2009年06月01日

●今日は捜索でした

ああ、疲れた!

今日は朝から、岐阜・福井県境の高倉峠付近での捜索に行ってきました。
捜索、とはいっても彗星捜索ではありませんヨ。
行方不明者の捜索です。

消防団に入っているため、揖斐川町藤橋管内で行方不明が出た場合は、捜索に駆り出されます。
幸い今日は快晴の好日でしたので、緑したたる山の中を歩くのは快適(なんて書いたら行方不明者の家族の方に申し訳ないですが)でした。

kokurasousaku1.JPG

捜索地付近は、人里から遥かに離れた、まさに「人跡稀」という表現がぴったりの深山です。
山道を歩けば、モリアオガエルの卵があり、水たまりにはおたまじゃくしがうようよ泳いでいます。
消防署の方は、すごく太い蛇を見たと言っていました。
ウグイスが鳴き、ウドや蕗といった山菜がそこかしこに生えています。

捜索に入った谷は揖斐川の源流にあたります。平野部では滔々と流れる大河も、ここでは清冽な水がさらさらと流れる澄み切った小さな渓流に過ぎません。
捜索という仕事でなければどんなに心癒される場所だろうかと思いながら、山道を歩いていました。

写真は、揖斐川の源流「赤谷」。
せせらぎの音と鳥の声しか聴こえない静けさの中で撮りました。
都会に住んでいては絶対に経験することができない本当の静寂です。
(携帯なので画質が悪いのが玉にキズ。)

2009年06月03日

●星と蛍

運動不足を痛切に感じるこの頃、夜の散歩をしています。
晴れた晩は星を見ながら歩くので楽しいのは当然ですが、ここ数日はもうひとつ楽しみが増えています。
というのは、散歩コースのあちこちで蛍が見られるようになってきたからなのです。
とはいえ拙宅の近所は住宅地なので、乱舞するほどの蛍が見られるわけではありません。
用水路や水田に、ときおりスーッと青白い光が見られる程度です。

コンクリートで固められた用水路なのに、よく蛍が生息できるものだと感心すると同時に、なぜもっと生物に配慮した水路が作れないのだろうと思いながら歩きます。
「用水路は効率よく水を流すのが目的だよ」
そんな反論が返ってきそうですが、土木技術の発達した昨今、生態系に十分な配慮を払いつつ、用水路としての使命もしっかり果たせる水路を作ることはさほど難しくないのではないかと思います。
実際、先進的な取り組みをしている地域では、生態系に配慮した水路整備が行なわれており、要は自治体や住民のやる気次第のようです。

また、蛍は強い明かりがある場所では生息できません。ところが、ウチのまわりでも街灯やパチンコ屋の電飾看板などがどんどん増えてきています。
新聞が読めそうなほど明るい場所で細々と光っている蛍を見ると、何ともやるせない気持ちになってきます。

蛍の保護に取り組む自治体が増えてきてはいますが、蛍だけではなく、河川や水路の生態系全体を考えた取り組みが求められているのではないかと思います。

冷たく青緑色をした蛍の光は、星の輝きによく似ています。
蛍を見ると、私はいつも「こと座」の1等星、ベガを思い浮かべます。
灯りが増えたり環境が悪化すると消えてしまうのは、星も蛍も同じ。
生き物にも星空にも優しい夜の環境を取り戻したいですね。

2009年06月06日

●基本は「住めば都」

所用があって東京へ帰省しました。
3日間、都内をあちこち動き回っていたのですが、いつものことながら東京駅に降り立ったとたん、「東京モード」に心も体も切り替わってしまいます。
早足でビルの谷間を移動し、さまざまな電車を乗りついで分刻みのスケジュールをこなし、街や駅の雑踏を慣れた足取りですり抜け、身動きならない満員電車さえ毎日乗っているかのようにすんなりと乗降し・・・。

