2010年09月06日

●ビビさんの失踪①

ビビさんは不思議な猫でした。
藤橋在住の頃、痩せこけて体中が皮膚病に侵された状態でふらりとウチにやってきました。
足が悪いのか、歩くたびによろけていました。
おかしなことに、いつも一緒に、ビビさんとまったく同じ模様をした子猫が附いて歩いていました。足が悪いのも同じで、鳴き声も仕草も姿形もまったく同じ子猫です。

不憫に思い、ビビさんを保護しました。
当然、子猫も一緒にと思ったのですが、ビビさんを保護したら子猫は姿を見せなくなってしまいました。
あの子猫は、ビビさんの式神みたいなものだったのではないかと家族では話しています。
というのは、飼っているうちに、ビビさんが年齢不詳であり、不思議な力を持っていることがわかったからです。
年齢は、ウチに来たときすでに10歳を過ぎていることは確かだったようです。
歯がボロボロでしたから。
それからまた10年近く生きていましたから、20歳以上にはなっていたのではないかと思っています。

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皮膚病を治してやり、栄養のある餌を与えられるようになると、ビビさんはすぐに元気になりました。
とはいえ、やはり足は悪いようで、飛んだり跳ねたりはできず、そのために家の中で飼うには悪さをせず、とても飼いやすい猫でした。
人間に化けたり、自分の分身を何匹も出現させたりという怪異を起こしたのは、飼いはじめて間もなくのことでした。
また、人の言葉を解し、人間と同じように笑い、寝ているときには夢を見て寝言を言うなど、姿が猫というだけでやることはまったく人間と同じでした。
私のことは、恋人として慕っていました。
甘え方もしゃべり方も、すべてが飼い主に対してのそれではなく、恋人に対する態度でしたから。

普通では考えられない高齢にもかかわらず元気で、死ぬ直前まで体力(と妖力)の衰えをまったく感じさせなかったビビさんが急激に弱り始めたのは、アルネ君が死んだ日からでした。
アルネ君が死んでゆくさまを、すぐ目の前で食い入るように見つめていたビビさんは、何を思っていたのでしょう。
その日までごく普通だったビビさんが、翌日からおかしな行動を取るようになったのは、どう考えても藤橋時代からずっと一緒だったアルネ君の死によるものとしか考えられませんでした。(つづく)

2010年09月08日

●ビビさんの失踪②

アルネ君が死んだ後、ビビさんは長いこと、アルネ君の遺体を見つめていました。
遺体を埋葬してからも、アルネ君のケージから離れず、アルネ君を捜す仕草をしていました。
アルネ君が亡くなった次の晩には、いつも必ず家の中で眠るビビさんが、外に出たまま戻りませんでした。
庭や近所を探したのですがどこにも見つからず、結局、夕方になって戻ってきました。
戻ってきてからは、昼も夜も、外で過ごすようになりました。
大抵は、アルネ君のお墓近くに座っていました。
ときにはアルネ君の搬送に使っていたキャリーの中に入って一晩を過ごすこともありました。

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それまで年寄りながら元気だったビビさんが、急激に衰え始めました。
餌をなかなか食べなくなり、外に出ると、これまで一度もつけてこなかったノミをつけて戻ってきて、ノミ騒動で大変な1週間ほどを過ごしたこともあります。
病院へ連れて行くと、「高齢と白血病、リンパ腫でかなり衰弱しています。人間の食べ物でもいいから、とにかく好きなものをたくさん食べさせるように」と言われ、ビビさんのために毎日、刺身を買ってくるようになりました。
刺身もはじめは食べましたが、やがて食べなくなりました。

おかしいのは、それまでアルネ君のケージ近くを離れなかったのが、ある日を境に、ふいとアルネ君のケージが置いてある部屋に近づかなくなってしまったことです。
それからのビビさんの居場所は、二階への階段の踊り場になりました。
そこで終日、横になっていることが多くなり、呼んでも、家族のいる居間(アルネ君のケージがある部屋)には決して入ってこなくなってしまいました。

