2009年08月01日

●「夜の資料館探検と月の観察会」を開催

今夜は、私の勤務する揖斐川歴史民俗資料館で「夜の資料館探検と月の観察会」という催しを開催しました。
ふだんは入ることのできない夜間の資料館内を、親子そろって懐中電灯で探検しながら、歴史や民俗に関するクイズに答えてもらうという企画です。
探検終了後は月齢10の月を観察するという、歴史民俗と天文のコラボレーションを企図した催しで、予定通り親子20組の参加がありました。

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クイズは、展示をじっくりと見ていただくくための仕掛けで、展示のなかに答えやヒントが隠されています。
暗い中、懐中電灯で照らされた狭い範囲を注視することにより、昼間であればスルーしてしまうさまざまな展示を、しっかり見てもらうことができました。
暗い館内を親子で仲良く探索しているようすは微笑ましく、歴史民俗の学習に加え、家族の対話にも寄与できたのではないかと思っています。

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月や星は雨模様で見えませんでしたので、私が月や日食、夏に見える天体の解説を、プロジェクターで画像を投影しながら行いました。
小笠原沖で撮影した皆既日食の写真もプレゼントし、参加された皆さんはたいへん喜んでいました。

すべてのプログラム終了後は、歴史民俗資料館長から子どもたち全員に「探検観察博士認定証」が授与され、お天気は悪いながら、皆さん、とても良い顔で帰られました。

日食に同行したogawa嬢も参加し、スタッフに船上から撮影した日食の動画を披露、「すごくリアル!」「現地に行った気分になった!」と大好評でした。

曇雨天時の観望会をどのように盛り上げ、来館者に満足してもらえるかは、天文担当者の力量が問われるところです。
これからも勉強しなければと思っています。

写真:暗い館内を懐中電灯で探検!・星のお話


2009年08月03日

●快晴の皆既日食!父島ツーリング

皆既日食シリーズ、今回は日食翌日に寄港した父島の滞在記です。
原付バイクをレンタルして過ごした父島の一日。
さてさて、まっちゃんは何を見、何を経験し、何を想ったのでしょうか。
今回は、紀行文風にまとめました。書くの、けっこう大変だった・・・。

          ☆ ☆ ☆

 7月23日午前7時。
「ふじ丸」は、父島の二見湾に入港していた。船窓には、緑濃い山なみと朝の港がいっぱいに映っている。久々に見るような気がする陸地の営みだ。
 隣のベッドにogawa嬢の姿はすでにない。シーカヤックのツアーに参加するため、一番で朝食を摂り、すでに出かけてしまっている。無事、日食を見ることができ、すっかり弛緩してウダウダ寝坊していた私とは大違いである。
 ogawa嬢以外の同室3名、ウダウダ組は、まことにのんびりと朝食を摂った後で、やはりまことにのんびりと島へ向かうランチに搭乗した。船内に人影は少ない。多くの勤勉な乗客は、すでに父島へ上陸してしまっている。

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 桟橋に接岸したランチから降りると何とも暑い。いっしょにランチに乗ってきた同室の二人と別れ、サンダルをペタペタ鳴らして、私は島のメインストリートを目指す。
 サンダル。リゾート気分だから? 
 否。本当は私も靴が履きたい。ましてやこれから島内をバイクでツーリングしようというのである。常に安全に留意する品行方正なライダーの私としては、サンダルでバイクを駆るのはやはり避けたい。
 なのになぜサンダルか。
 そう、このブログをきちんと読んでくれている方は知っている。昨日、なぜか皆既の真っ最中に新品の靴が崩壊してしまったことを。
 というわけで、昨日以来、ずっとサンダルを友として私は歩き続けていたのである。

 ささやかなメインストリートをペタペタ歩き、予約を入れておいたレンタバイク屋へ。
 原付スクーターとヘルメットを借用した私は、おもむろに窓口のおねえさんに訊ねた。
「あのー、この近くに靴屋さんはないですかねー」
 おいしいお店はどこかとか、観光名所はどこかという問いを恐らくは予期していただろうおねえさんは「は?く、靴屋ですか?」と目を白黒。
 それでも、気を取り直したおねえさんは親切に靴を売っているお店を教えてくれ、勇躍した私は、いざ、バイクにうちまたがりエンジンをかけた・・・はずだが、あれ?どうやってエンジンをかければいいの?
 モタモタしている私に、バイク屋の兄ちゃんがめんどくさそうに「そこ。セルがあるでしょ。そこをくいっと」。
 ようやく響く2ストロークのエキゾースト。
「あ、どうもどうも。いや、ふだん大きいバイクしか乗ってないもんで。あはは」
 無意味な言い訳をしつつ、アクセルをひねって走り出す。
 考えてみれば、これまでずいぶん多くのバイクに乗ってきたが、スクーターというものに乗ったことはほとんどない。なので、発進時にはどうしても左手に握ったブレーキレバーを慎重に離してしまう。クラッチじゃない、ということはわかっているが、体が反応してしまうのだ。やっぱり俺って真のライダー?と思いながら、慣れないスクーターでよろよろ走る。

