2006年07月30日

●梅雨晴れの星

東海地方の梅雨明け宣言前、27日は久しぶりの好天でした。
早い時間帯はそれでもやや雲が多かったので、22時過ぎから星を見に出かけました。
彗星捜索をしようか、それとも写真でも撮ろうかと思いましたが、そろそろ夏の流星シーズンですので、シュラフひとつを持って流星観測をすることにしました。

藤橋方面の山には低い雲がかかっていましたから、近場で見ることとし、旧谷汲村の横蔵にある某駐車場で22時30分から観測を開始。
この場所は、自宅から車で15分ほどとごく近いにもかかわらず、視界は広いし、空も暗く、人家もあるにはあるのですが、ほとんど灯火の影響がない絶好の観測地です。加えてアスファルト敷きなので、機材のセッティングもしやすく、最近は頻繁に利用しています。
太平洋高気圧が一時的に張り出したためでしょう、夏とは思えないほどの透明度で、6等星までバッチリ、天の川が白く地平線を結んでいます。南の空にはさそり座が低く身を横たえ、頭上には夏の大三角が鮮やかというほかない壮麗さで輝いています。

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観測の目的は、極大を迎えつつある「みずがめ座流星群」と「やぎ座流星群」ですが、北東の空からはカシオペア座が昇り始め、夏の主役の「ペルセウス座流星群」も期待できそうです。
残念ながら30分ほどで西から雲が広がってしまい、流星数もわずかという結果に終わったのですが、久しぶりに本物の星空を見ることができ、心が洗われた気持で帰路に着くことができました。

仕事柄、特に夏休み中は観望会が入ることが多く、一人で星を見る機会はなかなかありません。
好きで選んだ仕事ですが、やはりこうして、一人きりで静かに星を見上げるのがいちばん好きです。
静寂と風の匂い、そしてゆっくりと巡ってゆく星空。時間と空間、そして宇宙に浮かぶ地球という惑星に心を巡らせるひとときでした。

2006年08月10日

●夜の散歩

夜の散歩が好きです。一人で、家族で、気ままに近所を歩きます。
運動不足解消はもちろん、晴れた晩には季節の星空を楽しむことができるという一石二鳥の散歩です。

家族で歩けば、星座を探しながらさまざまな話ができますし、一人であれば、季節の夜気に身を浸し、時に星を見上げ、時にカエルの声に耳を澄ませ、自らの心と、昼間はできない会話をすることができます。

自己との対話。
内省、と言い換えてもいいでしょう。
これこそ、忙しい現代にあって、もっとも必要とされているものだと思います。
さまざまな情報が氾濫し、家庭に戻ってもテレビが声高なおしゃべりを続け、ゲームやネットの仮想世界が子どもの心を容赦なく浸食する時代にあって、夜の風に吹かれながら遙かな時空をわたってきた星の光に身を委ね、静寂のさなかで自らの心の奥底を見つめることの大切さ。
あやふやな情報やプロパガンダに迎合することなく、いたずらに他人と群れることなく、心静かに自らの道を歩くこと。
ちょっと大げさですが、私にとって夜の散歩は、自らの心を覗くとても大切な時間なのです。

2006年08月12日

●満月の宿直

9日の晩は宿直でした。
私の職場では、おおむね1ヶ月に2回程度の割で宿直が回ってきます。昼間の仕事が終わってから翌朝まで宿直室に泊まりこむわけです。仮眠はできますが、熟睡できるはずもなく、翌日は眠気をこらえて仕事をしなければなりません。

また、運悪く晴れた新月の晩に当たってしまうと、欲求不満の憂き目を見ることになります。宿直も仕事ですから、晴れているのをいいことに外に望遠鏡を引っ張り出して・・・、なんてことはできません。満天の星が輝いているのを知りながら、宿直室でじっとしていなければならないのは結構な苦行です。

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9日は、ちょうど満月でした。何度か職場内を巡回し、仮眠についたのですが、午前2時頃、ふと目が覚め、ほんの少しだけ外へ出てみると、夕方空を覆っていた薄雲はすっかりなくなり、すばらしい快晴です。
静まりかえった夜気の中に、したたるような満月の光だけが降り注ぎ、遠い山なみが波のように浮かび上がって、非常に幻想的な雰囲気を創り出していました。
人工の灯りが少ない藤橋では、満月は本当に明るく、青く透き通った光が夜のすみずみまで満ちて、「月明り」という言葉を実感できます。

月明りをたっぷり浴びてから宿直室に戻ると、窓ガラスに大きなカブトムシが張りついていました。
何とはなしに落ち着いた気持ちになって、再び布団に入りました。

2006年09月19日

●久しぶりの揖斐高原

今日は夕方から快晴になりましたので、15cm双眼鏡を車に積んで、揖斐高原へ出かけました。
薄明中に到着すると、すでに先客が。
西の空を一通り流してから「松本さんですか?」と声をかけてきたその人は、地元の天文同好会、スターライト・パーティーで雪組組長?を勤められている米山さんでした。米山さんとは、揖斐高原に来るたびに会っているような気がします。それだけ熱心な方なのです。

米山さんは、りゅう座にある177P Barnard2彗星の観測に来たとのこと。私も見せていただきました。M101を小さく暗くした感じの非常に拡散した10等星でした。位置を知らなければ見つからないかもしれません。

最近の天文活動について話しながら見上げる空は、天の川こそ見えるものの何となくうす明るく生彩がありません。以前は暗かった北の方角も明るく、台風の湿った空気がまだ残っているせいもあるのでしょうが、揖斐高原の空も年々、悪化しているようで残念でした。
昼間は暑かったのに、揖斐高原の夜はしっかり寒く、季節の移り変わりを感じた今夜の観測でした。

2006年09月21日

●初秋の夜に

昨夜も観測に行くつもりだったのですが、夜になると透明度がかなり悪くなりましたので、夜空を見ながら夜の散歩に出かけました。
いつもは、繁華な通りを避けて畑の中の道を歩くのですが、昨夜は気分を変えて国道沿いの道を歩くことにしました。
歩道を歩く私の傍らを、何台もの車が通り過ぎます。夜の風に身を任せて歩いていると、車のスピードというものが空恐ろしいものに思えてきます。どの車もそれほど無茶なスピードを出しているわけではなく、せいぜい時速50kmというところなのですが、歩いている身から見ると、そんなに急いでどこへ行くという気がしてきます。
同時に、人間という生物に適したスピードは、やはり歩く速度なのではないかと、そんな気持にもさせられます。
国道からわき道にそれると、とたんにあたりは暗くなり、虫の声が私を包みこみました。
車の走行音とはまったく異なる優しい音色にほっとしながら、やはり人間は自然の中で生きるべきなのだ、排気ガスと騒音を撒き散らしながらひたすら目的地に向って突っ走る、そんな馬鹿げた道具に身を任せていてはいけないのだ、ふと何かの啓示のようにそんなことを思います。
時折立ち止まって見上げる夜空には夏の大三角が西に傾き、北東からはカシオペア座が高く昇り始め、歩くほどに心が静かになるのを感じながら、ただ黙々と歩いた初秋の夜でした。

2006年10月10日

●月の出前にちょこっと観測

東と西の低空が見える観測地をいつも探しています。越美山地は、西に1,000メートル級の山が連なっているため西の視界が悪いのは仕方ないのですが、東は岐阜から名古屋の街あかりがあるために、それなりに山奥に入らないと光害を避けられず、といってあまり山奥に入ってしまうとやはり連なる山々のために低空が見られないというジレンマを常に抱える場所なのです。

ということで、昨日は旧春日村の上ヶ流(かみがれ)という場所に初めて観測に行きました。
春日茶の産地ということで、周囲の山は山頂近くまで一面の茶畑。西の視界がけっこう良いのではと期待していたのですが、やはり10度以下の低空は山に隠されて見えません。
月の出も迫っているので、とにかく薄明が終わらないうちから15cm双眼鏡で観測開始。
さそり、へびつかい、いて付近を流しました。このあたりはやたらと球状星団が多い天域で、星図と照合しながら1時間足らずの間に30個近い星団を確認。
視野内を横切る流星がいつもよりも多かったのも特筆すべきことでした。昨日がジャコビニ群の極大でしたから、あるいはその名残があったのかもしれません。

途中、すぐ近くで動物の鳴き声というか唸り声を聞いたため、手を叩いたりラジオをつけたりしてこちらの存在を教えてやると、どこへともなく消えていきました。山奥での観測では、時に野生動物と遭遇することがあるのです。

北西の視界が良ければ7等になっているC/2006M4を見たかったのですが、残念ながら北西は高い山
に遮られて見えず、日を改めて観測することにしました。

観測を終了してアイピースから目を離すと、月齢17の月が高く昇った空は青く染まり、天の川も見えなくなっていました。
西の低空が見える場所探しは、まだまだ続きそうです。

2006年10月28日

●明け方の揖斐高原

28日は、明け方3時に起きて揖斐高原へ行きました。
快晴で絶好の条件でしたが、現地に着くと、西の方角が猛烈に明るいのです。坂内ホテルの照明なのか、南西のオリオン座あたりまで煌々と照らし出されていて、何とも異様な感じでした。
観測する方角は、幸いというべきか東でしたので、ほとんどその光害の影響を受けることはなかったのですが、こんな明け方にいったい何事?と思ってしまいました。

15cm双眼鏡で1時間ほど東を流しました。しし、かみのけ、りょうけん、おおぐまと星雲の多い場所なので、銀河が次々に視野に入ってきて退屈することなく観測できましたが、終了間際、急速にモヤってしまい、ちょうど視野に入ってきた9等ほどの雲状天体の確認が中途で終わってしまいました。
NGCナンバーのエッジオン銀河を多くとらえ、いかにも深宇宙を覗いているという感じがして楽しい観測でした。
オリオン群の余韻が残っているのか流星も多く、視野内をかすめたものが5個、たまたま視野から目を外して見上げた際に流れたものが2個と、あっという間に過ぎた1時間でした。
金曜日の晩にもかかわらず、他には誰も天文屋さんは来ていなかったようです。テニスコートの方には誰かいたかもしれません。

2006年11月08日

●星空へ続く道

仕事が終わってから、本当に久しぶりに藤橋と坂内の村境の寒谷峠へ上りました。
月が出るまでの僅かな時間、静かな山中で星を楽しもうというわけです。
この峠については、しばらく前に「寒谷峠銀河幻想」なるタイトルでこのブログでも紹介しました。狭い峠ではありますが、人工灯火は皆無、通る車も皆無、南から西の視界は西美濃の山にしては最高という場所です。

15cm双眼鏡を速攻で組み立て、南西を中心に見てゆきます。
まずとらえたのは、いて座のIC4812。暗い星に隣接した9.5等ほどの小さな天体です。
次々にメシエナンバーが視野に入ってきますが、NGCナンバーの天体があまり入ってこないことに気づいたときには、東から大きな月が昇っていました。

周囲を見渡せば、月明りに照らされた山々が白く夜空に浮かび上がり、とても幻想的な光景です。
林道の新設・延伸工事が行なわれたらしく、峠からも新しい林道が延びていました。
新しい林道は、峠よりさらに高みへ続いているらしく、白い月明りに照らされた林道の先は、まるで星空へそのまま続いているようにも思えました。
動物が時折、藪の中でかさかさと動き回る音が聞こえます。小動物は気になりませんが、熊が出ると困るので、わざとぶつぶつひとり言を呟いたりしながら、星空へ続く道の真ん中でしばらく青い夜空を見上げていました。

帰り道では、道の真ん中に大きなイノシシが立っていました。
動物はヘッドライトを点灯したままだとすくんでしまってその場を動きませんから、ライトを消してやると、ごそごそ森の中へ入っていきました。

星を見ている間、聞こえていたのは動物の動き回る音と落ち葉が風に舞う音だけ。
一人の星見はやっぱりいいなあと思いながら、峠道を下りました。

2006年11月09日

●視線が痛い水星の日面通過

今日は水星の日面通過でした。
このところ非常に仕事が忙しくて準備もなかなかできず、前日の晩になってから機材を準備、工作の得意なカミさんに減光用フィルターの枠を作ってもらい、何とか間に合わせることができました。減光用のフィルターは、職場のOさんのご好意で頒けていただきました。

使用機材は8㎝ED屈折と天文台のEM200赤道儀、それにコンパクトデジカメとソニーのビデオカメラです。
近くにある公共施設の駐車場に機材をセッティングし、さあ、撮影しようと思ったら、ちょうど出勤時間帯で、町役場の職員さんが車で来るわ来るわ、中には知り合いもいて、急遽アイピースに差し替えて覗かせてあげることも何度かありました。

天候はまあまあでしたが、折からの冬型でシーイングは最悪。太陽の縁でピントを合わせるのに非常に苦労しました。ピントの山がぜんぜんわからないのです。
そこは職人的カンで何とかピントを合わせたところ、今度はビデオカメラが突然の不調。
仕方なくいったん外して、デジカメで数枚撮影し、ビデオカセットを入れ換えたら回復。再度、ビデオを接続して撮影を続行しました。

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昼間なので極軸が心配でしたが、前日の晩に北極星の位置はだいたい確認して地上の目標と合わせておいたところ、ほとんどドンピシャ。たまにコントローラーで修正してあげるだけで済みました。

何とか撮影は終了。家に戻ってテレビに接続して見たところ、思ったよりもシンチレーションの影響は少なく「とりあえずは見られる」映像となっていました。

それにしても、昼間の現象は通行人の視線が痛いですね。やっぱり天文家は、夜中に人知れずこそこそやっているのがいちばん(?)と思いました。

2006年12月19日

●今年のふたご座流星群

「ふたご座流星群」は、年間で最も出現数が多い流星群です。好条件下では、1時間あたり100個近く見られることも珍しくありません。
今年は月齢が下弦のため、夜半前は月明りのない状態で観測できることから、がんばって観測しようと思っていました。
ところが、12月に入ると晴れた日がほとんどなく、極大日の14日もあいにくの雨。
これは全滅かな、と思っていたら、活動終盤の17日になって強い冬型ながら、まあまあの天候となりました。
予報では夜半は雪ということだったので、晴れているうちにと早い時刻から自宅近くの揖斐川町谷汲深坂で観測開始。
北西から絶えず雲が流れてくるため満足できる条件ではありませんでしたが、透明度は良く、ぎょしゃ座付近では冬の天の川も見えました。
ところが肝心の流星はぜんぜん。雲が増えたため35分間のみの観測でしたが、ふたご群は4等級が1個のみ、散在も4等級が1個のみと、寒いばかりで何とも寂しい結果に終わりました。
北西低空の雲の中では絶えず稲光が光り、強風が吹き募るなかでの観測でした。
ふたご群は例年、極大を過ぎると急激に減衰しますので、仕方のない結果かもしれません。

2007年01月25日

●マックノート彗星

久しぶりの大彗星となったマックノート彗星、現在、南半球でかつてのウェスト彗星を彷彿とさせる勇姿を見せているそうです。
この彗星は、近日点(太陽に最も接近する位置)通過前後には、日本からも超低空に非常に明るく見え、昼間でも青空のなかに確認できたという近年稀な大彗星でした。
当然、私も見たかったのですが、比較的今年は天気が良いとはいえ、日本海側に近い藤橋では観測できるほどの晴天には一度も恵まれず、結局、見ることができませんでした。
南半球に去ってからも、長大な尾の末端が日没直後の低空に見えるとの情報を受けて、ようやく晴天となった22日、仕事を速攻で切り上げて揖斐川町谷汲で撮影をしましたが、透明度が非常に悪く、撮影することはできませんでした。
最初から最後まで、この彗星には振られてしまったことになります。
次の大彗星に期待!

2007年02月05日

●宿直の晩

昨夜は宿直でした。
宿直ではいつもあまり眠れないので、晴れた晩には何度も外に出て夜空を見上げます。
とはいってもあまり長い間は無理なので、ほんの数分ですが。
昨夜は満月過ぎの月が明るく、一晩中、快晴でしたが、藤橋でも見える星の数は少なく、ちょっと残念でした。
それでも、暗くなってすぐの時刻には冬の星座が月明りにも負けずに瞬いていましたし、真夜中に見たときには、しし座に土星が、明け方には南天に木星とアンタレスが並んで煌々と輝いていました。月がなかったらどんなにきれいだろうかと、何とももったいないような透明度の晩でした。
過去には何度か、15cm双眼鏡を持ちこんで、東側の階段の踊り場から明け方の空を流したこともありますし、星空継続観察の写真撮影をしたこともあります。
たとえ宿直の晩でも、きれいに晴れた晩は星を見ずにはいられないものです。

2007年02月13日

●2月に藤橋で観測なんて・・・

昨夜は、透明度はあまり良くないながら、まあまあ晴れていましたので、藤橋まで星を見に行きました。

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15センチ双眼鏡で南と西を流しましたが、ちょうど星雲・星団の少ない領域のため、視野に入ってきたのは、天の川の中の散開星団を除けば、うさぎ座の球状星団M79と、ちょうこくぐ座の球状星団NGC1851、そしてアンドロメダ銀河M31のみでした。
それでも、どこもかしこも深い雪に覆われて、空も雪雲が覆っているのが2月の通常ですから、このように藤橋で観測ができるというのはちょっと信じられないことです。
観測終了後、南天から薄雲が広がりました。
真冬らしからぬ晴天と暖かさに恵まれた観測でした。

写真:冬の星座と15cm双眼鏡

2007年02月19日

●月と金星の接近

今日の夕方は、月齢2の月と金星が夕空で接近していました。
仕事を18時に終えて揖斐川町内の某所へ車を飛ばし、速攻でカメラを準備、とりあえず撮影することはできました。

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当初の予定では、それらしい前景を取り入れるはずだったのですが、某所に着いたところなんと敷地内が工事中のため、思うような構図を決めることができませんでした。
くそーっ、失敗したあ!と思いながら、それでもぐんぐん沈んでいく月と金星に、今さら場所の変更もできず、一応の撮影を済ませたという写真です。
星景写真では特にロケハンが大切ですね。

2007年03月21日

●明け方のさそり座

昨夜は宿直でした。月に2回程度の割りで回ってきます。
いつものようにあまり眠れず、何回も外に出ては空を眺めていました。

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明け方近く、南の空に横たわるさそり座が妙に新鮮に感じられ、つい長い間、見つめてしまいました。
久々に見る夏の星座だからということはもちろんですが、今朝は非常に寒く、藤橋では何もかも霜で真っ白という状態だったので、そんな冬景色の中で見る夏の星座とのコントラストが新鮮だったのだと思います。
透明度が良くなく、天の川も見えない空でしたが、それだけに星座の形はたどりやすく、S字のカーブを描くさそり座が、とても大きく鮮やかに感じられた夜明け前でした。

写真:さそり座

2007年04月18日

●傾いた冬の星座

いつのまにか4月も半ば。
3月末から病に倒れているため、ずっと星も見ていないのですが、先日、ふと空を見上げたら、オリオン座やおおいぬ座が、早い時刻にずいぶんと西に傾いていました。

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北東の空には北斗七星が高く昇り、南東の空には、土星をアクセントにした、しし座が駆け上って、春本番を感じました。
冬の星座というものは、真冬、凍てつく寒さと透明な大気の下で見上げるときには、心の底まで染み透るほどの凄まじいほどの迫力で映じますが、暖かくなってくると、なぜ急激にパワーがなくなってしまうのでしょう。
夏の終わり、うす青く変わりつつある東天に上るオリオン座は、やはりこの星座独特の透明感と迫力を持っているのに、どうしてこの時期、西に傾きつつあるオリオン座は、これほどに弱々しい印象しか与えないのでしょうか。
もちろん、見上げる人の心にその要因があるのですが、星座というものは本当に不思議です。
季節の移ろいとともに、ひとつの星座にさまざまな表情を感じるのも、星を見る楽しみのひとつですね。

写真:甲斐駒ケ岳に沈む「おおいぬ座」

2007年05月20日

●ふたご座で月と金星が接近

今日は、夕方の西空に、月と金星、水星、土星が集合する見物がありました。
よく晴れていましたので、揖斐川町深坂の某所へ見に行きました。
3惑星の集合とはいっても、水星はさすがに低く、また土星は高すぎて、同じ写野に納めることはできませんでしたので、水星と土星はオミットしてふたご座で接近した月と金星を主に撮影しました。

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透明度が良かったため、薄明の残る空にかかる明るい天体のショーはなかなかいい感じでした。
星の数を増やすために、月が露光オーバーになるのは承知で15秒の露出を与えています。
観望・撮影の帰路、道端でもぞもぞうごめくびしょ濡れの動物が。
「溺れたタヌキ?」と思いましたが、ヌートリアでした。けっこうたくさん生息しているとは聞いていたものの、初めて実物を見ました。

2007年05月28日

●金星と木星がきれいです

このところ、夕方の西の空と夜中の南の空がきれいです。
というのは、夕方、真夜中、どちらの時刻にも、明るい惑星が目立つ星座の中に光っているからです。

夕方の空には、素晴らしい光輝を放つ金星が、ふたご座の「カストル」「ポルックス」と近接して輝いています。薄明の残る空に輝く3星の配列は日々、変化して飽きることがありません。
夜中の南天には、これまたどっしりとした光輝を放つ木星が、さそり座のアンタレスと並んでいます。「夜中の明星」とも呼ばれる木星ですから、その輝きは金星に劣らず素晴らしいものです。

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昨夜も透明度がよく、月齢11の月明に照らされて金星と木星がきれいに見えていました。
相変わらず体調が優れないため、観測は再開していませんが、月明りがあっても空の澄んだ晩には、こうして星空を見上げてしまいます。

写真:プラネタリウムのある藤橋城と木星(今年撮影の写真ではありません)

2007年06月14日

●雨が好き。ひとりが好き。

 雨が好きです。以前は、雨の日は憂鬱でしたが、ここ数年、なぜか雨の日は心が落ち着きます。
「天文屋さんなのに雨が好きだなんて!」と言われそうですね。たしかに雨の日に星は見えません。
 なぜこのように雨が好きになってしまったのか、自分でもよくわからないのですが、とにかく雨の日は本を読んだり小説を書いたりと、内向きのことがしたくなります。
 先日、高校生の娘が、「最近、雨の日が好き。心が落ち着くから」と、まったく同じことを言っており、娘と分析した結論は、恐らく、私も娘も、精神的にけっこう疲れているのではないか、ということでした。
 そういえば、最近は、人と会うことが億劫です。私は、仕事柄、多くの人と接したり、人前で喋ったりすることが多いのですが、苦痛とはいえないまでも、以前ほどそれが楽しく感じられなくなっています。それよりは、一人で本を読んだり文章を書いたりする方がよほど楽しく思えるのです。
 娘も、学校でさまざまなストレスがあるらしく、やはり家で読書をしたり絵を描いたりしているのが楽しいとのことでした。

 恐らく、私も娘も、基本的には一人が好きで内省的な人間なのでしょう。
 もちろん、鬱々と陰にこもっているのが好きということではなく、たとえば旅に出るにしても、大勢でワイワイ行くよりは一人ローカル線に乗って車窓の景色をぼんやり眺めているのが好き、という意味合いです。
 プラネタリウムの解説も観望会の際も、おおぜいの人の前でテンションを上げて喋るわけで、また、それが嫌いではないはずなのに、根本の性格からすればどこか無理をしているのかもしれません。
 とはいえ、若い頃は人前で話したり多くの人と交流することがかなり好きでしたから、単に年をとっただけなのかもしれませんね。

 星を見るにしても、本当は一人きりで黙々と観測することが好きです。人に見せるのはあくまで余技、と言い切ってしまうのは憚られますが、本来、天文屋さんというのは一人で観測をすることが正道だと昔から思っています。
 孤独こそが天文屋さんの真髄なのではないかと思うのです。

2007年07月04日

●懐かしの103aE

昨日、古い写真を整理していたら、昔に撮ったモノクロ天体写真が出てきました。
オールドファンなら写真を見てピンときますね。
そう、なんと一世を風靡したあの103aEでの写真なのです。
ピントがイマイチですが、はくちょう座のH-Ⅱ領域が独特の描写で写っています。

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このフィルムを知らない方のために一応、説明を・・・。
103aシリーズは、コダック社が天体撮影専用に開発した感材で、時間経過とともに実効感度が低下する「相反則不軌」を極力抑えているのが特徴です。
乾板からシートフィルム、35mmフィルムまで各サイズが揃っており、専用の現像液もありました。
このフィルムが流行ったのは1970年代の中盤から後半だったでしょうか。
それまでの高感度フィルムは赤の感度が非常に低く、アマチュア天文ファンは、なんとか赤い星雲を写し取ろうとさまざまな試行錯誤を繰り返していました。
私の所属する東大和天文同好会でも、当時、一般に入手可能なフィルムのうちではもっとも赤の感度が高かった「レコーディング2475」なるフィルムを使用して、赤い星雲に挑んだものです。
(そういえば、このフィルムのこともそのうち書きたいなあ)

そこへ登場したのが103aシリーズ。とはいえ、新発売されたわけではなく、それまで高嶺の花だったのが輸入ルートの開拓でアマチュアに手が届くようになったのです。
103aシリーズには、赤に感度の高いE、青に感度の高いO、フラットな感光域を持つFの3タイプがありました。
Eタイプ使用時には、レンズの前にR64、あるいはR60という濃赤色のフィルターを置いて撮影します。微妙にピントが赤外側にずれるので、自分のカメラのピント位置を勘で知っておく必要がありました。
一時は天文雑誌の写真コンテストで、モノクロページのほとんどがこのフィルムによる写真で埋まっていました。
こうした103aブームは、ガス増感によるTP2415フィルムが普及するまで続きます。

思えば、現在のデジカメによる天体写真は、昔に較べれば本当にお気楽になったものです。
昔は、一枚一枚が真剣勝負。理論や理屈ではない職人芸がすべてでした。
(プリント時の「おおい焼き」なんて職人芸の極致だったなあ=理屈から言えば、現代の画像処理の「トーンカーブ修正」のアナログ版ですが・・・)

現像タンクから定着液のしたたるフィルムを取り出す、あのワクワクドキドキ感。
デジタル写真で感じることは難しいですね。

で、たしかこの写真を撮影したのは、当時の東京在住天文ファンの聖地?だった、あの御岳山長尾平です。今でも撮影や観測に行く人はいるのかなあ。

2007年07月08日

●初めて撮った彗星写真

先日、昔の同好会誌に書いた原稿を多少手直しして「Bright Comet Memorial」なるエッセイを掲載しました。
原稿を打ちながら、考えてみれば実にさまざまな彗星を見てきたものだと、改めて感慨を深くした次第です。

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で、今回は、私が初めて撮影した彗星の写真を公開。
えらく露出不足なこのモノクロ写真、かの「コホーテク彗星」です。
50mm標準レンズにフィルムはネオパンSS。カメラは、親父から借りた一眼レフじゃない、でも、コンパクトカメラでもないというものでした。
撮影地は東京都東大和市の自宅前。本当は、画面の下のほうに家並みや街灯が写っていて写野は広いのですが、フルフレームだとあまりに彗星がみすぼらしくてわかりづらいのでトリミングしました。

この彗星、20世紀最大になるといわれ、当時、小学生だった私は大いに期待したのですが、最大でも3等級程度で終わってしまいました。
それでも、まだ彗星などという天体は一度も見たことがありませんでしたから、やはりこの彗星は、インパクトのある記憶として残っています。

それにしてもしょぼい写真だな。
まあ、東京都内で小学生の撮影だから仕方ないですね。
今の小学生はデジカメもパソコンも使いこなしますが、当時の小学生ときたら、半ズボンにランニングという姿で野山を走り回っていただけでしたから。

2007年07月17日

●徳山ダムの双眼鏡

うさぎのアルネ君、胃腸の調子が思わしくないようなので、今日は、毛球症に効くという「クマザサ」を採りに冠峠まで行ってきました。
冠峠は、揖斐川町の北端、福井県との県境の峠です。
猛烈な霧と寒さの中、クマザサを採取しての帰り、徳山ダム湖畔に建つ「徳山会館」に立ち寄りました。
ここは、旧徳山村民の方が故郷を偲べるように建設された施設で、旧村民のみならず誰でも利用可能なレストラン、宿泊施設(一泊8,000円とのこと)が整備されてます。
敷地内を散策していると、目についたのが写真の双眼鏡。

covac1.jpg

有料かと思いましたが、無料。
もちろん覗いて性能を調べます。
このテの双眼鏡は粗悪品も多いのですが、これはアタリでした。
視野はさほど広くありませんが、球面収差や色収差も比較的よく補正されていて、天体観測にも使えそう。
15倍80mm、視野4度と記載されたプレートにはCOVACなるメーカー名が。
どうせどこかのOEMだろうと思いながらあちこち点検しましたが、レンズメーカー等を示す表示は他になし。
当地は、山奥にしては視界も広いので、機会を見てコイツで観測をしてやろうとひそかに思った次第です。

こうした観光地に設置されている双眼鏡を見つけるたび、仔細に点検してしまうのは困った性分ではあります。
これまで、多くの「観光地双眼鏡」を見てきましたが、敦賀半島の某所にあったものには感激してしまいました。
そこにはバードウォッチング用として、なんとニコンの12センチ双眼鏡が置いてあったのです。
もちろん見え味はバッチリ。
「ああ、もったいない。俺に譲ってくれよお」と呟く私を、カミさんが冷たい目で見てましたっけ。

2007年07月26日

●レコーディング2475フィルム

しばらく前に、かつて一世を風靡した103aEフィルムのことを書きました。
その際、103aフィルムが一般的となる前に「赤い星雲が写る」として使用されていたレコーディング2475フィルムについてもちょこっと書きましたので、今回は、かつての超高感度フィルム、レコーディングシリーズについて・・・。

レコーディングフィルムには、ASA1000の2475とASA8000(!)の2485の2種類がありました。(当時は、感度を表すのにISOじゃなくてASAを使っていました。)
2485の方は工業用という意味合いが強く、粒子がめちゃくちゃ粗いうえに相反則不軌が甚だしく、天文用としてはほとんど実用になりませんでした。
これに対し、2475の方は粒状性は粗いものの、それなりに赤い星雲が写り、103aフィルムが出る前は、流星観測用も含めてそこそこユーザーが存在しました。
DK50という専用現像液もありました。

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写真は、2475フィルムを使用して5分露出で撮影したこと座です。
赤い星雲があるエリアの写真を探したのですが、見つかりませんでした。
星雲の写りはわかりませんが、感度が高いこと、粒状性が粗いこと、また、バッキングがないために明るい星にハレーションが出ていることはわかりますね。
画面の濃淡は現像ムラ。ちょっと情けない・・・。

2007年08月06日

●花火と星

昨夜は、日曜の晩で晴れているにもかかわらず天文台の予約がなかったので、家族で花火大会に行きました。
このところ仕事ばかりだったので、初めての夏らしい行事です。
揖斐川の堤防に座って見たのですが、そこは天文屋。花火があがる背景の星空に目が行ってしまいます。
南の空に木星が明るいなあ。もう少し透明度がよければさそり座もきれいだろうなあ。
花火が上がる方角の上のほうに夏の大三角が良く見えるけど、気づいている人はいるかなあ。
こんなとき、花火とコラボレーションで大火球が出現するとよいなあ(以前、根尾川花火大会で火球を見たことがあります)。
花火の煙のせいで、ちょっと星の数が少ないなあ。
花火とロケット工学は親戚といっていい間柄なのかなあ。
そんなことを思いながら花火を見ているのは、やはり私が天文家だからなのか、それとも真の天文家であるならば花火なんて見ずにどこか山奥で観測をしているべきなのか、うーん、どうなんだろうかなどと思いつつ、花火と星のコラボを楽しみました。

そうそう、以前、遠くの花火を見るのに15cm双眼鏡で見ていたら、次々に近所の人が集まってきて、時ならぬ「花火観望会」になったことがあります。
望遠鏡で見る花火は、分解能が高い分、恐ろしく細部まで見えて実に感動モノです。
花火大会の会場まで出かけることができないときなど、望遠鏡をお持ちの方はぜひお試しを。
基本的に花火は丸い(球状)なので、倒立像でもぜんぜん問題ありません。
にしても、花火見物に15cm双眼鏡って、ちょっとゼイタク?

2007年08月13日

●星は降らずに雨が降る

昨夜は、ペルセウス座流星群の極大日でした。
ずっと良い天気が続いていたのですが、岐阜県西濃地方は、ちょうど極大日の昨夜だけが曇りの予報。
ペルセウス座流星群の頃は、毎年、夏型が一時的に弱まって天気が崩れることが多いので、まあ仕方ないか、と思っていました。
それでも、ときどき自宅から空を見ていると、25時を過ぎて、俄然、晴れてきました。
おお、これは観測するしかないと思い、あまり山間部へ行くとモヤっている可能性が高いので、とりあえず谷汲横蔵の某所へ。
シュラフとカメラを速攻で準備するうち、なんとぐんぐん曇り始め、またたく間に快曇。
北のほうは少し星が見えるので藤橋へ。
藤橋へ着くと、おお、けっこう晴れている!
またカメラの準備。雲の流れが速いので、眼視観測は無理そう。
晴れている方角へカメラを向けて3枚ほど撮ったところで、またもや雲、雲、雲。
27時20分、とうとう小雨まで降り出したので撤収。
結局、見えた流星は2個だけ。時間と体力とガソリンの無駄遣いに終わりました。
関西や関東では晴れたらしく、どうやら本州では、東海地方がいちばん天気が悪かったようです。
日本流星研究会のML等で報告されている昨夜の結果を総合すると、さほど活発な出現はなかったようで、なんとなくひと安心。
次は28日の月食かあ。何とか晴れて欲しいなあ。

2007年08月15日

●二日月を見る夕暮れ

珍しく天文台勤務がなく早く帰れた今日の夕方、部屋の窓から西の空を見ると、暮れなずむ低空に細い月がかかっていました。
まだ木星しか見えない明るい空でしたが、透明度が良いために地球照まで肉眼でくっきりと見えていました。
思わず娘を呼んで、近くの道路から肉眼と7×40双眼鏡で観望。
山なみと夕焼けの向うにかかる月齢2.5の月は、いかにも地球の衛星という印象で、夏の夕暮れの風に吹かれながら娘と見入ってしまいました。
ちょうどお盆で、通る車もなく、心がしんとするほど静かな夏の黄昏。
写真を撮ろうかな、と思いましたが、いやいや、ただ肉眼で眺めているのが一番と思い直し、娘と並んで沈んでいく月を見続けました。

2007年08月22日

●国産人工天体の愛称を考察する

このところ、夜になると曇ってしまい星が見えませんので、先日は、ロケットに関する本を読んでいました。
日本が打ち上げた人工天体のリストを見ていて、ふと、どこかで見たことのある名前がいくつもあることに気がつきました。
ちょっとマニアックですが、気づいたものだけ挙げてみます(順不同です)。

ぎんが  X線衛星・東京~大阪間の寝台急行列車
のぞみ  火星探査機・新幹線列車
はやぶさ 小惑星探査機・東京~熊本間の寝台特急列車・旧陸軍戦闘機
すいせい ハレー彗星探査機・旧海軍爆撃機
はるか  電波天文学衛星・関西空港特急列車
しんせい かつて上野~仙台間に走っていた寝台急行列車

人の名前に使えそうなものもありますね。
たとえば、

あかり  赤外線観測衛星
はるか
のぞみ

など。

国産人工天体は、どれも日本語を大切にしたきれいな名前でいいですね。星の名前を使っていても、どれもわかったようなわからんような横文字ネーミングの車とは大違いです。
列車の名前は、なるほどね、という感じですが、旧軍の飛行機の名前とかぶるのはちょっと意外な気もします。
そういえば、人工天体にはありませんが、旧陸軍の戦闘機の「疾風」と東北新幹線列車の「はやて」はかぶっていますね。
北海道を走る特急「おおぞら」や、京都~長崎間の寝台特急「あかつき」などは、そのうち人工天体にも命名されそうです。

こういったネーミング方面に詳しい方、他にもあったら教えて下さいませ。

2007年08月27日

●夏の終わり

ここ数日、所用があって東京へ出かけていたため、更新ができませんでした。
で、ふと気がつくとそろそろ8月も終わり。
めちゃくちゃ暑いので、夏の終わりという感じがしないのですが、先ほど外に出て見ると、木星やアンタレスはもう南西に低く、秋の星座が東天に昇り始めています。

M8a-2.jpg

天文台が本格稼動しはじめましたので、ここ数年よりは夏の天体を観望(というかお客さんに見せた)した気がしますが、ペルセウス座流星群も惨敗したし、明日の月食も天候が危なそうだし(もし晴れても、ちょうど天文台の予約が入っているので気ままに観望や撮影とはいかないのですが)、なんだか毎年、食い足らないままに夏が過ぎ去っていくようです。
まあ、天文台のテラスできれいな天の川を何度か見ることができただけでもよしとしましょうか。
そういえば、夏、定番の星雲を今年は観望してないなあ・・・M8。
60センチで見ると、色こそついていないものの、写真どおり(?)の形に見えてなかなか見映えがするのですが・・・。

写真:M8(あれい星雲) 12.5cm屈折望遠鏡にて撮影

2007年08月28日

●晴れちゃったよ、皆既月食

今日は朝から雨降りでした。
昼間はプラネタリウムのメンテナンス。
ようやく終了して、19時、帰宅したところ、なんとみるみる晴れ間が広がってくるではありませんか。
そう、今夜は皆既月食だったのです。
薄雲でかすんだ東の空には、ぼんやりと赤い月が・・・。

gessyoku1.jpg

とりあえず数枚、撮影するうち、雲が広がり、やっぱダメかな、と思っていたら、皆既終了の頃からまた晴れてきて、その後は本影食終了まで、ときおり雲がかかる中、見ることができました。
近所の人もやってきて、時ならぬ観望会。
天文台にいればよかったかな、と思いながら、月や木星を近所の人に見せていました。
天気予報では「ダメ。北海道と九州以外は絶対に晴れないね」みたいなことばかり言っていましたので、とりあえず見ることができてラッキーでした。

2007年08月31日

●復円中の月食

28日の月食、一応、望遠鏡でも撮りました。
でも、皆既中はクモクモでダメ、皆既終了後から晴れてきましたが、やはり薄雲があって、撮影するとコントラストがなくボケた感じになってしまいました。

gessyoku2.jpg

次の皆既月食は3年後ですが、今回よりも皆既の開始時刻が早い月出帯食なので条件はよくありません。
救いは、12月に起こるので、白道が高いことに加えて冬の透明度が期待できることでしょうか。
でも、それよりも、2009年7月の皆既日食。
見たいなあ。でも夏休み中で絶対に仕事を休めない時期。
星の仕事やってるがゆえに国内で起こる久々の皆既日食が見られないなんて、矛盾してると思いませんか。

写真:8cm屈折 EOS-kissD ISO800 1/4sec

2007年09月04日

●天文ドームハンター?

趣味が嵩じてというべきか、列車に乗っていたり街を歩いていると、ドーム状の建築物にすぐ目が行ってしまいます。
発見率もけっこう高いと自分では思っているのですが、もちろん、ドームを見つけてもすべてが必ずしも天文関係(天文台やプラネタリウム)であるとは限りません。
おっ、あんなところに白いドームが!と思っても、ガスタンクだったりすることもしばしばです。
それでも、天文関係、それも個人天文台というものは実のところ、かなり存在しているようで、特に高架を走る鉄道に乗っているとけっこうな高率で見つかります。
そうしたドームを見つけたときは、まず「おお、こんな街中でもがんばっているなあ」(なぜか繁華な街中のビルの上に発見することが多いのです)とまず思い、次いで、「個人天文台を持っているなんて金持ちなんだなあ」というヒガミが頭を去来します。

dome2.jpg

まあ、降るような星空に恵まれた田舎に自宅兼個人天文台をかまえることができれば最高なんでしょうが、逆に、都会に住んでいるからこそ「せめて」自宅に天文台を作りたい、と考えるのが人情なんでしょうね。
写真は、つい先日、東京の実家近くで発見した個人天文台。
東大和市の狭山公民館近くです。
ちゃりで走っていて発見しました。
ドーム内にどんな機材が入っているのか、見てみたいですね。

2007年09月18日

●月、木星、アンタレスの接近

久々に晴れた今日の夕方、仕事の帰りに、月と木星、アンタレスが南北に並んで接近していることに気がつきました。
今日が開館日であれば、プラネタリウムの初期設定の段階で気づいたのでしょうが、たまたま休館日。空を見上げるまで少しも知りませんでした。
月がもう少し細ければ、撮影しようかなという気になりますが、半月前の月なので、工夫して撮らなければ光度差がありすぎます。
まあ、それほど苦労して撮影するほどでもないかと思い、肉眼で眺めるだけに終わりました。
それでも、透明度が良いので、周囲にはさそり座の星もポツポツ見えて、なかなか美しい光景でした。
そういえば、ちゃんと星が見えたのは、お盆以来です。
8月中旬は、毎日、厭になるぐらい晴れましたが、それ以降はぜんぜんダメ。
暑い暑いと言っているうちに、少し遅い時刻になれば、東天にオリオン座が昇っている時期になりました。
でも、温暖化が進むと、そのうち真冬に汗をかきながらオリオン座を見上げるようになるのでしょうか。
冗談じゃなさそうなのが怖い、昨今の急速な温暖化の進行です。

2007年09月23日

●幼稚園で観望会

一昨日は、町内の幼稚園での観望会に参加しました。
とはいっても仕事ではなく、ボランティアです。
総勢150人ほどの参加があり、園庭は人、人、人。
同じくボランティアの方が私を含めて9名、望遠鏡持参で参加されましたので、手分けして、月、木星、1等星、星雲・星団などを見て貰いました。
月が明るく、雲もしだいに増えてきて、どうなるかと思いましたが、何とか終了まで晴れ間があり、参加者も満足されたようでした。
仕事ではない趣味としての観望会参加は久しぶりですが、いいものです。
とはいえ、仕事としての観望会が嫌いというわけではなく、趣味としての観望会の方が制約を感じず、楽しく参加できるということです。
望遠鏡を持参された皆さんも経験豊富なベテランばかりで、久しぶりに星仲間と話ができたのも嬉しいことでした。

2007年09月26日

●中秋の名月

昨日は、中秋の名月でした。
久しぶりに快晴の名月、ようやく秋めいて涼しい夜風に吹かれながら、家族でお月見を楽しみました。

昨夜の名月をご覧になって、おかしいな、ちょっとだけ欠けてるぞ、と思った方もいるかもしれません。
そう、昨夜の名月は月齢13、満月の2日前でした。正しい満月は明日の晩ということになります。
中秋の名月は、旧暦でいう秋(7月から9月)のちょうど真ん中の日である8月15日に見える月のことをいいますが、新月の瞬間から満月の瞬間までが正しく15.0日でないこと、月の軌道が楕円であることなどの要因から、毎年の名月が完全な満月になるとは限りません。月齢にして1日か2日程度ずれることはよくあります。
また「仲秋の名月」と表記されることもありますが、秋の真ん中である旧暦8月15日の月という意味からは「中秋の名月」が正しい表記です。「仲秋」では、旧暦の8月全体を示す表記となってしまいます。

昨夜は、ファミスコと双眼鏡、それに肉眼で眺めていました。
やはり肉眼で見るのがいちばん綺麗で、じっくり見ると、嵐の大洋に白く輝くコペルニクスやケプラー、アリスタルコスといった光条クレーターも確認でき、肉眼も案外高分解能だなあと感心してしまいました。満月はやたらと明るいので、瞳孔が絞られることによりシャープネスが向上するのでしょう。
ファミスコは、さすがに明るい対象の月だと色収差が目立ちました。暗い星を見ている限りではほとんど気にならないのですが。

北東の低空には早くもカペラが昇り、暑い暑いといいながら、季節が確実に動いていることを実感した昨夜の名月でした。

2007年11月03日

●謎の大三角

昨夜は宿直でした。
夕方から快晴となり「なんでこんな日に宿直なんだよお」とぼやきつつ、ときおり夜空を見上げては、絶好の透明度にため息をついていました。

Holmes彗星ですが、相変わらず肉眼でバンバンに見えます。
ペルセウス座の星と彗星が形づくる三角形を、私はひそかに「謎の大三角」と名づけています。
彗星が、地球から2天文単位以上(地球~太陽間距離の2倍以上)と遠くにあり、かつ彗星が衝の位置(真夜中に南中する位置)にあるために動きが遅いために「謎の大三角」は、ここ数日、ほとんど形がかわっていません。
昨夜の彗星は、いっそう大きく拡散し、肉眼でも巨大な球状星団様の姿がくっきり見えました。
明るさは衰えたようには見えません。肉眼では、ペルセウス座αよりは若干暗いかな、という程度で、望遠鏡を使って恒星をぼかして測定すれば、さほど変わらないようにも思えます。
こんなに遠くにある彗星が、なぜ何日間も明るさを維持できているのか、本当に不思議です。

でも、この彗星、一般の方には人気がないようです。
尾がないだけでこれほど不人気になるとは、明るく、そして天文学的には非常に興味深い彗星なだけに、ちょっとかわいそうですね。
遠くにあるので、流星雨の可能性もないし。

2007年11月08日

●まだまだ明るいHolmes彗星

昨夜は快晴だったので、天文台でHolmes彗星他、天体の撮影をしていました。
Holmes彗星は、やや暗くなりましたが、それでも3等台、視直径は20分以上あります。
3日の池田町での観望会の際に気づいたコマの明るさの不均一さは、どうやらごく淡い尾があるようで、露出をかければ尾が写るかもしれないと100SDUFで3分の露出をしてみましたが、はっきりとした尾は写りませんでした。

IMG_6144m1.jpg

写真は、20cmF8ED屈折直焦点、1分露出で撮影したものです。
向って右側が尾のある方向で、コマが全体的に薄く流れたような構造になっています。
いつまで現在の明るさを維持できるかわかりませんが、これから次第にごく淡いイオンテイルが見えるようになる可能性があります。