さらには、鳴き声までも変わってしまいました。
それまでは私とさまざまな会話ができたのですが、アルネ君の死後は、ごく普通の猫の声になってしまい、意思疎通が図れなくなってしまったのです。

見る間に痩せてきました。
餌もほとんど食べません。
病院でも、先生は首を横に振るばかりです。
「ビビ」と呼びかけても、ほとんど声が出なくなりました。

やがて。
ある晩、横たわっているばかりだったビビさんがすっと立ち上がり、そのままふらりと出ていきました。
以来、今日に至るまで帰ってきません。
あの状態では、もう余命いくばくもなかったはず。
死を悟って出ていったのかわかりませんが、来たときと同じようにふらりといなくなってしまいました。

それにしても、アルネ君が亡くなった翌日、ビビさんはどこで一晩を過ごしたのでしょう。
ある人がこんなことを言いました。
「ビビさんは、持っている妖力の全てを使って死んだアルネ君に会いに行ったんだよ」
そうかもしれません。
いえ、その後の急激な衰弱ぶりを見ると、きっとそうなのでしょう。

今、私のまわりに不思議なほど、アルネ君の気配も、ビビさんの気配も感じられません。
仲の良かった二人は、手を携えて、現世とはまったく違う世界へ旅だっていったのだろうと思います。

それでも昨夜、かたんと音がしたので、何気なく「ビビ、何してるの」と呼びかけてしまい、答えのなさにハッとしました。
深夜の静けさの中で、アルネ君も、くろも、ビビさんもいなくなってしまったのだと、改めて心深く悟ったひとときでした。

写真:くつろぎのビビさん

2010年09月10日

●明知鉄道に乗りました

先日、青春18きっぷを使って、岐阜県内に3線ある第3セクター鉄道のひとつ、明知鉄道に乗ってきました。
他の線は(廃止された神岡鉄道も含めて)すべて乗ったことがあるのですが、この線だけがなぜか未乗だったのです。

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中央線の恵那駅に降りると、あれ、明知鉄道の乗り場が見つかりません。
いったん、駅の外に出ると別の入口がありました。構内からも行けるのですが、切符を持っていないと通過できません。
列車は2両。地元の人10名ほどを乗せて割と加速良く発車。
すぐに市街地から離れ、山間地へと入ります。
細い線路の両側に木々が迫り、ぐんぐん高度を稼いでいくさまは、古き良きローカル鉄道そのもの。
山間の盆地となっている終点の明智駅を目指して行くため、途中、小さな峠を越えます。
こうした峠越えの風情があるローカル線も、最近は少なくなりました。

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私が学生の頃は旧国鉄時代で、第1次廃止予定線、第2次廃止予定線といった超ローカル線がたっぷり残っており、草むした線路を一日数本しか列車が走らない、そして人跡未踏の原野や山間を走る線を堪能できたものですが、今ではそうした線もほとんど廃止になってしまいました。
その意味では、明知鉄道は設備こそ近代化されているとはいえ、かつてのそうした地域に密着したローカル鉄道の姿をよく残しているといえます。

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途中、女城主の城で有名な岩村駅などを通過し、1時間足らずで終点の明智駅へ。
日本大正村の玄関駅ですが、月曜日と言うこともあって大正村見物らしいお客さんは一人だけでした。

ガラガラだった往路と異なり、帰路は高校生でいっぱい。
ローカル線のメインのお客さんは高校生なのだなあと改めて認識しました。

岩村や大正村など観光地もありますから、近くの方はぜひ一度、訪ねてみることをお勧めします。

写真:車内のようす・岩村駅を発車・明智駅の出札口

2010年09月12日

●取り憑かれた話

物の怪、というものがこの世に存在するのかどうかわかりません。
昔の人は、病気になると「悪いモノに取り憑かれた」といってお祓いをしました。
科学の進んだ今、物の怪なんているはずないよ・・・と言いたいところですが、これまで私は何度か、そんな経験をしたことがあります。