不思議なもので、岐阜県へ移住して16年にもなるのに、都内の雑踏やせわしなさが少しも苦になりません。
生まれてから30余年を過ごした故郷での生活習慣の重さというのは、容易に拭いさることはできないようです。

でも。
何とも都合の良いことに、東京から岐阜へ戻ってくると「岐阜はいいなあ」なんて思ってしまうんですね。
東京と岐阜、ふるさとがふたつあるようなもので、結局、どちらでも楽しんで暮らせるようなのです。

「住めば都」。
何とも節操がないようですが、地方移住の極意というか要諦はこの言葉に凝縮されている気がします。

2009年06月08日

●娘が県展優秀賞を受賞

また親バカな話題ですみません・・・。

tukiwomezasu1.jpg

このほど、高3になる娘が、岐阜県美術展においてデザインの部で優秀賞を受賞しました。
締め切り間近に焦りまくって描いていた絵なので、優秀賞を取れるとは思っていなかったのですが・・・。

私は文章を書くばかりで絵はからっきしダメなので、娘の才能はカミさんから受け継いだもののようです。
これまでもいくつかの受賞歴がありますが、県展レベルは初めてなので娘もまんざらでもないようです。

とはいえ、絵でも文章でも芸術の世界は厳しいですから、これからも研鑽を怠らず精進してほしいと思っています。

作品を掲載します。
携帯のカメラで撮った画像とのことで、あまり鮮明でないのが申し訳ないところです。

2009年06月09日

●東京国立博物館

先日、東京へ行った際に、久しぶりに上野の東京国立博物館へ行ってきました。
国宝や国指定重要文化財がずらりと展示されているここは、文字通りわが国を代表する博物館です。
上野公園の一角を占める構内には、大正から昭和にかけて建築された本館、東洋館、表慶館、そして1999年に開館した平成館、法隆寺宝物館が並んでいます。

まずは東洋館から見学。
エジプトや中近東、中国、朝鮮など、東洋各地から収集された見事な遺物が並びます。
エジプトのミイラがいちばんの人気です。

本館は、日本のさまざまな美術品が納められています。
社会の教科書に載っていた美術品の本物が見られるのが大きな魅力。
展示室は黒を基調にしており、仏像などの展示物だけにスポットを当てる手法で、格調高く美しい雰囲気を醸し出しています。

平成館はちょうど「阿修羅展」をやっていて、上野駅から行列が続く大混雑。
阿修羅展はパスして、日本の古代の展示をじっくりと見学しました。ここでも、社会の教科書でおなじみの埴輪や土器が見られます。

houryuji1.JPG

法隆寺宝物館は、片隅にあるためか見学者が少なく落ち着いた雰囲気。
資料の劣化を防止するためにひときわ暗い展示室には、大小さまざまな仏像や仏具などがスポットを浴び、静かにたたずんでいました。
心をしんと落ち着かせる展示室です。

厳密に言えばここは美術館で、博物館学的な意味での博物館ではないと言われています。
古今東西の資料を「陳列」しているだけで、学習という意味での「展示」がされていないためです。
それはそのとおりなのですが、膨大かつ高品位の資料を一度に鑑賞できるのはさすがに国立博物館の名に恥じません。

このブログを読んでいる天文屋さんは、国立科学博物館には行かれると思いますが、すぐ近くの東京国立博物館にはあまり行ったことがないかもしれません。
機会があればぜひ見学してみて下さい。
「日本の文化って素晴らしい!」
きっとそう思うはずですヨ。

写真:法隆寺宝物館の仏像

2009年06月11日

●子猫が来た!