2007年11月13日

●初めて撮った天体写真

今日、古い写真を整理していたら、たぶん生まれて初めて撮ったと思われる天体写真が出てきました。
東京都東大和市の自宅の庭から撮影したもので、カメラは祖父からもらった二眼レフ(・・・って知ってる?)、フィルムはネオパンSS(ISO100)、近所の写真屋さんで現像・プリントをしたものです。
星像がグニャッとなっているのは、レリーズなしでシャッターを押したためです。

hajimete1.jpg

そのカメラには、バルブではなくタイム機能がついており、手でシャッターを押せば、ストッパーつきのレリーズがなくてもシャッターは開きっぱなしにできたのです。
木やら電柱やらが入っていますが、小学生が初めて写したにしては、なかなか良い構図かな、なんて思ってしまいました。ヒアデス星団の下に写っている明るい星は、たしか木星だったと思います。
あの頃は、東京でもけっこう空が暗くて、冬になるとプレアデス星団が、目の悪い私にはまっ白な雲のように毎晩、見えていたことを思い出します。
思えばあれから30年以上が過ぎてしまいました。

2007年11月14日

●初めて撮った月面写真

昨日に続いて、昔々の天体写真を・・・。
これ、ダゲールが取った湿板写真、ではなくて、私が初めて撮った月面写真です。
やはり小学校5年生か6年生の頃、小遣いをはたいて買った6㎝屈折経緯台式望遠鏡の接眼レンズ(ハイゲンス20mmだったかな)にカメラのレンズを手持ちで押しつけて撮りました。
いわゆる「コリメート法」という撮影方法です。
カメラは昨日UPの星野写真と同じ祖父譲りの2眼レフ。
現像は近所の写真屋さん(中島写真館といいました)任せです。

hajimete2.jpg

構図や露出は初めてにしては悪くないのですが、とにかくピントが合っていない。
直接ピント面を覗けないコリメート法でのピント合わせにはテクがあって、無限遠に調整
した小望遠鏡(ファインダーなど)を接眼レンズに押しつけてピント合わせをするのですが、当時はそんなことは知らないものですから(天体写真の写し方を解説した本などあまりなかったのです)、何枚撮ってもピントが合わないなあと思いつつ、ひたすらフィルムを無駄にしたものでした。
でも、考えてみれば2眼レフカメラですから、ファインダー部分を接眼レンズに押しつけてピントを合わせればそれなりに良いピント位置がつかめたはずですね。
今と違ってまったく情報もなく、先輩もいなかった当時の小学生のレベルはこんなものでした。
自分で工夫して苦労して少しずつ天文のテクニックを身につけるしかなかった時代の話です。

2007年11月15日

●14日のHolmes彗星

昨夜は、遅くから晴れてきたので、7×40双眼鏡を持ち出して自宅前からHolmes彗星を見ました。
光度は3等、肉眼でも白いシミのような姿がすぐに見つけられます。
透明度があまりよくなかったのですが、双眼鏡で見ると、コマが一方向に流れているようすがよくわかり、好条件の下で見れば、きっと尾が見えるのでしょう。
それにしても、地球から2天文単位(地球~太陽間の2倍)以上も離れているのに、これほど長期間、明るく大きく見えるというのは驚くべきことです。
1892年の出現時には、4等星まで明るくなった後、1週間ほどで暗くなり、その後、ふたたびバーストが起きたとのことですから、今回も再度のバーストが起こる可能性はあります。
いずれにしても今回は、1892年よりも大規模なバーストでした。
彗星という天体は、このように何が起こるかわからないところにおもしろさがありますね。

2007年11月17日

●今朝のHolmes彗星

昨夜は遅くからよく晴れてきたので、日付が変わる頃に出発し、揖斐川町横蔵でHolmes彗星を見てきました。
自宅前からも、ペルセウス座α星のすぐ近くに大きく拡散した姿がよく見えていましたが、空の暗い山間部で改めて見ると、M31よりははるかに明るく、まだ3等台を維持していました。
20cm反射望遠鏡で見ると、視野いっぱいが彗星です。
ただ、明瞭だった核がほとんど見えず、コマの二重構造も判然としなくなって、全体に均一なイメージとなっていました。
尾は淡く、コマが流れているように見えます。

17P071116am2.jpg

長時間露出の写真では、彗星から離れつつあるガスかダストの塊がタコの足状に写るのですが、眼視ではそこまではわかりません。
視直径は、満月大となっています。
ただ、以前と異なり、拡散した周辺部が淡くなってきましたので、光度目測は、観測地の暗さによって大きく左右されそうです。
以前、百武彗星が接近した際、空の暗い場所では夜空の3分の1にわたるサーチライトのように長大な尾が大迫力でしたが、都市部では頭部しか見えず、ひどくしょぼい印象だったことを思い出しました。
写真は、EOS KissDに55mmレンズで4分露出、ステライメージで多少の処理をしてあります。
肉眼で見た印象に近い画像をと思い標準レンズで写しましたが、ちょっと彗星が明るく写りすぎました。
ちょうど、おうし座流星群としし座流星群の活動時期で、撮影中もたくさんの流星を見ました。
流星観測もしたいところでしたが、朝一番から用事があったため、今朝3時に撤収しました。

2007年12月02日

●最近のHolmes彗星

このところあまり話題にならなくなったHolmes彗星ですが・・・。

昨夜、雲が多いながら久しぶりに晴れたので、口径6㎝焦点距離400mmの屈折望遠鏡(ファミスコ60)を持ち出して、自宅から同彗星を見てみました。
だいぶ暗くなっているかな、と思ったのですが、まだ4等台で大きく拡散した姿がすぐとらえられました。
視直径は50′近くと満月の1.5倍ほどもあります。
アンドロメダ大星雲M31と見比べましたが、明るさは彗星の方がやや優っているようでした。
肉眼では、空があまり良くなかったため、ごくかすかに映じただけでした。
淡いので形状は判然としませんが、基本的には「お化けのQ太郎」型で、コマの太陽側は相変わらずくっきりとし、尾のある側はぼんやりと吹き流されている感じです。
核はわかりませんでした。
バーストから1ヶ月が過ぎましたが、まだまだ明るいHolmes彗星。
暗い夜空の下で観測したいものです。イオンの尾はどうなったのでしょうか。

2007年12月08日

●1年ぶりの国立科学博物館

上野で無形民俗文化財関係の研究会に参加したついでに、1年ぶりに国立科学博物館を観覧してきました。
昨年、訪れた際には、本館が工事中で新館だけしか見ることができなかったのです。
きれいで明るく、展示も今風に垢抜けた新館と違って、古い西洋建築の本館は、重厚で懐かしい雰囲気にあふれていました。新館に比べると観覧者も少なく、磨り減った廊下や階段を歩くたび、静寂のなかにこつこつと足音だけが響きます。

あまり時間が無かったので、とりあえず私の専門である地学・生物学関係の展示を足早に観覧しました。
天文展示では、子供のころから何度も見たトロートンの屈折望遠鏡や江戸時代の観測機器などを懐かしく見学、また国内に落ちた隕石の展示も久々に見ました。
フーコーの振り子は昔ながらの位置にあって、これも懐かしく見学しました。

新しい展示物としては、万博で目玉となった360度立体映像を8分ほどの番組で見ることができました。
押すな押すなだったらしい万博と違い、見学者は10名ほど。
球形の部屋の中央にかけられた橋の上から、宇宙や海中、恐竜の映像を見る趣向は大迫力ではありましたが、いかんせん映像の鮮鋭度が低く、ぼやけた映像を全体の迫力で補っているという感じだったのが残念でした。
まあ、あれで映像が鮮鋭だったら、見学者の多くはめまいを起こしてしまうかもしれませんが・・・。

短い時間でしたが、久々の科博本館を堪能したひとときでした。
展示手法についても日進月歩で、学芸員の私にとっては大いに勉強になりました。

2007年12月14日

●雪道は恐ろしい!

私の勤務する揖斐川町藤橋地区は、日本海側気候に支配されることが多く、冬は時に2m以上の積雪があります。
そのため、冬場に星が見えることは少ないのですが、稀には良く晴れて、それこそ満天の星空が広がります。
ある冬、よく晴れた晩に、当時住んでいた村営住宅からほんの2kmほど離れた場所へ、冬山と星空の星景写真を撮りに行きました。
除雪されているとはいえ、道路は雪と氷で真っ白です。路肩には除雪された雪が1m以上の高さに積み上げられています。
天狗岳という形の良い山にカシオペア座が沈むのを見計らって写真を撮りました。

tengu.jpg

気温は零下5度。雪山に囲まれた藤橋地区は、いわば天然の冷凍庫となり、恐ろしく寒いのです。
撮影を終わって車のエンジンをかけ走り始めたとき、異変に気づきました。
ほんの100mほど走行するだけで冷却水の温度がレッドゾーンに達してしまいます。
原因はひとつしかありません。ガチガチに凍った道を走行するうち、岩石のように固まった氷塊を巻きこんで冷却水のタンクを破損したのです。
こんなこともあるんだなあと思いましたが、とにかく帰らねばなりません。
100m走ると水温が上がってしまうので(というよりほとんど空冷状態です)、100m走っては止まって水温が下がるのを待ち、また走ってはエンジンを冷やす繰り返しで、たった2kmほどの距離を帰るのに1時間以上かかりました。
やはり雪道というのは恐ろしいものです。
冬場の星見は、藤橋のような雪深い場所では命がけだなあと思い知らされたエピソードでした。
写真は、そのとき撮ったものです。
命がけで撮ったとは思えない写真でしょ。

2007年12月16日

●ふたご座流星群悪天候

この土日は、年間で最大の出現数を誇る「ふたご座流星群」の極大日でした。
仕事が休み、しかも夜半前に月が沈むという絶好の条件だったので、おおいに期待していたのですが、冬型が強まって、金曜の晩から日曜日にかけては曇りときどき雨というあいにくの天気。
結局、観測はまったくできませんでした。
晴れたのは関東地方の一部だけだったらしく、全国的にも観測量はごくわずかのようです。

最近でこそ、小惑星と彗星の境界が曖昧となり、小惑星起源の流星群もいくつか候補があげられていますが、ふたご座流星群は、小惑星を母天体とすることが確定した初めての流星群です。
毎年、安定した出現を見せ、月齢や天候に恵まれれば、1時間あたり100個以上の出現を見ることも珍しくありません。
そのかわり、派手さはなく、2等級前後で光度変化が少ない流星が次々に出現します。
輻射点は、日没時にはすでに東天に昇っていますので、一晩中観測が可能です。

学生時代から30代前半までは、年間に30夜以上、流星の眼視観測を行なっていましたが、最近では忙しいのと天候に恵まれず、かなりペースダウンしています。
今回のふたご座流星群で気合を入れようと思っていただけに、悪天候が本当に残念でした。

2007年12月28日

●26日のHolmes彗星

一昨夜、最近では珍しく晴れていましたので、15cm双眼鏡を車に積んで揖斐川町谷汲まで月が昇るまでの間、星を見に行きました。
とはいっても、現地に着いたときには月齢17の月が昇り、空はかなり明るい状態でした。
Holmes彗星はどうなっているかな、と双眼鏡を向けてみると・・・。
いました。
超巨大。超拡散。
月がなければそれなりに良く見えたでしょうが、2.7°の視野半分が彗星です。
細長く伸びた姿はM31を淡くしたようでしたが、どうやらコマの明るい部分だけが見えているらしく(たぶん太陽と反対側のリム)、実際は相変わらず「おばけのQ太郎」的姿をしているのではないかと思いました。
非常に大きいために明るさはわかりづらいのですが、全光度(彗星全体の明るさを一点に集約させた明るさ)では恐らく4等台です。
月がなければ肉眼でも見えたでしょう。
核はなく、淡い雲の塊という状態でした。
8P/Tuttle彗星も見るつもりでしたが、霧が出てきたので撤収しました。
8Pは、全光度で6等台らしいので、今度晴れたら確認してみるつもりです。

2008年01月04日

●夕空の彗星ふたつ

夕方から久しぶりに晴れたので、折から明るくなっているTuttle彗星と「まだ見えている」Holmes彗星を、仕事帰りに観測してきました。

当初は職場のある揖斐川町藤橋で見ようと思っていたのですが、急に霧が湧いてきましたので、揖斐川町谷汲まで山を下り、田んぼの中で15cm双眼鏡を組み立てました。

低空にモヤがあるものの、まあ快晴。
最初にTuttle彗星を見たところ、光度5等、視直径10分以上と、明るく大きな姿が視野に飛びこんできました。尾はなく大きく拡散したイメージです。中央集光はそこそこ。以前の回帰の際にも、同じような姿を見たことを思い出しました。
どうやら、彗星という天体は、回帰のたび、彗星ごとに毎回、固有の姿を見せる傾向があるようです。今回、Holmes彗星がバーストしましたが、バースト時のイメージが発見時の大増光の際とまったく同じでした。何度も回帰を観測したことのあるEncke彗星なども、いつも非常に拡散した独特のイメージです。
彗星が増光した際のイメージは、その彗星固有の物理組成と密接な関係があるような気がします。

次に、Holmes彗星にレンズを向けました。
いやはや、とにかく大きい。そして拡散しています。
視直径は45分、東西に伸びた、核はおろか中央集光もほとんどない霧のようなイメージ。
透明度の悪い空で見たM33という感じでした。
それでも、全光度は5等台だと思います。比較星をいくつ選んでも、大きすぎて光度目測ができません。
1月初旬に再バーストという噂もありますので、まだまだ油断のならないHolmes彗星です。

2008年03月03日

●娘と夜の散歩

久しぶりに暖かな晩だったので、夕食を終えてから娘と夜の散歩に行きました。
折からの黄砂で、夜空は東京の空のように霞んでいます。
冬の星座が西に傾き、北東には北斗七星が高く昇り始めていました。
鑑賞するには、いささか星数が少ない貧弱な夜空ですが、かえっていかにも春の夜空という感じで、大気の湿り気を感じながら畑の中の道を歩くのは楽しいものです。
娘が中学時代に通学で通った道らしく、道に沿った用水路に友達が自転車ごと落ちていた話などに笑い転げつつ、霞んだ星空を見上げながらの散歩は心なごむひとときでした。

藤橋在住中も、よく娘と夜の散歩に行きました。
懐かしく思い出すのは、真冬、雪が降りしきる中の散歩です。
長靴の膝まで埋まりそうなほど積もった夜道に、紙ふぶきのような雪片が降り積もり、歩いている間にも積雪が増えていきます。
夜空に吸い込まれそうなほど降りしきる雪。そして雪の夜独特の底ごもった静寂。
何が楽しいかと言われればなんとも答えようがないのですが、とにかく雪が降るたびに娘と散歩に出かけていました。
「また雪の夜の散歩がしたいなあ」
高校生の娘は、今でもときどきそう言います。

2008年03月17日

●月がきれいでした

春や秋、何日も晴天が続くような大きな高気圧に覆われた日は、透明度は優れないながら大気の揺らぎが小さく、月や惑星を観察するには条件が良くなります。
昨夜もそんな天気で、中天にあまりに月がきれいでしたから、8㎝屈折望遠鏡を持ちだしてカミさんと月を眺めていました。

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ふだん私は、あまり月や惑星には(お客さんに見せる以外は)望遠鏡を向けないのですが、昨夜は春の陽気に誘われて、つい望遠鏡を組み立ててしまったというわけです。
月は、半月過ぎ、月齢10前後がいちばんきれいなように思います。ちょうど欠け際にコペルニクスクレーターが見える月齢です。
昨夜はこれまた珍しく、月の写真まで撮ってしまいました。

写真:EOS Kiss-D ISO800 1/400sec. 80mmR F8.8

2008年05月31日

●実験!白青写真・・・?

時代は変わるもので、フィルムを使ったカメラを見ることも珍しくなりました。
ついこの前まで、写真というのはフィルムに感光させ、それを化学処理することで現像し、引き伸ばし機でプリントするものだったのに・・・。

そんなことを考えていたら、突然、子供の頃に試みた「青焼きコピーの写真」を思い出してしまいました。
「なんじゃ、そりゃ」と多くの方は思ったでしょう。
というより、青焼きコピー自体を知らない人がほとんどかもしれません。
青焼きコピーというのは、感光薬品を塗布したコピー用紙とトレーシングペーパー等の薄い紙に書いた原稿を重ねて機械に通して感光させ、それを薬品処理して文字部分だけを青く浮き上がらせる複写機です。
現在のようなトナーを使用したコピー機が出現するまでは多くのオフィスで使用されていました。

当時、東大和天文同好会の事務局だった私の家に、この青焼きコピー機がありました。
会誌を印刷するために使っていたのですが、あるときふと思いついたのです。
この感光紙で写真を撮ることはできないものかと。

さっそく私は、感光紙を35mmフィルムの大きさに切ってカメラに装填しました。
ベランダに三脚を据えて、バルブで露出すること数十秒。
カメラから取り出した感光紙を複写機の中の薬品に浸すと・・・。
おお、屋外の風景がちゃんと写っているではありませんか。

それから実験を繰り返し、晴れた日であれば数十秒程度の露出時間でふつうの写真のように撮影できることがわかりました。(ただし白黒写真ならぬ白青写真ですが。)
曇りや雨の日はいくら露出時間を延ばしてもダメでした。
子どもごころに『初めて湿版写真が撮られた頃もこんな感じだったんだろうな』などと感慨に耽ったことを覚えています。

で、天体は、といえば・・・。
月はちゃんと写りました。ただし50mm標準レンズですが。
望遠鏡を使った撮影では、まったく写りませんでした。
今のように自動追尾できれば写ったのかもしれませんが、当時は手動ガイドの時代だったため、露出時間を延ばすことができませんでした。
星は・・・言うまでもなくアウト。

子どもの頃はこの他にもあれこれ実験めいたことばかりやっていました。
これからしばらく子ども時代の科学実験話を書こうかと思います。次回は自作フィルターのお話です。

2008年06月02日

●一枚10円のフィルターワーク

写真撮影に使用するフィルターってご存知でしょうか。
カメラレンズの前に置いて、通常の撮影では得られないさまざまな効果を得るための特殊加工された平面ガラスのことです。
一口にフィルターといってもさまざまなタイプがありますが、私が子どもの頃には白黒写真がまだ多用されていたため、ある波長の光だけを通したり、ある波長の光だけを取り除いたりするための赤や青の色ガラスフィルターが主流でした。

天体撮影にも、たとえば黄色系のフィルターは月面をシャープに撮影するために使用しますし、赤フィルターは赤い星雲を撮影するために使用します。
惑星の眼視観測でも、火星や木星などの模様を見やすくするために赤や青のフォルターを使用したものでした。

ただ、小学生だった私には、一枚数千円するフィルターはとても買える値段ではありませんでした。
それでもフィルターを使ってみたい。
そんな私が使用したのが工作で使うセロファンでした。
色セロファンをカメラレンズの前、あるいは接眼レンズにシワにならないように貼り付け、天体観測に使ってみたのです。
「そんなアバウトな」と言われそうですが、これがまた予想外の効果を発揮しました。
黄色のセロファンで月を撮ってみれば実にシャープに写りますし、火星の観測でも模様が鮮やかに見えました。
天体だけではありません。
その頃、雲の撮影にも凝っていましたが、ふつうのフィルムで写してみると、雲というものは以外なほどコントラストが低く、肉眼でくっきりと見えていても寝ぼけたようにしか写りません。
で、赤セロファンの登場です。
多少、露出時間は延びますが、これが劇的な効果でした。
入道雲はド迫力で、淡い絹雲はより繊細に描写することができるのです。

本格的なガラスフィルターに比べれば、セロファンの表面精度や透過率は問題にならないほど悪いことは知っていましたが、それでも小学生の私にとってはその効果は十分すぎるものでした。
そうそう、網戸の切れ端をレンズの前に貼ってクロスフィルターとしても使いましたっけ。

お金がないなりに、あの頃はさまざまな工夫をしたものだなあと懐かしく思い出します。

2008年06月07日

●三日月

昨日の夕方、細い月が出ていました。
久しぶりに見る三日月でした。このところ、公私共にあわただしく、夜空を見上げる余裕がなかったのです。

080606moon1mini2a.jpg

さっそく8センチ屈折望遠鏡を持ち出して眺めてみました。
シーイングはあまり良くないものの、けっこうきれいです。
この月齢の月は早く沈んでしまうために、仕事を持っている人には案外、見るチャンスがありません。
直焦点で写真も撮りました。
透明度もシーイングも良くないために写りは良くありませんが・・・。

2008年06月08日

●実験・工作!「自室でプラネタリウム!」

長年、プラネタリウムの解説をやってきた私ですが、実は、解説者の仕事に就くはるか以前、子どもの頃にも自宅でプラネタリウムまがいのことをやっていたことがあります。
子どもの頃の実験シリーズ、今回は「お気楽自作プラネタリウム」について・・・。

あれは小学校6年生の頃でしょうか。
工作で余った黒の模造紙を前にして私はふと思いつきました。
「この紙に星座の配列どおりに穴を開け窓に貼ったら、部屋の中がプラネタリウムになるのではないかなあ」
そこは暇な小学生のこと、すぐに実行に移しました。
星図を見ながら模造紙に星の配列をトレースします。
トレースが終わったら星の明るさに合わせて穴を開けます。
で、窓に貼ってみると・・・。
おお!想像以上の出来栄えに思わず感動!
味をしめた私は、四季の星座をトレースし、自室の窓という窓に貼りました。
この手法はその後、職場となった西美濃プラネタリウムでも実際の展示として応用しました。今も展示されていますので、興味のある方はご観覧くださいね。

もう一つ、高校生から大学生の頃に試みたのが、その頃から発売され始めた蓄光シールを使用した屋内プラネタリウムです。
部屋の壁や天井に、等級ごとに切り抜いたシールを星図どおりに貼っていきます。
で、夜ともなれば部屋は一面の星空に・・・。
ラジカセでBGMを流しながら、友達や妹に星空解説をするとこれが大うけ!
寝るときも、満天の星空に包まれながら眠ることができ、非常に安らぎを感じたものでした。
思えばあの頃が解説者としての最初の修行時代?だったのかもしれません。
大平さんのホームスターが人気を博しましたが、精度やメカで遥かに劣るとはいえ、ずっと昔に自室にプラネタリウムを作って悦に入っていた私、なかなかのものだったかも・・・。

2008年06月09日

●国際宇宙ステーション

日本人の星出飛行士が乗り組んでいる国際宇宙ステーションが、ここ数日、日本から見やすくなっています。
今日は、薄暗くなり始めた19時30分過ぎから見ることができました。

近くの公園に8センチ屈折望遠鏡を組み立てて待つことしばし、予報時刻になっても見えません。
「まだ空が明るすぎてダメかな。月でも撮影するかな」
と思ううち、北の空に明るい光が。
あらかじめ合わせておいたファインダーを覗いて手動で追尾しつつ、連続でシャッターを切ります。
動きは意外なほど速く、ぐんぐん北東の低空へ動き、最後は木立の中へ隠れてしまいました。

080609iss3.jpg

焦点距離が600mmなので、まあこの程度の写りです。
地上からの向きがいまひとつで形がわかりづらいのですが、太陽電池パネルらしき四角い物体がわかります。
もう少し長焦点で撮影すると良さそうです。
2000mm程度で撮影すると、シーイングが良ければかなり見映えのする絵が撮れるものと思います。

2008年06月11日

●もうすぐ半月

一昨日、国際宇宙ステーション撮影後、月がきれいだったので撮影しました。
薄雲がかかっていましたが、思ったよりもシーイングは良く、まあまあきれいに見えました。

080906moon1.jpg

月の撮影でいちばん難しいのはピント合わせです。
他の天体でももちろんピント合わせは重要ですが、月はハッキリ写るだけに、よりシビアです。
デジカメの出現によってその場でピント確認ができるようになったので、銀塩時代に較べると格段にラクになりました。
露出時間も同様です。
経験値やさまざまな参考データはあるにせよ、銀塩カメラの頃は、現像しなければ出来がわからなかったのですから。
さらに銀塩時代はプリント時に「覆い焼き」なる手法を駆使して欠け際とリム部分の光量差を、いわばアナログでガンマ補正処理を行っていましたが、そうした処理もパソコンでできるようになり、昔に較べれば驚くほど撮影は容易になっています。
え?「覆い焼き」ってどんなふうにやるのって?
そのうちに書きますね。

2008年06月24日

●惑星地質学

ここ数日、惑星地質学の本を読んでいます。
惑星地質学とは何ぞや、と言えば、太陽系の惑星や衛星、準惑星、彗星などの表面や内部がどのような鉱物組成になっているのか、どのような構造をしているのかを観測し考察する学問です。

ボイジャー以降、急速に明らかになりつつある太陽系天体の素顔には、以前から非常に興味がありました。
小天体が衝突してできたクレーターにしても、たとえば月と火星、あるいは金星では大きく形状がことなっています。
その天体の地表が含む水の量、大気の厚みなどによって現象としてはまったく同じである小天体の衝突が、まったく異なるクレーターの形を作るのです。
また、火山活動にしても、地球の半分ほどの大きさしかない火星に、標高2万メートル以上ある巨大火山がいくつもあったり、木星軌道より外側では、溶岩のかわりに液体の水が噴出する火山が当たり前だったりします。
土星の衛星タイタンには湖や川があり、雨も降りますが、そうしてタイタンを循環している液体は水ではなくメタンです。
誰ひとり訪れることのない静寂の地表に降り注ぐメタンの雨、そしてざわめくメタンの湖。
それぞれの惑星や衛星、小天体の地表に人知れず繰り広げられているそうした光景を想像するだけで、心は遥かな空間へと飛翔するような気がします。もちろん、そんな感傷めいた思いだけではなく、地学の学芸員としては、地球以外の天体の地質・地形に心そそられてしまいます。

考えてみれば、すごい時代に生まれたものだなあといつも思います。
遥かな異星の地形を目の当たりにし、その鉱物組成まで考察することのできる天文学の進歩はすばらしいものです。
そうしたことを考えながら望遠鏡を覗くと、いっそう星への興味がかきたてられる気がします。

2008年07月02日

●運動不足だあ!

住民課勤務になってから極度の運動不足を感じています。
天文担当の頃は、毎日がかなりハードな運動でした。
プラネタリウムの投影はともかく、天文台の公開や天体の撮影・観測業務は、重たい望遠鏡を移動しては組み立て、観望会の会場に並べた望遠鏡の間を走り回っては見えている天体の解説をし、ドーム内では脚立に上ったり降りたりを繰り返し、とにかく体を動かさなくては仕事にならなかったのです。
さらに、文化財の仕事もしていましたので、民具の清掃や運搬など、こちらも体を使う業務でした。

ところが住民課では、とにかくできるだけ席に着いていて住民と対応をするのが仕事です。
たとえ昼休みでも、ささっと食事を済ませるなり机に戻らなくてはなりません。
出張もほとんどないし、あちこち動き回ってさまざまな人と会い、諸般の調整をするのが得意タイプの私にはちょっと退屈な仕事です。

で、しばらく途絶えていた夜の散歩を復活させました。
家の周りを30分ほど歩きます。
すぐ裏の用水路には蛍がいて、はかなげに光るその姿を見るのも楽しみです。
でも、小さな林があって鬱蒼と暗かったそのあたりも年毎に街灯が増え、さらに用水路をコンクリート張りにしてしまい、蛍の数は激減してしまいました。

誰も通らない道なのになぜ街灯を設置するのか、生き物が住んでいる用水なのになぜコンクリートで覆ってしまうのか、私にはよくわかりません。
街灯ピカピカ、アスファルトとコンクリートに覆われて草も生えない道よりも、星が瞬き、蛍が飛び交う夜道の方が、ずっと人に優しいのではないかと思うのですが・・・。

2008年07月14日

●夜の列車

今日は所用があり、午後から仕事を休んで大阪へ行ってきました。
往きは京都で雷雨に見舞われましたが、帰路は良く晴れていて、新幹線からも、米原からの普通列車からも、車窓をずっと半月を過ぎた月が追いかけてきていました。
帰りの普通列車は空いていて、停車する駅にも人影はなく、今回の大阪行きが楽しい目的ではなかったこととあわせ、なぜ知らず虚しく感傷的な思いで、どこまでも追いかけてくる月と木星を見つめて過ごしました。
東海道本線でも、大垣~米原間は山あいで人家も少なく、空いた列車に身を任せて、低い空を渡っていく夏の月を見ていると、なんだか見知らぬ土地のローカル線に揺られているようです。
車内には、どこから飛びこんできたのか大きな蛾が思い出したように大きな羽をばたつかせ、その羽音がいっそう物憂さをかきたてます。
久しぶりに東京時代の友だちと会ったこともあり、いろいろな意味で「思えば遠くに来たものだ」、そんなことを考えていました。
家族を連れて東京から岐阜へ移住したこと、天体観測と称して夜遊びを繰り返していた仲間がいつのまにか老後を考える年齢になってきたこと、リストラや転職など有為転変を余儀なくされる仲間も少なくないことなど、「遠くへ来た」ことの意味合いはほんとうに様々です。
月や木星が、若かったあの頃と少しも変わらず夜空を照らしているのを見るにつけ、人の世のはかなさを感じさせられた夏の夜の旅でした。

2008年07月22日

●夏の月

何日か前、寝る前に夜空を見ると、熱帯夜にふさわしく赤味を帯びた丸い月がどんよりと光っていました。

月といえば、夏と冬ではかなり印象が異なります。
注意深い方は気づいているかもしれません。
夏の月が夜空の低いところを渡っていくのに対して、冬の月は冴え冴えと頭の真上で輝きます。
天球上で月の通り道のことを「白道」と読んでいますが、夏は白道が低く冬は高いのです。
夏の月がどんよりと暑苦しげに見えるのは、もともと水蒸気量が多い季節であることに加えて、大気中の塵埃や水蒸気の影響を受けやすい低い位置に見えるためですし、冬の月が冴え冴えしているのは、もともと大気中の塵埃や水蒸気が少ない季節であることに加えて、それらの影響を受けにくい高い位置に見えるからです。

ですから、同じ月でも季節によって印象が大きく異なります。
私は、夏の満月を見ると、ホットケーキを連想してしまいます。
また、冬の満月を見ると、磨きこまれた鏡やガラスを想像します。

「へえ、季節によって月の高さって違うんだ」
そう思った方は、ぜひご自分の目で夏と冬の月を見比べてみてくださいね。

2008年07月31日

●快晴だけど・・・

一昨夜と昨夜は快晴でした。
とはいえ、カミさんと娘が東京へ行って留守のために、仕事から帰宅すると猫の世話をはじめやることがいっぱい。結局、一昨夜は時間がなくなって星を見ることができませんでした。
昨夜は23時頃から少しだけ、自宅で星空を楽しむことができました。
透明度は良好で、はくちょう座からわし座まで天の川がうっすら見えていました。南の空には、木星が夏の夜にふさわしい落ち着いた輝きを放っています。北東からはカシオペア座が昇り始め、東の空には大きくぺガスス座の胴体を形作る秋の四辺形。
ほんの30分ほどの間に、-1等のやぎ群と1等のみずがめ群流星を見ることもできました。
翌日の仕事がなければもっと星空を楽しめるのになあ、そう思いながら24時近くに家へ入りました。
この時期、みずがめ、やぎ、ペルセウスと3つの流星群が活動しており、流星群に属さない散在流星も多いので、1時間夜空を見上げていると多いときには30個ほどの流星を見ることができます。
次に晴れた晩には、久しぶりに流星観測でもしてみようかなと思っています。

2008年08月02日

●快晴だった観望会

昨夜は池田町児童館という施設での観望会でした。
親子合わせて120名ほどの参加者だったので、西美濃天文台スタッフのほか、今は他部署に異動になっている元天文担当職員、それに私が所属している同好会の会員3名で6台の望遠鏡を出して対応しました。

予報では夕方から曇り・雨だったにもかかわらず快晴に恵まれ、安定したシーイングの下で、木星・ベガ・アンタレス・M27・M13・M57を観望しました。
私はC-11でM57を見せていました。口径が28センチあると、さすがに集光力がありよく見えます。
参加者もほとんどの方がドーナツ状の姿を確認できたようでした。
終了後、木星を見てみると、大赤斑がちょうど真正面を向いていました。

学校などでの観望会は、土のグランドが会場となることが多く、望遠鏡が土ぼこりまみれになるのが難点ですが、今回は芝生の上だったので快適な星見会となりました。視界もまあまあ良く、直接目に入る照明も見えない良い場所でした。

来週土曜日は、旧久瀬村で観望会です。
それが終わればすぐペルセウス座流星群と、星のイベントが続きます。

そうそう、今夜2日は、スター・ウィーク実行委員会主宰のイベントのひとつ「いま、星を見ています」の日です。
同じ晩に全国で星空を見上げた感想を掲示板に書きこんで星空体験を共有しようという企画、詳しくはスター・ウィークのホームページをご覧下さいね。
星に関した曲の人気投票、「星メロアウォード」もやってます。こちらもホームページから入って下さい。
スター・ウィークのページへはこのブログからもリンクが貼ってありますヨ。

8月1日~7日は「スター・ウィーク」。
みんなで星空を見上げましょう!

2008年08月09日

●今夜も雷観察

昨夜に続いて、今夜も雷が鳴ることしきりでした。
雨も降っていなかったので、家の前の道に座りこんで家族で雷観察。

kaminari3.JPG

昨夜のように明らかに地面に落ちるものは少なかったのですが、高い空で樹枝状に光る稲妻が多く、楽しめました。
今夜はカメラを持ち出し、撮影も。
インスタントに家の前で見ていましたので、電線が写野にモロに入ってしまっているのがナニですが、けっこうエキサイティングな稲妻でしょ。
ちょっと味をしめましたので、これからは天体だけでなく雷撮影のためにも夜空にカメラを向けようと思っています。
今回はテストでしたが、次回からは構図や前景も考えて、それなりに美しい写真を目指します。

写真:EOS kissDX 18mmF4 露出5秒

2008年08月11日

●また雷画像・・・

一昨夜に撮った雷画像のうちからもう一枚。

kaminari2.JPG

すごいですね。
どうしてこんな形状になるんでしょう。
この晩の雷はどれも樹枝状でしたが、このように枝分かれせずに太い一本の稲妻がまっすぐ地面に落ちるもの、やはり枝分かれはしなくても一本の稲妻が激しく方向を変えながら空を竜のように駆けるものなど、雷の形はさまざまです。
どのようなメカニズムで雷の形状が決まるのか、研究してみたいテーマです。
電圧と大気の抵抗、気温、湿度など多くのファクターがあるのでしょうね。

ところで昨日と今日、「星空日記」のカテゴリーで気象現象である雷のことばかり書いていますが、いいのだろうか・・・。

2008年08月13日

●クモクモのペルセウス座流星群

昨夜はペルセウス座流星群の極大日でした。
最近の傾向どおり、昼間は嫌になるぐらいの快晴、夕方になると曇ってきて、夜はずっと雲量8程度が続いていました。

aur080813.JPG

それでも、ときおり空を見上げていると、午前3時を過ぎてから俄然、晴れてきました。
「こりゃ、行くっきゃねえ」とばかり機材をまとめて揖斐川町谷汲方面へ。自宅近くでは空が明るくて観測になりそうにないので・・・。
谷汲駅付近はなんと雨。すぐに引き返し、自宅のある大野町に程近い谷汲深坂の田んぼの真ん中で店を広げました。
このときは雲量3程度でしたが、群流星をいくつか数えるうち、西から雲が。
眼視観測は諦め、1個で1個でもカメラに納めようとシャッターを切り続けますが、なぜかごくごく出現が少ない!
雲は広がり、4時過ぎ、雲量8となり撤収しました。
結局、成果はゼロ。
天気は予報どおりなので仕方ありませんが、雲が多かったとはいえ、出現数の少なさが気になりました。

写真:「ぎょしゃ座」が高く昇っていました。透明度、悪いです。

ここからはおまけ。
娘のブログ、「星猫亭」で、昨日は携帯小説について娘が意見を書いていました。
親バカですが、なかなか良いことを書いているなあと思ったので、興味がある方は読んでみて下さいね。
このブログからリンクしていますので。
その前に連載していた小説、というか童話もなかなか良いよ。
私を知っている方は、「良く似た親子だなあ」なんて思うかもしれませんが・・・。

2008年08月17日

●明け方の部分月食

今日の明け方は、欠けたまま月が沈む部分月食でした。
「曇り時々雨」という天気予報どおり、夜半過ぎまで雨が降っていましたが、午前3時半に目が覚め、西の窓から外を見ると、西の低空だけが帯状に晴れています。
とりあえずカメラと三脚、双眼鏡を用意して、西の低空に電線や建物が見えない場所へ移動。
望遠鏡で撮ろうかなとも思ったのですが、せっかく地平線近くで起こる現象ですから、地上風景や雲を入れて情感のある画像にしようと思いました。

ちょうど月のある位置に垂れ込めていた真っ黒な雲が移動すると、わずかに上の方が薄暗くなっている満月が見えてきました。
今回の月食は、西へ行くほど食分が大きくなります。九州などではかなり欠けるのですが、東海地方では残念ながら半影月食から本影食に進んだあたりで月没となってしまうという中途半端な月食なのです。

080817gessyoku1.jpg

西の空は、分厚い雨雲が沈みゆく月明に照らし出されてなにやら凄絶な光景。
だいぶ低くなった月が沈まないうちに、400mmレンズで連続撮影。
肉眼でも欠けてきたのがわかるようになった頃、月は山にかかる黒雲に隠れてしまいました。相前後して空が明るくなり始めます。

夏の夜明けは早く、機材を撤収するうちにかなり明るくなっていました。
こうして撮影したのがこの画像。
お断りしておかなければならないのは「生画像」ではない、ということです。
満月の適正露出は500分の1秒。でもこの露出時間では風景は写りません。
なので、風景、というか雲の画像は1秒露出で別に撮影しておいて、後から娘と二人、画像処理で合成しました。
でも、それなりに迫力、というか臨場感のある画像になったでしょ。

2008年09月07日

●アンタレス

不安定な天気もようやく落ち着いてきたようで、暗くなってすぐに空を見ると、半月のすぐ西側に、さそり座のアンタレスが赤々と輝いていました。

アンタレスは、直径が太陽の230倍もある1等星です。
正しい明るさは1.2等星なのですが、どんよりとした夏場の天候に災いされがちなのと、高度が低いので大気の吸収を受けやすく、実際よりも暗く見えることが多いような気がします。
真っ赤な色から、中国では「大火」、日本では「酒酔い星」とも呼ばれています。
赤い星なので、さぞかし温度が高いのでしょうと訊ねられたこともありますが、アンタレスの表面温度は4000度ほどと、恒星の中では温度が低い部類に属します。
表面、と書きましたが、かなり年寄りの星で大きく膨張しているために、星を作っているガスは宇宙空間に拡散してしまっていて、どこが本当の表面やらわからないという、ふわふわの星でもあります。

私が星に興味を持ち始めた頃、名前も知らないままに、南の空に輝く不思議な赤い星として、母とともに毎晩、眺めていたのがアンタレスです。
あの頃は東京でも、アンタレスが本当に明るく見えていました。
まだ私が小学生だった頃のことです。

2008年09月09日

●木星が明るい

一昨日は、さそり座の1等星、アンタレスのことを書きました。
でも、そんなアンタレスをかすませてしまうほど明るい星が、南の空に煌々と輝いています。とにかく明るくて街中からでも簡単に見つかります。

初夏以来、毎晩の一番星だったこの星、木星といいます。地球と同じく太陽を回っている惑星の仲間です。
地球は太陽から数えて3番目ですが、木星は5番目の星。地球からはずいぶんと遠く、太陽の光も届きにくい距離にあるにもかかわらず「夜半の明星」と呼ばれるぐらい明るく見えるのは、直径で地球の11倍というその大きさによります。

木星に限らず惑星は(月もですが)、自分で光を放っているわけではなく、太陽の光を反射して光っています。
木星は図体の大きさ分だけ反射される太陽の光が多いために、地球や太陽から遠く離れている割には明るく輝いて見えるわけです。

望遠鏡で木星を見ると、赤道方向に平行な縞模様が何本も見えます。
この木星、実は大きな図体のほとんどがガスでできています。本体は中心部にちょこっとあるだけ。望遠鏡で見える縞模様は、分厚いガスのいちばん上層部を見ているんですね。

木星のガスには、生命のもとになる有機物がたくさん含まれています。
有機物が分厚い大気の中で起こる猛烈な雷の刺激を受けると、生命を生み出す可能性があるという仮説があります。
そんな仮説によれば、木星の生命は、くらげのような、風船のような、大気中を漂う袋状の生物という想定がいちばんぴったりするそうです。
くらげ、とはいっても、直径が数十メートルもあるような超巨大な生物です。

いくら有機物が豊富でも、海のない環境では生命は発生しないという反論もあるようですが、このところ毎晩、南(ちょっと遅い時刻だと南西)の空に煌々と輝く木星にそんな生き物が人知れず生息しているかもしれないと考えると、夜空を見上げるのが楽しくなりますね。

2008年09月13日

●明日は名月

明日は十五夜、中秋の名月です。
ススキに月見団子を飾ってお月見・・・などというのは古きよき時代の話で、忙しい昨今では、そんな悠長に月を愛でるような人はいないのかもしれません。
何よりも街中では街灯やネオンサインといった明かりが多すぎて、月明りを楽しむような気分にはなれないのでしょう。

fullmoon5a.JPG

私は、といえば、藤橋村に住んでいた頃には、毎年、ススキとお団子を用意して正式な?お月見をしていました。
ススキとお団子を飾って電灯を消すと、街あかりのまったくない山間の村のことですから、とたんに月明りだけが部屋に満ちます。
人工の灯りのない場所では、月明りは意外なほど明るいものです。山奥の村ですから、何の物音も聞こえません。
家族3人、したたるような月明りを浴びながら静まり返った夜空を見上げている時間は、最高に贅沢な、紛うことのない幻想のひとときでした。

明日の名月、お天気はどうでしょうか。
久しぶりにススキとお団子を用意しようかと、家族で話し合っているところです。

写真:雲間の満月

2008年09月22日

●回顧・・・百武彗星

先日、星のテレフォンカードについて書いたところ、以前によく、ふじはし星の家に来てくださっていた木村さんからコメントを頂戴し、久しぶりに百武彗星当時のことを思い出しました。

この彗星は、百武さんが光度10等ほどで発見された後、太陽と地球に接近し、核の一部が分裂したことをきっかけに最大光度0等、尾の長さ100度という超大彗星となりました。
当時の観測日誌を見ると、1996年3月21日までは、全光度2.8等、尾の長さ1度程度だったものが、23日になると全高度1等、尾の長さ60度に急発達、以後、近日点通過後の4月末まで長い尾を引いた彗星として夜空に君臨したものです。地球に接近したために、コマの視直径も40分に達し、とにかく壮大無比な彗星でした。

hyakutake20ED.jpg

翌年には、やはり光度0等に達したヘール・ボップ彗星が見えましたが、暗い夜空で見る限りでは私が過去に見た彗星の中では百武彗星がダントツでした。最盛期には真夜中の夜空に、関つとむさんの著書ではありませんが「夜空を翔ける虹」さながらに100度に及ばんとする長大な尾を引いて壮観でした。

大彗星が2年続けて現れたこともあって当時は天文熱が盛り上がり、私の勤務していた西美濃天文台は連日、押すな押すなの大盛況。
天文仲間が若かったこともあって、星が見えない晩でも夜遅くまで天文談義に花を咲かせたものでした。
あの頃に比べると今は、私も仲間も年をとり、社会状況も変わってそれぞれ生活に追われるようになり、無心に星を楽しめる晩はめっきり少なくなってしまいました。
仕方のないことですが、当時を振り返ると楽しかったなあと思います。

写真は、近日点通過後の百武彗星を20センチF8屈折望遠鏡の直焦点で撮影したもの。
長い尾を引いた画像がポピュラーなので、ちょっと雰囲気の違うものをと・・・。

2008年09月25日

●回顧・百武彗星2

百武彗星のことを再び・・・。

百武彗星とヘール・ボップ彗星が続けて出現した後で、「どちらの方が大彗星だったか」ということがよく話題になりました。
彗星の形状には好みや主観もありますので、何ともいえないところではありますが、多くの意見を集めてみると面白いことがわかってきました。どちらかといえば空の明るい場所で見ていた人はヘール・ボップ彗星を推し、逆に空の暗い場所で見ていた人ほど百武彗星を推していたのです。
これはうなずける話でした。ヘール・ボップ彗星は、コマも尾も全体に集光度が高く都会でも見やすかったのに対して、百武彗星は全光度こそ明るかったものの、その長大な尾は淡く、十分に空の暗い場所でなければ偉容を堪能できなかったからです。

hyakutake2.JPG

私はどちらも空の暗い場所で観測していましたので、双方の特徴も良さも公平に見ることができた気がします。
じゃあどっちなの? と問われれば・・・。
断然、百武彗星を推してしまいます。
夜空の3分の1にわたる尾をもった彗星なんて、一生の間に一度、お目にかかれるかどうかというシロモノです。
月明かりでできる虹は白いと言いますが、多分、百武彗星のようなイメージなのではないかと思うのです。
その姿は、まさに夜空の虹でした。夢のような毎晩でした。
そう、私がこれまでに経験した「夢のような晩」は2回。
百武彗星を追いかけたあの頃と、しし座流星雨を徹夜で見上げた一晩です。
どちらも、これから先、再び見ることは叶わないだろうという現象でした。

写真は、400mmF4レンズで撮影した百武彗星。
まだフィルムカメラが全盛の時代でした。

2008年09月26日

●ヘール・ボップ彗星は優等生

百武彗星のことばかり書いてしまいましたが、きっかけは「ヘール・ボップ彗星と藤橋城」のテレカでした。やはり、ヘール・ボップ彗星についても触れないわけにはいきませんネ。

