2005年06月25日

●尾崎氏スカイライン当て逃げ事件顛末

1983年4月3日(日)。

朝から好天に恵まれた東大和市中央公民館駐車場は、十数台のバイクで溢れていた。暴走族の集会、ではない。東大和天文同好会の第11回総会が開催されていたのである・・・。

午前10時より始まった総会は、式根島ムービーの映写を締めくくりに、滞りなく終了した。二次会は、若者の店、デニーズ。21時30分、デニーズを出、3 次会をやらむ、ということになったが、場所もなく金もない。結局、上仲原公園に、井川、尾崎、赤平、早田、大滝、福島、山崎、五島、永瀬、清水、そして松本の11名が集まった。
「こんな3次会、暗いよお。中嶋や田宮も呼ぶっきゃねえよ」
というわけで、私と赤平氏が、DRとDTで迎えに行く。 両人ともまだ帰っていないとのことで、いじいじしながら公園へ戻ると、なにやら騒然とした雰囲気である。「ああ、会長。大変だよぉ。たった今、尾崎氏の車に暴走車がぶつかってそのまま逃げちゃったんだよぉ!」 山崎氏が興奮した面持ちで言う。
「すぉれはタイヘンだ! それで敵はどこへ行った?」
「じーさんが、CBバリバリで追いかけていったよぉ」
「いよし! 俺たちも行くっきゃねえ!」
私と山崎氏、赤平氏の3名、全開で夜の街をかっとぶ。途中、
「当て逃げかい? あっちの方に行ったぜ。えれえ勢いでかっとんでたよ」
目撃者のオジさんAからの貴重な証言を得、再び80k/hで教えられた方向へバイクを走らせる。バス通りをしばらく走ると、おおっとぉ! なんだ、こりゃあ? 交差点のど真ん中で、2台の車が正面衝突をしているではないか。
「これだ。この車だぜ。尾崎氏の車にぶつかったのは」
山崎氏が叫ぶ。 それにしてもすさまじい事故である。両車とも、前部がバコバコに潰れ、ラジエーターの水がじょぼじょぼ道路にあふれ出している。傍らには、暴走車のドライバーとおぼしき、やーさん風のおやじが、口を切ったらしく、タオルで頬を押さえながら真っ赤な顔で立っている。すでにあたりには人垣ができはじめ、野次馬が続々と蝟集しつつある。
「てめーかよ。仲間の車に当て逃げしやがったのはー!」
我々が暴走車のドライバーに詰め寄ると、そのおやじ、
「ぬあんだとぉー! いつオレがすぉんなことをしたあ?」。
そばへ寄ると、酒の匂いが強く鼻をつく。
「ぬあんだとぉーとはぬあんだとぉー! くぉの酔っぱらいめ!」
「ぬあんだとぉーとはぬあんだとぉーとはぬあんだとぉ!!」
おやじとしばらく、ぬあんだ、ぬあんだするが、ばかばかしくなり、今度は潰れた車の助手席に乗っている連れ合いらしき男に詰め寄る。
「てっめー!(早田調に) とんでもねえ野郎だぜ。このくそボケ!」
窓を閉めたままで車中にいるその男を罵りまくっていると、男、やおら窓を開け、
「だ、だーれー?」
「だーれー、だと? 遊んでんのか? ケーサツだ!・・・じゃなくて、てめーたちが当て逃げしたスカイラインオーナーのともだちだ!」
「ともだちー? どこの人ぉ?」
「地元だ」
「地元ってどこぉ?」
「地元は地元に決まってんだろーがー」
「・・・・」
「ふ、ふん! わかったか!」
「・・・だ、だーれー?」

 ♀ ♂ 〒 ▽ ♡ ㈱ $ £ ☆ ◎ ♀ ♂ ・・・。

清水氏が、お巡りさんを連れてやってきた。五島氏、福島氏らも。パトカーが 5台に救急車。
「おお! 西部警察だ!」
感動する井川氏。 そこへ尾崎氏のスカイラインが到着。尾崎氏、ドアを開けるなり、すさまじい勢いで咆哮する。
「どこのドイツだ。オレは今、バリバリに怒ってるんだぞぉ!」
尾崎氏、お巡りさんに事故の説明。その間も、ドカドカと暴走車(白のスカイライン)を蹴っ飛ばし
「くぉの! くぉの!」。
野次馬の中にも過激な人がいて、我々の隣にいた女性約2名の如きは、
「ふん、ふん! だっさいクルマね。こんなことしちゃうから」
そう言いながら、暴走車のエンブレムをバリバリ引っぺがしている。 現場検証をしながら、一人のお巡りさん、
「いやあ、君のバイク、速いねえ。このセパハンが決まってるねえ」
清水氏のCBに感心することしきりである。
「まはあ、たいしたことないですよ。わはは」
清水氏、ごく嬉しそうである。 尾崎氏と清水氏は、参考人として警察に同行することになり、他のメンバーは三々五々、解散。 福島氏、「いやあ。さすがはHAS。総会ひとつとってもすっごいですねえ。MAC(武蔵村山天文同好会)にはとても真似できないっすよ」 だって。
尾崎氏当て逃げ事件はこれでめでたく解決・・・じゃあないんですね。これが。ハードな総会。本当に俺たちはてんもんどうこうかいなのか? ヤックン、そこが疑問なんだなー。

2005年07月13日

●少女Aを巡る優しい男たち

「いやあ、それにしてもすがすがしい朝だ」
午前9時、目が覚めた。
「今日は一日のんびりするぞお。何たって、昨日の総会はハードだったからなあ」
大きく伸びをしたそのとき。 ジリリーン。おおっと、電話だぜ。朝からうるせえな。
「はい、モシモシ」
「あの、私、Nの母ですけど」
「・・・」
「実はウチの子、まだ帰っていないんですが」
窓の外に溢れる朝日が明るい。にもかかわらず、私の心は果てしない深淵に落下していく。
「昨日、天文同好会の総会に行くって家を出たきり・・・」
知らないとは言えない。
「心当たりを探してみます」
とりあえず電話を切る。まずは朝飯が食いたいが、コトは一刻を争う。 空腹を抱えながら、まずは最後までいっしょにいた井川氏に連絡を取る。何度目かのコールの後、眠そうな声で井川氏が電話に出た。氏によれば、昨夜は一晩中、Nにつきまとわれ、一睡もしていない由。
「それで? ヤツはそれからどうしたんだ?」
更に尋ねると、井川氏、ぼそぼそと、
「うん。早野くんの家に行くって電車に乗った」。
目の前が暗くなる。早野くんの家は藤沢だ。 気を取り直し、早野くんの家に電話をかけるが出ない。 清水氏にも電話。
「きのう、2時までケーサツにいた。ねむいよお」
とのことだが、とりあえず井川氏と二人、家に来て貰う。 10時、ようやく早野くんと電話がつながった。
「ウチにいるよ。なんでこうなるの?」
重く恨めしげな早野くんの声。
「オレにもわからん。なんにしても何とかしてくれ。頼む」
「わかった。今からそっちに連れて行くよ」
清水、井川の両氏は一度、帰宅。 14時、いま東大和市駅に着いたという早野くんからの電話で、清水氏と二人、ハスラーとCBを連ねて駅へ向かう。 駅には、疲れ切った顔をした早野くんと、やはり迎えに来たらしいNの母親、そしてべそをかいている本人がいた。
母親がいるのだから、私たちがあれこれ言うすじあいではない。とりあえず家出少女は、母親に連れられて帰る。
「いやあ、急に電話があってさ。藤沢の駅にいるって。参ったよ。今日は用事があったのに」
いつも爽やかな早野くんの顔が、ひどく憔悴している。
「それにしても、なんで早野くんなの?」
「わからん。何もかもわからないことだらけだ」
「早野くん、優しいからなあ」
井川氏がぽつりと呟く。
「おまえはどうなんだよ。朝までいっしょにいたんだろ」
清水氏のつっこみに、
「いや。ははは。そ、それは、ボクも優しいからさ」
答えになっていない井川氏である。
「じゃあ、ボクはこれで」
帰りかける早野くんを、
「まあまあ、せっかく来たんだから」
と引き留め、二時間ほどあれこれ話す。
「あの子は、これからもいろいろあると思うよ」
早野くんの言葉に、井川氏がうなずく。
「やっぱりあいつら、優しいんだな。それがいいことか悪いことかはわからないけどね」
皆が帰った後の、結論めいた清水氏の言葉である。