6匹の猫を飼っている我が家に、また猫が来てしまいました。
お母さん猫と乳飲み子が3匹!
ウチは居心地がいいのか、よく猫がやってきます。
この家族も、すっかりウチを新居と決めこんで居着いてしまいました。
子猫は生まれて1ヶ月ほど。灰色と黒と白黒です。

koneko3.jpg

母猫にまつわりついてお乳をねだる姿は何とも微笑ましく可愛らしいのですが、すでに6匹の猫を飼っているウチに、これ以上は飼う余裕がありません。
今のところは屋外に簡単な小屋を作って、餌とトイレを置いています。
子猫がもう少し大きくなって乳離れしたら母猫に避妊手術をし、子猫もそれぞれ避妊手術をした上で貰い手を探そうと思っています。

konekokuro1.jpg

人にはなついていますし、トイレのしつけもできています。ものすごく可愛いです。
とはいえ、このまま野良猫になってしまえば、いずれ長生きはできないでしょう。
このブログを読んでいる方の中で「引き取ってもいい」と思われる方、ぜひお願いします。
コメントにメールアドレスを書き込んでいただければ、折り返しメールさせていただきます。
コメントは私が一度目を通してから公開していますから、いきなりメールアドレスが公開されてしまうことはありません。その点はご安心下さい。

ではでは、心優しい方からの連絡を切にお待ちしています。

2009年06月13日

●ミュージシャンだったあの頃

先日、職場の仲間(みんな60年代生まれ)と昔話をするうち「自分たちが中高生の頃は、男の子はみんなギターを弾いたもんだなあ」という話になりました。
最近は、楽器を弾く子はずいぶんと少なくなってしまいましたが、たしかに巧い下手は別として大抵の男の子はギターをかじったものです。

私も、中学生の頃は同級生のA君とフォークのバンドを組んでいました。
バンドの名前は「ゆたんぽ」。
当時の中学生にしてはひどくシブイ名前のこのバンド、自分で言うのもナンですが非常に人気がありました。
私はほとんど毎朝、遅刻で(いけませんね)、少しでも近道をするために校庭を横切って登校していたのですが、すでにホームルームが始まっていて誰もいない校庭を私がゆったり歩いていくと、各教室の窓が開き「ゆたんぽー!」とたくさんの声がかかるのです(教育上は好ましくありませんね)。
コンサートへの出演依頼もけっこうたくさんありました。

A君は、ちょっとワイルドな感じで、ストロークがすごく上手でした。
声も渋くて、軟派な私と好一対だったことも人気?の要因だったようです。

オリジナル曲もけっこうたくさんありましたが、今ではほとんど忘れてしまっています。
(というか、思い出すのが恥ずかしい!)
でも、そんなオリジナル曲の中で、A君が作った2曲はなぜか今でも覚えています。
『まんまるお月さま』という曲と『お池の金魚ちゃん』という曲です。
タイトルのとおり童謡めいた曲なのですが、ワイルドなイメージのA君がシブイ声で歌うのが妙に可愛らしくてとてもウケていました。

その頃、曲作りで苦労したのが詞でした。
普通の「詩」は作れるのですが、曲の「詞」となると、嫌になるほど月並みなものしか書けないのです。
今も稀に曲を作りますが、詞が書けない(というか自分の詞に納得がいかない)のは当時と同様です。
ですから大人になってから作った曲は、どれもインストゥルメンタルだけです。

あれから時は流れ、今では17歳の娘が「バンドをやりたい」と言うようになりました。
で、娘も「曲は書けるんだけど詞が書けないんだよね」とぼやいています。
文章は得意なはずの親子なのに、曲の詞となるとダメなのは共通みたいです。

伝説の(?)バンド、「ゆたんぽ」。
いつか復活したいなあ。

オリジナル曲の中には、星の曲も何曲かありましたヨ。

2009年06月15日

●爽やか!森の染織工房

皆さんは「草木染め」って知っていますか。
岐阜県揖斐川町春日美束にある「森の染織工房アトリエのの」は、身近に生えている草木を利用した草木染め体験ができる施設です。
気持ちの良い新緑の山道をたどり、カミさんと二人で訪ねてみました。

atorienono1.jpg

春日美束地区は、旧久瀬村との村境、標高500mほどの山間地にある鄙びた山村です。
集落からさらに旧久瀬村方向へ向うと「森の文化博物館」という標識が見えてきます。
旧春日村の山村文化を展示した「森の文化博物館」に隣接して建っているのが「アトリエのの」です。