「彗星のごとく」現れた百武彗星と違って、ヘール・ボップ彗星の方は肉眼光度になる2年も前から見つかっていました。当然、軌道も光度曲線もしっかりと研究されて、かなり確実なシミュレーションができていました。
百武彗星が大化けした原因は、核の一部が太陽熱でポロリと剥がれ落ち、そこから一気に揮発性の物質があふれ出したことによるのですが、ヘール・ボップ彗星の方は太陽からちょっと遠く、そうしたサプライズも起こらないであろうことも予想されていたのです。

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太陽からも地球からもやや遠かったヘール・ボップ彗星でしたが、彗星そのものは百武彗星よりもかなり大きなものでした。そのために、予想通りの立派な姿を私たちの前に現してくれたわけなのです。
百武彗星については、「夢のような」と、かなり持ち上げてしまいましたが、もちろんヘール・ボップ彗星だってしょぼかったわけではありません。見えている間は、連日、興奮の夜を過ごしていました。それどころか、輝度が高かったため、百武彗星よりも観望会などでの一般受けはよほど良かったほどです。
渦を巻いているように複雑な核周辺の構造もすごかったし、黄色っぽいチリの尾と青白いガスの尾があれほどくっきりと分かれて見えた彗星もなかなかありません。

でも、百武彗星と比べると、どこか教科書的というか、優等生というか、いい子ちゃんすぎるんですよね。
育ちの良い子が立派な大人に成長しました、という感じで、彗星という天体が想起させる意外性や不確実性がなかったのが、個人的に評価を下げてしまう要素になってしまっています。
彗星って、もっとワイルドで予測がつかない天体って印象があるじゃないですか。
そう思ってしまうのは、私がひねくれているのでしょうか。

とはいえ、ヘール・ボップ彗星も歴史に残る大彗星だったことは間違いありません。
シューメーカー・レビー彗星の木星衝突から始まって、百武彗星、ヘール・ボップ彗星、しし座流星雨と、私が藤橋へ移住してから歴史的な天文現象が連続して起こったのは、本当に神様の巡り会わせだったような気がします。

写真:400mmレンズによる最盛期のヘール・ボップ彗星

2008年10月01日

●星景写真はロケハンが命

百武彗星とヘール・ボップ彗星の話題を続けて書いたので、その勢いで今回もヘール・ボップ彗星のことを・・・。

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写真は、ヘール・ボップ彗星の最盛期に、プラネタリウムのある藤橋城を前景に撮ったものです。ずいぶんと多くのメディアで使われた有名な写真です。
この写真を撮る際は、それなりに事前の調査を行いました。
藤橋城を中央に配して、彗星とプレアデス星団を左右に振り分けた絵が欲しかったので、彗星とプレアデス星団の位置関係は星図であらかじめ確認、また、山や立ち木もきれいに配置したかったので、昼間のうちに周辺をロケハン、夜間の星空と景色を頭の中でシミュレーションしながら、揖斐川の河原の一角を撮影地に定めました。
また、藤橋城周辺は夜間照明がないので、藤橋城へ上るスロープの下に車を停め、車のライトでお城を照らし出すことにしましたが、ヘッドライトでは明るすぎるのでスモールライトだけでライティングすることにしました。

という準備を経て撮影したのがこの写真です。
この写真に限らず、いわゆる星景写真を撮る際には現場に行って構図一発、というわけにはなかなかいきません。
事前に調査をしておかないと、特に夕空の彗星のように西に低い天体は、構図が決まらないままおろおろするうちに沈んでしまったというミスを犯しがちです。
もっとも、私の過去の失敗例で、事前にロケハンしておいた場所へ夕空の細い月を写しに行ったら、その場所が工事中で入れず、結局撮影できなかったということもありましたので、事前に調べておけばすべてうまくいくというわけでもないのですが・・・。

2008年10月02日

●三日月

仕事の帰り、暮れなずむ空に細い月がきれいでした。
カメラを持ち出して、家の近くの路上からパチリ。

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三日月に抱かれるように太陽の光が当たっていない部分もぼんやりと見えていますが、これは「地球照」といいます。地球に反射した太陽の光が月まで届いて、月の夜の部分を光らせているのです。「そういえば見たことある」という方もきっといますよね。

月の近くには金星も見えていました。
「宵の明星」として親しまれている金星ですが、今のところは西に低く、太陽と地球との位置関係から明るさもイマイチです。
でも、西が開けている場所なら街中からでも見えますから、良く晴れた夕方には探してみてください。

南の空には、木星が一番星として輝いています。
こちらは金星以上に見つけやすいので、ぜひ探してみてくださいね。

月はこれから日増しに太ってきて、二週間弱後には満月を迎えます。

2008年10月07日

●夕空の金星

秋が深まるとともに、長いこと南の空に君臨していた木星も次第に西へ低くなりはじめ、かわりに西の低空で「宵の明星」金星の輝きが目立つようになってきました。

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金星は、その美しい輝きから、西洋では美と愛の女神「ビーナス」と呼ばれています。
地球よりもひとつ太陽よりの軌道を回っている惑星で、大きさは地球よりもわずかに小さい程度です。
大きさは地球とよく似ているのですが、キラキラ輝く美しい外観とはうらはらに、その環境は過酷です。表面の温度は摂氏500度、硫酸の雲に覆われ、火山が絶えず噴火している灼熱地獄です。
金星がこのような環境になってしまったのは、太陽に近く、地球よりも受ける熱量が多いことに加え、厚い大気の主成分が二酸化炭素で、温暖化が極度に進んでしまったことによります。

とはいえ、もともとは地球も、二酸化炭素と火山の噴火によって放出された亜硫酸ガスにあふれた、金星とさほど変わらない環境でした。
そんな地球が現在のような環境に変わったのは、海の存在によります。
大気中に充満していた二酸化炭素が海水に取りこまれ、さらには植物が発生したことによる光合成で二酸化炭素が減少して酸素が増えていきました。珊瑚などの硬い殻を持った動物が、石灰質として二酸化炭素を固定したことも二酸化炭素除去に大きな作用を果たしました。
こうして、現在のような住みやすい地球となったわけです。

とはいえ、ここ100年ほどの間に、地球の二酸化炭素は爆発的に増加しています。
二酸化炭素の量がある限界点を超えたとき、暴走的な温暖化が始まるという予測もあります。
地球が金星のような灼熱の星になるかどうかは、私たち人類にかかっています。

写真:夕空の月と金星(10月2日撮影)

2008年10月12日

●明け方のオリオン座

今朝3時半、ふと目が覚めて空を見ると、真南の空にオリオン座がきれいに見えていました。
オリオン座は冬の代表的な星座です。均整の取れた星の配列に加え、1等星と2等星をそれぞれ2個含み、それら明るい星に囲まれた四角形の真ん中には三つの星が仲良く並んだ「三ツ星」を配した大変に美しく目立つこの星座は、真冬の晩、9時から10時頃に真南に見えます。

「冬の星座なのにどうして今頃見えるの」と思われた方。
地球は24時間で西から東に自転しています。そのために、星座を作る星はどれも、1時間に角度の15度ずつ、東から西へ移動していきます。
今の時期、早い時刻には秋の星座が見えていますが、時間の経過=地球の自転と共にそれらの星座は西へ傾き、東の空からは冬の星座が昇ってきます。そしてちょうど3時半頃、オリオン座が真南の空に見えるようになるのです。
つまり、明け方にはちょうど反対側の季節の星座が見えるというわけで、冬の明け方には、夏の代表的な星座である「さそり座」を見ることができます。
「早起きは三文の得」と言いますが、星好きにとっては、早起きすることによって普段は見ることができない反対側の季節の星座を楽しむことができるわけです。

オリオン座のほかにも、冬の星座には明るい星を含むものが多く、豪華絢爛な印象を与えてくれます。
しばらく、そんな豪奢な星座たちを楽しんでから再び床に入りました。
あと2ヶ月もすれば、寒空にそんな星座たちを見上げる季節がやってきます。

2008年10月18日

●秋の海

今日は久しぶりに家族で海へ行ってきました。
秋の日本海は波も風もなく、驚くほど穏やかでした。

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夏場は大混雑する砂浜も、今日は何組かのカップル、ライダー、犬を連れて散歩に来ている人、絵を描いているおじいさんなど、心静かに秋の午後を過ごす人たちが三々五々、水平線を眺めているばかりで、透明な日ざしと風の中、私たちも心安らぐ時を過ごすことができました。

帰りは滋賀県と岐阜県をまたぐ八草峠を通り、揖斐川町坂内から藤橋へと抜けてきます。
藤橋でちょうど暗くなったので、車を停めて星を眺めました。
あまり透明度は良くなかったのですが、夏の大三角が天頂に輝き、南西の山並みへ天の川がほの白く流れ落ちるさまが美しく、しばらく三人でぼけっと夜空を見上げていました。

オリオン座流星群が活発らしいので、夜半は月が大きいものの、観測をしようと思っていたのですが、25時近くに空を見てみると、透明度が思ったよりも悪く観測はできませんでした。

2008年10月21日

●朝夕の北斗七星

あまり星に興味のない人でも「北斗七星」は聞いたことがあると思います。
7つの星が、ちょうど水を汲む「ひしゃく」の形に並んでいる北斗七星は、ひとつの星座だと思っている方も多いのですが、実際は「おおぐま座」の腰から尻尾を作る星の並びです。

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「おおぐま座」は春の代表的な星座。
「ということは今は見えないんだ」と思われそうですが、実は北斗七星、夕方と明け方、どちらの時間帯にも見ることができます。

北斗七星は、北極星に近いところにあります。北極星といえば、いつも真北の空に光っていて一晩中、ほとんど動かない星です。そんな北極星の近くにあるために、北斗七星もそれほど大きく夜空を移動しません。北天の星が高く見える北海道の北部へ行くと、北斗七星が沈まずに一晩中、北の空を回っていくようすを見ることもできます。

残念ながら本州では、まったく沈まない北斗七星を見ることはできませんが、今の時期、夕方、暗くなってすぐの時刻には北西の低い空に横たわるように、夜明け前には北東の空に立ち上がるように見ることができます。
もちろん、高く昇って見やすいのは春なのですが、時間帯を選べば、北斗七星はほぼ1年中、見ることができるわけなのです。ちょっと意外ですね。

写真は、カメラのシャッターを開いたまま、5分ほど露出した北斗七星。
地球の自転のために星が動いて、長く伸びて写っています。

2008年10月28日

●初めての流星写真

天体写真のなかで、流星は撮影が難しい対象のひとつです。
とはいっても、撮影方法は簡単。明るいレンズをつけたカメラを夜空に向けておくだけ。
固定撮影でもかまいません。明るい流星が写野を横切ってくれれば誰でも写すことができます。
問題は「明るい流星が写野を横切ってくれる」かどうかです。
広い夜空のどこに、そしていつ、流星が出現するかは神のみぞ知ること。狭い写野を明るい流星が横切ってくれる確率はかなり小さく、大きな流星群のときでも1時間に数個の流星が写るかどうかという成功率です。
フィルムカメラからデジカメに変わり、画像処理技術が格段に進歩した今日でも、その点は変わりません。流星撮影は「運」に大きく左右されるのです。

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私が初めて撮影した流星がこの写真。
当時、私は中学1年生でした。家にあった古いカメラにASA100のフィルムを詰めて、現像は近所のカメラ屋さんに頼みました。
矢印で示さないとわからないぐらいのうっすらとした流星ですが、眼視では-2等級で痕を残す立派なものでした。それだけに、写真が出来上がってきたときにまず思ったのは、流星というものは実に写らないものだということでした。
明るい流星であっても、光っている時間が1秒に満たないほど短いために、フィルムなりCCDの上に光を蓄積できないのです。その意味では、明るくてゆっくりした流星ほど、見映えがする写り方をします。
F3.5程度の暗いレンズにASA100のフィルム、しかもカメラ屋さん任せの普通現像ではこれだけ写っただけでも奇跡的なことでした。
何も情報のない当時の私は、天体写真というものは強力な現像剤を使用して増感現像をするということすら知らなかったのです。

それから幾星霜、ずいぶんたくさんの流星写真を撮影してきましたが、今も流星が写しづらい対象であることには変わりありません。
2001年の「しし座流星雨」ぐらい出現してくれれば、誰でも苦労せずにたくさんの流星が撮影できるのですが・・・。

2008年11月02日

●紅葉と観測地探し

紅葉見物と観測地探しを兼ねて、岐阜県と滋賀県境の鳥越峠へ行ってきました。
揖斐川町坂内から林道を上っていくにつれ、紅葉が見事になりました。鳥越峠付近は揖斐郡内でもとりわけ紅葉が見事な場所です。
とはいえ、今年は暖かいせいかまだ盛りというわけではなく、半分程度というところでした。

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切り通しになっている峠はさすがに肌寒く、それでも標高が高いために空の青さが綺麗でした。
峠からは東に岐阜県側、西に滋賀県側が望めます。岐阜県側は山並みが連なり、滋賀県側には琵琶湖がきらきら輝いて見えていました。

ただ視界の良い場所はあまりなく、観測に使えるのは、滋賀県側に少し下った左手の平地ぐらいでしょうか。
夜間に訪れたことはありませんが、浅井町が近いために南西は夜でも意外と明るいかもしれません。逆に岐阜県側はかなり暗い夜空が期待できそうです。

星仲間の間では、この鳥越峠をはじめ、福井県境の冠峠、やはり滋賀県境の八草峠といつも「一度は訪れてみたい観測地」として語られるのですが、山奥のために天候が悪かったりして、「すばらしい星空が見えた」という報告はあまり聞きません。
今年中にぜひ一度、こうした県境の峠で星を見てみたいと思います。

写真:峠から岐阜県側を望む

2008年11月14日

●ピカピカの夜

昨日、一昨日は良く晴れて、仕事からの帰路、東に満月、南西に木星と金星が、それぞれピカピカに光っていました。
透明度が良かったこともあって月も木星も金星も非常に明るく、ともすれば夜空にはこの三つの天体しか存在しないのではないかと思うほどでした。
これだけ明るいと、一般の方の目にもとまるようで、職場でも「昨日はすごく月がきれいだったね」とか「西の方に見える明るい星はなに?」などと何人かから訊ねられました。

考えてみれば、今のように街明かりが溢れていない数十年前までは、夜を彩る光といえば月と星しかなかったのですね。だからこそ日本でも外国でも、天体にまつわるさまざまな言い伝えや神話が語り伝えられてきたわけです。
その頃の人たちにとって、正体不明でありながら美しく輝く月や星は、畏怖と憧れの入り混じった対象だったのでしょう。

科学が進み、月や星がどのような天体なのか、今ではたいていの人が知っています。
夜の街は明るく便利になり、闇を恐れる人など先進国では誰もいなくなりました。
でも、星空を見上げなくなった人々の心は満たされているでしょうか。
科学が進み生活が便利になった分、人々は大切なものを失ってしまったような気がします。

年に一回ぐらいは、日本中で街明かりを消して、星空を見上げる日を作ってみてはどうかなどと思います。

2008年11月18日

●今年も冬型「しし座流星群」

昨夜は、しし座流星群の極大日でした。
全国的に冬型となり、夜中に何度か起きだしてみたものの、曇ったままでした。
海外で突発出現があったというウワサも流れていますが、真相は今のところよくわかりません。

それにしても、しし座流星群の極大日というのは、毎年のことながら天候に恵まれません。というのは、ちょうど11月17日頃から気圧配置が一気に冬型になるからです。毎年、示し合わせたようにこの日を狙って強い冬型が出現するのは本当に不思議です。
思い返してみれば、冬型にならず、しし座流星群がまともに観測できたのは2001年の大流星雨の年だけ。他の年は強い弱いはともかく、毎年、冬型の悪天候に悩まされ続けてきました。私が流星観測を始めてから、かれこれ30年近くずっとです。
11月17日は「悪天の特異日」といえます。

そう考えれば、2001年は信じられないほどラッキーでした。ちょうど日本の夜に、快晴の空の下であの流星雨を見ることができたのですから。

同じように、8月のペルセウス座流星群も天候には恵まれません。というのは、梅雨が明けて10日ほど良い天気が続いた後で一時的に夏型が崩れ、軽く秋雨前線的な気圧配置になるのが、ちょうどペルセウス座流星群の極大日の頃なのです。

とはいえ、しし座流星群ほど毎年、悪天候が際立つ天文現象は珍しいといえます。
天文ファンの方は思い出してみて下さい。冬型に泣かされずにこの流星群を見ることができた記憶は非常に少ないはずですヨ。

2008年11月22日

●太陽の異常

太陽の黒点って知ってますか。
「学校で習ったよ。太陽の表面にあるホクロみたいな黒い部分のことでしょ」・・・。
そうです。太陽の表面温度はなんと6000度もあるのですが、黒点は4500度程度とちょっとだけ温度が低いために黒く見えるのですね。

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そんな黒点は、11年周期で増減を繰り返しています。今は、極小期を過ぎて少しずつ黒点が増えてくる時期・・・のはずなのですが、なぜか一向に増えてきません。いつ見ても太陽面はのっぺりと白いままです。

実は、1645年から1715年頃にかけても、黒点がほとんど現れない期間が続きました。このことを見出した学者の名前を取って「マウンダー極小期」と呼ばれているこの時期、ヨーロッパではテムズ川が凍りつき、夏でも気温が上がらず、飢饉が毎年のように続きました。
黒点数との関連性ははっきりわかってはいないものの、この時期、地球は明らかに寒冷化していたのです。
1450年~1540年頃と1790年~1820年頃も黒点が少なく、それぞれシュペーラー極小期、ダルトン極小期と呼ばれています。この頃も、小氷期ともいうべき寒冷期でした。

地球温暖化が叫ばれていますが、このまま黒点が少ない期間が続くと、温暖化どころか、地球は寒冷化する可能性もあります。
もちろん、人間活動による温暖化、そして太陽活動による寒冷化双方共に、そのメカニズムは詳しくわかっていませんから、未来を占うことは困難です。仮に寒冷化に向かっているとしても、化石燃料の燃焼による二酸化炭素の増加は好ましい影響は与えませんので、現在の温暖化防止対策は継続・強化する必要があります。

それにしても、太陽活動がほんの少しだけ衰えただけで地球にそんな影響が出るなんて・・・すごいですよね。
人類をはじめ、地球上の生物の生殺与奪権は太陽が一手に握っているといっても過言ではありません。

人類が久々に経験することになるかもしれない太陽活動低下期。
どんな現象が起こるのか、怖いけれど、興味深いところです。

写真:西美濃天文台の太陽望遠鏡がとらえた太陽面

2008年11月24日

●地球と太陽の未来は?

一昨日は、黒点が一向に増えないことによる地球寒冷化の可能性について書きました。
11年周期の黒点数増減による寒冷期の到来、もう少し長期的には氷河期と温暖期が交互に訪れることなど、地球は(恐らく)太陽活動の影響を非常に大きく受けています。
それでは、もっと長期的には、地球の気候はどのように変化していくのでしょうか。

太陽は「主系列星」に属するごく平凡な恒星です。「主系列星」に属する恒星は、基本的には次第に明るく大きくなっていきます。
太陽も、数億年というスパンで考えるならば、活動は次第に活発化していきます。直径は少しずつ大きくなり、明るさも増大し続け、地球が受け取る熱量も確実に増えてゆきます。
地球の気温が上昇すれば、水の蒸発による水蒸気量増加によって雲が増え、わずかに気温を下げる役割を果たしますが、それも焼け石に水です。
人類の活動如何を問わず、いずれ地球の気温は生物が存在できないレベルまで上昇することでしょう。

そして、今から30億年~40億年後、最終的な破局が訪れます。
太陽が急激に膨張し始めるのです。
地球から見る太陽の大きさは現在の倍以上になり、その色は赤く変化していきます。
気温は急激に上昇し、南極と北極の氷の溶解により陸地の多くが水没します。
海水はやがて沸騰を始め、大気も宇宙空間へ蒸発していきます。
巨大化して水星や金星を飲み込んだ太陽は、空の半分以上の大きさとなり、40~50億年後には地球も太陽に飲み込まれてしまうのです。

以上が、現在考えられている太陽と地球の未来です。
その頃まで人類が存続していたとすれば、太陽の進化を制御したり、木星や土星の衛星などに移住することもできるかもしれません。

ただ、世界の現状を見る限り、人類という種がこれからも存続できる可能性は非常に少ないように思えます。もしかすると、私たちの子どもと孫の世代ぐらいまでが「人間らしい」生活ができる最後の人類かもしれません。その後は、資源や食料、水の奪い合いによる戦争、貧困、疫病、温暖化、環境悪化等によって人類の大半が死滅し、残った者も悲惨な暮らしを余儀なくされるのではないでしょうか。
どう考えても明るい未来は描けないのが、地球と人類の現状です。

2008年11月28日

●永遠の彗星捜索

先日、愛知県の天文台に勤める小学生時代からの旧い友人から久々に電話がありました。
いつものようにあれこれとりとめのないことを話すうち「最近、捜索、やってる?」という話題になりました。
これはいつものことで、彼も私も、いわゆる「コメット・ハンター」なのです。お互いに中学生の頃から続けていますから、もうウン十年になるでしょうか。

新天体の発見は、アマチュア天文家にとって非常に魅力ある観測分野です。
特に日本ではアマチュアによる新天体捜索が盛んで、彗星、小惑星、超新星、新星など多くの分野でたくさんの発見がなされてきました。
1980年代頃までは彗星の捜索が非常に盛んだったのですが、最近は傾向が変わり、新星を探す人が多くなっています。
というのは、かつて小望遠鏡でも努力を傾ければ発見が可能だった彗星が、天文台の大望遠鏡によってまだ地球から遠く暗いうちから発見されてしまうようになり、アマチュアによる発見の機会が皆無と言って良いほど激減してしまったからなのです。

「でもさ、俺たちはやっぱり彗星だよな」
私たちはそんな話をしました。
「新星の方が見つけやすいことはわかってるんだけどさ、ほら、新星って、結局ただの星でしょ。明るくなっても肉眼で見えるか見えないか程度だしさ、しっぽもないし」
「そうそう、いくら明るくなっても点像の星だもんね」
「それに比べると彗星は」
「尾がある。自分の名前がつく。大彗星になればそれこそ自分の業績が歴史に残る」
「やっぱさ、理想のパターンってこういうのじゃない? 晩秋の明け方に発見した10等の新彗星。軌道が計算されると地球と太陽に猛烈に接近してマイナス等級になることがわかった。地球に近づくのは3月の夕空。で、その彗星は確実に明るくなり、天文界のみならず一般peopleも巻き込んで世間は彗星一色」
「そうこうするうちにいよいよ地球に再接近、長い曇り空がようやく晴れた弥生の夕空に長さ60度に及ぶ長大な尾をひいた自分の彗星が・・・」
「光度は予想を上回るマイナス4等」
「うおーっ!」

夢ですねー。いわゆる男のロマンってやつですねー。
「見つかる確率はゼロに近いかもしれないけどさ、やっぱり男は彗星だよ」
「んだんだ」
てなわけで、いつもの馬鹿話は延々と続くのでした。

でも、ここ1年ほど、彗星捜索、してないんですよね。身辺にいろいろとあって、肉体的にも精神的にも余裕がない。15cm双眼鏡がかわいそう。

ようやく身辺も少し落ち着いてきたので、捜索を再開するつもりです。
がんばろう!

2008年11月29日

●金星と木星が接近

夕方の西空で、金星と木星が接近しつつあります。
最接近は12月1日ですが、その頃は天気が悪そうなので、とりあえず今日の夕方、撮ってみました。

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とはいえ、今日も午前中は快晴だったのですが、午後からは一転して変わりやすい天候となり、撮影の10分前までは雨が降っていました。
そのために、絶えず雲が流れ、地面からは水蒸気が立ち昇る悪条件でしたが、一応、撮影することができました。
金星の像が歪んでるって? 雲のせい、もありますが、ズームレンズで撮影したために収差が出てしまったようです。雨が上がってすぐに飛び出したために、単焦点レンズを家に忘れてしまったのです。

ともあれ、明るい惑星がこれだけ接近するとなかなかの見ものです。
12月1日にはもっと近づきますから「UFOだ」という通報があちこちの関係機関になされるかもしれません。
本当なんですよ。惑星同士の接近の際には、必ずこうした通報が天文台や警察に届きます。
通報者に「あれは惑星ですよ」と返答しても、「揺れ動いていた」とか「色が変わっていた」などと言い張って、どうしても譲らない人もいます。
低空の金星や木星は、大気の影響でちらちら揺れたり色が変化するように見えることがありますから、まんざらでもない観察力ともいえますが、それをすぐに「UFO=宇宙人の乗り物」」と結びつけるのは、いささか非科学的と言わざるを得ません。

12月1日、晴れるといいですね。
都会でも良く見えますから、南西の空が見渡せる場所で、ぜひ御覧になって下さい。

2008年12月01日

●月と金星、木星の接近

今日、夕方の西空に目を留めた方はけっこう多いのではないでしょうか。
暮れなずむ空に、三日月と金星、木星が接近し、きれいな三角形を描いていました。
どれも明るい天体ですから、思わず足を止めて見てしまった方もいると思います。

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明日の晩には、月はもう少し太って、東の方へだいぶ離れてしまいます。月は毎日、次第に東へと移動してゆくのです。
金星は、少しずつ高度を上げつつあります。年末から来年には、夕空のさらに高いところで、まさに「宵の明星」にふさわしい輝きを放つようになります。
木星は、地球からの距離が遠いため、星座の中での動きはゆっくりです。これからは次第に西の空へ低くなり、年明けには見えなくなってしまいます。
このように月や惑星が星空の中を動いてゆく理由は、月は地球を回り、惑星は太陽を回ってゆくことによります。さらに地球も太陽を回っていますから、惑星の見かけの動きは複雑なものになります。
「惑星」という呼び名は、まさに「惑う星」。星空の中を西へ東へ迷っているように動くことから名づけられました。
金星は太陽に近く、見えている時間が短いため、星空の中での動きを観察することは難しいですが、地球に近く真夜中でも見える火星は、惑星の複雑な動きを観察するのにとても適した天体です。毎晩、観察していると、名前のとおり星座の中をふらふらと動き回るようすがよくわかります。

本当はもっと夕焼けが残っている時間帯に撮影したかったのですが、仕事が終わるとすっかり暗くなってしまっていました。いろいろ撮りましたが、とりあえず300mm望遠レンズで撮ったものを掲載します。

2008年12月03日

●見上げた空に流れ星

何日か前、寝る前に空を見上げたとたんに流星を見ました。
冬の代表的な星座である「オリオン座」が南東の空に高く昇っており、流星はそんな
オリオン座のすぐ下にある「うさぎ座」に出現したのでした。
明るさは3等ほど、経路を逆にたどると「おうし座」のヒアデス星団付近から放射したようです。そろそろ活動も終息を迎える「おうし座流星群」の流星でした。

「私、流れ星って一度もみたことがないんです」
あちこちで星の講演をしていると、そんな声をよく聞きます。
流星って、そんなに見にくいものなのでしょうか。

流星の出現数は、春は少なく、夏から秋にかけて多いのが特徴です。
流星は、毎年決まった時期にたくさんの流星を飛ばす「流星群」に属するものと、そうでない「散在流星」に分けられますが、春は活発な流星群があまりなく、散在流星も少ないために、全体として見られる流星数が少なくなります。
春は平均して1時間に5個以下しか流星を見ることができません。

これに対して夏は散在流星も増加し、流星群も活発なものがいくつも重複して活動します。毎年、お盆の頃に見られる「ペルセウス座流星群」などは、空気の澄んだ場所ならば1時間に100個近くの流星を飛ばします。平均しても1時間に20個程度は見ることができるはずです。

秋も、さほど大きな流星群はないものの、やはりいくつもの流星群が重複して活動しますから、1時間あたり15個程度は見ることが可能です。

冬は、12月の中旬に活動する「ふたご座流星群」が白眉でしょう。私は以前に、1時間に130個ほどの出現を観測したことがあります。

ということは、流れ星をたくさん見たいという方は、春より夏から秋、そして大きな流星群の極大日(もっともたくさん出現する日=概ね毎年決まっています)を選んで夜空を見上げることが大切ということですね。
もちろん、雲が多かったり明るい月が出ている晩にはあまり流星は見えません。街灯やネオンサインがピカピカの都会でも見えにくいことはもちろんです。

「じゃあ、今月のふたご座流星群に期待だね」と思われた方。
残念ながら今年のふたご座流星群は満月が一晩中、煌々と夜空を照らしています。
眠さと寒さをガマンできる方は、明けて1月4日の明け方に見られる「しぶんぎ座流星群」をご覧になると良いですよ。田舎で見れば、1時間に50個以上の流星を数えることができます。
この流星群については、またこのブログでもご案内しますね。

2008年12月10日

●オリオン座大星雲あれこれ

オリオン座がきれいに見える季節となってきました。
1等星を二つも含むこの星座は、星座の中央部に「オリオン座大星雲」という肉眼でも確認できるガス星雲があることでも有名です。
オリオン座大星雲は、宇宙空間の濃い水素ガスの集まりで、鳥が羽を広げたような形をしています。
通常、こうしたガス星雲は非常に淡くて、写真には写りこそすれ人間の目で見ることができるものはほとんどありません。ところが、オリオン座大星雲は三ツ星の下に肉眼でもちゃんと見えますし、望遠鏡を使えば、空の明るい街中でもぼんやりと輝く姿をしっかり見ることができるという、文字通りの「大星雲」なのです。

星雲の中心部では、盛んに星が生まれています。ハッブル宇宙望遠鏡などによる画像では、生まれたばかりの星がガスの中で輝いているようすがはっきりとわかります。
実を言えば、オリオン座の主な星は、ほとんどがこの星雲の中から生まれてきたものです。
肉眼で見える星の中で生まれ育ちが異なるのは、赤い1等星のベテルギウスだけ。他の星は、どれもがオリオン座大星雲から生まれ出て、長い年月をかけて宇宙空間に拡散していったものなのです。

このオリオン座大星雲、眼視や短時間露出の写真では、三ツ星の下に小さく映ずるだけですが、長時間露出の写真では、オリオン座全体を包むように広がっていることがわかります。
その意味では、オリオン座そのものが、この星雲から生まれ出た巨大な散開星団ということができます。地球からの距離が非常に近いために、明るい星を多く含む星座として見えるわけで、もう少し遠くからオリオン座を眺めたら、ちょうどプレアデス星団(すばる)のように、明るい星がバラバラと集まった美しい星団として見えるはずなのです。

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写真は、20cm屈折望遠鏡で撮影しました。
写真では赤く映りますが、眼視では目の感光特性から赤くは見えず、青白、もしくは青緑色に見えます。
よく「最高に澄んだ夜空の下ではわずかに赤く見える」などという人がいますが、人間の目は水素の波長が出す赤い光に感度がまったくありませんから、これは根拠のない思い込みということになります。
眼視で青白く見えるのは、酸素の出す輝線を見ているためです。
私は、眼視で見る青白いオリオン座大星雲の方が、透徹した冬の夜空に似合っているようで好きです。

それにしても、澄んだ夜空の下、大きな望遠鏡で見るこの星雲は圧巻の一言に尽きます。
空の暗い公開天文台へ行かれる機会があったら、心ゆくまでこの星雲の複雑なディテールを楽しんでほしいと思います。

2008年12月16日

●大流星雨の夢、再び!

2001年11月、日本の夜に華麗な大流星雨を降らせた「しし座流星群」。
母天体であるテンペル・タットル彗星も遠ざかり、もう活発な出現はないと思われていましたが、もしかすると来年、ふたたび流星雨が見られるかも知れないという期待がひそかに高まっています。

毎年、同じ時期に見ることができる流星群の活動は、彗星が軌道上にばらまいた細かいチリの帯と地球軌道が公差することによっておこります。
そうしたチリの帯のことを「ダストトレイル」と呼んでいますが、テンペル・タットル彗星が33年の周期で太陽に接近するたびにばらまいたダストトレイルは、惑星の引力などさまざまな要因で少しずつ異なった軌道を描いて太陽を回っています。ひとくくりに「しし座流星群」といっても、その実態は33年ごとに放出されたたくさんのダストトレイルの集合体というわけなのですね。
2001年は、そうしたダストトレイルのひとつが、たまたま地球と大きく接近したためにあのような大流星雨を見せたわけです。

実は今年も、そうしたダストトレイルのひとつと地球が接近し、1時間に100個前後というやや活発な出現が観測されました。
そして来年は、1466年にテンペル・タットル彗星が放出したダストトレイルの中心部を地球が通過することがわかっています。
そのために、1時間に500個超の流星雨が見られる可能性があるのです。

今のところ、活発な出現が見られるのは、日本時間で11月18日の6時40分前後と予報されています。
中国が最も適した観測地となるのですが、予報の前後数時間は活発な活動が続くと見られていますから、日本でも18日の未明、1時間あたり数百個の流星雨が見られる可能性があります。
2001年同様、来年も邪魔な月明かりはありません。問題は天候だけというわけです。

以前はあまり当たらなかった流星群の出現予測は、ダストトレイル理論の研究によって非常に当たるようになってきました。
ということは、かなりの確率で来年、流星雨が見られる期待が高まっているのです。

2001年の感動を再び、と思われる方、11月17日~18日は今から他の用事を入れないようにしておきましょう。
もちろん私も、何をおいても観測するつもりでいます。

2008年12月29日

●月と水星、木星の接近

夕方、月と木星、水星の接近を撮影しました。
実は今日の昼過ぎ、水星が月齢2の月に隠される現象が起こったのですが、ちょうどその時間帯だけ雲が出ていて見ることができませんでした。
でも、水星食が起こったということは、夕方、暗くなった時点で月のすぐ近くに水星があるということになります。
ということで、暗くなり始めるのを待って、地動説を唱えたコペルニクスも見ることがなかったという水星を、月を頼りに探すことにしました。

081229suisei.JPG

透明度が良かったので月は肉眼で簡単に見つかり、双眼鏡を向けると、月のすぐ上に木星、すぐ下に水星が明るく見えていました。月をはさんで、ちょうど良い構図です。

早速カメラを持ち出し、家のすぐ近くで露出を変えながら続けて撮影。
薄明時間帯で露出が難しい現象ですが、そこはデジカメの利点を生かして撮影のたびに画像を確認、そこそこ適正露出を得ることができました。
これが以前のようなフィルムカメラだったら、現像が上がるまで結果がわからなかったのですから、薄明時間帯の現象にはデジカメ様様です。

水星は間もなく、夕方の西空でもっとも太陽から離れる「東方最大離角」を迎えます。
西の低空が開けた場所で、太陽の沈んだ方角を双眼鏡で探せば、透明度さえ良ければ街中でも見つかりますので、いつも太陽のすぐ近くにいてなかなか見るチャンスのない水星を、この年末からお正月に、ぜひ見ていただきたいと思います。

写真:12月29日 17時37分 EOS KissDX(200mm F5.0) 露出1/4秒 ISO800

2008年12月31日

●日本天文学会創立100周年記念切手

カミさんが「日本天文学会創立100周年記念」の切手シートを買ってきました。

kitte1.jpg

80円切手の10枚シートで「太陽系の天体」として水星から海王星までの惑星と小惑星を描いた切手が2枚と、岩崎一彰さんの天体画を背景に「すざく」「はやぶさ」「すばる望遠鏡」「野辺山45m電波望遠鏡」を描いた切手が8枚のセットになっています。
なかなかいい感じの切手シートで、一枚だけ切り離して使ってしまう気にはなれません。
このままコレクションにしてしまいそうです。私と同じく使用せずコレクションしてしまう人が、かなり多いような気がします。

最近、日本でも宇宙を描いた切手が増えてきていますが、世界の切手事情を見ると、まだまだ少ないようです。
西美濃プラネタリウムでは、世界の天文切手をコレクション・展示していますが、なぜか発展途上国で天文に関する切手の発行が多く、いわゆる先進国では切手の総発行数の割に天文に関するものは多くありません。
その理由はよくわかりません。発展途上国だからこそ、先端の科学に憧れる気持ちがあるのかもしれませんね。

「日本天文学界創立100周年」の切手シート、まだ郵便局で売っていると思います。
興味のある方はぜひお買い求めください。

と、ここまで書いて近況です。

仕事納め頃から体調不良が続き、せっかくの年末休みにもかかわらず家にこもっています。
本当は29日から東京へ帰省するつもりだったのですが、胃腸の不調が治らず、カミさんと娘だけ帰省させて私は居残りになってしまいました。
東京の友だちと会う予定もあったのにすごく残念です。
思えば今年は公私共にさまざまなことがあり、仕事中は気を張っていたものの、さすがに年末になってぷつんと切れてしまったようです。
今朝からはだいぶ回復してきましたが、ウチには猫が7匹、うさぎが1羽いるために家族の誰かがその世話で残っていなければならず、この年末年始は帰省できずに終わりそうです。

ちょっと情けない年末となってしまいましたが、今年も一年間、このブログを読んでいただいてありがとうございました。

2009年01月15日

●金星が東方最大離角

このところ、夕方の西の空に非常に明るい星が光っているのが目にとまります。
「宵の明星」として有名な金星です。昔の中国では「太白」と呼ばれており、名前の通り本当に明るく輝いていますから、街灯やネオンサイン等で明るい都会でもすぐに見つけることができます。
地球と同じく太陽を回っている惑星の仲間で、地球よりひとつ太陽寄りを回っています。

そんな金星が、今夜、見かけ上、太陽から最も離れる「東方最大離角」となります。
天体同士の間隔を表すには角度を使います。これは、見かけの夜空を半球と規定しているためです。地平線から地平線までは180度になります。
今夜、太陽と金星の間隔は約45度。
地球よりも内側の軌道を回っている金星は、これ以上、太陽から離れることはありません。

今夜を過ぎると、太陽と金星の間隔はふたたび狭まってゆき、3月末には太陽とほぼ重なって見えなくなってしまいます。
それ以降の金星は、明け方の東の空に見えるようになります。
金星は、夕方の西天に見えるときと明け方の東天に見えるのを繰り返しているのです。

今夜の金星を天体望遠鏡で見ると半月状に見えます。
地球よりも太陽寄りを回っている金星と水星は、月のように満ち欠けをするのです。
これから金星は、次第に三日月状に細くなっていきます。
天体望遠鏡を覗く機会があったら、ぜひ夕方の金星をご覧下さいね。

2009年01月22日

●冬の夜空の小さな星座

冬の星座といえば「オリオン座」が有名です。
他には、全天一の輝星シリウスを擁する「おおいぬ座」、プレアデス星団(すばる)を含む「おうし座」あたりがよく知られているところでしょうか。

私も、もちろんこうしたメジャーな星座は好きですが、豪華な冬の夜空にひっそりと隠れている小さな星座も好きです。

皆さんは「うさぎ座」って知っていますか。
オリオン座の足もとにある、最も明るい星でも3等星という目立たない星座です。
アルファ星は「アルネブ」といい、アラビア語で「うさぎ」という意味があります。
暗い星ばかりですが、星を結んでいくと、ちゃんとうさぎの姿ができあがる形の整った星座です。うさぎの赤い目を連想させる「クリムゾンスター」という真っ赤な星も含んでいます。

こんな「うさぎ座」の南には「はと座」があります。
「うさぎ座」以上に目立たない星座ですが、神の怒りによる長い洪水を逃れた「ノアの箱船」から放たれ、最初に陸地を見つけたのがこの鳩だというお話しが伝わっています。

もうひとつ、小さいけれどとっても目立つ星座をご紹介。
それは「こいぬ座」です。
肉眼でわかる星は2つしかないのですが、そのうちひとつが、「オリオン座」のベテルギウス、「おおいぬ座」のシリウスとあわせて「冬の大三角」を形づくる1等星「プロキオン」なのです。
小さなかわいい犬の姿に描かれるこの星座、実は飼い主を噛み殺した猛犬といわれています。
もうひとつの星はゴメイザといい、「泣き濡れた瞳」というどことなくロマンチックな意味を持っています。

「うさぎ座」と「はと座」は、オリオン座の南(下)にあって探しやすいし、1等星のプロキオンを含む「こいぬ座」は都会でも簡単に見つかります。
晴れた晩、こんな小さな星座を探してみるのも楽しいですよ。

おまけ☆ウチで飼っているうさぎのアルネ君、うさぎ座のα星「アルネブ」から命名しました・・・。

2009年01月24日

●ファミスコで月を撮る

知事選挙や他のお仕事で、天文活動がほとんどできないので・・・ちょっと前に「ファミスコ60」で撮った月の写真などを・・・。

famiscomoon1.jpg

ファミスコは、ハレー彗星の頃におもちゃメーカーのトミーから発売された、口径6cm、焦点距離400mmのアクロマート屈折望遠鏡です。
おもちゃメーカー製、といっても馬鹿にしてはいけません。眼視にも写真にも使えるように設計された光学系は、シャープで色収差の少ない見事な像を結びます。
私は一時、「ファミスコで彗星を発見したらヒーローじゃ」と思い、彗星捜しに愛用したこともあります。K20mmアイピースをつけると、実視野2度、周辺部まできれいな星像で快適な捜索ができました。

今でも軽い観望にときどき使用しています。
この月の写真は直焦点で撮影したものですが、さすがに400mmの焦点距離ではスケールが小さく、あまり見映えがしません。
でも、色収差がほとんど見られないのはさすがだと思いませんか。
ちなみに、若干シャープ処理を行った他はほとんど画像処理なしです。

こんなすばらしいファミスコですが、一点だけウィークポイントがありました。
以前に太陽を投影したら、熱で鏡筒内部がちょっと溶けてしまいました。
考えてみればすべてプラスチック製のファミスコ、太陽に向けてはいけないことは当然ですよね。
すぐに気づいたので大事に至ることはありませんでしたが・・・。

2009年02月03日

●しし座を見る宿直

昨夜は宿直でした。毎月2回ほど、役場に泊り込むお仕事です。

夕方から曇ってきたので星は見えないだろうと思っていましたが、23時頃に外に出てみると透明度は悪いながら晴れていました。
しし座が高く昇り、後ろ足のあたりには土星が輝いています。
南東の空にはスピカが思いのほか明るく光っていて、そういえばスピカの東側にはルーリン彗星が見えているはずだなあと思いながら、宿直室を長く離れているわけにもゆかず、しばらくボケッと肉眼で夜空を眺めていました。

そう、ちょうど環を真横から見る位置となり、ほとんど環が見えなくなっている土星も、ルーリン彗星もじっくり見たいのですが、いかんせん忙しくて星を見る時間がなかなかとれません。
1月は結局、正月休み以降まともに休んだのは1日だけでした。
2月にはまた選挙があるし、定額給付金関係の仕事もありそうだし、相変わらず忙しい日々が続きそうです。
3月には少し暇ができると思っているのですが・・・。

2009年02月07日

●ルーリン彗星を見る

2月下旬に地球に接近して明るくなることが期待されている「ルーリン彗星」を、今朝、ようやく観測しました。
ここ数日、この彗星を見るべく、毎日、明け方に起きていたのですが、ずっと天気が悪く見ることができずにいました。
今朝は5時半に目が覚めました。少々寝すぎてしまい、大きな望遠鏡を組み立てる時間がなかったため、口径6センチ、焦点距離400mmの屈折望遠鏡「ファミスコ60」で彗星のある「てんびん座」を探すとすぐに見つかりました。

fami1.JPG

空の暗い場所ではうっすらと短い尾も見えるようですが、自宅の条件では全光度6等、視直径15分ほどの丸い姿が見えたのみでした。大きな球状星団という感じです。
地球との距離が近いためか拡散しており全体的に輝きのないボヤッとしたイメージ。
最も接近する下旬には明るくなるかわりにさらに拡散して、案外見づらくなる可能性もありそうです。
現在、4等まで明るくなると期待されていますが、拡散することを考えると、実際には5等程度に見えるのではないでしょうか。

彗星は現在、明け方、真南に見える「てんびん座」に見えていますが、これからは天球上での動きを速め、おとめ座、しし座へと移動します。
それだけ見える時刻も早くなり、地球に際接近する2月26日前後は一晩中見えるようになります。
その頃には月明かりもなくなりますので、双眼鏡でも見えるようになりそうです。
現在は、残念ながら小さな双眼鏡ではベテラン以外は見つけられないでしょう。

写真:ファミスコ60。お手軽高性能です。

2009年02月19日

●今朝のルーリン彗星

地球に接近して明るくなることが期待されているルーリン彗星。
このところ天候が悪くて見られずにいましたが、今朝というか昨夜というか、午前2時過ぎ、自宅から見ることができました。
機材は、このところ活躍している「ファミスコ60」。
「おとめ座」の1等星であるスピカの近くにいましたので、すぐに見つかりました。

ちょっとは明るくなってるかな、と期待したのですが、明るさは5等半ほど、あまり明るくなっていませんでした。
地球に接近しつつあるため、大きさは月の半分程度もありましたが、霧の塊のようにぼやっと拡散し、中央集光も低いため、あまりパッとした印象はありません。
ただ、短い尾が見えていました。尾の方向に彗星本体(コマ)の明るさが引っ張られているため、ともすれば彗星が細長い形状をしているようにも見えます。

来週には地球に最接近しますが、このままの状態だと、見かけの大きさばかり大きくなって、かえって朦朧として見づらい姿になってしまいまそうです。
ただ、何が起こるかわからないのが彗星の面白いところ。
百武彗星のように核の一部が太陽熱の影響で剥がれ落ちて新鮮な内部が露出、爆発的に増光することも考えられます。
大化けすることを期待したいですね。

彗星はこれから先、「おとめ座」から「しし座」へと足早に移動していきます。
「しし座」の1等星レグルスや土星にも近づきますから、双眼鏡があれば見つけることができるでしょう。

国立天文台では「ルーリン彗星見えるかな」キャンペーンも行っています。
詳しくは国立天文台のホームページをご覧下さい。

2009年02月26日

●最接近のルーリン彗星

昨夜は天候が悪く、就寝するまで星は見えませんでしたが、午前2時に目が覚めてみると、透明度は悪いながらもけっこう晴れていました。
ちょうどルーリン彗星が地球に最接近していますので、どんな様子かなと思い、双眼鏡とファミスコで見てみました。
7倍40mmの双眼鏡でも簡単に見つかりましたが、透明度が悪いために肉眼では見えませんでした。
大きさは月の半分程度、相変わらず拡散しています。
明るさは全光度で5等程度でしょうか。
双眼鏡では尾はわからず、ファミスコでは20分程度の尾が見えていました。
赤道儀を組み立てて撮影しようかな、とも思いましたが、この透明度では写りは期待できず、明日、というか今日も仕事ということもあり、観望のみに終わりました。
多忙と悪天候のため、いつも自宅から観望しているだけで一度も空の暗い場所で見ていません。
あまりパッとしない彗星ではありますが、一度は暗い空で見なきゃなあとは思います。

2009年02月28日

●美濃市での観望会

今夜は、美濃市での観望会にボランティアで参加してきました。
昼間は薄雲が多いながら「何とか月と金星ぐらいは見えるかな」という天候だったのですが、現地に到着してしばらくは接近した細い月と金星が薄雲越しに見えていたものの、しばらくすると見えなくなってしまい、結局、1等星すら見えない状況での観望会となりました。

参加者は親子で25人ほど。
名古屋市科学館のボランティアをしている女の子が日食等についてのお話をした後は、それぞれの望遠鏡で地上の景色を見てもらい、望遠鏡による見え方(倍率、視野の広さ、倒立像か正立像かなど)の違いを体感してもらったり、参加者が持ってきた望遠鏡の使い方指導などを行いました。

望遠鏡は、ミニボーグから32cmドブソニアン、15センチ双眼鏡など多彩。
天文屋さんなら望遠鏡見物だけで満足してしまうほどさまざまな機種が揃いました。

星は見えなかったものの、参加者は満足してくれたようで、初夏までにもう一度、観望会を企画するとのことになりました。
観望会終了後は、望遠鏡を持ち寄ったメンバーが集い天文談義。
天体写真はデジタルか銀塩かという話では、印画紙への焼付けの際に行っていた「覆い焼き」を知らない若い子がいたりして、時代の変化をひしひしと感じたものでした。(覆い焼き・・・月の欠け際など極端な光量差のある画像の描写性を向上させるために、引き伸ばし機から印画紙への光路の一部を遮蔽するなどしてアナログ的に階調を豊富にするテクニック・・・って、知らない人にはやっぱり何のことやらわかりませんね)

気温が高く、楽な観望会でした。
遠ざかりつつあるルーリン彗星、参加者に見てもらいたかったのですが・・・。

2009年03月02日

●天気が悪い!

