2009年10月01日

●「かぐや姫」について語る

約1年ぶりの本格的鬱状態で死んでいます。
ふだんは明朗闊達な私ですが、あるとき急激に鬱になります。
まあ、そのうち復活するでしょう。

お天気が悪くて星が見えないので、今日も音楽の話。
よく「自分の音楽の原点は・・・」なんてアーティストが言いますよね。
ほんの少しだけギターを弾く私の音楽の原点は「神田川」で有名な「かぐや姫」というバンドです。
南こうせつ、伊勢正三、山田パンダの3人で結成したかぐや姫は、初期こそ鳴かず飛ばずだったものの、「神田川」でブレイクし、「赤ちょうちん」「妹」とヒットを飛ばしました。
時代は70年代後半。
私が実際に彼らの音楽に触れたのは、彼らが解散する前後でしたが、友達からアルバムを借りてきて聴いたとき、自分の内部で何かが切り替わったのを感じました。
全身が総毛立つあの感覚は、あのとき以来、味わったことがありません。
大ヒットした名曲ももちろんですが、私が好きだったのは「あてもないけど」「僕の胸でおやすみ」といった山田パンダさんの佳作でした。
青春のリリシズムを横溢させたこれらの曲は今も大好きで、ときどき一人でギターを弾きながら唄っています。
無造作に髪と髭を伸ばし、小奇麗とはいえない服装で楽器を抱えた姿は、それまでのフォークが標榜してきた単純な反体制とは異なる自由と自分らしさを感じさせ、その後の私のスタイルともなりました。

解散後の彼らは、ソロで、グループで独自の音楽活動を続けながら、数年に一度、復活コンサートを行なっています。
華々しい過去に頼るだけでなく、今に至るまで音楽シーンの第一線で活躍しフォーク界の巨人として君臨しながら、最初期の「汚いお兄さん」的イメージを失わないかぐや姫の姿は、私の人生の指針でもあります。

今でもギターを手にするたび、初めてかぐや姫を聴いたときの興奮と感動を思い出します。
私も願わくば、かぐや姫のメンバーのように、何歳になっても自由で自分らしい「汚いお兄さん」でいたいと思います。

2009年10月04日

●「中秋の名月と音楽の夕べ」を開催しました

昨夜は、私の勤務している揖斐川歴史民俗資料館で、「中秋の名月と音楽の夕べ」というイベントを開催しました。
中秋の名月と木星を観望するとともに、オカリナとピアノの演奏を楽しんでいただき、加えて会場となった旧徳山村より移築の茅葺民家についても学んでもらおうという欲張った企画です。

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定員を大きく上回る60名の参加者で、揖斐川歴史民俗資料館敷地内にある茅葺民家は満員の状態。
民家内には月見団子とススキが飾られ、お月見ムードたっぷりです。
はじめに民家の専門家である資料館館長より、茅葺民家についての解説が行われました。
次いで、全員が外に出て、並べられた天体望遠鏡で月と木星を観望。
むら雲が月にかかり、快晴でない分、風情は満点です。
急に晴れたためにシーイングは良くないものの、木星の縞模様やガリレオ衛星は多くの人が確認できたようでした。
その後は、オカリナとピアノ、ギターの演奏。
皆さんが良く知っている曲が披露され、最後は「見上げてごらん夜の星を」を大合唱してイベントが終了しました。
途中、全員に月見団子が配られ、民家の学習、天体観察、音楽鑑賞、食欲も堪能というイベントでした。

参加者は皆さん、満足されたようで、ぜひまた同様のイベントを企画して下さいという声をたくさん聴くことができました。

初めての企画で不備や反省点も多かったのですが、総体的に見れば成功だったかなと思っています。

2009年10月06日

●秋の鳥越峠

久しぶりに鳥越峠へ行ってきました。
とはいえ、星見ではなく、なんというかドライブに。

鳥越峠は、車で通れる峠道としては岐阜県と滋賀県境で最も高い峠です。
標高は1,000mを超えていますから、当然星空は美しく、加えて全線舗装ですから、夜間でも安全にアプローチすることができます。

