2009年01月01日

●2009年、日本はどうなる

明けましておめでとうございます。

昨年の元旦に「年頭所感」として2008年の日本経済の見通しを書きました。
原油高は続き、増大する長期債務など構造的な要因で株価の低迷も続くだろう、格差問題の根本はアメリカに追随してきた戦後の日本経済と政治の積もり積もったツケであり、総選挙による政権交代(=国民の意識変革)がなければ解決は難しいだろう、そうした中で地球規模の環境への取り組みが日本再生のキーワードになろう、そんな内容です。
そのときは、サブプライムローンに端を発した世界同時不況が訪れることは予想できませんでしたが、市場が限られているのに右肩上がりの経済成長が続くはずはないという意識は常にありました。

それから1年後。
経済情勢は激変しました。我が家の資産も半減しましたが、これは仕方のないことで、歪んだ成長を続けてきた世界経済が常態に戻ろうとしていると考えれば、さほど異常な状況ではないのだと思っています。
短期的には市場に激震が走るでしょうが、アメリカのビッグスリーも自らの経営努力で再生できないのであれば、潰れてしまった方が長期的にはプラスになるでしょう。

年頭に麻生総理は「日本こそ世界で最初に不況から立ち直る」と決意を述べました。
その心意気やよし、と言いたいところですが、日本経済の足を引っ張る最大の要因が、実は変化もなく進歩もない「政治」にあることを考えれば、総理の決意にうなずくことはできません。
自民党は、あまりの長期政権によって持てる資産(人材、発想力)を使いきってしまった感があります。給付金や高速道路1,000円均一など、子供でも考えそうな「政策」しか浮かばないことがそれを如実に示しています。
昨年も書きましたが、政権交代によってしかこの閉塞状況は打破できません。
不況脱出の決意を述べた首相率いる与党こそ日本経済の再生を妨げる最大の要因なのだということを、与野党の政治家はもう一度自覚すべきだと思います。

格差問題も深刻です。
小泉改革が悪かったという短絡的な論調が目立ちますが、どんな社会でも長い平和が続くほど金持ちと貧者の区別が鮮明になってくるものです。
よく二世政治家が問題になりますが、二世が幅を効かしているのは作家や芸能人も同じです。
親に資産や知名度がある二世は才能の有無に関わらずスタート地点から圧倒的に有利です。
親の資産を元に成功した二世の子孫はさらに有利なスタート切れるわけで、こうした状況は社会の全てをぶち壊す戦争や飢餓などが起こらない限り続いてゆきます。
「下流社会」という言葉が流行りましたが、現実はまさにそうで、平和が続くほど社会は「貴族」と「下流」の2階層に分化してゆくのです。
もちろんそうした流れにストップをかけるのが政治ですが、二世政治家がどんどん増えている現状では難しいように思われます。

今は息をついている原油価格も、基本的には産出量が減少する一方ですから、安くなったと喜ぶのでなく、余裕があるうちに次代のエネルギー政策を具体化しなければなりません。

昨年も書いた環境問題への取り組み。
これは世界で最も高い環境技術を有するわが国が、いちばん力を入れるべき分野です。
もちろんその根底には「地球を救う」という高い理念を常に掲げ、そのことを世界にアピールし続けることが大切です。国際社会で尊敬を集めることは、中長期的にわが国の将来にとって大きなプラスになるはずです。

中国が空母の運用を始めるというニュースもありました。
極東の軍事バランスは大きく変わっていくものと思います。
日本もシーレーンと島嶼防衛のために空母を運用する時期がきたのかもしれません。
今後の世界は、露骨な資源の奪い合いになっていくものと思います。
平和を希求する理念と適正な軍事力の保持は相反するものではないことを国民も政治家も自覚しなければ、国益を大きく損ねることになりかねません。

株価はあと3年は低迷するでしょう。今は頭を低くしてやりすごすしかありません。
構造的な不況の脱出に特効薬はありません。麻生総理が固執する「給付金」など、カンフル剤ほどの意味も持たないでしょう。また、自民党や民主党が掲げる「高速道路の低料金化・無料化」は温暖化防止に逆行するもので、交通インフラを活性化させたいのなら鉄道運賃への何らかの補助を行なうべきでしょう。