昼間は天気が良くても、夜になるとクモクモという日が続いています。

昨夜もそうでした。
夕方はけっこう晴れてきて「今夜はルーリン彗星が見えるかな」と思っていたのですが、夜になると北から次々に雲が湧いてきて・・・。

でも、22時過ぎ、けっこう大きな雲の切れ間が来たので、とりあえず、と思い、ルーリン彗星を撮影しました。

rurin090301c.jpg

でも、困ったことに、雲で北極星が見えない!
加えて、流れてくる雲で彗星付近は2分と晴れ間が続かない・・・。

勘で極軸を合わせて撮影したところ、2分露出でも僅かに星が流れるので、また勘で微修正。
で、雲の切れ間から撮影したのですが、1分露出するともう全天クモクモ。
というわけで、結局、1分露出を1枚しか撮れませんでした。
機材は、あのファミスコ60です。
焦点距離は400mm。ペンタックスSDUFのようなキレはありませんが、けっこういい像だと思います。
でも、鏡筒全体を回してピントを合わせるので、微妙なピント合わせが難しいんですよね。

今日も夕方までは快晴でしたが、夜になるとベタ曇り。
月も大きくなるし、ルーリン彗星もそろそろ終わりのようです。

2009年03月21日

●1年ぶりの彗星捜索

昨夜はよく晴れていましたので、藤橋まで15センチ双眼鏡と共に出かけました。
南西の空が開けた某所に双眼鏡を設置し、山の稜線の上から水平捜索を始めます。
捜索をするのは実に1年ぶり以上です。このところ公私共に恐ろしく多忙で、星を見る余裕がほとんどなかったのです。

視野の中を静かに動いてゆく微星を見つめるうち、心が次第に澄んでゆくのを感じます。
シンチレーションで瞬く星のひとつひとつが、ひどく懐かしい気がします。

「いまどき眼視で彗星捜索なんて・・・」と思われそうですね。
「彗星はもうアマチュアには見つからないよ。大望遠鏡によるサーベイですべて発見される時代だよ」
「真天体を見つけたいのなら彗星じゃなくて新星か超新星の方がまだ可能性があるよ」
こう思われた方、正しいです。確かに眼視による彗星発見はよほどの奇跡でも起こらない限りまず不可能になってしまいました。
でも私は、眼視にこだわりたいのです。もちろん、彗星は見つけづらいから新星や超新星に転向などというポリシーのないことはしたくありません。
というわけで、いささか時代遅れかもしれませんが、自分の目だけを頼りに、ふたたび彗星捜索を再開したわけなのです。

うさぎ座の球状星団M79をとらえ、視野は、おおいぬ座からさらに南へと進みます。
おおいぬ座、とも座付近は散開星団や小さな散光星雲の多いところで、視野を動かすたび、さまざまな姿をした星雲星団が入ってきます。
とも座のゼータ星付近に見慣れた星団が入ってきました。NGC2477、私が生まれた晩、関勉さんが、この星団のすぐ近傍に「関・ラインズ彗星」を発見しています。この星域に限らず、かつて新彗星が発見された星域に視野が向くと、なぜ知らず緊張してしまいます。
この星団の北には、8等星を囲むようにぼんやり滲んだNGC2467。誰も知らないごく小さな散光星雲です。
さらに視野を進めると、おおいぬ座タウ星を取り囲む小さな散開星団NGC2362が入ってきました。繊細かつあでやかなこの星団は、私の好きな天体の一つです。

1時間ほどの捜索を終えると、オリオン座がだいぶ西へ傾いていました。
東の空には、しし座が高くかかり、「もう春なのだな」と思いながら双眼鏡を片付けました。

2009年03月22日

●薄曇りのメシエマラソン

昨夜は、天文同好会の例会を兼ねたメシエマラソンでした。
昼間は快晴だったのですが、夜に入って薄雲が次第に濃くなり、見上げる夜空には数えるほどしか星が見えない状況。
望遠鏡を組み立てるかどうか迷ったものの、とりあえず私は15センチ双眼鏡をセッティング。
雲の切れ間から、何とかM35(ふたご座の散開星団)、M81・82(おおぐま座の銀河)、M3(りょうけん座の球状星団)をとらえたところで全天、曇ってしまいました。

傍らでは、HさんがNJP赤道儀にC-14シュミカセをセッティング。
また、Oさんが32センチドブソニアンを組み上げ、それぞれの望遠鏡で土星を見せていただきました。
環を真横から見る位置にある土星は、串刺しのお団子のよう。
大口径で見るその姿は格別でした。

その後は寒い中、あれこれ天文夜話。
天気予報では夜は絶望的だったにもかかわらず、とりあえず晴れたしいくつかの天体も見ることができたので、まあ成功だったんじゃないの、ということになりました。
寒くても曇っていても、仲間が集っていっしょに夜空を見上げるのは楽しいものです。

メシエマラソン:全天に109個あるM(メシエ)天体を、一晩のうちにいくつ見ることができるかを競うもの。

2009年04月03日

●アインシュタインロマン

先日、ビッグ・ウェンズデーのサントラ盤をようやく入手したことを書きました。
とてもラッキーだったのですが、さらにそれからしばらくして、やはり長年、探し続けていたもう一枚のCDを入手できました。

だいぶ以前にNHKテレビで放送していた「アインシュタインロマン」という番組をご存知でしょうか。
この番組のサントラが、それはそれは「大宇宙」を想起させるすばらしいものなのですが、すでに絶版となって久しく、新品はもちろん中古も入手がほぼ不可能な状態となっていました。
もともと販売された数が極端に少なく、知る人ぞ知る超レアものだったのです。

ところが、つい最近、ある方の好意で入手することが叶いました。
毎晩のように聴いていますが、聴けば聴くほど感動が増してきます。

この作品を楽しむ最高の場所は・・・プラネタリウム!
満天の星を映し出し、大音量で聴く「アインシュタインロマン」は、まさに至福のひとときです。
とにかくすばらしいので、ぜひ星が好きな多くの方に聴いていただきたい作品です。

ビッグ・ウェンズデーの話題の際にも書きましたが、やはり諦めずに探し続けることが肝要ですね。

2009年04月10日

●この画像は・・・?

何やら不思議でSF的な画像が・・・。

focus1.jpg

実はコレ、地球を離れること123億光年の彼方にある惑星状星雲HAS27-b2cの内部構造を撮影した世界初の画像です。

・・・なんていうのは真っ赤な嘘で、以前にフォトショップをごちゃごちゃいじりながら作った宇宙的雰囲気の画像です。
とはいってもお絵かきをしたわけではなくて、元になっている画像はちゃんとあります。
皆さん誰でも知っている自然の風景を撮影した画像を細工したものなのですが、元画像が何を写したものなのか、わかる方はいますでしょうか。

2009年04月11日

●この画像は・・・?(その2)

またSF的な画像を・・・。

flash2.jpg

これは、アンドロメダ銀河の中心から約3万光年の宙域にある恒星「H34-205」付近の様子です。
H34-205の強い恒星風によって星間物質が吹き飛ばされ、電離して輝いているのを撮影した貴重な画像です。

・・・なんてはずはありませんね。
これも、昨日と同じ素材の画像をフォトショップで加工して作ったものです。
あくまで遊びですから「インチキだあ!」なんて騒がないで下さいね。

で、種明かしをしましょう。
元画像は「浜辺の波」です。
砂浜に打ち寄せる波を撮影した画像に、コントラスト調整やトーンカーブ調製やその他さまざまな加工を施しました。

黒カセのHさんや都城人さんが指摘された「桜」も素材としてはいいですね。
波を撮影しているので、「水面に映っている・・・」という都城人さんの推測は、なかなか核心をついています。

というわけで、何の意味もない記事ですみません。

でも、どこか星好きの人の心をくすぐるエキセントリックな画像でしょ。

●この画像は・・・?(その2)

またSF的な画像を・・・。

flash2.jpg

これは、アンドロメダ銀河の中心から約3万光年の宙域にある恒星「H34-205」付近の様子です。
H34-205の強い恒星風によって星間物質が吹き飛ばされ、電離して輝いているのを撮影した貴重な画像です。

・・・なんてはずはありませんね。
これも、昨日と同じ素材の画像をフォトショップで加工して作ったものです。
あくまで遊びですから「インチキだあ!」なんて騒がないで下さいね。

で、種明かしをしましょう。
元画像は「浜辺の波」です。
砂浜に打ち寄せる波を撮影した画像に、コントラスト調整やトーンカーブ調製やその他さまざまな加工を施しました。

黒カセのHさんや都城人さんが指摘された「桜」も素材としてはいいですね。
波を撮影しているので、「水面に映っている・・・」という都城人さんの推測は、なかなか核心をついています。

というわけで、何の意味もない記事ですみません。

でも、どこか星好きの人の心をくすぐるエキセントリックな画像でしょ。

2009年04月25日

●ニコン8cm屈折望遠鏡

先日、勤務先の揖斐川歴史民俗資料館で古文書に関する講演会がありました。
演者は、中学校の先生で私と同い年。
その方は天文ファンでもあり、会話は自然に古文書から天文へ・・・。
最近の土星の環の見え具合や好きな天体などの話から、やがて天体望遠鏡へと話は発展し、その方が持っている望遠鏡が、なんと往年の名機、ニコン8cm屈折赤道儀であることが判明しました。

8cma.jpg

現在では民生用の天体望遠鏡は販売していないニコンですが、1980年代までニコンの名に恥じない超高性能の屈折望遠鏡を製造販売していました。
その方が持っている8cm屈折赤道儀は、私が天文を始めた頃、憧れの的だった望遠鏡です。
1972年当時の価格は、265,000円。
口径80mm、焦点距離1200mm(F15)のアクロマートという正統的な設計で、レンズは折り紙つき、赤道儀も、華奢なものばかりだった当時としては剛性とデザイン性に優れたものでした。
その頃、私が小遣いをはたいて買ったミザールの6cm屈折が12,000円でしたから、ニコン8cm屈折がいかに高級品であったかおわかりいただけると思います。
その後、ニコンはいくつかの天体望遠鏡を発売しましたが、性能的にもデザイン的にも、インパクトは8cm屈折がいちばんでした。

その方は、今は忙しくて望遠鏡は使っていないとのことでした。
それでも大いに話は盛り上がり、お近くに住んでいることもあって、近々、いっしょに星を見ましょうということになりました。
ニコン8cm屈折は、実はまだ覗いたことがありません。その後に発売されたニコン製望遠鏡は、いずれも、やや黄色味を帯びた平坦で非常にシャープな、非の打ち所のない像を結びましたから、8cm屈折も、世界のニコンのブランドに恥じない素晴らしい星像を見せてくれるのではないかと期待しています。

それにしても、古文書の講師の先生と天文話ができるとは思いもよりませんでした。
いっしょにいた人たちは、「ここは本当に歴史民俗資料館なの? ぜんぜん話の内容がわかりません」と、呆然としていました(笑)。

写真:ニコン8cm望遠鏡のカタログより

2009年05月01日

●忙中閑あり、土星を楽しむ。

昨日は休みだったにもかかわらず忙しい一日でした。

午前中は文化財関係の仕事の電話とメールを数件、それから天文関係のメールをあちこちに。
午後は文化財の仕事の関係で設計事務所に赴いて打ち合わせ。
夕方から夜は出版の企画会議。
夕食を食べてから揖斐川歴史民俗資料館の駐車場で仲間内の観望会。

観望会では、好シーイングの下、月と土星を楽しみました。
8月に環の消失を控えた土星は、細い環の影が本体にくっきりと落ちて、すばらしい眺めでした。
土星を見ると、いつもしんと静かな気持ちになります。
同じようなガス惑星でも、木星ではそうした心持にはなりません。
環があるだけでなく、土星は不思議な魔力を湛えているように思えます。

月の近くには、ふたご座のカストルとポルックス、真南の空には、おとめ座のスピカが純白の輝きを放ち、北天高くには北斗七星が昇りつめ、やや冷たい春の夜気の中で見上げる星空は美しいものでした。

Hさん、MT-160、すごく良く見えましたヨ。
Nさんの自動導入も良いですね。
西美濃天文台の60cmしか自動導入の機材を使用したことのない私ですが、個人用に自動導入の経緯台が欲しくなってしまいました。観望会にはたしかに手軽でセッティングがすばやくできてgoodですね。

2009年05月10日

●満月の晩に見えるモノ

ここ二日ほど天気が良くて、夜になるとほとんど欠けていない大きな月がきれいです。
こんな満月の頃になると、よく言われます。
「満月の晩は、月の観察に適しているんでしょうね」
まん丸に煌々と輝く満月を見ると、たしかにそう思いますね。

でも。
実は満月の晩は月の観察にあまり適していないんです。
というのは、満月は太陽が真正面から月面を照らしていますから、月面に影ができず、地形の細かな凹凸がわかりづらいんですね。
太陽が斜めから月面を照らし出す半月の頃だと、逆に欠け際の地形がよくわかります。
隕石の落ちた跡のクレーター、高さ2000mを超える山脈、さらに「海」と呼ばれる暗く平坦な低地(月のウサギを形づくっている暗い部分です)の中にうねうねと伸びる皺状の地形や低いドーム状の盛り上がりなど、太陽高度が低い欠け際部分でしか詳細に見ることができません。
ですから、月の観察をしようと思ったならば、満月は避けた方が良いのです。

full moon7.jpg

ただ、満月の頃が最も観察に適している地形もあります。
それは、比較的新しくできたクレーターから放射状に伸びる「光条」と呼ばれる地形です。
月面に隕石が激しく衝突した際にえぐり取られた月表面の物質が、衝撃で周囲に飛散してできた地形ですが、この光条は満月近くになるほど白く輝きが際だちます。
写真でも、左下にある「ティコ」というクレーターから伸びる光条がおわかりいただけると思います。

今夜も、大きな月が間もなく昇ってきます。
光条は目のいい方なら肉眼でわかりますし、双眼鏡があればもっとよくわかります。
ちょこっと外に出て光条を確認してみて下さい。

2009年05月25日

●人生最大の失敗!

毎年、5月になると大学生の頃の失敗談を思い出します。大笑いの失敗談です。
大学生の頃でした。
東京では星が見えませんから、週末になると仲間と長野や山梨に観測に出かけていました。

アイラス・荒貴・オルコック彗星という彗星が地球に接近したその晩も、私を含めたメンバー数名は、野辺山で彗星の撮影をしていました。
その頃は、今のように誰もが車を所有している時代ではありませんでしたから、私とA氏はいつものように250ccのバイク、他2名は列車(高原列車で有名な小海線です)で現地に赴いていました。

nobeyama1.JPG

折しも快晴で、高原の夜空はまさに降るような星です。
そのかわり、5月にしては猛烈に寒く、真夜中を回る頃には気温は零度を下回っていました。
アイラス・荒貴・オルコック彗星はちょうど地球に再接近しており、光度は5等、満月よりも大きなイメージで真夜中の空に浮かんでいます。

撮影も順調に進み、時刻は午前2時過ぎ。
私のその晩の観測プログラムは、同彗星の撮影後、10センチ反射で東天の彗星捜索を行なうことでした。(捜索にいちばん燃えていた頃です)
腹が減ったので、途中で買ってきたほかほか弁当を開いたのですが、あまりの寒さに凍りついていてとても食べられたものではありません。これでまず、やり気をそがれました。
めちゃくちゃ寒いので温度計を見ると、なんと零下5度。
もとより寒風の中をバイクで東京から走ってきたわけですから、体は冷え切っており、疲れと眠さも手伝って意識は朦朧、足はフラフラという状態です。

東の空にはアンドロメダ大星雲M31が、青白く浮かんでいました。
他のメンバーはといえば、すでにシュラフにくるまって就寝の準備をしています。
「まっちゃんももう寝なよ。またバイクで帰るんだぜ。このままじゃ体がもたないよ」
そんな言葉に、私の観測意欲はもろくも崩れ去りました。
「そうだな。撮影もできたし、捜索はいつでもできるからな」
機材を撤収しながら私は、東天に昇っているM31が気になって仕方ありませんでした。
そう、M31の方向から何か呼ぶ声が聴こえてくるような・・・。
「M31のすぐ近くに明るい彗星があったりして。あはは」
耳について離れない呼び声を振り払うように私は言い、シュラフに入りました。

で、その日の午後。
某天文○イド編集長から電話が入りました。
「ああ、どうも。実は今朝、彗星が発見されましてね」
受話器を握ったまま、私は返事もできませんでした。
「日本人3人が発見しました。光度は8等。位置はM31のすぐ横です」

編集長からの撮影依頼を受けて、仲間を募って出かけた奥多摩で見たその新彗星は明るく、大きく、野辺山でちょこっと捜索していれば、よほどの間違いがない限り、確実に発見できたイメージでした。
一生に一度あるかないかのチャンスを、怠け心のために私は逃してしまったのです。

その晩、奥多摩へいっしょに観測に行った人に、現在は愛知県の某天文台に勤務するS氏がいます。
大変に熱心な捜索家であるはずのS氏に訊いてみました。
「昨日は観測に行かなかったの?」
するとS氏、頭をかきながら、
「ちゃんと奥多摩湖へ行ったよ。捜索しに」
「じゃあ、違う方向を観測してたの?」
「いや、それが・・・」
S氏、観測地で知り合いの天文同好会と遭遇し、勧められるまま酒盛りに参加、観測をしないまま眠りこんでしまったというのです。
「いやあ、M31がきれいに見えててさ、すごく気になったんだけどさ、どうしても飲めっていうもんだからさ、ついつい・・・」

もしかしたら自分たちの名前がついたかもしれない新彗星をお互いの望遠鏡の視野にいれたまま、私とS氏は並んで大きなため息をつきました。
一瞬の怠け心が、人生最大の失敗につながるというお話でした。
チャンチャン!

写真:当日朝撮影した野辺山観測所の電波望遠鏡。この写真を撮影したときには、まだ新彗星の発見を知らない・・・。

2009年05月30日

●反射望遠鏡も使います

このところ天気が悪くて星が見えません。
なので、今日は私の持っている望遠鏡の一台の写真などを・・・。

vmc200.JPG

天文に詳しい方はご覧になってすぐにおわかりのように、ビクセンのVMC-200L、口径20cmの反射望遠鏡です。
「へー、まっちゃん、反射も持ってたんだ」
古い星仲間は思うかもしれません。
基本的に私は、子供の頃から屈折派です。
最初に買った望遠鏡が6cmの屈折経緯台でしたから、以来、屈折の落ち着いた像が好きになって基本的に屈折望遠鏡ばかり使ってきました。
いろいろと使ってきた中で、反射はこのVMC-200Lと、高校生の頃に買ったミザールの10センチ短焦点反射の2台のみです。

観望会や月面、惑星の観察に使っていますが、シーイングと鏡の状態が落ち着いているときにはなかなか良い像を結んでくれます。
昔の反射望遠鏡は、正直言って製品のばらつきが大きかったのですが、最近の量産品は機械による研磨技術の進歩とコンピューターによる光学設計によって、名の通ったメーカー品であればどれも良く見えるようになってきました。

接眼レンズの進歩も反射望遠鏡の良像結合に大きな寄与をしています。
昔は、反射望遠鏡にもハイゲンスやミッテンゼーハイゲンスといった接眼レンズが付属していることが多く、ちょっと高級品でようやくケルナーやオルソスコピックが付いている程度でした。
ハイゲンス系の負の接眼レンズは、どちらかといえば屈折望遠鏡と相性が良い接眼レンズです。
ケルナーやオルソといった正の接眼レンズは反射望遠鏡にも適していますが、いずれにしても正の接眼レンズで45度程度、負の接眼レンズでは35度程度と見かけ視界が狭く、アイリリーフも短いことから覗きづらいものでした。
それがここ20年ほどは、視界が広く収差も良く補正された接眼レンズが出まわるようになり、屈折に比べて収差の影響を受けやすい反射望遠鏡が本来持っているポテンシャルを容易に引き出せるように変わってきたのです。

最近、カミさんが「家に天文台を作るんだ」と言い始めました。
ある程度の口径の機材を設置するとなれば、値段の点から反射望遠鏡を選ばざるをえません。(屈折の大口径は恐ろしく高価です)
機材の選択を考えなきゃなあと思っているところです。
あ、その前に資金繰りを考えなくては・・・。

2009年06月03日

●星と蛍

運動不足を痛切に感じるこの頃、夜の散歩をしています。
晴れた晩は星を見ながら歩くので楽しいのは当然ですが、ここ数日はもうひとつ楽しみが増えています。
というのは、散歩コースのあちこちで蛍が見られるようになってきたからなのです。
とはいえ拙宅の近所は住宅地なので、乱舞するほどの蛍が見られるわけではありません。
用水路や水田に、ときおりスーッと青白い光が見られる程度です。

コンクリートで固められた用水路なのに、よく蛍が生息できるものだと感心すると同時に、なぜもっと生物に配慮した水路が作れないのだろうと思いながら歩きます。
「用水路は効率よく水を流すのが目的だよ」
そんな反論が返ってきそうですが、土木技術の発達した昨今、生態系に十分な配慮を払いつつ、用水路としての使命もしっかり果たせる水路を作ることはさほど難しくないのではないかと思います。
実際、先進的な取り組みをしている地域では、生態系に配慮した水路整備が行なわれており、要は自治体や住民のやる気次第のようです。

また、蛍は強い明かりがある場所では生息できません。ところが、ウチのまわりでも街灯やパチンコ屋の電飾看板などがどんどん増えてきています。
新聞が読めそうなほど明るい場所で細々と光っている蛍を見ると、何ともやるせない気持ちになってきます。

蛍の保護に取り組む自治体が増えてきてはいますが、蛍だけではなく、河川や水路の生態系全体を考えた取り組みが求められているのではないかと思います。

冷たく青緑色をした蛍の光は、星の輝きによく似ています。
蛍を見ると、私はいつも「こと座」の1等星、ベガを思い浮かべます。
灯りが増えたり環境が悪化すると消えてしまうのは、星も蛍も同じ。
生き物にも星空にも優しい夜の環境を取り戻したいですね。

2009年06月25日

●日食に行きます!

来月22日、全国で日食が見られます。
日食は月が太陽を隠す現象で、今回は九州の南海上から小笠原諸島付近にかけては、太陽が完全に隠される「皆既日食」となり、その他の地域では太陽の一部が隠される「部分日食」となります。

国内では久しぶりの皆既日食ということで、私も小笠原まで見に行く予定です。
正確には「ふじ丸」という豪華客船で小笠原付近の海上から観察するツアーに参加します。
このブログにコメントを下さっている方が誘って下さいました。

船の上からの観察ということで揺れは避けられず、どのような機材でどのような撮影をしようかと考えているのですが、今のところはあまりパッとしたプランが浮かばずにいます。
小望遠鏡の直焦点でコロナを撮影するのと並行してビデオでちょこっと動画を撮る程度かもしれません。
「肉眼でじっくり見るのがいちばんだよ」と慣れた方からのアドバイスもいただきますが、やはり最低限の画像は撮っておかないとなあと欲が出てしまいます。
そろそろ真面目に機材を検討しないとと思いながら、日々の忙しさに紛れて時間だけが過ぎています。

船旅は一週間の予定で、途中、父島に半日だけ上陸します。
プールや図書館、ラウンジも完備された客船ですので、船上では快適に過ごせそうです。
父島では、バイクを借りて島内を回ろうと思っています。

たとえ曇りで日食が見られなくても、船旅が楽しめればそれはそれで良いと思っていますが、こんな最悪のシナリオも考えられます。
「台風に遭遇して船酔いゲロゲロ、日食は見られず上陸した父島も大荒れの天気・・・。」
これだけは避けたいなあ。
まあ、自然相手のことですから、たとえそうなっても仕方ないですが・・・。

2009年06月26日

●小中学生向け日食パンフの作成

昨日に続いて日食の話。

今回の日食は、皆既にならない地域でも食分の深い部分日食が全国で見られます。
すでにテレビや新聞で報道がなされており、夏休み中ということもあって当日は全国でたくさんの人が観察するものと思います。
その場合、危惧されるのが、非常に明るく高熱を放っている太陽を見ることによる目の故障です。

「そんなの、黒い下敷きを通して見ればいいじゃん」
そう思った方、それは間違いですヨ。
確かに、私が子どもの頃は、確かに黒い下敷きやすすをつけたガラスで見ればいいと教えられましたが、黒い下敷きや黒く感光したフィルムの切れ端は、まぶしくはないものの、実は目に有害な赤外線を通しやすいことがわかってきました。

誤った観察方法の場合、最悪の場合は失明してしまうことも考えられますので、日食観察によるそうした事故を起こさないため、教育委員会に正しい観察のための資料制作を提案したところ、ぜひ作って欲しいということになり、今日の午前中いっぱいかかってA3一枚の資料を作成しました。
近日中に学校を通じて、揖斐川町内各校の児童生徒に配布されます。

私が当日職場にいれば住民を集めて大観望会を開催したいところですが、残念ながら不在ですので、資料を親子で良く読んでいただき、事故のないように部分日食を楽しんでもらえればと思っています。

このブログを読んでいる皆さんも、黒い下敷きや黒ビニールを通して観察するといった危険なことはぜったいに避けて下さい。
天体望遠鏡を持っている方は投影法で、持っていない方は大手カメラ屋さんや望遠鏡販売店で「日食グラス」を買って下さいね。
カミさんと娘も、今日の夕方、近くのお店に「日食グラス」を買いにいくとのことです。

2009年06月30日

●サイエンスカフェに行ってきました

サイエンスカフェってご存知ですか?
文字通り科学をコンセプトにしたカフェで、店内には科学をテーマにした映像が流れ、科学系の本やグッズを展示販売し、文字通りサイエンスを話題にしながらお茶やお料理を楽しむことができます。

そんな天文ファンにはたまらないサイエンスカフェに昨日、行ってきました。
今度の日食ツアーに参加するメンバーの顔合わせ&打ち合わせが、名古屋駅からほど近いサイエンスカフェ「ガリレオ・ガリレイ」で行われたからなのです。

集まったのは、船で同室となるメンバー4名。
初対面でもすぐに打ち解けてしまうところは天文ファン同士ならではです。

黒を基調にしたシックな内装がおしゃれな店内には、大型スクリーンに「2001年宇宙の旅」が映し出され、販売コーナーにはさまざまな科学関係の書籍がずらり。

今回はお茶だけでしたが、イタリア料理を楽しむこともでき、天文屋さんにとってはアカデミックかつハイセンスな雰囲気の中で、楽しい時間を過ごすことができそうです。

ひととおり打ち合わせが終わった後で、先ほどから気になっていた隅っこの小部屋を探索。どうやらここは3Dシアターのようです。
すぐにお店の人が来て「何かご覧になりますか」とコンテンツをセット。
映し出されたのは、国立天文台が先般開発した3D映像でした。
専用メガネをかけて見る番組は宇宙の生成を解説したもので、目の前に無数の銀河が飛び出してくる映像に、一同、感嘆することしきりでした。

「ガリレオ・ガリレイ」では、一流の科学者によるさまざまなライブイベントも定期的に企画しています。
天文ファンならハマることうけあいのサイエンスカフェ。
名古屋駅前なので交通も至便です。
皆さんもぜひ一度、訪ねてみてくださいね。

2009年07月02日

●福島で見た部分日食

皆既日食まで20日となりました。
次の休みにでも持ち物や観望・撮影機材をリストアップしなきゃ、と思っています。

日食といえば、皆既は見たことがないものの、部分日食はこれまでけっこう見てきました。
それらのなかでいちばん印象が深いのが、1981年7月に起こった部分日食です。
このときはシベリアで皆既日食となり、日本でも北へ行くほど食分の大きい日食が見られました。

この日、私は東大和天文同好会の面々とともに、福島県浄土平で開催されていた「星空への招待」の会場にいました。
「星空への招待」は、藤井旭さんの愛犬だった「チロ」が主催者という、日本のスター・パーティーの草分け的なイベントです。
当日は快晴。福島県では太陽の7割近くが欠ける部分日食ということで、満天の星空と日食見物を目的に集まった天文ファンは2000人以上、テレビやラジオが取材に押しかける騒ぎとなっていました。

touei3.JPG

日食に先駆けて参加者が自分の機材を自慢しあうイベントが行われたのですが、他の参加者が工夫を凝らした自作機材を得々と自慢するなか、私とS氏(現愛知県の某天文台職員)はなぜか望遠鏡ではなくギターを抱えていました。
オタク天文ファンが集うなかで、ギターを抱えたひときわ異様な風体の二人に注目が集まらないはずはなく、すぐに福島放送のアナウンサーがマイクを向けてきました。
「お二人はどんな望遠鏡を自慢されてるんですか」
そこで私たちは、おもむろに目の前の看板を指差します。そこには「ギター組曲・星空への招待のために」なる紹介が。
「機材ではありません。ボクたちは今日のために2台のギターのための組曲を作曲してきたのです」
「どひゃー!あなたたちの自慢ってもしかして自作のギター曲?ぜひ演奏して!」

というわけで、望遠鏡の林立する会場に響くギターの音色。俄然、色めき立つ天文屋さんたち。
それからの私たちは、ほとんど福島放送の専属タレントになってしまい、実況中継のラジオ番組で喋るは歌うは・・・。

もちろん真面目な自慢機材も出品、賞を総なめした上に、最後に行われた参加者総出の大ジャンケン大会を見事勝ち抜き、当時流行しはじめていた「フォーミングガス超増感セット」をゲットするなど大活躍をしたのでした。

日食ですが、最大食分の際には、ほんの僅かですが周囲が暗くなり、気温が下がるのが実感できました。(よほど注意深くないと気づかないレベルでしたが)

そういえば、ラジオ番組のオープニングコールもやらされました。
『RFCワイド!午後いちばん!』って。
思えば昔の話ですね。

写真は、投影で日食を見ている私たちと福島放送のアナウンサーのおねえさん。
当時は、太陽観測用のサングラスをアイピースにねじこんで見るのが一般的という時代でしたが、進歩的な?私たちは投影で観察していました。
22日の日食も、皆さん、安全な投影法で見ましょうね!

2009年07月04日

●梅雨も好きです

梅雨時が好きです・・・なんて書くと「変わってるなあ」と思われるかもしれません。
ジメジメしてるし青空が見えなくて鬱陶しいし、洗濯物は乾かないし星は見えないし、梅雨なんていいことないじゃん、と言われそうです。

でも、雨に濡れた草木はしっとりと濡れそぼって生き生きしているし、カエルやオタマジャクシなど水辺の生き物が元気だし、山には靄がかかって山水画のような趣きを感じさせるし、一年の中で最も詩情豊かな季節ではないかと思うのです。

syobu1.jpg

写真は、菖蒲の花と雨に濡れた竹林。
どちらも梅雨の季節が似合う風景です。

tikurin1.jpg

梅雨時の星空も好きです。
星が見える晩は少ないけれど、たまさかの晴れ間に見える星空は雨に洗われて透明です。
この時期に見える星に「うしかい座」のアルクトゥルスという1等星がありますが、赤みをおびたこの星を梅雨雲の晴れ間に見つけると、いかにも初夏の夜空という感じがして心の中まで潤った気分になります。

雨だからといって家の中に閉じこもっておらず、この時期にしか見られない自然の風景を見つけてみるのも楽しいものですヨ。

2009年07月08日

●スター・フェスティバル

ここ数日、家にある古いビデオテープを見直しています。
ビデオテープとはいっても映画やアニメではなく、自治体が作った町村紹介ビデオや、さまざまな郷土の映像記録資料などです。

それらのなかに、旧藤橋村で開催していた天文イベント「スター・フェスティバル」の記録があり、思わず見入ってしまいました。
「スター・フェスティバル」は、平成2年から「星のふる里・藤橋村」をアピールするために、私たち西美濃天文台のスタッフが中心となって開催していたイベントです。
中部地方では、当時、最大規模の星見イベントで、最盛期には一万人の参加者を集め、芝生広場にずらりと望遠鏡を並べての星見会をはじめ、コンサートや天文クイズといったステージイベント、天文学者による講演会、参加同好会による天文グッズ販売など、主催者であった私が言うのもナニですが、非常に内容の濃い、しかも家族揃って楽しめるすばらしい天文イベントでした。

sf2002.jpg

年々、参加者が増え、高い評価を受けていたこのイベントですが、徳山ダム工事の本格化のために会場確保が困難となり、2002年8月を最後に終了しました。
2002年は、星空の音楽会、名古屋大学の福井康雄先生による講演、しし座流星雨の動画解説、ライブプラネタリウム、西美濃天文台の無料公開などが行われ、1万人の参加者が夏の夜を満喫しました。
星空の音楽会は2部形式で、1部は弦楽四重奏、2部は星空を唱うユニット「アクアマリン」の演奏と、大人も子どもも楽しめるコンサートでした。
前の晩は雷雨でしたが、当日は嘘のように晴れ上がり、20時にステージイベントが終了した後は満天の星空を楽しむことができました。
フィナーレは花火の打ち上げ。
ずっとスター・フェスティバルにかかわってきた私は、夜空を彩る花火を見ながら感無量だったものです。

この規模のイベントとしては予算が非常に少なかったため、準備も当日も恐ろしく大変でしたが、ビデオを見ていると何とも懐かしく、あらためて良いイベントだったことを実感しました。

今も内外からこのイベントの復活を願う声が聞かれます。
非常に手間のかかるイベントでしたから、復活させるにはそれなりの体制を整える必要がありますが、そうした条件さえクリアできるのであれば、また取り組んでみたいとも思います。

2009年07月10日

●日食準備は難しい!

日食の準備がはかどりません。
今回は船上からの観望で望遠鏡のセッティングができませんから、赤道儀を持っていっても意味がありません。
「じゃあ、簡単じゃん」
と思われるかもしれませんが、経緯台式の望遠鏡は15cm双眼鏡しか持ってないし、いつもの観測や撮影と違って車での移動ではないために、持参できる荷物は限られてしまいます。

機材をはじめとした荷物を運搬する方法もなかなかに難しい。
頻繁に山登りをしていた若い頃だったら、フレームザックなどの運搬用具も揃っていましたが、ここ20年ほどは車での移動ばかりで荷物の運搬手段もなし。
というわけで、結局は小さな望遠鏡に三脚、デジカメ程度のライトな機材になりそうです。

今日は、薬局に行って酔い止めの薬も買ってきました。
大きいとはいっても船ですから、船酔いする可能性は十分なので・・・。

船にはプールがあるし、父島でちょこっと泳ぐかもしれないので水着も要るなあ。そういえば、仕事に穿いていく以外の靴って持ってないなあ。服もロクなものがないし・・・。
というわけで、通常の観測と違った日食行に戸惑うことしきりです。

ごつい機材を車に積んで防寒具に身を固め、寒さとひもじさに耐えながらの観測行ならば一冊の本が書けるほど経験を積んで慣れているのですが、寒さや雨露の心配がない設備で一日四回の食事が出て、プールもありラウンジも図書館もあり、コンサートや講演会といった行事が目白押し、といった「リッチな」星見行は、悲しいことにほとんど経験がありません。
悲惨でプアな観測を続けてきた私にとって、今回の旅は何とも扱いづらいしろものなのです。

2009年07月14日

●久々の星空

運動不足解消のために、暇を見つけては夜に歩いています。
当然、星空が気になるところですが、このところずっと天気が悪くて星を見ながら歩くというわけにはいきませんでした。

でも、昨夜は良く晴れて、久々に夏の星空を見上げることができました。
木星が南東の空に明るく輝き、天頂には夏の大三角が大きく見えています。北西には北斗七星が落ちてゆき、南の低空にはさそり座。
透明度が良かったので、郊外の明るい空とはいえ、漆黒のバックにくっきりと見える夏の星々は鮮やかで、星空を見ながら心楽しく散歩することができました。

ひそかに流星の出現を期待していましたが、残念ながら見ることはできませんでした。
そろそろ、「みずがめ座流星群」や「やぎ座流星群」、そして年間3大流星群のひとつである「ペルセウス座流星群」が活動し始める時期なので、これからの時期、天文に詳しくない方でも、偶然に流星を見るチャンスが多くなります。
皆さんも、晴れた晩には夜空を見上げてみてはいかがでしょうか。

2009年07月25日

●快晴の皆既日食!小笠原の空にコロナは輝く

今日の夕方、皆既日食観測ツアーより帰宅しました。
ずっと船の上だったのでブログの更新ができず(船では携帯もネットもつながらないのです・・・)、一週間ぶりの更新です。

さて、今世紀最長と呼ばれた今回の皆既日食。
私は、「ふじ丸」という船から観察しました。
ふじ丸は、排水量23,000トン、全長165m、速力18ノットという外航用の大型客船です。
今回のツアーは、姫路港を出航し、皆既帯の真ん中で日食を観測、小笠原列島の父島に寄航して姫路港に戻る5泊6日の旅でした。

全国的に悪天候に見舞われた今回の日食。
「ふじ丸」での観察はどうだったのかといえば・・・。

kaiki01.JPG

写真を見ればわかりますよね。
前日までは曇りだった天候が、当日はウソのような快晴となり、ほぼ雲のない絶好の条件で見ることができました。
写真は、口径60mm、焦点距離500mmのフローライト屈折で撮影したものです。
撮影場所は、ふだんはクルー以外は入ることのできない最上甲板。
今回、特別の許可を得て入ることができました。

当日の様子です。
この最上甲板に陣取ったのは、写真撮影を目的とするベテラン勢でした。
それぞれ工夫を凝らした機器をセッティングし、照りつける日差しの下、皆既の瞬間を待ちわびているところです。

kanpan1.JPG

いわゆる「日食フリーク」というと、そのことしか頭にないオタクさんの集団のように思えますが、今回、ご一緒させていただいた方々は、みなさんとても穏やか&フレンドリーで、楽しく談笑しながら皆既までの
時間を過ごすことができました。

こうした天文現象時につきもののトラブル・・・。
やっぱり発生しました。
ひとつは大したことのない・・・というか、ばかばかしいトラブルでしたが、もうひとつはひとつ間違えば致命傷になりかねないものでした。
まあ、何とか騙し騙し、やり過ごすことができましたが・・・。

よく言われるように、6分半という時間は恐ろしく短いものでした。
それでも、とりあえずは撮影をし、眼視でも観察をし、彩層もダイヤモンドリングもしっかり見ることができましたから、まずは大成功だったと思っています。

今日は、とりあえず速報ということで、皆既の写真と観測のようすだけをUPします。
明日から、もう少し詳細に旅の様子をお話しようと思います。

日食は完璧、船上から見る星空も完璧、父島は最高、海は終始穏やか、
毎日の食事はおいしいし、どこからどこまで非の打ち所のない観測行となりました。
こんなに何もかも完璧に運んでいいのだろうかと不安になるほど、夢のように過ぎた一週間でした。

2009年07月27日

●快晴の皆既日食!撮影機材編

今回の日食で、いちばん迷ったのが撮影機材の選択でした。
場所がたとえ海外のどんな僻地であっても、しっかりとした大地の上での撮影ならば、手持ちの赤道儀に適当な鏡筒を載せれば、まず失敗のない写真が撮れます。
でも今回は揺れる上に、位置が刻々と変化する船上からの撮影。
赤道儀を持参しても極軸が合わせられず、重いだけで意味がありません。
家にある経緯台に手持ちの8cmED屈折を載せるか、あるいは部分食は撮らないことにしてファミスコで撮ろうかと思ったのですが、8cm屈折は焦点距離がやや長いしちょっと重い。ファミスコでは強度的に心もとないし焦点距離が400mmでやや短い。
いっそ、300mm望遠レンズで撮ろうかとも思ったものの、手軽に撮れる半面、拡大率が不足します。
直前まであれこれ考えた結果、選択したのがこの機材。

FC60.jpg

知る人ぞ知る、タカハシのTeegul60=FC60です。
口径60mm、焦点距離500mmのフローライト。
分解能も像の大きさも申し分ない。しかも三脚・架台と一体でフリーストップ。
軽い。ちゃんと微動もついている。携帯用の専用バッグもある・・・。
これ、完璧です。
でもなんだかヘンですね。鏡筒の下にどう見てもペットボトルとしか思えないモノがついている・・・。アレは何だ?

見たとおりペットボトルです。中には水が入っています。
実はこれ、バランスウェイトなんです。
Teegulはフリーストップなのは良いのですが、カメラを接眼部に取りつけるとその重みで角度によっては接眼部が勝手に下がってしまう可能性があります。
それを防止するために、水を入れたペットボトルをビニール紐でぐるぐるに縛りつけました。
ペットボトルは同室のogawa嬢が飲み終えたものを貰いうけ、部屋の蛇口から水を入れた現地調達品。
ベテランの方は、撮影や観測の際、ドイツ式赤道儀のウェイトがわりに双眼鏡や砂袋をウェイト軸にぶら下げた経験がおありだと思います。それと同じ発想です。

fujimaru.jpg

なんだか貧乏臭くなったTeegulにEOS Kiss DXを取りつけ、前日に厚紙で作った特製アストロソーラーシート減光フィルターを筒先に被せれば、もう完璧。
部分食のあいだはフィルターを被せておき、皆既になったらサッと外せばコロナが撮影できる。ピントはもちろん食の開始前に合わせておく。
まったく破綻はありません。
500mmという焦点距離なので、船の揺れが大きいと視野に太陽をとらえておくの難しい可能性もありましたが、うねりの原因となる台風はないし、太平洋高気圧の真ん中近くできっと海面はべた凪ぎだろうと予測し、勇躍、船上の人となったわけなのです。

でも、何が起こるかわからないのが天体撮影。
よくあるのが、レリーズや記録メディアを忘れた!というミスなので、持ち物はしっかりチェック。
うん。やっぱり完璧だ。
よほどの予期せぬトラブルがない限り、きっとうまく撮れるだろう。
日食開始の直前まで、南洋の日ざしが照りつける甲板上で、私は実に気楽でした。
しごくのんびりとくつろいでいる私を見て、撮影の最終チェックに余念がないogawa嬢は「初めてとは思えませんね。余裕ですね」と、感心するやら呆れるやら。

でもでも、肝心なときに限って起こるのが予期せぬトラブルです。
食が始まってすぐ、私は青くなることになります。
撮影を諦めて、眼視だけで見ることにしようかと思わせられたほどのトラブルが起こってしまったのです・・・。

写真:Teegul60・姫路港出航前の「ふじ丸」


2009年07月28日

●快晴の皆既日食!アクシデント編

今回はカッコ悪い話・・・。

どんな小さなパーツでも、事前にきちんと点検をしておくべきものですね。
いや、出発前に点検はしておいたのですが、長旅による震動の故なのか、悪魔の悪戯か・・・?

kitaioujima1.jpg

部分食が始まる直前、余裕のよっちゃんだった私は、おもむろに望遠鏡にカメラを取りつけました。
Teegulは、本来、写真撮影用に作られていないので、Teegulに合うように、ビクセンの古いカメラアダプターとEOSマウントを組み合わせておいたのですが・・・。
カメラを取りつけると、おや? このアダプターには写野回転機構などないはずなのに、なぜか自由にカメラが回る。
おっかしいなあと思いつつ、アダプターを点検すると・・・。

なんと、ふだんは取り外せないはずの接続部分が緩んで、アダプターがふたつのパーツに分解しかかっているではありませんか。
さらに仔細に観察すると、ふたつのパーツを固定しているメガネ用の小さなネジが3本とも緩んでいることがわかりました。
通常、取り外さない部分なので、そんなトコロにネジがあるなんて気にしたこともありません。
これまで20年以上使ってきて一度も緩んだことのないネジが、なぜこの大事なときに3本とも緩んじゃうの! やる気あんのか、おい、コラ!
このときになってもなお余裕の表情を崩さず、心の中だけで思い切りちっちゃなネジに毒づきながら、私は撮影準備に余念のない周囲の人たちに声をかけて回りました。
「あのー、メガネ用の精密ドライバーなんか持ってませんかねー」
そう、このときまでは、みんな精密機器をいっぱい持ってきているんだから、誰かがきっと持っている。そう信じていました。
「いやー、持ってないすね」「家にはあるんですがねえ」
強気の予想に反して、返ってくる答えはどれも×××。
家にはあるんですけどねえ、って、ここになきゃ意味ないじゃないの!と、理不尽な怒りに心の奥を震わせつつ、とうとう第一接触1分前になり、私は精密ドライバーを諦めました。食が始まってからそんなことを聞き歩いてたら、めちゃくちゃ間抜けなお邪魔虫です。

残された手段は、まことに消極的な対処しかありません。
一言でいえば「何もしない」こと。
どうやら触れば触るほどちびネジは緩んでゆくようです。
となれば、何とも逆説的ではありますが、皆既が終わるまでできるだけカメラやアダプターに触らないようにして、外れかかっているふたつのパーツが本当に分解してしまわないようにするしかありません。

というわけで、部分食はできるだけ撮らないようにして、皆既までアダプターを温存することにしました。
結果的にはこれで何とか持ちこたえ、すでにお見せした皆既の画像は撮れたのですが、皆既の最後の方になると、いよいよアダプターは分解寸前、カメラが落ちるのが早いか、皆既が終わるのが早いかという状況になりました。
結局、第3接触(ダイヤモンドリング)まで撮り終わることができましたが、悲しいことにダイヤモンドリングの画像は、ふたつのパーツがいよいよ分解しかかっていたためにピント位置が変化し、ピンぼけになってしまったのです。
こんな恥ずかしい画像は後悔、じゃなかった、公開したくないのですが。

dring02.jpg

ええ、これ以上、大きな画像は出せません。
これでも画像復元ソフトを駆使して、だいぶピントを修正してあるんですよ。
慌てていて皆既と同じ露出で撮影してしまったため、露出オーバーでもあるという情けない画像です。まあ、時には失敗もあるということでご勘弁を。

とりあえず皆既を撮り終え、カメラを外したとたん、アダプターは分解しました。
よくぞ持ちこたえてくれたと讃えるべきなのか、この大切な瞬間になんでちびネジが緩んじゃうのさ!と怒るべきなのかはわかりません。
もちろん、悪いのはちびネジを増し締めしていなかった私なのですが、そんなところにちびネジが隠れているなんて、20年間、一度も気にしたことなかったんだよー!