今回は岐阜県揖斐川町坂内から上っていき、滋賀県浅井町へ下りました。
すばらしい快晴で、坂内側からの道はススキが風に揺れて秋らしい風情。
峠から滋賀県側へ少し下ったところにある「いつもの観測地」で車を停めると、バードウォッチングの人が何人も。
それぞれ、私の所有する望遠鏡よりも高価な望遠レンズをかまえています。
この人たち、いっしょに行った友人は以前にも同じ場所で会ったとのことで、話が弾んでいました。

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透明度が良いため、峠からは琵琶湖がくっきり見渡すことができ、すばらしい眺望です。
しばらく琵琶湖の眺めを楽しんだ後、滋賀県側へ下りました。
滋賀県側で最初の集落は、浅井町最奥部の高山集落。
北陸らしいつくりの家が狭い道沿いに並び、コスモスの花が揺れて、静かな秋の午後を演出しています。

関ヶ原に出て帰路につきました。
次回はぜひ、月のない晩に行きたいと思わせてくれた秋の鳥越峠でした。
冬場は積雪で行けませんが、秋が深まった頃に行くと、南が地平線まで開けているので、カノープスがラクラク見えそうです。
カノープスを見るために、鳥越峠を訪ねるのもいいなあ。

写真は峠から望んだ南天。
逆光だったのでコントラストが悪いですが、琵琶湖はよくわかるでしょ。

2009年10月08日

●台風、大丈夫でしたか?

台風、みなさんの住んでいるところは大丈夫でしたか。
私は、前夜から揖斐川歴史民俗資料館に泊まり込みでした。
敷地内にある旧徳山村から移設した茅葺き民家が心配だったので・・・。

資料館のソファに毛布をかけてごろ寝をしていましたが、もともと不眠症の私ですから眠れるものではなく、いろいろな事を考えたり音楽を聴いたりして朝まで過ごしました。
幸い、揖斐川町は直撃を免れ、多少の風雨こそありましたが、ほとんど被害はありませんでした。

徹夜明けでお仕事、夜は折から極大を迎えるジャコビニ流星群(りゅう座流星群)を見に行きましたが、雲が多く、あまり観測にはなりませんでした。
さすがに眠いです。

このところ天候が悪く、なかなか満天の星を見る機会に恵まれません。
でも、そろそろ月明かりもなくなりますし、薄明が終わる時刻も早くなりますので、またがんばって観測をしようと思っています。

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写真は、先日、揖斐高原に観測に行った際に撮影したもの。
たまには車もいっしょに撮ろうかなと思って。
今、乗っている車は小さいので、機材を載せるのに苦労します。
15㎝双眼鏡の上に、もう一台の望遠鏡を重ねて載せたりしていますので、機材を大切にするヒトからは怒られてしまいそうです。
もう少し大きな車が必要なのですが、まだがんばって走ってくれますので、次の車検までは乗りたいと思っています。

2009年10月10日

●眼鏡について

眼鏡について・・・。

近視のため、高校生の頃からずっと眼鏡をかけています。
小中学生の頃も、星を見るときにはかけていました。
なので、まっちゃんといえば眼鏡がトレードマークになっていて、「眼鏡のないまっちゃんなんてまっちゃんじゃない」などと言われる始末です。

でも、この眼鏡というシロモノ、特に星屋さんにとっては、なかなかにやっかいです。
私は望遠鏡を裸眼で覗きます。
アイポイントの問題もありますが、眼鏡をかけていてはちょこっとした観望はともかく、天体の細部まで、あるいは微光なものまで見ることができないからです。
でも、たとえば観測中に不明の天体を引っかけた場合などに星図を見る際には眼鏡をかけます。
視力が極度に悪いために、裸眼では暗がりで星図を見ることなどとてもできません。
そのたびごとにかけ外ししなければならず、面倒なことこの上ないのです。

一般の方対象の観望会の場合は、裸眼だとピント位置が大きく違いますので、眼鏡をかけたまま天体を導入し案内をします。
さほど微細な天体を見せることはありませんから、眼鏡をかけたままでも十分なのですが、何年も観望会を続けていると接眼レンズとこすれて眼鏡のレンズに微細な傷がついてきます。
おかげで、今かけている眼鏡は傷で真っ白。
妙に視野がぼやけて見えるので「これはとうとう白内障になったか」と思ったのですが、眼鏡のレンズのせいでした。

