2009年07月02日

●福島で見た部分日食

皆既日食まで20日となりました。
次の休みにでも持ち物や観望・撮影機材をリストアップしなきゃ、と思っています。

日食といえば、皆既は見たことがないものの、部分日食はこれまでけっこう見てきました。
それらのなかでいちばん印象が深いのが、1981年7月に起こった部分日食です。
このときはシベリアで皆既日食となり、日本でも北へ行くほど食分の大きい日食が見られました。

この日、私は東大和天文同好会の面々とともに、福島県浄土平で開催されていた「星空への招待」の会場にいました。
「星空への招待」は、藤井旭さんの愛犬だった「チロ」が主催者という、日本のスター・パーティーの草分け的なイベントです。
当日は快晴。福島県では太陽の7割近くが欠ける部分日食ということで、満天の星空と日食見物を目的に集まった天文ファンは2000人以上、テレビやラジオが取材に押しかける騒ぎとなっていました。

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日食に先駆けて参加者が自分の機材を自慢しあうイベントが行われたのですが、他の参加者が工夫を凝らした自作機材を得々と自慢するなか、私とS氏(現愛知県の某天文台職員)はなぜか望遠鏡ではなくギターを抱えていました。
オタク天文ファンが集うなかで、ギターを抱えたひときわ異様な風体の二人に注目が集まらないはずはなく、すぐに福島放送のアナウンサーがマイクを向けてきました。
「お二人はどんな望遠鏡を自慢されてるんですか」
そこで私たちは、おもむろに目の前の看板を指差します。そこには「ギター組曲・星空への招待のために」なる紹介が。
「機材ではありません。ボクたちは今日のために2台のギターのための組曲を作曲してきたのです」
「どひゃー!あなたたちの自慢ってもしかして自作のギター曲?ぜひ演奏して!」

というわけで、望遠鏡の林立する会場に響くギターの音色。俄然、色めき立つ天文屋さんたち。
それからの私たちは、ほとんど福島放送の専属タレントになってしまい、実況中継のラジオ番組で喋るは歌うは・・・。

もちろん真面目な自慢機材も出品、賞を総なめした上に、最後に行われた参加者総出の大ジャンケン大会を見事勝ち抜き、当時流行しはじめていた「フォーミングガス超増感セット」をゲットするなど大活躍をしたのでした。

日食ですが、最大食分の際には、ほんの僅かですが周囲が暗くなり、気温が下がるのが実感できました。(よほど注意深くないと気づかないレベルでしたが)

そういえば、ラジオ番組のオープニングコールもやらされました。
『RFCワイド!午後いちばん!』って。
思えば昔の話ですね。

写真は、投影で日食を見ている私たちと福島放送のアナウンサーのおねえさん。
当時は、太陽観測用のサングラスをアイピースにねじこんで見るのが一般的という時代でしたが、進歩的な?私たちは投影で観察していました。
22日の日食も、皆さん、安全な投影法で見ましょうね!

2009年07月04日

●梅雨も好きです

梅雨時が好きです・・・なんて書くと「変わってるなあ」と思われるかもしれません。
ジメジメしてるし青空が見えなくて鬱陶しいし、洗濯物は乾かないし星は見えないし、梅雨なんていいことないじゃん、と言われそうです。

でも、雨に濡れた草木はしっとりと濡れそぼって生き生きしているし、カエルやオタマジャクシなど水辺の生き物が元気だし、山には靄がかかって山水画のような趣きを感じさせるし、一年の中で最も詩情豊かな季節ではないかと思うのです。

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写真は、菖蒲の花と雨に濡れた竹林。
どちらも梅雨の季節が似合う風景です。

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梅雨時の星空も好きです。
星が見える晩は少ないけれど、たまさかの晴れ間に見える星空は雨に洗われて透明です。
この時期に見える星に「うしかい座」のアルクトゥルスという1等星がありますが、赤みをおびたこの星を梅雨雲の晴れ間に見つけると、いかにも初夏の夜空という感じがして心の中まで潤った気分になります。