とまあ、これが予期せぬアクシデントです。
ちなみに撮影が終わって部屋に戻り、同室のKさんにこのバカ話をしたところ、「ああ、精密ドライバーなら持ってるよ。ほら」。
・・・というわけで、日食が終わったとたんに、アダプターは元気になりました(泣!)。

アクシデント、もうひとつ。
ちびネジの乱にあたふたしながら皆既を撮影していると、むむ、どうも足元がしっくりこない。なぜこうも足の裏が熱いのだ?
いぶかしく足元を見ると・・・。
なんと、左の靴の底がすっぽりとはがれていて、私は靴下一枚で焼けた甲板の上に立っているではありませんか!
まだ新しい靴で、日食の直前まで元気に私に仕えてくれていたんですよ。
それが、こともあろうに皆既の瞬間に突然、反旗を翻しやがって!
このバカ靴め!と心の中で罵りながら、それでも顔は余裕で皆既を撮り終えました。
横にいたogawa嬢は、なんでこのヒト、ハダシなんだろ? と思っていたそうです。
『気合を入れるためサ!』と、運動会のリレーを裸足で走る爽やかなスポォツ少年のようなセリフをとっさに口にすべきだったと、今では思っています。

靴、ですか?
船内用のサンダルを持っていたので、とりあえず事なきを得ましたヨ。
父島で1,380円の靴も買ったし。
島ではレンタバイクを借りたのですが、手続きを終えた私の第一声は「あの、このヘンで靴屋さん、ありませんか?」でした。
どこが景色が良いかとか、美味しいお店はどこ? 的な質問を予想していたレンタバイク屋のお姉ちゃん、一瞬、言葉をなくしていました。

写真:ピンぼけのダイヤモンドリング・北硫黄島(この近海で観測しました。ほとんどの人は一生、見る機会のない島でしょう)

2009年07月30日

●快晴の皆既日食!期待ふくらむ前夜の星空

日食航海中は一昔前、いや、50年ほど前まで時代を溯ったかと思うほど情報から遮断された毎日でした。
ツアーに申しこんだ時点では、携帯電話はともかく、船上でもネットはつながるだろうと思っていたのですが、実際は携帯電話はもちろん、ネットも使えず、テレビも見えず、新鮮な情報を得ることはほとんどできませんでした。

そんな状況下で、私たち乗客の最大の関心事は何かといえば、もちろん天候です。
姫路港出港時は今にも降り出しそうな曇天。
日食の前日になっても、雨こそ降らないものの、いっこうに晴れません。

whiteboard02.jpg

唯一の天気に関する情報源は、ホワイトボードに定期的に貼り出される天気図と衛星からの雲画像でした。
日食が近づくにつれ、ホワイトボードの前は常に人だかり状態。
日本列島を縦断する雨雲を見てため息をつく人、あくまで強気の予想を崩さない人などさまざまです。
特に前日の夜に貼り出された天気図と衛星画像は、私たちをがっかりさせるものでした。
それまで比較的北にあった前線が、日食当日はぐっと南へ下降し、それに伴って雨の範囲も南下する予報だったのです。
予報通りとすれば、明日の天気は絶望的。
晴れ男の私も、このときはさすがにダメかなと弱気になりました。
トカラ列島は大雨、上海も悪天候らしいという情報が伝えられ、ますます弱気に拍車がかかります。

fkanpan01.jpg

その晩、そろそろ就寝する時刻が迫ってきたころ、ふと感じるものがあって船首甲板に向かいました。
ドアを開けると強い風が頬を打ちます。真っ暗な船首甲板に出て空を見上げると・・・。
いきなり雲のような天の川が目に飛びこんできました。
緯度が低い分、いて座やさそり座が驚くほどの高さに見えています。
北半分は曇っているものの、船の進行方向の南天は(こういう表現はしたくないのですが)、それこそ「プラネタリウムのような」星空です。
緯度が低い上に水平線まで見えるため、おおかみ座やケンタウルス座といったふだんは見ることの少ない星座がよく見え、これまた月並みな表現で恐縮ですが「傾斜式プラネタリウム」で見る星空のよう。
周囲は見渡す限り海ですから、光害はまったくありません。アンタレスが木星のような明るさで輝いています。

yuuyake1.jpg

アンタレスの西側を、ちょうどアンタレスと同じ赤い色をした流れ星がかすめます。
赤っぽくて火花を散らすようなプロフィールの典型的な「やぎ座流星群」の流星です。
いて座の下方にあって、光害やモヤのためになかなかはっきりとは見られない「南のかんむり座」がホンモノの?かんむり座よりもくっきり見えます。
そんな豪奢な星空を、ogawa嬢と二人、しばらく言葉もないまま見上げました。

つい先ほど、レストラン前のホワイトボードに貼り出された天気図を見てしょぼくれていた気分はどこへやら、船が向かっている南の空が晴れているのですから、明日の日食当日も、晴れる期待が俄然、高まってきました。
ずっと星を見ていたかったのですが、明日はいよいよ本番。
後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻りました。

写真:書き込み自由のホワイトボード・船首甲板から見たブリッジ・南海の夕焼け

2009年08月01日

●「夜の資料館探検と月の観察会」を開催

今夜は、私の勤務する揖斐川歴史民俗資料館で「夜の資料館探検と月の観察会」という催しを開催しました。
ふだんは入ることのできない夜間の資料館内を、親子そろって懐中電灯で探検しながら、歴史や民俗に関するクイズに答えてもらうという企画です。
探検終了後は月齢10の月を観察するという、歴史民俗と天文のコラボレーションを企図した催しで、予定通り親子20組の参加がありました。

tankenmoon2.jpg

クイズは、展示をじっくりと見ていただくくための仕掛けで、展示のなかに答えやヒントが隠されています。
暗い中、懐中電灯で照らされた狭い範囲を注視することにより、昼間であればスルーしてしまうさまざまな展示を、しっかり見てもらうことができました。
暗い館内を親子で仲良く探索しているようすは微笑ましく、歴史民俗の学習に加え、家族の対話にも寄与できたのではないかと思っています。

tankenmoon1.jpg

月や星は雨模様で見えませんでしたので、私が月や日食、夏に見える天体の解説を、プロジェクターで画像を投影しながら行いました。
小笠原沖で撮影した皆既日食の写真もプレゼントし、参加された皆さんはたいへん喜んでいました。

すべてのプログラム終了後は、歴史民俗資料館長から子どもたち全員に「探検観察博士認定証」が授与され、お天気は悪いながら、皆さん、とても良い顔で帰られました。

日食に同行したogawa嬢も参加し、スタッフに船上から撮影した日食の動画を披露、「すごくリアル!」「現地に行った気分になった!」と大好評でした。

曇雨天時の観望会をどのように盛り上げ、来館者に満足してもらえるかは、天文担当者の力量が問われるところです。
これからも勉強しなければと思っています。

写真:暗い館内を懐中電灯で探検!・星のお話


2009年08月03日

●快晴の皆既日食!父島ツーリング

皆既日食シリーズ、今回は日食翌日に寄港した父島の滞在記です。
原付バイクをレンタルして過ごした父島の一日。
さてさて、まっちゃんは何を見、何を経験し、何を想ったのでしょうか。
今回は、紀行文風にまとめました。書くの、けっこう大変だった・・・。

          ☆ ☆ ☆

 7月23日午前7時。
「ふじ丸」は、父島の二見湾に入港していた。船窓には、緑濃い山なみと朝の港がいっぱいに映っている。久々に見るような気がする陸地の営みだ。
 隣のベッドにogawa嬢の姿はすでにない。シーカヤックのツアーに参加するため、一番で朝食を摂り、すでに出かけてしまっている。無事、日食を見ることができ、すっかり弛緩してウダウダ寝坊していた私とは大違いである。
 ogawa嬢以外の同室3名、ウダウダ組は、まことにのんびりと朝食を摂った後で、やはりまことにのんびりと島へ向かうランチに搭乗した。船内に人影は少ない。多くの勤勉な乗客は、すでに父島へ上陸してしまっている。

fujimarutitijima01.jpg

 桟橋に接岸したランチから降りると何とも暑い。いっしょにランチに乗ってきた同室の二人と別れ、サンダルをペタペタ鳴らして、私は島のメインストリートを目指す。
 サンダル。リゾート気分だから? 
 否。本当は私も靴が履きたい。ましてやこれから島内をバイクでツーリングしようというのである。常に安全に留意する品行方正なライダーの私としては、サンダルでバイクを駆るのはやはり避けたい。
 なのになぜサンダルか。
 そう、このブログをきちんと読んでくれている方は知っている。昨日、なぜか皆既の真っ最中に新品の靴が崩壊してしまったことを。
 というわけで、昨日以来、ずっとサンダルを友として私は歩き続けていたのである。

 ささやかなメインストリートをペタペタ歩き、予約を入れておいたレンタバイク屋へ。
 原付スクーターとヘルメットを借用した私は、おもむろに窓口のおねえさんに訊ねた。
「あのー、この近くに靴屋さんはないですかねー」
 おいしいお店はどこかとか、観光名所はどこかという問いを恐らくは予期していただろうおねえさんは「は?く、靴屋ですか?」と目を白黒。
 それでも、気を取り直したおねえさんは親切に靴を売っているお店を教えてくれ、勇躍した私は、いざ、バイクにうちまたがりエンジンをかけた・・・はずだが、あれ?どうやってエンジンをかければいいの?
 モタモタしている私に、バイク屋の兄ちゃんがめんどくさそうに「そこ。セルがあるでしょ。そこをくいっと」。
 ようやく響く2ストロークのエキゾースト。
「あ、どうもどうも。いや、ふだん大きいバイクしか乗ってないもんで。あはは」
 無意味な言い訳をしつつ、アクセルをひねって走り出す。
 考えてみれば、これまでずいぶん多くのバイクに乗ってきたが、スクーターというものに乗ったことはほとんどない。なので、発進時にはどうしても左手に握ったブレーキレバーを慎重に離してしまう。クラッチじゃない、ということはわかっているが、体が反応してしまうのだ。やっぱり俺って真のライダー?と思いながら、慣れないスクーターでよろよろ走る。

 おねえさんに教えてもらった雑貨屋風の店で運動靴を購い、サンダルと履き替える。上半身も安全に留意しなければ、と思い、Tシャツの上から長袖のシャツを着る。これで足元も上半身もビシッと決まった安全ライダーだ。道には、Tシャツに短パン、サンダル履きというライダーがうようよ走っている。
 ふっ、ダメだなあ、キミたち。安全はライダーの基本だヨ。そう思いながら、いよいよ父島周遊ツーリングが始まった。
 特にルートは決めていないが、島を周遊する道は一本しかない。まずはメインストリートを山手へと折れる。
 いきなり急勾配の上り坂。タイトなコーナーの連続。
 車の姿はほとんど見かけない。次第に慣れてきて、快調にコーナーをクリアする。
 道ばたにはガジュマルをはじめ、南国の草木がいっぱい。昔、行った沖縄ツーリングを思い出しながらブイブイ走る。バイクで風を切っていても暑い。非常に暑い。

veraobs1.jpg

 しばらく走ると、右手に白いパラボラアンテナが見えてきた。
 バイクを停める。国立天文台VERA観測所である。抜けるような青空に白いアンテナが眩しい。
 奥に見える建物が何やら賑わっている。建物を覗くと「ちょうど今、サイエンスツアーの皆さんが説明を聞いているので、よろしければご一緒にどうぞ」と招じ入れられた。
 団体さんといっしょに説明を拝聴する。ここ10年ほどで国立天文台は様変わりし、積極的にに公開を行うようになった。たいへん素晴らしいことで、今や国内で最もフレンドリーな研究機関となっている。
 ひととおり説明を伺った後、ふたたびバイクにうちまたがる。コーナーを攻めつつ、山をぐんぐん下ってゆく。
 そう、これがけっこう怖いのだ。相当の急勾配なのだが、2ストのスクーターだからエンブレが効かない。かといってブレーキングしっぱなしではフェードしてしまう。
 
 それでも、ひらりひらりとコーナーをクリアするうち、道は海沿いとなった。
 道のあちこちに大きなカエルが干からびてぺしゃんこに潰れている。よほどたくさんいるのか、どこまで行ってもカエル、またカエルである。
 やがて、左手に川が寄り添う。清流、とはいえない。熱帯のジャングルを流れている川の色をしている。説明板を読むと、本当にジャングルの川で、生ぬるい水の中にはさまざまな亜熱帯の魚や生き物が棲息しているらしい。

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 川に沿って走ることしばし、『小港海岸』に到着。
 先ほどの茶色い川が広い入り江に流れこんでいる。海は紺碧。抜ける青空。濃厚な緑と潮の香り。
 バイクを降りて、しばらく光あふれる海を眺める。サングラスでもかけていないとあまりの眩しさに目がおかしくなりそうだ。

 バイクにまたがり、海岸沿いをしばらく北上。ひときわ熱帯樹が生い茂った一角にバイクを乗り入れる。亜熱帯農業の活用研究施設である。
 しばらく施設を見学し、施設を貫く狭い道をぐんぐん下る。やがて行く手に青い海が垣間見えるようになり、海に突っこむ直前で道がなくなる。

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 エメラルドブルーに輝く海と白い砂浜。澄んだ大気が夏の日ざしにきらめく。人影の見えない静寂の渚に、やはり茶色く濁った小さな川が吸いこまれ消えている。
『コペペ海岸』は、想像以上に美しい場所だった。サイパンや沖縄で見た南国のビーチに勝るとも劣らない。何よりも人がいないのがいい。かすかな波音だけが聞こえる静けさのなかで、心の奥底まで透明な日ざしが降り注いでくる。
 小さな東屋に憩っていたカップルがいなくなると、一人で来ているらしい若い女性と私だけになった。いつの間にか眠ってしまった女性に荷物番をしてもらうことにして、私は泳ぐ。遠浅の海底は珊瑚に覆われ、珊瑚の間を小魚が群れをなして泳いでいる。
 
 このままいつまでもこの海岸に佇んでいたいがそうもいかない。再びバイクの人となる。靴を購入したときの心がけはどこへやら、泳いだ後で体も心も潮まみれなのに加え、めったやたらと暑いため、スクーターを駆る私の姿はいつの間にやらTシャツにサンダル履き。走り出したときの安全意識はもうどこにもない。体も心もダラダラである。
 いつのまにか行く手に黒い雲が広がってきた。『コペペ海岸』で出会った中年の旅人と一緒に走る。「午後は雨らしいですよ」と彼が言う。
 入り江に沿って走る。自衛隊の護衛艦が停泊している。その向こうに、わが「ふじ丸」が見える。
 青い海に茶色い骸をさらしている戦争中の輸送船。道路沿いにもあちこちに戦争中の壕の跡が目につく。
 道ばたの藪が動いた、と思ったら白黒のヤギが現れた。無心に草を食んでいる。黒い大きなその瞳。

 小雨が降り出した。見覚えのある風景が広がる。出発地である二見湾だった。島を一周するのは意外なほどたやすかった。本当に小さな島なのだ。
 戦跡をいくつか回ると、いよいよ空は暗い。ライダーの直感で「あと数分でスコールが来る」と悟った私は、急いでバイクを返却した。給油したガソリンは0.9リットル。燃費走行を心がけていたとはいえ、島の小ささを物語る数値である。
 バイクを返却して土産物屋に飛びこんだ直後、豪雨が降り出した。月並みな表現ではあるが、バケツをひっくり返したような雨である。
 土産物を買い終えてもまだ止まない。店には次第に客が増えてくる。豪雨に閉じこめられ、店の外に出られないのだ。大半は「ふじ丸」の乗客なので、世間話をしながら雨が止むのを待つ。

titijimayuukei01.jpg

 雨は1時間ほどで止んだ。とたんに射るような日ざしが差し始める。
 ピストン輸送の漁船に乗って父島を後にする。半日しか滞在しなかったのに、遠ざかる島が何とも懐かしい。またいずれ来よう。潮風を浴びながら思う。
 前方に迫る「ふじ丸」。海上に浮かんだビルのようなその姿も懐かしく頼もしい。

 短かった父島滞在だが、久々に熱いライダースピリット(?)と透明な感性をよみがえらせてくれた一日であった。

2009年08月06日

●快晴の皆既日食!「天下の奇観、孀婦岩」

今回の日食ツアーでは、日食そのものや船から見た満天の星空もさることながら、上陸した父島をはじめ、航海の途中で船から見たさまざまな島や自然景観にも強く心を惹かれました。

今回はチャータークルーズだったので、通常の航路からは見ることのできない島をいくつか見ることができましたが、今回は帰路に立ち寄った「孀婦岩」をご紹介します。

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伊豆七島の最南端にある無人島で、東京から南に650kmの距離にあります。
所属市町村は未定で、東京都が直轄しています。
「ふじ丸」は、この岩の周囲をぐるりと周回しましたので、全体を眺めることができましたが、海上に屹立した巨大な岩で、なぜこんなモノが太平洋の真ん中に立っているのかと考えるほど不思議な思いにとらわれる景観です。

海上からの高さは99m、玄武岩でできており、海鳥の生息地になっています。
今回も、たくさんの鳥が周囲を飛んでいるのが眺められました。
今回の航海では海が穏やかでしたが、台風来襲時など周囲の海域はすさまじい時化となるはずで、そんなときはこの岩も激しい波をかぶるのでしょう。

aoufugan2.jpg

なぜこんな岩が海中からそびえ立っているのか・・・ですが、理科が好きな方は想像がつくと思います。
この岩は火山なのです。
海上に見える岩の下には2000メートルの山体が隠れており、つまりは巨大な火山のいちばん上だけがかろうじて海面に顔を出しているわけなのですね。
正確にはカルデラ式の外輪山の一部で、南西2.6km、水深240mの地点には火口があるそうです。
活火山に分類されていて、最近でも海面の一部が変色したことが観測されています。

いずれにしても、陸地から遙か離れた海のただ中に、巨大な岩が屹立している光景は天下の奇観であり、早朝に立ち寄ったにもかかわらず、甲板は鈴なりの人だかりでした。
何とも珍しく面白いモノを見せてもらったと、地学が好きな私は嬉しくてたまりませんでした。


2009年08月08日

●快晴の皆既日食!アホウドリの火山島を巡る

先日ご紹介した「孀婦岩(そうふがん)」の北76km、東京から南下すること600kmの海上に「鳥島」があります。
「ふじ丸」は、この島にも接近しました。

torisima01.jpg

鳥島といえば、特別天然記念物である「アホウドリ」が有名です。
かつては島を覆うほど棲息していたアホウドリですが、人間の乱獲によって絶滅寸前まで追いつめられました。
現在は保護されていますが、絶滅危惧の現状は変わっていません。

この島も、孀婦岩と同じく活火山です。
それも最も活発な活動を続けている活火山で、最近では2002年に噴火をしました。
1902年の噴火では、125人の島民全員が死亡しています。
この島の北には鳥島カルデラがあり、鳥島はカルデラの南端に位置しています。
海中には巨大な山体が隠れていて、その頂上の一部だけが海上に顔を覗かせているわけです。
島の周辺は暗礁がいたるところにあって、座礁する船が後を絶たないとのことでした。

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ふじ丸は、鳥島の南側から接近しました。
山頂には巨大な火口が二つ(もしかすると三つ)口を開けていています。
火口からは僅かですが水蒸気が噴出しており、活発な活動を続けている火山であることがよくわかりました。
写真で、水蒸気の噴出がわかるでしょうか。
画像中央より右上、火口壁の一部が白く見える部分です。
最初は水蒸気の噴出に気づかなかったのですが、隣で見ていたご婦人が双眼鏡を貸してくれて、しっかりと確認することができました。

torisimakansokujo1.jpg

島には1965年まで気象観測所がありました。
いつ噴火するかわからない危険な火山であることから閉鎖され、その後は無人島となっています。
緑があるのは気象観測所跡周辺だけで、あとは荒れ果てた溶岩と火山灰の堆積です。
繰り返し噴出した溶岩と火山灰が幾重にも地層を作っているようすが鮮明に見てとれました。
ogawa嬢は、この地層を見て「マーブルケーキみたい」と言っていましたが、言い得て妙だと思います。
孀婦岩と同じく普通では見る機会がほとんどない島であり、最も活発な活火山として、そしてアホウドリの生息地として有名なこの島を間近に見ることができたのは、何とも眼福ではありました。

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ここからは追加・・・。
「マーブルケーキ」地層の画像を載せておきます。
ogawaさんがコメントに書いてくれているとおり、マ-ブルケーキに抹茶をまぶした感じですね。
半周しかしなかったので鳥島の全容は見えませんでしたが、南側はこのように地層が露出した荒々しい感じです。
気象観測所跡のあたりは比較的古い溶岩流で、若干の植物が生えており、その北側は新しい溶岩が、黒々と海に流れこんでいます。
外輪山の一角に噴出した寄生火山が鳥島ですので、海中にもたくさんの火口が潜んでいるものと思われます。
海底の画像を見ると、このあたり、たしかに円形の非常に大きな地形が存在します。
それが鳥島カルデラなのかなと思い、現在、調査中。


2009年08月10日

●快晴の皆既日食!「雲の表情さまざま」

南方へ行くと、雲がとてもきれいです。
蒸発が盛んなために大気中の水蒸気量が多いこと、また、太陽高度が高く地表(海面)が受ける熱量が大きいために上昇気流が起こりやすいことから、雄大で変化の多い雲ができやすいのです。
今回の日食行でもたくさんの美しい雲を見ることができました。

yuukumo7.jpg

南海で美しいのは、やはり日没です。
船上からはとてもきれいな夕焼けを見ることができました。
いかにも南国の日没ですよね。
刻々と移り変わる空と海の色に、時の過ぎるのも忘れるほどでした。

purplekumo4.jpg

太陽が沈んだ西の空も綺麗でしたが、こちらは反対側、東の空のようす。
西の夕焼けが色あせる頃、東の雲が残照に照らされて、とても美しい赤紫色に染まっていました。
暮れてゆく海の上を低く海鳥が舞い、潮の香りをいっぱいに含んだ風が頬を撫でてゆきます。
このときは大勢の人が甲板で夕日を眺めていましたが、誰もが移ろう自然のさまに感嘆の声をあげていました。

亜熱帯の雲で面白いのは、ちょっと厚い雲だと、雲の下にスコールが降っているのがはっきりとわかることです。
写真は、父島のスコールが上がった直後のようすです。
島の上にかかっている黒い雲から、カーテンをおろしたように雨が降っているのがわかります。

simakumo5.jpg

スコールといえば思い出すことがあります。
高校生の頃、天文同好会のメンバーで伊豆七島の式根島に星を見に行きました。
私の人生でもっとも悲惨な観測旅行のひとつでしたが、そのときに痛切に感じたのが「島は星見に適していない」ということでした。
式根島には一週間滞在しましたが、まともに晴れたのは数時間でした。
昼間はよく晴れるのですが、夜はしっかりと曇ってしまうのです。
最初は理由がわかりませんでした。
太平洋高気圧に覆われているはずなのにどうして?と思っていましたが、明け方、明るくなってきた海上に浮かぶ島々の上だけに、傘のような雲がかかっているのを見て疑問が氷解しました。
平坦な海の上に突き出ている島の上空には上昇気流が発生します。
夜は気温が低いために、島の上に上昇した気流は冷やされて雲となり、夜間は島の上を分厚く覆ってしまうのです。

余談になりました。
式根島の悲惨な話はいずれ書きますね。
雲のさま、島々のさま、とにかくすべてが美しく好奇心をかきたてられた今回の船旅でした。


2009年08月12日

●快晴の皆既日食!「Tシャツコンテスト」

今回の日食クルーズでは、船内で趣向を凝らしたさまざまなイベントが行なわれました。
コンサートあり講演会ありお茶会ありグッズ販売ありと、移動する船の中で、日本各地で開催されている星祭りが行なわれたようなものでしたが、それらの中で注目を集めたのが「日食オリジナルTシャツコンテスト」でした。
参加者がデザインしたオリジナルTシャツに参加者が投票をし、その結果で賞を授与するというものです。
このコンテストに、同室だったogawa嬢が作品を応募しました。

Tshirt4.JPG

色は黒と水色の2色。
黒の方は、前面に日食の起こる原理をデザイン化し、背面には「ふじ丸」をデフォルメしたイラストが描かれています。
生地は、サッカーのユニフォームなどに使われているさらっとした着心地の良いもので、汗を吸って重くなったり湿ったりすることがありません。

Tshirt2.JPG

コンテストは、船内のフリースペースにTシャツを展示し、床に置いてある箱に票を投じるというスタイルでした。
ogawa嬢の作品は、出港早々から注目の的!
天性の営業マンをもって任じている私は、できるだけそのTシャツを着て船内を歩き回りPRに努めたのですが、
行く先々で「これ、いいですね。売っていただけるんですか?」と大好評。
いつもそのTシャツを着ていっしょに歩くogawa嬢と私は目だって仕方がないという感じで(まあ、私は付き添い、というかお供で、ogawa嬢の引き立て役でしたが)、下馬評ではダントツでogawa嬢の作品が1位だろうと囁かれていました。
展示スペースの横で販売もしましたが、持ちこみ分はすぐに完売してしまい、あとは予約販売をしていました。

Tshirt1.JPG

結果発表は、パシフィックホールという講演会やコンサートを開催するスペースで行なわれました。
ノミネートされた14名は、神妙な面持ちで座っています。
一人ずつデザイン者が作品のPRを行なうのですが、我らがogawa嬢、まずは型どおりデザインコンセプト等を話した後で、審査員(元国立天文台長の海部先生、西はりまの黒田先生、アクアマリンのお二人など)に向かい、「汗でべたつかずに着心地がとてもいいんですヨ。お好きにさわってみて下さいね」。
これには審査員の皆さんもどぎまぎ。会場はどっと沸きました。
だって、ogawa嬢、若くかわいい女性ですよ。
「さわってください」と言われた瞬間、黒田先生のお顔がパッと晴れやかに輝いたのが今でも脳裏に残っています。
(前夜までの悪天が嘘のように快晴となった日食当日の朝に拝見したのと同じ笑顔でした)
これが効いたのか、下馬評どおりogawa嬢の作品がダントツで1位を獲得。
それからさらに注文が相次ぎ、下船まぎわまでogawa嬢は受注処理に追われることになりました。

Tシャツには「小笠原皆既日食2009」とプリントされています。
巷では「トカラ・中国皆既日食」などと言われることが多いのですが、小笠原沖で黒い太陽を見た私たちに言わせれば、やはり唯一といって良い快晴に恵まれた「小笠原」の名称は外せないところなのです。

2009年08月15日

●お盆の星空を楽しむ

昨夜はよく晴れていましたので、仕事を終えてから星を見に出かけました。
当初は旧藤橋村東横山で見ようと思っていましたが、いつもの観測場所へ着いてみると、なんと花火を打ち上げるらしく、ものものしい警戒が敷かれています。
仕方なくさらに奥へ車を走らせ、西美濃天文台近傍へ。
さすがに「星のふる里ふじはし」、至るところに星を見ている人がいます。
見上げる空は快晴、天の川が真っ白に南の山の端へ注いでいます。

ここなら誰もいないだろうと、休止中のオートキャンプ場の駐車場に車を乗り入れると・・・ここにもいました。しかも写真を撮っている気配。
ライトを点けたまま入ってきたことを詫び、しばらくお話。
ペルセウス座流星群を撮影しているとのこと。

090814turumisgr01.jpg

私も久々にフジノン15㎝双眼鏡を組み立て、北東から南天の低空を流しました。
北東低空は、おおぐま座からりょうけん座、さらにかみのけ座と星雲星団の密集地帯。
メシエ天体、NGC天体など、大小様々な銀河や球状星団が次々に視野をかすめます。
てんびん座まで捜索した後は、ちょこっと観望。
いて座付近を15㎝双眼鏡で見ると、圧巻というほか言葉がありません。
微星のじゅうたんの中に、滲むような輝きで無数の散光星雲や球状星団、散開星団が散らばっているさまは、空の暗い場所ならではの美しさです。
流星が頻々と流れます。
痕を持つペルセウス座流星群がほとんどでした。

obscas.jpg

その後は西美濃天文台へ移動。
担当のMさんが観望会を行っており「今夜はお客さんが多くて大変です」とのこと。
天文台の敷地も寝転がって星を見ている人でいっぱい。
観望会終了後、60㎝反射でM13を観望しました。
中心部まで無数の微星に分解するところは、さすがに60㎝の威力です。
ただ、M4などの粗い球状星団では分解しすぎて、散開星団のように見えてしまうのがご愛敬です。(贅沢?)

名残惜しいながら、翌日は朝から仕事。
天文台からの慣れた夜道をかっとんで帰りました。


2009年08月17日

●快晴の皆既日食!船内設備アラカルト

「ふじ丸」は、総トン数23,235トン、船客定員600名、全長167m、全幅24mという大きな船です。
速度は、巡航速度が18ノット、最高速度は21ノットと高速。
国際航海用の客船としては、わが国で5指に入る豪華船です。

このように大きな船で、しかも長期間に渡る国際航海用に作られていますので、接客設備も完備しています。
動くホテル、という表現が適切でしょう。

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船内は、B1階から8階まであり、船というよりビルというイメージです。
エントランスは2階にあり、ちょうどホテルのフロントというイメージです。
2階船首には講演会やコンサートが開催できるメインホール(Tシャツコンテストが行なわれた場所です)、エントランス横には広いダイニングルームがあり、食事はいつもここで食べていました。

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3階にはサロンがあり、隣接して船旅に関する書籍を主にそろえたライブラリーがあります。
また、和室(ここではお茶会をやっていました)や談話室、カードルームがあり、もう少し船尾寄りの右舷側にはショップがあります。
ショップでは、ふじ丸のお土産品、日用品などが販売されており、ここでしか買えないレア物も売っています。
左舷側にはメインバー「琥珀」があり、バーテンダーの方が控えていますが、お酒を飲まない私は行く機会がありませんでした。
船尾には、ラウンジ「エメラルド」があり、毎日のアフタヌーンティーはここで飲んでいました。
ピアノのミニコンサートが毎日あり、宇宙を歌うユニットとして知られる「アクアマリン」のコンサートも開催されました。

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4階は客室となっており、私たちもこの4階の住人でした。
客室はステートルーム、スーペリアルーム、デラックス、スイートにわかれており、スイートルームはわずか2室、定員4名です。

5階もメインは客室。船尾には大浴場があります。
大浴場にはサウナもあり、利用した人の話では十分に熱くて満足とのことでした。

6階船尾はスポーツデッキ。今回の日食クルーズで、メインの観察場所となりました。
7階は操舵室とサンデッキ。
8階船尾近くにはプールとスカイラウンジがあります。

8階船首トップデッキは通常は立ち入り禁止区域ですが、今回のツアーでは特別に開放していただけました。
私とogawa嬢もここで日食を見たわけですが、前日の下見の際は航行中だったため非常に風が強く、風で飛ばされるのを防ぐためにメガネを外して下さいという指示が出たほどです。
当日はほぼ停止に近い速度だったために、支障になるほどの風はありませんでしたが、トップデッキに上るためには舷側の非常に狭い通路を歩き、さらにふらついて落ちれば海面にまっ逆さまという階段(というより海軍用語で言うところのラッタルに近い)を上らなければならず、やはり危険な場所であることには違いありませんでした。

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1階にはシアター、B1階にはフィットネスセンターがあり、私はどちらも行きませんでしたが、ogawa嬢は小学生の子供にナンパされ、フィットネスセンターで卓球デートをしたとのことでした(笑)。

船内には医師と看護士が常駐しており、万一の体調不良の際も安心です。
ただ、保険は利かず実費請求とのことでした。
クルーの皆さんは、誰もがキリッと格好よく、惚れやすい人は思わずクラッときてしまうかもしれません。

素晴らしい設備とスタッフのおかげで、とにかく毎日が快適で楽しく、夢を見ているようでした。
これは私だけではなく、船内で知り合った誰もが異口同音に語っていました。
船長さんが挨拶で、「日食病患者に感染するだけではなく、ぜひ船旅病にも感染して下さい」と言っていましたが、私は完全に船旅病に感染しました。
ネットでクルーズの記事を検索しては、財布の中身と休みの残りを思案しています。

最高の船旅を演出してくれた「ふじ丸」に、いくら感謝しても足りません。

2009年08月20日

●快晴の皆既日食!「皆既時の空の暗さ考察」

ふじ丸船上では、今回の皆既中、「意外に明るかった」という声をたくさん聞きました。
私は初めて皆既日食を見ましたので何とも言えないのですが、それまでに聞いていた話では、皆既中でも惑星と1等星は見えるけれど他の星は難しいということでしたので、まあ、こんなものかと思っていました。

コロナの明るさはおおむね満月程度(マイナス15等級程度)と言われています。
満月の晩でも、4等星程度までは見えますので、皆既日食の際もそのぐらいは見えておかしくないような気がします。
でも実際に皆既中の空の明るさは満月の晩よりも遙かに明るく、今回も金星、水星、シリウス、カノープスが見えた程度でした。
もちろん、皆既中に他の星を探すほどの余裕がある人はほとんどいないはずですから、コロナなど見ずに星だけを探せばもう少し多くの星が見つかるのかも知れません。
それでも体感的な空の明るさは、夕暮れ時、西の低空に夕焼けが残り、一番星からだんだんと星の数が増えてくる程度でしたから、真剣に探してもさほど暗い星が見えるわけではないようです。

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こう書くと「コロナの明るさは満月程度なのになんでそんなに空が明るいの?」と疑問に思われるかもしれません。
写真は、ふじ丸船上での皆既中のようすです。
これで真っ昼間なのですからびっくりですが、よく見ると上空は暗いものの水平線付近は夕焼けのように明るいことに気がつきます。
月の影(本影錐)が覆いきれていない遠方が、夕焼けのような明るさに見えるわけですが、皆既中が意外なほど明るい原因は水平線(地平線)付近のこの明るさによるものだと考えられます。
実際の夕暮れでも、夕焼けが残っている時には見える星の数はまだとても少ないですよね。
皆既日食では、四方がぐるりと夕焼け状態ですから、西の空だけが明るい通常の夕暮れよりも空は遙かに明るいわけです。

先日、ogawa嬢に悪石島と中国での皆既中のビデオを見せてもらいました。
ある程度予想はしていたものの、皆既になったとたんの暗さにはやはり驚きました。
本当に夜のように真っ暗なのです。
厚い雲に覆われているために地平線付近の夕焼け部分からの光が届かず、またコロナからの光も雲で遮蔽されているために、あのように真っ暗になったのでしょう。
ogawa嬢と「一度、曇天の下での真っ暗な皆既も経験してみたいね」とも話しましたが、もちろんそれは、快晴の下での皆既を経験できたからの発言。

昔の人にとっては、曇天の下で、突然あたりが夜になるというのは本当に恐ろしいことだったと思います。

写真撮影:小川佳代子さん


2009年08月22日

●快晴の皆既日食!船内食事編

今回の日食クルーズでは、メインイベントの日食をはじめ、亜熱帯の自然や洋上の奇観、船での生活などについてさまざまなことを書いてきましたが、何日間も洋上を行くクルーズでは食事も大きな楽しみの一つです。
今回は「ふじ丸」で供された食事について・・・。

出港日の7月20日は、ウェルカムパーティーが行なわれました。
立食・ブッフェスタイルでしたが、のんびりとダイニングルームへ赴いた私たちは、まず人数の多さに唖然としました。
翌日からの夕食は、前半後半の2回に分けてだったため混雑しているという感はありませんでしたが、この日は全員が一回に集まったため、さすがに広いダイニングルームも立錐の余地のない混雑ぶりとなりました。
皆の旺盛な食欲に、どちらかといえば食の細い私とogawa嬢は、ただ圧倒されていました。

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翌日からの食事も、このダイニングルームで摂ることになります。
朝食は、日食当日の22日を除いて和食・洋食のどちらかを選択する形式。
洋食はブッフェスタイル、和食は一人前の膳が運ばれてくるスタイルでした。
私は22日以外、ずっと洋食でしたが、和食もとても美味しそうでした。
22日は、9時から日食観測でしたので全員が和食。たいへん美味しくいただきました。

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昼食は和食。
鰻丼も出ました。
父島上陸中も昼食時間帯に船に戻った人にはきちんと昼食が供され、食べた人によれば、この日の昼食がいちばん豪華で美味しかったとのことでした。
ちなみに私はその日、父島の農協で買った期限切れのパンを貪り食いながら、バイクで走っていました・・・。

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夕食は、和食と洋食のコースが日替わりでした。
コース料理ですから、食べるのに時間がかかります。
そのため、冒頭に書いたように500人の乗客を前半後半に分けての食事となりました。
定刻にダイニングルームに来ず、後半の時間帯にまでずれこんでもなお、悠々と食事を続けていたりするマナーの悪い人もいて、後半組はたいへんイライラさせられました。

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3度の食事の他に、朝一番でモーニングコーヒー、午後3時にはアフタヌーンティー、夜には夜食が供されました。
アフタヌーンティーでは、ブッフェスタイルでケーキやクッキーを選ぶことができます。
夜食も本格的なもので、写真のラーメンと中華饅も非常においしくいただきました。

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食事はどれもたいへんに美味しく、ホスピタリティも満足できるものでした。
あんまり美味しかったので、世界一周クルーズなどで長期間の航海をしていたなら、きっとすごく肥ってしまいそうな気がします。

クルーズ最後の食事は、姫路港に帰港してから催されたフェアウェルパーティー。
ブッフェスタイルの立食でした。
この頃にはもう、観測の成功と無事に航海を終えた安心感、満足感で500人の心はひとつ。
和気あいあいと食事を楽しむうち、船長さんや黒田さんの挨拶、そしてビンゴパーティーが行なわれ、誰もが立ち去り難い気持ちで思い出の詰まった「ふじ丸」を後にしたのでした。

食べるのが大好き!という人には、船旅はぜったいにオススメです。
窓に広がる大海原を見ながら美味しい食事をゆったりと愉しむ・・・。
飛行機や列車では真似のできない魅力ですヨ。(ファーストクラスや豪華寝台特急は別かもしれませんが・・・)

写真撮影:小川佳代子さん

2009年08月24日

●天の川を見るなら15センチ双眼鏡

このところ、秋のような天気が続いています。
昨日は仕事を終えてから藤橋まで観測に行ってきました。

自宅から旧藤橋村横山までは車で30分ほど。
通いなれた道なので、さほど遠いとは感じません。
夕方はとても澄んだ空だったので、さぞかし綺麗な星空だろうと思っていたのですが、観測地に着いてみるとなんだかイマイチです。
北の空から絶えず雲が湧き、天の川こそきれいに見えるものの、お盆中に西美濃天文台近くで見たような透明感はありません。
まあ、観測には支障のない空でしたので、フジノン15センチ双眼鏡を組み立てて、西の低空から水平捜索を始めました。
さそり、いて、へび、へびつかいといった星座を舐めるように捜索します。
星雲・星団の多い天域なので、次々にさまざまな姿をした星雲・星団が視野に入ってきて退屈しません。
昨年1年間は、観測ができるような職場環境ではなかったため、このあたりの天域を見るのは久しぶりです。
メシエ天体を見れば懐かしいし、NGCやICナンバーの暗いものが入ってくれば嬉しいし、透明度はさほど良くないながら楽しい観測となりました。

M5、M22、M4といった大球状星団は25倍でも周辺がきれいに分解しますし、M8周辺を見れば、天の川と縦横に絡むガスのディテールがすばらしい迫力です。
いて座の天の川付近を見るには、15センチ双眼鏡に勝る機材はないでしょう。
ハイライトや微細な部分が潰れてしまう写真ではぜったいに見ることができない、生きた宇宙の姿を間近に見ることができます。
いくつか新しい星雲・星団をとらえることもでき、短い時間ながら実り多い観測になりました。

次第に雲が増えてきたので双眼鏡を片づけて帰路に就きます。
慣れというのはすごいもので、あのでっかい15センチ双眼鏡の組み立て・撤収にかかる時間はわずかに数分。
気分的には5センチ程度の小さな双眼鏡と同じ気楽さで持ち運んでいます。

「まっちゃんって細いのに力があるね」とよく言われますが、たぶん、昔から天体望遠鏡を運び、組み立てていたことによるものなんでしょうね。
望遠鏡って、筋トレにも使えるんですヨ。

2009年08月27日

●快晴の皆既日食!「神様の意思」

最高の天候に恵まれた今回の皆既日食ですが、幸運だった私たちも、雲の分布から見ればけっこうきわどい場所にいたようです。
なんといっても晴れ始めたのは日食前日の夜遅く。
そのときも、船が向かっている南の空こそ晴れていたものの、他の方角にはかなり雲がありました。
真っ暗な船首甲板で、船が向かっている南の方角だけが夢の中で見る星空のように鮮やかに晴れ上がり、ふだんは神様の存在など信じない私でさえ、そのときは超越者の意思を感じたものです。
そう、まるで神様の手が雲をすっと拭い去ってくれたようでした。

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で、翌日は朝から眩しい快晴。
でも、昨夜まで空を覆っていた雲からはるか遠くに離れたのかといえばそうではありませんでした。
これは、日食当日の雲の分布です。
「ふじ丸」がいたのは、伊豆七島からずっと南下したあたりで、一見すると雲がないように見えますが、気象衛星の画像は雲の濃い部分しか写りませんから、実のところ、日本列島を覆う帯状の雲のはじっこすれすれだったのです。
トカラや屋久島はしっかり雲の中ですね。
中国大陸にも雲の帯が長く伸びています。
この奇跡的できわどい快晴も、超越者の意思を強く感じるものでした。

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この画像は、日食が終わった日の夕方に撮影されたもの。
夕日に照らされた雲が、まるで大きな鳥のようです。
いっしょに夕日を見ていた乗客たちは誰もが、この壮麗で豪奢な夕空の巨鳥に見とれていました。
私も同じです。
日食を無事に見ることができ、いささかセンシティブになっていたこともあるのでしょうが、この雲を見つめる私の心に去来していたのは、一種の宗教的な感慨でした。
この鳥は神様の使い」。
なんとも少女趣味で非科学的だと知りつつも、そんな思いにとらわれてならなかったのです。

繰り返しますが、私は無宗教です。
神様のような超越者が実在するとは思いませんし、この世の事象はなべて物理法則に従っているのだと信じて疑いません。

でも。
時には、今回の日食のようにとても不思議な力や意思を感じてしまうことがあります。
長年、星を見てきて、何度もそのような思いにとらわれたことがありました。
もちろんそれは神聖な錯覚、あるいは偶然の賜物なのでしょう。
でも、そうした錯覚を素直に感じ取れる心は失いたくないといつも思っています。
そのような心こそが、自然と私を分かちがたく結びつけている絆なのだと思うからです。

写真撮影:小川佳代子さん

2009年08月31日

●望遠鏡流星

皆さんは「望遠鏡流星」って見たことありますか。
天体望遠鏡で星空を見ているとき、視野内をスッと暗い流星が流れることがあります。これが望遠鏡流星です。

とはいえ、通常は1時間に1個か2個程度しか見られませんから、ふつうに天体観望を楽しんでいる人では、なかなか見るチャンスがありません。
星雲・星団観望や彗星観測を行っている人は、ご覧になったことがあると思います。
彗星捜索者や流星観測者には昔から注目されており、古くは東京天文台(当時)の井上秀雄先生が研究を行い、大昔になりますが、新宿にあった先生のご自宅までお話を伺いに行ったこともあります。