総合的には、今年のわが国の見通しに明るい要素はあまりないものと思います。
サービスやモノづくりの原点に立ち返って地道に働くしかないのでしょう。

ただ、世界が混乱している今、わが国の技術や制度、理念を誇りと誠実さをもって世界に発信し、アメリカ一辺倒だった世界の流れを変える大きなチャンスでもあります。
そのためにはまず政権交代、ということになるでしょうか。旧いしがらみでがんじがらめになった
今の政権では、未来を見据えた政策はまったく期待できそうにありませんから。

昨年同様、年明け早々から小難しいことばかり書いてすみません。
実は私、経済学部商学科の出身なんです。
明日からはまた、天文や田舎暮らしのことを書きますね。

2009年01月02日

●虹の麓

「虹の麓には宝物が眠っている」といいます。
今日、関ヶ原バイパスを車で走っているときに虹を見ました。
くっきりとした虹で、葉を落としたケヤキの枝を透かして「虹の麓」が見えています。
虹の見える原理もわかっているし、近づいても決して麓に行き着けないことは理解しているのですが、それでも近づいて確かめてみたくなる今日の虹でした。

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そう、私の生まれ育った東京では、虹を見る機会は決して多くありません。一年に一度か二度、見えれば運がいい方でしょうか。そして、見える時期は湿気の多い梅雨時と決まっていました。
ところが、いま住んでいる岐阜県西濃地方では頻繁に虹を見ることができます。あまりに何度も見えるので有難味も薄れそうなほど。
見える時期も東京とは異なります。冬がいちばん頻繁に見えるのです。
その原因は、日本海側から流れこんでくる湿った雪雲。「北山しぐれ」などと言いますが、冬は日がさしたかと思うとザーッと雨や雪が降ってくるという天候が多くなります。
大気中に水蒸気が非常に多いために、冬の虹が見えるのです。

今日は正月二日。
虹を見ることができたのは瑞兆でしょうか。

2009年01月04日

●詩「energy」

星の光が
ひときわ冴えるこんな晩
君の声は9月の匂いがする

「目を閉じて。
そうすれば心の中にまで星の光が届くでしょう」

白い頬に降り注ぐ遥かな時空のささやき
果て遠い記憶が
いつか君の周囲に描き出す
精緻な深宇宙のphotograph

「本当に大切なものなんてほんの少ししかないの。
たとえばこうして星の光を受けとめていられる
こんなひととき」

指を組んだ君の姿は祈りにも似て
白いTシャツの肩先
名も知れぬ銀河の輝きが亜高速で遠ざかり・・・

ふと風が流れ
その刹那
あえかな残像だけを残して君の空間は揺らめき消えて

大気中に拡散し続ける可能性のenergy
ひととき
街路樹の枝に
うす青い電離水素をまつろわせて

☆星は目で見るものですが、時には満天の星空を、体ごと受けとめてみたくなります。星光浴、という言葉があるかどうか知りませんが、そんな時は、やはり目を閉じて、星空のenergyを心いっぱいに吸収したいですよね。

初出:詩集「てのひらの中の宇宙」

2009年01月06日

●一人きりの年末年始

そろそろ正月気分もなくなろうとしていますね。
9連休明けの仕事始めは非常に忙しく、昨日、今日と、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

ところで、この年末年始、私は自宅にこもりきりで過ごしていました。
当初は9連休、しかも消防も早いうちに終わる日程でしたので、早めに東京へ帰省して久々に昔の仲間と騒ごうと思っていたのですが・・・。
クリスマス頃から胃腸炎を患ってしまい、東京へも帰れず、ずっと寝たり起きたりの日々を過ごしていたのです。
東京の仲間からは宴会先から電話を貰い、悲しいやら情けないやら。
しかもカミさんと娘だけは帰省してしまいましたので、寒い自宅にずっと一人きり。
暇はたっぷりあったのですが、腹は痛いしだるいしで何をする気も起こらず、本も読み尽くしてしまい、猫とうさぎの世話以外、ほとんど何もしませんでした。これほど怠惰な日々を過ごしたのは初めてです。

我が家ではおかしなジンクスがあります。
カミさんと娘が東京へ帰ると、冬型の気圧配置が強まってめちゃくちゃ寒くなったり雪が降ったりし、二人が帰ってくると、冬型は弱まって暖かくなるのです。藤橋在住中は、カミさんと娘が帰省している間はいつも大雪でした・・・。
今回も例に漏れず、雪こそ降らなかったものの、一人きりの家の中は寒いことこの上なし。

ようやく胃腸炎も治ってきた3日の晩には、、しぶんぎ座流星群を観測するつもりでいましたが、、天気予報では晴れるといっていたのに見事に曇り。
最後まで運に見放された今回の年末年始ではありました。

2009年01月08日

●スズメはキャットフードが好き?

