2008年10月01日

●星景写真はロケハンが命

百武彗星とヘール・ボップ彗星の話題を続けて書いたので、その勢いで今回もヘール・ボップ彗星のことを・・・。

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写真は、ヘール・ボップ彗星の最盛期に、プラネタリウムのある藤橋城を前景に撮ったものです。ずいぶんと多くのメディアで使われた有名な写真です。
この写真を撮る際は、それなりに事前の調査を行いました。
藤橋城を中央に配して、彗星とプレアデス星団を左右に振り分けた絵が欲しかったので、彗星とプレアデス星団の位置関係は星図であらかじめ確認、また、山や立ち木もきれいに配置したかったので、昼間のうちに周辺をロケハン、夜間の星空と景色を頭の中でシミュレーションしながら、揖斐川の河原の一角を撮影地に定めました。
また、藤橋城周辺は夜間照明がないので、藤橋城へ上るスロープの下に車を停め、車のライトでお城を照らし出すことにしましたが、ヘッドライトでは明るすぎるのでスモールライトだけでライティングすることにしました。

という準備を経て撮影したのがこの写真です。
この写真に限らず、いわゆる星景写真を撮る際には現場に行って構図一発、というわけにはなかなかいきません。
事前に調査をしておかないと、特に夕空の彗星のように西に低い天体は、構図が決まらないままおろおろするうちに沈んでしまったというミスを犯しがちです。
もっとも、私の過去の失敗例で、事前にロケハンしておいた場所へ夕空の細い月を写しに行ったら、その場所が工事中で入れず、結局撮影できなかったということもありましたので、事前に調べておけばすべてうまくいくというわけでもないのですが・・・。

2008年10月02日

●三日月

仕事の帰り、暮れなずむ空に細い月がきれいでした。
カメラを持ち出して、家の近くの路上からパチリ。

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三日月に抱かれるように太陽の光が当たっていない部分もぼんやりと見えていますが、これは「地球照」といいます。地球に反射した太陽の光が月まで届いて、月の夜の部分を光らせているのです。「そういえば見たことある」という方もきっといますよね。

月の近くには金星も見えていました。
「宵の明星」として親しまれている金星ですが、今のところは西に低く、太陽と地球との位置関係から明るさもイマイチです。
でも、西が開けている場所なら街中からでも見えますから、良く晴れた夕方には探してみてください。

南の空には、木星が一番星として輝いています。
こちらは金星以上に見つけやすいので、ぜひ探してみてくださいね。

月はこれから日増しに太ってきて、二週間弱後には満月を迎えます。

2008年10月04日

●詩「収蔵庫」

螺旋階段を降りたドアを開けると
古い廊下が続いている
今は使われていない旧館へ続く廊下には
いつしかうす闇が積もり始め
かつての展示室も
周辺からうす闇に溶け始めているらしい

廊下の突き当たり
収蔵庫の一隅に
古い液浸標本が残っている
くの字に身体を折り曲げた男の死体がいつからあるのか
誰も知らない
液面から露出した男の顔はすっかり崩れてしまっている
それにしても
これほど大きな標本瓶を
どこから見つけてきたのだろう

台帳にも載っていない標本瓶の表面には
『A-3』というラベルが貼ってある
館長だけがラベルの意味を知っているらしいのだが
誰一人
訊ねようとはしないのだ

ひとしきり死体を眺め
僕は収蔵庫を後にする
リノリウムの床に僕の靴音が響き
そう
年を経る毎に
この廊下は狭くなってゆくようだ

館長と親しかった父が
失踪してから10年になる


*昔に書いたちょっとホラーな詩などを・・・。
博物館が好きです。最近はどこの博物館もきれいになり、体験型の展示など楽しみながら学べるところが増えてきていますが、私の好きなのは古めかしく静まり返った古い博物館です。薄暗い石張りの床に靴音だけがこつこつ響くような。
国立科学博物館の旧館なんていい感じですね。子供の頃は、ミイラと干し首の展示を見に行くのが楽しみでした。
なので、古い博物館の今は使われていない収蔵庫なんてすごく魅力を感じます。
打ち棄てられ静かに変質していく収蔵品が語るそれぞれのストーリー。
遺棄されたものであるからこそ、そのどれもが厳かで犯しがたい物語であるような気がするのです。