ウッディな外観と同じく内部も開放感のある清潔な造り。さまざまな草木で染めた布や衣類が展示してあり、一隅には草木を煮出すための釜が設置してあります。
旧春日村は薬草で有名な場所ということもあり、主に薬草を使った染め体験をしてもらっているとのことで、要望に応じて2時間コース、半日コースが用意されています。

私たちが訪れたときには、親子連れが2時間コースの体験をしていました。
職員の説明を聞きながら、材料の草木を釜で煮て、煮出した液にハンカチやTシャツなど、好みの衣類を浸し染めていきます。
赤く染まる「アカネ」や紺色が美しい「藍」、さらに桜やタマネギでもきれいに染まるとのことで、衣類の材料もシルク、木綿、麻と好みに応じて選ぶことができます。
お客さんが少ない日はその場でも申し込めますが、基本は予約ということだそうです。
料金は、ハンカチが500円~、Tシャツが1,500円~、シルクのマフラーが3,000円~。
(他にもさまざまな布地や衣類があります)

施設の窓から見える景観は高原の気に満ちていて、隣接した「森の文化博物館」の見学とあわせ、楽しい時間が過ごせそうですヨ。

休館:水曜日・冬期積雪期
時間:午前9時~午後5時(受付は午後2時まで)
交通:揖斐川町役場から車で40分
電話:0585-58-3111

2009年06月17日

●山村文化を学べる「森の文化博物館」

前回に続いて、揖斐川町春日にある博物館施設を紹介します。

Ibunkahakubutu1.JPG

先日ご紹介した旧春日村美束の「森の染色工房」に隣接して「森の文化博物館」が整備されています。
こちらもウッディなつくりで、周囲の森の景観とマッチした気持ちの良い施設となっています。
常設展示室では、森と共に暮らしてきた人々の生活と歴史を紹介しており、特に春日村の特徴であった薬草文化と炭焼きに関する資料が充実しています。
展示は見やすく工夫されていて、山深い春日の地で、特産の薬草と炭焼きを生業にしながら懸命に生きてきた人々の暮らしを学べます。

yakusou1.JPG

フリースペースでは、季節ごとに館長が撮影した薬草や自然の写真がテーマに沿って展示されており、同じくフリースペースのラウンジからは、涼味あふれる渓流と深山の景観を望むことができます。

テニスコートやキャンプ場も整備されており、コテージやテントで宿泊しながら自然の中でリフレッシュができますので、この夏、林間のキャンプを考えている方は検討されてみてはいかがでしょうか。

大規模林道を通って旧久瀬村側へ抜ければ、森の中の快適なドライブができます。
新緑と紅葉の時期はすばらしい景色を見ることができますヨ。

なお、博物館近くの別荘在住の方が飼育しているカブトムシを、博物館入館者のうち希望の方にはお分けしているそうです。
詳細は博物館でお尋ね下さい。

休館日:水曜日・冬期積雪期間
入館料:大人200円・小中学生150円
開館時間:午前9時~午後5時
交 通:揖斐川町役場から車で40分
電 話:0585-58-3111

2009年06月19日

●テレホンカードの時代

携帯電話の普及で、すっかり影が薄くなったテレホンカード。
でも、10年ちょっと前までは、実用に、ノベルティグッズに、非常に人気があったものです。
以前に同じような書き出しで「ヘール・ボップ彗星と藤橋城」のテレホンカードをご紹介しましたが、今回はもう少しレアもの。

syunkoukinencard1.jpg

見ておわかりの通り「藤橋城竣工記念」のカードです。
ここで、藤橋城を知らない方のためにちょっと説明・・・。
藤橋城は、内部にプラネタリウムがある全国でも珍しいお城です。
というか、正式には「お城の外観をしたプラネタリウム」と言うべきでしょうね。
「歴史にない城を造って云々・・・」と批判する向きもありますが、プラネタリウムの外観が近世城郭建築なのだと思えば、特に目くじらを立てることはないような気がします。