 おねえさんに教えてもらった雑貨屋風の店で運動靴を購い、サンダルと履き替える。上半身も安全に留意しなければ、と思い、Tシャツの上から長袖のシャツを着る。これで足元も上半身もビシッと決まった安全ライダーだ。道には、Tシャツに短パン、サンダル履きというライダーがうようよ走っている。
 ふっ、ダメだなあ、キミたち。安全はライダーの基本だヨ。そう思いながら、いよいよ父島周遊ツーリングが始まった。
 特にルートは決めていないが、島を周遊する道は一本しかない。まずはメインストリートを山手へと折れる。
 いきなり急勾配の上り坂。タイトなコーナーの連続。
 車の姿はほとんど見かけない。次第に慣れてきて、快調にコーナーをクリアする。
 道ばたにはガジュマルをはじめ、南国の草木がいっぱい。昔、行った沖縄ツーリングを思い出しながらブイブイ走る。バイクで風を切っていても暑い。非常に暑い。

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 しばらく走ると、右手に白いパラボラアンテナが見えてきた。
 バイクを停める。国立天文台VERA観測所である。抜けるような青空に白いアンテナが眩しい。
 奥に見える建物が何やら賑わっている。建物を覗くと「ちょうど今、サイエンスツアーの皆さんが説明を聞いているので、よろしければご一緒にどうぞ」と招じ入れられた。
 団体さんといっしょに説明を拝聴する。ここ10年ほどで国立天文台は様変わりし、積極的にに公開を行うようになった。たいへん素晴らしいことで、今や国内で最もフレンドリーな研究機関となっている。
 ひととおり説明を伺った後、ふたたびバイクにうちまたがる。コーナーを攻めつつ、山をぐんぐん下ってゆく。
 そう、これがけっこう怖いのだ。相当の急勾配なのだが、2ストのスクーターだからエンブレが効かない。かといってブレーキングしっぱなしではフェードしてしまう。
 
 それでも、ひらりひらりとコーナーをクリアするうち、道は海沿いとなった。
 道のあちこちに大きなカエルが干からびてぺしゃんこに潰れている。よほどたくさんいるのか、どこまで行ってもカエル、またカエルである。
 やがて、左手に川が寄り添う。清流、とはいえない。熱帯のジャングルを流れている川の色をしている。説明板を読むと、本当にジャングルの川で、生ぬるい水の中にはさまざまな亜熱帯の魚や生き物が棲息しているらしい。

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 川に沿って走ることしばし、『小港海岸』に到着。
 先ほどの茶色い川が広い入り江に流れこんでいる。海は紺碧。抜ける青空。濃厚な緑と潮の香り。
 バイクを降りて、しばらく光あふれる海を眺める。サングラスでもかけていないとあまりの眩しさに目がおかしくなりそうだ。

 バイクにまたがり、海岸沿いをしばらく北上。ひときわ熱帯樹が生い茂った一角にバイクを乗り入れる。亜熱帯農業の活用研究施設である。
 しばらく施設を見学し、施設を貫く狭い道をぐんぐん下る。やがて行く手に青い海が垣間見えるようになり、海に突っこむ直前で道がなくなる。

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 エメラルドブルーに輝く海と白い砂浜。澄んだ大気が夏の日ざしにきらめく。人影の見えない静寂の渚に、やはり茶色く濁った小さな川が吸いこまれ消えている。
『コペペ海岸』は、想像以上に美しい場所だった。サイパンや沖縄で見た南国のビーチに勝るとも劣らない。何よりも人がいないのがいい。かすかな波音だけが聞こえる静けさのなかで、心の奥底まで透明な日ざしが降り注いでくる。
 小さな東屋に憩っていたカップルがいなくなると、一人で来ているらしい若い女性と私だけになった。いつの間にか眠ってしまった女性に荷物番をしてもらうことにして、私は泳ぐ。遠浅の海底は珊瑚に覆われ、珊瑚の間を小魚が群れをなして泳いでいる。
 
 このままいつまでもこの海岸に佇んでいたいがそうもいかない。再びバイクの人となる。靴を購入したときの心がけはどこへやら、泳いだ後で体も心も潮まみれなのに加え、めったやたらと暑いため、スクーターを駆る私の姿はいつの間にやらTシャツにサンダル履き。走り出したときの安全意識はもうどこにもない。体も心もダラダラである。
 いつのまにか行く手に黒い雲が広がってきた。『コペペ海岸』で出会った中年の旅人と一緒に走る。「午後は雨らしいですよ」と彼が言う。
 入り江に沿って走る。自衛隊の護衛艦が停泊している。その向こうに、わが「ふじ丸」が見える。
 青い海に茶色い骸をさらしている戦争中の輸送船。道路沿いにもあちこちに戦争中の壕の跡が目につく。
 道ばたの藪が動いた、と思ったら白黒のヤギが現れた。無心に草を食んでいる。黒い大きなその瞳。

 小雨が降り出した。見覚えのある風景が広がる。出発地である二見湾だった。島を一周するのは意外なほどたやすかった。本当に小さな島なのだ。
 戦跡をいくつか回ると、いよいよ空は暗い。ライダーの直感で「あと数分でスコールが来る」と悟った私は、急いでバイクを返却した。給油したガソリンは0.9リットル。燃費走行を心がけていたとはいえ、島の小ささを物語る数値である。
 バイクを返却して土産物屋に飛びこんだ直後、豪雨が降り出した。月並みな表現ではあるが、バケツをひっくり返したような雨である。
 土産物を買い終えてもまだ止まない。店には次第に客が増えてくる。豪雨に閉じこめられ、店の外に出られないのだ。大半は「ふじ丸」の乗客なので、世間話をしながら雨が止むのを待つ。