2005年08月12日

●あの頃の体力の半分でも今、残っていれば・・・。

1980年3月15日(日)

快晴である。半月が中天にかかり、冬の星座が驚くほどの光輝で瞬いている。
「赤平。それにしても暑いなあ」
「うん。めちゃくちゃ暑い」
3月の夜。冒頭に書いたとおり、まだ冬の星座が夜空の大半を占めている時刻である。春の気は立ったとはいえ、ふつうならば寒くてたまらないはずだ。にもかかわらず、私たちは暑い。熱い青春、というわけではない。純粋に生理的に暑いのである。

暑いはずだった。私と赤平氏は、寒空の下、ひたすら西へ向かって自転車を漕いでいるのだから。
道行く人がなぜか声援を送ってくる。手を挙げて私たちも答える。それというのも、私たちのいでたちが実にモノモノしいからだ。私はいつものヤッケにリュックを背負い、頭には汗止めのタオル。赤平氏はといえば、羽毛服を着て、風呂敷包みと懐中電灯を自転車の荷台にくくりつけているのである。
付言するなら、道行く人たちは風呂敷包みの中身までは知らない。そこには、彼が明日、登校するための制服が納められているのである。そんな二人が、風を切って新青梅街道をひた走る。
やがて、新青梅街道と八高線が交差している箇所へ到達した。地平の八高線の下を、新青梅街道がくぐり抜ける形である。
「どうする? ここ、車道しかないけど」
「こんなところでクルマに轢かれるのも悲しいから、真面目に歩道を通ろうよ」
傍らにある歩行者用の道(ちゃんと自転車の絵も描かれている)を見ながら、赤平氏が答えた。緩い下り坂の歩道を走る。ほどなく赤平氏が、うっ、と呻いた。何と、緩い坂はいきなり階段になっているではないか。
「本気かよ」
ぼやきつつ、自転車を押して、がたん、がたんと階段を下る。下った以上、上りがあるはずである。私たちは涙を浮かべつつ、一段一段、自転車を押し上げたのであった。
青梅を過ぎると、夜気の中に山の香りが混じるようになる。いつのまにか、北斗七星が背中に回っている。
唐突に、見覚えのある建物が出現した。
「おお! ドライブイン御岳だ!」
少しく安堵し、自動販売機のジュースなどを飲む。時刻、23時10分。
「井川たち、来ないかなあ」
「こんなこと話していると、バイクの音がしたりして」
話すそばから、聞き覚えのあるエンジン音が響いてくる。
「あの細いタイヤ。静粛なエンジン音。巨大なリアキャリア・・・。ビジネスだ」
「赤いボディ。太いタイヤ。ライダーに反比例したあの小さなバイクは・・・R&P!」
絶好のタイミングであった。時間差をつけて東大和市を出発した自転車組とバイク組は、期せずして御岳駅前で感動の再会をしたのであった。
バイク組「寒かったぜ!」
自転車組「暑かったぜ!」
訳もなく劣等感に悩む。
ともあれ、これでしばらくは楽ができる。私たち自転車組は、バイク組に牽引してもらいながら、ケーブル下までたどり着いたのであった。
「中崎たち、いるかな」
「いるさ。今夜は、青春クラブの観測会だって言ってたから」
赤平氏が、悪魔の如き笑いを浮かべる。
そうなのだ。今夜は、中崎、阿部、上滝、高橋のHAS青春クラブ(自称ね)メンバーが、御岳山長尾平に登っているはずなのである。そして私たちは、ふだんから根性の入っていない彼らを、お化けに扮して大いに脅かそうという魂胆なのであった。そのために、私と赤平氏は自転車、井川氏と山崎氏は原付バイクで、夜道をひた走ってきたと言うわけである。
愛機を駐車場に停めると、今度は登山。誰が言い出したのかは定かでないが、気がつくと私たちは、ケーブルカー保守用の階段を、息を切らして上っていた。自転車で30数キロを走破し、さらに30度以上の傾斜がある階段を直登する・・・。トライアスロンよりも過激ではある。

半死半生になりながらも、ようやく御岳平に到着した。
まだ高い月を見上げながら、長尾平へ。時刻、24時。長尾平の入り口で、赤平氏がやおら、風呂敷包みを開く。現れたのは女物の白い肌襦袢。
まずは、私が着用する。髪を振り乱し、青春クラブ員の集うあずまやへ向かって歩いていく。山の端にかかった月があたりを青白く照らし出し、風が木立をざわざわと揺らす。
当初の計画では、無言のまま、あずまやの近くに立っていることになっている。月の光を浴びてぼんやりと佇む姿は、まっとうな神経の持ち主であれば恐怖以外のなにものでもないはずだ。
あずまやから10メートルほどの場所に立つ。乱れた髪を夜風がなびかせる。しかし、青春クラブの面々は、そんな私にいっこうに気づかない。予想どおり、彼らは観測もせず、大声で歌ったりキャーキャー騒いでいるだけだ。焦れてきた私は、石を投げた。がさがさ・・・。あずまや横の斜面を転げ落ちた石が、不気味な音を響かせる。
(これで気づくだろう)
しばらく沈黙があり・・・。
バーッハッハッハ。彼らの馬鹿笑い。いっこうに気づいたようすもない。
(くそ。あの鈍感なガキどもめ!)
こぶし大の石を拾い上げる。投げた。狙いあやまたず、石はあずまやの屋根に命中する。ボコッ。ゴロゴロ・・・。これだけ大きな音がすれば、どんなアホでも気がつくに決まっている。しかし。
バーハッハッハ。
・・・こりゃ、ダメだ。
「次はオレがやる」
井川氏がすっくと立ち上がった。肌襦袢に袖を通す。ただでさえ細いおもざしは、ケーブル直登で憔悴しきっている。お化けとはかくありたりという風情となった。まさに、陰惨な老婆の幽霊といったところである。
今度は、井川氏扮する幽霊が、あずまやの前を駆け足で通り過ぎることとした。いかに鈍い青春クラブ員といえども、今度ばかりは気づくに違いない。
「いくぜ」
井川お化け、走った! 白い塊が、あずまやの前を、かすみか雲かのように走り抜ける。
彼らの笑いが途切れた。静寂があたりを包む。
「今、白いモノが通らなかった?」
「そういえば・・・」
話し声が聞こえる。やった。成功だ。私たちはほくそえむ。しかし。彼らのひそひそ声は、すぐに大声の歌に変わった。呆れるしかない。その鈍感さときたら、クリープを入れないウーロン茶のようなものではないか。山中に響き渡る歌声の中、高橋の声がかすかに聞こえた。
「今の、きっと、月光仮面だよ」
どっとコケる私たち。
あずまやの向こう側に走っていった井川氏は、どうしたものか戻ってこない。残された私たちは、何とかして彼らに気づかせようと、木を揺すったり石を投げたり、あらゆる努力を積み重ねたのだが、信じられないほど太い彼らの神経はいっこうに反応せず、やがて疲れ果てた私たちは、その場に腰を下ろしたまま、寒さに震えていたのだった。