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あれは20年以上前、星と鉄道が好きだったO氏に誘われて、廃線間近だった静岡県の清水港線に乗りに行ったときのこと。
清水港線は、東海道本線の清水駅と美保の松原がある砂嘴までをたどる線ですが、一日一往復しか旅客列車のないことで有名でした。
しかも貨物列車と並結のいわゆる混合列車です。
春の好日、青春18きっぷを使って首尾良く一日一往復の列車に乗車することができ、美保の松原で遊んで帰路につきました。
と、帰りの清水港線に乗った頃から二人とも急に重い石を載せられたように背中が重たくなり、気分が悪くなってきました。
O氏は「ダメだ。オレ、新幹線で帰るよ」と途中で乗り換えてゆき、私も家に帰ることはできそうになくなり、熱海から伊東線に乗り換えて何とか、当時、伊豆の宇佐見にあった親戚の別荘に転がりこみました。
別荘には祖父と祖母が住んでいたのですが、祖母はよろよろと入ってきた私を見るなり「背中に女が貼りついてるよ」と言いました。
それから三日間、猛烈な吐き気と腹痛にのたうちまわり、ようやく帰宅したのですが、何か悪いモノを食べたわけでもなく、原因はまったく不明です。
O氏も三日間、寝たきりだったそうです。

もうひとつは、数年前、自宅近くの山を探検していたときのこと。
私は暇なときには山野を彷徨する性癖があるのですが、そのときは巨大な岩をご神体にしている神社の裏に、山奥へ伸びる細い道を見つけ、いかにも妖しげな「匂い」を感じましたので、早速、その道をたどってみることにしました。
しばらく行くと、倒れかかった朽ち木がX字状に交差して道を塞いでいました。
その奥は、急に山深くなり、昼なお暗い細道が続いています。
交差した朽ち木からは、侵入を拒んでいるような気配を感じましたが、かまわずくぐって進みました。
草むした山道をしばらく歩くと、広い場所に出ました。
崩れかかったお堂、廃墟じみたコンクリート製の待合所、そして煉瓦づくりの、これも半ば崩れかかり焼けこげた内部が覗きこめる・・・火葬炉が2基。
周囲の山を見回すと、見渡す限り、所狭しと木や石の墓標が囲んでいます。
そこは、使われなくなった火葬場なのでした。
せっかく来たのだからとひととおり写真を撮り、帰路についたのですが、翌日から気分が悪くなり、肺炎になってしまいました。
入院こそしませんでしたが、それから2ヶ月あまり絶不調で、出勤して椅子に座っているのがようやくといったありさま。
X字状の朽ち木は結界だったんだよ。
娘が言いました。言われてみればそうかもしれません。

お化けや超自然的な力をいたずらに信奉するものではありませんが、まだ蒸し暑い夜が続く今日この頃、ちょっと不思議な話を書いてみました。

写真:清水港線終着美保駅にて。大きい人がO氏。

2010年09月14日

●詩「秋の旅」

光と影ばかり
ただ水のようにさざめいて
どこか遠くから僕を見つめている
涼やかな誰かのまなざし

薫る風がふと
時の輪郭を澄んだ細線で描き出し
精緻な静けさの中で
遥かに遠くが見渡せる

木漏れ日の径で
いつか僕に寄り添うその人の気配
たしかに白く
はかなげな
懐かしいその面差し

☆秋になると一人の旅に出たくなります。
行方を定めず、風に任せ、涼やかな風の中をどこまでも歩きたくなります。
そんな旅を続けていると、光と静けさのなかで、ふと誰かの眼差しを感じることがあります。
心に降り積もった澱が流れ去り、自らの内面を見つめることができたとき感じるその眼差しは、秋の日ざしと同じく透明な静けさに満ち、一人の旅だけに、いっそうその人への想いが募るのを感じながら、秋風のなかを歩き続けたくなるのです。