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 雨は1時間ほどで止んだ。とたんに射るような日ざしが差し始める。
 ピストン輸送の漁船に乗って父島を後にする。半日しか滞在しなかったのに、遠ざかる島が何とも懐かしい。またいずれ来よう。潮風を浴びながら思う。
 前方に迫る「ふじ丸」。海上に浮かんだビルのようなその姿も懐かしく頼もしい。

 短かった父島滞在だが、久々に熱いライダースピリット(?)と透明な感性をよみがえらせてくれた一日であった。

2009年08月06日

●快晴の皆既日食!「天下の奇観、孀婦岩」

今回の日食ツアーでは、日食そのものや船から見た満天の星空もさることながら、上陸した父島をはじめ、航海の途中で船から見たさまざまな島や自然景観にも強く心を惹かれました。

今回はチャータークルーズだったので、通常の航路からは見ることのできない島をいくつか見ることができましたが、今回は帰路に立ち寄った「孀婦岩」をご紹介します。

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伊豆七島の最南端にある無人島で、東京から南に650kmの距離にあります。
所属市町村は未定で、東京都が直轄しています。
「ふじ丸」は、この岩の周囲をぐるりと周回しましたので、全体を眺めることができましたが、海上に屹立した巨大な岩で、なぜこんなモノが太平洋の真ん中に立っているのかと考えるほど不思議な思いにとらわれる景観です。

海上からの高さは99m、玄武岩でできており、海鳥の生息地になっています。
今回も、たくさんの鳥が周囲を飛んでいるのが眺められました。
今回の航海では海が穏やかでしたが、台風来襲時など周囲の海域はすさまじい時化となるはずで、そんなときはこの岩も激しい波をかぶるのでしょう。

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なぜこんな岩が海中からそびえ立っているのか・・・ですが、理科が好きな方は想像がつくと思います。
この岩は火山なのです。
海上に見える岩の下には2000メートルの山体が隠れており、つまりは巨大な火山のいちばん上だけがかろうじて海面に顔を出しているわけなのですね。
正確にはカルデラ式の外輪山の一部で、南西2.6km、水深240mの地点には火口があるそうです。
活火山に分類されていて、最近でも海面の一部が変色したことが観測されています。

いずれにしても、陸地から遙か離れた海のただ中に、巨大な岩が屹立している光景は天下の奇観であり、早朝に立ち寄ったにもかかわらず、甲板は鈴なりの人だかりでした。
何とも珍しく面白いモノを見せてもらったと、地学が好きな私は嬉しくてたまりませんでした。


2009年08月08日

●快晴の皆既日食!アホウドリの火山島を巡る

先日ご紹介した「孀婦岩(そうふがん)」の北76km、東京から南下すること600kmの海上に「鳥島」があります。
「ふじ丸」は、この島にも接近しました。

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鳥島といえば、特別天然記念物である「アホウドリ」が有名です。
かつては島を覆うほど棲息していたアホウドリですが、人間の乱獲によって絶滅寸前まで追いつめられました。
現在は保護されていますが、絶滅危惧の現状は変わっていません。

この島も、孀婦岩と同じく活火山です。
それも最も活発な活動を続けている活火山で、最近では2002年に噴火をしました。
1902年の噴火では、125人の島民全員が死亡しています。
この島の北には鳥島カルデラがあり、鳥島はカルデラの南端に位置しています。
海中には巨大な山体が隠れていて、その頂上の一部だけが海上に顔を覗かせているわけです。
島の周辺は暗礁がいたるところにあって、座礁する船が後を絶たないとのことでした。

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ふじ丸は、鳥島の南側から接近しました。
山頂には巨大な火口が二つ(もしかすると三つ)口を開けていています。
火口からは僅かですが水蒸気が噴出しており、活発な活動を続けている火山であることがよくわかりました。
写真で、水蒸気の噴出がわかるでしょうか。
画像中央より右上、火口壁の一部が白く見える部分です。
最初は水蒸気の噴出に気づかなかったのですが、隣で見ていたご婦人が双眼鏡を貸してくれて、しっかりと確認することができました。

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島には1965年まで気象観測所がありました。
いつ噴火するかわからない危険な火山であることから閉鎖され、その後は無人島となっています。
緑があるのは気象観測所跡周辺だけで、あとは荒れ果てた溶岩と火山灰の堆積です。
繰り返し噴出した溶岩と火山灰が幾重にも地層を作っているようすが鮮明に見てとれました。
ogawa嬢は、この地層を見て「マーブルケーキみたい」と言っていましたが、言い得て妙だと思います。
孀婦岩と同じく普通では見る機会がほとんどない島であり、最も活発な活火山として、そしてアホウドリの生息地として有名なこの島を間近に見ることができたのは、何とも眼福ではありました。

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ここからは追加・・・。
「マーブルケーキ」地層の画像を載せておきます。
ogawaさんがコメントに書いてくれているとおり、マ-ブルケーキに抹茶をまぶした感じですね。
半周しかしなかったので鳥島の全容は見えませんでしたが、南側はこのように地層が露出した荒々しい感じです。
気象観測所跡のあたりは比較的古い溶岩流で、若干の植物が生えており、その北側は新しい溶岩が、黒々と海に流れこんでいます。
外輪山の一角に噴出した寄生火山が鳥島ですので、海中にもたくさんの火口が潜んでいるものと思われます。
海底の画像を見ると、このあたり、たしかに円形の非常に大きな地形が存在します。
それが鳥島カルデラなのかなと思い、現在、調査中。