と、意外なほど近くに白い人影。
・・・井川氏だ! 氏は、いつのまにか、あずまやのすぐ近くにまでやってきていたのである。青春クラブ員も、ようやく気づいた様子。
「おい。なんだ、あれ?」
「まさかお化け?」
彼らがひそひそ相談していると、突然、白い人影は泣き出した。
「な、泣いてるみたいだぞ」
「声、かけてみようか」
阿部が震える声で尋ねる。
「ど、どうしたんですか」
井川お化けは答えない。ひたすら泣き続ける。
はじめはさめざめとしていた泣き声が、次第に高くなってくる。今はもう、嗚咽していると言うより号泣に近い。俯いたまま、足音も立てず彼らのもとへ近づく白い人影。じりじりと後ずさりする青春クラブ員。お化けの声が、号泣からいきなり叫びへと変わった。
「ウワアアア!」
絶叫しながらすさまじい形相で青春クラブ員につかみかかる!
狂奔する彼ら。必死の形相で、阿部、上滝の二名がこちらへ走ってくる。高橋は、と見れば途中で転倒し、
「うわあっ! うわあっ!」
井川氏に追いつめられながら、なんとその手にはナイフが握られている。中崎はどこかで気絶でもしていたのか、姿が見えぬ。
奇声を発しつつ、私たちも木陰から飛び出した。ギャーッ! 彼らの絶叫が奥多摩の山中に響き渡る。
恐怖の余り小便でもちびられると困るので、ようやく私たちも正体を明かした。
「オレだよ」
「うえーん! 井川さん! 松本さん!」
そこから説教が始まった。
「おめーたち、観測もしねえで何やってんだよ。コラ!」
「だってだって寒いんですもの」
「寒いだと? 俺たちはめちゃくちゃ暑かったんだからな」
赤平氏。
朝まで説教に費やした後、私たちは帰路につくことにした。
再び、ケーブル階段コースを下る。さすがに疲れている。足ががくがくしてコケそうだ。ようやくケーブル下へたどり着いた私と赤平氏を待っていたのは、ちゃりんこ。二人で顔を見合わせていると、井川氏がなにやら慌てている。
「バイクのキーがねえよう!」
「ぶわっはっは。ざまーみろ。所詮、バイクなんてそんなもんさ。キーとガソリンがなければちゃりんこにも劣る乗り物さ。やっぱり、ちゃりはいいねえ、赤平」
紅潮した顔で赤平氏がうなずく。
が、
「あった!」
ポケットを探っていた井川氏が一言、発したとたん、形勢は逆転した。
「どうする? 井川。ギヤ入れてエンブレかけて下りるか?」
山崎氏の問いに井川氏、
「いや、ガソリンがもったいない。ニュートラルで下りよう」。
ちゃりんこ部隊も負けてはおれぬ。
「どうする? 赤平」
「うん。ニュートラルで下りよう」
バイク組の冷めた視線。えーん、えーん。どうせ自転車にはニュートラルしかないよお!
ひたすら、朝の青梅街道を走る。赤平氏の学校を横目に見ながら、
「赤平、学校は?」
ちらりと時計を見た赤平氏、
「だめだ。20分遅刻だ。やめよう」
予想通り、いともあっさりと自主休校を決めこむ赤平氏であった。

なお、その後、青春クラブは解散し、「青年団」として第2のスタートを切ることになる。その理由は定かではない。

2005年12月09日

●あの頃はなぜあれほど馬鹿なことばかりしていたんでしょう。

1983年11月12日(土)。

私と小島さん(現在の奥さん)は、夜なお暗い道を手探りで歩いていた。
夜なお暗い、という表現はおかしい、そろそろまっちゃんもヤキが回ってきたか、と思った方もいるかもしれない。たしかに、本来は「昼なお暗い」と言うべきである。が、今回、私は、あえてこのように表現をした。それが適切だからである。
たとえ夜であっても、月明かりや星明かりで、屋外にいる限りは、真の闇夜にはなかなか出会えない。目が慣れてくると、歩ける程度には周囲が見えるものだ。が、今、私たちが歩いている御岳山の登山道。真の闇である。それこそ鼻をつままれてもわからない。星が見えれば足もとぐらいはわかるのだろうが、びっしりと生い茂った木が星明かりを完全に遮ってしまっている。
持参した懐中電灯は、何と電池切れであった。瞳孔が限界まで開いているのがわかる。目が筋肉痛になりそうである。ときどき道を踏み外しながらも、ようやく稜線へたどりついた。木が低くなり、頭上いっぱいに星空が広がる。
足もとも明るくなった。ほんのかすかな明るさだが、星明かりという言葉を実感する。
長尾平には、先発隊の、清水、井川、尾崎、永島、山崎、五島、古谷、松沢、金川の9名が待っていた。今夜は、星雲・星団課主催の「星雲・星団観測講習会」なのである。
快晴だ。五島氏持参の25センチドブソニアンもある。さっそく25センチドブでM42を見るが、本当に鬼のようによく見える。