2010年09月16日

●奥多摩有料道路怪異譚

先日、「取り憑かれた話」で怪異譚を書いたので、今回も面妖な話を・・・。
1982年9月発行の東大和天文同好会会誌「ほしぞら」に書いたエッセイです。
実話です。
何らの脚色もありません。
長年、星を見ていると、時にはこうして不思議なできごとに遭遇します。
異常なできごとには違いありませんが、少しも怖くはありませんでした。
どうぞ、私の不思議な体験を読んでみて下さい。

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 一年ほど前、奥多摩有料道路で女性の腐乱死体が発見されたというニュースはご存知だろうか。コーナーを攻めに来たライダーが、道路脇の土盛りの中から手首がニョッキリ突き出しているのを発見、慌てて警察に届けたものである。
 折しもその頃は新月であり、私は山崎氏と奥多摩有料道路へ星を見に行く計画を立てていた。
 死体発見のことは新聞で読んで知っていたが、我々は気にも留めなかった。
「なに、死体が見つかったからって、もう掘り出された後だろう。関係ない、行くっきゃねえよ」ということで、その晩、予定通り、20時過ぎにバイク2台で出発したのであった。
 有料道路入口まで約2時間、奥多摩湖を左に見ながら、しだいに寂しくなる青梅街道を快調に飛ばす。やや寒いが、エンジンは絶好調、右に左にコーナーを切りながら楽しいライディングである。
 ところが、有料道路に入り上り勾配がきつくなると、山崎氏のバイクが俄然、不調となり少しずつ遅れる。エンジンの回転が上がらないらしい。
 先に行っていいと言う山崎氏の言葉に、私はアクセルを捻った。
 かなり、上った。先ほどまで背後に見え隠れしていた山崎氏のバイクのヘッドライトが、いつのまにか見えなくなっている。
 距離が開きすぎたことを知った私は、山崎氏を待とうと、路肩にバイクを停止させた。
そのときであった。緑色に輝いていたニュートラルランプが、スーッとかき消すように暗くなり、エンジンが停止してしまったのである。
何度もキックをした。が、いっこうにエンジンがかかるようすはない。
 それまで、けたたましく響いていたエンジンの音が途絶えると、私の周囲には途端にどす黒い静寂が満ちた。湿った山の気と、耳の奥深くでツーンと聴こえるあの極度の静寂の「音」だけが、私を靄のように取り囲んだ。
 エンジンは相変わらずかからない。
 諦めた私は、山崎氏を待つことにした。
 何気なく辺りを見回すと、数メートル先の地面に、白いものが群生しているのに気づいた。
 花である。つい今しがた供えたばかりのように、大きな花束が地面に無造作に置かれている。
 なぜこんなところに花が。
 いぶかしく近づいた私は、慄然として数歩、後ずさった。
 花束が置かれている地面は、たった今、掘り返されたばかりのように新しい土が露出していた。その場所を掘ってから埋め戻したことは明らかである。
 夕刊で読んだ記事を思い出す。
 まさにその場所が、腐乱死体の発見現場であることは間違いない。
 バイクのもとへ駆け戻った。ふたたびエンジンの始動を試みる。が、ガソリンもオイルもたっぷり入っているにもかかわらず、エンジンはいっこうにかかる気配がない。
 周囲はあくまでも静寂であり、墨を流したような闇だ。よほど遅れているのか、山崎氏の追いつく気配もない。
(もう、どうにでもなれ)
 私は観念した。
(お化けが出るなら出てみろ。滅多に見られないものを拝めるチャンスだ)
 道路の真ん中に大の字に寝ころび、空を見上げる。
 山稜で区切られた狭い空には、驚くほどたくさんの星が静かに光を競っている。
天頂に見えるはくちょう座に沿って、夏の天の川がゆるやかにわし座へと流れ落ち、南西の空にはその輝きをいっそう赤くしながらアンタレスが落ちてゆこうとしているところである。
・・・何事も、起こらなかった。
10分以上、そうして深夜で車の通らぬ道路に寝転がっていただろうか、やがて遙か遠くからかすかなエンジン音が聞こえ始め、ヘッドライトの光が山中を彷徨うように近づいてくるのが見えた。
「悪い悪い。急にエンジンの調子が悪くなってさ、ここまでやっと走ってきたんだ」
 そう言う山崎氏に、私は何も言わず、花束と掘り起こされた地面を指さした。
 エンジンが急に止まってしまった経緯を話すと、
「そんなこともあるもんなんだな」
 山崎氏は神妙な面持ちで夜空を見上げた。
「さて、もう一走りしようか」
 山崎氏の声に、私はバイクに跨った。
 かかるはずがない。そう思ってキックしたエンジンは、一発で始動した。
「かかったよ!」
 私の声に、
「こっちも、急に調子が良くなったみたいだ。不思議だな、さっきまであんなに調子が悪かったのに」
 空ぶかしをしながら山崎氏が答える。
 死体発見現場を後に走り出した後、バイクのエンジンは全くの快調であった。山崎氏のバイクも同様のようである。
 闇の中にバイクの排気音だけを響かせて、私たちはいつもの観測場所へと向かった。
 コーナリングのたび、ハンドルを握る私の脳裏に、白い花束が浮かんでは消えた。