庭に木が多い我が家には、一年を通じてたくさんの鳥がやってきます。
その中でもやはり多いのはスズメでしょうか。
日の出と日の入りの頃が食事時間と決まっているらしく、朝と夕方は鳴き声がかしましいこと。

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彼らのお目当ては、猫の餌の残飯です。
7匹も飼っていると、どうしても若干は餌が残ります。
残った餌は庭に撒いてしまうのですが、スズメたちはそれをついばんでいるのです。
猫のドライフードはスズメにとってはけっこうな大きさと固さだと思いますが、くちばしで割って食べるのか、少しずつ削り取って食べるのか、半日ほどですっかりなくなってしまいます。
栄養価の高いキャットフードは、特に冬場、餌が不足しがちなスズメたちにとって、けっこうなご馳走なのかも知れません。
写真は300mm望遠レンズで撮影しました。手持ちだったので、ちょっと手ブレしてます・・・。

2009年01月09日

●小さなお地蔵様

自宅近辺を自転車で走っていたら、小さな祠の中にかわいいお地蔵さんたちを見つけました。

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お地蔵さんたちは、大きいものでも高さ15センチほど。
お顔がわかるものもあれば、小さな灯籠のような形の人型でないものもあります。
写真で見てわかるように、どれも(たぶん)手作りの帽子?とよだれかけ?を着せられています。
人の姿をしていないものにも等しく帽子とよだれかけをつけさせているところに、どことなく温かみを感じます。
大きく立派な仏像やお地蔵様はあちこちにありますが、路傍にひっそりと佇んでいる小さな像には地域に密着したぬくもりが感じられて心を惹かれてしまいます。

2009年01月11日

●狭山市博物館に行きました

法事で東京に来ています。
西武池袋線の飯能駅近くにある霊園で法事を済ませた後、あまりに天気がいいので、車で帰る親戚と別れて、飯能駅からしばらく電車に乗った稲荷山公園駅近くの狭山市博物館を見学しました。
学芸員資格を持っているので、出かけた先で博物館を見つけると、できるだけ見学するように心がけています。プラネタリウムや公開天文台であればなおのこと。
学芸員資格の勉強中は、関東地方一円の博物館施設のほとんどを見学しました。やはり机上の勉強だけではダメなので・・。

狭山市博物館の入館料は150円。最近は公営の館でもけっこう高いところも多いのでなかなかにオトクです。
常設展示は、狭山市を中心とした郷土の歴史を、先史時代から現代までたどりながら収蔵品を展示しているというオーソドックスなつくりでした。
奇をてらったところはなく、博物館業者がまじめにマニュアル通りに作ったなあ、という印象。(悪い意味ではないですよ)

受付の女性職員がとてもにこやかだったこと、展示室にいた2名の女性職員がフロアや展示物を一生懸命に掃除していたことに好感が持てました。
博物館の運営に関して、職員がフレンドリーで館内が綺麗ということは、とても大切なことだと私は思っています。いかに貴重な展示物が斬新な手法で展示してあっても、職員の態度が悪かったり館内が汚ければ、観覧者の興味を大きくそいでしまいます。

展示そのものよりも、職員の真摯な姿勢に好感をおぼえて館を辞し、ふたたび西武線の人となったのですが、なんと車両故障でこれから乗り換える西武新宿線が全線不通とのこと。
幸い、所沢駅でしばらく待っていたら復旧しましたので事なきを得ましたが、鉄道の不通って本当に困りますよね。

2009年01月12日

●アルネ君、白内障が進行

以前も書きましたが、ウチで8年間飼っているうさぎのアルネ君が白内障です。
僅かな間にどんどん進行してしまい、薬を点眼していたにもかかわらず、今では両目ともほぼ真っ白、ほとんど視力はなくなってしまったようです。
このところ餌を食べる量も減ってきています。野菜や干し草は食べますが、主食?のラビットフードは明らかに食べる量が減っています。

