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2010年06月26日

●幻の土倉鉱山第一選鉱所遺構

岐阜県揖斐川町坂内川上から八草トンネルを抜け、少し滋賀県側に下った所に、土倉鉱山の遺構が残っています。
城砦とも見紛う壮大な選鉱所跡は廃墟ファンならずとも多くの人の関心を呼ぶに十分な迫力を持っていますが、この遺構が実は第二選鉱所であり、林道を遡った奥に古い第一選鉱所があることを知る人はほとんどいません。

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土倉鉱山は、明治40年に岐阜県安八郡の中嶋善十郎が鉱石の露頭を発見したことが発端で採掘がはじまり、硫化鉄鉱をはじめ、金、銀、銅、亜鉛など高品位の鉱物が採掘されました。
採掘された鉱物は、空中索道を使用して木ノ本駅まで輸送されました。土倉谷の奥に巨大な選鉱所とともに従業員の住宅や学校の分教場も建設されましたが、冬期の豪雪が凄まじいことから、昭和15年に現在の第二選鉱所が建設され、従業員や分教場、空中索道も移転しました。
やがて、昭和40年、鉱山は閉山され、土倉鉱山は51年に及ぶ歴史を閉じたのです。

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ここまで、土倉鉱山の歴史をおさらいしました。
で、問題の第一選鉱所ですが、第二選鉱所から土倉谷林道を数キロ遡った場所にひっそりと残っています。
第二選鉱所を右手に見、しばらく林道を上ると、すぐに第二通洞抗が真っ暗な口を開けています。
そこから林道は狭い悪路となりますが、私は200CCのバイクで調査に行きましたので、まったく困難は感じませんでした。
しばらく進むと、右手に小さな木の橋がかかっています。
橋を渡ると、そこが第一選鉱所跡。
小広い草原状の平地で、真ん中辺りに2箇所、巨大な竪穴がぽっかりと落とし穴のように開いています。
覗きこむと地底のトンネル内を大量の水が流れており、柵で囲われているものの、落下すれば生還の可能性はありません。

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左手には、一見すると岩山のような第一選鉱所が聳えています。
全面に草木が繁茂しており、らピュタのような第二選鉱所とは異なり、マヤの遺跡のイメージです。
あまりに繁茂した草木のために、第二選鉱所のように上って調べることはできません。
ほとんどの遺構は草木に埋もれており、選鉱所らしさが伺えるのは、写真に示したようにほんの僅かです。
選鉱所の奥には第一通洞抗があるはずですが、調査の際には鉱山の詳細な歴史や地形を知らなかったので、残念ながら未踏です。
また、住宅の跡らしいものも気づきませんでした。
機会を見て、再度、調査したい場所ですが、危険ですから、必ず複数人で探索していただきたいと思います。
また、このレポートは10年近く前の調査によるものですから、現在では状況が変わっている可能性があることをご承知おき下さい。

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コメント

こんにちわ
情報ありがとうございます
縦鉱がると危険ですね、やたら歩き回れないでしょう・・一人では注意かな?
記録によると西の谷でも坑口があったようです。
すずしくなって、虫の心配がなくなったら行ってみようと思います
すぐそばの、花房鉱山についての情報はいかがですか?メインは小津のほうですが、尾蔵谷にも坑口があったようです・・現地調査はしていません。200ccバイク借りたらいけるかもしれませんね。

こんにちは。
縦坑の周囲には転落防止用の安全柵がありましたから、即、転落ということはないかと思いますが、危険なことは間違いないです。
野生動物と遭遇する可能性もありますので、探索は一人では行かないほうが安全と思います。
花房鉱山は、私も秋になったら探索に行こうと思っています。
久瀬村史に若干の記述があるのみで、詳しい情報は今のところありません。
現地の人に聞いてみなければと思っています。

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