私は昔から彗星の観測をしてきましたから、望遠鏡流星をずいぶんたくさん見てきました。
ずっと光度や性状を記録してありますので、手元には数十年分の望遠鏡流星の観測データがたまっています。

望遠鏡流星の光度はさまざまですが、8等程度のものが多いようです。
もちろんもっと明るいものや暗いものも見え、5等よりも明るいものが流れると、ハッと驚いてしまいます。
4等より明るいと眩しく感じられ、それよりも明るいものでは目の前でフラッシュを焚かれたようです。
暗いものは10等程度まで見えますが、それより暗いものはたとえ口径が大きくなっても見るのは困難です。

暗いものでは光度変化はあまり見られません。
でも、流星痕はかなりの割合で見られます。
7等や8等の流星に痕が残るのは本当に不思議な感じです。
明るい流星では数秒続く痕も見られ、高空の風に流されて変化してゆくようすもわかります。

大流星群の極大期だと、1時間に十数個の望遠鏡流星が観測できます。
以前、ペルセウス座流星群の極大日に観測していたら、暗いけれど明らかにペルセ群とわかる性状の流星が、どれも痕を残して次々に視野を横切り、眼視とはまた別の楽しさがありました。
肉眼と違って分解能が優れているため、痕の微細構造がよくわかり、本当に不思議なものです。
いわゆる「割り箸痕」と呼ばれる二本平行した痕や、スパイラル痕と呼ばれるらせん状になった痕など、分解能が高い望遠鏡ならではの珍しい現象が観測できます。

光度分布や有痕率など、まとめなくてはと思っているのですが、なかなか時間がとれません。
特に有痕率の研究はこれまでなされていないため、面白い統計結果が出せるかもしれません。

ペルセ群やふたご群の極大夜、西美濃天文台の60センチ望遠鏡で望遠鏡流星を観測しようという野心的?な試みも何年も前から計画しています。
これまで天候の関係等で実施できていませんが、ぜひ試みてみたいと思っています。

2009年09月02日

●ジャコビニ流星群

望遠鏡流星のことを書いたところ、意外なほどのRESをいただきました。
今回はそのコメントで話題になった「ジャコビニ流星群」について・・・。

ジャコビニ流星群は、10月8日頃に観測される流星群です。
毎年出現する定常群ではなく、不定期に活発な活動が見られることから突発群の代表的なものとして知られています。
ただ、最近では、非常に少ないながらも毎年観測されるようになり、突発群から定常群への移行過程にあるともいわれています。

通常、流星群の名称は「ペルセウス座γ流星群」とか「ふたご座α流星群」のように、輻射点のある星座の名前を冠して呼ぶことが多いのですが、この群は伝統的に母彗星の名前をつけて呼ばれています。
母彗星はGiacobini-Zinner彗星といい、周期6.6年で太陽を回っています。
彗星の軌道と地球の軌道が公差する際に、軌道上にばらまかれたチリが地球の大気に突入して流星群として観測されるわけですが、毎年見られる流星群と異なり、軌道上に満遍なく流星のモトとなるチリが分布していません。
そのために、流星が見られる年と見られない年があるわけです。
名称については「りゅう座γ流星群」とも呼ばれますが、今年開催された天文学の会合で、「ジャコビニ流星群」も「りゅう座γ流星群」も正式名称ではなくなりました。
正式名称はまだ議論の余地がありますので、この記事では便宜的にジャコビニ流星群の名称で書いてゆきます。

突発出現と書きましたが、正式に記録されている最初の出現は1933年です。
北米やヨーロッパで流星雨と呼べる規模の出現が見られました。
このときに撮影された写真には無数の流星が写っていて、子供の頃初めてその写真を見た私は、一生のうちに一度はこんな流星雨を見てみたいと強く思ったものです。
1946年にも顕著な出現が観測されました。

1972年には、日本で大出現が見られることが早くから予測され、日本中が狂奔する騒ぎになりました。
私も一晩中起きていましたが、東京では薄曇りで流星は見られず、天候の良かった東北北部や北海道でもほとんど出現はありませんでした。
ただ、当時の「天文ガイド」の同好会誌紹介欄に、「ジャコビニ流星群出現?」という記事が掲載されており、「チカチカと線香花火のように数個まとまって飛んだ」とのことでした。
真相は不明ですが、妙に印象に残る記事でした。

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1985年には日本で比較的盛んな活動が観測され、1998年にも短い時間でしたが、活発な出現が見られました。
その日、プラネタリウムの仕事を終えた私は、自宅に帰るとすぐ自動稼働しているHRO(流星の電波観測)の画面を見ました。
何となく予感はしていたのですが、画面はたくさんのエコーで埋め尽くされていました。
外に出ると、雲量8程度と観測できる状況ではありません。
弱い冬型だったので、平野部へ行けば晴れていると思い、車を飛ばしました。
池田山の麓まで行くとけっこう晴れています。
流れの速い雲の隙間に頻々と流れる流星は、雪が舞うようなふわりとした印象で、ポロポロと崩れていくようなプロフィール。
出現数は1分間に数個~10個程度でしょうか。
速度も遅く、通常の流星とはかなりイメージが異なります。
この日は結局、晴れ間を求めてあちこち移動しながら見たわけですが、まともに観測できたのは後半の30分ほどで、その後は急速に終息に向かいました。

次回は、2011年にヨーロッパでの出現が予報されています。
近年、流星群の出現予報はかなり正確になり、なかなか大番狂わせはないのですが、半日出現がずれて日本でも観測できるといいなあと、かすかな期待を抱いています。

画像:当日のHRO画像。右端のバーがエコーの強度を表しています。

2009年09月06日

●月明の寒谷峠

昨夜は、揖斐川町西横山と坂内諸家を結ぶ「寒谷峠」に行ってきました。
この峠は、西天の彗星捜索によく行く場所で、標高660m、南から西が開けています。
視界はやや狭いのですが、旧藤橋村と坂内村の村境で人家は周囲にまったく無く、完全無光害の空が楽しめます。
また、夜間はほとんど車が通らず、安心してゆっくりと観測することができる穴場です。

今回は、珍しくあえて満月を狙っての星見行でした。
もちろん、通常行っている暗い天体の観測が目的ではありません。
そろそろ秋の気配が濃くなり始めた峠で、月明に照らされた静寂な山間のたたずまいを体感しようという意図です。

目論見はあたりました。
ススキの穂が揺れる峠には月の光が満ち、静寂に包まれた時が過ぎてゆきます。
薄雲が広がり始めた夜空は、快晴でない分、全体にレースをかけたように不思議な白さで、木星や夏の大三角がそんな淡く輝く夜空にコントラストを添えています。

虫の声以外、物音はまったくしません。
気温は半袖では寒い程度。
深い山特有の森の匂いが周囲に満ちて、満月の星見の魅力を再認識した一夜でした。

2009年09月08日

●小さくてバカバカしい悩みあれこれ

え、と。
今日はバカバカしい話題です。
まじめな天文の記事を期待されていた方はすみません。
最近の個人的な悩み事などをつれづれなるままに・・・。

1.髪の悩み
「ほーら、いきなり来た来た!」と思った方、同志が増えたと期待されたかもしれませんが、残念ながら薄毛、白髪系の悩みではありません。

私の髪は水分含有量が多くて、洗髪直後はサラサラでまことにいい感じなのですが、半日後には空気中の水分を吸ってベタッとしてきてしまいます。
こうした現象を、我が家では「髪がワカメ化する」と称しており、髪質が似ている娘も同様の悩みを抱えています。
この夏はずっと雨ばかりだったのでワカメ化がごく顕著でした。
毎日洗髪しているにもかかわらず、私も娘もすぐにべっちょり。
加えて、二人とも基本的には直毛ながら、ごく僅かなウェーブがあります。
湿気が多いとウェーブが顕著になり、パーマをかけたようになってしまいます。
雨ばかりの夏が終わり、ようやく通常の髪型に戻りましたが、こんな髪の悩みもあるんですねー。
もちろん、天文はワカメ化を大いに推進します。
夜露に濡れる観測では、洗髪直後であってもすぐにベタベタに。

一部の方が期待しているような薄毛、白髪系の悩みは今のところだいじょうぶみたいです。
もともと子供の頃から額がすごく広くて将来はやばいかな、と思っていましたが、特に額の面積が広がっているようすはないので。

2.メガネの悩み
近視で、ずっとメガネのお世話になっています。
もはやメガネをかけていない私の顔は想像できないというぐらいトレードマークになっているのですが、天文という仕事、あるいは趣味の特異性のために、メガネの傷みが非常に早いのは悩みです。
自分の観測のときはメガネを外して望遠鏡を覗くのですが、観望会などで人に見せる場合は、視力をお客さんに合わせるため、そしていちいちメガネを外している時間がないため、メガネをかけたまま望遠鏡を何度も覗きます。
当然、接眼レンズとメガネのレンズが擦れてキズがつきます。
これが積み重なるとメガネのレンズは細かいキズでまっ白になり、やがて買い換える羽目に・・・。
実は今かけているメガネもひどいキズキズで、雨の夜などハレーションを起こして見えづらいことこの上もありません。
昼間も視野全体がボケッと白いので(これはいよいよ白内障に罹患したか)と思ってしまったほどです。
え?買い換えればいいって?まあ、その通りですね。
はい?コンタクトにしろって?まあ、仰るとおりですが・・・モノグサなので、コンタクトにしたらきっとメンテをせずに目の病気になると思います。

3.足の悩み
足が短くて困る・・・というわけではありません。
右足の不具合に、ここ20年間近く悩まされています。
東京に住んでいる頃、バイクに乗っていてシャブ中の車に追突され、右足首複雑骨折、靭帯と神経全切断という事故を経験しました。
2度の手術をして、何とかふつうの生活ができるようになりましたが、足首が曲らないため正座はできないし、長時間歩くことも走ることもできません。
疲れたときや季節の変わり目には痛いし、何とも困っています。
まあ、当時、医者は「一生、びっこをひくことになるかも」と言っていましたから、思ったよりも回復した方なんでしょうが・・・。
まあ、これ以上は治らないので仕方ないですね。

4.本と望遠鏡の悩み
天文、歴史、民俗といった仕事がらみの本、趣味の文学関係含め、本をたくさん読みます。
当然、家には本が増えてきます。
いまや、我が家は、どの部屋も本でいっぱいです。
といって、本というものは捨ててしまうことはできません。
これまで蔵書を始末した後に、その本を再読する必要に迫られたことが何度あったか。
廊下に本棚を増設しようかなどと考えています。
これは本をたくさん読む方には共通の悩みですね。
あ、望遠鏡などの観測機材も場所を取ります。
あちこちに鏡筒がごろごろ転がっている状態。
ちゃんとした機材室みたいなのがあるといいなあ。

5.動物の悩み
いま、ウチには猫が8匹、うさぎが1羽います。
どれも捨てられていたり不要視されていたのを保護したものです。
家族の一員でかわいいのですが、当然ながら一日たりとも世話を欠かせないことが悩みではあります。
餌代や病院代がかかるのは仕方ありません。
問題は家族揃って出かけることが不可能なこと。一人は必ず世話係として残らなければなりません。
旅行などに出かけられないのは我慢するとして、冠婚葬祭に家族揃って参加できないのは問題です。
動物それぞれ、体調や年齢、個性によって餌の種類も世話の仕方も違うので、人に任せるわけにもゆかず・・・。
「そんなの好きで飼ってるんだから仕方ないでしょ!」
そんな声が聞こえてきそうです。
まあ、ウチで保護しなければ生きていなかった動物ばかりですから、これからも家族の一員としてともに暮らしていこうと思っています。

どうでもいいようなことばかり書くなよ、と言われそうですね。
まあ、どうでもいいような悩みだから書けるわけですが・・・。


2009年09月09日

●春日上ヶ流で星を見る

昨日はよく晴れていましたので、月が出るまで観測をしようと揖斐川町春日の上ヶ流という場所へ行ってきました。
本当は、もっと山奥の藤橋あたりまで行こうと思っていましたが、北西の低空には黒雲が溜まっていましたので、あまり奥へは行かず、平野部に近い春日上ヶ流にでかけたわけです。

ときおり雲が湧いたものの、まあまあの晴天。
北西に落ちていく北斗七星のあたりからうしかい座、へび座と15㎝双眼鏡で流していきます。
M3、M5、M10、M12といった明るい球状星団が視野をかすめ、時折、人工衛星も横切ります。
望遠鏡流星も見えました。
9等と10等の暗い流星です。

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南西にはさそり座が山の端に落ちかかり、いて座の天の川が南天を白く彩っています。
ひととおりの観測終了後、さそり、いて、やぎ座付近の星雲・星団を観望しました。
月が昇ってきたため、コントラストは冴えませんが、M8、M16、M17、M22など南斗六星周辺の天体はいずれも見事な眺めです。
M75やM55といったマイナーな星団も見ました。(何座のどこにあるかわかりますか?)

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観測を終了し、車で山を下っていく途中、いきなり揖斐川町の夜景と下弦の月が目に飛びこんできました。
ちかちかと瞬く夜景がとてもきれいで、しばらく車を停めて見入ってしまいました。

月が出るまでの短時間でしたが、秋らしい澄んだ空気の下、静かな星見を満喫したひとときでした。

写真:いて座と15㎝双眼鏡(月が昇った後なので星は少ないです)・月と夜景

2009年09月10日

●揖斐高原の秋

昨夜は、揖斐高原に観測に行ってきました。
夕焼けがあまりにきれいだったので、「これは行くっきゃないぜ!」と思い、やりかけの仕事を放り出して職場からそのまま車を走らせました。
車には、望遠鏡やカメラをいつも積んでありますので、いつでも出動が可能なのです。

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当初は藤橋方面へ行こうと思っていましたが、何となく今夜は揖斐高原日和(?)だなと思い、途中で進路変更、揖斐高原のテニスコート脇に車を乗り入れました。

夕闇の高原は、ススキが揺れて完全に秋の気配です。
気温は12度。
トランクからトレーナーを取り出して着込みました。
かすかな虫の声以外は、まったくの静寂。
私以外、誰もいません。
北西には北斗七星が山に落ちかかり、南西にはさそり座、その東側には、いて座の天の川が立ち上り、さらに東には木星が薄黄色の巨光を放っています。

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さそり座から、へび座、へびつかい座、うしかい座と15㎝双眼鏡の視野を移動させます。
M4、M5、M10、M12、M107など、見慣れた星団が次々に視野をかすめる中、人工衛星が狭い視野内に3連発。
いずれも8等程度でしたが、いかに人工衛星が多いとはいえ、2.7度の視野内をほぼ同時に横切るのは珍しく、もともとはひとつの衛星だったものが、何らかの理由でいくつかのパーツに別れてしまったものではないかと思いました。

先日行った春日上ヶ流よりも山奥の上に標高が高いので、空は暗く、視野を横切る星すべてが生き生きと輝いています。
星は大勢で見るのも楽しいですが、本当に星と会話をしようと思えば、やはりこうして一人きりで観測しなければなりません。
星を見ることは、自分と向き合うことでもあると思っています。
微星の一粒一粒が、心の奥底に無数の光を投げかけてくる感覚。
天文学的な成果などではなく、そんな一人になれるひとときを求めて、こうして星を見に来るのかもしれないな、などと思いながら、ただ無心に双眼鏡を操っていました。

写真:昨日の夕焼け・いて座付近の天の川

2009年09月12日

●伝説のクロス流星

最近、火球を見ません。
けっこう観測には行っているのですが、主要流星群の極大日がことごとく悪天候ということもあって、普通の流星もあまり見ていないのです。
見ているのは、望遠鏡流星ぐらいでしょうか。

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そんなことを思いつつ古い資料を整理していたら、懐かしく珍しい写真を見つけました。
火球クラスの流星がクロスしているこの写真、撮影当時はけっこう話題になりました。
3回爆発しているのが、やぎ座流星群の火球でマイナス5~6等級ほど、もうひとつがペルセウス座流星群でマイナス2等級でした。
やぎ群の火球は、爆発の度に地面が青白く照らし出され、独特のエメラルドグリーンの色、そしてゆっくりとした速度もあいまって、幻想的な迫力でした。
撮影場所は、東京都青梅市の御岳山長尾平。
1970年代から80年代、東京在住の天文ファンの定番観測地でした。
撮影したのは、私が創立者のひとりである東大和天文同好会。
全国に100名近い会員を擁する、当時、最もアクティブな同好会で、御岳山長尾平はホームグラウンドのひとつでした。
今でこそ流星観測、というより、若い人の間で天文という趣味はマイナーになってしまいましたが、その頃は天文が非常に盛んで、なかでも流星観測は学生にもできる観測分野として、多くの同好会がメインの活動にしていたものです。

この写真、フィルムは「ハイスピードインフラレッド」です。
デジカメしか知らない若い人には「なんじゃ、それ」と言われそうですが、いわゆる赤外フィルムで、赤外域にある程度の感度があるフィルムでした。
赤外フィルムに赤フィルターを併用すると、光害の影響を受けにくいことと、流星の性質として可視光域よりも赤外域で明るいことから、都会地でも流星の写りやすいフィルムとして私たちは愛用していました。
モノクロの写真自体が今の若い人には珍しいでしょうし、ましてや赤外フィルムなんて聞いたこともないという人が多いでしょう。

写真があんまりきれいじゃないのは現像ムラか定着ムラです。
自分で現像したり印画紙に焼きつけたりなんて、今では大昔の話みたいな
気がしてしまいますね。

2009年09月16日

●9月のオリオン

暑い暑いと思っていたら、いつのまにか朝晩は涼しい、というより寒くなってきてしまいました。
星空の方もようやく様変わりで、夕方こそ南西に、さそり座やいて座ががんばっていますが、少し遅い時刻になるとペガススの四辺形が高く昇りつめ、さらに遅くなると北東にカペラ、真東にすばるが昇ってきます。

日曜の晩は揖斐高原で、昨夜は宿直でしたので藤橋で星を見ていました。
揖斐高原は東天が開けていますので、昇ってくる星が良く見えます。
15cm双眼鏡で星雲・星団を見ているうちに、いつのまにか北東の山の端にカペラが昇っていました。
カペラという星は不思議で、どんなに低空でも、曇りのない端然とした輝きを放っているように思えます。
カペラが昇れば、次はすばる。
木立の間から昇ってきたばかりのすばるは、隣接した星どうしが小声で囁きあっているような、いつもそんな印象です。

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夜半を回ると、南東にオリオン。
今朝の2時、藤橋振興事務所の前で、高く昇ったオリオン座を眺めていました。
オリオン座はこの時期に見るのもいいですが、真夏の黎明、青く明け染める東天に、透き通ったような印象で昇ってくるオリオン座が好きです。
真冬は星座の王者のように堂々としたオリオン座なのに、夏の明け方に見るオリオンは、とてもはかなげに感じられます。

9月のこの時期にオリオン座を見て感じるのは、遠からず訪れる冬の緊張感です。
自分の身の回りや人間社会にどんな変化が起こっても、地球は正確に公転を続けている・・・。
そんな当たり前のことを、秋のオリオン座を見つめて考えていました。

写真:昇るオリオン座(旧藤橋村オートキャンプ場にて)

2009年09月19日

●スター・フォーレスト御園を訪問

18・19日と、愛知県東栄町の「スター・フォーレスト御園」に行ってきました。
ここには口径60cm反射望遠鏡をはじめ、スライディングルーフ内に大小さまざまな天体望遠鏡が備えられ、宿泊設備も完備しています。

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天文担当職員は私の小学生の頃からの友達で、私とともに東大和天文同好会を1973年に設立した天文全般の達人です。
ずっと一緒に天文活動をやってきて、ギター、バイクと趣味も同じ、文学論議や政治論議に夜を徹したことも数知れず、私と前後して東京から東海地方の天文台職員として家族を連れて移住した経歴までも同じです。
楽しいときも辛いときも、ずっと同じ星空を見上げてきた生涯の友人なのです。

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往きは渋滞もなくスムーズに到着。
古い友人なので話が弾みます。
私が勤務していた西美濃プラネタリウムと同じミノルタ製のプラネタリウムもあり、久々に懐かしい星像を楽しめました。
60cm望遠鏡をはじめ、施設も久々に見学、望遠鏡談義にも花が咲きました。

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残念ながら天気はあまり良くなく、雲越しに明るい星がいくつか見えた程度でしたが、夜遅くまでさまざまな天文談義をして過ごしました。
翌日から5連休が始まるため、余裕があるのは19日までとのこと。
予約表を見せて貰ったところビッシリで、ほんとうに体力勝負の仕事です。

帰路は豊川インターから大渋滞。
高速に乗らず、ひたすら一般道を通って帰りました。
高速に乗らないと、けっこうな大旅行です。

昨年は忙しくてどこへも行けませんでしたが、今年は全国の天文施設を回って見聞を深めようと思っています。
あなたの家の近くの施設にも出没するかもしれませんヨ。

写真:夕暮れの天文台・60cm反射望遠鏡・展示室内

2009年09月24日

●白昼のアンタレス食

今日は、さそり座のアンタレスが月に隠される現象を観察しました。
月の通り道にあたっていることから、アンタレスはしばしば月に隠されます。
今日のアンタレス食は白昼でした。
月が細いと、1等星とはいえ白昼に見つけ出すのはけっこうしんどいのですが、今日の月齢は5.7でしたので見つけるのは簡単でした。

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たまたま今日が休みだったので、何日か前から晴れていればアンタレス食を見ようと思ってはいたのですが、あれこれ家の用事を済ませているうちにすっかり忘れてしまい、気がついたら出現の15分前。
こりゃいかんと、2階のベランダに60mm屈折をセッティングしました。
暗縁潜入ということもあり、もともと潜入はあまり見る気がありませんでしたので、出現だけでも見られればいいなあと、気楽に望遠鏡を月に向けました。
うす雲がちょうど月の近くに停滞していましたが、明縁から出現したアンタレスを見つけるのは容易でした。

アンタレスは赤い星として有名ですが、白昼に見ると赤くは見えず白っぽい印象でした。
小さな望遠鏡で見ると、どの星も昼間は白か銀色に見えます。
これは集光力が足りないせいです。
ある程度以上の光量がないと、人間の目は色を感じることができないのです。
20cmクラス以上の望遠鏡に100倍以上の倍率をかけて見れば、アンタレスやアルクトゥルスは立派に?赤く見えます。

眼視で確認後、一応、写真も撮りましたが、雲があったこともあって写りは微妙。
処理してみましたが、心眼で見ないとわからないので掲載はしません。

写真は観望風景。
日食に持って行った望遠鏡なので、ファインダーが外したままになっています。
え?なんでファインダーが外してあるかって?
ファインダーのキャップを外したまま太陽を見ていて、髪の毛を焼いた経験がある人はけっこういるのでは・・・?

2009年09月27日

●幼稚園の星見会

昨夜は、揖斐川町内の私立幼稚園での星見会でした。
ここは大変に教育熱心な幼稚園で、毎年テーマを決めて趣向を凝らした教育的イベントを行っています。

次第に雲が増えてきたものの、園児と親さん合わせて200名ほどが集まりました。
岐阜県、愛知県から9名のボランティアがそれぞれの望遠鏡を持って集まり、望遠鏡ごとに対象天体を決めて観望してもらいました。

月は半月、南東に木星が輝き、天頂には夏の大三角。
夕方は快晴でしたが、観望会を行っているうちに次第に雲が増加、見える天体が限られてきます。
私は15センチ双眼鏡で北極星を見せていたのですが、北天はほどなく雲に覆われ、参加者の3分の2ほどが見たあとは完全に雲の中。
仕方なく月に双眼鏡を向けました。

15センチ双眼鏡で月なんて、と思われたかもしれませんね。
たしかに通常は暗い星雲・星団を見る機材です。
でも、当夜は月の近くをむら雲が次々に通過し、広く明るい視野内は、月の表面と周囲をさまざまに形を変えながら通り過ぎる雲のさまが非常に幻想的で不思議な光景が見られました。
さながら映画のワンシーンのようで、観望された方は一様に歓声をあげていました。
双眼で見ることによる擬似的な立体視効果もあり、ますます雰囲気を高めてくれるのです。

観望会は準備を含めて2時間半ほどで終了。
終わったあと、近くの暗い場所で、しばらく星を見上げていました。
一時曇っていた夜空はふたたび晴れ始め、木星が静かに明るく輝いていました。

2009年09月28日

●東大和天文同好会の例会に参加

東京に来ています。
昨日は、東大和天文同好会の例会に参加してきました。
東大和天文同好会は、私と現・東栄町スター・フォーレスト御園勤務のS君で35年前に創設した天文同好会です。
同会からは、現在、天文界で活躍しているたくさんの人材を輩出してきました。
流星観測では、日本流星研究会から小槇記念賞を贈られるなどの実績を持っている一方で、天文雑誌とのコラボでバイクによる星見を提唱するなど、一風変わった経歴を有する会でもあります。

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昨日の例会は、途中から参加したところ、レジスタックスによる惑星の画像処理についての解説や議論が行われていました。
2次会は会員のH氏(不動産関係社長)宅で、天文、政治、経済あらゆる分野にわたる硬軟取り混ぜた話に花が咲きました。
天文界の裏話に通暁しているメンバーも多いため、通常では絶対に聞けないような○○な話も・・・。

残念ながら、一緒に会を設立したS君は参加できなかったものの、久々に心打ち解ける旧友との語らいに時を忘れることができました。
S君とは、つい先日、彼の勤務する天文台で会うことができましたから、ここ10日ほどのうちに、私の天文人生の原点といえる仲間たちの顔を見ることができたわけです。

メンバーが多忙なために一時は活動を縮小した東大和天文同好会ですが、ふたたび活動が盛り上がる機運が高まってきたように思えます。
これから5年ほどの間に、東大和天文同好会メンバーが、天文界に新たな潮流を捲き起こす可能性がふたたび起こりそうな予感にとらわれた昨日の例会でした。

写真:例会の様子

2009年10月04日

●「中秋の名月と音楽の夕べ」を開催しました

昨夜は、私の勤務している揖斐川歴史民俗資料館で、「中秋の名月と音楽の夕べ」というイベントを開催しました。
中秋の名月と木星を観望するとともに、オカリナとピアノの演奏を楽しんでいただき、加えて会場となった旧徳山村より移築の茅葺民家についても学んでもらおうという欲張った企画です。

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定員を大きく上回る60名の参加者で、揖斐川歴史民俗資料館敷地内にある茅葺民家は満員の状態。
民家内には月見団子とススキが飾られ、お月見ムードたっぷりです。
はじめに民家の専門家である資料館館長より、茅葺民家についての解説が行われました。
次いで、全員が外に出て、並べられた天体望遠鏡で月と木星を観望。
むら雲が月にかかり、快晴でない分、風情は満点です。
急に晴れたためにシーイングは良くないものの、木星の縞模様やガリレオ衛星は多くの人が確認できたようでした。
その後は、オカリナとピアノ、ギターの演奏。
皆さんが良く知っている曲が披露され、最後は「見上げてごらん夜の星を」を大合唱してイベントが終了しました。
途中、全員に月見団子が配られ、民家の学習、天体観察、音楽鑑賞、食欲も堪能というイベントでした。

参加者は皆さん、満足されたようで、ぜひまた同様のイベントを企画して下さいという声をたくさん聴くことができました。

初めての企画で不備や反省点も多かったのですが、総体的に見れば成功だったかなと思っています。

2009年10月06日

●秋の鳥越峠

久しぶりに鳥越峠へ行ってきました。
とはいえ、星見ではなく、なんというかドライブに。

鳥越峠は、車で通れる峠道としては岐阜県と滋賀県境で最も高い峠です。
標高は1,000mを超えていますから、当然星空は美しく、加えて全線舗装ですから、夜間でも安全にアプローチすることができます。

今回は岐阜県揖斐川町坂内から上っていき、滋賀県浅井町へ下りました。
すばらしい快晴で、坂内側からの道はススキが風に揺れて秋らしい風情。
峠から滋賀県側へ少し下ったところにある「いつもの観測地」で車を停めると、バードウォッチングの人が何人も。
それぞれ、私の所有する望遠鏡よりも高価な望遠レンズをかまえています。
この人たち、いっしょに行った友人は以前にも同じ場所で会ったとのことで、話が弾んでいました。

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透明度が良いため、峠からは琵琶湖がくっきり見渡すことができ、すばらしい眺望です。
しばらく琵琶湖の眺めを楽しんだ後、滋賀県側へ下りました。
滋賀県側で最初の集落は、浅井町最奥部の高山集落。
北陸らしいつくりの家が狭い道沿いに並び、コスモスの花が揺れて、静かな秋の午後を演出しています。

関ヶ原に出て帰路につきました。
次回はぜひ、月のない晩に行きたいと思わせてくれた秋の鳥越峠でした。
冬場は積雪で行けませんが、秋が深まった頃に行くと、南が地平線まで開けているので、カノープスがラクラク見えそうです。
カノープスを見るために、鳥越峠を訪ねるのもいいなあ。

写真は峠から望んだ南天。
逆光だったのでコントラストが悪いですが、琵琶湖はよくわかるでしょ。

2009年10月08日

●台風、大丈夫でしたか?

台風、みなさんの住んでいるところは大丈夫でしたか。
私は、前夜から揖斐川歴史民俗資料館に泊まり込みでした。
敷地内にある旧徳山村から移設した茅葺き民家が心配だったので・・・。

資料館のソファに毛布をかけてごろ寝をしていましたが、もともと不眠症の私ですから眠れるものではなく、いろいろな事を考えたり音楽を聴いたりして朝まで過ごしました。
幸い、揖斐川町は直撃を免れ、多少の風雨こそありましたが、ほとんど被害はありませんでした。

徹夜明けでお仕事、夜は折から極大を迎えるジャコビニ流星群(りゅう座流星群)を見に行きましたが、雲が多く、あまり観測にはなりませんでした。
さすがに眠いです。

このところ天候が悪く、なかなか満天の星を見る機会に恵まれません。
でも、そろそろ月明かりもなくなりますし、薄明が終わる時刻も早くなりますので、またがんばって観測をしようと思っています。

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写真は、先日、揖斐高原に観測に行った際に撮影したもの。
たまには車もいっしょに撮ろうかなと思って。
今、乗っている車は小さいので、機材を載せるのに苦労します。
15㎝双眼鏡の上に、もう一台の望遠鏡を重ねて載せたりしていますので、機材を大切にするヒトからは怒られてしまいそうです。
もう少し大きな車が必要なのですが、まだがんばって走ってくれますので、次の車検までは乗りたいと思っています。

2009年10月10日

●眼鏡について

眼鏡について・・・。

近視のため、高校生の頃からずっと眼鏡をかけています。
小中学生の頃も、星を見るときにはかけていました。
なので、まっちゃんといえば眼鏡がトレードマークになっていて、「眼鏡のないまっちゃんなんてまっちゃんじゃない」などと言われる始末です。

でも、この眼鏡というシロモノ、特に星屋さんにとっては、なかなかにやっかいです。
私は望遠鏡を裸眼で覗きます。
アイポイントの問題もありますが、眼鏡をかけていてはちょこっとした観望はともかく、天体の細部まで、あるいは微光なものまで見ることができないからです。
でも、たとえば観測中に不明の天体を引っかけた場合などに星図を見る際には眼鏡をかけます。
視力が極度に悪いために、裸眼では暗がりで星図を見ることなどとてもできません。
そのたびごとにかけ外ししなければならず、面倒なことこの上ないのです。

一般の方対象の観望会の場合は、裸眼だとピント位置が大きく違いますので、眼鏡をかけたまま天体を導入し案内をします。
さほど微細な天体を見せることはありませんから、眼鏡をかけたままでも十分なのですが、何年も観望会を続けていると接眼レンズとこすれて眼鏡のレンズに微細な傷がついてきます。
おかげで、今かけている眼鏡は傷で真っ白。
妙に視野がぼやけて見えるので「これはとうとう白内障になったか」と思ったのですが、眼鏡のレンズのせいでした。

というわけで、近日中に眼鏡を新調する予定です。
今の眼鏡は、やや弱めで疲れにくいのですが、かわりに星は良く見えません。
先日、夕暮れ時の星を見つける競争で、ある人に完敗してしまったので、方策をいろいろと検討中です。

2009年10月12日

●冠山峠秋日

仕事の合間を見て、久しぶりに冠山峠へ行ってきました。
前回行った鳥越峠同様、今回も星見・・・ではなく、昼間の偵察ですが。

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冠山峠は、岐阜県揖斐川町と福井県池田町境にある標高1,050mの峠です。
標高こそ鳥越峠とほぼ同じですが、日本海側に近いことから、気温が低く積雪量も多いために、ぶな林とクマザサに覆われたより高山らしい景観です。

天気が良かったこともあり、狭い峠は観光地と見まがうほどの人出。
少しだけ紅葉が始まっていて、間近に見える冠山山頂付近には赤く染まった木々が散見されます。

澄んだ日ざしの下、一緒に行ったogawa嬢とのんびり散策して景色を見て観測地を物色して、静かな秋の一日を過ごしました。

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帰りは星が見える時刻になりましたので、某場所で星見。
双眼鏡しか機材はありませんでしたが、双眼鏡で星雲・星団をいくつも見、秋の夜空を楽しみました。
本格的な機材がなかったのがちょっと惜しかったですが、久しぶりに肉眼と双眼鏡で観望して、心やすらぐひとときでした。
いつものことながら悔しいのが、目の良い、というか視力増強しているogawa嬢に肉眼での天体探しが敵わないこと。
双眼鏡での星雲・星団探しでも彼女はかなりの腕前を発揮、なかなかやるわい、と嬉しくなってしまいました。

写真:冠山・峠付近から美濃の山々を望む

2009年10月13日

●25cmドブソニアンに感動!

天体望遠鏡の型式の一つに「ドブソニアン」というタイプがあります。
ドブソンさんという人が考案したこの型式、三脚もなければ天体の動き(=地球の自転)を追いかける微動ハンドルもありません。
地面に置いた箱に設定した上下左右に動く軸に、望遠鏡の筒を載せただけの簡易な型式です。
載せる望遠鏡の光学系は、横から覗くことができるニュートン反射式。
精密に天体を追尾できる本格的な架台に載せた望遠鏡に比べると、安価に大口径を得ることが可能です。

これまで私も、このドブソニアンを欲しいと思ったことがありました。
集光力を生かして、12等より暗い彗星捜索に使用できないかと考えたからです。
でも、結局は入手しませんでした。
というのは、安価に大口径が得られる代わりに有効最低倍率が高くなってしまうこと、口径が大きいために主鏡が気温に馴染むのに時間がかかり像が安定しないこと、さらに一番の問題は、形式上仕方ないのですが、架台が脆弱で天体導入や追尾がしづらいという欠点のためです。

このような理由から私は、ドブソニアンに対して「安価に大口径が得られるけれど使い勝手は良くない」という考えをずっと持ち続けていました。

ところが最近、続けて2回、あまり好きではなかったはずのドブソニアンを覗く機会があり、これまでの認識が大きく変わってしまいました。
というのは、ある人が購入したドブソニアンがあまりに高性能だったからなのです。

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その人・・・ogawa嬢が購入したのは、口径25cmという、ドブソニアンにしては小さいもの。
まず、そのコンパクトさとセッティングの早さに驚きました。
コンパクトな大口径、のはずのドブソニアンが以外にかさばり、かつ光軸合わせなどを含めると、実はセッティングに手間がかかるというのがそれまでの私の認識だったからです。
でも、彼女の25cmは、車から出して観望可能になるまでわずか数分でした。

とはいえ、やはり肝心なのは星像です。
正直言って、車から出してすぐで鏡も安定してないし、焦点距離も短いから収差も多い、さほどの像ではないだろうと思って覗いたところ。
なんとなんと、木星が縞模様までくっきり。
アルビレオやペルセウス座の二重星団を見ても、非の打ち所がない星像。
アイピースとの相性もあるのでしょうが、収差の出やすい周辺でも像が崩れない。
架台もガタやブレがなく、コンパクトな割にすごく安定している。
おいおい、最近のドブソニアンってすごいじゃん。
思わず舌を巻いてしまいました。

ドブソニアン愛好者にとっては「何を今さら」と笑われてしまうかもしれません。
でも、使い勝手も像も悪いドブソニアンしか知らなかった私にとって、彼女のドブソニアンはとても新鮮な驚きでした。
思わず真剣に欲しくなってしまったほどです。

彼女の成功は、自分の背丈に合った25cmという小さめのサイズにしたことにあるのでしょう。
それ以上の口径では、鏡が気温に馴染むのに時間がかかる上に筒内気流も収まりにくい。
有効最低倍率も高くなってしまう。
そのあたりを考慮して、いたずらに大口径を欲しがらず25cmという口径に決めた英断を高く評価したいと思います。

写真は、私のフジノン15cmと彼女の25cmドブソニアン。
写真こそ撮れないものの、眼視では星雲・星団にも惑星にも月面にも万能、そしてお互いの天体導入の速さや天文学の知識も含めれば、まさに最強ペアですぜ。

あー、なんか長文になってしまいました。
望遠鏡に関心がない人にはスミマセン。
久々に望遠鏡を覗いて感動してしまったので・・・。

2009年10月19日

●雨と紅葉と快晴のおんたけ休暇村

新月の土日、長野県にある名古屋市民おんたけ休暇村へ行ってきました。
標高が高く口径60cmの反射望遠鏡を備えた天文台も設備されているこの施設からは、晴れていればすばらしい星空を見ることができます。

ところが、それまでずっと天気が良かったのに、17日土曜日は曇りのち雨の予報。
晴れ男の俺でもさすがにダメかと諦め半分で現地へ向いました。
到着したのは午後1時半頃。
途中から雨が降り出し、現地では本降りとなりました。
何人か知り合いの星屋さんがすでに到着しており、そのうちの一人、ogawa嬢の車でとりあえずさらに山頂近く、標高2,200m付近にある田の原天然公園へ。
ヘアピンカーブの続く道は霧と雨で視界が効かず、駐車場は台風を思わせる猛烈な風雨。
気温4度、気圧はなんと772ヘクトパスカル。
車を降りることもできませんでしたが、それでも霧に包まれた景色は幻想的で「こんな景色もそうそう見られるものじゃないね」とかえって満足しました。

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夜になっても雨は止まず、天文台公開も見学だけ。
でも、見学者が少ない分、東栄町のスター・フォーレスト御園と同じ旭精光製の60cm望遠鏡をじっくり見ることができました。
休暇村のボランティアでもあるogawa嬢による見学者への案内がとても上手で、私もちょびっとだけ解説をしたものの、これはワシが口を出すことはないわいと、途中からは一般見学者に混じって彼女の説明を聴いていました。

絶望的な天気予報ながら、そこは晴れ男の私と晴れ女のogawa嬢が揃ったせいか、夜遅くになって雨が上がり少しだけ星を見ることができました。
とはいえ、天文台を開けることはできず部屋の窓から見ただけでしたが。

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で、翌朝6時半。
いきなりogawa嬢に叩き起こされました。
有無を言わさず「いますぐ展望台に行くから支度して!」と申し渡され、ねむねむのままいきなり展望台までの数百メートルをダッシュ。
明け方まで上空を占拠していた雲はどこへやら、真っ青な空が広がる快晴です。
「こういう日は朝しか晴れないから」
そう言いながらウサギのように山道を走っていくogawa嬢を追いかけ展望台にたどりつくと、おお!真っ青な空に雪をいただいた御岳山が、麓一面に鮮やかな紅葉をまとって浮かんでいます。
休暇村のドームが朝日を受けて銀色に輝き素晴らしい景観です。
彼女の言うとおり、しばらくすると御岳山は雲に隠れてしまいました。

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朝ダッシュのおかげで?朝食を美味しくいただき、青空の下、あちこち見学しながら帰路につくことになりました。
山を降りる道すがらは、どこも紅葉のトンネル。
そんな錦秋の道を走って、まずは東京大学の木曽観測所へ。
ここにはわが国最大の105cmシュミットカメラがあります。
間近に見る105cmシュミットはさすがに巨大で、カメラに収まりきりません。

次いで赤沢自然休養林へ。
途中の道は紅葉の最盛期。
秋の光の中、周囲は全て赤と黄色に彩られた世界です。
赤沢自然休養林には、かつてこのあたりを走っていた森林鉄道が観光用に残されています。

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2.2kmを20分かけて走行する森林鉄道の線路は紅葉と杉の美林に包まれ、透明な大気と秋の静けさに包まれた車窓は美しいことこの上なし。
なぜか線路のポイント切り替えを見て喜ぶことしきりのogawa嬢に影響された私も、にわか鉄道ファンにチェンジ。
異常な熱意で線路や車両を撮影する二人に、乗務員のおじさんも「こりゃあ熱心なお客さんだ」と感心しています。
星を撮影するために持参したカメラのメモリーは、鉄道写真でいっぱいになってしまいました。

寝覚の床ではなぜか暴走族の集会に遭遇。
数十台のバイクの中には、なんと往年の名車、カワサキ500SS(わからない人、ごめんなさい)が混じっていて「そんな目的に使ってんじゃねーよ!」と思わず叫んでしまいそうでした。

西の空いっぱいに壮麗な「天使のはしご」を見ながら中津川インターから中央道へ。
1,000円高速の影響で、いきなりの大渋滞。
薄明の空に木星や1等星を探しつつ、夜になってようやく名古屋まで帰還。

星はあまり見えませんでしたが、盛りだくさんな2日間となりました。
次回、訪れるときはぜひ、満天の星空を見たいなあ。

2009年10月21日

●オリオン座流星群を観測

今朝、話題の?オリオン座流星群を観測しました。
「話題の?」と書いたのにはわけがあります。
オリオン座流星群は、毎年出現する定常群の上にハレー彗星を起源とする名門(?)でありながら、出現数が少なく(極大時で毎時10個程度)、さほど明るく派手な流星ではないことから、天文ファンの間でも地味な流星群で通ってきました。
ましてやマスコミで報道されることなどなかったのですが、3年ほど前からこの流星群の活動が活発となり、今年は新月でもあることからテレビや新聞で夏のペルセウス座流星群なみの報道がなされ、俄然、注目を浴びる存在となったのです。

3年前の出現は私も観測しました。
地味な流星が多かったこの群とは思えないほど明るい流星がペルセウス座流星群なみに出現し、びっくりしたものです。

今朝は、午前3時から揖斐川町内の某所でogawa嬢とともに観測を開始。
ときおり薄雲が去来しますが、まあまあの出現です。
オリオン群の頃は毎年、寒いのですが、今朝はさほどでもなく快適です。
流星数は1時間あたり30個弱、明るいものが多かったですが、観測時間中には火球と呼べるほどのものは出現しませんでした。
流星の速度が速いため、2等級より明るいものはほとんどが痕を残し、見映えがします。

4時30分以降は雲が増えたため流星観測は中止し、ogawa嬢の25㎝ドブソニアンで観望。
東天から昇ってきた土星は串刺しの団子のよう、かに座にいる火星は、視直径こそ小さいながら模様が見えました。
M42も、薄明が始まっているにもかかわらず驚くほど微細な構造が見えていました。
最後は、日の出直前に山の端から昇ってきた金星を見て今朝の観測を終了。
ogawa嬢のドブソニアン、鮮鋭な像と機動性の高さには毎度ながら驚かされます。

話題のオリオン群、高原型の極大ですが、最も期待されるのは今夜ということになっています。
さて、今夜はどこで観測しようかな。

2009年10月22日

●オリオン座流星群とファーストライト

オリオン座流星群、極大予想の昨夜も観測しました。
昨夜のメンバーは、愛知県からogawa嬢、Yさん、そして私の3名。
気合いを入れて輻射点が昇る前の21時に揖斐川町内の某所に集合しました。
夕方まで曇っていた空も次第に晴れてきて、いい感じです。

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夜半前は輻射点が低いので、ogawa嬢の25㎝ドブソニアンとYさんの自動導入新鋭機で観望。
ogawa嬢は、メシエ天体を次々に導入、相変わらず勘のいいところを見せています。
Yさんの新鋭機は、実は昨夜が事実上のファーストライト。
屈折の切れが良い星像は、超広角アイピースと相俟って宇宙遊泳気分です。
自動導入もうまく機能し、デジタル時代の星見スタイルそのものという感じでカッコイイ。

夜半からは、真面目に流星観測を開始。
ところが、思ったよりも出現しません。
輻射点が次第に高くなっても、流星数は増えないまま。

午前1時台は、散在流星を含めて1時間あたり30個弱、しかも流星の明るさは昨夜よりも明らかに暗く痕もあまり残りません。
午前3時~4時台はさらに減り、1時間あたり散在を含めて10個程度。

どうやら極大は20/21日だったようです。
Yさんは、あちこちの仲間と連絡を取り合っていましたが、藤橋にも多くの天文ファンが行っているとのことで、時ならぬオリオン座流星群騒動に、平日にもかかわらず天文ファン、一般人含めて、相当多くの人があちこちで夜空を見上げていたようです。

残念ながら極大は20/21日だったようなので、その日にも観測していた私とogawa嬢は正解でした。

でも、昨夜も久々に一晩中星を見ることができ、Yさんの新鋭機のファーストライトにも立ち会えて、楽しい一晩を過ごすことができました。

2晩続けて朝まで観測していましたので、さすがに今日は眠いです。
でも、坂内から大型民具の運搬作業を気合い入れてやりましたよ。

写真:Yさんの新鋭機

2009年10月26日

●次はしし座流星群だ!