2009年08月10日

●快晴の皆既日食!「雲の表情さまざま」

南方へ行くと、雲がとてもきれいです。
蒸発が盛んなために大気中の水蒸気量が多いこと、また、太陽高度が高く地表(海面)が受ける熱量が大きいために上昇気流が起こりやすいことから、雄大で変化の多い雲ができやすいのです。
今回の日食行でもたくさんの美しい雲を見ることができました。

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南海で美しいのは、やはり日没です。
船上からはとてもきれいな夕焼けを見ることができました。
いかにも南国の日没ですよね。
刻々と移り変わる空と海の色に、時の過ぎるのも忘れるほどでした。

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太陽が沈んだ西の空も綺麗でしたが、こちらは反対側、東の空のようす。
西の夕焼けが色あせる頃、東の雲が残照に照らされて、とても美しい赤紫色に染まっていました。
暮れてゆく海の上を低く海鳥が舞い、潮の香りをいっぱいに含んだ風が頬を撫でてゆきます。
このときは大勢の人が甲板で夕日を眺めていましたが、誰もが移ろう自然のさまに感嘆の声をあげていました。

亜熱帯の雲で面白いのは、ちょっと厚い雲だと、雲の下にスコールが降っているのがはっきりとわかることです。
写真は、父島のスコールが上がった直後のようすです。
島の上にかかっている黒い雲から、カーテンをおろしたように雨が降っているのがわかります。

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スコールといえば思い出すことがあります。
高校生の頃、天文同好会のメンバーで伊豆七島の式根島に星を見に行きました。
私の人生でもっとも悲惨な観測旅行のひとつでしたが、そのときに痛切に感じたのが「島は星見に適していない」ということでした。
式根島には一週間滞在しましたが、まともに晴れたのは数時間でした。
昼間はよく晴れるのですが、夜はしっかりと曇ってしまうのです。
最初は理由がわかりませんでした。
太平洋高気圧に覆われているはずなのにどうして?と思っていましたが、明け方、明るくなってきた海上に浮かぶ島々の上だけに、傘のような雲がかかっているのを見て疑問が氷解しました。
平坦な海の上に突き出ている島の上空には上昇気流が発生します。
夜は気温が低いために、島の上に上昇した気流は冷やされて雲となり、夜間は島の上を分厚く覆ってしまうのです。

余談になりました。
式根島の悲惨な話はいずれ書きますね。
雲のさま、島々のさま、とにかくすべてが美しく好奇心をかきたてられた今回の船旅でした。


2009年08月12日

●快晴の皆既日食!「Tシャツコンテスト」

今回の日食クルーズでは、船内で趣向を凝らしたさまざまなイベントが行なわれました。
コンサートあり講演会ありお茶会ありグッズ販売ありと、移動する船の中で、日本各地で開催されている星祭りが行なわれたようなものでしたが、それらの中で注目を集めたのが「日食オリジナルTシャツコンテスト」でした。
参加者がデザインしたオリジナルTシャツに参加者が投票をし、その結果で賞を授与するというものです。
このコンテストに、同室だったogawa嬢が作品を応募しました。

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色は黒と水色の2色。
黒の方は、前面に日食の起こる原理をデザイン化し、背面には「ふじ丸」をデフォルメしたイラストが描かれています。
生地は、サッカーのユニフォームなどに使われているさらっとした着心地の良いもので、汗を吸って重くなったり湿ったりすることがありません。

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コンテストは、船内のフリースペースにTシャツを展示し、床に置いてある箱に票を投じるというスタイルでした。
ogawa嬢の作品は、出港早々から注目の的!
天性の営業マンをもって任じている私は、できるだけそのTシャツを着て船内を歩き回りPRに努めたのですが、
行く先々で「これ、いいですね。売っていただけるんですか?」と大好評。
いつもそのTシャツを着ていっしょに歩くogawa嬢と私は目だって仕方がないという感じで(まあ、私は付き添い、というかお供で、ogawa嬢の引き立て役でしたが)、下馬評ではダントツでogawa嬢の作品が1位だろうと囁かれていました。
展示スペースの横で販売もしましたが、持ちこみ分はすぐに完売してしまい、あとは予約販売をしていました。

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結果発表は、パシフィックホールという講演会やコンサートを開催するスペースで行なわれました。
ノミネートされた14名は、神妙な面持ちで座っています。
一人ずつデザイン者が作品のPRを行なうのですが、我らがogawa嬢、まずは型どおりデザインコンセプト等を話した後で、審査員(元国立天文台長の海部先生、西はりまの黒田先生、アクアマリンのお二人など)に向かい、「汗でべたつかずに着心地がとてもいいんですヨ。お好きにさわってみて下さいね」。
これには審査員の皆さんもどぎまぎ。会場はどっと沸きました。
だって、ogawa嬢、若くかわいい女性ですよ。
「さわってください」と言われた瞬間、黒田先生のお顔がパッと晴れやかに輝いたのが今でも脳裏に残っています。
(前夜までの悪天が嘘のように快晴となった日食当日の朝に拝見したのと同じ笑顔でした)
これが効いたのか、下馬評どおりogawa嬢の作品がダントツで1位を獲得。
それからさらに注文が相次ぎ、下船まぎわまでogawa嬢は受注処理に追われることになりました。

