寒さに直接身をさらし、天候の変化に一喜一憂しながら見上げる実物の星空ももちろんだが、「まがいもの」であるはずのプラネタリウムの星空も好きだった。実物の星空を見上げる行為を旅にたとえるなら、プラネタリウムの星空は上質の小説に似ている。そこでは実際の旅はできないけれど、快適な部屋でリラックスしながら、心地よいストーリーテリングを楽しめるのだ。
 よどみなく解説を続けながらそんなことを考えていた僕は、ふと小さな不安にとらわれる。これまで8年間、こうしてプラネタリウムの解説をしてきたけれど、果たしてどれだけのお客さんに心地よい小説世界を提供することができたのだろう。視覚と聴覚双方に訴えるストーリーテラーとして、感動なり、安らぎなり、あるいは科学への憧憬なりを、いくばくかでも伝えることができたのだろうか。
 そして。不意に僕は慄然とする。
 8年間、毎日座っていたこのコンソールに、明日からは座らなくなるのだ。指先に馴染んだ幾多のスイッチやボタンに触れることもなくなる。何よりも、自ら投影機を操作して描き出してきたこの満天の星空を見上げることもできなくなるのだ。
 喪失感と哀惜の念が、心の奥底を水のように流れてゆく。
 同時に、ささやかだけれど毅然とした決意が、心のスクリーンに僕だけの星空を描き出す。
 今では目をつぶっていても操作できるほど慣れ親しんだコンソール、レンズと電気の接点を磨き上げ、いつも万全の状態に整備してきた本機と補助投影機のかわりに、明日からは新しい部署で、新しい仲間たちと新しい仕事が僕を待っている。
 明日からの仕事や生活がどのようなものになるのはわからない。でも、これまでの経験や知識を生かして、地域の人たちと触れあいながら、いっしょに星空を楽しめる機会を、できるだけたくさん作ってゆこう。宇宙と地球について、地域の人たちといっしょに考えてゆこう。
 そう考えると、不思議に気持ちが落ち着いた。僕は、これまでにないほどリラックスした気持ちでマイクに向かい、コンソールに指先を滑らせていった。(つづく)

2008年05月06日

●小説「Last Planetarium」4

 コンソールの右上でかすかに光るデジタル時計が、午前4時を回ったことを告げていた。解説を続けながら僕は、東の低空から少しずつ薄明を上げてゆく。
 東の空には夏の大三角が高く昇り、壮麗な銀河の輝きが本機をうす青く照らしている。
 コンソールのスイッチをいくつか操作した。東天の低空がかすかに紅に染まり、銀河の白さが淡くなる。そんな銀河を貫いて、いくつもの流星が青く暁天を駆け抜ける。
 デジタル時計と見合わせながら、薄明と朝焼けを徐々に上げてゆくにつれ、まず銀河の輝きが消え、次いで暗い星から次第に姿を消してゆき、明けの明星の輝きもやがて薄明に呑みこまれ、最後のコンソール操作として、僕は太陽のダイヤルを上げていた。
 客席から、夜明けを迎えた安堵ともいえるため息がいくつも聞こえる。
「ありがとうございました。今回のプラネタリウムはこれで終了となります。またのお越しを心よりお待ちしています」
 いつも通りのあいさつで解説をしめくくった僕の心の底を、やはり寂しさに似た思いがふとかすめる。明日からは、すっかり習慣になってしまったこのあいさつをマイクに向かって話すこともなくなるのだ。
 コンソールに、初老の女性が微笑みながら歩み寄ってくる。
「いい解説でした。たくさんの星を見て、久しぶりに心が洗われたような気がしましたわ。これからもがんばって下さいね」
「ありがとうございます。またいらして下さいね」
 上品な身なりのその女性が立ち去った後には、友達同志らしい男の子が3人、もじもじしながらコンソールを覗きこむ。
「あの、しし座流星群は、今年も見えるんですか」
 いちばん年かさらしい男の子が、照れ臭そうにそう尋ねる。
「見えると思うよ。1時間に何百個も見えるかどうかはわからないけど、明け方早起きするだけの価値はあると思うな」
 ひとしきり出現予想について話し、手元にあったレオニズの解説パンフレットを手渡す。
「ありがとうございましたぁ!」
 元気良くあいさつした3人は、駆け足でドームを出て行った。