2008年10月05日

●秋の草原を歩く

昨日は、カミさんと二人、家の近くの湿地を歩きました。
水の中には大小の魚、ザリガニ。
草原を歩めば、無数のバッタやコオロギが跳びはね、飛び立ちます。
陽だまりにはカマキリが獲物を待ち、シロチョウやタテハチョウが飛び交っています。

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子供の頃は、学校から帰るなり近くの原っぱで昆虫を探したものでした。
といっても、虫かごを持って行って採集するわけではありません。さまざまな昆虫の生態を観察するのです。
そんなことを繰り返していると、次第に昆虫を見つける「目」が早くなります。友だちと一緒に行っても、私だけが昆虫を見つけるので、いつも不思議がられていました。「目」ができてくると、草の陰にいたり擬態をしている昆虫が、浮き上がって見えてくるようになるのです。
同じことが天体観察でもいえます。私は、ほとんどの星雲・星団をファインディングチャートや機器の助けなしに一発導入できますが、それも長年の苦労の賜物です。子供の頃は、明るいメシエ天体ですら導入できずに困りに困ったものでした。

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カミさんも、子供の頃には原っぱや森で遊んでいたとのことで、目の早さはなかなかです。昨日は二人でずいぶんたくさんの生き物を見つけました。
今の子供たちは、なかなか自然の中で遊ぶ環境にありませんが、少しずつでも自然を回復させていって子供たちが原っぱや水辺で遊ぶようになれば、歪んだ社会が元に戻っていくような気がします。

写真:トノサマバッタ、交尾中の(多分)ヒメアカタテハ

2008年10月06日

●天使の梯子

先月の台風13号通過直後の夕空です。

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東海地方にもかなりの影響があると予想されていましたが、幸いなことに雨も風もたいしたことはありませんでした。
台風が通り過ぎてすぐから晴れ始め、ご覧のように「天使の梯子」と呼ばれる現象をきれいに見ることができました。
「天使の梯子」は、雲間から漏れた光が放射状の筋となって見える現象です。
さほど珍しい現象ではないのですが、それでも見るたびに一種の覚醒感というか、宗教的感慨を抱かせられます。
よく、台風一過の晴天、と言いますが、残念ながら翌日はすっきりとした晴天にはなりませんでした。
暑い日が続いていましたので、台風が去って涼しい秋の空気に覆われることを期待していたのですが・・・。

2008年10月07日

●夕空の金星

秋が深まるとともに、長いこと南の空に君臨していた木星も次第に西へ低くなりはじめ、かわりに西の低空で「宵の明星」金星の輝きが目立つようになってきました。

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金星は、その美しい輝きから、西洋では美と愛の女神「ビーナス」と呼ばれています。
地球よりもひとつ太陽よりの軌道を回っている惑星で、大きさは地球よりもわずかに小さい程度です。
大きさは地球とよく似ているのですが、キラキラ輝く美しい外観とはうらはらに、その環境は過酷です。表面の温度は摂氏500度、硫酸の雲に覆われ、火山が絶えず噴火している灼熱地獄です。
金星がこのような環境になってしまったのは、太陽に近く、地球よりも受ける熱量が多いことに加え、厚い大気の主成分が二酸化炭素で、温暖化が極度に進んでしまったことによります。

とはいえ、もともとは地球も、二酸化炭素と火山の噴火によって放出された亜硫酸ガスにあふれた、金星とさほど変わらない環境でした。
そんな地球が現在のような環境に変わったのは、海の存在によります。
大気中に充満していた二酸化炭素が海水に取りこまれ、さらには植物が発生したことによる光合成で二酸化炭素が減少して酸素が増えていきました。珊瑚などの硬い殻を持った動物が、石灰質として二酸化炭素を固定したことも二酸化炭素除去に大きな作用を果たしました。
こうして、現在のような住みやすい地球となったわけです。

とはいえ、ここ100年ほどの間に、地球の二酸化炭素は爆発的に増加しています。
二酸化炭素の量がある限界点を超えたとき、暴走的な温暖化が始まるという予測もあります。
地球が金星のような灼熱の星になるかどうかは、私たち人類にかかっています。

写真:夕空の月と金星(10月2日撮影)