雨だからといって家の中に閉じこもっておらず、この時期にしか見られない自然の風景を見つけてみるのも楽しいものですヨ。

2009年07月06日

●詩「徳山」

風はうすみどり
揖斐のせせらぎに幸多き山影を揺らし
里の道は古き伝えを語り継ぐ


一人の河原で
空へ続く時を見送るひととき
栃の葉陰
木橋の袂
そこここにたたずむ気配は
あえかな初夏の輪郭で
誰もが染み透る微笑を浮かべては
碧玉の空へと還ってゆく

諦めすら
その浄化されたまなざしに包みこんで
それは
紡ぎ続けてきた生命の記憶
森と生きてきた人々の想い

僕も微笑みを返そう
冷たく黒い水がすべてを覆う前に
この豊穣な山と川に生きてきた
あらゆる生命のきらめきに


☆旧徳山村が、ダムに沈む前に作った詩です。
ダムの有用性や社会的な効果についてはあえて言及しませんが、少なくともダムの湛水によって、小はダニや線虫の類から、大は動くことのできない樹木にいたるまで、無数の生き物が物言わぬままに冷たい水に沈んでいったことは確かなことです。
この詩を作ったのは秋でした。
周囲をたくさんの蝶や羽虫が舞い、鳥の声が遠く近く聞こえる静けさの中で、近い将来、そうした風景と生命のすべてを冷たい水が覆い尽くす日が訪れるのを、私は暗澹とした気持ちで考えていました。
罪のない小さな生命を、人間の都合や欲得で奪っていいはずがありません。
ダムの広大な水面を見て無邪気に歓声をあげる観光客や、利水・治水の視点でしかダムを考えない人たちに、私たちが奪った無数の生命について、少しでいいから思いを巡らしてもらいたいと思います。

2009年07月08日

●スター・フェスティバル

ここ数日、家にある古いビデオテープを見直しています。
ビデオテープとはいっても映画やアニメではなく、自治体が作った町村紹介ビデオや、さまざまな郷土の映像記録資料などです。

それらのなかに、旧藤橋村で開催していた天文イベント「スター・フェスティバル」の記録があり、思わず見入ってしまいました。
「スター・フェスティバル」は、平成2年から「星のふる里・藤橋村」をアピールするために、私たち西美濃天文台のスタッフが中心となって開催していたイベントです。
中部地方では、当時、最大規模の星見イベントで、最盛期には一万人の参加者を集め、芝生広場にずらりと望遠鏡を並べての星見会をはじめ、コンサートや天文クイズといったステージイベント、天文学者による講演会、参加同好会による天文グッズ販売など、主催者であった私が言うのもナニですが、非常に内容の濃い、しかも家族揃って楽しめるすばらしい天文イベントでした。

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年々、参加者が増え、高い評価を受けていたこのイベントですが、徳山ダム工事の本格化のために会場確保が困難となり、2002年8月を最後に終了しました。
2002年は、星空の音楽会、名古屋大学の福井康雄先生による講演、しし座流星雨の動画解説、ライブプラネタリウム、西美濃天文台の無料公開などが行われ、1万人の参加者が夏の夜を満喫しました。
星空の音楽会は2部形式で、1部は弦楽四重奏、2部は星空を唱うユニット「アクアマリン」の演奏と、大人も子どもも楽しめるコンサートでした。
前の晩は雷雨でしたが、当日は嘘のように晴れ上がり、20時にステージイベントが終了した後は満天の星空を楽しむことができました。
フィナーレは花火の打ち上げ。
ずっとスター・フェスティバルにかかわってきた私は、夜空を彩る花火を見ながら感無量だったものです。

この規模のイベントとしては予算が非常に少なかったため、準備も当日も恐ろしく大変でしたが、ビデオを見ていると何とも懐かしく、あらためて良いイベントだったことを実感しました。

今も内外からこのイベントの復活を願う声が聞かれます。
非常に手間のかかるイベントでしたから、復活させるにはそれなりの体制を整える必要がありますが、そうした条件さえクリアできるのであれば、また取り組んでみたいとも思います。

2009年07月10日

●日食準備は難しい!