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「元気ですね。あの子たち。ぜったい流星雨を見るんだって話してましたよ」
 いつの間に横に立っていたのか、Iちゃんが微笑みながらそう言った。
「いい解説でした。星の輝きのひとつひとつが、心にそっと染みこんでくるような」
 僕は、満席だったお客さんが退場したあとのガランとした客席を見渡した。
「ありがとう。しばらくはIちゃんの顔も見られなくなるね」
 僕の言葉に、Iちゃんがにっこりと微笑み返す。
「しばらくはそうかもしれません。でも、こうして星を見上げる心を誰かに伝えたいという気持ちが松本さんにあり続ける以上は、またいつか、プラネタリウムや天文台のドームの中でいっしょに仕事をさせていただくことが、きっとあると思います」
(そうかもしれない)
 僕は思った。運命や定めをまったく信じていない僕だったが、もし星たちに何らかの意志があるものならば、これから先も星と宇宙について語り続けるように、僕の人生を導いてくれるに違いない。
 本機をホームポジションに戻した僕は、投影を始める前と同じく、目を閉じて大きく息を吸いこんだ。
 しばらくして目を開けると、いつの間にドームから出ていったのかIちゃんの姿はどこにもなかった。
 メインスイッチをオフにした僕は、ほの暗いドームの中、そこだけ天上界から注ぎこむような光を溢れさせているドームの出口に向かって、一歩一歩、いつになく敬虔な気持ちで歩き始めていた。(おわり)

2008年05月08日

●タニウツギ

初夏になると、藤橋をはじめ揖斐山地では、ピンクや白の花をいっぱいにつけたタニウツギが目につくようになります。

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その名前のとおり、谷沿いに咲いていることが多く、渓谷の清冽な水の色とあいまって、車を走らせながらも見惚れてしまう美しさです。
揖斐山地の春はヤマブキから始まり、ヤマザクラ、ツツジ、そして旧藤橋村のおこりともなったフジと続きます。
梅雨前の今頃はタニウツギ、梅雨も後半になるとネムの花が揖斐川の流れに彩りを添えます。
春から初夏は、次々に咲く山の花と、日々、鮮やかさを増す新緑がいちばん美しい季節です。

2008年05月10日

●天文業界にも派遣・臨時雇用が急増!

このところ、公開天文施設や望遠鏡ショップ等、いわゆる天文業界でさまざまな問題が起きています。

ひとつはリストラ。
プラネタリウムや公開天文台の正規職員として採用された、あるいは天文ブームに乗ってオープンした天文ショップ・望遠鏡メーカーで正社員として採用された人たちが、配置転換や肩たたきにあう例が急増しています。
指定管理者制度の広がりにあわせて、正職員のかわりに契約職員や派遣職員を採用する例も増加して
います。
というより、最近では正職員の募集はほぼ皆無で、どの施設でも募集しているのは1年間の契約職員、しかも最長で5~6年程度が雇用の期限という形態です。
介護業界や外食産業と似通った雇用形態が急増しているのです。

それに伴い、天文業界では、精神的に不安定な状態に陥る人たちも増えています。
自治体の財政は逼迫し、天文ブームも去り、今後ますますつらい立場におかれる人たちが増えてきそうです。

理科教育の一端を担う天文施設や、優れた機材を提供する立場にある望遠鏡ショップ・メーカーが、このような状況におかれることはもちろん良くないことなのですが、もともと縮小傾向にあった業界の上、わが国の経済や制度が、あらゆる面で破綻しつつある昨今では仕方ないことなのかもしれません。
かくいう私も人ごとではないのですが、そうした状況下でいかにしたたかに生きていくかを模索するしかないようです。

2008年05月11日

●消防団の徳山巡視

しばらく前のことになりますが、5月3日は揖斐川町消防団の徳山巡視でした。
「まっちゃん、その歳でまだ消防やってるの?」と言われそうですが、旧藤橋村では、なんと50歳まで消防団に加入しなければなりません。
そんな消防団の恒例行事として続いてきたのが、山菜採りや観光で山奥へ入る人が激増ゴールデンウィーク中に行なう山岳地域の巡視活動なのです。

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幸い3日は好天に恵まれました。
いくつかの班に分かれて旧藤橋村エリアを巡視するのですが、今回、私は、最も遠い福井県境までを巡視する班となりました。
消防車に乗り、福井県境の冠峠を目指します。
徳山ダムの湖面を見ながら長大トンネルをいくつも抜け、やがて狭い峠道へ。
あちこちに観光客の姿が見られます。なかには急な崖を降りて山菜を採取していたり、立ち入り禁止区域へ入り込んだりしている人もいます。