というわけで、近日中に眼鏡を新調する予定です。
今の眼鏡は、やや弱めで疲れにくいのですが、かわりに星は良く見えません。
先日、夕暮れ時の星を見つける競争で、ある人に完敗してしまったので、方策をいろいろと検討中です。

2009年10月12日

●冠山峠秋日

仕事の合間を見て、久しぶりに冠山峠へ行ってきました。
前回行った鳥越峠同様、今回も星見・・・ではなく、昼間の偵察ですが。

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冠山峠は、岐阜県揖斐川町と福井県池田町境にある標高1,050mの峠です。
標高こそ鳥越峠とほぼ同じですが、日本海側に近いことから、気温が低く積雪量も多いために、ぶな林とクマザサに覆われたより高山らしい景観です。

天気が良かったこともあり、狭い峠は観光地と見まがうほどの人出。
少しだけ紅葉が始まっていて、間近に見える冠山山頂付近には赤く染まった木々が散見されます。

澄んだ日ざしの下、一緒に行ったogawa嬢とのんびり散策して景色を見て観測地を物色して、静かな秋の一日を過ごしました。

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帰りは星が見える時刻になりましたので、某場所で星見。
双眼鏡しか機材はありませんでしたが、双眼鏡で星雲・星団をいくつも見、秋の夜空を楽しみました。
本格的な機材がなかったのがちょっと惜しかったですが、久しぶりに肉眼と双眼鏡で観望して、心やすらぐひとときでした。
いつものことながら悔しいのが、目の良い、というか視力増強しているogawa嬢に肉眼での天体探しが敵わないこと。
双眼鏡での星雲・星団探しでも彼女はかなりの腕前を発揮、なかなかやるわい、と嬉しくなってしまいました。

写真:冠山・峠付近から美濃の山々を望む

2009年10月13日

●25cmドブソニアンに感動!

天体望遠鏡の型式の一つに「ドブソニアン」というタイプがあります。
ドブソンさんという人が考案したこの型式、三脚もなければ天体の動き(=地球の自転)を追いかける微動ハンドルもありません。
地面に置いた箱に設定した上下左右に動く軸に、望遠鏡の筒を載せただけの簡易な型式です。
載せる望遠鏡の光学系は、横から覗くことができるニュートン反射式。
精密に天体を追尾できる本格的な架台に載せた望遠鏡に比べると、安価に大口径を得ることが可能です。

これまで私も、このドブソニアンを欲しいと思ったことがありました。
集光力を生かして、12等より暗い彗星捜索に使用できないかと考えたからです。
でも、結局は入手しませんでした。
というのは、安価に大口径が得られる代わりに有効最低倍率が高くなってしまうこと、口径が大きいために主鏡が気温に馴染むのに時間がかかり像が安定しないこと、さらに一番の問題は、形式上仕方ないのですが、架台が脆弱で天体導入や追尾がしづらいという欠点のためです。

このような理由から私は、ドブソニアンに対して「安価に大口径が得られるけれど使い勝手は良くない」という考えをずっと持ち続けていました。

ところが最近、続けて2回、あまり好きではなかったはずのドブソニアンを覗く機会があり、これまでの認識が大きく変わってしまいました。
というのは、ある人が購入したドブソニアンがあまりに高性能だったからなのです。

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その人・・・ogawa嬢が購入したのは、口径25cmという、ドブソニアンにしては小さいもの。
まず、そのコンパクトさとセッティングの早さに驚きました。
コンパクトな大口径、のはずのドブソニアンが以外にかさばり、かつ光軸合わせなどを含めると、実はセッティングに手間がかかるというのがそれまでの私の認識だったからです。
でも、彼女の25cmは、車から出して観望可能になるまでわずか数分でした。

とはいえ、やはり肝心なのは星像です。
正直言って、車から出してすぐで鏡も安定してないし、焦点距離も短いから収差も多い、さほどの像ではないだろうと思って覗いたところ。
なんとなんと、木星が縞模様までくっきり。
アルビレオやペルセウス座の二重星団を見ても、非の打ち所がない星像。
アイピースとの相性もあるのでしょうが、収差の出やすい周辺でも像が崩れない。
架台もガタやブレがなく、コンパクトな割にすごく安定している。
おいおい、最近のドブソニアンってすごいじゃん。
思わず舌を巻いてしまいました。