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夜半過ぎまで、25センチと松沢君の12.5センチ反射、永島さんの7センチ屈折、小島さんの7センチ屈折で観望。後半は、ほとんど酒盛りとなる。
夜明け近く、隣で騒いでいる高校生グループの馬鹿笑いに怒りながらシュラフる。めちゃくちゃに寒い。
騒音と寒さで眠れず、7時頃、皆、起床。
昨夜購入したセブン・イレブン弁当を食すが、激寒のためにほとんど石化しており、心底まずい。あまりまずいので山崎氏に進呈しようとするが、けしからぬことに山崎氏、
「ああ、野辺山高原弁当かぁ。それ、いらない」
とのたまう。
「しばらく日光で暖めれば柔らかくおいしくなるよぉ」
アドバイスしてあげたが、
「じゃあ、自分でやれば」
山崎氏の返事はつれない。
「食べ物を粗末にしちゃいけないんだ」
ぶつぶつ言いながら弁当を日光で暖めていた私は、ふと、高校生グループが帰った後のテーブルに、数種類の袋菓子が残されているのを発見した。
「おお、ここにも食べ物が。ありがたいことじゃ」
さっそく皆に勧める。
「お菓子、食べたいよね。ほらほら、おいしいよ」
しかし、これまたけしからぬことに、
「そんな食べ残しなんかいらないもんね」
誰一人として口にしようとせぬ。
いかなる展開か、ここから突如、男の勝負が始まることとなった。じゃんけんで負けた者が、食べ残しのチョコプリッツを一本ずつ食べるのである。

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最初に負けたのは五島氏。
「これ、なんかぶにょぶにょしてるよぅ」
ぼやきながらプリッツを口に運ぶ。
「一本ずつじゃ、なかなか減らないなあ」
清水氏の発言以降、次第に一回あたりの本数が増えてくる。
「さあ、あと二回で終わりだよ。うーんと、次に負けた人は、そうだな」
清水氏、自分の食べ残しのカップラーメンをテーブルに置いた。
「ここにプリッツ5本を浸して食べよう」
皆の顔が歪む。
じゃんけんぽん!
「えーっ! マジっすかぁ!」
新入会員の金川氏、ぶりぶりに怒りながら、すっかり冷めたラーメンの汁にプリッツを浸す。目をつぶって口に入れる。
「どう? イケるだろ?」
井川氏の声に、金川氏、何かに耐えるように無言である。
「いよいよ最後の勝負だ。今度は、えーと」
しばらく思案した清水氏、
「残ったプリッツ全部をここ(ラーメンの残り汁)に入れて一気飲みしよう」
皆の顔を見回す。誰もが無言である。
「男ならやるっきゃねえよな」
いつもの決めぜりふを、ゆっくりと清水氏が口にする。悲壮と言うほかない皆の顔、顔、顔。
じゃんけんぽん! 
誰もが必死である。そりゃあそうだよね。ただでさえ湿気を吸ってぶにゅぶにゅしているプリッツを、清水氏が食べ残したラーメンに入れて一気飲みなんてさ。
さすがに皆、必死だ。なかなか勝負がつかぬ。それでも、いつかは運命の決するときが訪れる。
「じゃんけんぽん!」
とたん、ガバとばかりにテーブルに倒れこむ尾崎氏。
「みんな、本気じゃないよな。これ、あまりにエグくない?」
テーブルに置かれているカップラーメンの器を見つめる。容器の内部には、茶色く濁った汁の中に、ねぎ、伸びきったラーメンとおぼしきもの、ぶよぶよに膨らんだ10数本のプリッツ、そこから溶け出したチョコレート、その他、得体の知れぬ物体が浮き沈みしている。
「男なら飲むっきゃねえよ」
清水氏、ワンパターンだが、誰もが抗えないフレーズを再び口にする。
苦悶の表情を浮かべて、まだなみなみと汁が残っているラーメン容器を見つめていた尾崎氏だが、やがて静かに容器を掲げた。
「箸、いる?」
言わずもがなの井川氏の言葉が、決断を促したようだった。ゆるゆると容器に口をつけた尾崎氏、そのまま一気に飲み干す。いずれもぶよぶよした内容物が、尾崎氏の口中にのたくりながら飲みこまれていく。
「おー! 男だ!」
全員が立ち上がって褒め称える。
「食べ物を粗末にしちゃいかんよ。フォッフォッフォッ」
トイレに向って走り去る尾崎氏の背中を見つめながら、清水翁が呟いた。

2006年04月24日

●嗚呼!寒風の中、七輪は燃えて

1978年1月3日(火)

目が覚めてみると20センチ以上の積雪である。昨夜遅くから雪になったらしい。
雪は嫌いではないが、今夜は、しぶんぎ座流星群の極大日である。夜までには晴れて欲しいと思っていたら、午後からみるみる青空が広がってきた。
夕方、早田氏、大滝氏、観測の打ち合わせに来訪。観測場所は上仲原公園とすでに決まっているが、地面は一面の雪である。いつもの流星観測のように、地べたに寝転がって行うわけにはいかない。シートを敷くことも検討したが、それでも冷たいことには変わりないだろうということで、早田氏らの発案により、各自、椅子を用意して観測に臨むこととなった。