プラネタリウムはミノルタのMS-8。ドーム径は9.2mです。
平成元年10月の竣工で、これまでに50万人の入館者を数えています。
私が勤め始めた平成4年頃は年間4万人ほどの入館者があり、全編生解説ということもあって大変に忙しかったものですが、それより以前、平成元年から平成2年頃は年間5万人以上の入館者を数え、大盛況、というより死ぬほど忙しかったそうです。

今回ご紹介するカードは、藤橋城(西美濃プラネタリウム)竣工時につくられた、まさに記念すべきモノ。
もちろん今はもう入手することは不可能です。

携帯電話は便利ですが、さまざまなデザインを競ったテレホンカード時代の方が夢があったような気がします。
それにしても、たった10年か20年前の技術や製品がノスタルジーの対象になってしまう時代の変化のめまぐるしさ。
あと10年後には、とんでもない技術を当たり前のように使っているのかもしれません。
日本中で不夜城化が進む昨今、その頃には夜空に星の姿を見ることはできるのでしょうか。

2009年06月21日

●谷汲のモリアオガエル

先日、揖斐川町谷汲にモリアオガエルの卵を見に行ってきました。

moriao1.jpg

モリアオガエルは、普段は樹上で生活をしており、初夏になると、池や水たまりに張り出した木の枝に白い泡に包まれた卵を産みます。
カマキリのそれに似た卵のうは、産んでしばらくすると表面が乾き、内部で卵が孵化します。
やがて、孵化したオタマジャクシが卵のうから水面に落ち、成長するという珍しい生態を持ったカエルです。

近年、モリアオガエルが産卵できる池や水たまりが開発で埋め立てられたり、山間地の田んぼが耕作者の高齢化等によって休耕になるなどの影響で急速に生息数が減少しており、生息環境の整備が急務となっています。

揖斐川町谷汲のその場所では、最近、モリアオガエルを保護するためとして、以前はあまり水がなかった人工の池に、常時、水を入れておくようになりました。
先日も、池に張り出した木の枝に大小たくさんの卵が産みつけられており、安心したような思いで観察をしました。

tonbo1.jpg

モリアオガエル以外のカエルやさまざまな昆虫、イモリや小魚などもたくさん見ることができ、水辺の環境が生態系にとっていかに重要かを改めて考えさせられました。

言い古された言葉ではありますが、地球は人類だけのものではありません。
多くの生物が共生することによって人類も生かされているということを、すべての人がもう一度認識してほしいと思います。

写真:モリアオガエルの卵のう・アオモンイトトンボ

2009年06月23日

●詩「蛍の川」

星と蛍の間で
ぬばたまの夜が揺れました

川べりの草の陰から
そおっと出てきたその動物は
星と蛍のあかりに照らされているので
かすかに姿がわかるのですが
昼間ならきっと空気より透き通って
たとえわずかな月明かりの晩でも
きっと輪郭しか見えないことでしょう

しんなりと細い背中のその動物は
とても静かに星空を見上げ
やがてのそのそと
また草の陰に入ってゆきました

あとには
6月の濡れた星空と群れ飛ぶ蛍のあかりだけが
ひときわ鮮やかに冴えて

そんな夜の中
風とせせらぎの音を聴きながら
私はいつまでもこの川辺に座っています


☆毎年6月になると、近くの川に蛍を見に行きます。
街灯りが多い場所では消え入りそうな光なのに、灯りのない場所で見る蛍の光は、闇に残像が残るほど明るくてびっくりします。
蛍の飛ぶ季節、東の空には「こと座」の1等星ベガが昇っています。
ベガの青い輝きは蛍の光とすごく似ていて、街灯りのない場所に一人座って見ていると、蛍が空に昇って星になったような、あるいは星が地上に降りてきて蛍になったような、とても不思議な気持ちにさせてくれます。

2009年06月25日

●日食に行きます!