ドブソニアン愛好者にとっては「何を今さら」と笑われてしまうかもしれません。
でも、使い勝手も像も悪いドブソニアンしか知らなかった私にとって、彼女のドブソニアンはとても新鮮な驚きでした。
思わず真剣に欲しくなってしまったほどです。

彼女の成功は、自分の背丈に合った25cmという小さめのサイズにしたことにあるのでしょう。
それ以上の口径では、鏡が気温に馴染むのに時間がかかる上に筒内気流も収まりにくい。
有効最低倍率も高くなってしまう。
そのあたりを考慮して、いたずらに大口径を欲しがらず25cmという口径に決めた英断を高く評価したいと思います。

写真は、私のフジノン15cmと彼女の25cmドブソニアン。
写真こそ撮れないものの、眼視では星雲・星団にも惑星にも月面にも万能、そしてお互いの天体導入の速さや天文学の知識も含めれば、まさに最強ペアですぜ。

あー、なんか長文になってしまいました。
望遠鏡に関心がない人にはスミマセン。
久々に望遠鏡を覗いて感動してしまったので・・・。

2009年10月15日

●旧谷汲村の民俗資料

勤務先の揖斐川歴史民俗資料館では、11月20日(金)から特別企画展「ふるさとの民具と日本の蓑」を開催します。
揖斐川町で使われてきた農具や養蚕用具、紙漉道具等の生産用具の展示・解説とともに、全国各地の蓑(みの)を展示する予定です。
町内各地から大小さまざまな民具を揖斐川歴史民俗資料館に集める作業を行う中で、昨日は旧谷汲村から農具を運搬してきました。

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谷汲村には村立の民俗資料館があったのですが、建物の老朽化が進み危険になったために、3年前に建物を取り壊し平地にしました。
その際、内部に展示されていた資料を整理する作業を、私ともう一人の学芸員の女の子で行いました。
建物が雨漏りしていたため、資料の多くはカビが生え、汚損がひどい状態でした。
そんな資料を資料を一点ずつクリーニングした上で整理分類し直し、近くにあった別の施設内に展示施設を新たに作って納め直す作業は大変でしたが、それだけに旧谷汲村の民俗資料にはことさらに愛着があります。

今回、そんな愛着深い谷汲の展示施設を、民俗学の有名な先生といっしょに訪れたわけですが、その先生が「とても良い資料が揃っている」と仰ってくれて、自分の持ち物を褒められているように嬉しく思いました。

学芸員の仕事は汚れ仕事が多く、決して格好の良いものではありません。
谷汲の資料整理にしても、泥とホコリとクモの巣にまみれて行いました。
その分、資料がきれいになり、ましてやそんな資料に価値があると言っていただけると何とも嬉しいものなのです。

写真は、現在、谷汲の民具を収納してある部屋のようすです。
部屋が狭いので、系統だった展示ができなかったのが残念ですが、思い出の深い場所と民具たちです。


2009年10月19日

●雨と紅葉と快晴のおんたけ休暇村

新月の土日、長野県にある名古屋市民おんたけ休暇村へ行ってきました。
標高が高く口径60cmの反射望遠鏡を備えた天文台も設備されているこの施設からは、晴れていればすばらしい星空を見ることができます。

ところが、それまでずっと天気が良かったのに、17日土曜日は曇りのち雨の予報。
晴れ男の俺でもさすがにダメかと諦め半分で現地へ向いました。
到着したのは午後1時半頃。
途中から雨が降り出し、現地では本降りとなりました。
何人か知り合いの星屋さんがすでに到着しており、そのうちの一人、ogawa嬢の車でとりあえずさらに山頂近く、標高2,200m付近にある田の原天然公園へ。
ヘアピンカーブの続く道は霧と雨で視界が効かず、駐車場は台風を思わせる猛烈な風雨。
気温4度、気圧はなんと772ヘクトパスカル。
車を降りることもできませんでしたが、それでも霧に包まれた景色は幻想的で「こんな景色もそうそう見られるものじゃないね」とかえって満足しました。