日食の準備がはかどりません。
今回は船上からの観望で望遠鏡のセッティングができませんから、赤道儀を持っていっても意味がありません。
「じゃあ、簡単じゃん」
と思われるかもしれませんが、経緯台式の望遠鏡は15cm双眼鏡しか持ってないし、いつもの観測や撮影と違って車での移動ではないために、持参できる荷物は限られてしまいます。

機材をはじめとした荷物を運搬する方法もなかなかに難しい。
頻繁に山登りをしていた若い頃だったら、フレームザックなどの運搬用具も揃っていましたが、ここ20年ほどは車での移動ばかりで荷物の運搬手段もなし。
というわけで、結局は小さな望遠鏡に三脚、デジカメ程度のライトな機材になりそうです。

今日は、薬局に行って酔い止めの薬も買ってきました。
大きいとはいっても船ですから、船酔いする可能性は十分なので・・・。

船にはプールがあるし、父島でちょこっと泳ぐかもしれないので水着も要るなあ。そういえば、仕事に穿いていく以外の靴って持ってないなあ。服もロクなものがないし・・・。
というわけで、通常の観測と違った日食行に戸惑うことしきりです。

ごつい機材を車に積んで防寒具に身を固め、寒さとひもじさに耐えながらの観測行ならば一冊の本が書けるほど経験を積んで慣れているのですが、寒さや雨露の心配がない設備で一日四回の食事が出て、プールもありラウンジも図書館もあり、コンサートや講演会といった行事が目白押し、といった「リッチな」星見行は、悲しいことにほとんど経験がありません。
悲惨でプアな観測を続けてきた私にとって、今回の旅は何とも扱いづらいしろものなのです。

2009年07月12日

●旧徳山村の民家

私の現在の職場である揖斐川歴史民俗資料館の敷地にある茅葺の民家です。
もともとは旧徳山村戸入の庄屋さんでした。
私は民家は専門外だったのですが、旧藤橋村勤務時代から、藤橋歴史民俗資料館の茅葺民家4棟の葺き替えを行ったりするうち、いつのまにか茅葺民家と縁が深くなってしまい、揖斐川歴史民俗資料館の徳山民家も修繕や管理を担当するようになってしまいました。

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ひとくちに茅葺屋根といっても、実は屋根材や葺き方は地域によってさまざまです。
山萱(ススキ)が採れる地方では山萱で葺き、穀倉地帯では稲藁で葺きます。
琵琶湖沿岸では湿地で豊富に採れるヨシを使用します。
つまり、その地域でいちばん簡単に調達できる材料で屋根を葺いたわけです。

藤橋や徳山といった揖斐谷では、山に「カヤバ」を作っておき、いつでも山萱を調達できるようにしてありました。
屋根の葺き替えは、およそ30年~50年ごとに行い、その間はこまめに挿し萱(傷んだ箇所に萱を補充すること)を行って維持しました。
いよいよ葺き替えとなると、ムラ総出のたいへんな作業となりました。

夏は涼しく冬は暖かい萱屋根でしたが、最大の欠点は火災に弱いということでした。
徳山では、大火が相次いだため、山間地としては早い時期にほとんどの集落で萱屋根からトタン屋根に変わりました。
その意味で、揖斐川歴史民俗資料館にある築200年余の茅葺民家は貴重な存在です。
今後も、いろいろと勉強しながら守ってゆかなければと思っています。

2009年07月14日

●久々の星空

運動不足解消のために、暇を見つけては夜に歩いています。
当然、星空が気になるところですが、このところずっと天気が悪くて星を見ながら歩くというわけにはいきませんでした。

でも、昨夜は良く晴れて、久々に夏の星空を見上げることができました。
木星が南東の空に明るく輝き、天頂には夏の大三角が大きく見えています。北西には北斗七星が落ちてゆき、南の低空にはさそり座。
透明度が良かったので、郊外の明るい空とはいえ、漆黒のバックにくっきりと見える夏の星々は鮮やかで、星空を見ながら心楽しく散歩することができました。

ひそかに流星の出現を期待していましたが、残念ながら見ることはできませんでした。
そろそろ、「みずがめ座流星群」や「やぎ座流星群」、そして年間3大流星群のひとつである「ペルセウス座流星群」が活動し始める時期なので、これからの時期、天文に詳しくない方でも、偶然に流星を見るチャンスが多くなります。
皆さんも、晴れた晩には夜空を見上げてみてはいかがでしょうか。

