« めそめその憂鬱 | メイン | おとめ座の相互作用銀河 »

2010年06月02日

●詩「永劫の明日」

紫の薄明が満ちるこの場所に
僕はいつから立っていたのか
見はるかす砂の海を吹き抜ける風のなかに
僕はいつまで立っているのか

歩み続けてきた足跡は砂に埋もれ
遙かな地平線を見つめてみても
同じ形の陽炎の群れが揺れるばかりで
いまは明け方なのか夕方なのか
それすら判然としない

歩む標も示されず
砂の海に沈むことも許されず
ただ異星の砂丘に立ちつくす
こんな寂寥の薄闇

せめて
この薄明が終わり
夜か朝が訪れるならば
歩み続ける決意もできるのだが

どれほど目をこらしても
見上げる空には雲も星も見えず
動くものといえば
足もとの砂に刻まれた風紋だけが
わずかにその形を変化させてゆくだけなのだ

☆ごく稀ですが、生きてゆく標を見失うことがあります。
心の奥底を吹き抜ける寂寥感のなかで思い出されるのは、喪ったものばかり。
そんな気持ちになったとき、いつもこの詩に書いたような永遠の薄明に包まれた砂漠の惑星が心に浮かびます。
てのひらからこぼれ落ちる砂のように、過去も未来も喪われ続け、見上げる空には星も雲も映さない虚無感のみが満ちる寂静の星・・・。
とはいえ、いつまでもそのような虚無の惑星上にたたずんでいるわけではありません。
自らの内部にある負の風景を再確認し、再び歩き始めるためにこうした詩を編むのだと思っています。


トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://at-h.net/~has/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/773

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)