●母と見上げた赤い星
小学5年生の頃でした。
それまで昆虫や気象が好きだった私は、きっかけは判然としないものの、星空に興味を抱くようになっていました。
蒸し暑い夏の晩。
いつものように私は、家の庭で母といっしょにその星を見つめていました。
南の空低くに光るその星は、他の星とは明らかに違っていました。
「あの星、何だろうね。すごく色が赤いね」
私と母の会話はいつもそこで終わってしまいます。
手元には星図はおろか、星座早見ひとつありません。
当時の私たち母子にとっては、今よりは数段暗かった東京の夜空に輝くたくさんの星のどれもが、名前も何もわからない未知の天体ばかりだったのです。
その星は、毎晩、同じ位置に光っていました。
私を手招くように赤くメラメラと輝くその星こそ、幼かった私が初めて強い興味を持って見上げた天体でした。
この文章を読んでいる皆さんの中には、もうおわかりの方もいますよね。
夜毎、母と見つめていたその星が、さそり座のアンタレスだということを知ったのは、乏しい小遣いをはたいて星座早見や天体の図鑑を手に入れてからでした。
驚くほどの知識のなさでしたが、事前に何も知らない分だけ余計に、その星の印象は強く心に刻みつけられたような気がしています。
今でもアンタレスを見ると、初めて星を見たあの頃を思い出します。
あれから40年近い歳月が流れた今、光害に浸食された東京の自宅の空に、アンタレスを探すことはとても難しくなってしまいました。
老齢になった母は、当時のアンタレスの輝きをまだ覚えているでしょうか。