2010年09月18日

●天王星と中秋の名月

ここ1週間ほどの間に、ぜひ楽しんでほしい天文現象が起こりますのでご紹介しておきます。
ただ、木星と天王星の接近は、望遠鏡がないと見ることができませんのでゴメンナサイ。

1.木星と天王星の接近
今夜遅くから明日19日、夜半の南天で煌々と輝いている木星と、太陽系の惑星ながら暗くてほとんど見る機会のない天王星が接近します。
今回の接近は、角度にして1°以内にまで近づきますので、50倍程度の望遠鏡なら同じ視野に入ります。
天王星は6等星、木星の近くには幸い、6等星よりも明るい星は少ないので、木星を視野の端に入れて、一番近くにある青緑色をした明るい星(衛星は除いてですよ)が天王星ということになります。
天王星を一度も見たことがないという方も多いと思いますので、ぜひこの機会に見てみましょう。
それらしい青緑色の星があったら、倍率を100倍程度にしてみて下さい。
点像の恒星と違った面積のある像が見えれば、それが天王星です。
拡大してもとても小さく、表面に模様は見えませんが、天王星や海王星といった遠い惑星は探すのも大変ですから、明日はチャンスですよ。

2.中秋の名月
22日はお月見、中秋の名月です。
昔からわが国では、旧暦8月15日の月を愛でる風習がありました。
旧暦では、7・8・9月を「秋」としており、秋の真ん中の満月なので「中秋の名月」といいます。
旧暦は月齢を基準としていますので、旧暦15日前後はおおむね満月となりますが、天文学上の満月とは若干ずれる年の方が多く、2010年の正式な満月は翌日の23日となります。
最近では、すすきやお団子や芋を供える家庭も少なくなりましたが、せっかく1年に一度の機会です。
今年はお供え物をして室内のあかりを暗くして、月明かりを愛でてみませんか。
以前、藤橋に住んでいる頃、部屋を真っ暗にして家族でお月見をしたことがあります。
人工照明の少ない山奥ですから、真っ暗な庭に月明かりだけが青く映えて、心の奥底まで青い静けさが染みとおるようでした。
あんな心安らぐお月見を、また楽しんでみたいものです。