2009年07月17日

●企画展「ふるさとの戦争と暮らし」

この1週間ほど、揖斐川歴史民俗資料館の企画展「ふるさとの戦争と暮らし」の展示制作に忙殺されています。
日露戦争と太平洋戦争が私たちの暮らしに及ぼした影響や当時の世相を、資料を通じて語り、平和の貴さをわかってもらいたいという趣旨の企画展です。

日露戦争に従軍した兵士が家族に宛てた手紙、出征兵士を送るのぼりや寄せ書きの日章旗、金属供出のために使用した陶器製のゆたんぽやお釜、岐阜空襲当時の新聞、小学生が戦地の兵隊に送った作文や図画工作作品、また、戦闘機と爆撃機のプロペラなど、貴重な資料をたくさん展示しています。

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特に目玉は、大小のプロペラ2つ。
ともに木製で、非常に珍しいものです。
写真や絵と違って実物を見ると、その大きさと精巧なつくりに驚かされます。

こうした企画展は、展示制作のみならず、メディアへの広報やポスター制作なども並行して進めなければならず、その労力は並大抵ではありません。
予算は非常に乏しい(というよりほぼありません)ため、人力と創意工夫だけが頼りです。
幸い、いっしょに作業をしている学芸員さん2名が大変に熱心かつ優秀なので、予算が乏しい割にはとても良い展示ができたと思っています。

期間は7月21日(火)から8月30日(日)です。
入館料は100円と激安ですので、ぜひ皆さま、お誘い合わせの上ご観覧いただければ幸いです。
なお、月曜日は休館ですのでお気をつけ下さい。

揖斐川歴史民俗資料館 電話 0585-22-5373

写真:戦闘機と爆撃機のプロペラ。大きいですよ。

2009年07月25日

●快晴の皆既日食!小笠原の空にコロナは輝く

今日の夕方、皆既日食観測ツアーより帰宅しました。
ずっと船の上だったのでブログの更新ができず(船では携帯もネットもつながらないのです・・・)、一週間ぶりの更新です。

さて、今世紀最長と呼ばれた今回の皆既日食。
私は、「ふじ丸」という船から観察しました。
ふじ丸は、排水量23,000トン、全長165m、速力18ノットという外航用の大型客船です。
今回のツアーは、姫路港を出航し、皆既帯の真ん中で日食を観測、小笠原列島の父島に寄航して姫路港に戻る5泊6日の旅でした。

全国的に悪天候に見舞われた今回の日食。
「ふじ丸」での観察はどうだったのかといえば・・・。

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写真を見ればわかりますよね。
前日までは曇りだった天候が、当日はウソのような快晴となり、ほぼ雲のない絶好の条件で見ることができました。
写真は、口径60mm、焦点距離500mmのフローライト屈折で撮影したものです。
撮影場所は、ふだんはクルー以外は入ることのできない最上甲板。
今回、特別の許可を得て入ることができました。

当日の様子です。
この最上甲板に陣取ったのは、写真撮影を目的とするベテラン勢でした。
それぞれ工夫を凝らした機器をセッティングし、照りつける日差しの下、皆既の瞬間を待ちわびているところです。

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いわゆる「日食フリーク」というと、そのことしか頭にないオタクさんの集団のように思えますが、今回、ご一緒させていただいた方々は、みなさんとても穏やか&フレンドリーで、楽しく談笑しながら皆既までの
時間を過ごすことができました。

こうした天文現象時につきもののトラブル・・・。
やっぱり発生しました。
ひとつは大したことのない・・・というか、ばかばかしいトラブルでしたが、もうひとつはひとつ間違えば致命傷になりかねないものでした。
まあ、何とか騙し騙し、やり過ごすことができましたが・・・。

よく言われるように、6分半という時間は恐ろしく短いものでした。
それでも、とりあえずは撮影をし、眼視でも観察をし、彩層もダイヤモンドリングもしっかり見ることができましたから、まずは大成功だったと思っています。

今日は、とりあえず速報ということで、皆既の写真と観測のようすだけをUPします。
明日から、もう少し詳細に旅の様子をお話しようと思います。

日食は完璧、船上から見る星空も完璧、父島は最高、海は終始穏やか、
毎日の食事はおいしいし、どこからどこまで非の打ち所のない観測行となりました。
こんなに何もかも完璧に運んでいいのだろうかと不安になるほど、夢のように過ぎた一週間でした。