2008年10月09日

●詩「距離」

波打ち際
細い裸身をシルエットにして
一人の少女が歩いている

黄昏の風が流れ
群青に染まる空
水平線からいつか
巨大な銀河が昇り始め
肌を打つ宇宙線と
重力波のざわめきの中で
銀河の輝きは
いっそう壮麗に冴え渡り

少女の髪を靡かせるのは
素粒子の風
訊ねなければならないことがこんなにあるのに
少女にいつまでも追いつけない

少女の白い肌が
いつかうす青く染まり
やがて
輪郭だけを残して異星の星空へ溶けてゆく

それなのに
僕はまだ地球にいて
時空の冷徹さを悔やみながら

少女に何を訊ねるべきなのか
ここ何億年かの自問を
再び反芻し続けてゆくのだろう

*銀河系の外縁にある惑星に海があるとすれば、地球で天の川が東から昇ってくるように、巨大な渦を巻いた銀河系が水平線から昇ってくるようすが見られることでしょう。
どこにあるとも知れないそんな惑星の渚を、圧倒的な寂寥に身を任せて、ただ一人歩いてみたいと思います。

2008年10月11日

●童話「みずいろのこぶた」

 よく晴れた8月の日曜日でした。奥さんも娘さんも買い物に出かけてしまい、家にいるのはパパ一人きりでした。
 まだ朝の十時です。本でも読もうか、それとも好きな音楽でも聴こうか、そんなことを考えていたとき。
 ピンポーン。チャイムが鳴りました。お客さんです。きっと近所の奥さんか娘さんの友だちでしょう。
 ところが、玄関に出てみると、それはずいぶんと変わったお客さんでした。ドアの向こうに立っていたのは、水色の小さなぶたさんだったのです。
「こんにちは」
 ぶたさんは、短い両手をおなかの前でそろえて礼儀正しくあいさつをしました。
「ちょっとお邪魔してもいいですか」
 パパは、ちょっと困ってしまいました。ぶたさんに知り合いはいないはずです。
 それでも、これといって急ぎの用もありませんでしたから、パパはぶたさんをダイニングに案内しました。少し迷ってからアイスティーをいれます。ぶたさんが、どんな飲み物を好きなのかよくわからなかったからです。
 さいわい、ぶたさんは、アイスティーが嫌いではないようでした。ストローで半分ほど一気に飲みほすと、
「ああ、おいしい。やっぱり暑い日は、冷たいカルピスかアイスティーですよね」
 そう言ってくれました。
「旅の途中で疲れてしまいましてね。お宅で休ませてもらおうと思ったわけなんですよ」
 ぶたさんの言葉に、パパは尋ねてみました。
「どちらへ行く途中なんですか」
「夏の国から秋の国へ。僕たち小さなぶたは、季節が変わるごとに、こうして旅をしているんですよ」
「そうですか。それはたいへんですね」
 そう言ったものの、それがどんな旅なのか、パパにはよくわかりませんでした。
 アイスティーを飲んでしまったぶたさんは、
「あのお、僕、おなかもすいているんですけど何か食べるものはありませんか。ほんの少しでいいんです。おいしいものじゃなくてもいいんです」
 もじもじしながら、そう言いました。
「ああ、それは気がつかなくて」
 パパは、台所のあちこちを探してみましたが、見つかったのはラーメンだけでした。
「すいません。あいにくとラーメンしかありませんが」
 ぶたさんの顔がパッと明るくなりました。
「ラーメン。僕、大好きなんです。とくにとんこつラーメンが」
「それはよかった。ちょうど、とんこつラーメンがありましたよ」
 とんこつラーメンが好きだなんて、おかしなぶたさんだなあ。そんなことを思いながら、パパはラーメンを作りました。
「ところで、ふつうのぶたさんは、そんなきれいな色をしていたかなあ」
 ラーメンを食べているぶたさんに、気になっていたことをパパは尋ねてみました。
 ラーメンを、つるつるっとすすると、
「僕の体は、季節で色が変わるんです。春はピンク、夏は水色、秋はオレンジ、冬は白に」
 ぶたさんは答えました。
「じゃあ、これから秋になると、君はオレンジ色になるんだね」
 パパは言いましたが、オレンジ色のぶたさんの姿を想像することは難しそうでした。
「でもね、もみじと同じ色だから、ふつうの人には見えません。もみじの木に、いつでも僕はいるんですけどね」
 ああ、そうか。パパは思い出しました。満開の桜の枝に、小さなピンクのぶたさんが、ちょんまりと座っているのを見たことがあったのです。あれはいつのことだったのか、もう何十年も昔のような気がするけど・・・。

