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2009年01月30日

●娘の論文「携帯小説に見える日本の未来」

しばらく前に、高校生の娘が学内の論文コンクールで去年に続いて優秀賞を取りました。
なかなか良いことが書いてあると(親バカですが)思いますので、このブログにも掲載します。

   ☆ ☆ ☆

 私の趣味の一つとして、物語を書く、というものがある。それは私が小学生のころからずっと持っていた趣味だったが、最近、誰かに読んでもらいたいと思うようになった。自分のブログでは細々と小説を連載したりしているのだが、もっと幅を広げたいと思い無料で小説を公開できるサイトを探してみた。俗に言う、携帯小説である。
 今、携帯で書かれた小説が次々と書籍化・映画化している。多くの作品が話題になってい
るのは知っていたけれど、どの作品もしっかり読んだことはなかった。あらすじを聞いた程度である。なので実際の携帯小説というものがどのようなものかは知らなかった。
 しかし自分が書いてみようとするにあたっていくつかの作品をほんの冒頭部分だけであるが読んでみた。

 私は、呆れた。
 こんなものに皆群がってやれ書籍化だ、やれ映画化だと騒ぐ。はっきり言って日本の文学もここまで堕ちたかと思ってしまった。最後まで読んだわけではないから内容は知らない。もしかしたら中に書いてあることは素晴らしいかもしれない。しかし私は中身を読む前に、一ページ目を見ただけで脱力してしまったのである。
 文章には、きちんとした決まった書き方がある。原稿用紙の使い方というものが。段落始めは一字下げる、文章の区切りには句点を、文末には読点を。そのくらい誰もが小学校の国語の授業で習ってきているはずである。それは日本語を書く限りアナログでもデジタルでも変わらない。
 しかし私がほんの少しだけ覗いてみた携帯小説というものはそれらのルールがまったく無視されていたのだ。段落の始めも下げられていない、句読点はない、意味のない改行ばかりあって段落のまとまりもわからない。それどころか台本のように延々とセリフだけが続く、などというものすらあった。
 基本的な日本語の書き方もなっていないのに、これを小説と呼ぶのはおこがましいのではないだろうか。

 携帯小説というシステムそのものを私は批判しない。むしろ、気楽に読めるだけでなく気楽に書けるという点で自己表現の場としては良いものではないかと思う。しかし文章もまともに書けないのなら、携帯小説が良いか悪いかなんていう以前の問題である。

 気になったのでいくつか他の人の作品も見てみた。どうやらそういう文章の書き方をすることが携帯小説を書く人たちの間では常識になっているようだ。きちんとした文章の書き方をしている人の方が少数派らしい。しかし私には、これに納得することができない。ここで言葉は常に変化していくものだからなどと割り切っていいものではない気がする。

 近頃、正しい日本語はどんどん失われていると思う。私たちが普段話す言葉も正しい言葉とはかけはなれたものだろう。携帯小説のような新しい文章のルールを作ってしまったり、必要以上に外来語を使ったり、歌の歌詞にはやたらと英語が混じる。その全てが悪いとは言わないけれど、私たちは自分の国の言葉をもっと大事にするべきだと思う。

 日本語の歴史は長く、かつどの国の言葉とも違う独立した言語を私たちは使ってきた。それは立派な伝統であり、古き良き日本語の中にこそ日本人の心が宿る。その日本語が完全に壊れてしまった日のことを考えると、この国の行く末が恐ろしい。

 日本人はもっと自国の文化に自信をもっていい。もっと誇りを持つべきだ。日本は他の国にはない良いところをたくさん持っているはずだ。日本人だからこそできること、日本の土地だからこそできること・・・。私は日本人に生まれてよかったと思っている。
 日本だからこそある伝統、日本だからこそできた新しい伝統。それらをもっと大切にしてほしい。ここで壊してしまうのは、失ってしまうのはあまりにもったいない。
 もしもこのまま日本語を始めとする伝統が壊されてしまったら。そのときは日本国の崩壊にも等しいのではないかという気さえする。

 文化が常に変化していくものであるのは仕方がないことだ。携帯小説のような新しい文化が生まれることも決して悪いことではない。
 しかし、日本人としてのプライドは、捨てないでいてほしいと思う。    

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コメント

より視野を広げるためにこんな論点はいかがでしょう。
毎日1冊!日刊新書レビュー
(・∀・)だって「才(よчoぅ」だって~『日本語ヴィジュアル系』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090209/185417/
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おおのさん、ありがとうございます。
この論文を書いた後でいろいろと携帯小説を読んだ娘は、多少、認識が変わったようです。ただ、日本語の変化(乱れというべきか必然的変化と言うべきかはわかりません)に関してはやはり譲れない一線があると言っていました。
このあたりは学会でも議論が盛んですね。

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