来月22日、全国で日食が見られます。
日食は月が太陽を隠す現象で、今回は九州の南海上から小笠原諸島付近にかけては、太陽が完全に隠される「皆既日食」となり、その他の地域では太陽の一部が隠される「部分日食」となります。

国内では久しぶりの皆既日食ということで、私も小笠原まで見に行く予定です。
正確には「ふじ丸」という豪華客船で小笠原付近の海上から観察するツアーに参加します。
このブログにコメントを下さっている方が誘って下さいました。

船の上からの観察ということで揺れは避けられず、どのような機材でどのような撮影をしようかと考えているのですが、今のところはあまりパッとしたプランが浮かばずにいます。
小望遠鏡の直焦点でコロナを撮影するのと並行してビデオでちょこっと動画を撮る程度かもしれません。
「肉眼でじっくり見るのがいちばんだよ」と慣れた方からのアドバイスもいただきますが、やはり最低限の画像は撮っておかないとなあと欲が出てしまいます。
そろそろ真面目に機材を検討しないとと思いながら、日々の忙しさに紛れて時間だけが過ぎています。

船旅は一週間の予定で、途中、父島に半日だけ上陸します。
プールや図書館、ラウンジも完備された客船ですので、船上では快適に過ごせそうです。
父島では、バイクを借りて島内を回ろうと思っています。

たとえ曇りで日食が見られなくても、船旅が楽しめればそれはそれで良いと思っていますが、こんな最悪のシナリオも考えられます。
「台風に遭遇して船酔いゲロゲロ、日食は見られず上陸した父島も大荒れの天気・・・。」
これだけは避けたいなあ。
まあ、自然相手のことですから、たとえそうなっても仕方ないですが・・・。

2009年06月26日

●小中学生向け日食パンフの作成

昨日に続いて日食の話。

今回の日食は、皆既にならない地域でも食分の深い部分日食が全国で見られます。
すでにテレビや新聞で報道がなされており、夏休み中ということもあって当日は全国でたくさんの人が観察するものと思います。
その場合、危惧されるのが、非常に明るく高熱を放っている太陽を見ることによる目の故障です。

「そんなの、黒い下敷きを通して見ればいいじゃん」
そう思った方、それは間違いですヨ。
確かに、私が子どもの頃は、確かに黒い下敷きやすすをつけたガラスで見ればいいと教えられましたが、黒い下敷きや黒く感光したフィルムの切れ端は、まぶしくはないものの、実は目に有害な赤外線を通しやすいことがわかってきました。

誤った観察方法の場合、最悪の場合は失明してしまうことも考えられますので、日食観察によるそうした事故を起こさないため、教育委員会に正しい観察のための資料制作を提案したところ、ぜひ作って欲しいということになり、今日の午前中いっぱいかかってA3一枚の資料を作成しました。
近日中に学校を通じて、揖斐川町内各校の児童生徒に配布されます。

私が当日職場にいれば住民を集めて大観望会を開催したいところですが、残念ながら不在ですので、資料を親子で良く読んでいただき、事故のないように部分日食を楽しんでもらえればと思っています。

このブログを読んでいる皆さんも、黒い下敷きや黒ビニールを通して観察するといった危険なことはぜったいに避けて下さい。
天体望遠鏡を持っている方は投影法で、持っていない方は大手カメラ屋さんや望遠鏡販売店で「日食グラス」を買って下さいね。
カミさんと娘も、今日の夕方、近くのお店に「日食グラス」を買いにいくとのことです。