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夜になっても雨は止まず、天文台公開も見学だけ。
でも、見学者が少ない分、東栄町のスター・フォーレスト御園と同じ旭精光製の60cm望遠鏡をじっくり見ることができました。
休暇村のボランティアでもあるogawa嬢による見学者への案内がとても上手で、私もちょびっとだけ解説をしたものの、これはワシが口を出すことはないわいと、途中からは一般見学者に混じって彼女の説明を聴いていました。

絶望的な天気予報ながら、そこは晴れ男の私と晴れ女のogawa嬢が揃ったせいか、夜遅くになって雨が上がり少しだけ星を見ることができました。
とはいえ、天文台を開けることはできず部屋の窓から見ただけでしたが。

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で、翌朝6時半。
いきなりogawa嬢に叩き起こされました。
有無を言わさず「いますぐ展望台に行くから支度して!」と申し渡され、ねむねむのままいきなり展望台までの数百メートルをダッシュ。
明け方まで上空を占拠していた雲はどこへやら、真っ青な空が広がる快晴です。
「こういう日は朝しか晴れないから」
そう言いながらウサギのように山道を走っていくogawa嬢を追いかけ展望台にたどりつくと、おお!真っ青な空に雪をいただいた御岳山が、麓一面に鮮やかな紅葉をまとって浮かんでいます。
休暇村のドームが朝日を受けて銀色に輝き素晴らしい景観です。
彼女の言うとおり、しばらくすると御岳山は雲に隠れてしまいました。

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朝ダッシュのおかげで?朝食を美味しくいただき、青空の下、あちこち見学しながら帰路につくことになりました。
山を降りる道すがらは、どこも紅葉のトンネル。
そんな錦秋の道を走って、まずは東京大学の木曽観測所へ。
ここにはわが国最大の105cmシュミットカメラがあります。
間近に見る105cmシュミットはさすがに巨大で、カメラに収まりきりません。

次いで赤沢自然休養林へ。
途中の道は紅葉の最盛期。
秋の光の中、周囲は全て赤と黄色に彩られた世界です。
赤沢自然休養林には、かつてこのあたりを走っていた森林鉄道が観光用に残されています。

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2.2kmを20分かけて走行する森林鉄道の線路は紅葉と杉の美林に包まれ、透明な大気と秋の静けさに包まれた車窓は美しいことこの上なし。
なぜか線路のポイント切り替えを見て喜ぶことしきりのogawa嬢に影響された私も、にわか鉄道ファンにチェンジ。
異常な熱意で線路や車両を撮影する二人に、乗務員のおじさんも「こりゃあ熱心なお客さんだ」と感心しています。
星を撮影するために持参したカメラのメモリーは、鉄道写真でいっぱいになってしまいました。

寝覚の床ではなぜか暴走族の集会に遭遇。
数十台のバイクの中には、なんと往年の名車、カワサキ500SS(わからない人、ごめんなさい)が混じっていて「そんな目的に使ってんじゃねーよ!」と思わず叫んでしまいそうでした。

西の空いっぱいに壮麗な「天使のはしご」を見ながら中津川インターから中央道へ。
1,000円高速の影響で、いきなりの大渋滞。
薄明の空に木星や1等星を探しつつ、夜になってようやく名古屋まで帰還。

星はあまり見えませんでしたが、盛りだくさんな2日間となりました。
次回、訪れるときはぜひ、満天の星空を見たいなあ。

2009年10月21日

●オリオン座流星群を観測

今朝、話題の?オリオン座流星群を観測しました。
「話題の?」と書いたのにはわけがあります。
オリオン座流星群は、毎年出現する定常群の上にハレー彗星を起源とする名門(?)でありながら、出現数が少なく(極大時で毎時10個程度)、さほど明るく派手な流星ではないことから、天文ファンの間でも地味な流星群で通ってきました。
ましてやマスコミで報道されることなどなかったのですが、3年ほど前からこの流星群の活動が活発となり、今年は新月でもあることからテレビや新聞で夏のペルセウス座流星群なみの報道がなされ、俄然、注目を浴びる存在となったのです。