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うさぎは5歳を過ぎると「ご長寿」なのだそうです。ということはアルネ君はもう立派な?長寿うさぎ。
うさぎの老化は、目から始まって、最後は足腰が立たなくなってしまうこともあるそうです。まあ、人間も同じですが、何とか少しでも長く健康な状態を保ってあげたいと思います。

目が見えなくなってしまったうさぎの飼育でいちばん大切なことは「住み慣れた住環境を変えないこと」だそうです。
ケージ内部の餌入れだとかトイレの配置を変えてしまうと、探し当てられないことももちろんですが、時にはそれらにぶつかったり足を引っ掛けて思わぬ怪我をしてしまい、そうした怪我が致命傷になってしまうことが、ままあるようなのです。もともと、うさぎは骨が弱く、特に老齢のうさぎはちょっとしたことで骨折してしまいます。うさぎの骨の再生力は犬や猫の半分程度で、老齢になってからの骨折は死に直結してしまいがちだということです。

アルネ君も気をつけないと。まあ、家の中と外にふたつあるケージ内の配置は、基本的に変えていませんのでその点は大丈夫だと思うのですが・・・。

2009年01月14日

●雪の宿直

昨夜は宿直でした。
藤橋振興事務所で一晩を過ごしたわけですが、ここ数日、岐阜県西濃地方は寒気が入って非常に寒く、藤橋もかなりの積雪でした。

fujihasisnow1.jpg

写真は、揖斐川町役場藤橋振興事務所から見た今朝の様子です。
積雪は30㎝ほどでしょうか。
以前は、毎年1m近い積雪があった藤橋では、まだまだ少ない方です。
今度の日曜日は日直でまた藤橋へ行きます。雪が降らなければいいのですが・・・。

2009年01月15日

●金星が東方最大離角

このところ、夕方の西の空に非常に明るい星が光っているのが目にとまります。
「宵の明星」として有名な金星です。昔の中国では「太白」と呼ばれており、名前の通り本当に明るく輝いていますから、街灯やネオンサイン等で明るい都会でもすぐに見つけることができます。
地球と同じく太陽を回っている惑星の仲間で、地球よりひとつ太陽寄りを回っています。

そんな金星が、今夜、見かけ上、太陽から最も離れる「東方最大離角」となります。
天体同士の間隔を表すには角度を使います。これは、見かけの夜空を半球と規定しているためです。地平線から地平線までは180度になります。
今夜、太陽と金星の間隔は約45度。
地球よりも内側の軌道を回っている金星は、これ以上、太陽から離れることはありません。

今夜を過ぎると、太陽と金星の間隔はふたたび狭まってゆき、3月末には太陽とほぼ重なって見えなくなってしまいます。
それ以降の金星は、明け方の東の空に見えるようになります。
金星は、夕方の西天に見えるときと明け方の東天に見えるのを繰り返しているのです。

今夜の金星を天体望遠鏡で見ると半月状に見えます。
地球よりも太陽寄りを回っている金星と水星は、月のように満ち欠けをするのです。
これから金星は、次第に三日月状に細くなっていきます。
天体望遠鏡を覗く機会があったら、ぜひ夕方の金星をご覧下さいね。

2009年01月17日

●渓流沿いの道で

山の中や海辺を歩くのが好きです。
それも、できるだけ人のいないひっそりとした所を。

sizengaku1.jpg

先日は、関ヶ原の山中を一人、歩きました。
観光地でも景勝地でもありません。ふと見つけた渓流沿いの名もない山道です。
前日に降った雪がそこここに残る道は、杉の林を抜け、葉を落とした広葉樹の間を通り、どこまでも山奥へと続いてゆきます。
かたわらには、次第に細くなりながらも雪どけ水を集めた渓流がどこまでも従いてきて、木漏れ日の下で清冽な水音を響かせています。
そんな光と影が織りなす山道を、時折、凛と冷たい真冬の風が吹き抜け、そのたびに頭上の梢に降り積もった粉雪が微細な光の粒子となって視界いっぱいに降り注ぎます。
苔むした岩には、冬にもかかわらず鮮やかな緑のシダが葉を広げ、みずみずしい生命の息吹を伝えてくれます。
水音と風の音の他、何の音もしない静寂の中、心の奥底まで澄み渡っていく覚醒感を楽しみながら、ただ黙々と歩いたのです。