 ラーメンのおつゆを全部飲んでしまうと、ぶたさんは短い足で椅子から飛び降りました。
「それでは、僕はもう行かなくてはなりません。アイスティーとラーメン、ごちそうさまでした。いろいろとありがとう。
それから」
 小さな声で、ぶたさんは言いました。
「いちご大福も僕は好きです」
 パパは、笑いだしてしまいました。
「いちご大福は僕も大好きですよ。また、いっしょに食べましょう」
「はい!」
 ぶたさんは元気よく答えました。その姿が、だんだんと薄くなり、やがて夏の空気に溶けるように消えてしまうまで、パパはぶたさんを見つめていました。
 窓から吹きこんだ風が頬を撫で、ガラスの風鈴をチリチリと鳴らします。
 パパは、窓辺に寄ると空を見上げました。夏の終わりの空は高く澄んで、吹きすぎる風は少しだけ秋の匂いがするようでした。


*だいぶ前に書いた童話です。
8月の終わりになるといつも、季節の移ろいを感じます。まだ暑くて日は長いのだけれど、葉を茂らせた木々の葉陰などに秋が隠れているような。
今はもう10月。ちいさなぶたさんは、もうオレンジ色に変わっているでしょうか。

2008年10月12日

●明け方のオリオン座

今朝3時半、ふと目が覚めて空を見ると、真南の空にオリオン座がきれいに見えていました。
オリオン座は冬の代表的な星座です。均整の取れた星の配列に加え、1等星と2等星をそれぞれ2個含み、それら明るい星に囲まれた四角形の真ん中には三つの星が仲良く並んだ「三ツ星」を配した大変に美しく目立つこの星座は、真冬の晩、9時から10時頃に真南に見えます。

「冬の星座なのにどうして今頃見えるの」と思われた方。
地球は24時間で西から東に自転しています。そのために、星座を作る星はどれも、1時間に角度の15度ずつ、東から西へ移動していきます。
今の時期、早い時刻には秋の星座が見えていますが、時間の経過=地球の自転と共にそれらの星座は西へ傾き、東の空からは冬の星座が昇ってきます。そしてちょうど3時半頃、オリオン座が真南の空に見えるようになるのです。
つまり、明け方にはちょうど反対側の季節の星座が見えるというわけで、冬の明け方には、夏の代表的な星座である「さそり座」を見ることができます。
「早起きは三文の得」と言いますが、星好きにとっては、早起きすることによって普段は見ることができない反対側の季節の星座を楽しむことができるわけです。

オリオン座のほかにも、冬の星座には明るい星を含むものが多く、豪華絢爛な印象を与えてくれます。
しばらく、そんな豪奢な星座たちを楽しんでから再び床に入りました。
あと2ヶ月もすれば、寒空にそんな星座たちを見上げる季節がやってきます。

2008年10月13日

●天文台の昼間公開

今日は、プラネタリウムのある藤橋城・西美濃天文台周辺で「藤橋どんどん」というイベントがありました。
このイベントでは昨年から天文台の昼間公開を行っており、今年は施設担当ではないのですが、忙しい時間帯に手伝いをしてきました。

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晴天に恵まれましたので、大勢の方に昼間の星を見ていただくことができました。
アルクトゥルスや金星を観望したのですが、残念ながら金星はいちばん視直径も小さく形も丸に近い姿で、あまり見栄えはしませんでした。それでも明るいので、ほぼ全員が昼間の金星を確認することができたようです。
これが恒星となると、明るい1等星であってもどうしても見えない人もいて、申し訳ないような気にさせられます。
昼間の場合、同じ惑星でも、金星以外の星となると、水星はまだ見やすいものの、木星は青空に漂うクラゲのよう、土星に至っては溶けかけたクラゲのようで見えるか見えないか、火星も意外に輝度が低く金星や水星ほどには見やすくありません。