オリオン座流星群がそろそろ終わりに近づきました。
多くの観測者のデータによって今年の活動が明らかになりつつありますが、どうやら事前に予測されていたほどの活発さではなかったようです。
ごく一部の観測者は非常に多くの出現を報告していますが、少なくとも非常に活発だった2006年には及ばなかったという報告が大半です。

さて、オリオン群が終息すれば、今度はしし群ですね。
しし群といえば、2001年に日本で流星雨といえる出現を見せ、その前後数年もかなり盛んな出現を見せました。
母彗星も遠ざかり、さすがに通常の出現数に戻りつつある・・・はずだったのですが、今年は再び、活発な出現が見られることが予測されています。
極大の予想時刻が、残念ながら日本では夜明け後になってしまうのですが、出現の程度によっては夜明け前に日本でもそれなりの出現が見られる可能性があります。
「それなりの」と書きました。
天文雑誌やマスコミなどは、こうした際に「大流星、再び!」的にセンセーショナルな書き方をすることがしばしばですが、今回は恐らく、日本では1時間あたり50個以内の出現だろうと考えられます。
それでも、2001年の出現から10年近くが過ぎて久々の活発な出現ですから、ぜひとも観測したいもの。
それなら、いつ見ればいいのかといえば・・・。
11月18日の明け方です。
幸い新月ですから、空が暗い場所で晴れてさえいれば、「それなりの」出現は見ることができるはずです。
天気予報をしっかり確認して、晴れそうな場所へ出かけましょう。
宿を決めてしまうのは、こうした天文現象の際には不利です。
晴れた場所へクルマで移動して、観測後は車内で仮眠というパターンにすべきです。
もちろん、18日は仕事を休んで。あるいはせめて午前休みにして。
明け方には輻射点は高く昇っていますから、めちゃくちゃ視界が広い場所を選ぶ必要はありませんが、木がうっそうと茂った山の中よりは海辺や高原が良いでしょう。
写真写りも良い流星群ですから、カメラも用意して。
流星そのものは写せなくても、流星が飛んだあとに残る「流星痕」を撮影できる可能性があります。

しし座流星群、極大まで新しい情報が入ってきたら、このブログでもお知らせしますが、最終的にいつ、どこで、どのように観測するのかを判断するのは自分自身です。
いろいろな情報を総合して、最善と思う観測体制を考えて下さい。

特にオリオン群で流星写真を撮れなかったヒト、しし群はチャンスですよ。

2009年10月28日

●銀河系のご近所さんを見る

M31(アンドロメダ銀河)を見ることが多い昨今です。
昨夜も月明かりの中、小さな双眼鏡で見ていました。

天文を始めたばかりの子どもの頃は、当時使っていた6㎝屈折望遠鏡で、M31を見つけることがひとつの目標でした。
こんなことを書くと「そんな簡単な天体も導入できなかったのか」と馬鹿にされそうですが、光害のひどい東京在住で望遠鏡の性能も悪く、指導者もいなかった子ども時代の私にとってはM31すら難物だったのです。
6㎝屈折経緯台のアイピースはハイゲンス20mm。倍率は50倍。
視界は非常に狭く、現代のアイピースを見慣れている人にとっては針の穴を覗くような感覚だと思います。
というか、最近ではハイゲンスという形式を見ることさえないですよね。
ファインダーもおまけのおまけみたいなもので、まともに星が見えず、いくら探してもあの大きくて明るいM31が見つからなかったのです。

M31IMG_6009+10+11 b Fin.jpg

M31は、地球からの距離230万光年、私たちの銀河よりやや大きな渦巻き銀河です。
肉眼や小さな双眼鏡で見るのがいちばん大きく立派に見え、大きな望遠鏡では、逆に全体が見えなくなって暗くなってしまいます。

M31と私たちの銀河を含め局部銀河群を形成しており、大小あわせて約40個の銀河を含んでいます。
銀河系とM31の他には、さんかく座のM33が有名です。
大きく広がっているM33は、単位面積あたりの明るさが暗いために、空が明るい場所では案外見つけづらい対象です。
空が十分に暗ければ肉眼でもわずかに確認することが可能ですが、月明かりがあったり透明度が悪いと、とたんに見えなくなってしまいます。

しばらく真っ暗な空でM31やM33を見ていませんので、次回の満月過ぎには空の暗い場所で、銀河系のご近所であるこれらの銀河と、じっくり向き合ってみたいと思っています。

写真:M31(10㎝F4SDUF屈折で撮影)

2009年10月30日

●シリウスの伴星を見た夕暮れ

前回、銀河系近傍の銀河について書いた際に、私が子供の頃には指導者がいなかったと書きました。
その通り、系統だって教えてくれる指導者はいなかったのですが、同じ市内に一人だけ天文の先輩がいて、何度かその人の家にお邪魔してはハイレベルな天文の世界を垣間見させてもらってはいました。

その人・・・Sさんは高校の天文部に所属していました。
近在ではもっとも学力の高い高校に通っていたSさんは、忙しい身でありながら気さくに小学生の相手をして下さいました。
今では名機と呼ばれている西村製作所の20㎝反射経緯台を所有しており、書棚には天文の本がぎっしり、アルバムには自分で撮った天体写真がいっぱい貼られていて、今から思い返してもレベルの高い天文ファンでした。
知的で大人びた風貌と論理的でありながら朴訥な語り口が、いかにも天文ファンであることを感じさせ、Sさんの家を訪ねるたび、憧れと感動に胸が震えたものでした。

siriusu02.jpg

Sさんの家を訪ねるのは大抵が昼間でしたが、一度だけ、夕方遅くなった際に、20㎝反射で星を見せていただいたことがあります。
季節は冬でした。
よく晴れた晩でしたので、いろいろな天体を見せていただいたのでしょうが、なぜかあまり覚えていません。
でも、ひとつだけ非常に強烈な印象で覚えているのは「シリウスの伴星」を見せていただいたことです。
シリウスの伴星といえば、主星と大変に近接していること、また主星との光度差があまりに大きいために見ることが困難な対象として知られています。
冬場でシーイングは良くなかったはずですが、シリウスを視野に入れたSさんはしばらくじっとアイピースを覗きこんだ後で、「よく見えるよ」そう言って私を振り返りました。

さほど天文知識がなかったとはいえ、シリウスの伴星が見づらいことは知っていましたから、半信半疑で視野を覗きこんだ私は、思わず小さな声で叫んでしまいました。
見えたのです。
副鏡による回折像の合間に、真っ白くぽつんと輝く小さな伴星が。

あのときの風の冷たさ、そしてキラキラと瞬く冬の星々の美しさは、今でもありありと思い出すことができます。
あれから何度か、シリウスの伴星を見たことはありますが、あのときほど明瞭に見えたことはありません。

Sさんとは、それから自然に会わなくなってしまい、久しぶりに会ったのは私が高校生になった頃でした。
「もう天文はやってないんだよ」
そう言うSさんは、それまで見せたことのない大人の顔をしていました。
やるせなさと寂しさを隠してSさんの家を辞した私は、それでもSさんこそが最初の天文の師だったのだと思い直し、やはりシリウスがキラキラと輝く冬の空を見上げたのでした。

写真:シリウス(西美濃天文台の60㎝反射望遠鏡で撮影)


2009年11月02日

●昔々の観望会

今でこそ一般の方対象の観望会は珍しいものではなくなりましたが、私が天文を始めた当時は、星はあくまで天文ファンが楽しむもので、一般市民の方に望遠鏡で星を見せてあげるという意識はほとんどありませんでした。
公開天文台も存在せず、プラネタリウムの数も僅かで、私の住んでいた東京では、渋谷にあった五島プラネタリウムが年に数回、一般の方相手の観望会を企画していただけだったと記憶しています。

haskanboukai01.JPG

そんな状況の下、私が一般の方に星を見せてあげたいと思うようになったのは、天文を始めて間もなくのことでした。
東大和天文同好会の主宰で、近くの小学校の校庭などを借りて何度か小規模な観望会を催すうち、参加する市民の方が増加してきて、次第に観望会の規模が大きくなっていきました。

写真は、1979年9月6日(木)に、東京都東大和内の小学校で皆既月食にあわせて開催した観望会の様子と周知するためのポスターです。
この日は快晴に恵まれ、広い校庭を埋め尽くす数百人の参加者が集まりました。
写っている望遠鏡がどれも6~8cmの小口径であるところに時代を感じますね。
周知の方法は、手描きのポスターを十数枚、市内の各所に掲示し、加えて会員が手分けして、チラシを全戸に配布しました。
4万人の市民の家を自転車で手分けして回り配布したのですから、その労力たるやすごいものです。

haskanboukai02.JPG

当時、東京では私たち東大和天文同好会が先進的な取り組みを行っていましたが、岐阜県では正村先生の岐阜天文台が早くから一般の方向けの啓蒙活動を行っていました。
現在まで続く岐阜天文台の活動は、そうした意味で先進的であり高い評価を与えられてしかるべきものです。

現在は、市民相手の観望会がひとつの活動分野として天文ファンの間にもしっかり根付いており、すばらしいことだと思います。
いつかまた、東大和天文同好会の面々とともに、これまでの常識を打ち破る観望会を企画してみたいものです。

2009年11月09日

●懐かしのコホーテク彗星

先日の記事(詩「Lyra」)に関して、OgimotoさんとFurukawaさん、お二人のベテラン天文家から、コホーテク彗星についてのコメントが寄せられました。
何とも懐かしいので、今回はコホーテク彗星について・・・。

コホーテク彗星の現在の正式な符号はC/1973E1ですが、古い天文ファンにとっては1973fという方がぴったりくるのではないかと思います。
そのとおり、1973年3月7日にチェコのコホーテクが発見しました。
眼視ではなく、写真乾板上からの発見です。
近日点距離(太陽から彗星までの距離)が0.1424AUと近く、地球との位置関係も良かったため、マイナス等級になることが期待され、マスコミでは早くから『世紀の大彗星』と喧伝されました。

当時、私は小学生で、連日報道されるこの彗星の新聞記事やテレビを食い入るように見、非常に興味をそそられました。
彗星が接近してくるにつれ、折から地球を周回していたスカイラブからの写真が新聞に掲載されるなどブームは加熱、天体望遠鏡が飛ぶように売れたといいます。

いよいよ彗星が接近し、1974年1月、夕方の西空に見え始めました。
折から夕空には金星と木星が接近していて、その近くにマイナス等級の彗星が現れたなら夢のような光景になるだろうことが予想されました。
当時、結成して半年ほどの東大和天文同好会メンバーは、西空が見渡せる近くの小学校の非常階段を観測場所と定め、眼視と写真で世紀の大彗星の姿を心とフィルムに残すことにしました。

ところが。
次第に空が暗くなり星が見え始める時刻になっても、彗星はいっこうに見えてきません。
当時は今と比べれば光害も少なく、加えて冬の関東ですから連日の快晴、西の山並みをくっきりとシルエットにした真っ赤な夕焼けの上に浮かぶ金星、木星が本当に夢のような美しさなのですが、肝心の彗星はどこにも見えないのです。
その日は結局、彗星を見ることはできず、その後、望遠鏡にとらえた彗星は、4等級ほどの本当にかわいらしい姿でした。
マスコミでも、どうやら不発らしいという報道がされ始め、同じく大騒ぎをしながら不発に終わった1972年のジャコビニ流星雨の記憶も新しかったことから、天文現象というものはどうも空騒ぎに終わりがちだという認識がされるようになりました。

それでも、ISO100のフィルムで撮影した写真には、長い尾を伸ばした彗星の姿が奇麗に撮れていて、やはり時代を彩った彗星のひとつだったのだなと今でも思います。
あの頃は、今とは比べものにならない天文ブームでしたが、コホーテク彗星も、そんなブームに拍車をかけたエポックメイキングな彗星でした。

暮れなずむ非常階段にそれぞれの愛機(6㎝クラスの屈折経緯台か8.5㎝~10㎝クラスの反射経緯台ばかりでしたが)を連ねて、真冬の風に吹かれながら夢中で彗星を探索した当時の記憶は今でも鮮明です。
あのときの風の冷たさ、夕焼けに浮かぶ西の連山のシルエット、すばらしい輝きを放つ金星と木星。
私の心のアルバムに、強烈な1ページを刻んでいる光景です。

2009年11月13日

●昔のスケッチを見つけました

コホーテク彗星の記事で、うちやまさんから、当時はスケッチを取った旨のコメントをいただきました。
今でこそデジカメで簡単に画像が撮れますが、昔は星雲・星団、彗星、惑星、太陽、月面、何でもスケッチを取ったものでした。
当時のスケッチは、あまり残っていませんが、ごそごそ探していたらウェスト彗星のスケッチが出てきました。
黒い紙に白鉛筆で描いたスケッチのデータを見ると、1976年3月21日 4時28分 60mm f1000mm屈折経緯台 K20mm(×50)となっています。

west.jpg

ウェスト彗星は、1975年に発見された20世紀最大級の彗星でした。
1976年3月、明け方の空に30°以上の尾を伸ばし、頭部の明るさはマイナス2等以上という偉観を呈しました。
当時、中学生だった私は、いっしょに東大和天文同好会を創立したS君と毎朝、近くの学校の校庭でこの彗星を観測しました。
東京でも、まだ明け方の空は比較的暗く、幅広くカーブした雄大な尾が素晴らしい光景でした。

最も壮麗だったのは3月初旬でしたから、スケッチを取った21日には、ちょっとおとなしい姿になっていました。
それでも、肉眼で尾がくっきりと見え、明るい時期には見えづらかった頭部の細かい構造が良く見えていました。
稚拙なスケッチですが、大彗星観測に奔走した当時の興奮と感動を思い出します。
60mm屈折経緯台 f1000mmという正統的な望遠鏡のスペックが泣かせますね。

他に星雲・星団や太陽のスケッチもたくさん見つかりました。
月面スケッチもかなり取ったのですが、これはまだ見つかりません。

スケッチなんて面倒だし古くさい、不正確だ。
そんなことを思わずに、皆さんもスケッチを取ってみて下さい。
じっくり何度も見ないと描けないので、それだけ天体の細部を詳細に観察できますよ。

2009年11月19日

●快晴と暴風のしし座流星群観測

2001年に日本で大出現をした、しし座流星群。
今年も、11月18日朝に、2001年ほどではないもののダストトレイルの接近により、ある程度の出現が予想されていました。
出現予想時刻が日本時間で夜明け後となるため、出現のピークは見られないものの、出現の増加が観測できる可能性があったのです。

そんな予測に基づき、17/18日は観測を計画していたのですが、折悪しく低気圧が接近し、低気圧通過後は強い冬型となる天気予報となりました。
日本海側気候の影響を受けやすい岐阜県では、悪天候で観測できない可能性が強くなったため、直前まで天気図とにらめっこをしながら観測地を検討、結局、冬型の影響を受けづらい三重県まで遠征することにしました。

17日、仕事から帰り準備をして出発。
国道23号線をひたすら南へ向かいます。
四日市を過ぎたあたりから晴れ始め、津あたりからは快晴。
あとは暗い空と視界を求め、さらに南下し、結局、2001年の大出現を観測した鳥羽市某所の観測地へ。

空は快晴で、6等星超まで見える素晴らしい透明度ですが、風が非常に強く、強風というより暴風です。
出現の増加が期待されるのは夜明け直前なので、3時半まで車の中で待機、フロントグラス越しに満天の星空を眺めていたのですが、しし群が頻々と流れます。
母彗星が遠く去り、通常は1時間に10個程度しか出現しないはずなので、この出現数は確かに異常です。

3時半からはいよいよ気合いを入れ、外に寝転がって本格的な観測を開始。
雨上がりの夜空は素晴らしく、メガスターで映し出す星空のように細かい星が無数に見えています。
流星は、やはり頻々と出現。
しし群だけでなく、おうし群もいくつか見られました。
速度が遅く長経路で火の粉を散らす、おうし群の火球も見られ、退屈することがありません。
面白かったのは、隣で観測しているogawa嬢の反応。
暗い流星では、一言「あ!」。
もう少し明るい流星では「ああっ!」
0等よりも明るい流星が出現すると「わあーッ!」
マイナス等級では「キャー!」
声で流星の等級がわかります(笑)。

薄明まで観測しましたが、コンスタントに1時間あたり30~40個のしし群が出現、散在まで含めると1時間あたり50個程度の出現が続きました。
流星数は多かったのですが、明け方に向けて出現が増加する傾向は感じられず、果たして予測通り中央アジアで出現が増加したのかどうかは、今のところ情報も入っておらず不明です。

夜明け直前、低空に輝く金星を見てからしばらく仮眠。
その後は、伊勢神宮を内宮・外宮ともに参拝、さらに川越町にある中部電力の電力館「テラ46」を見学し帰路につきました。

悪天候の予測にもかかわらず、快晴の空の下でそれなりの出現が見られ、伊勢神宮参拝などオプションまでついての(?)意義深い観測行となりました。

他の観測者の結果ですが、悪天候で見られなかった場所が多く、観測できた方の報告では、やはり1時間あたり30~40個程度がコンスタントに出現したようすです。


2009年11月24日

●かわべ天文公園への旅

和歌山県日高川町にある「かわべ天文公園」に、久しぶりに行ってきました。
なだらかな高原状の丘に、100cm反射望遠鏡とプラネタリウム、快適な宿泊施設が整備されたこの天文公園は、紀勢本線の駅から歩いていける交通の便が良い場所にあります。
市街地に近い割に空は暗く、清潔な施設とアットホームな職員の対応が嬉しい施設です。

kawabe100cm.jpg

しばらくぶりの訪問でしたので、星が見られることを楽しみにしていたのですが、残念ながら到着した日の夕方から雨。
それでも、100cm反射望遠鏡やプラネタリウムを職員の方に案内していただき、懐かしく楽しい時間を過ごすことができました。
公開天文施設の現状についてもいろいろと話すことができ、各地の施設の今後について考えさせられました。

kisyurailway02.jpg

翌日は朝から晴れ。
日ごろの行いの悪さを反省しつつ、チェックアウト後には「日本一短い私鉄」として有名だった紀州鉄道に乗車したり(現在は千葉県の芝山鉄道が最短の私鉄だそうです)、鍾乳洞を見学したりしながら、気持ちの良い一日を過ごしました。
紀州鉄道は、運行距離が2.7kmしかないローカル鉄道。
細いレールをバスのようなディーゼルカーがのんびり往復します。
左右にゆらゆら揺れながらのんびり走る乗り心地は、鉄道というよりも船に近い感じ。

他にも、往路にみさと天文台を訪問したりと、いろいろと珍しく面白い経験ができた紀州路の旅でした。

写真:100cm反射望遠鏡・紀州鉄道

2009年11月26日

●おうし座流星群

先日のしし座流星群観測の際には、おうし座流星群の流星もいくつか見ることができました。
おうし座流星群は、9月末から11月末までの長期間にわたって活動します。
北群と南群に大別することができ、北群は11月5日頃、南群は11月12日頃が極大とされていますが、シャープな極大ではなく、その頃にやや数が増加するかな、という程度です。
通常の年は1時間あたり5個出現すれば良い方という、ささやかな流星群です。

おうし群は、対地速度が北群で29km/s、南群で27km/sと非常に遅いために、ある意味、見応えがあります。
明るいものは、打ち上げ花火がシュルシュルと上がるときのように火の粉を散らし、色をさまざまに変えながらゆっくり流れてゆきますので、対地速度が71km/sと速く、あっという間に見えなくなってしまうしし群よりも印象が強いかもしれません。
ただし、速度が遅い分、痕を残すことは少なく、ほとんどが痕を残すしし群とは、この点でも対照的です。
ときおり火球を飛ばすことがあり、先日のしし群観測の際に見られた流星も、準火球と言って良い明るいものでした。
流れている最中に「あーっ!まだ見えるぅー!すごいすごい!」と騒いでいる時間がたっぷりあるほど長経路でゆっくりでした。

この流星群に性状がよく似たものとしては、夏に見られるやぎ座流星群があります。
1時間あたり1~2個程度という出現ですが、対地速度が23km/sと遅く、長経路で火球を飛ばすことが共通しています。
ただ、私の経験では両者は色に大きな違いがあるように感じています。
赤っぽい火球が多いおうし群に対して、やぎ群はエメラルドグリーンと言って良い青さの火球が多いのです。
流星物質の組成が違うのかもしれません。
また、やぎ群の方が経路途中で爆発する流星が多いような気もしています。
いずれにしても、おうし群はやぎ群と並んで好きな流星群のひとつです。

2009年11月28日

●国際宇宙ステーションとスペースシャトルのランデブー

昨日の夕方、国際宇宙ステーション(ISS)とスペースシャトル(STS)がランデブー飛行するようすが全国で見られました。
実は私は当日までこのことを知らなかったのですが、ogawa嬢がメールで教えてくれました。

昼間は雲が多かったのですが、夕方から晴れ始め、暗くなりはじめた頃には雲量3程度と、まあまあ良い天気になりました。
上空を通過する予想時刻は17時49分頃です。

車にはいつもカメラと三脚を積んでいますので、職場の駐車場にカメラをセッティングして待機します。
職場の駐車場は、空は暗く、視界は広く、誰も来ないという絶好の観測地。
だいたい空のどの辺りを通過するという予想を立て、待つことしばし。

091127ISS STS.jpg


現れました。
北西の低空に3等星ぐらいの小さな光が。
やや遅れて同じ程度の明るさの光点が後を追います。
ふたつの光点は高度を増すにつれ明るくなり、北西に輝く「こと座」の1等星ベガをかすめ、さらに明るさを増しながら「わし座」のアルタイル付近を通過、10度ほどの間隔を保ちながら月の近くを通り過ぎ、次第に暗くなりながら南東の山並みに沈んでいきました。
いちばん明るいときは、このところの一番星である木星よりもずっと明るく見え、キラキラ輝きながら夜空を翔けていく光景はとても美しいものでした。

月明かりと露出時間の兼ね合いから、いつもはISO800で撮影するところ、感度をISO400に設定、南東の山に沈むまで連続して撮影することができました。
すぐにogawa嬢から「見えた?」とメール。
「見えたよ」と返信し、ふと気づいて再度メール。
「あのー、どっちがISSでどっちがSTSなの?」
情けないことに、ふたつの光点のうち、どちらがISSでどちらがSTSなのか知らなかったのです。
「先行しているのがISSだよ」とogawa嬢からメールが来ました。

写真は、ベガをかすめていくようすです。
ISSは頻繁に見えますが、STSとのランデブーはなかなか見ることができませんので、情報を教えてくれたogawa嬢に大感謝です。

2009年11月30日

●天文講演会とISS

11月28日(土)、名古屋大学で開催された講演会に行ってきました。
名古屋大学星の会が主催する天文講演会で、今回はJAXAの岩田隆浩先生が「かぐやで明らかになった月の起源と進化」、なんてん天文台の福井康雄先生が「なんてん分子雲からガンマ線源を追求する」と題して講演を行いました。

月の成因や歴史には以前から興味がありましたので、岩田先生の講演は興味深く拝聴できました。
月の表側には海が占める面積が大きいのに対し、裏側には海が殆どないことについては、地球の引力によって月内部の物質分布に偏りが生じていることが原因だと以前から指摘されてきましたが、日本の月探査機「かぐや」のさまざまなミッションによって、それが確かめられたとのこと。
そのことに関連して、講演会終了後の懇親会では、以前から疑問に思っていたことをお尋ねしてみました。
「月の表側に海が集中している原因はわかったが、表側でも南半球には陸地(高地)面積が多く北半球には海が集中しているなど不均衡が見られるのはなぜか。月とは環境が異なるが、火星についても、巨大火山がある地球的な地形とクレーターに覆われた月的な地形に全球が2分されているが、それはなぜか」
そんな質問です。
岩田先生は、それはまだ謎ですとお答えくださいました。
謎であると答えてくださったことで、私は長年の疑問に一定の回答を得られた気持ちになることができました。

福井先生の講演は、宇宙からやってくるガンマ線の発生源が陽子起源なのか原子起源なのかという2説を比較、超新星の衝撃派面と水素の分子雲・原子雲双方の相互作用を観測することにより、ガンマ線の発生源を特定するというもので、正直、難しいお話でした。
それでも、4mの電波望遠鏡による観測でそこまでの研究を行うことができる技術と理論に感嘆しながら講演を拝聴していました。

懇親会では、日食で同室だったKさんはじめ何人かの方とお話することができ、とても楽しいひとときを過ごすことができました。

帰り際も快晴でした。
夕方にISSが見えることがわかっていましたので、視界の開けた夕暮れの大学キャンパスから、ogawa嬢と二人、ISSを探しました。
予報時刻、ISSはすぐに見つかり、高度17度ほどの低空を渡っていく様子がよく見えました。
半日、天文の講演を聴き、楽しい懇親会を過ごした後、冷たい風に吹かれて都会の空にISSを見つめるひとときが、とても大切な時間に感じられました。

これからも頑張って天文の勉強をしようと、あらためて思った実りの多い一日でした。

2009年12月02日

●「星を見るパパ」

娘が4歳のときに描いた絵です。
題して「星を見るパパ」。
揖斐川町の西美濃天文台で開催した「第4回全国の天体観測施設の会」の収録の表紙に使われました。
私を知る人に言わせると「おおっ、そっくり!」とのこと。
幼児のことゆえ稚拙な絵ではありますが、たしかに特徴はしっかりととらえています。
望遠鏡のようなものを覗いていますが、これは大型双眼鏡です。
私の愛機であるフジノン15cm双眼鏡ですね。

hosipapa02.jpg

このときの会合では「公開天文台の人員環境」を主なテーマとして話し合いました。
当時は公開天文台の開設ブームで、カネも人も揃った施設が現在よりはずっと多かったのですが、その頃から西美濃天文台スタッフは、いつまでもそんな時代は続かない、いずれは予算も人も大幅に削減される時代がやってくることを予期して、予算はともかく、職員の待遇と確保を訴えてこうしたテーマを設定したのです。
予想は見事に当たり、現在の公開天文施設は、一部の恵まれた施設を除いて、お寒い限りの予算と職員数となってしまいました。
そう考えると、いささかほろ苦い思いもありますが、当時を思い起こさせる懐かしい絵です。

2009年12月04日

●夜空を見上げて

晴れた晩に夜空を見上げるとたくさんの星が光っています。
どの星も半球上の夜空に貼りついている光の点に見え、私たちにはそれぞれの星までの距離はどれもまったく同じに見えます。
ちょうどプラネタリウムの丸天井に映っている星を見ているのと同じ感覚ですね。

でも、少し見方を変えてみると、実際の星空はプラネタリウムとはまったく違ったものであることに気がつきます。
そこに輝くあらゆる星々は、すべて地球からの距離がまったく違っているのです。
星空は地球を取り巻くはるか遠くまで広がった空間で、そこに輝く星までの距離はさまざま、一見、半球状に思える星空は、実は非常に立体的というわけです。

そう考えると、地球が広大な宇宙に浮かんでいる小さな世界であることがわかります。
私たちにとっては、とても大きな地球ですが、肉眼で見える星までの距離が、秒速30万kmの光でも数年から数千年かかる距離にあることを考えると、実はとても小さな天体なのです。

昼間は太陽が明るくて星の光がかき消されてしまっていますが、夜ともなれば、ただ空を見上げるだけで、地球上のスケールでは考えることもできない遠方の空間を見ることができます。
それも、望遠鏡などの特別な装置を使うことなく、ただ肉眼だけで。
これって考えてみれば、すごいことだと思いませんか。
星空こそは、人類が認識することができる最もスケールの大きな自然なのです。
私はいつも、星空を見上げて宇宙の広大さに感嘆するとともに、地球という惑星の小ささを実感します。
ただ、そんな小さな地球上でしか人類をはじめとした生物は生きていくことができません。
宇宙の広大さ、地球の小ささ、そして地球環境の大切さをいつも考えながら、私は星空を見上げています。

2009年12月09日

●15cm双眼鏡の本領発揮!

昨夜は、久しぶりに藤橋に観測に行きました。
車に15cm双眼鏡を積んであるので、職場からそのまま観測地へ直行できます。

冬型が緩んで、気温は3度と比較的暖かい夜でした。
揖斐川町東横山の「遠めがねの丘」と呼び慣わしている観測地に15cm双眼鏡をセッティング。
西の空を1時間ほど捜索しました。
透明度は抜群とはいえないものの、天の川も綺麗に見えるまあまあの空です。
M2、M30、NGC7293を捜索中に見ました。
NGC7293は、みずがめ座にある大きな惑星状星雲で「らせん星雲」の通称で知られています。
本当に大きな星雲で、25倍2.7度の視野の3分の1ほどを星雲で占めてしまうほどです。
ただし淡いので、街中では見ることができません。

捜索後、いくつか星雲星団を観望しました。
ちょうこくしつ座のNGC253とNGC288に双眼鏡を向けると、見ようによってはM31よりも立派でカッコイイNGC253が視野に大きく飛びこんできました。
暗黒星雲と散光星雲が入り組んだ腕の構造は、何度見てもすばらしいものです。
NGC288は、NGC253のすぐ南にある大きな球状星団です。

次に方向を転じて、はくちょう座の網状星雲。
地球に距離が比較的近い超新星残骸です。
天体写真ではおなじみの星雲ですが、眼視で見たことのある人は案外いません。
天の川の中ということで、視野内は無数の微星で埋め尽くされています。
そんな微星の中に漂う星雲の姿は、ふんわりと柔らかい印象で、写真とはまた違った趣きを感じさせてくれます。
空の暗い場所で明るい機材を使わないと見えませんが、まだご覧になったことがない方は、ぜひ一度、お勧めしたい対象です。

西の空には夏の大三角が沈みかけ、東からはオリオンが勢いよく昇ってくるこの季節、実は面白い天体がけっこうたくさん見えているんですね。
15cm双眼鏡の実力を実感した観測でした。

2009年12月13日

●晴れました!美濃市の観望会

昨夜は、岐阜県美濃市で行われた親子対象の観望会をお手伝いしてきました。
あまり芳しくない天気予報どおり、夕方まで雲が多い空模様。
ただ、何となく晴れそうな予感がしましたので、早々と現地入りしました。

食事をして現地へ行くと、おお、予想通りどんどん晴れてくるではありませんか。
さっそく望遠鏡を組み立てます。
年末でふたご座流星群極大直前のためか、お手伝い要因は少なかったのですが、ドブソニアンが3台、広視野屈折望遠鏡が1台、そして私の15cm双眼鏡と、なかなか豪華な望遠鏡が揃いました。

はじめに世話役?のFurukawaさんがふたご座流星群の説明。
続いてogawa嬢が星座解説。
その間にもふたご群とおぼしき明るい流星が飛んで会場はざわめきます。
(私は1個も見られませんでした・・・泣!)

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あとは、すばる、M42、M31、ペルセウス座の二重星団など代表的な秋の天体を観望。
観望会後半は雲もほとんどなくなり、透明度も良くなってきて参加者は大満足。
観望会の合間に、ドブソニアンの見え味対決がひそかに行われたようですが、決着は次回に持ち越されたようでした。
3台のドブソニアンは、大きさも違えば、色も、黒、赤、白とバラエティ豊富。

写真は、おおのさんの通称「赤ドブ」。
その色と大きさで、子どもたちに大人気でした。

会場では1個も流星を見られなかった私ですが、終了後、マイナス等級のふたご群を1個だけ見ました。
翌日の極大に期待がふくらみますが、さて、お天気はどうでしょうか。

2009年12月14日

●ふたご座流星群、ばっちり観測できました

昨夜は、ふたご座流星群を観測しました。
今年は天候が不順で、直前まで天気予報とにらめっこ。
長年の観測経験で培われた(?)霊感も加味して、今回は職場のある岐阜県揖斐川町で観測することに決めました。

昨日夕方までは降り出しそうな快曇。
それでも、22時頃から晴れ始め、予想通り、すぐに雲ひとつない快晴となりました。
晴れているうちに少しでも観測しようと、予定より早めに観測地へ。

準備もそこそこにシュラフにくるまって観測を開始。
いきなりマイナス等級の群流星をふたつ見て、「おお!これはいいぜ!」
と思ったのですが、その後はやや伸び悩み傾向です。

しばらくすると、日食で同室だったメンバー2名が到着。
このブログでもおなじみogawa嬢とPapaさんです。
ややうす雲が出始めたものの、ふたご群は頻々と流れます。
一人の観測もいいですが、やはり仲間がいると楽しいもの。
しかも日食で1週間起居を共にした同士ですから気心も知れています。

極大が14日の午後ということもあって、明け方に向かって増加傾向ながら、真の極大の派手さはなく、坦々と流星をカウント。
いちばん明るかった流星が-2等級、もともと痕を残すことの少ない流星群ということもあり、地味に堅実に数を増やすという感じです。
それでも4時台には1時間におよそ60個の流星を数え、極大前にしては順調な出現だったように思いました。

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風がなかったこともあって、車のガラスやシュラフが凍る気温だったにもかかわらず、さほど寒さは感じません。
オリオン座が西に傾き、しし座が高く昇り、明け方の星空は完全に初夏です。
季節を先取りした嬉しさを感じながら、薄明まで観測しました。
時おりうす雲が出たものの、じゅうぶんに暗い空の下で、たっぷり流星を楽しむことができた一晩でした。
今回の観測が晴れたことで、オリオン、しし、ふたごと、秋から冬の流星群はこれで完勝となりました。

極大が今日の午後でしたから、今夜も昨夜と同程度は見られるはず。
極大後の方が明るい流星が多い傾向があるので、晴れていれば楽しめそうですが、どうも天候が怪しい。
何とか晴れてくれないかな。

写真:傾いた冬の大三角。時おり雲が広がりました。

2009年12月15日

●細切れ観測と火球

今年のふたご座流星群は、14日昼間が極大のため、13/14日、14/15日の両日ともに多くの流星が出現すると予想されていました。
13/14日はすでにお読みいただいたとおりですが、それでは昨夜はどうだったのでしょうか。

昨日の夕方、岐阜県西濃地方は音を立てて雨が降っていました。
「これは夜半過ぎしか晴れないかも」と思いながら、のんびり食事をしていたら、ogawa嬢から「晴れてるよ」とメールが。
外に飛び出すと、たしかに良く晴れています。
準備もそこそこに昨夜の観測地へ。
雨で塗れた地面にシートを敷いて観測を開始。
時おりうす雲が去来するものの、昨夜と同程度の数が見えています。
しかも地味で暗い流星が多かった昨夜と違って、平均光度が明るい!

CMa01.JPG

楽しい観測となりましたが、問題は去来するうす雲。
もちろん、雲があっても流星はそこそこ見えるのですが、データを取るための「観測」となると雲量3以上では信頼度が低くなります。
何とか30分の観測を確保し、雲から逃れようと揖斐川町谷汲にある秘密観測地へ移動。
さすがに空は暗く、天の川がバッチリ見えます。
観測開始後すぐ、輻射点近傍にマイナス4等級の火球が!
ほとんど停止流星だったため、夜空にとつぜん金星が出現したようで、まぶしささえ感じるほどの見事な火球です。
誰もいない山の中で、思わず「すげー!」と叫んでしまいました。

やがてここにも雲が押し寄せ、諦めて帰ろうと車を走らせていたら職場の人から「自宅前で見てるけど快晴だよ」との電話が。
最初の観測地へ戻り、たしかに快晴となった空の下で再び観測を開始。
結局、30分ほど観測したらうす雲が出始め、データを取るための「観測」はこれで終了。

細切れの観測となりましたが、「観測」ではなく「観望」していた時間も含めると、昨夜に続いて多くの流星を見ることができ、満足して帰路につきました。

写真:うす雲がかかる「おおいぬ座」。二日間ともに南天から雲が湧いていました。


2009年12月17日

●火球の明るさ

先日のふたご座流星群では、久々にマイナス4等級の火球を観測しました。
「いきなり金星が夜空に出現したような」と書きましたが、火球を見るたびに思うのが、等級決定の難しさです。
今回の火球は、明るい頃の金星と同等程度と思ったので、マイナス4等と目測しました。
それでも、真っ暗な夜空に突然金星と同等の明るさが出現したわけですから、慣れない人には恐ろしく明るく感じてしまいます。
ましてや、金星以上に明るい火球だったら・・・。

過去に私も、地面が明るく照らし出されるような火球を何度も見たことがあります。
そうした場合、客観的に等級を判断できたかといえば疑問符が残ります。
これまで火球は数えきれないぐらい見てきましたので、必要以上に明るく見積もることはないと思ってはいますが、比較星がないために経験と勘で判断するしかないためです。

皆さん、ご存知のとおり、流星の明るさは夜空に輝く星と比較して決定します。
木星が見えていればマイナス2等級までは目測可能ですが、金星は明け方か夕方にしか見えませんし、ましてや金星以上明るい星は通常、私たちは見ることがありません。
「月と比較すれば・・・」と思う方もあるかもしれませんが、面積体の月と点光源の流星とは比較できないのです。

比較星がないのですから、金星よりも明るい火球については頭の中に光階を作成してえいやっで決めることになります。
空の暗い場所で地面に影ができるのが、おおむねマイナス5等級以上です。
オーストラリアの砂漠などでは金星でも影ができるそうですが、日本国内の環境ではなかなか難しいことでしょう。

では、それより明るい火球は?
半月なみに地面が明るくなるのがマイナス7~8等級、満月なみがマイナス10~15等級とも考えられますが、かなり曖昧な感覚です。

マイナス4等級よりも明るい火球の目測は本当に難しいものです。
経験の少ない人が見た場合は、マイナス2等級程度でも恐ろしく明るく見積もってしまうことがあるぐらいですし、かなりの経験者でも驚きと嬉しさを加味してしまい、無闇に明るく見積もってしまうことが、ままあります。

皆さんはいかがでしょうか。
火球の明るさを正確に目測できる自信があるでしょうか。

2009年12月23日

●スター・ウィーク実行委員会に出席しました

国立天文台で開催されたスター・ウィーク実行委員会に出席してきました。
スター・ウィークは、1995年に西美濃天文台で開催した「全国の天体観測施設の会」を契機に始まりました。
毎年8月1日から7日まで、たくさんの方に星空を見上げてもらおうという週間で、全国の公開天文施設と連携した催しや、パソコン・携帯電話を活用した参加型のイベント実施などを行っています。
勤務していた西美濃天文台が発祥の地ということもあって、私は当初から委員として参加してきました。
国立天文台に事務局はありますが、基本的には委員の創意工夫とボランティアによる草の根型のキャンペーンです。
お役所主導のキャンペーンが多い中、ユニークな運営形態として注目されてきました。

当初は、全国の公開天文施設に協力を願ってイベント募集などを行ってきましたが、ここ数年は天文ファンのみならず、ふだんは天文に興味のない一般の方にも星空を見上げてもらおうという方向性を打ち出しています。
今年は世界天文年ということもあって、一般の方にも星空を身近に認識していただけましたので、来年度以降はスター・ウィークを盛り上げていくことによって、せっかく深まった星空への興味を絶やさないようにしてゆければと思いながら会議に参加していました。

全国から集まった実行委員による活発かつ有意義な討議が行われ、短期的な成果ではなく、長いスパンで地道に天文普及活動を行っていこうという趣旨の下、来年の計画が策定されました。

いろいろな意味で来年はスター・ウィークの活動の節目となる時期になります。
今年以上にがんばって盛り上げていきたいと思っていますので、このブログを読んでいただいている皆さまにも、よろしくご協力をお願いいたします。

2009年12月25日

●憧れの65cm屈折望遠鏡

先日、国立天文台へ行った折、少し時間があったので構内の一角にある「天文台歴史館(大赤道儀室)」を見学してきました。

ここは、日本最大の屈折望遠鏡として有名な65cm望遠鏡を収めた直径15mの大ドームです。
ドームは、東京帝国大学営繕課が設計して大正15年(1926)に完成しました。
ドームを載せている建物は鉄筋コンクリートづくり2階建てで、地面からは19.5mの高さがあります。
ドーム部分は木製で、細かい板をきっちりと組み合わせた構造が、職人芸と長い歴史を感じさせてくれます。
床はエレベーター構造となっていて、長い鏡筒の位置に合わせて昇降させることにより、快適な観測を行うことができました。

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このドームの中央に鎮座しているのが、焦点距離1021cmの大屈折望遠鏡です。
カール・ツアイス製で、1929年に完成しました。
1960年に岡山天体物理観測所の188cm反射望遠鏡が竣工するまでは日本最大の望遠鏡として、天体の位置観測や分光観測、掩蔽(月が星を隠す現象)観測などさまざまな観測に用いられました。

この望遠鏡は、子供の頃からずっと憧れでした。
天体の図鑑に載っている写真を見ては、いつかは実物を見てみたいといつも思ったものです。
私は屈折望遠鏡が好きですが、この望遠鏡のイメージによる部分がかなり大きいような気がします。
この望遠鏡、現在は観測に使われてはいないものの、いつでも使える状態にあるそうです。
幼い頃から憧れてきたこの大屈折望遠鏡が、いつか現役に復帰する日が来てほしい。
そんな期待を胸に秘めながら静寂のドームを後にしました。

以下に関連記事があります。
以前に国立天文台構内の諸施設を見学した際の見学記です。
よろしければご笑覧ください。

2008年3月19日「国立天文台見学記(前編)」
2008年3月22日「国立天文台見学記(後編)」

2009年12月28日

●旧暦のカレンダー

先日、いつもお世話になっている設計事務所さんからカレンダーをいただきました。
この時期ですから珍しくもないこと・・・と思ったら大間違いで、なんと旧暦で表示されているカレンダーなのです。

以前からその設計士さんは
「農業にしても日常生活にしても、日本人の暮らしは旧暦に基づいた自然のサイクルに沿っている。すべての自然現象が1ヶ月ずれている新暦で暮らしていると、日本人としての精神文化にやがて重大な影響がでてくるのではないか」
と言っていました。

このカレンダーを制作したのは、自然を愛する仲間とともにエコロジーを実践し、心と心のお付き合いを深めることを目的とした団体で、その会員の方が設計士さんのお知り合いなのだそうです。

カレンダーには、旧暦の日付が大きく、新暦(グレゴリオ暦)の日付が小さく表示されています。
同時に、おおよその月齢が図で表示されています。
月の満ち欠けを基本にしている旧暦(太陰太陽暦)ですから、これは適切な配慮です。
新暦と違って、当然ながら日付と月齢はほぼ一致しています。
すなわち、旧暦の7月7日は毎年ほぼ上弦であり、8月15日は毎年ほぼ満月(中秋の名月)なのです。
新暦で梅雨の真っ最中に星の見えない七夕を祝うより、旧暦で半月と星空が美しい、まさに星月夜に七夕を祝うほうがどう考えても自然ですよね。
また、一年で最も寒い時期である新暦の1月1日を「新春」といわれてもピンとこないものの、たとえば来年の旧正月が2月14日だといわれれば、ああ、その頃だったらようやく春めいてくる頃だなあと誰でも思えます。

旧暦で厄介なのは、月の一年を太陽年365日に合わせるために、19年に7回、1年を13ヶ月にする「うるう月」を加えなければならないことです。
2~3年に一度「うるう月」が加わるために、一年の日数は353日の年もあれば385日の年もあるという不思議な暦ですが、もともと農暦として中国から取り入れられたことからもわかるように、実は自然のサイクルに適合した使いやすい暦となっています。

カレンダーには、旧暦の11月1日~12月30日(新暦12月16日~2月2日)までが表示されています。
来年の日数は12ヶ月で354日です。
日数を計算し始めると混乱してきますが、七夕や旧正月の例のように日々の季節感からとらえるならば、旧暦は日本人の生活にごく自然にフィットします。

自然回帰やエコロジーが叫ばれる昨今、旧暦の意味と価値をもう一度見直す必要がありそうです。

2010年01月01日

●今年の天文現象など

明けましておめでとうございます。
昨年はご愛読いただきありがとうございました。
今年も二日に一度程度の更新を目標にがんばって書きますので、コメントなどお寄せいただければ幸いです。

さて。
岐阜県では雪の新年となりました。今朝は部分月食が起こりましたが、雪でまったく見られませんでした。
今年、日本では、6月26日にも月の半分ほどが欠ける月食が見られます。月の出と同時に欠け始める月食です。
12月21日には皆既月食が見られ、これも月の出と同時に始まります。
日食は、1月15日に関東地方以西でごく軽微な部分食が見られます。日没直前に欠け始め、そのまま沈んでしまいます。アフリカからインド洋、東南アジアに至る地域では金環日食となります。
7月12日には、モアイ像で有名なイースター島を通る皆既日食が起こりますが日本では見られません。ツアーも計画されていますが、費用が50万円以上と非常に高価です。私は・・・行きません。昨年、堪能しましたから。

流星群は、8月のペルセウス群が新月近くで最良の条件、12月のふたご群も上弦なので月没後は好条件です。11月のしし群、今年はダストトレイルの接近は予想されていませんが、1時間あたり20個程度は観測できるものと思われます。月が沈んだ18日の夜明け前2時間ほどが狙い目です。

惑星では、火星が1月末に小接近を迎えます。ただ視直径は14秒と非常に小さく、小さな望遠鏡では模様を見ることさえ難しいかもしれません。接近の頃は北極冠がよく見える時期です。
昨年、環の消失が見られた土星は次第に環の傾きが戻ってきます。お団子を串刺しにしたような土星の姿が見られるのは今年までです。
火星、土星とも夜半前の空で見られますから、一般の方に見せて喜んでいただけるチャンスです。

彗星は、5月から6月の明け方の空でマックノート彗星が4~5等級まで明るくなります。とはいえ最も明るい時期は北半球では見ることができません。
もうひとつ、ハートレイ第2周期彗星が10月から11月にかけて4等級になります。こちらは夜半の高い位置で絶好の条件です。周期彗星がこれほど明るくなるのは珍しいですから、ぜひ観察してみて下さいね。

私の目標としては、彗星や流星を昨年以上に観測し、ここ数年あまり参加できずにいた観測研究関係の集まりにもできるだけ参加したいと考えています。
また、南天の星をちゃんと見たことがありませんので南半球への遠征も検討中です。

あ、今年も8月1日~7日は「スター・ウィーク」ですヨ。月の条件が良いので、こちらの活動もがんばろうと思っています。このブログでもその活動についてアナウンスしますので、皆さんもぜひ積極的にご参加下さい。

2010年01月06日

●情報提供の大切さ

最近、会う人ごとに「ふたご座流星群、見たよ」とか「雲越しだけど日食、観察しましたよ」と言われます。
「身近に詳しい人がいると、これまで縁遠かった星空を見上げる機会が増えて楽しい」とも。
職場(揖斐川歴史民俗資料館)には、昨夏の皆既日食の画像が展示してあるのですが、それを見た来館者の方は一様に「こりゃすごいですね。コロナを見てみたいなあ」と言ってくれます。歴史や民俗は好きでも、これまで天文には興味がなかった方たちです。

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いわゆる「天体観望会」というと、用意した天体望遠鏡で惑星や星雲・星団を観察してもらい解説を行うというスタイルが多いですが、日食・月食や流星群といった現象は、天体望遠鏡がなくても見ることができ、惑星面や星雲・星団などと違って短時間で変化しわかりやすいので、見た人は大きな感動を覚えることができます。
天体望遠鏡を使わず肉眼だけで見ることができる現象の方が、よりダイナミックな感動を一般の方に与えることが多いとすれば、観望会の開催にこだわることなく、口づてやマスコミなどあらゆる手段を使って「正確でわかりやすい情報を広汎に」周知することこそが何よりも重要なのだと、このところあらためて考えるようになりました。

私が星好きであることは誰もが知っていますから、他の用事で会った方でも自然と星の話題になりますし、さまざまな場面で身近な天文現象についてさりげなく話をすることにしていることが、私の周囲に星空を見上げる輪を広げているようです。

これからも、価値観の押しつけにならないように、そして正しい情報提供に努めながら、口コミベースからマスコミベースまで、マニアックに陥らないよう気をつけながら、さまざまな天文現象を、できるだけたくさんの方にお知らせしていきたいと考えています。

写真:昨年7月22日の皆既日食(ダイヤモンドリング)

2010年01月10日

●ベテルギウスが超新星に?