冬期に雪が少なかったので、今年は県境の峠まで行けるかなと思ったのですが、冠峠を目前にして道路を塞いでいる雪渓のために引き返すことになりました。
雪の多い年だと、藤橋城からわずかに入った地点で引き返したこともありますから、今年はじゅうぶん遠くまで行くことができた方でした。

芽吹いたばかりの県境の山は、フキや山ウドといった山菜があちこちに目につきました。
そうした山菜を採る楽しみもわかりますが、危険な場所へは近づかないようにしてほしいものです。

写真:冠峠

2008年05月13日

●ふしぎな作家ふたり

いわゆるヤングアダルト系の作家で、あさのあつこさんと藤野千夜さんをご存知でしょうか。
あさのあつこさんは「バッテリー」がベストセラーになり、藤野千夜さんは「ルート225」が映画化されるなど、どちらも現在、最も支持されている作家です。

実は私、このお二人のことが非常に不思議なのです。
お二人とも多くの作品を書いていますが、女子中学生や女子高生を主人公にしたものがいくつかあります。
私が不思議、というか、脅威に思っているのは、そこに書かれている10代の女の子の心理、日常の習俗、言葉づかいなどに少しも無理がなく、まるでお二人とも現役高校生なのではあるまいかと思わせられることなのです。

お二人の年齢は、藤野千夜さんが私と同じで、あさのあつこさんはもう少し年上です。
ということは、現役女子高生どころか、女子高生の娘がいる母親という年齢なのです。

いかに若者風俗を研究してみても、大人が10代の若者を書いたとき、そこにはどうしても無理と媚が生じます。
当然ですね。大人にとっては、すでにはるか光陰の彼方へ去って久しい年齢なのですから。
女子高生を主人公にした純文学作品はたくさんありますが、「今どきの女子高生がこんなこと考えてるはずないよ」とか「こんな言葉づかいするはずない」と興ざめしてしまう部分が随所に目についてしまいます。

ところが、お二人の作品にはそれがない。
10代の女の子が持つ清冽な輝きとあくまで底抜けの意地悪さを、まったく破綻なく書いていることに、小説めいたものをときおり書いている同年代の大人として、ただ感心するレベルにとどまらず、まさに脅威を感じてしまうというわけです。

もちろん、そこがお二人のすごいところであり、だからこそ売れっ子になれるのですが、それにしても、いったいどのような魔術を駆使して10代の女の子になりきれるのか(そう、小説を書くためには作中人物になりきらなくては書けない部分があります。あまりなりきってもいけないのですが)、何とも不思議でなりません。

読んだことがない方にあれこれ書いてもわかりづらいでしょうから、ぜひお二人の作品を読んでみて下さい。
どの作品もテンポが軽快なので、構えず気軽に読めるものと思います。

2008年05月15日

●好きな作家もう二人

今回も、私の好きな作家について。

今年、その作品が映画化されて注目を集めている作家といえば・・・。
そう、「ダイブ」の森 絵都さんです。
森さんは1968年生まれ。
「リズム」でデビューし、それからは発表した作品のほとんどがさまざまな賞を受賞しています。

当初は、中学生から高校生を対象とした作品を書いていましたが、次第に大人の読者が増え、現在では年齢を問わず幅広いファンを獲得しています。

私よりは年下ではありますが、それでも年齢的には立派な?大人。
なのに、その感性は少しも鈍っていません。
あさのあつこさんや藤野千夜さんとはまた違った視点で、10代の心を鮮やかに描いています。
たおやかなルックスと文体ながら、世界の辺境を旅して歩いた強靱な肉体と精神を持った方です。

もう一人、もはや実力派中堅作家と位置づけられそうなのが梨木香歩さんです。
この人の感性は非常に日本的です。
日本的、という定義は何かと問われれば返答に窮しますが、「りかさん」や「家守奇譚」などの作品を読むと、日本人ならではの自然観やものごとの見方を感じ取れる気がします。
外国暮らしが長かったことが、こうした感性を養ったのかもしれません。
八百万の神ではありませんが、生物・非生物を問わず、すべての存在に生命があるという視点は、私の大いに共感するところです。