2008年10月15日

●秋の雲

ようやく秋めいてきて、空の様子も夏とは変わり始めています。
写真は、先日撮影した午後の空。

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高積雲や絹雲といった秋の雲がたくさん見えていました。
夏は気温が高く、上昇気流によって積雲や積乱雲(夕立を降らせる雲です)ができることが多いのですが、秋は上空の気温が低くなるため、あまり積乱雲は発生しません。
そのかわりに、氷の粒でできた淡い雲が刷毛で掃いたように青空を飾ることが多くなります。
この日、午後の早い時間帯は写真のような秋めいた雲がたくさん見えていましたが、夕方になるにつれ、高積雲(ひつじ雲)が増えて、夜には曇ってしまいました。
一般に高積雲は、天気の悪くなる前兆と言われています。

2008年10月16日

●ひつじ雲の夕暮れ

昨日は秋らしい雲の画像をUPしましたが、今日の画像はその日の夕方の様子です。
いわゆる「ひつじ雲」と呼ばれる高積雲が、暮れてゆく西の空をいっぱいに埋めていました。
地平線からの日ざしに照らされて、金色に光る雲のさまがとてもきれいでした。

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夜の星空もいいですが、昼間の空もなかなか捨てがたいものです。写真を撮るにしても、天体と違って気楽に撮れるところがいいし、何より夜中にごそごそ動き回るより健康的?です。星を見るのが好きな方は、昼間の空にも目を向けてみると、楽しみが広がりますヨ。

で、雲の話題とはまったく関係ありませんが、このたびカミさんがホームページを作りました。
「星の絵の具箱」というタイトルで、このブログからもリンクしています。
内容は星や自然に関する絵や写真、エッセイなど。
よろしければご覧下さいませ。携帯からも見られます。

2008年10月17日

●詩「こびと」

みどりの家に住むこびとは
紫の瞳
くるぶしまで届くスカートに
星型のぼんぼんがついた帽子をかぶっている

ぼんぼんの星型は
いつも真っ青に輝いて
あれはきっと本物の星だよ
重力と質量を感じるもの

金色の髪はゆるいウェーブ
ちょっと上を向いた鼻が生意気そう
いつも虹もようの靴をはいて
僕の店にもときどき花を買いに来る

買っていく花は
いつもフリージア
お金のかわりに
宝石のかけらを置いていくんだ

男の子か女の子か
しげしげ見つめてもわからない
言葉も通じないから
たぶん地球の生まれではないんだろう

こびとが帰ったあと
いつもヘリウムの冷たさが残っている
人形をした冷たさの中に
時折
見知らぬ星雲が揺らめいていたりもするよ


*またまたわけのわからない詩(のようなもの)など・・・。
子供の頃からずっと詩を書いてきましたが、いわゆる学校で習うような詩と違って、心の中にふと浮かんだ絵画を文章で現したものがほとんどです。
なので、国語の授業のように「作者の心理を推察しましょう」的な詩はあまりありません。こうした詩をふくらませて書いた小説もけっこうあります。その意味ではこれまで書いてきた詩はどれもが小説のネタみたいなものかもしれません。
そういえば、ちょっと前にこのブログでも紹介した「おばけのおしり」という童話も、もともとは短い詩でした。
詩は300編ぐらい書き溜めてあるので、その気にさえなれば小説や童話も300編ぐらい書けそうです。
でも、ここ3年ぐらい、詩を書いてないなあ。

2008年10月18日

●秋の海

今日は久しぶりに家族で海へ行ってきました。
秋の日本海は波も風もなく、驚くほど穏やかでした。

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夏場は大混雑する砂浜も、今日は何組かのカップル、ライダー、犬を連れて散歩に来ている人、絵を描いているおじいさんなど、心静かに秋の午後を過ごす人たちが三々五々、水平線を眺めているばかりで、透明な日ざしと風の中、私たちも心安らぐ時を過ごすことができました。

帰りは滋賀県と岐阜県をまたぐ八草峠を通り、揖斐川町坂内から藤橋へと抜けてきます。
藤橋でちょうど暗くなったので、車を停めて星を眺めました。
あまり透明度は良くなかったのですが、夏の大三角が天頂に輝き、南西の山並みへ天の川がほの白く流れ落ちるさまが美しく、しばらく三人でぼけっと夜空を見上げていました。

