両手を操作盤にのせたまま、西川さんは天井を見上げていました。丸い天井に、数えきれないほどの星が光っています。操作盤にのせた指先から、ほんのりと暖かさが伝わってきます。
(これで最後なんだな)
心の中でため息をついた西川さんは、
(いや。最後だからこそ、最高の仕事をしなきゃいけない)
そう思い直しました。
音楽のボリュームを調整し、マイクに向って星の話を続けます。時には星座の絵や写真のスライドを映しながら、わかりやすくていねいに、心をこめて説明をするのです。
毎日がその繰り返しでした。スイッチやメーターが並んだ操作盤の前に座り、リクライニングシートに座ったお客さんに星空の説明をし続けてきた40年間。
西川さんは、プラネタリウムの解説者でした。子どものころから星を見ることが大好きだった西川さんは、学校を出てすぐにこのプラネタリウムに勤めました。まだプラネタリウムが珍しい時代でしたから、毎日が大入り満員で大忙し、プラネタリウムの座席でうたたねをして、そのまま次の日の仕事が始まることもしばしばでした。
(月日の過ぎるのは本当に早いものだなあ)
客席を見渡しながらそう思います。あのころ、あんなに大勢のお客さんであふれていた客席は、このプラネタリウムが閉館となる今日でさえ半分も埋まっていません。
年々減ってゆくお客さん。古い部品の取替えがきかないこと。それがプラネタリウムを閉めることになった理由でした。
西川さんは、古びた操作盤をそっと撫でました。あちこちがすり減り、ペンキも剥げてはいるものの、指先に伝わる温もりが、
(僕はまだまだがんばれるぞ)
そう言っているような気がします。
40年間、手足のように使ってきた操作盤でした。部屋の真ん中の投影機もそうです。病気の子どもをいたわるように毎日点検をし、修理をしながら使ってきた大切な機械でした。
(申し訳ない。今日で君たちとの仕事は終わってしまうよ)
そう思いながら、いつもと同じくていねいに、西川さんはスイッチやボリウムを操作しました。
そろそろ夜明けの時間でした。西川さんの指が魔法のように操作盤を走ります。真っ暗だった部屋がだんだんと明るくなり、最後の星が消え、太陽が東の空から顔を出し・・・。
「ありがとうございました。これからも、この小さなプラネタリウムを応援して下さい」
西川さんの言葉に、客席から拍手がおこります。これで最後とはどうしても言えませんでした。喜びも苦労も共にしてきたプラネタリウムの機械に、申し訳なくてたまらなかったからです。
鳴りやまない拍手を、西川さんは目を閉じて聞きました。思い出が頭の中を巡ります。この拍手は、いつか誰よりも心の通じ合う友だちになっていた操作盤と投影機に捧げられた拍手なのだと西川さんは思いました。
☆ ☆
拍手の音が急に大きくなったような気がして、西川さんは目を開きました。あれれ、と思いながら客席を見回します。いつのまに、こんなにたくさんのお客さんが入っていたのでしょう。
それに。
西川さんは首をひねりました。操作盤がピカピカなのです。操作盤だけではありません。部屋の真ん中にある投影機からも、真新しいペンキの匂いがしています。
ふと、操作盤に貼ってある紙を見た西川さんは、目をごしごしとこすりました。日の出・日の入りの時刻をはじめ、その日の星空のようすを書いた紙です。毎日、張り替えるその紙に書かれている日付は、40年前、西川さんがこのプラネタリウムに勤め始めた年のものでした。そういえば、帰り支度をはじめたお客さんの服装や髪型は、どう見ても40年前のものに違いありません。
しばらくぼんやりしていた西川さんは、操作盤のかたすみに置かれているファイルに目をとめました。
『プラネタリウムで時間旅行』。
それは、今日の解説に備えて作ったシナリオでした。プラネタリウムを使うと、大昔や遠い将来の星空を自由に映し出すことができます。閉館を惜しんだ西川さんが、心をこめて書いたシナリオなのでした。
西川さんは、シナリオのファイルをそっとてのひらで撫でました。ファイルの表紙には、西川さんの字で2009年の日付が書かれていました。
西川さんに語りかけるように、操作盤が、ちかちかとまたたきました。
(また長い付き合いになりますね。よろしく)
ペンキの匂いがする操作盤が、微笑みながらそう言っているようでした。
(こちらこそよろしく)
操作盤と投影機に頭を下げた西川さんは、自分が20歳を過ぎたばかりの若者であることに気がつきました。
体いっぱいに力がみなぎってきます。
明日から、また忙しい毎日が始まるんだ。
そう思いながら西川さんは、円い天井に高く昇っていく太陽を見つめました。
※だいぶ以前に書いた作品です。
小説でも童話でもないので「お話」としました。
大人のための童話、とでも言うべきかもしれません。
過去でも未来でも任意の時代の星空が映し出せるプラネタリウムは、誰もが体験できるタイムマシンと言えるでしょう。
投影機を慈しんできた解説者に起こる小さな奇跡。
これから解説者として過ごす40年間、西川さんは、どのような人生を送るのでしょうか。