夕食後仮眠を取り、24時に上仲原公園へ集合する。自転車で現地へ向かう道すがら見上げる夜空は快晴、東京都内とは思えないほどの豪華な星空だ。
凍結した路面に何度か肝を冷やしながらたどり着いた上仲原公園は、白銀の世界であった。軽いアップダウンが連続する公園内は、ほとんど足跡のついていない新雪に覆われて、まさしく八甲田山さながらである。
そんな公園に参集したメンバーは、清水、中山、大滝、早田、長谷川、田宮、中嶋、番園、そして私の9名。誰もが思いきり着ぶくれし、しかも思い思いの色、デザインの椅子を担いでいるのが何とも笑える。
「やっぱり椅子を持ってくるのは正解だったなあ」
「観測はやっぱり椅子ですよ」
しきりにうなずきあう早田、大滝両氏であったが、椅子に加えて早田氏は、もうひとつ大きな荷物を抱えている。
「これはねえ、うふふ」
早田氏が雪の上にどんと置いたもの。それは何と七輪であった。
「正月はやっぱこれですよ」
さらに荷を解くと、やかんに切り餅まで現れる。
「暖を取れるし餅も食えるし、締め切った部屋の中じゃないから一酸化炭素中毒の心配もないし、観測に七輪は欠かせないねえ」
理路整然とした早田氏の説明にうなずく皆であったが、
「餅なんか焼いてたら観測にならないぢゃないか。みんな、もっと真面目にやろうヨ」
突然、生真面目な声が早田氏の説明を遮った。
「中山さん!」
しょうちゃん帽をかぶった中山氏に視線が集中し・・・。やがて、
「そう、ですね。さすがは副会長だ。言うことが違う」
がっくりと早田氏が肩を落とした。
「わかればいいんダ。ボクたちはあくまで観測に来てるんだからネ。そこんとこ、忘れないようにしようネ」
観測家の本懐とも言うべき中山氏の弁である。
もしかしたらオレも餅の相伴に預かれるかもしれないなどとけしからぬことを夢想した自分を恥じながら、私も観測を開始する。
さすがは年間三大流星群のひとつだ。かなりの出現である。椅子を丸く配置しグループ計数観測を行うが、リクライニングなどするはずのないその辺にある椅子のため、じきに首が痛くなる。腰も痛くなってくる。
「椅子・・・あんまり良くないね」
小声で言う大滝氏に、
「何を言うか。雪の上に寝ることを考えたら天国だぞ」
早田氏がなおも強気で答えているのが聞こえてくる。
きりのいい時間を見計らってグループ計数観測から抜けた私は、写真を写し始める。空がいいので、トライXで10分程度の露出はかけられそうだ。
皆から離れた場所に設置したカメラのシャッターを切って戻ってみると、なんと番園氏が私の椅子をどっかりと占拠してどいてくれぬ。
「俺だけ椅子を持ってこなかったんだ。だからこの椅子は俺のものだ」
などと野太い声でのたまいつつ、てこでも動かない。
「全員、椅子持参、って電話で伝えたじゃねえかよ。それなのになんで持って来ねえんだよ、コラ」
そんな私の抗議に、もとより耳を貸すはずのない番園氏である。最後は、
「でへへい」
お得意の奇声を発して空とぼける。
いかにも理不尽であるが仕方ない。安住の地を追われた私は、雪の上に寝ころがり空を見上げる。しし座が南の空にかかり、北東の空には北斗七星が高く昇り始めている。
ああ、ケツが冷てえと思っていると、突然、椅子に深く凭れていた中山氏がむっくりと身を起こした。先ほどから一言も発しないまま空を見上げていた中山氏である。寝てるんじゃねえの、などという囁きも聞こえていたが、少なくとも今は眠そうではない。それが、観測に燃えているからなのか、ぐっすり眠って英気を養ったためなのかは、本人以外誰も知らない。
荷物をごそごそやっていた中山氏、やおら大きな弁当箱、というか保温ジャーを取り出した。
「腹が減っては観測にならないからネ」
いそいそとジャーの蓋を取る中山氏。
もわーっと盛大な湯気が立ち上った。
おお! 他のメンバー全員からどよめきがおこる。
愛母弁当。中山氏の必携品である。観測の際には必ずお母様が愛情こめて作ってくれた弁当を持参するのである。
「ああ、あったかくてうまいなア。全身にうまさが染みわたるなア」
独語しながら箸を使う中山氏に全員の視線が集中する。うまそうだ。真っ白いご飯に味噌汁までついている。
「ちょっとでいいから、それ、分けてくれないかな」
中嶋氏が遠慮がちに言う。
そんな中嶋氏を一瞥しただけで、中山氏はひたすら箸を使う。
「中山さん。すごーく美味しそうですね、それ」
「ああ、おいしいヨ」
よだれを垂らさんばかりの早田氏のコメントに、中山氏のコメントはいかにも素っ気ない。
「あー、おいしかった。さて、観測、観測」
衆人環視の中、素早く愛母弁当を腹中に納めた中山氏、ふたたび椅子に深く腰かける。もちろん空など見上げていない。幸福そうに閉じられた瞼が、彼の満足度を物語っている。
「くそ!」
いつもジェントルな早田氏がいまいましげな舌打ちをした。
「こうなったらこっちもやるぞ」
言うなり、七輪に網を乗せる。
「餅か!」
「おうよ。いつも中山さんだけが愛母弁当を喰ってやがってよ。いつか見返してやろうと思ってたんだ。で、こいつを(七輪と餅を指さす)持ってきたってわけよ。がはは」
ああ、早田氏の人格が変わってしまっている。ジェントルで学者然としたいつもの早田氏はどこにもいない。それにしても、他人の弁当を恨むのはいささか筋違いのような気もするが・・・。
復讐の鬼と化した早田氏に恐れおののきつつ、爆睡している中山氏を除いた全員が、七輪の上に並べられた餅を見つめている。もう誰も星など見ていない。皆の心の中にある言葉はただひとつ、「食欲」である。
やがて、餅が焼ける美味そうな匂いがしてきた。ごくり。誰かが唾を飲みこむ音がする。
「よーし。焼けたぞ」
ぷっくりと膨らんだ餅を、早田氏が箸でつかもうとしたそのとき。
「お、餅かア。道理でいい匂いがすると思ったヨ」
手がさっと伸びた。
「ああ!」
複数の悲痛な声が雪原に響く。
一瞬の出来事であった。こんなに熱い餅をなぜそれほど素早く喰えるのかといぶかしむ間もなく、網に乗せたすべての餅がまたたくまになくなった。
「弁当も美味いけど餅も美味いなア」
「中山さん! 何ということを!」
泣き声に近い早田氏の声。
「こいつ、寝てたわけじゃねえのか」
番園氏が低くうめいた。
「なんちゅうーか、化け物じみたヤツだなあ」
清水氏の声は、すでに怒りも呆れも超越し、目の前に神を見るような響きさえ漂う。
「い、いや、みんな。ま、まだ餅はある。焼くぞ。どんどん焼くぞ」
気を取り直した早田氏が、ふたたび餅を網に並べる。身も凍る寒気の中に、香ばしい匂いが立ち上り始める。
「もうすぐだ。もうすぐ喰えるぞ。みんな、もう少し待つんだ」
血走った目で餅を見つめながら早田氏が呟いた。
並んだ餅がいかにも美味そうにぷくんと膨れ、よーし、頃合だな。そう思ったとき。
「あーっ!」
「誰かこいつを押さえつけとけ!」
「喰ったあ!」
悲鳴と怒号が雪原を渡った。
中山氏。一瞬の早業であった。たちまち餅を食い尽くす。
「アア、美味かった。まだ餅、あるんだろ。ボクが火の番をしていてあげるから、どんどん焼いていいヨ。みんなは観測してていいからサ」
午前3時。全員の気力と体力が一瞬のうちに消失した瞬間であった。
流星は相変わらず頻々と出現する。が、空腹と虚無感に打ちのめされた我々は、一応は真面目に流星を数えはしているものの、凍死しそうな寒さも手伝い、ダラダラ感98%である。中山氏はと見れば、さすがに満腹したらしく、軽い寝息を立てている。
空腹と空しさのうちに夜明けが近づいた。次第に青さを増してくる空に、暗い星から吸いこまれるように消えていく。
「椅子でソリができるんじゃないかな」
あまりの寒さと空腹で誰もが雪の上に力なくうずくまる中、不意に大滝氏が呟いた。あたりを覆う沈滞感とはうらはらの軽い身のこなしで立ち上がると、自分のパイプ椅子を雪の斜面に据える。
「危ないよ。おい」
皆の声に軽く手を振ると、ごくさりげなく椅子に座り、次の瞬間にはそのまま斜面を滑り降りていた。後に残る雪けむり。パイプ椅子のシュプール。
「おもしろいよ。みんなもやってみたら」
寒気と飢餓で誰もがハイになっていたのだろう。夜明けまで「椅子ソリ」に全員が熱中、中には椅子の上に立ち上がり「椅子スキー」を試みる者まで輩出する。
ひとしきり椅子ソリ、椅子スキーに燃え、体が暖まった頃。
「すごいよ。見ろよ」
長谷川氏が西の地平線を指さし、ぽつりと呟いた。そちらを見やった全員が感嘆の声を上げる。
西の地平線に並ぶのは奥多摩から丹沢の連山。真っ白に雪化粧した山々を、朝日が鮮やかな薄紅に染め上げている。
一面の雪景色の中に立ちすくみ、誰もが無言で荘厳ともいえる光景を見つめる。
「餅は喰えなかったけど良かったな」
凍てついた風の中、誰に言うともなく呟いた番園氏の声に、全員が遠い目をしてうなずいた。