オリオン座流星群が活発らしいので、夜半は月が大きいものの、観測をしようと思っていたのですが、25時近くに空を見てみると、透明度が思ったよりも悪く観測はできませんでした。

2008年10月20日

●バトン

あるところからバトンが回ってきたので・・・。
たまにはこういうのもいいか、と。

小説書いてますバトン

●小説を書き始めて何年?
→小学6年生のときに恋愛小説(!)を書いたのが最初。あえて何年とは言わない・・・。

●1日どれ位小説のこと考えてる?
→書かない日でも毎日少しだけは考えます。仕事で原稿の依頼があったときには締め切りまで頭から離れないので、できるだけ早く書いてしまいます。なかなか優秀。

●夢を文章で見たことある?
→あります。というか、小説や詩の文章がそのまま浮かんできたことが・・・。

●プロットは立てる派?
→モノによるかな。100枚以上の長いものは矛盾が生じやすいので簡単なプロットを作るよ。

●何に下書きする?(携帯など)
→基本、下書きはしない。そのままPCで。

●仕上がるまで掛かる時間は?
→短編はその日のうちに仕上がることも。長編は数ヶ月。でも、書いてから推敲するので、短編であっても何ヶ月も書き直しをすることも。

●話しの長さは短い方?それとも長くなる方?
→長くなりがちなので推敲の際にできるだけ削る。

●書く上で気をつけていることは?
→当然ながら文法や語法に間違いがないように。長編は全編を通じて論理的矛盾が生じないように。予定調和にならないように。感動的な描写?の場合、甘くなりすぎないように。

●好きな作業は?逆に嫌いなのは?
→好きなのは構想を練る段階。嫌いとは言わないけど、書くのが好きなのに執筆は苦痛。

●得意な傾向(切ないなど)は?逆に苦手なのは?
→得意なのは…現実と非現実の交差あるいは同居。切ない系も意外に得意かも。
→苦手…ホラーは得意だけど、残虐系は嫌いだし書かない。基本、人や動物が死ぬのは書きたくないなあ。あとは愛憎入り混じったドロドロ系も。書けと言われれば何でも書けるけど。

●得意な視点(人称)は?逆に苦手なのは?
→一人称でも三人称でも大丈夫。

●ぶっちゃけ書くより読む方が好きだったりする?
→両方好き。書くのはしんどいけど。

●憧れの物書き(又は作家)さんを教えて下さい
→根本的な影響を受けたのは北 杜夫さん。森 絵都さん、あさのあつこさん、藤野千夜さんといったヤングアダルト系の作家も好きですね。梨木香歩さんもすごい。ハードSF系では、古くは光瀬 龍さん、
最近では野尻抱介さん。児童文学では竹下文子さん。

●では最後に上で答えた得意な視点でSSを書いて下さい。お題『愛しい人へ』(難しい人は今日の日記でもいいです)

→詩みたいなものを・・・。

雪明りの道で
ミイラが一体
凍えている

電柱に凭れ
やや右に傾いて
凍りついた長い髪
女、らしい

黒い眼窩に粉雪が降り積もり
夜更けの住宅街
誰一人
ミイラに気づく人もない

ひとしきり
風が粉雪を舞い上げて
彼女の髪が
さらに底黒く乱れ

僕は知っている
仰向いたミイラの顔が
二階の窓から見おろす僕の顔だけを
じっと見つめていることを


こんなもんでいいのかな。レンさん、幽鬼さん。
え? このSS? これも愛です。

渡す人を思いつかないのであとはフリーで・・・。

2008年10月21日

●朝夕の北斗七星

あまり星に興味のない人でも「北斗七星」は聞いたことがあると思います。
7つの星が、ちょうど水を汲む「ひしゃく」の形に並んでいる北斗七星は、ひとつの星座だと思っている方も多いのですが、実際は「おおぐま座」の腰から尻尾を作る星の並びです。

hokuto1.JPG

「おおぐま座」は春の代表的な星座。
「ということは今は見えないんだ」と思われそうですが、実は北斗七星、夕方と明け方、どちらの時間帯にも見ることができます。

北斗七星は、北極星に近いところにあります。北極星といえば、いつも真北の空に光っていて一晩中、ほとんど動かない星です。そんな北極星の近くにあるために、北斗七星もそれほど大きく夜空を移動しません。北天の星が高く見える北海道の北部へ行くと、北斗七星が沈まずに一晩中、北の空を回っていくようすを見ることもできます。