Tシャツには「小笠原皆既日食2009」とプリントされています。
巷では「トカラ・中国皆既日食」などと言われることが多いのですが、小笠原沖で黒い太陽を見た私たちに言わせれば、やはり唯一といって良い快晴に恵まれた「小笠原」の名称は外せないところなのです。

2009年08月15日

●お盆の星空を楽しむ

昨夜はよく晴れていましたので、仕事を終えてから星を見に出かけました。
当初は旧藤橋村東横山で見ようと思っていましたが、いつもの観測場所へ着いてみると、なんと花火を打ち上げるらしく、ものものしい警戒が敷かれています。
仕方なくさらに奥へ車を走らせ、西美濃天文台近傍へ。
さすがに「星のふる里ふじはし」、至るところに星を見ている人がいます。
見上げる空は快晴、天の川が真っ白に南の山の端へ注いでいます。

ここなら誰もいないだろうと、休止中のオートキャンプ場の駐車場に車を乗り入れると・・・ここにもいました。しかも写真を撮っている気配。
ライトを点けたまま入ってきたことを詫び、しばらくお話。
ペルセウス座流星群を撮影しているとのこと。

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私も久々にフジノン15㎝双眼鏡を組み立て、北東から南天の低空を流しました。
北東低空は、おおぐま座からりょうけん座、さらにかみのけ座と星雲星団の密集地帯。
メシエ天体、NGC天体など、大小様々な銀河や球状星団が次々に視野をかすめます。
てんびん座まで捜索した後は、ちょこっと観望。
いて座付近を15㎝双眼鏡で見ると、圧巻というほか言葉がありません。
微星のじゅうたんの中に、滲むような輝きで無数の散光星雲や球状星団、散開星団が散らばっているさまは、空の暗い場所ならではの美しさです。
流星が頻々と流れます。
痕を持つペルセウス座流星群がほとんどでした。

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その後は西美濃天文台へ移動。
担当のMさんが観望会を行っており「今夜はお客さんが多くて大変です」とのこと。
天文台の敷地も寝転がって星を見ている人でいっぱい。
観望会終了後、60㎝反射でM13を観望しました。
中心部まで無数の微星に分解するところは、さすがに60㎝の威力です。
ただ、M4などの粗い球状星団では分解しすぎて、散開星団のように見えてしまうのがご愛敬です。(贅沢?)

名残惜しいながら、翌日は朝から仕事。
天文台からの慣れた夜道をかっとんで帰りました。


2009年08月17日

●快晴の皆既日食!船内設備アラカルト

「ふじ丸」は、総トン数23,235トン、船客定員600名、全長167m、全幅24mという大きな船です。
速度は、巡航速度が18ノット、最高速度は21ノットと高速。
国際航海用の客船としては、わが国で5指に入る豪華船です。

このように大きな船で、しかも長期間に渡る国際航海用に作られていますので、接客設備も完備しています。
動くホテル、という表現が適切でしょう。

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船内は、B1階から8階まであり、船というよりビルというイメージです。
エントランスは2階にあり、ちょうどホテルのフロントというイメージです。
2階船首には講演会やコンサートが開催できるメインホール(Tシャツコンテストが行なわれた場所です)、エントランス横には広いダイニングルームがあり、食事はいつもここで食べていました。

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3階にはサロンがあり、隣接して船旅に関する書籍を主にそろえたライブラリーがあります。
また、和室(ここではお茶会をやっていました)や談話室、カードルームがあり、もう少し船尾寄りの右舷側にはショップがあります。
ショップでは、ふじ丸のお土産品、日用品などが販売されており、ここでしか買えないレア物も売っています。
左舷側にはメインバー「琥珀」があり、バーテンダーの方が控えていますが、お酒を飲まない私は行く機会がありませんでした。
船尾には、ラウンジ「エメラルド」があり、毎日のアフタヌーンティーはここで飲んでいました。
ピアノのミニコンサートが毎日あり、宇宙を歌うユニットとして知られる「アクアマリン」のコンサートも開催されました。

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4階は客室となっており、私たちもこの4階の住人でした。
客室はステートルーム、スーペリアルーム、デラックス、スイートにわかれており、スイートルームはわずか2室、定員4名です。

5階もメインは客室。船尾には大浴場があります。
大浴場にはサウナもあり、利用した人の話では十分に熱くて満足とのことでした。

6階船尾はスポーツデッキ。今回の日食クルーズで、メインの観察場所となりました。
7階は操舵室とサンデッキ。
8階船尾近くにはプールとスカイラウンジがあります。

8階船首トップデッキは通常は立ち入り禁止区域ですが、今回のツアーでは特別に開放していただけました。
私とogawa嬢もここで日食を見たわけですが、前日の下見の際は航行中だったため非常に風が強く、風で飛ばされるのを防ぐためにメガネを外して下さいという指示が出たほどです。
当日はほぼ停止に近い速度だったために、支障になるほどの風はありませんでしたが、トップデッキに上るためには舷側の非常に狭い通路を歩き、さらにふらついて落ちれば海面にまっ逆さまという階段(というより海軍用語で言うところのラッタルに近い)を上らなければならず、やはり危険な場所であることには違いありませんでした。