オススメは「西の魔女が死んだ」と「りかさん」です。
どの作品もすばらしいのですが、この2著を読むと、この作家の輪郭を把握できると思います。

2008年05月17日

●ユキノシタ

今年も、庭でユキノシタの花が咲き始めました。
日陰に生えていて、なんとなくじめじめっとした草のような気がしますが、こうして花が咲くと繊細でとてもきれいです。

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水さえ欠かさなければ、他の植物が生育できない日陰でも増えますし、葉はてんぷらとして食べられます。
花はきれいだし、葉は傷薬や熱さましの薬効もあるそうです。
名前の由来は、白い花が、雪が降っているように見えることからだという説があります。
そうだとすれば、なかなか風流なネーミングですね。

2008年05月19日

●不眠症

ここ1ヶ月というもの、眠れなくて困っています。
もともと不眠症気味で、朝までぐっすり寝たことなど何十年もないのですが、最近は特に眠れず、ほんの少しだけ寝たとしても明け方に目覚めてしまい、あとは眠ることができません。
精神安定剤なども試しましたが、このところの不眠にはまったく効かず、なんとも困っています。
「こうすれば眠れる」的な本に書いてある「規則正しい生活をしよう」とか、「朝日を浴びよう」とか、そんなことは数十年昔にすべて試しましたが、どれも効果なし。というか、その程度の工夫で眠れる人のことは不眠症とはいいませんよね。

このところの不眠は、職場が変わったことに大きな要因があることはわかっています。
仕事や人間関係に慣れれば多少は改善するのでしょうが、それでもぐっすり眠れないのは性分なのでなかば諦めてもいます。
不眠には遺伝もあるようで、私の母も不眠傾向です。

「天文屋さんにはいいね。観測中に眠くならなくて」
なんて言われそうですね。
たしかに観測中に寝てしまったことはないのですが、それにしても人生の三分の一を人間は眠って過ごすことを考えると、眠れないというのは困ったことです。
何はなくても毎晩、ぐっすり眠れたらどれほど幸せだろうかと思います。

このブログを呼んでいる皆さんはどうですか。
眠れない人、いませんか。

2008年05月20日

●随筆「遥かなり図書館への道」

 週末のたびに図書館へ行き、カードの冊数いっぱいに借りてくる。それらの本を貪るように読み、翌週末にはふたたび図書館へ・・・。
 読書好きな人であれば、珍しくないパターンだ。だが、ただ図書館へ行くためだけに、往復数十キロの道のりを走らなくてはならない境遇の人間は、そうたくさんはいないのではないだろうか。
 9年前に、東京から岐阜の山間にある小さな村に越してきた。自然豊かな環境は私を満足させてくれたし、食料品を売っている店が村に一軒しかないこともさして不便とは思わなかったが、近くに図書館がないことだけには弱ってしまった。図書館と本屋がない生活など、私にとってはおよそ想像の埒外だったからである。
 子供の頃から、いわゆる活字中毒だった。暇さえあれば図書館と本屋に入り浸り、トイレに行くときも食事中も、果ては風呂に入るときまでも本を読んでいた。中学在学中には学校図書館の本をあらかた読みつくしてしまい、図書担当の先生を呆れさせたほどである。
 そんな私であるから、村に図書館がないことを知り、まず始めたのが本屋を探す作業であった。買い物や所用で街に出るたびに本屋を探すわけだが、その結果判明した事実に、私はもう一度愕然としなければならなかった。往復五十キロ圏内には、ほんの数軒の本屋しかなかったのだ。
 しばらくはそれらの本屋に足繁く通う日々が続いた。しかし、考えてみれば、たとえば文庫本を一冊買うだけのために往復四十キロ以上の距離を走らなくてはならないのはまことに不効率なことである。同じ距離を走るにしても図書館を利用できれば、蔵書数は町の本屋に比べてはるかに多いし、何よりも財布の中身を気にすることなく何冊もの本を好きなだけ読むことができる。
 周辺の町に立派な図書館があることは知っていた。しかし、その町の住民以外の者が図書館を利用することができるのだろうかという疑問が、そうした図書館を訪ねることを逡巡させていた。
 とはいえ、活字への欲望は募るばかりである。私は思い切ってある町の図書館を訪れ、
「この町に住んでいなくても利用できますか」と尋ねてみた。
「いいですよ。郡内の方であればどなたでも利用できます」
 にっこりとほほ笑みながら答えてくれた受付の女性が格別美しく見えた、と言ったら失礼かもしれない。が、それ以来、郡下の図書館数館を掛け持ちしながら、往復数十キロの道のりを走る週末が続いている。
 私にとって、図書館は活力の原点であり、知恵と不思議がいっぱいに詰まった魔法のお城だ。目移りしながら本を選ぶひとときは、田舎暮らしゆえに一層至福の時間なのである。