残念ながら本州では、まったく沈まない北斗七星を見ることはできませんが、今の時期、夕方、暗くなってすぐの時刻には北西の低い空に横たわるように、夜明け前には北東の空に立ち上がるように見ることができます。
もちろん、高く昇って見やすいのは春なのですが、時間帯を選べば、北斗七星はほぼ1年中、見ることができるわけなのです。ちょっと意外ですね。

写真は、カメラのシャッターを開いたまま、5分ほど露出した北斗七星。
地球の自転のために星が動いて、長く伸びて写っています。

2008年10月22日

●「足るを知る」

秋も次第に深まって、カマキリをあちこちで見かける季節となりました。
「カマキリなんて大きらい」という方もいるようですが、私はなぜか、子供の頃から大好きです。
初夏、卵から赤ちゃんカマキリがざわざわ孵化しているのを見つけるのも、秋の好日、日向ぼっこをしているようすを観察するのも、獲物の昆虫をむしゃむしゃ食べているのも見るのも実にいいものです。

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そう、カマキリは肉食です。食べられる昆虫はかわいそうですが、カマキリは不必要に他の昆虫を殺すことはありません。生存に必要なだけしか食べないのです。
これは動物も同じです。草食動物がライオンなどに食べられている光景は残酷に思えますが、自然界全体としてはそれでバランスが取れています。
それに比べて人間のなんと残酷なことか。気持ち悪いとか邪魔だというだけの理由で昆虫を殺し、本当は人間が生息域を脅かしているにもかかわらず、さまざまな野生動物や植物を殺し、飼うのが面倒になったという理由で可愛がっていたペットを保健所送りにし・・・。

モノが欲しい、金が欲しい、人間の欲には限りがありません。欲しいものが手に入ったならば、もっとたくさん、もっといいものが欲しくなる、自分に都合の悪いもの、要らなくなったものは殺すか捨てるか目につかないところへ隠してしまえばいい、そんな人間の生き方に比べて、他の生き物のなんと無欲なことかと思います。彼らは最小限の生存の糧を得られればそれ以上を欲することはありません。

「足るを知る」。
昆虫や動物を見ていると、いつもこの言葉を思い浮かべます。
すべての欲を捨て去りなさいとは言いませんが、せめて我欲のために罪のない他の生き物に迷惑をかけない生き方を心がけたいものですね。

2008年10月24日

●詩「鏡」

鏡を見るたび
いつも後ろにいる人は誰かしら
女の人
べっとり濡れた髪をして
水の蒼さのその面差し
開いた口元は何かを言いたげで
私をじっと見つめているその眼が
海の底みたいに暗い

そういえば
前にはもっとぼんやり
遠くにいたような気がするけど
今では
すぐ後ろに立っている

だから
濡れた髪の一本一本まで見分けられる
それから
たしかに崩れ始めているその顔も


*毎度すいません。星に関係ない変な詩です。
ある朝、ふと鏡を見たら、あなたの後ろにこんな、見知らぬ女性が立っているかもしれません。
日を追うごとに近づいてきて変容してゆくその姿から、あなたはどうしても逃れることができないのです・・・。

2008年10月26日

●孤高な輝き「フォーマルハウト」

 冬や夏に比べると、秋の星空はどことなく寂しく感じられる。理由は明るい星が少ないからで、恒星のうちで最も明るい1等星が秋の夜空にはひとつしかない。
 この時期、夜の8時ごろ南の空を見ると、ぽつりと輝く明るい星が目にとまる。秋の夜空で唯一の1等星である「みなみのうお座」の「フォーマルハウト」だ。「魚の口」という意味のあるこの星、全天で21個ある1等星のなかでも18番目という明るさの上、南に低いので、何かと地味な印象の星である。しかし、その実態は太陽の15倍もの大きさがあり、1等星の中では4番目に太陽に近い恒星だ。

 中国ではこの星のことを、唐の都、長安の北門という意味の「北落師門」と呼んでいた。「北落師門」の詳しい意味や解釈はさておき、どことなく秋の夜空にぽつりと光るこの星の、孤独で寂しげな印象をよく表しているように思われる。日本では昔から「秋のひとつ星」などと呼ばれ、これもまた簡単明瞭で、この星のたたずまいに相応しい名前である。