2009年07月27日

●快晴の皆既日食!撮影機材編

今回の日食で、いちばん迷ったのが撮影機材の選択でした。
場所がたとえ海外のどんな僻地であっても、しっかりとした大地の上での撮影ならば、手持ちの赤道儀に適当な鏡筒を載せれば、まず失敗のない写真が撮れます。
でも今回は揺れる上に、位置が刻々と変化する船上からの撮影。
赤道儀を持参しても極軸が合わせられず、重いだけで意味がありません。
家にある経緯台に手持ちの8cmED屈折を載せるか、あるいは部分食は撮らないことにしてファミスコで撮ろうかと思ったのですが、8cm屈折は焦点距離がやや長いしちょっと重い。ファミスコでは強度的に心もとないし焦点距離が400mmでやや短い。
いっそ、300mm望遠レンズで撮ろうかとも思ったものの、手軽に撮れる半面、拡大率が不足します。
直前まであれこれ考えた結果、選択したのがこの機材。

FC60.jpg

知る人ぞ知る、タカハシのTeegul60=FC60です。
口径60mm、焦点距離500mmのフローライト。
分解能も像の大きさも申し分ない。しかも三脚・架台と一体でフリーストップ。
軽い。ちゃんと微動もついている。携帯用の専用バッグもある・・・。
これ、完璧です。
でもなんだかヘンですね。鏡筒の下にどう見てもペットボトルとしか思えないモノがついている・・・。アレは何だ?

見たとおりペットボトルです。中には水が入っています。
実はこれ、バランスウェイトなんです。
Teegulはフリーストップなのは良いのですが、カメラを接眼部に取りつけるとその重みで角度によっては接眼部が勝手に下がってしまう可能性があります。
それを防止するために、水を入れたペットボトルをビニール紐でぐるぐるに縛りつけました。
ペットボトルは同室のogawa嬢が飲み終えたものを貰いうけ、部屋の蛇口から水を入れた現地調達品。
ベテランの方は、撮影や観測の際、ドイツ式赤道儀のウェイトがわりに双眼鏡や砂袋をウェイト軸にぶら下げた経験がおありだと思います。それと同じ発想です。

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なんだか貧乏臭くなったTeegulにEOS Kiss DXを取りつけ、前日に厚紙で作った特製アストロソーラーシート減光フィルターを筒先に被せれば、もう完璧。
部分食のあいだはフィルターを被せておき、皆既になったらサッと外せばコロナが撮影できる。ピントはもちろん食の開始前に合わせておく。
まったく破綻はありません。
500mmという焦点距離なので、船の揺れが大きいと視野に太陽をとらえておくの難しい可能性もありましたが、うねりの原因となる台風はないし、太平洋高気圧の真ん中近くできっと海面はべた凪ぎだろうと予測し、勇躍、船上の人となったわけなのです。

でも、何が起こるかわからないのが天体撮影。
よくあるのが、レリーズや記録メディアを忘れた!というミスなので、持ち物はしっかりチェック。
うん。やっぱり完璧だ。
よほどの予期せぬトラブルがない限り、きっとうまく撮れるだろう。
日食開始の直前まで、南洋の日ざしが照りつける甲板上で、私は実に気楽でした。
しごくのんびりとくつろいでいる私を見て、撮影の最終チェックに余念がないogawa嬢は「初めてとは思えませんね。余裕ですね」と、感心するやら呆れるやら。

でもでも、肝心なときに限って起こるのが予期せぬトラブルです。
食が始まってすぐ、私は青くなることになります。
撮影を諦めて、眼視だけで見ることにしようかと思わせられたほどのトラブルが起こってしまったのです・・・。

写真:Teegul60・姫路港出航前の「ふじ丸」


2009年07月28日

●快晴の皆既日食!アクシデント編

今回はカッコ悪い話・・・。

どんな小さなパーツでも、事前にきちんと点検をしておくべきものですね。
いや、出発前に点検はしておいたのですが、長旅による震動の故なのか、悪魔の悪戯か・・・?