2006年08月07日

●70年代の記憶「1978年月食観望会観測記」

昔昔の観測日誌から抜書きしました。
東大和天文同好会が近くの小学校校庭で行なった月食観測の様子です。
東大和天文同好会会員のみならず、今と違って趣味としての天文が盛んだった当時、気合が入っていた雰囲気を味わっていただければ・・・。
それにしても当時は若かったなあ。高校生の頃でした。

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2010年06月21日

●中央アルプス千畳敷、氷雪の一夜①

久々に掲載する未公開観測記。
今回は、天文雑誌の取材で出かけた天文登山の紀行です。
リベンジを果たしたい星見旅行はいくつかありますが、今回掲載の中央アルプス登山もそのひとつ。
そんな爆笑と涙に彩られた「男の天文登山」を3回に分けて掲載します。
お楽しみいただければ幸いです。(同行したメンバーは、泣きながら思い出に浸って下さいませ・・・)


  ☆  ☆  ☆

 人影まばらな早朝の中央本線、高尾駅。鳥のさえずりだけが、初夏の大気をかすかに震わせる。
「10円玉、みーっけ!」
 静寂と、ほのかな旅情を土足で蹴倒すように響いたのはIgawa氏の大声であった。
「ほら、見ろよ。ベンチの下に10円玉が落ちてるぜ!」
 ホームのベンチの下に潜りこんだIgawa氏、目にもとまらぬ素早さで10円玉を拾い上げ、「これで110円儲けた」。
 実はIgawa氏、20分ほど前にも立川駅のホームで100円玉を拾っているのである。
「みんなで探そうぜ。他にも落ちてるかもしれねえからよ」
 こと金銭に関しては抜群に高感度という目を更に超増感しながら、Igawa氏、周囲を見回している。氏の姿を見ているホームの乗客すべてが爆笑している中、当のIgawa氏だけは真剣である。

 そんなIgawa氏と、じーさん、akapi、山吉、そして私の5人は、朝5時の高尾駅で、天文雑誌編集部のカメラマン、イエティ氏を待っていた。
 その天文雑誌編集部から取材の依頼があったのは、4月初旬のことだった。
『星とアウトドアの雑誌を出すことになりましてね。東大和天文同好会の皆さんに中央アルプスで満天の星を見てもらい、記事を書いて欲しいんですよ』
 魅力的な申し出である。3000m級の高山で見る星空は、さぞかし素晴らしいことだろう。
 会長だった私は、即座に申し出を承諾した。それから数次にわたる打合せの末、5月の連休に星見登山を行なうことが決定し、私たちは西へ向う列車とイエティ氏を、今こうして高尾駅のホームで待っているのであった。

「あっ!50円!」
 Igawa氏の大声がふたたび響いた。氏の指さすあたりを見ても、私には50円玉の姿など見えぬ。
 階段を飛び降り、すぐに戻ってきたIgawa氏のてのひらには、しかし、しっかりと50円玉が握られていた。
 氏は、尚も捜索を続けている。私を含めた同行4名は、ひたすら他人のふりをしていたものの、それでもいたたまれない思いであった。
 結局Igawa氏は、合計180円を拾得し、その金でホームの自販機からコーヒーを購入した。
「恐ろしい野郎だ・・・」
 美味そうにコーヒーを飲むIgawa氏の傍らで、山吉がうめくように呟いた。

 まもなくイエティ氏が到着した。がっしりとした体躯に撮影機材を詰めこんだフレームザックを背負ったイエティ氏、まさにその愛称が相応しい山男だ。
 爽やかな笑顔で近づいてきたイエティ氏、キラッと白い歯を輝かせて『天文登山を楽しみましょう!』とでも言い出すかと思ったら、
「なんか曇ってますよ。ほんとに行くんですか。だるいっすね」。
・・・思い切り脱力。
 そう、見上げる空は快曇である。現地の天気予報も思わしくない。
「なんだか悪い予感がしますよ。今からでも遅くないからやめましょうよ、ね」
 ごつい外観に似つかわしくなく、しょっぱなから弱気なイエティ氏、しきりに計画の撤回を勧める。
「まあ、仕事ですからね」
 根が真面目な私はそう答えた。
 しかし、そう答えたことを、半日後、私は深く後悔することになる・・・。(つづく)

2010年06月22日

●中央アルプス千畳敷、氷雪の一夜②

 松本行きの普通列車に乗りこんだ私たちは、辰野で急行「天竜2号」に乗り換えた。
 伊那谷を進むに連れて、左手に雪をいただいた山々が見え始める。
「まだあんなに雪があるじゃんかよ」
 悲しげに叫ぶIgawa氏を尻目に、登山が趣味の山吉は嬉しそうである。
「これから登る中央アルプス、4mの積雪だってさ。山頂は暴風雨に違いない。気温も真冬なみに下がるだろうし、うわあ、楽しいな、楽しいな!」
 こいつ、やはりマゾだったか。そんなことを思ううち、駒ヶ根駅に列車は滑りこんだ。
 駅から、これから登る中央アルプス山系が見えるはずだが、低く垂れこめた雲に厚く覆われて全く見えぬ。
 頭をもたげ始めた不安を押し殺しながら駅前の食堂で腹ごしらえをし、11時30分のバスに乗りこむ。
 バスは空いていた。私たちは最前席に腰を下ろし、窓外の景色にしばらくは無邪気にはしゃいでいたのだが、次第に皆、無口になってきた。
 ダートである。道幅は、ほぼバスの車幅と同じ。左手は千尋の谷。加えてヘアピンカーブの連続だ。カーブでは、バスの先端が路肩からはみ出す。最前席に乗っている私たちは中空に飛び出した格好になり足元に地面が見えぬ。タイヤは辛うじて路肩に乗っているのだろうが、私たちには、今、乗っているこの乗り物がバスとはどうしても思えない。航空機かロープウェイにでも乗っている気分である。小惑星のごとき巨岩が路上に鎮座している箇所もあり、あのような物体が頭上から落下してきたら、どうなってしまうのだろうと思う。