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1階にはシアター、B1階にはフィットネスセンターがあり、私はどちらも行きませんでしたが、ogawa嬢は小学生の子供にナンパされ、フィットネスセンターで卓球デートをしたとのことでした(笑)。

船内には医師と看護士が常駐しており、万一の体調不良の際も安心です。
ただ、保険は利かず実費請求とのことでした。
クルーの皆さんは、誰もがキリッと格好よく、惚れやすい人は思わずクラッときてしまうかもしれません。

素晴らしい設備とスタッフのおかげで、とにかく毎日が快適で楽しく、夢を見ているようでした。
これは私だけではなく、船内で知り合った誰もが異口同音に語っていました。
船長さんが挨拶で、「日食病患者に感染するだけではなく、ぜひ船旅病にも感染して下さい」と言っていましたが、私は完全に船旅病に感染しました。
ネットでクルーズの記事を検索しては、財布の中身と休みの残りを思案しています。

最高の船旅を演出してくれた「ふじ丸」に、いくら感謝しても足りません。

2009年08月20日

●快晴の皆既日食!「皆既時の空の暗さ考察」

ふじ丸船上では、今回の皆既中、「意外に明るかった」という声をたくさん聞きました。
私は初めて皆既日食を見ましたので何とも言えないのですが、それまでに聞いていた話では、皆既中でも惑星と1等星は見えるけれど他の星は難しいということでしたので、まあ、こんなものかと思っていました。

コロナの明るさはおおむね満月程度(マイナス15等級程度)と言われています。
満月の晩でも、4等星程度までは見えますので、皆既日食の際もそのぐらいは見えておかしくないような気がします。
でも実際に皆既中の空の明るさは満月の晩よりも遙かに明るく、今回も金星、水星、シリウス、カノープスが見えた程度でした。
もちろん、皆既中に他の星を探すほどの余裕がある人はほとんどいないはずですから、コロナなど見ずに星だけを探せばもう少し多くの星が見つかるのかも知れません。
それでも体感的な空の明るさは、夕暮れ時、西の低空に夕焼けが残り、一番星からだんだんと星の数が増えてくる程度でしたから、真剣に探してもさほど暗い星が見えるわけではないようです。

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こう書くと「コロナの明るさは満月程度なのになんでそんなに空が明るいの?」と疑問に思われるかもしれません。
写真は、ふじ丸船上での皆既中のようすです。
これで真っ昼間なのですからびっくりですが、よく見ると上空は暗いものの水平線付近は夕焼けのように明るいことに気がつきます。
月の影(本影錐)が覆いきれていない遠方が、夕焼けのような明るさに見えるわけですが、皆既中が意外なほど明るい原因は水平線(地平線)付近のこの明るさによるものだと考えられます。
実際の夕暮れでも、夕焼けが残っている時には見える星の数はまだとても少ないですよね。
皆既日食では、四方がぐるりと夕焼け状態ですから、西の空だけが明るい通常の夕暮れよりも空は遙かに明るいわけです。

先日、ogawa嬢に悪石島と中国での皆既中のビデオを見せてもらいました。
ある程度予想はしていたものの、皆既になったとたんの暗さにはやはり驚きました。
本当に夜のように真っ暗なのです。
厚い雲に覆われているために地平線付近の夕焼け部分からの光が届かず、またコロナからの光も雲で遮蔽されているために、あのように真っ暗になったのでしょう。
ogawa嬢と「一度、曇天の下での真っ暗な皆既も経験してみたいね」とも話しましたが、もちろんそれは、快晴の下での皆既を経験できたからの発言。

昔の人にとっては、曇天の下で、突然あたりが夜になるというのは本当に恐ろしいことだったと思います。

写真撮影:小川佳代子さん


2009年08月22日

●快晴の皆既日食!船内食事編

今回の日食クルーズでは、メインイベントの日食をはじめ、亜熱帯の自然や洋上の奇観、船での生活などについてさまざまなことを書いてきましたが、何日間も洋上を行くクルーズでは食事も大きな楽しみの一つです。
今回は「ふじ丸」で供された食事について・・・。

出港日の7月20日は、ウェルカムパーティーが行なわれました。
立食・ブッフェスタイルでしたが、のんびりとダイニングルームへ赴いた私たちは、まず人数の多さに唖然としました。
翌日からの夕食は、前半後半の2回に分けてだったため混雑しているという感はありませんでしたが、この日は全員が一回に集まったため、さすがに広いダイニングルームも立錐の余地のない混雑ぶりとなりました。
皆の旺盛な食欲に、どちらかといえば食の細い私とogawa嬢は、ただ圧倒されていました。

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翌日からの食事も、このダイニングルームで摂ることになります。
朝食は、日食当日の22日を除いて和食・洋食のどちらかを選択する形式。
洋食はブッフェスタイル、和食は一人前の膳が運ばれてくるスタイルでした。
私は22日以外、ずっと洋食でしたが、和食もとても美味しそうでした。
22日は、9時から日食観測でしたので全員が和食。たいへん美味しくいただきました。

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昼食は和食。
鰻丼も出ました。
父島上陸中も昼食時間帯に船に戻った人にはきちんと昼食が供され、食べた人によれば、この日の昼食がいちばん豪華で美味しかったとのことでした。
ちなみに私はその日、父島の農協で買った期限切れのパンを貪り食いながら、バイクで走っていました・・・。