3年前の出現は私も観測しました。
地味な流星が多かったこの群とは思えないほど明るい流星がペルセウス座流星群なみに出現し、びっくりしたものです。

今朝は、午前3時から揖斐川町内の某所でogawa嬢とともに観測を開始。
ときおり薄雲が去来しますが、まあまあの出現です。
オリオン群の頃は毎年、寒いのですが、今朝はさほどでもなく快適です。
流星数は1時間あたり30個弱、明るいものが多かったですが、観測時間中には火球と呼べるほどのものは出現しませんでした。
流星の速度が速いため、2等級より明るいものはほとんどが痕を残し、見映えがします。

4時30分以降は雲が増えたため流星観測は中止し、ogawa嬢の25㎝ドブソニアンで観望。
東天から昇ってきた土星は串刺しの団子のよう、かに座にいる火星は、視直径こそ小さいながら模様が見えました。
M42も、薄明が始まっているにもかかわらず驚くほど微細な構造が見えていました。
最後は、日の出直前に山の端から昇ってきた金星を見て今朝の観測を終了。
ogawa嬢のドブソニアン、鮮鋭な像と機動性の高さには毎度ながら驚かされます。

話題のオリオン群、高原型の極大ですが、最も期待されるのは今夜ということになっています。
さて、今夜はどこで観測しようかな。

2009年10月22日

●オリオン座流星群とファーストライト

オリオン座流星群、極大予想の昨夜も観測しました。
昨夜のメンバーは、愛知県からogawa嬢、Yさん、そして私の3名。
気合いを入れて輻射点が昇る前の21時に揖斐川町内の某所に集合しました。
夕方まで曇っていた空も次第に晴れてきて、いい感じです。

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夜半前は輻射点が低いので、ogawa嬢の25㎝ドブソニアンとYさんの自動導入新鋭機で観望。
ogawa嬢は、メシエ天体を次々に導入、相変わらず勘のいいところを見せています。
Yさんの新鋭機は、実は昨夜が事実上のファーストライト。
屈折の切れが良い星像は、超広角アイピースと相俟って宇宙遊泳気分です。
自動導入もうまく機能し、デジタル時代の星見スタイルそのものという感じでカッコイイ。

夜半からは、真面目に流星観測を開始。
ところが、思ったよりも出現しません。
輻射点が次第に高くなっても、流星数は増えないまま。

午前1時台は、散在流星を含めて1時間あたり30個弱、しかも流星の明るさは昨夜よりも明らかに暗く痕もあまり残りません。
午前3時~4時台はさらに減り、1時間あたり散在を含めて10個程度。

どうやら極大は20/21日だったようです。
Yさんは、あちこちの仲間と連絡を取り合っていましたが、藤橋にも多くの天文ファンが行っているとのことで、時ならぬオリオン座流星群騒動に、平日にもかかわらず天文ファン、一般人含めて、相当多くの人があちこちで夜空を見上げていたようです。

残念ながら極大は20/21日だったようなので、その日にも観測していた私とogawa嬢は正解でした。

でも、昨夜も久々に一晩中星を見ることができ、Yさんの新鋭機のファーストライトにも立ち会えて、楽しい一晩を過ごすことができました。

2晩続けて朝まで観測していましたので、さすがに今日は眠いです。
でも、坂内から大型民具の運搬作業を気合い入れてやりましたよ。

写真:Yさんの新鋭機

2009年10月24日

●紅葉の八草峠と廃墟探索

先日、久しぶりに岐阜県と滋賀県境にある八草峠に行きました。
紅葉見物と観測地探しに行ったのですが、途中の揖斐川町春日美束にあるドロマイト鉱山跡と、八草峠を越えた滋賀県側にある土倉鉱山跡に寄ったところ、同行したogawa嬢が実は廃墟好きであることが判明し、どちらかといえば廃墟探索ツアーになってしまいました。

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春日には、石灰岩の一種であるドロマイトという鉱石を採掘していた鉱山がいくつもあります。
美束坑はすでに廃坑となっていますが、トロッコのレールや事務所、坑口はほぼ完全に残っていて、往時の雰囲気を偲ぶことができます。
以前に、娘とも探検に来たことがありますが、その頃よりもだいぶ樹木が遺跡を覆い、全容がわかりづらくなっていました。あと数年すれば、遠めには人工物とはわからなくなってしまうかもしれません。