2010年09月21日

●めそめその日常

長年、我が家の女王様だったビビさんが失踪してから、めそめそというメス猫が猫部屋から人間様の領域に進出しました。
我が家では従来、ビビさん以外の猫は、猫部屋と呼んでいる一部屋だけで飼っており、家の中を自由に歩き回ることはできなかったのですが、猫部屋の猫たちの中でも特別に優秀な子であるということで、めそめそが家の中を歩き回る権利を得たのです。

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めそめそは、猫部屋が嫌いでした。
もともと家の中で飼われていた猫らしく、ずっと猫部屋から出たがっていました。
大人しくて賢いめそめそですが、家の中を自由に歩き回れるようになると、仕草も性格もほとんど人間だったビビさんと違って、どんなに賢くてもやはり猫は猫でした。

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大人しく人懐こいのはかわいいのですが、膝に乗っても抱っこしても爪を立てます。
おかげで私の服は爪の穴だらけです。
必要なこと以外はしゃべらなかったビビさんと違っておしゃべりです。
始終、にゃお、にゃおと言っています。(声はかわいいです)
あとは・・・。
ビニール袋が好きです。
自分を人間だと思っていて、そんなものには何の興味も示さなかったビビさんと違って、ゴミ袋などがあると嬉しそうに入っていき、くるまっています。
悪さはほとんどしませんが、新聞紙を齧ります。
読みさしの新聞を放っておくと、端っこがビリビリにされています。

猫は虫や小動物を捕獲して自然破壊をするので、外には基本的に出さないようにしていますが、時々、脱走します。
で、この前はネズミを咥えてきました。

年齢不詳(たぶん20歳以上)で、明らかに化け猫というか猫又というかという存在だったビビさんと違って、めそめそはまだまだ若いです。
ビビさんのようになるには、あと10年ぐらいは生きなければならないでしょう。

2010年09月23日

●随筆「草食系天文家、不徳の一夜」

 自分で言うのもおかしいが、これまで発表した小説や随筆に性愛の要素はごく少ない。というより、ほぼそうしたシーンは出てこないと言って良い。
 清純なのである。現代風には草食系と言うべきか。
 その類の書籍や雑誌は読まぬし、動画系も見ない。まあ、性愛に関しては淡泊と言って良いと自分では思っている。
 そんな私だが、一度だけ、つまらぬ好奇心から旅先でその手のビデオを見たことがある。
 いや、正確には聴いたことがある、と言った方が良いかも知れない。
 あれはかれこれ20年以上前、四国は松山のビジネスホテルでのことであった。
 ホテルの夜は退屈である。酒でも呑むのなら夜の街に繰り出すところだが、あいにくと酒も飲まぬ。テレビも好きではない。自宅でもテレビを見るのは、朝のニュースぐらいである。
 ふと、テレビに備えてある番組表に目がとまった。パラパラとめくってみると、やはりその類のビデオプログラムがたくさん掲載されている。
 先述したとおり、私はその類の動画は見ない。まったく興味がないかといえば嘘になるが、そのためにカネと時間を費やそうという気は起こらない。
 しかるに、今は退屈だ。旅先で多少の開放感もある。
 番組表には、その類の番組を見るにはテレビに300円なりを投入せよと書かれている。
 今なら無料で見られることも多いのだが、昔の話だ。
 何事も経験であると考えた。退屈しのぎにはちょうど良いかも知れぬ。もちろん、いくばくかの興味もある。
 私は財布から300円を取り出し、テレビに投入した。
 平静を装いつつもドキドキワクワクしながらテレビの画面を見つめる。
 まず音声が聞こえてきた。あー、とか、うー、とか、いかにもそれらしき気配の声である。
 私は画面を注視した。番組のタイトルは、とてもここには書けない○○××のものである。
 今にものすごい映像が出るに違いない。全神経を画面に集中して映像が現れるのを待った。
 1分、2分・・・。
・・・おかしい。いつまで経っても映像が出てこない。
 どうやらこのテレビ、故障しているらしいのだ。
 叩いてみた。一瞬、画面が映るものの、すぐに消えてしまう。
 揺すってみた。やはり画面が映るのは一瞬だ。
 しばらくテレビを叩いたり揺すったりしていた私は、やがてテレビの裏に回り、憤然と配線の点検に取りかかった。きっと、どこかの接触が悪いのに違いない。大枚300円も投入しているのである。見られないまま諦める手はない。
 私は、あちこちの配線をいじくり回し、線を切ったり繋いだり、様々な試行錯誤を繰り返した。
 ときおり接触がうまくゆくと画面が映る。
 うむ、すごい映像が映っている。いいぞ、と思う間もなく画面は乱れ、何もわからなくなる。
 私は悪戦苦闘した。音声は流れ続け、それらしき気配は、いよいよ佳境を迎えているようである。が、依然として画面は乱れたままで何もわからぬ。
 お菓子を目の前に出されておあずけをされている子どもの如き心境で、私は汗まみれになってテレビの修理に没頭した。
 数回、感電し、数回、火花が散った。が、私は諦めず、なおも事態の打開を試みた。
 1時間ほどが過ぎた。
 突然、部屋に静寂が満ちた。
 時間切れであった。
 全身、汗にまみれ、あまつさえ指には感電による火傷を負った私は、呆然とその場に立ち尽くしていた。
 時計を見る。
 すでに夜中の0時を回っていた。
 精も根も尽き果てた私は、よろよろとベッドに横たわり、深い虚脱感を抱いて眠りに就いたのであった。
 それ以来、私は旅先でその類のビデオは一切、見ないことにしている。
 どうもあの夜は魔が差したとしか思われぬ。
 やはり私は草食系の清純天文家が相応しいようである。