そうして自然の中を歩いていると、感覚が次第に研ぎ澄まされていくのを感じます。
いや、研ぎ澄まされていく、というより、心が無防備になっていくという表現の方が正しいかもしれません。
世の中のあらゆる事物、出来事、そして自らの心の内側を、客観的に平明に見ることができるようになっていく気がします。あらゆる迷いや欲を、少なくともそのひとときだけは忘れることができるような気がします。

もちろんそれは、崇高な錯覚であるのかもしれません。
それでも、そうした錯覚を繰り返していくことこそが、あるいは煩瑣な日常の中で次々に生まれていくさまざまな迷妄を昇華していくために必要なプロセスなのではないかとも思います。
さまざまな宗教が求める完全な客観や統一した真理といったものは存在しないと私は思っていますが、自然の中を歩き、心を浄化することで、少なくとも主観や迷妄をできるだけ排した事物の見方、考え方に近づくことができるのではないかとは思います。

写真:光の中、雨のように注いでいるのは粉雪です。

2009年01月18日

●詩「星影」

とても静かな人でした
冬の夜
星のように清冽な記憶の影を曳いて
どこまでも凍りついた道を
オリオンの方角へと歩いていったのです

そのうなじは月の白さで
そのひとみはヘリウムの青さで

僕はただ切ないほどに悲しくて
春の星座が昇ってくるまで
じっとそちらの空を見ていました

涙が凍らないことを
そのとき初めて知りました


*このところ岐阜県知事選挙他の用件で非常に忙しくて記事を書いている時間がとれず、詩のようなものをとりあえずUP。
今日は藤橋振興事務所で日直、昨日は選挙の当番、今週土曜日も選挙当番、日曜日は朝から夜遅くまで選挙と、休みはまったくなし。先週は法事で東京へ行っていたし。
どうしてこんなに忙しいのか・・・。
この詩のように静かな時間を過ごしたい・・・。

2009年01月20日

●仕事また仕事・・・

今日も岐阜県知事選挙の関係で残業でした。
選挙の仕事の合間に死亡届が出て、その処理にも忙殺され(死亡届が出るといろいろ受付や事務処理が大変なのです・・・)、忙しい一日でした。
夜はけっこう晴れていて、帰宅して車を降りてから、あー、星が出てるなー、としばらく夜空を見上げていました。

今月に入ってから休みなし、残業続きの「死のロード」をひた走っています。
来月はじめまで土日休みなしの予定です。来月中旬からはまた選挙があるので、2月いっぱいまでは星を見る機会もなさそうです。
インフルエンザも流行っているようなので、体調管理に気をつけないと・・・。

このブログも、あまりもともな記事が書けなくてすみません。ホントに事務仕事だけしかしてないので・・・。

2009年01月22日

●冬の夜空の小さな星座

冬の星座といえば「オリオン座」が有名です。
他には、全天一の輝星シリウスを擁する「おおいぬ座」、プレアデス星団(すばる)を含む「おうし座」あたりがよく知られているところでしょうか。

私も、もちろんこうしたメジャーな星座は好きですが、豪華な冬の夜空にひっそりと隠れている小さな星座も好きです。

皆さんは「うさぎ座」って知っていますか。
オリオン座の足もとにある、最も明るい星でも3等星という目立たない星座です。
アルファ星は「アルネブ」といい、アラビア語で「うさぎ」という意味があります。
暗い星ばかりですが、星を結んでいくと、ちゃんとうさぎの姿ができあがる形の整った星座です。うさぎの赤い目を連想させる「クリムゾンスター」という真っ赤な星も含んでいます。

こんな「うさぎ座」の南には「はと座」があります。
「うさぎ座」以上に目立たない星座ですが、神の怒りによる長い洪水を逃れた「ノアの箱船」から放たれ、最初に陸地を見つけたのがこの鳩だというお話しが伝わっています。

もうひとつ、小さいけれどとっても目立つ星座をご紹介。
それは「こいぬ座」です。
肉眼でわかる星は2つしかないのですが、そのうちひとつが、「オリオン座」のベテルギウス、「おおいぬ座」のシリウスとあわせて「冬の大三角」を形づくる1等星「プロキオン」なのです。
小さなかわいい犬の姿に描かれるこの星座、実は飼い主を噛み殺した猛犬といわれています。
もうひとつの星はゴメイザといい、「泣き濡れた瞳」というどことなくロマンチックな意味を持っています。