 冬や夏の賑やかな夜空も素晴らしいが、秋も深まり、冷たい風に吹かれながらフォーマルハウトの孤高な輝きを見つめていると、去りゆく季節の寂しさと、これから訪れる厳しい冬の予感をにわかに身近に感じてしまう。移ろう季節を天界に見いだすのも、星も見る楽しみのひとつである。

初出:岐阜新聞連載「ぎふ星見人」(1992年11月3日)

2008年10月28日

●初めての流星写真

天体写真のなかで、流星は撮影が難しい対象のひとつです。
とはいっても、撮影方法は簡単。明るいレンズをつけたカメラを夜空に向けておくだけ。
固定撮影でもかまいません。明るい流星が写野を横切ってくれれば誰でも写すことができます。
問題は「明るい流星が写野を横切ってくれる」かどうかです。
広い夜空のどこに、そしていつ、流星が出現するかは神のみぞ知ること。狭い写野を明るい流星が横切ってくれる確率はかなり小さく、大きな流星群のときでも1時間に数個の流星が写るかどうかという成功率です。
フィルムカメラからデジカメに変わり、画像処理技術が格段に進歩した今日でも、その点は変わりません。流星撮影は「運」に大きく左右されるのです。

meteor5.jpg

私が初めて撮影した流星がこの写真。
当時、私は中学1年生でした。家にあった古いカメラにASA100のフィルムを詰めて、現像は近所のカメラ屋さんに頼みました。
矢印で示さないとわからないぐらいのうっすらとした流星ですが、眼視では-2等級で痕を残す立派なものでした。それだけに、写真が出来上がってきたときにまず思ったのは、流星というものは実に写らないものだということでした。
明るい流星であっても、光っている時間が1秒に満たないほど短いために、フィルムなりCCDの上に光を蓄積できないのです。その意味では、明るくてゆっくりした流星ほど、見映えがする写り方をします。
F3.5程度の暗いレンズにASA100のフィルム、しかもカメラ屋さん任せの普通現像ではこれだけ写っただけでも奇跡的なことでした。
何も情報のない当時の私は、天体写真というものは強力な現像剤を使用して増感現像をするということすら知らなかったのです。

それから幾星霜、ずいぶんたくさんの流星写真を撮影してきましたが、今も流星が写しづらい対象であることには変わりありません。
2001年の「しし座流星雨」ぐらい出現してくれれば、誰でも苦労せずにたくさんの流星が撮影できるのですが・・・。

2008年10月29日

●子猫

我が家にまた猫がやって来ました!・・・といっても家にいたのは一泊だけですが・・・。

先週末のこと、近所の子どもが捨てられていた子猫を持ってきました。雨の降る日に、箱に入れられて傘が差しかけてあったそうです。

tibineko2a.jpg

写真でおわかりのように、本当にまだちっちゃな子猫です。
我が家には、ビビさんという女王様猫が君臨しており、あいにくビビさんはたとえ子猫であっても他の猫が大きらいですし、かといってビビさん以外の6匹の猫がいる猫部屋にいきなり入れてしまうのもちょっと心配なので、娘の部屋にお泊りすることになりました。

余裕があればウチで飼ってあげたかったのですが、7匹の猫とうさぎの世話で精一杯のため、我が家に一泊だけして、子猫は里親さんを探してくれる施設に預けることになりました。
娘の部屋に放された子猫はようやく安心したようで、あちこち探検したり遊んだり。
子猫用の餌もよく食べるしトイレも自分でできるので、まずは一安心。

翌日の昼過ぎ、車で30分ほど走ったところにある保護施設へ。
10数匹の猫が飼われていました。
施設の人によれば、とても器量良しだし健康そうなので、すぐに里親が見つかるでしょうとのこと。
とりあえず安心して家に帰りましたが、本当にかわいい子猫でした。

それにしても、傘が差しかけてあったということは、捨てた人も心残りがあったのでしょう。
年間に数十頭の犬や猫が処分されているのがわが国の現状です。
子猫を捨てた人も、何とか飼ってくれる人を探す努力をしてほしかったと思います。