☆東大和天文同好会の会誌「ほしぞら」1988年12月号に掲載したエッセイを、若干、加筆訂正したものです。
最近、星を見ていないので、とりあえず駄文ですが掲載してみようかと・・・。
誰ですか、「清純で草食系?ほんとかな?」なんて思っているヒトは・・・。
 


2010年09月25日

●揖斐川町ローカルバスの旅

私が勤務している揖斐川町は、1町5村が合併したこともあって広大です。
平野あり山ありの広大なエリアを結んでいるのはバス。
そして、このバスがめちゃ安い!
小さな旅をしたい、でもお金が・・・という方向けに、今回は揖斐川町内のバス旅をご紹介しましょう。

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路線は、街中だけを走るものから山奥へ分け入るものまでさまざまですが、やはり楽しいのは山奥へ入っていくバスです。
今回、ご紹介するのは「北部線」。
福井県や滋賀県との県境に近い揖斐川町北部へ分け入ってゆく路線です。

起点は、養老鉄道揖斐駅。
ここから旧坂内村の広瀬までは、一日6本のバスが運行されています。
整理券を取って乗車。
大抵は空いています。座席は前向き。視線が高いため、クルマとはまた別のビューが拡がります。
しばらくは揖斐川町の街中を走りますが、北方平あたりからは、俄然、山へ入っていきます。
左側に寄り添う揖斐川は、それまでのゆったりした流れとはうってかわって、激流岩を噛む渓谷となります。
渓谷美を堪能しながら、国道417号線と303号線の共用区間をバスはさらに山奥へ。
ときおり現れる小さな集落では、これからの季節、干し柿が吊されていたり、大根が軒先に干されていたりします。