2009年06月28日

●柏原宿を歩く

柏原宿を歩いてきました。
柏原宿は中山道67宿のひとつで、江戸からは60番目の宿場です。
家数344軒、人口約1500人、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋22軒を数え、往時には賑わった街道筋でした。

kasiwabara1.JPG

雨になるとの予報が嘘のような快晴の空の下、まずは国有形重要文化財にもなっている「柏原宿歴史館」へ。
本屋と蔵が展示室となっており、2階建ての本屋は「古き良き日本の建物」の典型という感じで、端正かつ清楚です。
ガラス戸の向こうに庭が見渡せる廊下の造りは「千と千尋の神隠し」の「油屋」を髣髴とさせ(千尋がカオナシを引き入れた廊下です)、いつか見たことがあるような懐かしいたたずまいでした。
蔵の一階では、福田和弘さんという方が木版画の個展を開かれており、ご本人の丁寧な説明を聞きながら作品を拝見させていただくことができました。

本陣跡などを見ながら町中をぶらぶら歩き、山手にあるお寺「成菩提院」へ向かいます。
夏の日差しが注ぐ道沿いの田園風景は、これまた懐かしい日本の夏景色そのもの。
林間にひっそりとたたずむ「成菩提院」は、伝教大師ゆかりの天台宗の古刹。
戦国期には、織田信長や豊臣秀吉といった武将が投宿しており、江戸時代初期に徳川家康の参謀として活躍(暗躍?)した天海和上が修行しました。
西美濃33霊場結願寺である谷汲山華厳寺は、この成菩提院の末寺なのだそうで、歴史と格式を兼ね備えたお寺です。
とはいえ、私たちが滞在している間は訪れる人は誰も居らず、緑の匂いと静寂をたっぷりと味わうことができました。

kasiwabara2.JPG

日曜日にもかかわらず町を歩く人の姿はごく少なく、お店はどこも閉まっていて、静かでいいような、ちょっと寂しいような宿場歩きでしたが、長い歴史を担ってきた旧街道の息吹に触れることができた楽しい一日でした。

最近になって、古い町並みや宿場町が見直され、町並み保存など日本の良き伝統を復活させようという動きが全国で見られるようになっています。
猫も杓子もアメリカナイズされてしまい、国の形はもちろん個人の拠って立つ精神基盤すら見失ってしまった日本人ですが、少しずつ旧き良きものを取り戻す努力をしなければいけないと改めて思わせられた今日の宿場歩きでした。

写真:柏原宿歴史館の廊下・あじさいの咲く歴史館の庭

2009年06月30日

●サイエンスカフェに行ってきました

サイエンスカフェってご存知ですか?
文字通り科学をコンセプトにしたカフェで、店内には科学をテーマにした映像が流れ、科学系の本やグッズを展示販売し、文字通りサイエンスを話題にしながらお茶やお料理を楽しむことができます。

そんな天文ファンにはたまらないサイエンスカフェに昨日、行ってきました。
今度の日食ツアーに参加するメンバーの顔合わせ&打ち合わせが、名古屋駅からほど近いサイエンスカフェ「ガリレオ・ガリレイ」で行われたからなのです。

集まったのは、船で同室となるメンバー4名。
初対面でもすぐに打ち解けてしまうところは天文ファン同士ならではです。

黒を基調にしたシックな内装がおしゃれな店内には、大型スクリーンに「2001年宇宙の旅」が映し出され、販売コーナーにはさまざまな科学関係の書籍がずらり。

今回はお茶だけでしたが、イタリア料理を楽しむこともでき、天文屋さんにとってはアカデミックかつハイセンスな雰囲気の中で、楽しい時間を過ごすことができそうです。

ひととおり打ち合わせが終わった後で、先ほどから気になっていた隅っこの小部屋を探索。どうやらここは3Dシアターのようです。
すぐにお店の人が来て「何かご覧になりますか」とコンテンツをセット。
映し出されたのは、国立天文台が先般開発した3D映像でした。
専用メガネをかけて見る番組は宇宙の生成を解説したもので、目の前に無数の銀河が飛び出してくる映像に、一同、感嘆することしきりでした。

「ガリレオ・ガリレイ」では、一流の科学者によるさまざまなライブイベントも定期的に企画しています。
天文ファンならハマることうけあいのサイエンスカフェ。
名古屋駅前なので交通も至便です。
皆さんもぜひ一度、訪ねてみてくださいね。