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夕食は、和食と洋食のコースが日替わりでした。
コース料理ですから、食べるのに時間がかかります。
そのため、冒頭に書いたように500人の乗客を前半後半に分けての食事となりました。
定刻にダイニングルームに来ず、後半の時間帯にまでずれこんでもなお、悠々と食事を続けていたりするマナーの悪い人もいて、後半組はたいへんイライラさせられました。

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3度の食事の他に、朝一番でモーニングコーヒー、午後3時にはアフタヌーンティー、夜には夜食が供されました。
アフタヌーンティーでは、ブッフェスタイルでケーキやクッキーを選ぶことができます。
夜食も本格的なもので、写真のラーメンと中華饅も非常においしくいただきました。

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食事はどれもたいへんに美味しく、ホスピタリティも満足できるものでした。
あんまり美味しかったので、世界一周クルーズなどで長期間の航海をしていたなら、きっとすごく肥ってしまいそうな気がします。

クルーズ最後の食事は、姫路港に帰港してから催されたフェアウェルパーティー。
ブッフェスタイルの立食でした。
この頃にはもう、観測の成功と無事に航海を終えた安心感、満足感で500人の心はひとつ。
和気あいあいと食事を楽しむうち、船長さんや黒田さんの挨拶、そしてビンゴパーティーが行なわれ、誰もが立ち去り難い気持ちで思い出の詰まった「ふじ丸」を後にしたのでした。

食べるのが大好き!という人には、船旅はぜったいにオススメです。
窓に広がる大海原を見ながら美味しい食事をゆったりと愉しむ・・・。
飛行機や列車では真似のできない魅力ですヨ。(ファーストクラスや豪華寝台特急は別かもしれませんが・・・)

写真撮影:小川佳代子さん

2009年08月24日

●天の川を見るなら15センチ双眼鏡

このところ、秋のような天気が続いています。
昨日は仕事を終えてから藤橋まで観測に行ってきました。

自宅から旧藤橋村横山までは車で30分ほど。
通いなれた道なので、さほど遠いとは感じません。
夕方はとても澄んだ空だったので、さぞかし綺麗な星空だろうと思っていたのですが、観測地に着いてみるとなんだかイマイチです。
北の空から絶えず雲が湧き、天の川こそきれいに見えるものの、お盆中に西美濃天文台近くで見たような透明感はありません。
まあ、観測には支障のない空でしたので、フジノン15センチ双眼鏡を組み立てて、西の低空から水平捜索を始めました。
さそり、いて、へび、へびつかいといった星座を舐めるように捜索します。
星雲・星団の多い天域なので、次々にさまざまな姿をした星雲・星団が視野に入ってきて退屈しません。
昨年1年間は、観測ができるような職場環境ではなかったため、このあたりの天域を見るのは久しぶりです。
メシエ天体を見れば懐かしいし、NGCやICナンバーの暗いものが入ってくれば嬉しいし、透明度はさほど良くないながら楽しい観測となりました。

M5、M22、M4といった大球状星団は25倍でも周辺がきれいに分解しますし、M8周辺を見れば、天の川と縦横に絡むガスのディテールがすばらしい迫力です。
いて座の天の川付近を見るには、15センチ双眼鏡に勝る機材はないでしょう。
ハイライトや微細な部分が潰れてしまう写真ではぜったいに見ることができない、生きた宇宙の姿を間近に見ることができます。
いくつか新しい星雲・星団をとらえることもでき、短い時間ながら実り多い観測になりました。

次第に雲が増えてきたので双眼鏡を片づけて帰路に就きます。
慣れというのはすごいもので、あのでっかい15センチ双眼鏡の組み立て・撤収にかかる時間はわずかに数分。
気分的には5センチ程度の小さな双眼鏡と同じ気楽さで持ち運んでいます。

「まっちゃんって細いのに力があるね」とよく言われますが、たぶん、昔から天体望遠鏡を運び、組み立てていたことによるものなんでしょうね。
望遠鏡って、筋トレにも使えるんですヨ。

2009年08月27日

●快晴の皆既日食!「神様の意思」

最高の天候に恵まれた今回の皆既日食ですが、幸運だった私たちも、雲の分布から見ればけっこうきわどい場所にいたようです。
なんといっても晴れ始めたのは日食前日の夜遅く。
そのときも、船が向かっている南の空こそ晴れていたものの、他の方角にはかなり雲がありました。
真っ暗な船首甲板で、船が向かっている南の方角だけが夢の中で見る星空のように鮮やかに晴れ上がり、ふだんは神様の存在など信じない私でさえ、そのときは超越者の意思を感じたものです。
そう、まるで神様の手が雲をすっと拭い去ってくれたようでした。

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で、翌日は朝から眩しい快晴。
でも、昨夜まで空を覆っていた雲からはるか遠くに離れたのかといえばそうではありませんでした。
これは、日食当日の雲の分布です。
「ふじ丸」がいたのは、伊豆七島からずっと南下したあたりで、一見すると雲がないように見えますが、気象衛星の画像は雲の濃い部分しか写りませんから、実のところ、日本列島を覆う帯状の雲のはじっこすれすれだったのです。
トカラや屋久島はしっかり雲の中ですね。
中国大陸にも雲の帯が長く伸びています。
この奇跡的できわどい快晴も、超越者の意思を強く感じるものでした。