「うさぎ座」と「はと座」は、オリオン座の南(下)にあって探しやすいし、1等星のプロキオンを含む「こいぬ座」は都会でも簡単に見つかります。
晴れた晩、こんな小さな星座を探してみるのも楽しいですよ。

おまけ☆ウチで飼っているうさぎのアルネ君、うさぎ座のα星「アルネブ」から命名しました・・・。

2009年01月24日

●ファミスコで月を撮る

知事選挙や他のお仕事で、天文活動がほとんどできないので・・・ちょっと前に「ファミスコ60」で撮った月の写真などを・・・。

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ファミスコは、ハレー彗星の頃におもちゃメーカーのトミーから発売された、口径6cm、焦点距離400mmのアクロマート屈折望遠鏡です。
おもちゃメーカー製、といっても馬鹿にしてはいけません。眼視にも写真にも使えるように設計された光学系は、シャープで色収差の少ない見事な像を結びます。
私は一時、「ファミスコで彗星を発見したらヒーローじゃ」と思い、彗星捜しに愛用したこともあります。K20mmアイピースをつけると、実視野2度、周辺部まできれいな星像で快適な捜索ができました。

今でも軽い観望にときどき使用しています。
この月の写真は直焦点で撮影したものですが、さすがに400mmの焦点距離ではスケールが小さく、あまり見映えがしません。
でも、色収差がほとんど見られないのはさすがだと思いませんか。
ちなみに、若干シャープ処理を行った他はほとんど画像処理なしです。

こんなすばらしいファミスコですが、一点だけウィークポイントがありました。
以前に太陽を投影したら、熱で鏡筒内部がちょっと溶けてしまいました。
考えてみればすべてプラスチック製のファミスコ、太陽に向けてはいけないことは当然ですよね。
すぐに気づいたので大事に至ることはありませんでしたが・・・。

2009年01月26日

●やっと選挙が終わった!

あー、やっと岐阜県知事選挙が終わりました。疲れたー!

公務員にとって、選挙というものはできれば避けて通りたいものです。
といっても選挙制度そのものがイヤ!というわけではなく、一回の選挙にかかる仕事量とエネルギーを考えると選挙事務には従事したくないなあ、と正直、思ってしまうのです。

選挙人名簿の作成に係る事務、期日前投票等に係る事務、投開票に係る事務。
それらに忙殺され、正月休み以後、土日休みもなく毎日お仕事をしていました。
体力的に厳しいなあ、選挙当日までもてばいいなあ、と思っていたところ、案の定、選挙当日になって風邪気味になり、開票の際はかなり苦しみながら事務に従事していました。

でも、選挙管理委員会の担当職員はもっと大変ですよね。
来月には町長・町議選挙があるし、来年度秋までには衆議院選挙があるし、先を考えると気が重くなります。

とはいえ、選挙事務そのものは気が重い仕事ではありますが、選挙権は先人が苦労して勝ち取った国民の大切な権利です。
おバカな政治家に牛耳られているこの国を立て直す手段は、良識ある一票を投ずるしかありません。
皆さんも選挙は棄権しないで投票しましょうね。

2009年01月28日

●冬の古社を訪ねる

神社巡りが好きです。
誰もが知っている大きな神社から、人知れず祀られている小さなお社まで、旅と散歩がてら見て歩きます。
神道を信仰しているとかそういうわけではなく、神社の森閑とした、それこそ神寂びた雰囲気が好きなのです。

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先日はカミさんと二人で、揖斐川町谷汲名礼にある古社「花長下神社」を訪ねました。
「出雲風土記」に記述が見えるこの神社は、近くにある花長上神社と一対になって信仰されています。
花長上神社が女神、花長下神社が男神で、夫婦の神様のようです。

この日は花長上神社も訪ねましたが、底冷えのする曇り空の下、どちらの神社も本当にひっそりと静まり返っていました。
それでも、私たちが参拝している僅かな時間の間に、花長上神社には男性が一人、花長下神社には犬の散歩を兼ねた地元の人二人が訪れていましたから、どちらも大切にされている神社という印象を受けました。

花長下神社の周囲は山と田んぼばかり。
溶け残った雪がそこここに積もっていましたが、初夏にはカエルの合唱がうるさいほどだと思います。
そんな季節にもう一度訪ねてみようと思わせられた神社でした。