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土倉鉱山には、城塞のように巨大な選鉱所跡が残っており、全国の廃墟ファンに広く知られています。
マヤの遺跡にも「天空の城ラピュタ」とも思える壮大な遺構はすばらしいもので、ogawa嬢は「次回は装備を整えて隈なく探検するつもり!」と宣言していました。
この鉱山については、ほとんどの人が訪れたことのない、もっと奥にある「第一選鉱所」も以前に探索したことがありますので、そのうちこのブログでもご紹介しますね。

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八草峠、今は長大なトンネルで貫かれていますが、数年前までは「酷道」の代表として、これまた全国に知られた峠道でした。
今回はその旧道を通り、数年ぶりに峠まで行きました。
道は狭く、落石、路肩崩落が相次ぐ林道を上りつめるとお地蔵様が見守る峠にたどり着きます。
滋賀県側は残念ながら崩落で通行止め。
後から来たXR250ライダーと少しく話し、見事な紅葉を撮影し、同じ道を戻りました。
星は良く見えそうですが、路面状況は悪く、運転に自信のない人にはお勧めできかねる道です。

西美濃の山奥、空はけっこう暗いのですが、視界や晴天率を考えると、なかなか良い場所は見つかりません。
今度は徳山方面を探索するつもりです。

2009年10月26日

●次はしし座流星群だ!

オリオン座流星群がそろそろ終わりに近づきました。
多くの観測者のデータによって今年の活動が明らかになりつつありますが、どうやら事前に予測されていたほどの活発さではなかったようです。
ごく一部の観測者は非常に多くの出現を報告していますが、少なくとも非常に活発だった2006年には及ばなかったという報告が大半です。

さて、オリオン群が終息すれば、今度はしし群ですね。
しし群といえば、2001年に日本で流星雨といえる出現を見せ、その前後数年もかなり盛んな出現を見せました。
母彗星も遠ざかり、さすがに通常の出現数に戻りつつある・・・はずだったのですが、今年は再び、活発な出現が見られることが予測されています。
極大の予想時刻が、残念ながら日本では夜明け後になってしまうのですが、出現の程度によっては夜明け前に日本でもそれなりの出現が見られる可能性があります。
「それなりの」と書きました。
天文雑誌やマスコミなどは、こうした際に「大流星、再び!」的にセンセーショナルな書き方をすることがしばしばですが、今回は恐らく、日本では1時間あたり50個以内の出現だろうと考えられます。
それでも、2001年の出現から10年近くが過ぎて久々の活発な出現ですから、ぜひとも観測したいもの。
それなら、いつ見ればいいのかといえば・・・。
11月18日の明け方です。
幸い新月ですから、空が暗い場所で晴れてさえいれば、「それなりの」出現は見ることができるはずです。
天気予報をしっかり確認して、晴れそうな場所へ出かけましょう。
宿を決めてしまうのは、こうした天文現象の際には不利です。
晴れた場所へクルマで移動して、観測後は車内で仮眠というパターンにすべきです。
もちろん、18日は仕事を休んで。あるいはせめて午前休みにして。
明け方には輻射点は高く昇っていますから、めちゃくちゃ視界が広い場所を選ぶ必要はありませんが、木がうっそうと茂った山の中よりは海辺や高原が良いでしょう。
写真写りも良い流星群ですから、カメラも用意して。
流星そのものは写せなくても、流星が飛んだあとに残る「流星痕」を撮影できる可能性があります。

しし座流星群、極大まで新しい情報が入ってきたら、このブログでもお知らせしますが、最終的にいつ、どこで、どのように観測するのかを判断するのは自分自身です。
いろいろな情報を総合して、最善と思う観測体制を考えて下さい。

特にオリオン群で流星写真を撮れなかったヒト、しし群はチャンスですよ。

2009年10月28日

●銀河系のご近所さんを見る

M31(アンドロメダ銀河)を見ることが多い昨今です。
昨夜も月明かりの中、小さな双眼鏡で見ていました。

天文を始めたばかりの子どもの頃は、当時使っていた6㎝屈折望遠鏡で、M31を見つけることがひとつの目標でした。
こんなことを書くと「そんな簡単な天体も導入できなかったのか」と馬鹿にされそうですが、光害のひどい東京在住で望遠鏡の性能も悪く、指導者もいなかった子ども時代の私にとってはM31すら難物だったのです。
6㎝屈折経緯台のアイピースはハイゲンス20mm。倍率は50倍。
視界は非常に狭く、現代のアイピースを見慣れている人にとっては針の穴を覗くような感覚だと思います。
というか、最近ではハイゲンスという形式を見ることさえないですよね。
ファインダーもおまけのおまけみたいなもので、まともに星が見えず、いくら探してもあの大きくて明るいM31が見つからなかったのです。