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この画像は、日食が終わった日の夕方に撮影されたもの。
夕日に照らされた雲が、まるで大きな鳥のようです。
いっしょに夕日を見ていた乗客たちは誰もが、この壮麗で豪奢な夕空の巨鳥に見とれていました。
私も同じです。
日食を無事に見ることができ、いささかセンシティブになっていたこともあるのでしょうが、この雲を見つめる私の心に去来していたのは、一種の宗教的な感慨でした。
この鳥は神様の使い」。
なんとも少女趣味で非科学的だと知りつつも、そんな思いにとらわれてならなかったのです。

繰り返しますが、私は無宗教です。
神様のような超越者が実在するとは思いませんし、この世の事象はなべて物理法則に従っているのだと信じて疑いません。

でも。
時には、今回の日食のようにとても不思議な力や意思を感じてしまうことがあります。
長年、星を見てきて、何度もそのような思いにとらわれたことがありました。
もちろんそれは神聖な錯覚、あるいは偶然の賜物なのでしょう。
でも、そうした錯覚を素直に感じ取れる心は失いたくないといつも思っています。
そのような心こそが、自然と私を分かちがたく結びつけている絆なのだと思うからです。

写真撮影:小川佳代子さん

2009年08月29日

●タルイピアセンターを訪ねる

休みが取れるとあちこちの博物館を訪ねます。
先日は、岐阜県垂井町にあるタルイピアセンターを訪れました。
ここは図書館と歴史民俗資料館の複合施設です。

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入館料は無料、入ってすぐの企画展示室では「戦国大名の勝負飯」という展示を行っていました。
有名な戦国大名にまつわるメニューのレプリカを展示し、なぜそのメニューが考案されたのか、栄養価や食事の効能等について紹介していました。
面白い視点で、規模としては小さいながら上手にまとまった展示でした。

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常設展示は、さほど広くないスペースを有効に利用し、おおむね時代を追って作られています。
古くから人が住んでいた垂井町ですから、縄文時代から豊富な資料が展示されています。
きれいなジオラマが製作されていて、昔の暮らしをビジュアルに知ることができます。
稀代の軍師である竹中半兵衛の一代記、中山道の主要な宿場として賑わった垂井宿のようすなど、地域の歴史もわかりやすく展示がなされています。

全体として現代水準のあか抜けた展示で、家族で、あるいは友だち同士で出かけても楽しめます。
美濃路(中山道)や宿場町に興味のある方なら、ここの展示を見てから実際の垂井宿を見学し、さらに関ヶ原や柏原宿へ足を伸ばすと、充実した一日を過ごすことができるでしょう。

写真:展示のようす

2009年08月31日

●望遠鏡流星

皆さんは「望遠鏡流星」って見たことありますか。
天体望遠鏡で星空を見ているとき、視野内をスッと暗い流星が流れることがあります。これが望遠鏡流星です。

とはいえ、通常は1時間に1個か2個程度しか見られませんから、ふつうに天体観望を楽しんでいる人では、なかなか見るチャンスがありません。
星雲・星団観望や彗星観測を行っている人は、ご覧になったことがあると思います。
彗星捜索者や流星観測者には昔から注目されており、古くは東京天文台(当時)の井上秀雄先生が研究を行い、大昔になりますが、新宿にあった先生のご自宅までお話を伺いに行ったこともあります。

私は昔から彗星の観測をしてきましたから、望遠鏡流星をずいぶんたくさん見てきました。
ずっと光度や性状を記録してありますので、手元には数十年分の望遠鏡流星の観測データがたまっています。

望遠鏡流星の光度はさまざまですが、8等程度のものが多いようです。
もちろんもっと明るいものや暗いものも見え、5等よりも明るいものが流れると、ハッと驚いてしまいます。
4等より明るいと眩しく感じられ、それよりも明るいものでは目の前でフラッシュを焚かれたようです。
暗いものは10等程度まで見えますが、それより暗いものはたとえ口径が大きくなっても見るのは困難です。

暗いものでは光度変化はあまり見られません。
でも、流星痕はかなりの割合で見られます。
7等や8等の流星に痕が残るのは本当に不思議な感じです。
明るい流星では数秒続く痕も見られ、高空の風に流されて変化してゆくようすもわかります。

大流星群の極大期だと、1時間に十数個の望遠鏡流星が観測できます。
以前、ペルセウス座流星群の極大日に観測していたら、暗いけれど明らかにペルセ群とわかる性状の流星が、どれも痕を残して次々に視野を横切り、眼視とはまた別の楽しさがありました。
肉眼と違って分解能が優れているため、痕の微細構造がよくわかり、本当に不思議なものです。
いわゆる「割り箸痕」と呼ばれる二本平行した痕や、スパイラル痕と呼ばれるらせん状になった痕など、分解能が高い望遠鏡ならではの珍しい現象が観測できます。

光度分布や有痕率など、まとめなくてはと思っているのですが、なかなか時間がとれません。
特に有痕率の研究はこれまでなされていないため、面白い統計結果が出せるかもしれません。

ペルセ群やふたご群の極大夜、西美濃天文台の60センチ望遠鏡で望遠鏡流星を観測しようという野心的?な試みも何年も前から計画しています。
これまで天候の関係等で実施できていませんが、ぜひ試みてみたいと思っています。