2009年01月30日

●娘の論文「携帯小説に見える日本の未来」

しばらく前に、高校生の娘が学内の論文コンクールで去年に続いて優秀賞を取りました。
なかなか良いことが書いてあると(親バカですが)思いますので、このブログにも掲載します。

   ☆ ☆ ☆

 私の趣味の一つとして、物語を書く、というものがある。それは私が小学生のころからずっと持っていた趣味だったが、最近、誰かに読んでもらいたいと思うようになった。自分のブログでは細々と小説を連載したりしているのだが、もっと幅を広げたいと思い無料で小説を公開できるサイトを探してみた。俗に言う、携帯小説である。
 今、携帯で書かれた小説が次々と書籍化・映画化している。多くの作品が話題になってい
るのは知っていたけれど、どの作品もしっかり読んだことはなかった。あらすじを聞いた程度である。なので実際の携帯小説というものがどのようなものかは知らなかった。
 しかし自分が書いてみようとするにあたっていくつかの作品をほんの冒頭部分だけであるが読んでみた。

 私は、呆れた。
 こんなものに皆群がってやれ書籍化だ、やれ映画化だと騒ぐ。はっきり言って日本の文学もここまで堕ちたかと思ってしまった。最後まで読んだわけではないから内容は知らない。もしかしたら中に書いてあることは素晴らしいかもしれない。しかし私は中身を読む前に、一ページ目を見ただけで脱力してしまったのである。
 文章には、きちんとした決まった書き方がある。原稿用紙の使い方というものが。段落始めは一字下げる、文章の区切りには句点を、文末には読点を。そのくらい誰もが小学校の国語の授業で習ってきているはずである。それは日本語を書く限りアナログでもデジタルでも変わらない。
 しかし私がほんの少しだけ覗いてみた携帯小説というものはそれらのルールがまったく無視されていたのだ。段落の始めも下げられていない、句読点はない、意味のない改行ばかりあって段落のまとまりもわからない。それどころか台本のように延々とセリフだけが続く、などというものすらあった。
 基本的な日本語の書き方もなっていないのに、これを小説と呼ぶのはおこがましいのではないだろうか。

 携帯小説というシステムそのものを私は批判しない。むしろ、気楽に読めるだけでなく気楽に書けるという点で自己表現の場としては良いものではないかと思う。しかし文章もまともに書けないのなら、携帯小説が良いか悪いかなんていう以前の問題である。

 気になったのでいくつか他の人の作品も見てみた。どうやらそういう文章の書き方をすることが携帯小説を書く人たちの間では常識になっているようだ。きちんとした文章の書き方をしている人の方が少数派らしい。しかし私には、これに納得することができない。ここで言葉は常に変化していくものだからなどと割り切っていいものではない気がする。

 近頃、正しい日本語はどんどん失われていると思う。私たちが普段話す言葉も正しい言葉とはかけはなれたものだろう。携帯小説のような新しい文章のルールを作ってしまったり、必要以上に外来語を使ったり、歌の歌詞にはやたらと英語が混じる。その全てが悪いとは言わないけれど、私たちは自分の国の言葉をもっと大事にするべきだと思う。

 日本語の歴史は長く、かつどの国の言葉とも違う独立した言語を私たちは使ってきた。それは立派な伝統であり、古き良き日本語の中にこそ日本人の心が宿る。その日本語が完全に壊れてしまった日のことを考えると、この国の行く末が恐ろしい。

 日本人はもっと自国の文化に自信をもっていい。もっと誇りを持つべきだ。日本は他の国にはない良いところをたくさん持っているはずだ。日本人だからこそできること、日本の土地だからこそできること・・・。私は日本人に生まれてよかったと思っている。
 日本だからこそある伝統、日本だからこそできた新しい伝統。それらをもっと大切にしてほしい。ここで壊してしまうのは、失ってしまうのはあまりにもったいない。
 もしもこのまま日本語を始めとする伝統が壊されてしまったら。そのときは日本国の崩壊にも等しいのではないかという気さえする。

 文化が常に変化していくものであるのは仕方がないことだ。携帯小説のような新しい文化が生まれることも決して悪いことではない。
 しかし、日本人としてのプライドは、捨てないでいてほしいと思う。