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部分食が始まる直前、余裕のよっちゃんだった私は、おもむろに望遠鏡にカメラを取りつけました。
Teegulは、本来、写真撮影用に作られていないので、Teegulに合うように、ビクセンの古いカメラアダプターとEOSマウントを組み合わせておいたのですが・・・。
カメラを取りつけると、おや? このアダプターには写野回転機構などないはずなのに、なぜか自由にカメラが回る。
おっかしいなあと思いつつ、アダプターを点検すると・・・。

なんと、ふだんは取り外せないはずの接続部分が緩んで、アダプターがふたつのパーツに分解しかかっているではありませんか。
さらに仔細に観察すると、ふたつのパーツを固定しているメガネ用の小さなネジが3本とも緩んでいることがわかりました。
通常、取り外さない部分なので、そんなトコロにネジがあるなんて気にしたこともありません。
これまで20年以上使ってきて一度も緩んだことのないネジが、なぜこの大事なときに3本とも緩んじゃうの! やる気あんのか、おい、コラ!
このときになってもなお余裕の表情を崩さず、心の中だけで思い切りちっちゃなネジに毒づきながら、私は撮影準備に余念のない周囲の人たちに声をかけて回りました。
「あのー、メガネ用の精密ドライバーなんか持ってませんかねー」
そう、このときまでは、みんな精密機器をいっぱい持ってきているんだから、誰かがきっと持っている。そう信じていました。
「いやー、持ってないすね」「家にはあるんですがねえ」
強気の予想に反して、返ってくる答えはどれも×××。
家にはあるんですけどねえ、って、ここになきゃ意味ないじゃないの!と、理不尽な怒りに心の奥を震わせつつ、とうとう第一接触1分前になり、私は精密ドライバーを諦めました。食が始まってからそんなことを聞き歩いてたら、めちゃくちゃ間抜けなお邪魔虫です。

残された手段は、まことに消極的な対処しかありません。
一言でいえば「何もしない」こと。
どうやら触れば触るほどちびネジは緩んでゆくようです。
となれば、何とも逆説的ではありますが、皆既が終わるまでできるだけカメラやアダプターに触らないようにして、外れかかっているふたつのパーツが本当に分解してしまわないようにするしかありません。

というわけで、部分食はできるだけ撮らないようにして、皆既までアダプターを温存することにしました。
結果的にはこれで何とか持ちこたえ、すでにお見せした皆既の画像は撮れたのですが、皆既の最後の方になると、いよいよアダプターは分解寸前、カメラが落ちるのが早いか、皆既が終わるのが早いかという状況になりました。
結局、第3接触(ダイヤモンドリング)まで撮り終わることができましたが、悲しいことにダイヤモンドリングの画像は、ふたつのパーツがいよいよ分解しかかっていたためにピント位置が変化し、ピンぼけになってしまったのです。
こんな恥ずかしい画像は後悔、じゃなかった、公開したくないのですが。

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ええ、これ以上、大きな画像は出せません。
これでも画像復元ソフトを駆使して、だいぶピントを修正してあるんですよ。
慌てていて皆既と同じ露出で撮影してしまったため、露出オーバーでもあるという情けない画像です。まあ、時には失敗もあるということでご勘弁を。

とりあえず皆既を撮り終え、カメラを外したとたん、アダプターは分解しました。
よくぞ持ちこたえてくれたと讃えるべきなのか、この大切な瞬間になんでちびネジが緩んじゃうのさ!と怒るべきなのかはわかりません。
もちろん、悪いのはちびネジを増し締めしていなかった私なのですが、そんなところにちびネジが隠れているなんて、20年間、一度も気にしたことなかったんだよー!

とまあ、これが予期せぬアクシデントです。
ちなみに撮影が終わって部屋に戻り、同室のKさんにこのバカ話をしたところ、「ああ、精密ドライバーなら持ってるよ。ほら」。
・・・というわけで、日食が終わったとたんに、アダプターは元気になりました(泣!)。

アクシデント、もうひとつ。
ちびネジの乱にあたふたしながら皆既を撮影していると、むむ、どうも足元がしっくりこない。なぜこうも足の裏が熱いのだ?
いぶかしく足元を見ると・・・。
なんと、左の靴の底がすっぽりとはがれていて、私は靴下一枚で焼けた甲板の上に立っているではありませんか!
まだ新しい靴で、日食の直前まで元気に私に仕えてくれていたんですよ。
それが、こともあろうに皆既の瞬間に突然、反旗を翻しやがって!
このバカ靴め!と心の中で罵りながら、それでも顔は余裕で皆既を撮り終えました。
横にいたogawa嬢は、なんでこのヒト、ハダシなんだろ? と思っていたそうです。
『気合を入れるためサ!』と、運動会のリレーを裸足で走る爽やかなスポォツ少年のようなセリフをとっさに口にすべきだったと、今では思っています。