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M31は、地球からの距離230万光年、私たちの銀河よりやや大きな渦巻き銀河です。
肉眼や小さな双眼鏡で見るのがいちばん大きく立派に見え、大きな望遠鏡では、逆に全体が見えなくなって暗くなってしまいます。

M31と私たちの銀河を含め局部銀河群を形成しており、大小あわせて約40個の銀河を含んでいます。
銀河系とM31の他には、さんかく座のM33が有名です。
大きく広がっているM33は、単位面積あたりの明るさが暗いために、空が明るい場所では案外見つけづらい対象です。
空が十分に暗ければ肉眼でもわずかに確認することが可能ですが、月明かりがあったり透明度が悪いと、とたんに見えなくなってしまいます。

しばらく真っ暗な空でM31やM33を見ていませんので、次回の満月過ぎには空の暗い場所で、銀河系のご近所であるこれらの銀河と、じっくり向き合ってみたいと思っています。

写真:M31(10㎝F4SDUF屈折で撮影)

2009年10月30日

●シリウスの伴星を見た夕暮れ

前回、銀河系近傍の銀河について書いた際に、私が子供の頃には指導者がいなかったと書きました。
その通り、系統だって教えてくれる指導者はいなかったのですが、同じ市内に一人だけ天文の先輩がいて、何度かその人の家にお邪魔してはハイレベルな天文の世界を垣間見させてもらってはいました。

その人・・・Sさんは高校の天文部に所属していました。
近在ではもっとも学力の高い高校に通っていたSさんは、忙しい身でありながら気さくに小学生の相手をして下さいました。
今では名機と呼ばれている西村製作所の20㎝反射経緯台を所有しており、書棚には天文の本がぎっしり、アルバムには自分で撮った天体写真がいっぱい貼られていて、今から思い返してもレベルの高い天文ファンでした。
知的で大人びた風貌と論理的でありながら朴訥な語り口が、いかにも天文ファンであることを感じさせ、Sさんの家を訪ねるたび、憧れと感動に胸が震えたものでした。

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Sさんの家を訪ねるのは大抵が昼間でしたが、一度だけ、夕方遅くなった際に、20㎝反射で星を見せていただいたことがあります。
季節は冬でした。
よく晴れた晩でしたので、いろいろな天体を見せていただいたのでしょうが、なぜかあまり覚えていません。
でも、ひとつだけ非常に強烈な印象で覚えているのは「シリウスの伴星」を見せていただいたことです。
シリウスの伴星といえば、主星と大変に近接していること、また主星との光度差があまりに大きいために見ることが困難な対象として知られています。
冬場でシーイングは良くなかったはずですが、シリウスを視野に入れたSさんはしばらくじっとアイピースを覗きこんだ後で、「よく見えるよ」そう言って私を振り返りました。

さほど天文知識がなかったとはいえ、シリウスの伴星が見づらいことは知っていましたから、半信半疑で視野を覗きこんだ私は、思わず小さな声で叫んでしまいました。
見えたのです。
副鏡による回折像の合間に、真っ白くぽつんと輝く小さな伴星が。

あのときの風の冷たさ、そしてキラキラと瞬く冬の星々の美しさは、今でもありありと思い出すことができます。
あれから何度か、シリウスの伴星を見たことはありますが、あのときほど明瞭に見えたことはありません。

Sさんとは、それから自然に会わなくなってしまい、久しぶりに会ったのは私が高校生になった頃でした。
「もう天文はやってないんだよ」
そう言うSさんは、それまで見せたことのない大人の顔をしていました。
やるせなさと寂しさを隠してSさんの家を辞した私は、それでもSさんこそが最初の天文の師だったのだと思い直し、やはりシリウスがキラキラと輝く冬の空を見上げたのでした。

写真:シリウス(西美濃天文台の60㎝反射望遠鏡で撮影)