オリオン座のベテルギウスがいつ超新星爆発を起こしてもおかしくない。そんなニュースがありました。
別に目新しいニュースではなく、天文学の世界では以前から言われていたことではあります。
ベテルギウスは距離600光年と比較的近いため、恒星の中では珍しく表面の状態が10年ほど前から観測できるようになっていました。
そうした観測の結果、表面(といっても太陽直径の1000倍ほどもある巨大なガスの塊です)の模様に特異なムラがあることがわかり、また、星自体が膨らんだり縮んだりと不安定であることから、明日にでも
超新星になっても不思議ではないと言われていたのです。

ベテルギウスが超新星になると、地球からはどのように見えるのでしょうか。
おそらく最も明るいときで、満月と同じ程度の明るさになるものと考えられます。
「そりゃ明るいネ」と感心もしていられません。
満月が夜空に見えていると、その明りで多くの星がかき消され、天体観測には大変に不向きになってしまいます。
最悪なのは、ベテルギウスが、夕方に東から昇り、明け方に西へと沈む時期(冬の初め頃)に超新星となった場合です。
満月と同じ明るさの天体が一晩中夜空に見えているのですから、天体観測には著しい障害となってしまいます。
まぁ、宵の明星よろしく、夕方に西の空に見えて夜半前には沈んでしまうという状態が、他の天体の観測にはいちばん良いでしょうか。

もうひとつ、満月と同等とはいっても満月は面積体です。
ところがベテルギウスの場合は完全な点像。
満月分の光量が一点に集約されているわけですから、単位面積あたりとしては恐ろしく明るくなります。
たぶん、減光せずに見つめることはできないでしょう。

超新星爆発が起こると、近くの天体は衝撃波や放射線の嵐に襲われて甚大な影響をこうむりますが、ベテルギウスの場合は600光年離れていますから、ほとんど影響はないと思います。

いずれにしても、それほど近くで超新星爆発が起こるなど、未曾有の出来事です。
宇宙の光害?で天体観測ができなくなるのは困りますが、ぜひ生きている間に遭遇してみたい現象です。

2010年01月15日

●雪と部分日食

今日も雪です。
揖斐川町の山間部はかなりの積雪になっていますが、勤務先である揖斐川歴史民俗資料館周辺では15cm程度です。

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写真は、揖斐川歴史民俗資料館敷地内にある旧徳山村より移築した茅葺き民家。
移築後20余年を経て屋根が老朽化したため、葺き替え工事を行っています。
工期に間に合わせるため民家全体に素屋根をかけて作業をするのですが、ようやくその素屋根がかけ終わりました。
雪の降る中、高所で危険な作業を行っていただいた作業員の方に感謝です。

暖冬との予想に反して、今年は正月からずっと雪景色ばかりを見ています。
早く暖かくなってくれないかな。

あ、今日の夕方、日没直前にごく軽微な部分日食が起こります。
東海地方では太陽の下端が本当にわずかに欠けるだけですが、天気の良い太平洋側に住んでいる方は注意してみて下さい。
日没直前十数分間の現象ですので、地平線まで西の空が開けている場所でご覧下さい。
日没直前とはいえ、太陽を直接見ると目を傷めてしまいますから、太陽専用の観察メガネ(日食グラス等)を使用して、安全にはくれぐれも気をつけて下さいね。

私も見るつもりでしたが、この雪ではちょっと難しそう・・・。

2010年01月17日

●市街地で見る冬の天体

このところ雪が続いていましたが、昨夜は久しぶりに晴れたので15cm双眼鏡を持ち出して星を見ました。
ふだんであれば自宅からさらに北西の山間部へ向かうのですが、冬型の気圧配置のため山の方は雲がべったり。
愛知県方面へ出かけました。

現地へ着いてみると、お天気はまあまあ。冬の星座がきれいに見えています。
お約束のM42やすばるを見たあとで、市街地の明るい空で挑戦と、「ウルトラマンの星」M78を導入。
空が明るいのでちょっと難しいかなと思いましたが、案外よく見えました。
とはいえ、星雲・星団を見慣れていない方では確認できない程度の見え方です。
空が明るいのならば恒星を見よう!ということで、うさぎ座にある「クリムゾンスター」を視野に入れました。
うさぎ座にありますが、導入はオリオン座のリゲルから行います。
とにかく驚くほど真っ赤な星で、これほど赤い星は他にないと思われます。
6等から10等まで明るさが変わる長周期変光星で、正式には「うさぎ座R」という名称です。
私の双眼鏡でも十分に赤かったのですが、いっしょに見ていたogawa嬢の25cmドブソニアン「ルイ」で見ると、いっそう赤く見えました。
反射望遠鏡は色収差がないこと、倍率が多少高かったので、バックグラウンドが暗くなって色が見やすくなったのではと思います。

うさぎ座には、冬の空で唯一ともいえる球状星団M79があります。
慣れているので10秒で導入できましたが、バックグラウンドが明るいので、やはり星雲・星団を見慣れていない方だと見えづらいかな、と思いました。

「ベテルギウスが超新星に?」という報道のあとなので、夜空を見上げると、どうしてもベテルギウスに目が向きます。
なんとなくいつもより明るいような・・・。案外、明日にでも超新星になったりするかも。そんなことを思いました。

火星は、私の双眼鏡では倍率が低くて歯が立たないので、ogawa嬢の「ルイ」で。
北極冠が真っ白に輝いて見え、シーイングが落ち着くとけっこう微細な模様がよく見えました。

他にM35やM41、M50などひととおり冬の天体を観望し、満足して帰路につきました。
家に帰ると、北西の空半分は、やはりべったりとした雲に覆われていました。


2010年01月19日

●不思議な衛星、月

このところ、細い月が西の空に見えていますね。
皆さんご存知の通り、月は地球のまわりを回る衛星です。
衛星を持つ惑星は地球以外にもたくさんあって、木星や土星は何十個も衛星を従えています。
木星の衛星のうちで最大のガニメデは直径5268kmと太陽系の衛星のなかで最も大きく、次いで大きい土星のタイタンは直径5151kmと、これまた大きな衛星です。
これに対して月は直径が3476km。
「木星や土星はいっぱい衛星を引き連れていてなかには大きな衛星もあるのに、地球は1個しか衛星がなくてしかもあんまり大きくないなあ」と思われるかもしれません。

でも、実は月ってとても変わった衛星なんですよ。
木星の直径は地球の約11倍、土星は約9倍です。
ガニメデと木星の大きさの比は1/27、土星とタイタンの比は1/23ですが、月と地球の比は1/4なのです。
母惑星に対して月がいかに巨大な衛星であるかがわかりますね。
お隣の火星にはふたつの衛星がありますが、どちらも巨大な岩のカケラ程度の大きさ、金星、水星には衛星は見つかっていません。
火星より太陽寄りの空間は、太陽系が作られた際に太陽から噴き出す放射線の嵐によって物質が吹き飛ばされてしまったために、衛星ができづらい環境だったためと考えられています。
なのになぜ地球にだけ巨大な衛星ができたのか。
実は月の成因ははっきりとはわかっていないのです。
地球に巨大な天体が衝突して、地球の一部が宇宙に吹き飛ばされて月ができた、とする説が有力ですが確定ではありません。

月は、その誕生直後には地球から5000kmほどの距離にあったと考えられています。
現在は38万km彼方にありますから、月は次第に地球から遠ざかっているのですね。
およそ1年間に約3.8cmずつ遠ざかっていて、40億年後には50万kmまで遠ざかります。
そんなに小さな月が夜空に浮かんでいる光景、ちょっと寂しいですね。

2010年01月29日

●クリムゾンスターが明るい

1月17日の記事に、うさぎ座のクリムゾンスターのことを書きました。
とにかく真っ赤で、これほど赤い星は見たことがない、と。
このクリムゾンスター、どうやら1月末(今ですね)に極大を迎えたようです。
正確には「うさぎ座R」というこの星、イギリスのハインドによって発見され、およそ427日ごとに5.5等~11.7等の範囲で変光しているほか、およそ40年ごとに明るい時期と暗い時期があることがわかっています。
1月下旬の光度は6等台後半と見積もられていますが、先日、見た感じではもっと暗い印象でした。
赤い星は明るく見積もられる傾向があり、変光星観測者の観測データを見ても、1月中旬の光度は7等台を中心にけっこうばらつきがあります。
半月の間に増光したことを考えると、やはり1月中旬は6等台よりは暗かったのではないかと思っています。

この星、スペクトルタイプではC型に分類されています。
有名なOh Be A Fine Girl,Kiss Me!という分類にはC型なんてないぞ!とおっしゃる方もいるかもしれません。
この分類は表面温度による分類なのですが、星をつくる元素の種類によって分類する方法もあり、炭素が特に多い低温度星のことを「炭素星」としてC型に分類しているのです。
炭素星は、表面温度が特に低いことと、炭素のガスが星の表面を覆っていて、青や緑に見える光を吸収してしまうために深紅に見えます。
変光のタイプとしては、くじら座のミラに代表される「ミラ型変光星」と考えてさしつかえありません。
星全体がふくらんだり縮んだりすることで明るさが変わっていて、ふくらむたびに星の表面からは大量のガスが宇宙空間に放出されています。
こうして放出されたガスは、通常は惑星状星雲として星を取り巻くのですが、そうならない場合もあります。

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紫外線観測衛星によって、最近、ミラから彗星の尾そっくりなガスが長く放出されているようすが撮影され話題になりました.
この尾は、ミラが宇宙空間を移動するうちに、放出されたガスが取り残されてつくった構造だと考えられています。
ミラの固有運動が非常に速いために、こうした構造がつくられたわけです。

変光星にはこれまであまり興味がなかったのですが、クリムゾンスターについて調べるうちに、星をつくる元素や星の生成過程にとっても興味が湧いてきました。
今度晴れたら、またクリムゾンスターを見てみたいと思います(ちゃんと明るさも目測してみます!)。
また、同じく炭素星であるオリオン座W星、りょうけん座Y星などにも望遠鏡を向けて、どれほど赤いかを確かめてみようとも思っています。

画像:ミラの質量放出(NASA/JPL-Caltech)

2010年02月01日

●電波観測とBCL

天文学というと「天体望遠鏡で星を見る」というイメージが強いのですが、実はそれはひとつの観測手段に過ぎず、他にも様々な手法で観測が行われています。
「電波」を使った観測もそのひとつ。
宇宙からは、様々な電波が届きます。
天文学者は、大きなアンテナを構えて宇宙からの電波を受信し、光で宇宙を見るのと同じように電波の目で宇宙の構造を調べているのです。

「望遠鏡で覗く」のと違って、なんとなくとっつきにくいこの電波。
私は、中学生時代に流行ったある遊び、というか趣味のおかげで、電波の基本を理解することができました。
その趣味「BCL」といいます。
海外や国内の放送局の電波をとらえ、受信報告書を送って「あなたは正しくウチの放送局の電波をとらえました」という証明書(ベリカード)を貰うというものです。

電波は、その名の通り「波」として伝わっていきます。波の間隔の長いものから、長波、中波、短波、超短波・・・と呼び名が変わっていくのですが、当時、私が持っていたラジカセで聴くことができたのは、中波と短波、低い波長帯の超短波だけでした。
中波は通常のラジオ、超短波はFM放送と理解していただければOKです。
短波あまりなじみがないのですが、地球の裏側まで届くという特性を利用して、海外向けの放送に多く使用されています。

のめりこむタイプの私ですから、そんなしょぼいラジカセを最大限に活用して世界中の放送局にトライしました。
自作のアンテナを家に張り巡らせ、雑音の中にかすかに聴こえる放送を必死に聴き取り、日本語放送だけではなく英語や中国語、スペイン語局にまで手を伸ばし・・・。

ベリカードの数はどんどん増えました。
南米やアフリカの局、中国の国内向け放送局、また日本国内のほとんどすべての中波局など、あんなしょぼい受信機でよくあれだけがんばったと今でも思えるほどです。
電波に関する本も読み漁りました。
その結果、自然に電波の知識が身についたわけで、その後、天文分野でもその知識は大いに生かされることになりました。

藤橋在住中は流星の電波観測(HRO)をずっと行っていましたが、引越し後、アンテナは取り外したままになっています。
またHROを再開しようかな。
海外放送、今はどんな局があるんだろう。
また聴いてみようかな。

注:電波とは、電磁波のうち赤外線より波長の長いものを指します。
天文学では、通常の放送に使う電波より短い波長の電磁波(ミリ波やマイクロ波)を使用することが多いです。

2010年02月04日

●初めての天体望遠鏡

天文を始めて35年が過ぎました。
何台もの天体望遠鏡を使用してきましたが、初めて天体望遠鏡を買ったのは小学校6年生のときです。
それまでは、科学雑誌の付録だったシングルレンズ紙筒の望遠鏡を使っていました。
しかし所詮は雑誌の付録です。色収差で何ともならず、乏しい小遣いを貯めてミザール(日野金属工業)のカペラDXという、口径60mm、焦点距離1000mmの屈折経緯台をようやく購入しました。

firsttelescope01.jpg

今でこそ、ミザールはあまりメジャーなメーカーとは言えませんが、当時は最もポピュラーなブランドで、ビクセンはその後塵を拝するといった感じでした。
口径比16.7という無理のない設計でしたから、色収差も目立たず良く見えた・・・はずなのですが、いかんせん、付属していた接眼レンズがボロボロでした。
付属のハイゲンス20mm、12.5mm、8mmは30度程度の見かけ視界しかなく、当時はそんなものだと思っていたものの、今から思えば針の穴から覗くようなもので、月や惑星はまだいいものの、星雲・星団の導入には、東京の明るい空、劣悪なファインダーと相まって恐ろしく苦労させられました。
脆弱なフリーストップの架台にも泣かされたものです。
指導者もなく、案内書と首っ引きで星雲・星団を探すのですが、M31ですらなかなか見つかりません。
そんなバカな!と思われるかもしれませんが、天文を始めた頃の私はその程度の技量でした。

中学生の頃、不注意からこの望遠鏡を倒してしまい鏡筒が割れてしまいました。
涙が出るほど悲しかったことを覚えています。
それでも割れた部分を修理して、高校生頃まで使いました。
その頃には赤道儀式の望遠鏡も購入していましたが、初めての望遠鏡ということで愛着があり、人を集めての観望会の際などには活躍しました。

高校生の頃、同じクラスに天文が好きだけれど望遠鏡を持っていないという友達がいて、彼に貸し出したまま、私の1号機とは縁が切れてしまいました。
卒業後、音信不通の彼は、まだあの望遠鏡を持っているでしょうか。

写真:初めての望遠鏡で昼間の金星を見ています。中学1年生の頃だと思います。

2010年02月06日

●「天文登山」が当たり前だった頃

今でこそ星を見に行くときは車に望遠鏡を積んで空の暗い場所へ、というスタイルが当たり前になりましたが、私が学生の頃は、望遠鏡やカメラを担いで山に登って星を見る、というスタイルが普通でした。
車を持っている人は少なく、列車とバスを乗り継いで登山口へおもむき、あとは体力勝負でひたすら山頂を目指すのです。
私を含め、東京在住の天文屋さんは、奥多摩や奥武蔵の山へ良く登りました。
持参する望遠鏡も、ポータブル赤道儀を持っている人はごく少なく、当然のようにF15屈折やF10反射を担ぎ上げたものでした。
先日、記事に書いた初めての望遠鏡も乗鞍や房総半島へ持って行きましたし、2台目に買ったビクセンのポラリス60屈折赤道儀(口径60mm焦点距離910mm)や3台目のミザールAR-100SL反射赤道儀(口径100mm焦点距離600mm)などは、頻繁に奥多摩の御岳山へ担ぎ上げました。
屈折望遠鏡は、重いことはもちろん、鏡筒と三脚が長いことが厄介でした。
背負子にくくりつけて山道を登るのですが、狭い登山道、木立に鏡筒や三脚が引っかかって歩きづらいことこの上もありません。
3台目のAR-100SLは、いわゆる短焦点反射だったので鏡筒も短く、屈折系ほどの大変さはなかったものの、それでも望遠鏡を含めた荷物の重さは30kg以上になります。
そうなると、頼れるのは若さや体力ではなく、ひたすら気合。
当時の東大和天文同好会では、ことあるごとに「男じゃねえなー!」という叱責が飛び交いましたが、実際、望遠鏡を山に担ぎ上げるだけの根性がない者は、まともに暗い夜空の下で星を見ることができなかったわけで、必然から出た言葉でした。(あ、女性を蔑視しているわけではなく、当時の会には男しかいなかったのです・・・)
で、山頂の観測地では当然、野宿です。
テントがあれば天国で、雪の上にごろ寝をして一晩を過ごしたこともありました。
今から思えば無茶なことばかりしていましたが、あの頃、体力と根性の限界線上で見上げた星空は限りなく美しいものでしたし、苦楽を共にした仲間は今に至るまで生涯の友となっています。
いずれ機会を見て、当時登った山でもう一度、一晩野宿して星を見上げたい。
そんなことを思います。


2010年02月08日

●炭素星の魅力・・・オリオン座W星

昨夜は久々に晴れましたので、勤務先の駐車場に15cm双眼鏡を組み立てて冬の天体を観望しました。

まずはじめに、先日も記事に書いた、うさぎ座のクリムゾンスター。
二度目の対面になるクリムゾンスターは、やはり驚くほど赤く、しかも前回よりも明るくなっていました。
用意しておいた変光星図で比較星と比べてみると、北西にある5.9等星とほぼ等しい明るさに思えました。
ただ、赤い星の光度目測は難しいので、変光星の専門家が見れば違う結果になるのかもしれません。

次に、オリオン座Wという星を見ました。
これも炭素星で変光星です。
クリムゾンスターと並ぶ赤い星ということで期待して見たところ、おお!これも赤い!クリムゾンスターと比較しても遜色ない赤さです。
明るさはやはり6等級前後でしょうか。
この星の変光星図は見つからなかったので、目測はしていません。
はじめは、オリオンが左手に持っている毛皮を形づくる星々からたどり導入したのですが、たどる星が多すぎて案外見つけづらく(副産物?として、やはり赤い変光星である8番星を見ることができましたが)、うーむ、と思っていたところ、一緒に見ていたogawa嬢がリゲルからたどる方法を提唱、やってみると、その方法の方が探しやすいことがわかりました。
次回は、りょうけん座のY星を見ようと思っています。
この星も炭素星で、きれいな深紅色らしいです。
何だか最近、炭素星の魅力にとりつかれてしまっています。

M78、M79、h&χを見た後に、私の好きな、おおいぬ座の散開星団NGC2362を見ました。
高度がまだ低いことと透明度が良くないためにイマイチでした。
最後は、しし座の銀河NGC2903で締めくくり。
透明度がすぐれずしょぼい姿でしたが、久々に星を見ることができ、満足した夜でした。


●炭素星の魅力・・・オリオン座W星

昨夜は久々に晴れましたので、勤務先の駐車場に15cm双眼鏡を組み立てて冬の天体を観望しました。

まずはじめに、先日も記事に書いた、うさぎ座のクリムゾンスター。
二度目の対面になるクリムゾンスターは、やはり驚くほど赤く、しかも前回よりも明るくなっていました。
用意しておいた変光星図で比較星と比べてみると、北西にある5.9等星とほぼ等しい明るさに思えました。
ただ、赤い星の光度目測は難しいので、変光星の専門家が見れば違う結果になるのかもしれません。

次に、オリオン座Wという星を見ました。
これも炭素星で変光星です。
クリムゾンスターと並ぶ赤い星ということで期待して見たところ、おお!これも赤い!クリムゾンスターと比較しても遜色ない赤さです。
明るさはやはり6等級前後でしょうか。
この星の変光星図は見つからなかったので、目測はしていません。
はじめは、オリオンが左手に持っている毛皮を形づくる星々からたどり導入したのですが、たどる星が多すぎて案外見つけづらく(副産物?として、やはり赤い変光星である8番星を見ることができましたが)、うーむ、と思っていたところ、一緒に見ていたogawa嬢がリゲルからたどる方法を提唱、やってみると、その方法の方が探しやすいことがわかりました。
次回は、りょうけん座のY星を見ようと思っています。
この星も炭素星で、きれいな深紅色らしいです。
何だか最近、炭素星の魅力にとりつかれてしまっています。

M78、M79、h&χを見た後に、私の好きな、おおいぬ座の散開星団NGC2362を見ました。
高度がまだ低いことと透明度が良くないためにイマイチでした。
最後は、しし座の銀河NGC2903で締めくくり。
透明度がすぐれずしょぼい姿でしたが、久々に星を見ることができ、満足した夜でした。


2010年02月12日

●強烈刺激!初めてのアルバイト

春休みが近くなると、高校生のときの初めてのアルバイトを思い出します。
一眼レフカメラと、当時流行った短焦点反射望遠鏡を買うためのアルバイトです。

同じ天文同好会のS君と応募したアルバイト先は、近くのクリーニング工場でした。
時給はめちゃくちゃ安かったのですが、当時は今ほどアルバイト先がなく、100人規模でアルバイトを採用するその工場はけっこう人気でした。
アルバイト初日、私たち学生は広い部屋に集められました。
ひととおりの説明が終わると、工場の責任者が、並んでいる学生の間を歩きながら部署割を行います。
どうやら体格を見ながら部署割をしているらしく、身体が大きく頑強そうな学生から順にどこかへ連れ去られていくようです。
となりに座っていた学生が「丈夫そうなヤツから順に辛い部署に配属されるらしいぜ」と囁くのを聞いた私とS君は、できるだけ身体を小さく見せるように縮こまっていました。
最後に残ったのは、私とS君を含めた数名。
縮こまっている私たちをいかにも胡散臭げな目で見た工場の責任者は「君たちはタオルだな」そう言って、担当の社員に私たちを預けました。
「タオルはラクらしいぜ。ラッキーだな」
学生の一人が嬉々として先頭に立って歩いていきます。

「タオル」とは、クリーニングが終わった主として病院用のタオルやシーツを畳む部署でした。
社員はおばちゃんばかり、おしゃべりをしながらいかにも楽そうな職場です。
タオルや寝巻き、シーツを畳むコツもすぐに覚え、こりゃいいぜ、と思ったのも束の間。
畳み終えたタオルを金属製のカゴに入れようとした私の指先に、バシッという音とともに激痛が走りました。
静電気です。乾燥しきった衣類と金属のカゴの間に静電気が発生するのです。
それからはひたすら静電気との闘いとなりました。
おばちゃんたちは慣れているようすですが、私たちアルバイトはたまりません。
軽労働には違いないものの、一日中、静電気の痛みに苛まれる辛さはほとんど拷問です。
カゴに触れるたび、私たちは「あうっ!」とか「おうっ!」とか叫びながら、責め苦の時間を過ごすことになりました。

他の部署では、濡れて重くなった洗濯物をいっぱいに詰めこんだ袋を、屈強な学生たちがヒーヒー言いながら運ばされています。
私たちは一日中、電気ショックの拷問。
働いておカネを貰うというのはかくも辛いことなのだなあと、しみじみ思いました。

で、何とか勤め上げ、ようやく購入した一眼レフカメラと100mmF6の反射赤道儀は、その後何年間も大切な愛機となり、天文雑誌に何度も写真を入選させてくれました。
その後もいろいろなアルバイトをしましたが、苛烈な電気ショックに耐えた初めてのアルバイトは、強烈な経験として今でも鮮やかに思い出すことができるのです。

2010年02月14日

●またまた炭素星、かに座Xを見る

昨夜は、0gawa嬢と久々に藤橋に星見に行きました。
昼間は雲が多かったのですが藤橋は晴れ。

炭素星がマイブームの二人、昨夜はまた新たな炭素星を観望しました。
その星は、かに座Xといいます。
2000光年彼方にあり、変光周期は180日で、周期的な変光と不規則な変光が混在している半規則星に分類されています。
スペクトルタイプはC5,4ですから、クリムゾンスターと同じく全天で最も赤い星のひとつです。
私の15cm双眼鏡とogawa嬢のルイ(25cm反射)で見比べると、他の炭素星もそうなのですが、やはりルイで見る方が赤く見えます。
色収差の関係なのか、集光力の違いなのか、15cm双眼鏡ではややオレンジがかった感じ。同じ炭素星ながら、私にはクリムゾンスターの方が赤味が強く感じられました。
プレセペの近くの探しやすい位置でした。

その他は、クリムゾンスター、W-Ori、M1、M78、M35、NGC2158、M46、M47、M41、NGC2362、バラ星雲、NGC2903、リゲルの伴星などを見ました。
圧巻だったのはルイで見たM42。
暗黒星雲が複雑に絡み合ったさまは、さながらハッブルの画像を見ているようです。
火星はやや遠くなった感じ。
それでも白く輝く北極冠はきれいに見えていました。

気温は高く-1度、ほとんど寒さは感じませんでした。
ひととおり観望が終わった頃、南から張り出してきたうす雲が空を覆ったので観望は終了。
いつもながら、ogawa嬢との星見は不思議なぐらい晴天に恵まれます。

2010年02月16日

●「北の宝石箱」NGC2362

先日、藤橋で星を見た際、おおいぬ座の散開星団NGC2362を観望しました。
おおいぬ座のしっぽ近くにあるタウ星(4.4等)を取り巻くように微星が集まっており、小さいながら非常に美しい星団です。
私は、散開星団の中ではこの星団がいちばん好きで、細かな宝石を散りばめたようなその姿に、何度見てもため息が出てしまいます。
星の数はおよそ60個、眼視等級は10.5等、視直径は8′、距離は約5000光年です。
中心にあるタウ星も星団の一員でO型の青色巨星です。他の星も青色巨星という非常に若い散開星団です。

NGC2362.jpg

私は高校生の頃にこの星団を見つけ、以来、こんな小さな星団の美しさを知っているのは自分ぐらいだろうと、いわば秘密の宝物のように思っていたのですが、どうやらマニアの間では密かな人気があるようで「北の宝石箱」という愛称までつけられているようです。
「北の宝石箱」は、南十字の近くにある「宝石箱星団」に対してつけられた愛称だと思います。
本当に小粒のダイヤモンドを小さな宝石箱に詰めたような星団です。
写真も撮ってありますが、今回は昔のスケッチを掲載しました。
1978年1月27日の日付があるスケッチで、機材は60mm屈折、Er20mmで46倍です。
スケールが小さくてわかりづらいかもしれませんが、当時は東京でも小口径でこれだけ見えたのですね。

おおいぬ座からとも座あたりは冬の天の川に浸っていて、散開星団が大変に多い天域です。
低倍率で流していくと、このNGC2362の他にも美しい星団がたくさん見つかりますので、みなさんも透明度の良い晩に冬の南天を楽しんでみて下さいね。

2010年02月20日

●冬のアルビレオ

先日は、おおいぬ座の散開星団NGC2362をご紹介しました。
この星団のすぐ北側に、とても美しい二重星があります。
おおいぬ座145G星、またはh3945と呼ばれている星です。
これも、二重星マニアの間では有名な星らしいのですが、私はごく最近、NGC2362を導入しようとしていて見つけました。
主星が4.7等のオレンジ色、伴星が6.5等の水色で、偶然見つけた瞬間「きれいな二重星発見!」と、思わず声をあげてしまいました。
見つけたときも「アルビレオにそっくりだなあ」と思ったのですが、その後調べたところ、「冬のアルビレオ」と呼ばれていることがわかりました。
本家本元のアルビレオよりも暗い分、色がよくわかり、本当に綺麗な二重星です。
色はもちろん、角距離も適度で高度も私の15cm双眼鏡で見るのに無理がない(これは個人的な事情ですが・・・笑)、非の打ち所がないこの星。
このあたりは見ることの多い天域なのに、どうしてこれまで気づかなかったんだろうと不思議に思うほどです。
小口径でも見やすいので、NGC2362とセットでぜひ見ていただきたい天体です。
このあたりは冬の天の川近くで、もともと星が多いところ。
「北の宝石箱」NGC2362、「冬のアルビレオ」145G星が加わって、いっそう華やかな星空を堪能できますよ。

2010年02月23日

●街と山で星見修行

20日(土)と21日(日)は、よく晴れましたのでogawa嬢と星を見ていました。
20日は冬型がなかなか解消せず山間部は天気が悪かったため愛知県まで出向き、21日は山間部でも晴れていましたので藤橋まで出かけました。
月齢は上弦。
通常の星見には、けっこう支障をきたす明るい月です。

愛知県内は市街地であることに加えて月明かりで空が明るかったのですが、そこは気合の入っている私たち、15cm双眼鏡と25cmドブソニアン(ルイ)で、近接した重星として有名な「いっかくじゅう座β星」や、炭素星のひとつの「りょうけん座Y星」といった恒星から、星雲・星団まで次々に導入します。
星雲はさすがに心眼で見ないと見えないものが多かったのですが、なかでも厳しいと思ったのはM97(ふくろう星雲)でした。
バックグラウンドとのコントラスト差がほとんどない状態で、いかに25cmとはいえ、導入したogawa嬢の腕前に驚かされました。
かなり天文をやっている人でも、見える人は少ないだろうと思うほどの淡さでした。
しし座のM65・M66も極めて淡く、これもよほどのベテラン天文ファン以外は見えないだろうと思いました。

翌日は、さらに月が明るくなっていましたが、快晴だったので藤橋へ。
半月を過ぎているにもかかわらず、さすがに藤橋、漆黒の夜空にきらめく星の数と鮮鋭さはすばらしいものです。
前日のように心眼を使う必要もなく天体導入はどれも一瞬、空が暗いだけでこれほどラクができるものかと改めて感じ入りました。
それならばと、しし座、ろくぶんぎ座あたりの暗い銀河に望遠鏡を向けました。
いかに藤橋とはいえ半月過ぎの月明があるので、10等より暗い銀河はなかなか厳しいものがあります。
ろくぶんぎ座のNGC3115は9.2等と明るいので簡単に見えましたが、もう少し北にあるNGC3166、NGC3169(それぞれ10.6等・10.5等)は、やはりベテラン以外は見えないだろうという淡さでした。(もちろん、月明がなければ15cm双眼鏡でラクに見えます)

2日間続けて、たまたま市街地と山間地で観望をして思ったのは、「眼と導入技術を鍛えるのなら、あえて空の明るい市街地で、また月明下で星見をしなければいけない」ということでした。
たどる星も見えない空で、バックグラウンドとほとんど変わらない明るさの星雲を見るのは観望というより修行ですが、悪条件である分、確実に技量が向上します。
光害に文句を言っているばかりでなく、悪条件下でも星を見る努力をしなければならないと思わせられた2日間の星見でした。

2010年02月25日

●「お伴を連れている星団」を見る

先日、藤橋で星を見た際、「お伴を連れている星団」を3つ、見ました。
近接して別の星雲・星団が同視野に見える天体です。
有名なところでは、ペルセウス座の二重星団がありますね。
今回、見たのは「お伴を連れている・・・」ですから、ペルセウス座の二重星団のように同じような大きさ・明るさの星団がくっついているのではなく、大きく明るい星団に、小さな星雲・星団が寄り添っている天体です。

まずは、ふたご座のM35。
同一視野にNGC2158という小さな散開星団が見えます。
低倍率では分解しないので星雲か彗星のようです。
よく似ているのが、ぎょしゃ座のM38。
これも小さな散開星団、NGC1907が同じ視野に見えます。
M35のペアよりはやや離れていますが、お伴の方が分解しないでボヤッと見えるのは同じです。
20年以上前に初めて見たとき、一瞬、彗星だと思い、ときめいてしまいました。

もうひとつは、とも座のM46です。
M47と並んでいて、いわば「冬の二重星団」として有名ですが、M46の領域内に小さな惑星状星雲NGC2438が含まれていることは意外に知られていません。
明るさは10等、視直径は1′に満たない小さな天体ですので、空が明るい場所では見えないでしょうし、たとえ見えていても気づかないことが多いのでしょう。
小さいので私の15cm双眼鏡では僅かに恒星と違うことがわかる程度ですが、ogawa嬢のルイでは高倍率をかけると、こと座のリング星雲M57を小さくしたような姿がよくわかりました。
微星がびっしりと群れているM46の中に、シャボン玉のような半透明でふんわりとした星雲が浮かんでいるさまは、けっこうファンタジックな眺めです。
私の15cm双眼鏡はとても明るくて、彗星状天体を見るには絶好ですが、このように小さな星雲・星団を観望する場合には、倍率を変えることができないのでちょっと不便だなと思います。

もうすぐ春。
これら冬の天体は、もうすぐ見えなくなります。
次の満月過ぎ、空の暗い場所で、今回ご紹介した「お伴を連れている星団」をご覧になってみてはいかがでしょうか。

2010年02月28日

●棒と渦巻き・・・銀河の形

私たちは地球に住んでいます。
地球は太陽のまわりを回っていて、太陽は「銀河系(天の川銀河)」という星の大集団に属しています。
こんな銀河系、皆さんはどのような形をしていると考えていますか。
20年ほど前までは、中心核のまわりを星やガスで構成された何本もの腕がとりまいている「渦巻き銀河」だという考え方が主流でした。
アンドロメダ座にあるM31・・・アンドロメダ銀河によく似ている姿だと言われたり、いや、もう少し腕が開いていて、さんかく座にあるM33に似ていると言われたりしてきたのです。

ところが最近、観測が進むにつれて、銀河系は「棒渦巻き銀河」なのではないかという主張が主流になってきました。
「棒渦巻き銀河」とは、中心核から2本の腕が伸びている銀河をいいます。
従来、銀河系には何本かの腕が存在すると言われてきたのですが、最近になって確実に存在するのはそのうちの2本だけなのではないかと修正されてきたのです。

銀河系の形が、渦巻きだろうと棒渦巻きだろうと、私たちの生活には何の関係もありません。
でも、個人的には、銀河系は渦巻き銀河であってほしかったなあとちょっと残念な気持ちでいます。
というのは、子供の頃からずっと、銀河系の姿を大マゼラン雲にある惑星から見てみたいな、と思い続けてきたからです。
大マゼラン雲にある惑星から見ると、銀河系が夜空の3分の1ほどを覆って見えるはずです。
そんな惑星の夜の海辺で、水平線から昇ってくる壮麗な銀河系の姿を見てみたい。
もちろん叶うはずのない夢ですが、想像するたびに今でもワクワクします。
そして、水平線から昇る銀河系の姿は、やはりしっかりと渦を巻いた渦巻き銀河の方が壮麗で雄大です。
棒渦巻きでは、なんとなく迫力と神秘性に欠けるじゃないですか。

とはいえ、仮に銀河系が綺麗な渦巻き銀河だったとしても、美しい姿はあと40億年ほどしか保てません。
銀河系は、30~40億年後には、お隣にあるアンドロメダ銀河と衝突・合体して、腕がなくただ丸いだけの「楕円銀河」に変わってしまうのです。
「楕円銀河」になってしまった銀河系、見たくないなあ。
今の時代に生まれていて良かったかも。

2010年03月02日

●初めて土星を見た夜

少し遅い時間帯には土星が見ごろになってきました。
昨年夏の環消失から半年が過ぎ、だいぶ環が開いてそれらしい姿になってきています。

観望会でも一番人気の土星、初めて見たのは小学6年生の頃でした。
口径60mmの屈折経緯台をようやく入手したものの、頼りになるのは星座早見板一枚のみ、どこにどんな星座や天体があるのかは、まだよくわかっていませんでした。
とにかく目についた明るい星を手当たり次第に見ていたわけですが、宵の空に見えていた木星と金星以外はどれも点像に見えるだけ、星雲・星団はいくら探しても見えず、天体望遠鏡を購入した初心者誰もが一度は陥る「月と明るい惑星しか探せない」状態となっていました。

そんなある晩、ふと真夜中に目が覚めました。
外に出てみると一面の星空です。
もちろん東京の空ですから満天の星というわけにはいきませんが、ふだん見慣れた宵の空と違い、夜半過ぎの夜空は綺麗に澄んで、星の輝きがまったく違って感じられました。
何といっても小学生ですから、いつもならば完全に夢の中をさまよっている時間帯です。
でも、その晩は不思議に眠さを感じず、ふだんは面倒なはずの望遠鏡のセッティングも苦になりませんでした。

家の前の道に望遠鏡を組み立てた私は、すぐに天頂近くに輝く黄色っぽい星にレンズを向けました。
なぜかその星が自分を呼んでいるような気がしたのです。
その星の名前などもちろん知らなかった私は、視野に入ってきた姿を見て思わず声をあげてしまいました。
米粒のように小さいけれど、確かに環を持つ黄土色の星。

有頂天になった私は、家族全員を起こして土星を見せました。
時刻は午前2時過ぎ。
そんな時刻に叩き起こされれば誰でも怒りそうなものですが、不思議に家族の誰も怒ったり不機嫌になることなく、何度も交替しながら小さな土星の姿を食い入るように眺めました。

初めて見る土星の姿にも感動しましたが、それ以上に心に刻み込んだのは、ふだんと違う星空を見たければ、宵空だけでなく夜半過ぎや夜明け前の空を見上げる必要があるということでした。
宵とは透明度もシーイングも大気の匂いも違う星空の下で、まったく異なる星座を見上げることの新鮮さを、小学生の私は土星に導かれて学ぶことができたのです。
「そんなこと当たり前でしょ」と言われそうですが、指導者もガイドブックもなかった当時の私は、当たり前のことを試行錯誤しながら体得するしかありませんでした。
でも、それだけに全てが新鮮で、人に教えられるよりも遙かに生きた知識と経験を身につけることができたように思います。

今でも土星を見るたびに思い出します。
あの晩の大気の冷たさ、家族の笑顔、不思議なほど冴えた星空・・・。

2010年03月05日

●月の出と曇る直前の観測

一昨日の昼間は晴れていましたが、夜は曇るという予報でした。
夕方になってもまだ晴れていましたので、仕事を終えてから観測に向かいました。
さすがに天気が崩れる直前で、空には怪しげな雲がちらほら。
当初は藤橋で見るつもりだったのですが、北の方は雲が蟠踞している気配なので、揖斐川町横蔵で観測することにしました。

現地に着くと、南の低空から雲が湧いています。
そんな雲の中から黄色みを帯びた明るい光点が・・・。
ISSです。
南天を横切って、西から東へと-2等ほどの明るさで移動していきました。

その後は西空を30分ほど流しました。
くじら座のM77が入ってきました。
それからは月が昇るまで観望。
うさぎ座のクリムゾンスター、M79、おおぐま座のM97(ふくろう星雲)、M108、M109、M81・82、NGC3077などを見ました。
NGC3077は、M81・82と同視野に入る11.5等ほどの小さく暗い銀河です。

月の出と同時に雲が一気に広がり、観測も終了。
湿った風が非常に強く、気温はさほど低くないながらも辛い観測でした。
翌日は雨になりました。
機会を逃さず観測ができてよかったなと思っています。

●月の出と曇る直前の観測

一昨日の昼間は晴れていましたが、夜は曇るという予報でした。
夕方になってもまだ晴れていましたので、仕事を終えてから観測に向かいました。
さすがに天気が崩れる直前で、空には怪しげな雲がちらほら。
当初は藤橋で見るつもりだったのですが、北の方は雲が蟠踞している気配なので、揖斐川町横蔵で観測することにしました。

現地に着くと、南の低空から雲が湧いています。
そんな雲の中から黄色みを帯びた明るい光点が・・・。
ISSです。
南天を横切って、西から東へと-2等ほどの明るさで移動していきました。

その後は西空を30分ほど流しました。
くじら座のM77が入ってきました。
それからは月が昇るまで観望。
うさぎ座のクリムゾンスター、M79、おおぐま座のM97(ふくろう星雲)、M108、M109、M81・82、NGC3077などを見ました。
NGC3077は、M81・82と同視野に入る11.5等ほどの小さく暗い銀河です。

月の出と同時に雲が一気に広がり、観測も終了。
湿った風が非常に強く、気温はさほど低くないながらも辛い観測でした。
翌日は雨になりました。
機会を逃さず観測ができてよかったなと思っています。

2010年03月08日

●弥生の夜空の流星群

夏はペルセウス座、秋はしし座・オリオン座・おうし座、冬はふたご座・りゅう座・・・。
ここまで読んで「ははあ、なるほど」と思った方は流れ星の好きな方ですね。
そう、主要流星群の名称です。
あれ?春がありませんね。春の流星群って、そういえばあまり聞きません。
春というより初夏になれば、4月にこと座流星群、5月にはみずがめ座η流星群があるのですが、今の時期、3月って・・・?

2月から3月は、年間で最も流星群活動が静かな時期です。
じゃあ、ぜんぜん流星群がないのかといえば、そんなことはありません。
3月の流星群といえば、まず、しし座から放射する群があります。
ひとつの流星群ではなく、いくつかの小流星群の複合体です。
1時間あたり1~2個程度の活動が見られれば上々というささやかな群です。
他には、おとめ座流星群があります。
以前は(なぜか)主要流星群として取り上げられていました。
3月から4月にかけて長期間活動しますが、1時間当たり1個見られるかどうかというしょぼい活動です。
火球を飛ばすといわれていますが、顕著に火球の割合が多いわけではありません。
他にも、へび座やうみへび座に輻射点が散見されるものの、いずれも初心者には荷が重い流星群です。

というわけで、3月はまともな流星群がないんですね。
学生時代、こうしたしょぼい群を何年か続けて観測したことがあります。
星図に流星の飛跡を記録するプロット観測で何時間も粘りましたが、明確な輻射点はなかなか見出せませんでした。
流星がちっとも飛ばない春のトロンとした夜空を何時間も見上げているのは、退屈であると同時に情緒を感じるひとときでもありました。
流星も飛ばず、ただ静かに移り変わっていく星座を眺めていると、さまざまな想いが浮かんでは消えていきます。
とりとめのない想いばかりでしたが、具体的でない分、大切な心の動きを春の星空に重ね合わせていた気がします。

小流星群と呼ぶのもはばかられるほどの、ささやかな弥生の夜空の流星群たち。
心静かに、また観測してみようかな。

2010年03月17日

●豪華星空三昧!奥飛騨温泉郷の旅

先週末、2泊3日の行程で奥飛騨温泉郷へ行ってきました。
このところ天気が悪い日が続いていましたが、ちょうど新月ですから、車の後部座席に15cm双眼鏡を積んで行きました。
積雪が心配だったものの、幸い道路にはまったく雪がなく、思いのほか早い時刻に到着することができました。
天気予報では午後から晴れてくるはずですが、空から落ちてくるのは日ざしではなく霰。
車のフロントグラスに、タピオカのような白く丸い小さな氷の玉が激しく打ちつけられ、ワイパーに溜まっていきます。
宿に入り、暗くなってからも雨模様。

IMG_3111amini.JPG

ところが、夕食を食べ終えた頃から急速に晴れ始め、身支度を整え終えた頃には快晴!
宿の女主人に教えてもらった星見のポイントへ向かいます。
その場所は、宿から5分ほど車を走らせた橋の上でした。
夜の山奥、橋の上とはいっても車など通りません。
雪をいただいた山々の上にかかる星空は豪華そのもの、冬の天の川が無数の星屑に分離して見えるほどの素晴らしさです。
15cm双眼鏡で冬から春の星雲・星団を次々に導入。
主な天体は頭に入っている上に、空の条件が良いので導入は超速です。
効率よく主なメシエ天体・NGC天体を見終えた後は、軽く写真撮影。
空が暗いので、眼下に見える街灯りが意外なほど明るく見えるのですが、その灯りが霧でもかかったように霞んでいます。
雲か霧が湧いているのかなと思いましたが、どうも感じが違います。
どうやらそれは温泉の湯けむりらしいのです。
さすが奥飛騨温泉郷だなあと感じ入りました。

星空を堪能し、宿に戻った後は温泉に・・・。
夜遅くなので、湯船には私一人。
おいしいフランス料理と豪華な星空、そして一人きりの温泉を満喫して、奥飛騨の夜は更けていきました。

写真:沈む冬の星座と15cm双眼鏡

2010年03月21日

●星空の露天風呂

前々回に書いた奥飛騨温泉郷の宿には24時間かけ流しの露天ぶろがありました。
「露天風呂で満天の星空を満喫!」とか「星空の見える露天風呂」などを、キャッチコピーにしている宿はあちこちにありますが、実際に行ってみると煌々と照明が灯されていたり、すぐ近くに明るい街灯があったりして、うたい文句どお