「しらび平」に到着した。ここからロープウェイに乗り換えて、千畳敷までの900mを一気に上る。
 ロープウェイは、すぐにまっ白な霧の中に突入した。何も見えぬ。ただ、ぐんぐん高度を稼いでいることだけが体感できる。
 千畳敷は、3mの積雪と濃霧、強風、そして横殴りの雨であった。
「ね、やっぱりやめた方がよかったでしょ」
 イエティ氏の言葉に皆、熱く頷きながら、それでも仕方なく防寒具と雨具を身に着ける。とはいえ、雨という事態は容易に想像されていたにもかかわらず、まともな雨具を用意していたのは山岳部長の山吉とイエティ氏のみで、私を含めた他の4人はどうしようもない軽装だ。
「オレ、ビニジャンだよお」
 Igawa氏が泣きそうな声で言う。
 懐が決して暖かいとはいえないIgawa氏、ビニール製の黒いジャンパーを平常から愛用している。遠くから見ると皮ジャンにも見えなくはない造作だが、実態はペラペラのビニール製のため、防寒効果も耐久性もないという代物である。
「山なんて登りたくないよお。もう帰ろうよお」と駄々をこねていたIgawa氏だったが、それでもいざ出発となると、
「冬山をビニジャンで登ったのは、歴史上、オレ一人だろうな」などとホクホクしていたから、やはり偉大な男には違いない。
 山吉を先頭に、千畳敷カールをゆっくりと歩き出す。
「踏み跡を外さないように!」
 山吉の鋭い指示が飛ぶ。
 太腿まで雪に埋もれながら苦闘することしばし、道は俄然、稜線に向けての直登となった。
 いつのまにか氷雨が止んでいる。あるかなきかのトレースをたどるうち、稜線へとたどり着いた。さらに数分、目指す宝剣山荘に到着する。
 屋根まで雪に埋もれた山荘の周囲には、すでに10数組のパーティーがテントを張っていた。
 霧が深い。数メートル先すら判然としない。
 山荘の裏は絶壁だった。絶壁の遥か下から、巨大な風圧が吹き上げてくる。風は渦巻き、雲を吐き、山全体を吹き飛ばそうとするかのように狂奔している。
 しばらく呆然として、その巨大な風の所業を見つめていた私たちに山吉が指示を出す。
「早くテントを張ろう。場所をとられちまうぞ」
 思い出したように、皆、動きはじめる。
「akapi、スコップは?」
 山吉の問いにakapi、「えーと・・・。忘れた」。
 軽やかな返答に絶句していた山吉、気を取り直したように言葉を継いだ。
「機械文明に頼っちゃいかんな。やはり最後は人力だ」
 強風と濃霧の中、私たちは1時間あまりかけて、凍える手で雪を掘り、足で雪面を踏み固めた。
「スコップ・・・。実に偉大な機械文明だ。俺たちは人類の叡智をもう一度見つめなおすべきなんじゃないのか」
 押し黙ったまま、心の奥底でそんなことを考えつつ雪を掘り踏みしめる私たちの心中など知るはずもない他のパーティーは、偉大な発明品であるスコップを駆使し、私たちがまだ半分も雪を踏み固めないうちに、すでにテントを設営し、あまつさえその中でコーヒーなどを飲んでいる様子である。
「どーしてオレらはいつもこうなんだろう」
 足をせわしなく動かしつつ、Igawa氏がぶつぶつと呟く。
 強風に煽られつつ、何とかテントの設営を終える。もう全員、フラフラである。
 べちょべちょの靴を脱ぎ、テントに転がり込むと、ようやく平安が訪れた。誰もが精も根も尽き果てたようすで自分のシュラフに潜りこむ。
 テントの中は静かである。外の強風が嘘のようだ。
「これからどうする?」
 誰からともなく呟く。天候は悪化の一途をたどっているし、何もすることはない。
「メシ食って寝る!」
 山吉が、きっぱりと言う。
「山で何が楽しいかといえば、飯を食って寝ることだ」
 確かに今の状況でそれ以上の真理はない。
「メシの前にコレでしょ」
 イエティ氏が、ドンとウィスキーのボトルを置く。
「さ、どんどん食って荷物を軽くしてねー」と、じーさん。
 私も同じ心境だ。じーさんと私は食料係なのである。
 二人のザックから食料をぶちまけてみれば、あるはあるは、シーレーション(アメリカ軍の携行食糧)、チリ、鳥めし、牛めし、チキンライス、牛肉、焼肉のたれ、ドライフルーツ、バターライス、鶏肉、梅干、レモン飴、サラダの缶詰、マグロのフレーク、シーチキン、お米、スープ、なぜか白玉、ゆであずきの缶詰まである。
 山での食事とは思えない豪華メニューを食し、とりあえず胃袋も心も安らかになった。
 ただ、皆が一様に嫌がったのは水である。水そのものではない。水をいれるために持参した容器が嫌われた。
「なんで現像液の保存容器なのー!?」
「いや、何でと言われても・・・。液体を入れる容器のうちで、これがいちばん身近にあったので・・・」
 それから水を飲むたび、病気になりそうだとか酢酸の匂いがするとか文句を言われたが、密閉性も優れているし、たくさん入るし、悪くないと思うんだけどなあ。(つづく)

2010年06月23日

●中央アルプス千畳敷、氷雪の一夜③

 時刻、19時。宵の口だが、することもない。皆、寝る。
 ややウトウトした、と思ったとき。じーさんが、がばと起き上がった。
「ど、どうした?」
 訊ねると、真剣な顔をして、
「まっちゃん、しょんべん、行こう!」
 そう言う。
「しょんべんぐらい、一人で行けよ」
「でも外は真っ暗だし風はビュービューだし、こわいんだもん」
 あー、仕方ねーなーとばかりに私も起き上がる。ぐちょぐちょのキャラバンシューズを履いて、じーさんと二人、霧と強風の中へ出て行く。
 山荘のドアを開け中へ入ると、すさまじい風の音がぴたりと止んだ。排尿を済ませ、一憩する。闇の中で、じーさんのくゆらすタバコの火だけが暖かく明るい。
 テントに戻るが、風が一層強くなり雨も降り始めたらしく、吹き降りの音で眠れない。吹きすさぶ風と雨の音を聞きながら、長い夜になりそうだと思った時であった。
 バフバフ!という異様な音が間近に聞こえた。かと思うと、テントの窓から雨がシャワーの如く吹きこんできたのである。
 さすがに寝こけていたメンバー全員が飛び起きた。窓に近い場所に寝ていたメンバーの顔はびしょ濡れになっている。
「今の音、フライシートが飛んだ音じゃないか?」
 akapiが叫んだ。
 しばらくテントの外をうかがっていた山吉が、やがて沈鬱な声で答えた。
「どうやらそうらしい。まずいことになった」
 あとは予想された結末であった。
 あちこちから吹きこむ雨のためにテントの内部に水が溜まり始める。水位は次第に上昇し、私たちの体と荷物をぐっしょりと濡らしてゆく。
 それでもなお、しつこく寝ていた私たちも、さすがに身体の下半分が水没するに及んで起き上がらざるをえなくなった。そのまま寝ていれば、生命の危険を招くことは明らかだった。シュラフが半分以上、水没している。遠からず水位は顔より高くなって、あろうことか3000mの山の上で私たちは全員、水死するに違いない。
「もうこりゃいかん!撤収だ!」
 山吉の号令が下った。
 気温0度、相変わらずの風雨と霧の中でテントを畳む。体の芯まで、いや、心の奥まで凍えて水浸しで、誰もが話をする元気もない。
 いつしか薄明が迫り、あたりはぼんやりと明るくなっている。とはいえ、爽やかであるべき初夏の黎明にはほど遠い。空も地面も気分も、何もかもが鈍色に澱んだ陰鬱極まりない朝である。
 白いはずの雪さえも灰色に染め上げる風雨と霧の中、どこまでも重苦しい気分で下山する。寒さと睡眠不足で足がよろけ尻餅をついたメンバーを、容赦なく烈風と氷雨が包みこむ。
 それでも、あくまで私たちは生真面目だった。こんな状況下でも仕事だけはこなさなくてはという使命感から、いくつかのポイントでロケをし、メモを取り、カメラに収まった。陰鬱な心中とはうらはらに、『天文登山って、こんなに楽しいんですヨー!』的な笑顔を作って。
 演技派の私たちである。その後、刊行された雑誌の記事を飾る私たちの写真は、どれを見ても楽しげで明るい。いや、やはりカメラマンであるイエティ氏の腕が良かったと言うべきか。