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旧藤橋村の横山ダムを過ぎると、羊腸の道。狭い道を、右に左にハンドルを切りながらバスは進みます。
右側は横山ダムの青い水面。
ダムがやがて、坂内川の渓流に変わると、旧坂内村の中心、広瀬の集落へと入っていきます。
高原の雰囲気があるこのあたりは、冬はときに2mを超える積雪を見る豪雪地帯です。雪景色を安全に楽しみたい方は、冬場にバスで訪れてみるのも良いでしょう。
やがて、国道から離れて集落内の狭い道に入ると、そろそろ終点です。
緑と静寂の中、地元のお年寄りがときおり行きすぎるだけの鄙びた集落、都会で働いている方は、同じ日本国内でこんな場所・暮らしがあったんだと思わせられる風景が拡がります
帰りは、終点からバス路線をほんの少し歩いて戻り、道の駅「夜叉が池の里・坂内」まで行ってみましょう。
鄙びた風情を楽しみながら歩き、道の駅で買い物などをしているうち、折り返しのバスがやってきます。

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乗っている時間は1時間。
距離にして30km以上ありますが、料金はなんと、たったの片道300円!
ローカルバスの旅を満喫できる区間です。
揖斐川町には、この北部線の他にも、旧春日村の山間部へと進むこれもお勧めの路線があります。
いずれ、こちらもご紹介しましょう。
養老鉄道との接続もgoodです。
次の休日、ぜひローカルバスの旅を楽しんでみませんか。

2010年09月27日

●くしちゃんが不調

藤橋時代から生き残っている最後の猫、くしちゃんが不調です。
一昨日あたりから吐くようになり、じっとうずくまっています。
胃の内容物はないので、胃液を大量に吐いています。
いつもは元気いっぱいで、私に飛びついてきますが、今は隅っこの方でじっとしているだけです。

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病院へも連れて行きました。
体温は正常、触診しても、便も尿も出ているようす。
医者も首を捻っています。
いつも猫部屋にいて外に出るわけではないので、外でおかしなモノを食べたわけでもなし・・・。
毛球症かと思い、草を与えてみても、ふだんは大好きなのに見向きもしません。
アルネ君、くろ、ビビさんと続けざまに家族同様のうさぎ、猫が死んでしまって、もし今度はくしちゃんが、と思うと・・・。
長年、猫を飼い続けてきて、大抵の病気は経験しているつもりの私ですが、今回のくしちゃんの症状は、なんとも思い当たるところがなく、対処のしようがありません。
病院では吐き気止めを注射してもらい、胃薬を貰いました。
効いてくれるといいのですが・・・。
美形で人なつこく、かわいいくしちゃん。
元気になってほしいものです。

2010年09月30日

●ひっつき猫、めそめそ

ひっついています。
昼も夜も。

猫部屋から開放されて自由に家の中を歩けるようになった、めそめそ。
猫部屋時代はよほど寂しかったのか、あるいは少し肌寒くなってきたせいか、このところ、ひたすら私に抱きついてきます。
パソコンに向かっていても、ご飯を食べていても、膝に乗ってきてゴロゴロ。
夜は布団の上に乗ってきて、寝ている私の顔をじっと見つめています。
私が風呂に入るときも、風呂場にやってきてじっと見ています。

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いなくなってしまった(おそらく家の外で亡くなってしまった)ビビさんも、いつも私を見つめていましたが、めそめそほど抱きついてはきませんでした。
めそめそもビビさんも、私のことを大好きなことは共通しているものの、ヘンな言い方ですが、肉体的な接触を求めてくるめそめそに対し、ビビさんは精神的な結びつきを私に求めていたようです。
齢20歳以上で猫又化していたビビさんは、自分のことを完全に人間だと思っていましたので、飼い主に対して猫らしく無邪気な愛情を示すめそめそとは違って、私を完全に異性としてとらえていた感があります。

でも、一緒に寝たがったり風呂場を覗くのは、めそめそもビビさんも同じですから、あと10年もすれば、めそめそも猫又化して、ビビさんと同じように、人間同士としての恋情を示すようになるのかもしれません。

それにしても、動物にはなぜこんなにモテるんでしょう。
もしかして、猫に生まれていたら超モテモテだったのかな。