*だいぶ以前、まだ旧藤橋村在住時に図書館関係のパンフレットに書いたエッセイです。田舎暮らしで は、図書館へ行くのもままならないということを知って欲しくてこのブログに再掲しました。
今でも毎週、図書館へ行って5~10冊ほど借りてきます。それを一週間で読んで、また新しい本を借り るということの繰り返しをしています。
図書館でも本屋でも、本に囲まれているだけで幸福を感じてしまいます。

2008年05月23日

●アルネ君のおしゃべり

我が家には「アルネ君」という名前のうさぎがいます。
年齢は7歳、うさぎとしてはなかなかに長命ですが、まだまだ元気いっぱいです。

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ところで皆さんは、うさぎの鳴き声を聞いたことがありますか。
「そう言われればあまり聞いたことがないなあ」という方がほとんどだと思います。
うさぎという動物、実はほとんど鳴かないのです。
ごく稀に、危険にさらされたときや苦痛を感じたときに鳴きますが、うさぎが鳴くときというのは、本当に死の恐怖を感じているときです。

嬉しいときにもうさぎは鳴きます。
このときの声は、ブッブッという喉の奥から出てくる短い声です。
アルネ君もボールで遊んでいるときなどによく「ブッブッ」と鳴いています。(ブタみたいですね。)

うさぎの鳴き声というのは、これまでこの2種類だけだと思っていました。
ところが、つい先日のこと。
アルネ君が「キュ、キュ」と小さな声で鳴いているではありませんか。
ごはん(ハードタイプラビットフード・牧草・ほんの少し乾燥パイン)を食べたあと、リラックスしているときです。
すぐ近くで夕食を食べていた私たち家族は驚いてしまいました。
これまでそんな声で鳴いたことはなかったし、さまざまな本にも、うさぎがそのように鳴くなんて書いていなかったからです。
7年間、家族の一員としていっしょに暮らしてきましたが、初めて聞いたタイプの声でした。

うさぎに詳しい方、こんなふうにうさぎが鳴くものでしょうか。
ウチの家族は、うさぎと猫に関してはかなりの専門家だと自負していたのですが・・・。

2008年05月25日

●猫の病気

ウチには猫が7匹います。
そのうち5匹がオス猫なのですが、こやつらがみんな不調です。
全員が「下部尿路疾患」という病気なのです。

「下部尿路疾患」は、尿内の成分が結晶化し、尿道が結晶によって詰まってしまう病気です。
オス猫が罹患する率が高く、この病気にかかった猫は尿がうまく出ないために頻繁にトイレに行きます。
放置すると血尿が出たり、最悪の場合は尿毒症で死亡してしまいます。

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治療方法としては、結晶ができにくい成分の食事を摂らせることにつきます。
市販されている餌ではダメで、獣医が販売する特別の餌を与えなければなりません。

で、現在、ウチのオス猫5匹全員がこの餌を食べています。
問題はとにかく高価なこと。一袋5,000円以上します。それを5匹が食べていますから、頻繁に買わなくてはなりません。
幸い、さほど重症の子はおらず、ときどき尿が出ずらい程度で済んでいますが、動物を飼うのは、なかなかにお金がかかるものです。

5匹のオス猫のうち「くろ」と名づけられた猫は、この病気に加えて口内炎もわずらっており、その薬も飲んでいます。
「くろ」は鬱病傾向もあって、手がかかるヤツです。
猫も人間同様、さまざまな病気にかかるものなのですね。

写真:コイツも下部尿路疾患の「ルーン」

2008年05月27日

●海まで2時間

海が好きです。
以前に住んでいた旧藤橋村は岐阜・滋賀・福井県境の村だったため、滋賀県側の峠を越えるとすぐに琵琶湖、もう少し行くと福井県敦賀の海へ行くことができました。