 例に漏れず悲惨な旅ではあったが、それでも帰りの列車内でメンバーの表情は明るかった。星は見られなかったものの、過ぎてしまえば楽しく得難い経験である。
「次に来るときには、絶対に満天の星を見ようぜ」
 懲りもせずリベンジを誓い合う私たちであった。
 とはいえ、さすがに皆、疲労の極みである。
 往路では180円也を拾得したIgawa氏も、金銭を発見する目の感度が極度に低下したようで、1円玉のひとつも見つけることはかなわなかった。(おわり)


☆いかがでしたでしょうか。
私の星見行は、大抵がこのように悲惨極まりないものです。
これからも折に触れて、こうした涙と笑いの観測記を公開してゆくつもりですので、ご笑覧いただければ幸いです。
ただ、こうした星見行を通じて、観測技術のみならず人生についてさまざまなことを学び、一生の友を得ることができたのは、すばらしいことだったと思っています。

2010年09月16日

●奥多摩有料道路怪異譚

先日、「取り憑かれた話」で怪異譚を書いたので、今回も面妖な話を・・・。
1982年9月発行の東大和天文同好会会誌「ほしぞら」に書いたエッセイです。
実話です。
何らの脚色もありません。
長年、星を見ていると、時にはこうして不思議なできごとに遭遇します。
異常なできごとには違いありませんが、少しも怖くはありませんでした。
どうぞ、私の不思議な体験を読んでみて下さい。

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 一年ほど前、奥多摩有料道路で女性の腐乱死体が発見されたというニュースはご存知だろうか。コーナーを攻めに来たライダーが、道路脇の土盛りの中から手首がニョッキリ突き出しているのを発見、慌てて警察に届けたものである。
 折しもその頃は新月であり、私は山崎氏と奥多摩有料道路へ星を見に行く計画を立てていた。
 死体発見のことは新聞で読んで知っていたが、我々は気にも留めなかった。
「なに、死体が見つかったからって、もう掘り出された後だろう。関係ない、行くっきゃねえよ」ということで、その晩、予定通り、20時過ぎにバイク2台で出発したのであった。
 有料道路入口まで約2時間、奥多摩湖を左に見ながら、しだいに寂しくなる青梅街道を快調に飛ばす。やや寒いが、エンジンは絶好調、右に左にコーナーを切りながら楽しいライディングである。
 ところが、有料道路に入り上り勾配がきつくなると、山崎氏のバイクが俄然、不調となり少しずつ遅れる。エンジンの回転が上がらないらしい。
 先に行っていいと言う山崎氏の言葉に、私はアクセルを捻った。
 かなり、上った。先ほどまで背後に見え隠れしていた山崎氏のバイクのヘッドライトが、いつのまにか見えなくなっている。
 距離が開きすぎたことを知った私は、山崎氏を待とうと、路肩にバイクを停止させた。
そのときであった。緑色に輝いていたニュートラルランプが、スーッとかき消すように暗くなり、エンジンが停止してしまったのである。
何度もキックをした。が、いっこうにエンジンがかかるようすはない。
 それまで、けたたましく響いていたエンジンの音が途絶えると、私の周囲には途端にどす黒い静寂が満ちた。湿った山の気と、耳の奥深くでツーンと聴こえるあの極度の静寂の「音」だけが、私を靄のように取り囲んだ。
 エンジンは相変わらずかからない。
 諦めた私は、山崎氏を待つことにした。
 何気なく辺りを見回すと、数メートル先の地面に、白いものが群生しているのに気づいた。
 花である。つい今しがた供えたばかりのように、大きな花束が地面に無造作に置かれている。
 なぜこんなところに花が。
 いぶかしく近づいた私は、慄然として数歩、後ずさった。
 花束が置かれている地面は、たった今、掘り返されたばかりのように新しい土が露出していた。その場所を掘ってから埋め戻したことは明らかである。
 夕刊で読んだ記事を思い出す。
 まさにその場所が、腐乱死体の発見現場であることは間違いない。
 バイクのもとへ駆け戻った。ふたたびエンジンの始動を試みる。が、ガソリンもオイルもたっぷり入っているにもかかわらず、エンジンはいっこうにかかる気配がない。
 周囲はあくまでも静寂であり、墨を流したような闇だ。よほど遅れているのか、山崎氏の追いつく気配もない。
(もう、どうにでもなれ)
 私は観念した。
(お化けが出るなら出てみろ。滅多に見られないものを拝めるチャンスだ)
 道路の真ん中に大の字に寝ころび、空を見上げる。
 山稜で区切られた狭い空には、驚くほどたくさんの星が静かに光を競っている。
天頂に見えるはくちょう座に沿って、夏の天の川がゆるやかにわし座へと流れ落ち、南西の空にはその輝きをいっそう赤くしながらアンタレスが落ちてゆこうとしているところである。
・・・何事も、起こらなかった。
10分以上、そうして深夜で車の通らぬ道路に寝転がっていただろうか、やがて遙か遠くからかすかなエンジン音が聞こえ始め、ヘッドライトの光が山中を彷徨うように近づいてくるのが見えた。
「悪い悪い。急にエンジンの調子が悪くなってさ、ここまでやっと走ってきたんだ」
 そう言う山崎氏に、私は何も言わず、花束と掘り起こされた地面を指さした。
 エンジンが急に止まってしまった経緯を話すと、
「そんなこともあるもんなんだな」
 山崎氏は神妙な面持ちで夜空を見上げた。
「さて、もう一走りしようか」
 山崎氏の声に、私はバイクに跨った。
 かかるはずがない。そう思ってキックしたエンジンは、一発で始動した。
「かかったよ!」
 私の声に、
「こっちも、急に調子が良くなったみたいだ。不思議だな、さっきまであんなに調子が悪かったのに」
 空ぶかしをしながら山崎氏が答える。
 死体発見現場を後に走り出した後、バイクのエンジンは全くの快調であった。山崎氏のバイクも同様のようである。
 闇の中にバイクの排気音だけを響かせて、私たちはいつもの観測場所へと向かった。
 コーナリングのたび、ハンドルを握る私の脳裏に、白い花束が浮かんでは消えた。