靴、ですか?
船内用のサンダルを持っていたので、とりあえず事なきを得ましたヨ。
父島で1,380円の靴も買ったし。
島ではレンタバイクを借りたのですが、手続きを終えた私の第一声は「あの、このヘンで靴屋さん、ありませんか?」でした。
どこが景色が良いかとか、美味しいお店はどこ? 的な質問を予想していたレンタバイク屋のお姉ちゃん、一瞬、言葉をなくしていました。

写真:ピンぼけのダイヤモンドリング・北硫黄島(この近海で観測しました。ほとんどの人は一生、見る機会のない島でしょう)

2009年07月30日

●快晴の皆既日食!期待ふくらむ前夜の星空

日食航海中は一昔前、いや、50年ほど前まで時代を溯ったかと思うほど情報から遮断された毎日でした。
ツアーに申しこんだ時点では、携帯電話はともかく、船上でもネットはつながるだろうと思っていたのですが、実際は携帯電話はもちろん、ネットも使えず、テレビも見えず、新鮮な情報を得ることはほとんどできませんでした。

そんな状況下で、私たち乗客の最大の関心事は何かといえば、もちろん天候です。
姫路港出港時は今にも降り出しそうな曇天。
日食の前日になっても、雨こそ降らないものの、いっこうに晴れません。

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唯一の天気に関する情報源は、ホワイトボードに定期的に貼り出される天気図と衛星からの雲画像でした。
日食が近づくにつれ、ホワイトボードの前は常に人だかり状態。
日本列島を縦断する雨雲を見てため息をつく人、あくまで強気の予想を崩さない人などさまざまです。
特に前日の夜に貼り出された天気図と衛星画像は、私たちをがっかりさせるものでした。
それまで比較的北にあった前線が、日食当日はぐっと南へ下降し、それに伴って雨の範囲も南下する予報だったのです。
予報通りとすれば、明日の天気は絶望的。
晴れ男の私も、このときはさすがにダメかなと弱気になりました。
トカラ列島は大雨、上海も悪天候らしいという情報が伝えられ、ますます弱気に拍車がかかります。

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その晩、そろそろ就寝する時刻が迫ってきたころ、ふと感じるものがあって船首甲板に向かいました。
ドアを開けると強い風が頬を打ちます。真っ暗な船首甲板に出て空を見上げると・・・。
いきなり雲のような天の川が目に飛びこんできました。
緯度が低い分、いて座やさそり座が驚くほどの高さに見えています。
北半分は曇っているものの、船の進行方向の南天は(こういう表現はしたくないのですが)、それこそ「プラネタリウムのような」星空です。
緯度が低い上に水平線まで見えるため、おおかみ座やケンタウルス座といったふだんは見ることの少ない星座がよく見え、これまた月並みな表現で恐縮ですが「傾斜式プラネタリウム」で見る星空のよう。
周囲は見渡す限り海ですから、光害はまったくありません。アンタレスが木星のような明るさで輝いています。

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アンタレスの西側を、ちょうどアンタレスと同じ赤い色をした流れ星がかすめます。
赤っぽくて火花を散らすようなプロフィールの典型的な「やぎ座流星群」の流星です。
いて座の下方にあって、光害やモヤのためになかなかはっきりとは見られない「南のかんむり座」がホンモノの?かんむり座よりもくっきり見えます。
そんな豪奢な星空を、ogawa嬢と二人、しばらく言葉もないまま見上げました。

つい先ほど、レストラン前のホワイトボードに貼り出された天気図を見てしょぼくれていた気分はどこへやら、船が向かっている南の空が晴れているのですから、明日の日食当日も、晴れる期待が俄然、高まってきました。
ずっと星を見ていたかったのですが、明日はいよいよ本番。
後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻りました。

写真:書き込み自由のホワイトボード・船首甲板から見たブリッジ・南海の夕焼け