今はその頃よりも若干遠くなりましたが、それでも2時間少々で敦賀まで行くことができます。
東京に住んでいた頃もよく海へ行きましたが、水の綺麗さは関東の海とは比べものになりません。何メートルも深い海底が透けて見えます。
また、海水浴シーズン、関東の伊豆や房総のビーチは芋洗いさながらの人出となりますが、敦賀の海はハイシーズンでもじゅうぶん余裕をもって泳げます。
そしてシーズンを過ぎてしまえば、砂浜は静寂そのもの。
シーズンオフでも「海っておしゃれだぜ」的な若者があふれ、海岸通はいつも渋滞している湘南の光景が嘘のように穏やかで静かです。
日本海といえば荒波という演歌的イメージが強いのですが、冬場以外は波も小さく、外房や九十九里の豪快な波が懐かしいほどです。
もっとも、冬の日本海はさすがにすごいですよ。
何年か前、仕事で2月に福井県の海岸を廻った際には、見上げるほどの高さの波が防波堤を洗っていて「演歌の歌詞って嘘じゃなかったんだ」と感動したものです。

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先月も家族で敦賀へ行ってきました。
私は磯の生き物の観察をし、カミさんと娘は貝を拾い、一日遊んだ帰路、傾いた日ざしが鮮やかに水平線を輝かせていました。

2008年05月28日

●蛍

一昨日の晩、散歩していたら、家の裏手の水路で蛍を見かけました。
まだ時期が早いのか2匹だけでしたが、あの透明なうす緑色の光はなんとも言えず美しいもので、思わず見入ってしまいました。
ウチでは毎年、初夏になると、家族で蛍を見に出かけます。
家の近くでもけっこういるのですが、良く行くのは車でしばらく走った根尾川の周辺です。
根尾川本流に注ぐ支流には、あちこちに蛍の乱舞が見られる場所があります。
でも、前の年まで蛍が群れていた場所に明るい水銀灯が設置されてしまい、蛍がいなくなってしまった場所もありました。
また、蛍見物に来る人の中には、車のライトをつけっぱなし、アイドリングしっぱなしという人もけっこういます。
そんな身勝手な人間に追われながらも、たくましく生きている蛍にエールをおくりたいですね。

ところで蛍の光って、星の光に良く似ているような気がします。
特に似ているのは、織姫星としても有名なこと座のベガです。蛍が見られる頃、ちょうど東の空にベガが高く上り始めているのですが、蛍とベガの色は本当に良く似ています。
晴れた晩、蛍見物に行く機会があったら、蛍の光とベガの輝きを比べてみてくださいね。

2008年05月31日

●実験!白青写真・・・?

時代は変わるもので、フィルムを使ったカメラを見ることも珍しくなりました。
ついこの前まで、写真というのはフィルムに感光させ、それを化学処理することで現像し、引き伸ばし機でプリントするものだったのに・・・。

そんなことを考えていたら、突然、子供の頃に試みた「青焼きコピーの写真」を思い出してしまいました。
「なんじゃ、そりゃ」と多くの方は思ったでしょう。
というより、青焼きコピー自体を知らない人がほとんどかもしれません。
青焼きコピーというのは、感光薬品を塗布したコピー用紙とトレーシングペーパー等の薄い紙に書いた原稿を重ねて機械に通して感光させ、それを薬品処理して文字部分だけを青く浮き上がらせる複写機です。
現在のようなトナーを使用したコピー機が出現するまでは多くのオフィスで使用されていました。

当時、東大和天文同好会の事務局だった私の家に、この青焼きコピー機がありました。
会誌を印刷するために使っていたのですが、あるときふと思いついたのです。
この感光紙で写真を撮ることはできないものかと。

さっそく私は、感光紙を35mmフィルムの大きさに切ってカメラに装填しました。
ベランダに三脚を据えて、バルブで露出すること数十秒。
カメラから取り出した感光紙を複写機の中の薬品に浸すと・・・。
おお、屋外の風景がちゃんと写っているではありませんか。

それから実験を繰り返し、晴れた日であれば数十秒程度の露出時間でふつうの写真のように撮影できることがわかりました。(ただし白黒写真ならぬ白青写真ですが。)
曇りや雨の日はいくら露出時間を延ばしてもダメでした。
子どもごころに『初めて湿版写真が撮られた頃もこんな感じだったんだろうな』などと感慨に耽ったことを覚えています。

で、天体は、といえば・・・。
月はちゃんと写りました。ただし50mm標準レンズですが。
望遠鏡を使った撮影では、まったく写りませんでした。
今のように自動追尾できれば写ったのかもしれませんが、当時は手動ガイドの時代だったため、露出時間を延ばすことができませんでした。
星は・・・言うまでもなくアウト。

子どもの頃はこの他にもあれこれ実験めいたことばかりやっていました。
これからしばらく子ども時代の科学実験話を書こうかと思います。次回は自作フィルターのお話です。